徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    死について~前編。

    おはようございます。 今日は月曜日なので仕事の方も多いと思いますが、素敵なあなたにはきっと良いことがあると信じています。 何も無いように感じたとしても、五体満足で元気で健康と言うのは信じられない奇跡なのです。 生きていることを当たり前に思えるのは、健康で死に直面することも無く普通に生きているからです。

    今の日本では小学生や中学生から10代や20代と枠を広げても、自分の身の回りに何かが起こらない限り普通は死について考えることは皆無です。 昔は大家族であったとしても今は核家族が多いから、お爺ちゃんやお婆ちゃんの死を目にすることも少ないです。

    100歩譲って目にすることがあったとしても、病院や介護施設の中できれいな状態を目にするだけで、死に至るまでの苦悩や苦しみを目にすることはほとんどありません。

    人である以上は永遠に生きることは出来ないから、必ず肉体的な死~物質的な死と言うのは誰しも避けることなくやってきます。 それが生まれてすぐ亡くなる場合と100歳以上での大往生では、その中身が違うという人もいるから人にはそれぞれ意見があると思います。

    しかし、長生きが幸せで短命が不幸と言うのは必ずしも正解ではなく、長生きでも不幸な人はいるし短命でも幸せだった人はいます。

    私はお越しになるお客様から病気の御相談を受けている時にだけ、死を視ているわけではありません。 通常の鑑定であろうがお店で買い物をしている時であろうが~ホテルの受付や飛行機の保安検査場などなど、ありとあらゆるところで関わる人の寿命と言うものを視ています。

    極端なことを言えば常に目の前にいる人の寿命を視ながら生きているのが私であり、その寿命を視ているが故に「どうしてもっと一生懸命に生きていかないんだ」と、熱くなってしまいそうになる自分がいるのです。

    私は好き嫌いと言うわけではなく必然的に目の前にいる人にも死が訪れると言うのを視ているので、笑顔でニコニコしていてもお別れになるという場合だってあります。 しかし、寿命が長かろうと短かろうと、それについてお答えすることはありません。

    他の占い師さんやスピリチュアルカウンセラーの方がどうかは分かりませんが、本物であるならば通常は寿命に関することは一切お答えしないはずです。

    あなたは70歳で無くなるとか~あなたの御主人は30代で亡くなるなど、そういうことを根拠も確証も無いのにペラペラと喋り捲る先生方は、相手の気持ちを見ることが出来ない先生だから人を鑑定する資格は無いと思います。

    生きるというのは死ぬということを理解することでもあるのですが、明日死ぬという場合に悔いが無くて死ねるのかと言うのを考えてみて頂きたいと思います。

    今の自分が生きているというのは何の為に生きているのかと言う以前に「自分は何の為に死んでいくのか」と言うこと、更には「死ぬまでに何が出来るのか」と言うことを考えてみれば、自分が生きている時間は無限ではなく有限だと言うことを、ホンの少しでも気付けるかもしれません。

    「あぁ~、死んでしまいたい」 この言葉は嫌なことや悲しいことなど辛い状況になったら、誰でも一度は考えることかもしれません。

    しかし、この言葉は元気で健康で何不自由ない生活が五体満足で出来ているからこそ言えるだけであり、常日頃から生きていくのが大変な状況であれば生への感謝が生まれると思うのです。

    私が死について考えたのは、過去へ遡れば中学生くらいから死について考えることが多かったです。 それはいじめが辛くて自殺すれば楽になれるということもあったし、死んでしまえば親の借金地獄や工場や建設現場で働かなくて済むなど、目の前の苦しみから逃れる意味でのことが中心でした。

    しかし、霊視カウンセラーとして生きるようになってからは少し死についての意味合いが変わってきて、死が怖いというよりも「時間が無い」と思うことの方が圧倒的です。 自分でも不思議なんですが、死を恐れるよりも死ぬまでにしておくべき方を考えるようになりました。

    死の定義としては物質的な死と存在的な死と、どちらの死になるかが生き方の結果と言うか差になると思います。 物質的な死と言うのは誰にも訪れるので、命が無くなり脳や心臓が停止してしまえば死となります。 ところが存在の死と言うのは「想い~記憶~心」と、どこかに存在が残っている限り行き続けるのです。

    例えば、マザーテレサさんは亡くなってしまったけれど、その功績や生き方は世界中に知れ渡り、今も誰かの「想い~記憶~心」の中に行き続けています。 つまり、その人のことを忘れずにいる限りは、存在として生き続けることが出来るのです。

    私は死ぬまでに何が出来るかと言うのを頭において今と言う時間を生きているのですが、時間が足りないと思うことが私を焦らせて「早く~もっと~どうして」と次々に考えてしまうのです。

    素敵なあなたがそうやって後悔しない為にも、死ぬまでに成し遂げることの大切さを書いて見たいと思うのですが、それは明日へ続くです。

    m(__)m また、あした~!
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