徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    奉仕。

    おはようございます。 素敵なお客様には幸せな毎日が降り注いでいますが、それは日頃の行いによるところが大きく、何も起こらない毎日は幸せそのもの、人は何かが起こると途端にどうしてとなってしまうので、平穏無事な毎日は幸せそのものです。

    私も反省しなければならないので人のことは言えませんが、日頃の行いとは何を指し示すかは単純明快、奉仕の精神があって同時に行いができているかではと思います。

    人の嫌がることをしない、悪口を言わない、相手を褒める、人助けをする、このような思いがあればそれだけでも違うのに人はなかなかそれができないもので、私もつい悪口を言ってみたり不平不満が口から流れ出たり、その辺が未熟者でなかなか修正できません。

    奉仕とは辞書で引くと他人の為に尽くす心のことを言いますが、人の為に尽くせるとは大袈裟ではなく人の嫌がることをしないだけでも違う、人はどんなに聖人君子であっても心に闇の部分はあるので、それを無くすことは不可能でも減らして行くのが成長の証とも言えます。

    ただ、何度も言いますが私自身ができていないので、今日は説明するのが恥ずかしい内容です。

    奉仕の心を持ち続けるのは難しいことですが、それを少しで維持するにはどうしたらいいかと言えば、昔から言うお天道様が見ているが参考です。 自分の生活していく日々の瞬間にお天道様から見られている、そういう心を持ち続けることが修行にもなり、それを問われた時にできていると答えられるかどうかです。

    誰しも漠然と頭では奉仕の精神を感じてはいますが、実際に行なわなければならないと言う大変な現実の前にできなければ、難しい&足りないと反省しなければなりません。

    常に自らが率先して奉仕の精神を忘れないでいると心が固まっていきますが、その奉仕の精神が自分の心に出来上がってくると徐々に慈悲が芽生えることによって、全てのことが他人事ではなく自分のことであると考えられるようになります。

    今の自分を振り返ってみて人が困っているのに見ない振りをして黙っている、そういう心が働いていると奉仕の精神が働いいない証拠です。 自分を振り返った時にお天道様が見ていると思えば目に見える誰かに監視されなくとも、目に見えない誰かに見られているからやるでもいいからできると、その後は奉仕の精神が楽したいとか見て見ぬふりの自分を許さなくなります。

    目に見える監視でも人は良いことをしようとしますが、それだと見ている時だけとも言えるので目に見えない監視が常にあると思えたら、その厳しさに自分をきちんとできる傾向が強いと思います。

    別に神様を信仰しろとか宗教を始めろではなく、自分の心の中にどれだけ厳格で厳正なモノを持ち続けるかどうかで、神様云々ではなく自分の心の中にある奉仕の精神を厳しく精査しているだけでいいのです。

    人の苦しみを自分が身代わりになれなんて言いませんが、奉仕の精神を持っていると何とか助けたいとは思う、人に楽をして貰う訳ではなく少しでも苦しみを減らすお手伝いが奉仕の心です。

    勘違いしてはならないのが、相手を楽にしていくだけだと相手が傲慢や怠惰になるだけで何の為にもならない、苦しみを自分が進んで受けていくのが奉仕なんて神様でも言いません。

    何かがあった時に見ない振りして通ろう、苦しいことは知らん顔しておこう、その心がだめなだけで思いやりがあれば助けたいとなる筈なので、その時点で奉仕の精神はあるとも言えるのです。

    人の苦しみを進んで引き受けるなんてのは無駄、あくまでも自分が幸せだから人を助けることができる、自分が苦しくてたまらないのに人を助けるなんて無理、自分が思い切り幸せになった後の余力でやるのが人助けが長続きする秘訣です。

    自分の魂を清めるなんてばかばかしい話、人間の魂の汚れを誰がどう判定するのか、悪人だって子どもが可愛いと思ったり、猫ちゃんやわんちゃんの頭を撫でてよしよしとしたり、それ自体は魂が汚れていてもできると言う話になります。

    それよりは見えないところでは知らん顔、この次元の低い行いの方が問題で、いじめられているのに見て見ぬふり、襲われているのに巣通り、そういうことの方が魂が汚れると思います。

