徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    火の車。

    おはようございます。 今年も残りわずかとなりましたが、私の予定は年末が12月31日まで~年始は1月1日より鑑定です。 予約の方も年末年始に関係なく、毎日受け付けているので遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 m(__)m

    今日は月曜日ですが仕事納めでお休みの人も多く、師走の賑わいが更に激しくなってきます。 しかし、昔と違い師走の賑わいと言ってもスーパーやデパートなどは年中無休だから、街の風景としては日常とあまり変わらないかもしれません。

    変わらない日常と言うのは平和で素敵なことですが、いつも笑顔でいることは怒りのエネルギーを除去してくれて、心落ちつく良い波長のエネルギーへ変えてくれると思います。 いらいらした波長はイライラを、穏やかな波長は穏やかな雰囲気を運んで来てくれます。

    師走の街の風景はあまり変わらなくても年の瀬が押し迫ってくると、お店の経営者など商売をしている人はイライラしてくる人が増えるのですが、そのイライラは誰のせいでもなく自分が引き起こしたことが一年の総決算として降りかかってくるだけです。

    だからこそ師走は一年の総決算として自分がしてきたことを振り返って見ることができるのですが、会社やお店なども年末に暇なのは一年を通じてお客様を喜ばせていなかった証拠です。

    自分の意識の上ではお客様の為にと言う言葉があるのかもしれませんが、その結果が暇と言うことになるのであれば、それは単なる自分の思い込みと言うか~本当はお客様が喜んでいなかったと言う結果を直視しなければならないのです。

    辛いことかもしれませんが来年へ向けて心機一転を図る為にも、今年は何ができなかったのか、そして何ができたのかを見直して来年を良い年にしていければ、新たな目標や夢ができると思うのです。

    そうは言っても現実として年末になると資金繰りが大変と言うことが多いのですが、それは自己資金以外のことを考えてするからです。 お金を借りることができることをお金が手に入ったと勘違いするのですが、それは借金しただけで人のお金なのに自己資金と思えてくるのは大間違いです。

    昔から借金だらけのことやお金が忙しくて休む暇もないことを「火の車」と言いますが、火の車は「今昔物語集」など数多くの古書にある日本の怪異のことです。

    元々は悪事を犯した人間が死を迎える時に、牛頭馬頭などの地獄の獄卒が燃えたぎる炎に包まれた車を引いて迎えに現れると言うもので、文献によっては死に際ではなく生きながらにして迎えが現れると言う事例もあります。

    「平仮名本 因果物語」に「生きながら、火車にとられし女の事」と題した話があり、河内国八尾(現・大阪府八尾市)にある庄屋の妻は強欲な性格でした。 召使いに食事を満足に与えず人に辛く当たっていたのですが、その庄屋の知人が街道を歩いていると向こうから松明のような光が飛ぶように近づいて来ました。

    光の中では身長8尺の武士のような大男2人が、庄屋の妻の両手を抱えて飛び去って行ったそうです。 彼は恐ろしくなり庄屋へ行くと庄屋の妻は病気で寝込んだ3日目に死んでしまったのですが、この妻は行いが良くなかったので生きながらにして地獄へ堕ちたと言われたのです。

    また、怪談集西播怪談実記にも、「竜野林田屋の下女火の車を追ふて手并着物を炙し事」と題して、享保年間の火の車の話があります。

    播磨国揖保郡竜野町(現・兵庫県たつの市)の林田屋と言う商家で、以前から店に老婆と娘が出入りしていたが、老婆が店に滞在中に風邪をひいて次第に症状が重くなりました。 手当ての甲斐もなく高熱が続いて錯乱状態となったのですが、娘は嘆き悲しんで側を片時も離れなかったのですが、ある夕暮れに「ああ、悲しい。 母を乗せて行ってしまうとは!」と慌てて外へ駆け出しました。

    商家の人々は娘が悲嘆の余り正気を失ったかと思い娘を引き止めると、たちまち娘が気絶したので口に水を注いで正気に戻しました。

    娘が盛んに熱がっていたので袖の下を見ると、なんと火で焼け焦げていました。 店へ戻ると老婆は既に死んでいて、娘は臨終の時に何故そばにいなかったのかと尋ねられると、「絵で見た鬼の姿のような者が燃え盛る火の車を引いて、母を火の中へ投げ込んで連れ去って行ったので、取り戻したい一心で追いかけたけれど車は空へ飛び去って後のことは覚えていない」と語ったのです。

    火の車の説明はこれくらいにして、家計や経済状況の苦しさを「火の車」と表現するのは、火車や先に書いた「火の車」から生まれた言葉です。 火の車に乗せられた者が苦痛を味わうことや、苦に満ちた世界(娑婆)を仏教語の「火宅(火事に遭った家の意)」と関連づけたことが由来です。

    特に御主人と言う一家の大黒柱が借金すると言うことは大罪ですが、この借金したお金が返せない苦しさは火の車に乗るほど辛いと言う戒めです。 残念ながら借金大好き人間にとっては火の車状態から抜け出すことはできませんが、最初から火の車に乗らないようにする意志の強さが必要です。

    私は経営者の人にも心を正して頂き、経営と言うのはお客様を幸せにするのはもちろんのこと、社員の方々も豊かで幸せにするのが経営者の本筋だと思うのです。 年末にボーナスを出したからと言ってデカイ態度をとるような経営者は失格で、年始にもきちんとお年玉を全社員に出すのが経営者のあるべき姿です。

    もっとお客様のことを考える、もっと働いている人のことを考える、そうやって周りの人々を幸せにすることが経営者がするべき社会への責任なのです。

    あなたは火の車に、乗らないようにしていますか?

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