徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    基地問題。

    おはようございます。 今日は趣向を変えて迷走状態の普天間飛行場移設問題を取り上げたいと思うのですが、この迷走状態で国際社会における日本の信用度は恐ろしいくらい低下しました。 トヨタ叩きを初めとする国際社会の日本攻撃は、普天間迷走から始まっているのです。

    今日のブログを読めば理解できる普天間基地移設問題ですが、学校の先生方やメディア関係者(アナウンサーなど)ならば、人に聞かれてわかりやすく説明できなければいけない問題です。 (今日のブログは長い上に、難しい話になるかもしれません。)

    「普天間基地の代替施設移設問題」とは沖縄県宜野湾市に設置されている、アメリカ海兵隊普天間飛行場を廃止して「他所へ移しましょう」と言うことです。 日本政府は沖縄県民の負担軽減が移設目的で、アメリカ政府は作戦効率の向上が移設目的だからお互いの思惑は平行線です。

    この基地は市街地中心部にある&基地建設当時の土地収用の経緯から、当初より返還を求められていたのですが、1995年の沖縄米兵少女暴行事件が発端となり大規模な反対運動が起こりました。

    それにより翌1996年4月12日に橋本龍太郎首相がウォルター・モンデール駐日大使と「普天間基地の移設条件付返還」で合意して、それにより普天間基地返還がようやく進み始めることになりました。 1996年12月に「7年後(2003年)には全面返還」と発表したのですが、「十分な代替施設が完成して運用可能になった後」という条件付でした。

    1997年に名護市辺野古のキャンプ・シュワブ地域が移設候補地とされ、最初は名護市長(名護市議会)も反対でした。 しかし、宜野湾市民の負担を軽くしたい気持ちと地域振興策などが提起されたことで、1997年12月24日に名護市長は首相官邸にて海上ヘリポート基地受け容れと市長職の辞任を表明しました。

    その市長辞任を受けて1998年2月8日に行われた市長選挙で、基地建設容認派が当選しました。 しかし、沖縄県知事の大田昌秀知事は1998年2月6日に建設反対を表明した為、政府の経済支援策が先延ばしされたことで県内の経済界は県知事に不満を抱きました。 そして1998年11月15日の沖縄県知事選挙に、建設容認派の稲嶺惠一氏が当選しました。

    その後は1999年11月に稲嶺知事は移設先を辺野古崎沿岸に決定して、名護市長も知事決定に対応して移設を受け容れたことにより、振興策も含めた基地建設が閣議決定されたのです。 また、2004年8月に普天間基地配備のヘリコプターが大学に墜落する米軍ヘリ墜落事件が発生して、沖縄県全体で普天間基地早期返還要求が一段と強まりました。

    ところが2005年頃ごろから揉め始めるのですが、遅々として進まないことから政府が移設案の変更を検討し始めました。 しかし、稲嶺知事は変更案の受け容れを拒否して、名護市市長も同調して受け容れ拒否に転じました。

    2006年2月に行われた名護市市長選挙では基地建設容認派が当選したのですが、実は当初の公約では基地反対でした。 その為、2006年4月に再び計画変更で、V字滑走路(現行案)で市長と政府が合意した後に日米合意がなされました。

    ここでまたまた揉めるのですが県を外す形で国と名護市が合意したことで、外された県知事が反発して合意の受け容れを拒否しました。 拒否し続けたのですが知事の任期切れを迎え、今度は基地建設容認派が当選したことにより辺野古沿岸を埋め立てる、V字滑走路案が進められました。

    ようやく2008年頃から進み始めたのもつかの間で、2009年8月の選挙で「最低でも県外移設」と公約して政権交代がありました。 それにより再び捩れて拗れて前にも後にも行けないのが今で、現政権も前政権が13年かけて決めたことの意味に気付き、どうやら現行案に戻すことで落ち着きそうです。

    冷静に考えれば分かることですが、九州沖縄サミットの開催~沖縄科学技術大学院大学設置~国立沖縄工業高等専門学校設置など、2000年以降に沖縄県が色々と優遇されていたのは基地移設の布石です。

    私は沖縄県に行ったことはないけれど、基地問題に対してはかなり詳しいです。 今から思えば不思議なんですが、建設現場時代に天井や壁を作る軽天職人さんが全員沖縄県からの出稼ぎと言う現場がありました。 ○○工業と言う沖縄県の建設会社が毎月100人ずつ派遣して、1ヶ月経つと次の100人と入れ替えるワークシェアリングをしていました。

    その時の私は電気器具などの位置を決める墨出しをしていて、沖縄県民600人に対して私ひとりが岡山県民と言う状態で6ヶ月間仕事をしました。 半年間も同じ現場で朝から晩まで一緒だから、どうして県外へ働きに出るのか~沖縄での本当の生活状況など、観光では知りえない話を直接聞くことになります。

    不特定多数の方が読むブログに答えは書けませんが、普天間飛行場移設問題の解決策が私にはあり、「○○だから□□」と言う風に池上彰さん並みに詳しく説明できます。 私以外にも妙案を持っている人は大勢いるけれど、政治家が面子を大切にする間は無理だと思います。

    その方法のヒントですが、アメリカ兵少女暴行事件、沖縄県民は約138万人、那覇市民は約31万人、宜野湾市民は約9万人、名護市民は約6万人、1996年と2010年の反対集会で集まった人数の差、高速無料&子供手当て&ダム建設など全て廃止、過去の犯罪歴の有無、これらを紐解くと基地問題の解決は難しくないのです。

    アメリカが即OKを出して、沖縄県民の60%がまぁまぁ納得して、沖縄県の経済と生活が好況になり、病院や学校などの施設が充実して、日本全体で痛みを分け合うことはできます。 このブログを読んでいる方ならば「あぁ、その手があったかぁ!」と、「山崎は面白い案を出すなぁ」と思うはずです。

    あなたは基地問題を、どのように思っていましたか?

    (〃⌒ー⌒〃)ノ 楽勝~?
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