徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    記憶される。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様にお会いできるかと思えば、私は心に素敵な思い出が次々と残ることになります。 素敵な人との出会いは良い記憶となって、きっと心に感動を与えてくれるのではないかと思うのです。

    人は人と出会うことで何かが変わるのですが、人と出会っても悪い記憶と良い記憶になる境目は「また、会いたい」と言うことではないかと思います。 これはイケメンとか美人とか、社長とか金持ちとか、車や家があるなど、何かを基準にしたモノの指数ではなく、人生におけるかっこよさではないかと思うのです。

    人はかっこいいとかっこわるいを間違えているのですが、本当のかっこよさとはかっこわるいことがきちんとできるかどうかで、人として間違っていることをきちんと謝罪できるとか、人が嫌がるトイレ掃除などを嫌がらずに出来るなど、かっこわるいように見えることをきちんとできることがかっこいいだと思うのです。

    仕事の成果は部下の手柄にして仕事のミスは自分のせいにする、そういう上司がいたならかっこいいと思いますし、目立たない作業を黙々として誰にもお礼を言われないけれど、下手間をきちんとこなして行く人も凄くかっこいいと思います。

    着ているスーツが高いからかっこいい、お金を持っているからかっこいい、高級車に乗っているからかっこいい、これらは全て見せかけのかっこよさであり、本当のかっこよさではないと思うのです。

    この辺の話になると人には色々な価値観があるので否定はしませんし、高級車や豪邸こそがかっこいいと言う考え方もありだと思いますから、人それぞれの価値や基準によってかっこよさは変わってきます。

    私は心に記憶される生き方と言うのがかっこいいと思うのですが、人はいつか死んでしまうものだからこそ、死んだと言うのは「いつを死とするのか?」が生き方のかっこよさに繋がると思うのです。

    人が思い描いた夢や目標は叶わないかもしれないけれど、それは後世に受け継がれている間は死んでいません。

    マザーテレサさんは肉体的には死んでいるかもしれないけれど、その功績や考え方は後世の方々に根付いているので、その夢や目標は生き様はいつまで経っても死なないのです。 つまり、マザーテレサと言う生き方は死んでいないから、いつまで経っても記憶の中で生き続けているのです。

    自分と言う一人の人間が地球上に存在していた、その存在がいつまでも消え去ることが無いのであれば、それは記憶に残る生き方ができていることになるはずです。

    Aさんと言う素敵なお客様は介護士をしているのですが、ある時のことWさんと言うお婆さんが施設へ入所してきました。 家族がいるはずなのに誰も来ない、子供がいるはずなのに見舞いも来ない、そんなWさんの担当にAさんはなりました。

    Aさんはいつもと同じようにお世話をしているだけなのに、Wさんは「ありがとう」と凄く喜んでくれました。 Aさんは身内がいない天涯孤独の身の上でしたから、Wさんのように家族がいるのに誰も来ない気持ちは理解できませんでした。

    Wさんが入所して3ヶ月が過ぎる頃、Wさんは体調を崩してドンドンと身体が弱って行きました。 そうこうするうちに施設では手に負えなくなって、病院の介護施設へ移ることになりました。

    本来ならば移った以上は関係ないはずですが、それでもAさんはWさんが移った先へお見舞に行ったりして、人として相手が喜ぶことをするを実践していたのです。

    そしてWさんが移って半年が過ぎた頃に、Wさんが移った先の病院(介護施設)よりAさんに電話があり、Wさんが亡くなったこととAさんに通夜と葬式に来て欲しいと言う話でした。

    肉親でもないし血縁関係でもない、そして介護士と入所者と言う関係で一度だけお見舞いへ行っただけだったのに、「どうして私に?」とAさんは不思議だったそうです。 そしてAさんはすぐにWさんのところへ駆けつけると、Aさん充てにメモ書きと言うか手紙のようなものが残してありました。

    その内容は、「Aさんに会いたい、私が死んだ時にはAさんが来てくれたら、私は安心して逝ける。」と言うようなことが、メモに書いてあったそうです。 そのメモを見た時にAさんは自分の人生は相手の為にある、それを実感できたのか涙が止まらなかったそうです。

    Wさんがメモに書いた手紙は、今でもAさんの宝物です。

    人は仕事をしている時に投げやりだったり、流れ作業でさっさと終わらせたいなど、ついつい自分の効率や自分が楽な方へ走りがちですが、もう少しだけ手間をかけることで相手が喜ぶ、もうちょっとだけそばにいてあげることで相手が安心する、そういう人としての思いやりが積み重なって、人の記憶の中へ生きていく自分があるのではないかと思うのです。

    これは介護のお仕事の話ではあるけれど、看護師でも医師でも占い師でも販売でも事務で建設業でもIT関係でも、人と関わって生きていく以上は常にできることであり、そこに「手抜きは存在してはならない」と思うのです。

    あなたは誰かに記憶される、そういう人生を歩んでいますか?

    p(´⌒`。q)グスン



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は15日(木)より再開いたします。 いつも御予約頂き、本当にありがとうございます。 m(__)m
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