徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    左甚五郎。

    おはようございます。 いつも良い方へ考える癖を付けていると悪いことでも良い方へ転換できるので、モノは考えようと言う具合に幸運を呼び込むこともできるはずです。 悪いことでも受け止める、そして跳ね返すことがあなたに課せられた使命なのかもしれません。

    私も昔はネガティブそのものであり、悪いことばかり考えていたから余計に暗かったのだと思います。 いつかはと言う夢ばかり追いかけていたけれど何もできない、それは自分が動かずして何もできなかった証拠です。

    それでも立ち直れたからこそ今があるのですが、世の中には良いことをしても認めず逆に意趣返しみたいなことをする人もいるので、良いことをしても分からない人には分からないのです。 例えば、環境保護団体や○○みたいに自分のことが優先で、言うことを聞かなければ実力行使に出る人は意外と多いのです。

    私はこのような人に会うと言う意味を、自分を戒める為の糧として受け止めています。 いくら良いことをしても認めない人は認めないので、そういう人は受け流しておかないと、最初から考えが違うから話し合う余地はありません。

    その昔の日本には左甚五郎と言う名人がいたのですが、左甚五郎は江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人で、左甚五郎作と伝えられる作品も各地に存在します。 左甚五郎と言う名前の由来は諸説入り混じり、左利きだからとか~飛騨の甚五郎が訛って左など、本当のところは分かっていません。

    簡単に略歴を記しますと、足利家臣伊丹左近尉正利を父として文禄3年播州明石に生まれ、父親の亡き後は叔父である飛騨高山金森家家臣河合忠左衛門宅に居候して、13歳で京都伏見禁裏大工棟梁遊左法橋与平次の弟子となりました。 そして元和5年に江戸へ出て徳川家大工棟甲良豊後宗広の女婿となり、堂宮大工棟梁として名を上げたようです。

    その腕の良さから江戸城改築に参画したのですが、西の丸地下道の秘密計画保持の為に襲われましたが刺客を倒し、寛永11年から庇護者老中土井大炒頭利勝の女婿讃岐高松藩主生駒高俊のもとに亡命しました。 その後は寛永17年に京都へ戻り師の名を継いで禁裏大工棟梁を拝命して法橋の官位を得た後に、寛永19年高松藩の客文頭領となった後の慶安4年頃に無くなり享年58歳でした。

    この左甚五郎は少し変わり者と言われていたのですが、そこには勧善懲悪の精神があり優しさや人情味が溢れているからこそ、講談や落語に演目が多く愛されているのだと思います。 私は「ねずみ」と言う演目が好きなのですが、これはズルイことをしていると自分に返ってくるとか、人を妬んだり恨んだりしてはいけないことが良く分かります。

    簡単に紹介すると、奥州仙台の宿場町である旅人が宿引きの子供に誘われて鼠屋という宿に泊まるのですが、そこは貧乏で布団も飯もろくになく腰の立たない主と十二歳の子供の二人でやっている貧しい宿でした。 主の宇兵衛は向かいにある虎屋と言う大きな宿の主でしたが、妻に先立たれた後に迎えた後妻は番頭とつるんで虎屋を乗っ取ったのです。

    追い出された宇兵衛は物置小屋を何とか宿に仕立て上げて、その物置に棲んでいた鼠にちなんで鼠屋と名付けたのです。

    これを聞いた旅人は自分が左甚五郎だと明かし、そして木片でねずみを彫り上げて繁盛を願って店先に置いて帰りました。 すると名人の技か奇跡か、その木彫りねずみがまるで本物のように自分で動きました。 この噂が広まるやいなや鼠屋に泊まればご利益があると、部屋に収まり切らないほどお客様が来て、見る見るうちに鼠屋は大きくなりました。

    そうなると向かいの虎屋は鼠屋が繁盛するにつれて、前の主を追い出した悪行を吹聴されて客足が途絶えたのですが、それに腹を立てた虎屋の主人は鼠屋に対抗して仙台の巨匠に虎を彫らせました。 (早い話が妬みと恨みで、鼠屋を攻撃しようと企んだのです。)

    しかし、悪いことを考える人には同じような人が来るもので、その巨匠は虎屋から取れるだけお金を取りながら実は弟子に彫らせていたのです。 虎屋の主はそれを鼠屋のねずみを見下ろすように2階の軒先から見下ろすように飾ったところ、途端にねずみは動かなくなってしまったのです。

    鼠屋の主人は左甚五郎に手紙を書いて送ると、すぐに左甚五郎が鼠屋を訪れます。 自分が彫ったねずみは虎に怯えて、じっとして動かなくなっていました。 甚五郎には合点がいかなかったのですが、虎屋の店先の虎は出来損ないの彫刻で顔はひどく弱気そうだし、額に虎を示す王の字の模様もないのです。

    甚五郎はねずみに、「ねずみよ、俺は魂を込めてお前を彫った。 なぜ、あんなおかしな顔の虎に怯える?」と尋ねたところ、ねずみはふと振り返って「え、あれ虎だったの? 猫かと思った!」と答えるのがオチです。

    左甚五郎は人情に厚く優しい心の持ち主ですが、嫌なことは頑として受け付けない頑固さもありました。 それが弱きを助け強きをくじく~勧善懲悪へと繋がって行くので、私も自分が有利な立場だからと人をいじめるような卑怯なことは絶対にしたくありません。

    あなたは左甚五郎を、知っていましたか?

    (@⌒ο⌒@)b ウフッ
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