徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    ヘーゲル。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたには素晴らしい光が待っているはずで、その先にあるのは希望と言う名のゴールがあるはずです。 それは幸せな人に起こる現象ではありますが、幸せの定義により幸せはいつも目の前にあるものです。

    人は目の前に起きた現象により幸か不幸かを決めてしまいますが、それは長い人生の中で一部分を切り取っただけであり、本当に幸せかどうかと言うのは後で振り返ってみて初めて分かることです。

    私は県北時代のことをブログに書きますが、それは消化できているから書けるだけです。

    確かに嫌なことが多かった時代ではありますが、それは今から考えてみると自分のせいだと言う自業自得が分かってくるし、そういう風に考えてみると不幸ではなく勉強だったかもしれないのです。

    人は目の前に幸せがある時には気付かないものですが、それは逆に幸せすぎて気付かないだけなのかもしれません。

    五体満足で自由自在に動ける、健康で病気をしない、携帯やPCが使える、水や食料に何不自由しない、これが全部同時に行えるのは地球上に存在する約66億人の中で9%だと言われています。

    9%と言うのは約6億人だから、その中で日本の人口は約1億3千万人になるので、6億人中1億3千万人と言うのは凄い確率です。

    日本に生まれてきたことはひとつのチャンスですが、手続きがどうのとか上司が許可しないだのとか文句を言う前に規制が多くてもクリアできる方法を考える、それこそがチャンスを貰った者がすることです。

    人は甘い蜜を食べていると美味しくて食べすぎ、そうなるとメタボになって今度は成人病の心配をすると言う、幸せだからこそ起こる不安や不幸と言うのがあります。

    ドイツ観念論哲学のゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルが書いている著書の中に奴隷と主人と言うタイトルで幸せについて面白いことを書いています。

    ヘーゲルは奴隷と主人と言う関係を使って幸せについて書いているのですが、主人と言うのは財産を持って踏ん反り返って奴隷を支配しています。 何かを食べたいと思えば奴隷に命じて作らせればいいので、俗に言うアゴでこき使うと言う状態になります。

    その命令される可哀そうな奴隷は美味しい料理を作ることができるのですが、その料理は主人が食べてしまうので自分では食べることができません。

    ここまでで言うと奴隷は可哀そうと言う観念になるのですがヘーゲルはここで「見方を変えてみよう!」と提案していて、この提案を受け入れることができる人は頭が柔らかく思考能力が柔軟で幅広い領域になります。

    私がヘーゲルの言いたいことを咀嚼して霊視カウンセラー的に解説してみると、奴隷と主人では本当に奴隷は可哀そうなのかと言う点から思考を変える必要があります。

    奴隷は主人に命じられて毎日毎日食事を作らなければなりませんが、毎日食事を作ると言うことは材料を吟味して色々な料理を作ることになります。 基本的に主人と言うのはわがままだから、あれも食べたいこれも食べたいと言うはずです。

    その要求に答えていると自然に料理のレパートリーは増えるし、自然と料理の腕は一人前になって料理の腕前(技術)は自分の物になります。

    それに引き換え主人の方は命じて作らせて食べるだけなので奴隷がいなくなれば食事を食べることができなくなりますが、奴隷の方は別な主人に仕えることもできれば独立することもできます。

    こうなると奴隷がいるからこそ主人であり得ると言う逆転現象が起こるので、こう考えると主人の方こそ奴隷に隷属していることになりかねないのです。

    ヘーゲルの言いたいことは現代社会にも当てはまるのですが、権力や地位やお金を笠にきて偉そうにしていると自分一人では何もできないのだから、あとでみじめな思いをすることになると言う戒めだと思うのです。

    幸せとはこのように見方を変えることで次々と変化するので、目の前の現象が本当に不幸なのかどうかは、時間がたって思い返してみないと分からないものなのです。

    あなたはヘーゲルの考え方を、面白いと思いますか?

    (o゚◇゚)ノあぃ

    お知らせ:業務多忙の為、ブログの更新は23日(月)より再開します。 予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m
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