徒然草(岡山・東京・山崎かずみ)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    やられた。

    おはようございます。 今日も素敵なお客様には幸せな日々が待っている、それは自分がしたことへのご褒美でもあり、見返りを求めて何かをしたらいやらしいけれど、それでもやらないよりは遥かに良いと思います。

    人は何かを見た時に自分の中へ取り入れるかどうか、同じものを見ても感銘を受ける人もいれば、それが何か?で終わる人もいます。

    善行にしてもする人はするししない人はしない、したからと言って偉い訳じゃないけれどしないよりはまし、ましてやしない人がしている人を攻撃するなんてあってはならないことです。

    善行をする時にそれをしたら何か良いことがあるのか、そういうことを必ず言う人がいますが、そんな見返りを求めてどうこうするのはいやらしい話です。 見返りを求めない人になれたら気持ちが楽になれますが、そうなりたいけれど現実にはなかなか難しいと思うかもしれません。

    この見返りを求めない人には少なからず特徴がありまして、その特徴を知ることで自分も見返りを求めない人間になれるかもしれません。

    自分の行動が報われるかどうかを気にしない人は見返りを求めませんが、見返りを求めないのは自分がしていることの結果を気にしないからこそ、自分が良いと思ったらやるだけで、したくないならやらないと心が欲する方向へ進むだけ、それがどうして何かが変わるなどは気にしません。

    あくまでも他者への親切は過去に受けた親切への恩返しと捉えていて、見返りを求めないのは自分が生きてきた中で多くの人から親切にしてもらったことに恩返し、ありがたいことだと感謝の気持ちで考えているからです。

    自分が目の前の人に対して親切にするとは、あくまでも過去の人々に対する恩返しをしているだけだと思っているので、目の前の人から見返りを期待することなどありません。

    それに見返りを求めない人は損得勘定がなくて、何かをする時に自分が得するとか損するとかについて考えません。 行動を決める基準は常に人として善いか悪いかや、好きか嫌いかとシンプルな基準にしているので他のことを色々とは考えません。

    そして中々できないことですが、見返りを求めない人は善行で得られる嬉しさだけで十分満足します。

    自分が善い行いをすることで自然と心の中から湧き上がってくる嬉しい気持ち、その喜びの気持ちを得られたら満足してしまいます。 なんか気分がいいな、そう思えたら小躍りしたくなるような嬉しさが込み上げてきて、それが最高のご褒美だと感じているので他には見返りを必要としていません。

    また、人へのお手伝いは自分の好意によって行うもの、誰かのお手伝いをする時には自分が好きでやっているからだと考えて、相手からの感謝の言葉やお礼を受け取ることができるかどうか、そういうことは全く気にしていません。

    断ることができたのに受け入れて手伝う、その相手を手伝うことを選んだのはあくまでも自分、だから好きでしたことだから見返りなど関係ないと思います。

    それに元々が見返りを求めない人は現状の暮らしに満足していて、今の暮らしや自分が置かれている境遇に関して不満はないし、物理的にも精神的にも満足しているから精神的に大人でもあります。

    何かが欲しいとかの欲望や今よりも幸せになりたいなどの願望を持たないので、他人から与えられる見返りを期待することはありません。

    見返りを求めること自体が恥ずべき行為だと考えていることも多く、他者に対して何らかの見返りを求めて行動をするのは恥ずべき行為だと考えます。 人は見返りを求められたら想像以上に相手に幻滅して、それまでの親切で思いやりにあふれた行動も台無しになってしまうことを分かっています。

    見返りを求めない人は、そもそも見返りを求めるほどのことはしていないと考えますが、自分が行った親切な行為は大した価値はないと考えます。

    相手に対して見返りを求めることなどの考えが間違っていると感じ、相手に対して恩着せがましくなることを嫌う傾向があります。 見返りを求めない人の考え方や行動はシンプルで、私利私欲に縛られることなく見返りを求めない人になって、清らかな気持ちで毎日が過ごせるような気持ちになりたいものです。

    私は今、負けたと思っていることがありまして、駅から事務所へ向かっていると毎朝一人の男性とすれ違います。

    年の頃は20代後半から30代前半でスーツを着た男性ですが、駅へ歩きながら道に落ちているゴミ拾いをしています。 空き缶が落ちていたら拾って空き缶入れに入れる、ゴミが落ちていたら持っているレジ袋に入れる、それを毎朝しているので倉敷駅から西へ向かう道が綺麗そのものです。

    最初は駐車場の前で会うから管理をしている社員の方かなと思いましたが、ちょっと待てよと思い始めて何日か視ていたら、自主的に自分の信念に従ってやっていることに気付きました。

    それに気付いてからは「やられた!」と思い始めて、私もレジ袋を常備して道に落ちている空き缶などを拾ってゴミ箱へ捨てるを始めましたが、今まで気にも止めていなかったことが恥ずかしくて、もっともっと精進していかないとだめだなと反省しました。

    それで前々から気になっていたことを実行しましたが、それがTwitterにも上げていた用水路の掃除で、用水路の中へ傘やごみ袋や建設用材などを放り込んであり、通る度に見ているだけだったのを中へ入って掃除しましたが、通勤通学の人たちが怪訝な顔で見るし恥ずかしかったけれど気分すっきりです。

    あなたはやられた、そう反省することがありますか?

    ☆ヽ(▽⌒*)よろしぅ♪

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    霊視カウンセリング 山崎かずみ
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