徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    人生の休憩。

    休憩するのは精神的にも肉体的にもいいことなんですが、人生まで休憩してしまうと生きている張り合いや意味が無くなってしまうかもしれません。 楽しいことやワクワクすることが人生には必要なんですが、それをモノやお金に換算してしまうと途端につまらなくなるのです。

    人生の休憩とは生き方が反れたりズレることも含まれますので、お金を例にとってもよくわかります。 お金を儲けることは決して悪いことではありませんが、それの使い方に問題がある人は不幸せになってしまうと思います。

    イチイチ説明しなくても本来は分からないといけないことなのですが、お坊さん~つまり僧侶がベンツに乗って何が悪いと開き直るのなんてとんでもないことで、人に道を説くような人がベンツに乗っていいわけがありません。 コレを言うと「どうして僧侶や占い師が贅沢して悪いのか?」と、反論される方が多いのには驚いてしまいます。

    人々の悩みを聞いてお答えする立場にある人が贅沢していては、本当に困っている人の気持ちなどわかるはずがありません。 水が無くて喉が渇いて死にそうになったら水のありがたみが分かるのと同じで、贅沢に慣れてしまうと困っている人の気持ちがわからなくなります。

    普段から質素に倹約しながら過ごしているからこそ、お金や物や食べ物などのありがたみに心の底から気付けるのです。

    よくあることですが、占い師さんでも贅沢し始めると当たらなくなったり~お坊さんでも欲に目が行くと適当なことを言い始めたりと変化します。 コレは何の職業でも同じですがアロマの先生が家を建てたら急にオーラや雰囲気が変わったり、極めつけは占い師本人や御家族が病気で倒れたりなんてこともあるのです。

    人生を休憩すると言うのは二つの意味があり、ひとつ目はまさに「欲の塊」のことを言うのです。

    何の職業でも最初は「お客様の為に!」と言うのですが、それがドンドンと欲の方に走り始めます。 例えばアロマテラピーでも、最初は丁寧に教えたり~キチンとしたアロマテラピーだったのに、欲が出ると時間制限を始めたり料金を上げたりオイルの中身を替えたりと儲けに走り始めるのです。

    家を建てたり~車を買ったりと生活レベルを上げてしまうと、今までと同じようにできなくなるのが人間の欲の部分なのです。 残念ながら周りに注意してくれる人がいなくなる~社長とか先生などと呼ばれる人は特にそうなのですが、自分の立場の変化を受け止めきれずに図に乗ってしまうのです。

    私は自分の立場として思うのは、「立って半畳、寝て一畳」と言う考えです。

    私は家を建てようとか良いマンションに住みたいと言う気持ちは無いので、普通に生活できればどこでもいいと思っているのです。 事務所などの必要経費以外は寄付にしておけば、誰かの役に立つから私が持っておくよりも相当いいと思うのです。

    自堕落的な生き方だった私でも、誰かの役に立っているかと思えばワクワクしてきます。 それに素敵なお客様と一期一会の機会を持てるなんて、人生を休憩しているヒマなんか無いくらい充実しています。

    そして人生の休憩のふたつ目の意味は「満足すること」で、自分の未来やしていることに満足してしまうと、もうソコから先への成長が望めないか~もしくは成長が鈍くなってくるのです。 私も自分が図に乗らないように、そして満足してコレでいいと思わないように、いつも自分に自問自答して心が落ち着いてしまうことを避けようと思っています。

    人はどうしても楽な方へ目が向いてしまうのですが、ここで困難な道を選んで苦労しておかないとお客様に顔向けできないと、自分の甘えを排除しようと心に誓っているのです。

    ゴールと言うのはスタートと同義語と言う考えで動いていると、一つの成功と言うのはあくまで到達点から通過点へと変貌していくのです。 通過点であれば改良や改善など次から次へと色々なことに目が向きますし、コレでいいとは考えなくなり「もっと何かできるはず…。」 こう思い始めたら自動的に前に進むようになってしまうのです。

    いつか見えてくるであろう夢のような日々の中でも、信じ続ける気持ちを疑ってはいけないのです。

    あなたの日々の中で身体や精神を休める為の休憩は必要ですが、人生そのものまで休憩してしまうとつまらない未来に自分から足を踏み入れてしまうのです。

    あなたは自分の人生を、休憩状態にしていませんか?

    (=^_^=) エヘッ!
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