徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    勇気ある道。

    「卑怯」と言う言葉がありますが、ずっと昔は「比興」と言うのが正式な字でした。

    しかし、歴史の中でドコをどう変化したのか「卑怯」と言う字に変わりました。 それと共に元々の意味からは移り変わり、勇気がなく物事に正面から取り組もうとしないこと~正々堂々としていないことなど、悪い方の意味に使われることとなりました。

    私は自分を卑怯だと思ったことは何度もあるのですが、自分だけが助かればイイと言う考えの下に恥ずかしい行いが多かったです。 工場勤務時代には身体障害者の人をいじめている上司や先輩を止める勇気がなかったから、自分も同じようにされたくないので見て見ぬフリをしていたこともあります。

    それ以外にも工場の忘年会に参加させられた時の話ですが、その年は何故か工場の忘年会を地元でやらずに岡山市の大きなところまでバスで行ってやりました。

    その時に隣の忘年会場に目の見えない人がいたのですが、その人が歩く時に必要な白い杖を隠した先輩がいました。 白い杖を隠した先輩や周りの上司や同僚たちは、目の見えない人が杖を探して困っているのを見て笑っていたのです。

    しかし、私は自分がやられるのが怖くて、そんな工場の先輩や上司に注意できなかったことが思い返す度に恥ずかしいです。

    私に注意する勇気がない&いじめられるのが怖くて、正しいことを正しいと言えなかったのです。 以上のことは私が霊視カウンセラーになる前の環境における嘘偽りのない事実ですが、こう言う事実を止めることができなかった私の情けなさも事実なんです。

    今から思い返してみても、私は本当に卑怯な人間だったと思います。

    自分がいじめられるのが嫌で見て見ぬフリをしていたのは、人間として間違っていたと思います。 勇気を出して戦えばよかったのですが、その勇気がないのだから話にならない卑怯者だったと思います。 ただし、コレは過ぎてしまった過去なので、懺悔はできますが元へは戻らない思い出です。

    注:少しだけ言い訳をさせてもらえば、建設現場より以前の私は体重が48~50キロほどのヒョロヒョロの体格でした。 当時は殴られたり蹴られたりするばかりで、一方的にやられっぱなしだったのです。

    勇気と言うのは信頼を生むのですが、社長や上司が矢面に立って守ってくれたなら、どれだけ心強いか分かりません。 ホンの少しの勇気があれば、解消できることや解決できることは多いのです。

    仮にいくらひどいことを言われていても、イザと言う時に守ってくれる上司なら信頼を得ることができます。

    しかし、この矢面に立つということは吹雪や嵐を真正面から受け止めるのだから、矢面に立つ人は相当な勇気が必要になります。 その勇気を振り絞り立つことができたら、いつの間にか知らないうちに周りの人たちが信頼してくれるようになります。

    人生は逃げてばかりいると変わらないのですが、2つの道があった時に困難な方ばかり選んでいると自然と実力が付きます。 実力が付くと自然と自信も付くので、イザと言う時の勇気も自然と沸き起こるのです。

    もしも自分の生き方に疑問を持ったのであれば、自分の心に「あなたは、このままでいいのか?」と問いかけてください。 このままでいいのであれば現状維持で仕方がないと言うあきらめの道ですし、このままではいけないと言う気持ちになればまだやれるという余力があることになります。

    更に問いかける気持ちになったのであれば、「こんなことをする為に生きているのか?」と自分の心に問いかけてみてください。

    何故なら、人は生きている間に失敗では迷いません。 成功した時や平穏無事な時にこそ、このままでいいのかと悩む方が多いのです。 失敗した時は目標が達成されていないので、意外と迷わずに行くか戻るかを決めてしまうのです。

    自分に対する問いかけと言うのは、自分を納得させる為にはとても重要なことです。 自分に嘘を吐いて生きていると、とても勇気なんか持てないし~最初から自信なんか持てないのです。

    「誰がどう思うか?」ではなく、「自分がどう思うか?」 コレを考えて生きていないから、自分の行動に嘘を付いてしまうのです。 行動に嘘がある以上は、心に嘘があっても当たり前です。

    自分の心に嘘を付いているのに、人生が豊かで勇気ある人生になるわけがありません。

    あなたは自分の人生を、勇気ある道として歩いていますか?

    ^(ノ゜ー゜)ノ☆パチパチ
    関連記事

    PageTop