    人の苦しみを自分が背負う必要はないけれど、目の前で困っている人がいるのに無視して巣通りの方が酷い、頭でいくら理解していても行動しない限り、机上の空論として何も無い状態です。

    いざと言う時に助けることができる、そんな自分になろうと思うなら元気で健康で心に余裕のある状態を保つ、全ての人に愛情を注ごうは無理でも目の前の困っている人を助けるのは、ほんの少しの勇気さえあれば誰でもできるものです。

    私が宗教をどうでもいいと思うのは神を信じないからではなく、宗教は人間がやっていることで神とは関係ない、だから宗教はお金を集めることはしてもお金を与えることはしない、全ての苦しみは自分が背負ってがんばれとは言うけれど、教祖様は贅沢な暮らしをしている現状に疑問を感じます。

    人には色々な考え方があるので、寄付・ボランティア・支援物資など、これらをしたのが偉い訳ではないし、したからと言ってすぐに何か良いことがあるわけでもないから、そこにはしない&やらない&興味ないと言う選択肢も当然あります。

    災害が起きた時など誰かが困っている時に、寄付・ボランティア・支援物資などをしなければならない訳ではなく、しないと言う選択肢も正解ですからしない人を責めるのはお門違い、しないと言う選択肢を選んだ人を責める時点で奉仕の精神はチャラになっているので、しないと言うならそれでいいと認めるのが人の生き方に強制をしないと言うことです。

    あなたは奉仕を、どう考えますか?

    ☆ヽ(▽⌒*)よろしぅ♪

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    文句。

    おはようございます。 毎日、素敵なお客様にお合いできることが幸せ、ついつい贅沢な気持ちになってしまう弱い気持ちを奮い立たせるには、素敵なお客様の為に何ができるかを日々考えること、自分の為には頑張れなくとも素敵なお客様の為には頑張れます。

    私もできないことが多いし至らないことも多いので毎日が反省ばかりですが、その反省もしばらくすると忘れてしまうのが情けないところ、私自身がはっきりとした意志を持てばいいのに、言わなくていいところで言ったり、言わなければダメなところで言わなかったり、それができるようになるには日々の修行と学びが足りないダメな私です。

    昔から「人のふり見て我がふり直せ」と言いますが、これは人の姿(やっていること)を見て自分自身を戒めよとの意味ですが、ここで言うふりとは姿や行いや態度のことです。

    本当に人のふり見て我がふり直せですが、自分が気になる癖は相手も気になる癖があると言うこと、上司が常に貧乏ゆすりをしているなら、実は自分もしているかもしれません。

    同僚が常に鼻をほじって机に擦り付けているなら、実は自分も同じように鼻をほじって机に擦り付けているかも知れません。 貧乏ゆすりや鼻をほじるはついやってしまうことが多く、自分はやらないようにしようと思っていても、貧乏ゆすり、説教、自慢の3つは必ずやってしまいます。

    これだけではありませんが、自分では気付かないだけで相手に嫌な思いをさせる癖は誰しも結構あるモノ、それを言うか言わないかと、気付くか気付かないかだけ、そんなに大差ないことが多いのです。

    本当に人のふりを見ていると悪いところがすぐにわかるけれど、それを自分がやっていないかを考えると、そうではなくやってしまっていることが多いです。

    あなたが嫌だと思うことを誰かがやっているのを見たなら、嫌だと思うと同時に自分も同じことをしていないかどうかを確かめるようにすれば、自分が嫌なことをしなくなるので自戒にもなります。

    上記の諺は素晴らしいけれど、誰かを糾弾する為にあるのではなく、あくまでも自分を戒める為にある諺で、実際は人の癖なんかどうでもよく自分の行いを見よです。

    馬鹿正直に相手に「あなたを見て、自分の悪いところが分かるのでありがとうございます!」なんてやる必要はありませんけれど、自分自身が人のふり見て我がふり直せを心に止めておくと、自分の行いを改めるようと自分に言い聞かせることにもなります。

    同じように他山の石と言う諺もありますけれど、他山の石は他人のどんな言動でも、仮に誤っていたり劣っていても、自分の知徳を磨いたり反省の材料とすることができる例えです。

