
おはようございます。 いつまでも幸せな生活と言うよりも、いつまでも誰かと一緒に生きる、いつまでも誰かに必要とされる、そういう人生が送れたなら悔いの無い最期を迎えることができると思います。
最期を迎えると言えば日本の場合はお寺と墓地が必要となりますが、そのお寺について意外と知られていないこともあるし、お寺と神社の違いを説明できる神主~僧侶~占い師~スピリチュアルカウンセラーは、余りいないのが現状です。
まずは、どうしてお寺が出来たのかと言えば、基本的に出家をしたら出家と言う言葉通りに家を出た人だから野宿が基本です。 ところが仏教の発祥の地であるインドは雨期に外を歩いていると、うっかり虫などを踏みつけて殺生となることが問題になりました。
そこで雨期は無駄な殺生をしない為に外を出歩かず、どこかで瞑想などをしていようとなり、雨安居(うあんご)の場所として作られたのが初期のお寺で、初期の頃は出家者が雨期の間だけいる場所をお寺と言いました。
「寺」と言う言葉自体は中国で生まれ、中国で寺と言えば役所のことです。 インドから僧を招いた時も役所に泊め、仏典の漢訳をする際に役所を作業場所にした為、僧がいる場所を一般に「寺」と呼ぶようになったのが名称の由来です。
元々の日本では神様を祭るのに建物は建立せず、御神体となっている山などを直接拝んでいました。 しかし六世紀に仏教が入ってきてお寺が多数建てられはじめると、神道側も対抗して建物を建て始めたのが神社です。
そして日本で仏教を広める時に「他所の国の神様なんか拝めない」と抵抗されたのですが、「実は仏様も神様も同じものなの」と説得したことで仏教と神道が融合し、いわゆる神仏混淆の世界が生まれました。
これは奈良時代の東大寺大仏鋳造に始まり、明治の神仏分離令まで続きました。 その名残りでお寺に狛犬があったり、神社に魚板があったりするところがあります。 また、神社とお寺が一体となっていたところは多く、明治政府が強引な分離令を出したから不自然な仕切が寺と神社の間に引かれているところも多数あります。
江戸時代までは僧と神職(神主など)を兼任している人も多く、神仏混淆の話は誤解が多いです。
更に事情を複雑化させているのは神様と仏様が習合してしまっている場合で、その代表は「大黒様と弁天様」で、大黒様は仏教の大黒天(インドのマハーカーラ)と、日本の大国主命(おおくにぬしのみこと)が習合されたもので、これを民俗神として家庭でも仏壇でも神棚でもない場所に祭られています。
同じく「弁天様」も本来は仏教の弁財天(インドのサラスヴァティ)ですが、実際には弁天様を祭っている所はほぼ神社になっていて、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)か、市杵嶋姫命を含む宗像の三女神をお祭りしています。
お地蔵様なども本来は仏教の地蔵菩薩ですが、どちらかと昔話の笠地蔵のように民俗的な神として崇拝されている為、お地蔵様を祭っている寺で柏手を打ってしまう人も多数いるようです。
日本における寺の発達を考える上で無視できないのは、平安時代の陰陽道の文化もあります。 平安時代に京都周辺で作られた寺は貴族の別荘のようなものが多く、これが陰陽道における方違え(ようは方位除け)との関連で重視されていました。
初期の日本でお寺を多数作ったのは6~7世紀に主として活動した蘇我一族で、現存する最古のお寺は大阪の四天王寺ですが、これを建てたのは蘇我の血を引く聖徳太子です。
次にお寺を作るのに熱心だったのは、壬申の乱以降奈良時代までを支配した天武天皇系の天皇たちです。 特に持統天皇~聖武天皇などは寺の造営に力を入れて、聖武天皇は国分寺を全国に作らせました。 その後に聖武天皇と匹敵するほど活動したのは足利尊氏で、全国に安国寺を建てたのは足利尊氏です。
ここまでの説明は割と細かく説明したので分かりづらいかもしれませんが、簡単に言うと「神社は神様を祭るところ」で「寺は仏様を祭るところ」です。
ただし、日本における神様とは「人(自然崇拝)」で、有名な湯島天神~明治神宮~東郷神社などは人です。 それに日本は農耕民族なので、太陽~海~山などの自然を神と崇める信仰も古来からあり、狐などの動物を祭る神社も多いです。
そしてお寺で祭られるところの仏様とはお釈迦様からの流れを汲む、「仏」として崇められた時の「高僧(聖人・上人、等)」や、釈尊が説いた教典に登場する方便の為、架空の「仏(阿弥陀如来・菩薩など)」を祭っています。
この場合は「仏」が解き明かした曼荼羅や仏像などに手を合わせ、礼拝することで仏の魂と一体化し仏様の境地に近づくのが本来の意味です。
ぶっちゃけて言うと基本的に全く異なるのが神社とお寺(寺院)であり、神社(教会)は「他力本願」で~寺(仏教)の基本は「自力本願」です。 見かけで言うと「鳥居があるところが神社」で、「山門があるところがお寺」とも言えます。
実は同級生に神社とお寺の関係者がいて、同級生のK君は窓から人を投げ落とす&車に放火などイタズラ好きですが、今は「神主」をしています。 同級生のTさんは障害者を殴る蹴る&弱い者いじめ大好きなどお茶目ですが、「父親は僧侶」です。 (苦笑)
あなたは神社とお寺の違い、御存じでしたか?
