徒然草(岡山・東京・山崎かずみ)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    里子。

    おはようございます。 素敵なお客様は毎日一生懸命に過ごしておられますが、その努力や真摯な態度に運命は幸運を運んできてくれるから、今は不遇を感じていたとしても未来では必ず良いことがありますから、今していることは無駄ではないと思って下さいね。

    さて、9月にラグビーのフランス代表と会うことができたので、そこからフランスにも少し興味が出てきました。 特に育児に関してフランスでは~とフランスの良さを取り上げて日本を非難する人たちもいるようなので、本当に日本のママさんたちはフランスに比べて不幸なのかを解説してみたいと思います。

    フランスのママさんたちが時間が自由なのは簡単に言うと乳母を雇うからで、パリに初めて乳母の紹介所ができたのは13世紀、この時代には貴族階級の家庭に限られていましたが、18世紀には一般化して乳母が不足するほどになりました。

    乳母を雇えるのも当初は貴族階級のみでしたが、それで自由になった時間に社交界に参加していました。 つまり、社交ダンスを踊ったり食事したり殿方との逢瀬を楽しんだり、要するに社交と言う仕事をしていたようです。

    当時の母親たちが授乳しないことを正当化する理由が以下の通り、感受性の鋭い人は赤ん坊の泣き声で神経をやられる、女は肉体的に弱いから母乳禁止、赤ん坊に乳房を出すのは滑稽、乳が乳房から漏れているのは不潔、子どもをかわいがることは無粋、性行をしたら母乳がダメになる、これが当時は母乳を与えない理由として正当化されていました。

    そして17世紀になると乳母は徐々に貴族から下の方へも広がりを見せ始めますが、貴族とは違い都会から田舎へ預けると言う形でした。 日本で言うと東京へお嫁に来た人が岡山の実家へ預ける、そんな感じの乳母だったようです。

    それが18世紀になると里子の習慣は加速してに職人や商人など都会の人なら一般的になる程に浸透、1万人の赤ちゃんが生まれたら9千人は里子に出される、90%の赤ちゃんが里子へ出されて実の母親を知らないと言う事態になりました。

    ようは母親が自分で子どもを育てることの方が異常と言うくらい、自分で自分の子どもを育てない母親が多かったようです。

    ただし、話には盛られている部分も多く先ほどから都会と言うワードが出てくるように、18世紀のフランスの人口は約80%が農民だったから、農民だと子どもを手元に置いて育てられたようなので、里子が90%はあくまでも都会の社交と言う名目に限った話のようです。
    貴族は社交を理由に育児をしませんでしたが、一般社会での口実と言えば生存本能と言うことらしいです。

    ようは職人さんも店舗経営者も家内工業、当時は妻が夫の仕事を手伝うのが主流と言う話らしいですが、そんなこと言ったら日本dなって家内工業は多くて妻が夫を手伝うのは、多くの家庭で当たり前のようにしていますから、フランスより日本の方が勤勉と言うことでもあります。

    ただ、日本は消費税とか色々取られると言うけれどフランスも取られる国でして、経済的に働く場合も多いからと言う話で、フランスは低所得者からも税金を取る国です。

    ちなみに乳母に預けた場合と自分で育てた場合の乳児の死亡率は大きく差がありまして、ある都市の里子の死亡率は約38%に対して、母親が育てた子どもの死亡率は約18%だったので、なんで里子の死亡率が高いのかと言えば当時の里子はお粗末な環境としか言えません。

    例を出すと、都会から田舎へ行くのに長旅に耐えなければなりませんが、当時は馬車の荷台にすし詰めにされて、赤ん坊は覆いの無い荷台にて寒さや暑さや風や雨にあいながら、母乳も与えられず出発してから数日間の移動をしますから、到着したら無くなっていたなんて珍しくなかったようです。

    当時は本当に酷い状況で、荷台から落としてそのまま行くとか、落とした拍子に馬車に引かれたとか、数が足りなくなったけれど放置とか、どこへ送り届けるか忘れたので捨てたなど、赤ちゃんの時から試練が襲い掛かります。

    そして無事に乳母のところへ到着しても赤ちゃんの待遇は酷いもので、田舎なので農家が多いけれど乳母も働かないといけないので乳母が畑にいる間は家に放置、沿い目も変えずに泣いていても放置で糞尿塗れも当たり前、そして飲ませるお乳は温かいではなく熱いレベル、酷い場合は乳母から梅毒を貰うこともありました。

    乳母も赤ちゃんの来ている服やオシメを何日も取り換えずに放置していることも多く、畠に連れていく時など木の下に放置だから動けない赤ちゃんは日向になったら地獄、乳母によっては木に縛り付けて放置の場合もあります。

    こんな酷い環境にあったら里子に出された赤ちゃんの死亡率が多いのも分かりますが、これで生きている方が生命力が強いとなります。

    今の日本では信じられないと思いますが、当時は死んでもいいとの気持ちで里子に出していたようで、当時の赤ちゃんはプパールと呼ばれ、これは人形を表すプペからきた呼称で、赤ちゃん=オモチャで大人たちは飽きると興味を失ったとの話です。

    子どもに一切関心がない、子どもが死んでも何の言葉もかけない、子どもの葬式に親は参列しない、これが当時の主流でしたからフランスはよく人口が増えたなぁと思います。

    当時は乳母に預けてたら親たちは子どもたちへ関心を持たない、預けている4年間に一度も会わない親は珍しくなかった、この時代は平均すると4年乳母に預けていたようです。

    また、当時のフランスは捨て子が多かったのも酷い話で、当時は1年間に約2万人が生まれていて捨て子の数は年間で5千人ですから、約255の子どもは生まれても捨てられていた、こんな歴史がフランスにはあります。

    最後に、ルソーは子どもを愛することこそが人間本来の自然な姿だと言いましたが、現代の子どもを虐待する親の姿を見ると、昔のフランスのように子どもを虐待するのが自然な姿とも言えるので、子育てに正解はないし模範解答も無いと思いました。

    フランスの子育ての歴史を振り返りましたが、日本で生まれて日本で育つ、それは凄く幸せなことだと痛感します。

    あなたはフランスの里子のこと、ご存知でしたか?

    (-_-)ウーム

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