    このように諺には自分の悪いところを直すと言う部分が大きいのも、それだけ自分の悪いところを直すのは難しいからだと思います。

    上司の説教が長いからと言って、それに対して長いから止めてくださいと言った所で、「俺はお前の為を思って言っているんだ!」と反論されて逆に怒られる始末です。 自分の悪いところは気付かないし認めない直さないの3ないですが、人のふり見て我がふり直せができれば少なくとも相手を怒らせる、他人が敵となる事例は減ると思います。

    人はついついやってしまいがちで私も人のことは言えませんけれど、文句を言えば言うほど自分が不利になるのに、それでも相手に文句を言ってしまう、その文句を言う時は自分が正しいとか、もしくは自分の要求を通して欲しいなどが大半で、それにより自分が不利になるのにやってしまうのです。

    私は占い師として鑑定している時は何を言われても我慢できると言うよりスルー出来ますが、プライベートで文句を言われるのは耐えられないので、文句を言う人とは関わり合いにならないようにします。

    文句を言う人の要求を飲めば更に要求がエスカレートしますし、飲まなければ更に文句を言われる、どちらにしても自分が困るので関わり合いにならないのが一番です。

    こういう文句言いは相手にすればするほど図に乗る、相手にしなければかまってちゃんとしてしつこく文句を言い続ける、どちらにしても相手にするだけ時間の無駄、上司や同僚など色々な場面があるとは思いますが、遠ざけて近寄らないのが一番の得策です。

    まさに人のふり見て我がふり直せなんですが、相手の言うことは自分が言っているかもしれないこと、相手の言うことが嫌なことなら自分が言うことも嫌なこと、そう考えておけば味方ができなくとも敵が増えることはありません。

    占い師として色々な方を拝見していると気持ちはわかるけれど嫌われるだろうなとか、言いたいことはわかるけれど通用しないだろうなあなど、本人は正当な主張のつもりでも相手からすれば受け入れられない、どちらも自分の立ち場では正解なら関わらないのが一番です。

    主義主張を通せば通すほど自分は気持ち良いかもしれないけれど、相手は自分の主義主張を潰されたのですから、それで相手とうまく行かないと言われても相手からすれば嫌いな人でしかありません。

    文句とは言えば言うほど自分が損するモノで、一時期10万カウンターごとの食事会の写真を掲載しなくなったのも、それを見て不快に思う人が出て来たからです。 (今は画像掲載は再開しました)

    言えば言うほど自分が不利になることが多いので、文句はできるだけ言わないでおくと後になってから得をすることも多いのですが、短期的には損でも長期的は得をすると言う部分が理解できると、自然と文句を言わなくなってきます。

    あなたは文句を言う、やっていませんか?

    σ( ̄、 ̄=)ンート・・・

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    いじめ~後編。

    おはようございます。 昨日の続きですがいじめられていた私の何が悪かったのか、いじめられる原因ではないかと言う部分を自分なりに思い出しながらでしたが、今日もいじめられていた原因となる部分の行動についてです。

    私がいじめられていたのも仕方が無い部分もあったのは、何と言ってもコミュニケーション能力が圧倒的に低かった点で、このコミュニケーション能力が低い=空気が読めないですが、そうなると誤解を生みやすいし孤立しやすいから、人とスムーズに会話なんて到底無理となります。

    学生なら勉強、社会人なら仕事、それができたらいいのも事実ですが、社会人になると仕事よりコミュニケーション能力が大切で、いくら仕事ができても職場内や取引先とのコミュニケーションができない人は、間違いなくいじめられやすい人になります。

    これは職場だけではなく知人友人親せきなど社会生活では避けて通れない、どこであろうともコミュニケーション能力が低めの人は印象が良くないからいじめの対象です。 それは性格自体が悪くなくても誤解が誤解を生んでしまうので、それがいじめとなるのは確定に近いです。

    今から思うと私は聞き下手で自分が話すことばかり主張していましたが、コミュニケーション能力とは話すより聞くが大切だったと今なら分かります。 聞き上手になれば相手は自分を受け入れてくれた筈だと思いますが、自分の主張ばかりして相手の話をきちんと聞かなかったのは恥ずかしい、こうなると孤立しやすいのも当たり前でいじめに発展したのも仕方がありませんでした。