∑( ̄[] ̄;)!ホエー!!
最期を迎えると言えば日本の場合はお寺と墓地が必要となりますが、そのお寺について意外と知られていないこともあるし、お寺と神社の違いを説明できる神主~僧侶~占い師~スピリチュアルカウンセラーは、余りいないのが現状です。
まずは、どうしてお寺が出来たのかと言えば、基本的に出家をしたら出家と言う言葉通りに家を出た人だから野宿が基本です。 ところが仏教の発祥の地であるインドは雨期に外を歩いていると、うっかり虫などを踏みつけて殺生となることが問題になりました。
そこで雨期は無駄な殺生をしない為に外を出歩かず、どこかで瞑想などをしていようとなり、雨安居(うあんご)の場所として作られたのが初期のお寺で、初期の頃は出家者が雨期の間だけいる場所をお寺と言いました。
「寺」と言う言葉自体は中国で生まれ、中国で寺と言えば役所のことです。 インドから僧を招いた時も役所に泊め、仏典の漢訳をする際に役所を作業場所にした為、僧がいる場所を一般に「寺」と呼ぶようになったのが名称の由来です。
元々の日本では神様を祭るのに建物は建立せず、御神体となっている山などを直接拝んでいました。 しかし六世紀に仏教が入ってきてお寺が多数建てられはじめると、神道側も対抗して建物を建て始めたのが神社です。
そして日本で仏教を広める時に「他所の国の神様なんか拝めない」と抵抗されたのですが、「実は仏様も神様も同じものなの」と説得したことで仏教と神道が融合し、いわゆる神仏混淆の世界が生まれました。
これは奈良時代の東大寺大仏鋳造に始まり、明治の神仏分離令まで続きました。 その名残りでお寺に狛犬があったり、神社に魚板があったりするところがあります。 また、神社とお寺が一体となっていたところは多く、明治政府が強引な分離令を出したから不自然な仕切が寺と神社の間に引かれているところも多数あります。
江戸時代までは僧と神職(神主など)を兼任している人も多く、神仏混淆の話は誤解が多いです。
更に事情を複雑化させているのは神様と仏様が習合してしまっている場合で、その代表は「大黒様と弁天様」で、大黒様は仏教の大黒天(インドのマハーカーラ)と、日本の大国主命(おおくにぬしのみこと)が習合されたもので、これを民俗神として家庭でも仏壇でも神棚でもない場所に祭られています。
同じく「弁天様」も本来は仏教の弁財天(インドのサラスヴァティ)ですが、実際には弁天様を祭っている所はほぼ神社になっていて、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)か、市杵嶋姫命を含む宗像の三女神をお祭りしています。
お地蔵様なども本来は仏教の地蔵菩薩ですが、どちらかと昔話の笠地蔵のように民俗的な神として崇拝されている為、お地蔵様を祭っている寺で柏手を打ってしまう人も多数いるようです。
日本における寺の発達を考える上で無視できないのは、平安時代の陰陽道の文化もあります。 平安時代に京都周辺で作られた寺は貴族の別荘のようなものが多く、これが陰陽道における方違え(ようは方位除け)との関連で重視されていました。
初期の日本でお寺を多数作ったのは6~7世紀に主として活動した蘇我一族で、現存する最古のお寺は大阪の四天王寺ですが、これを建てたのは蘇我の血を引く聖徳太子です。
次にお寺を作るのに熱心だったのは、壬申の乱以降奈良時代までを支配した天武天皇系の天皇たちです。 特に持統天皇~聖武天皇などは寺の造営に力を入れて、聖武天皇は国分寺を全国に作らせました。 その後に聖武天皇と匹敵するほど活動したのは足利尊氏で、全国に安国寺を建てたのは足利尊氏です。
ここまでの説明は割と細かく説明したので分かりづらいかもしれませんが、簡単に言うと「神社は神様を祭るところ」で「寺は仏様を祭るところ」です。
ただし、日本における神様とは「人(自然崇拝)」で、有名な湯島天神~明治神宮~東郷神社などは人です。 それに日本は農耕民族なので、太陽~海~山などの自然を神と崇める信仰も古来からあり、狐などの動物を祭る神社も多いです。
そしてお寺で祭られるところの仏様とはお釈迦様からの流れを汲む、「仏」として崇められた時の「高僧(聖人・上人、等)」や、釈尊が説いた教典に登場する方便の為、架空の「仏(阿弥陀如来・菩薩など)」を祭っています。
この場合は「仏」が解き明かした曼荼羅や仏像などに手を合わせ、礼拝することで仏の魂と一体化し仏様の境地に近づくのが本来の意味です。
ぶっちゃけて言うと基本的に全く異なるのが神社とお寺(寺院)であり、神社(教会)は「他力本願」で~寺(仏教)の基本は「自力本願」です。 見かけで言うと「鳥居があるところが神社」で、「山門があるところがお寺」とも言えます。
実は同級生に神社とお寺の関係者がいて、同級生のK君は窓から人を投げ落とす&車に放火などイタズラ好きですが、今は「神主」をしています。 同級生のTさんは障害者を殴る蹴る&弱い者いじめ大好きなどお茶目ですが、「父親は僧侶」です。 (苦笑)
あなたは神社とお寺の違い、御存じでしたか?
∑( ̄[] ̄;)!ホエー!!
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