    なお、建設現場時代の後半からいじめられなくなったのですが、その要因の一つとして絶対に紹介しておきたいのが気が弱いことで、この気が弱いはいじめられる要因としてかなりの要素を占めていて、何を言っても大丈夫だろうと相手に思わせるのはアウトです。

    怖くないと思われると相手は調子に乗る、繊細で優しいは良いことなんですがいじめる相手には通用しない、いじめられやすいのは気の弱い人が多いのは事実です。 相手からやり返されないと思えば人はいくらでも残酷になれる、この人なら何をしても大丈夫と思わせたら最後、気弱な感じの人がターゲットになってしまいます。

    繊細で優しい性格は素晴らしいことですが、それだけでは世の中を渡っていけないと建設現場時代に気付きました。 繊細で優しい性格を変える必要はないけれど、いじめてくる人に対してはやり方を変えてみる、早い話がやり返すのは攻撃こそ最大の防御と同じ考え方です。

    更に私が反省するべきはネガティブな感じがありありだったことで、常にネガティブ思考で悪いことばかり考える、更に被害者意識が強くていじめは自分のせいでもあるのを理解できていませんでした。

    ネガティブにモノを考えるといじめられやすくなる、職場でもどこでもミスをするのは人なら当たり前、落ち込むまではいいけれど引きずって周りの空気を重くするのはアウト、どうせ無理とかどうせできないと否定発言ばかりでは楽しくありません。

    ネガティブで行くと周りに対してもいい影響はゼロ、悪いことなど無いのに悪いことが起こるとばかり考える、そんなありもしない心配ばかりしているといじめられやすい、明るく前向きなタイプになるだけでも受けが違ってきます。

    それから自分の責任ではないけれど確実にいじめられる対象となるのは、嫉妬されやすいがあります。 この嫉妬されやすいとはイケメンや可愛いなどが含まれたり、実家がお金持ちや才能が溢れているなど、人からするとできないことや手に入らないモノなど嫉妬を買いやすいことがあります。

    自分には落ち度がないのにいじめられる、イケメンだから仕事でいじめ、綺麗だからやり玉に挙げられる、家がお金持ちだから嫉妬されていじめに遭う、更にはパートナーが綺麗だから&カッコいいから、こうやって嫉妬の嵐になります。

    嫉妬とは自分ではわからないだけで知らない間に周りから買っている、生活の為に働いているのが普通なのに、給料は全部小遣いみたいに思われていると恨みを買いやすいです。

    当然ですが持ち物や車や家、高級腕時計や鞄、高級車や新築の一軒家と言ったモノは嫉妬される要因になります。 例えば、職場の上司の持っている物より良い物を職場に持っていくのはアウト、間違いなくいじめの対象になりますから避けた方が無難です。

    嫉妬の嵐はいつでもどこでもありますが、普通の会話でもハワイに行ったやレストランで食事をしたも自慢に聞こえ、それが元で嫉妬心が燃え上がりいじめに繋がります。

    また、外見に全くこだわらないのもアウトで、外見に全くこだわらないのも清潔感に欠ける要因だし、最低限の身だしなみが出来ないのは相手に失礼、それすら気付けなかったのが私の間抜けな所です。

    この外見にこだわらないとはお洒落をしないと言うだけではなく、清潔感に欠けているとかお風呂に入らず臭うとか、髪の毛もボサボサで如何にも不潔そうに見えるのもいじめの対象となります。

    これは自分を振り返ってみても当たり前でしたが、外見ではなく中身が大事とは最低限のマナーができているからこそ、身だしなみは周りに不快感を与えない為に必要です。

    清潔感に欠けていて外見に無頓着な私はいじめられるのも仕方がない、最低限の身だしなみは整えない人は損をする、外見を整える努力はしておいた方がいいと身を持って体験しました。

    昨日と今日の二日間で私の過去の経験から思い起こしてみましたが、性格と行動のどちらでもいいから、やらなくていいことはやらない方がいいとやめる、もしくは改善すると言うのが理想かと思います。

    あなたはいじめについて、どう思いますか?

    o( ̄ー ̄)○☆パンチ!

    お知らせ:業務多忙の為、ブログの更新は週明けに再開、素敵なお客様に御支援と御愛顧頂ける、そんな奇跡に感謝の気持ちで一杯です。 いつも御予約頂き、本当にありがとうございます。 m(__)m

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