徒然草(岡山・東京・山崎かずみ)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    一期一会。

    おはようございます。 昨日も無事に東京より帰って鑑定を再開しておりますが、東京では民主党本部の近所のホテルが今の定宿なので、必然的に移動は千代田線の国会議事堂駅を利用します。

    その時に国会議事堂(車の出入り口)や首相官邸&公邸の側を歩くので、嫌でも黒塗りの高級車に乗った大臣や議員に遭遇してしまい、朝からゲンが悪いなぁと思うこともしばしばです。

    今回の出張でもホテルを出て国会議事堂の裏通りから首相公邸の方へ歩いていると、いつも見かけるガラの悪い国会議員の方々ではなく珍しい人がいるなぁと思っていたら、上島竜兵さんがSPに囲まれて移動しているのに遭遇しました。

    私は「ダチョウ倶楽部もSPが付くとは、芸能人ってすごいなぁ~!」と思っていたら、よく見ると上島竜平さんではなくミスター注視こと野田総理大臣で、私は県北で知恵遅れと言われていたアホだから見分けが付かず双子かと思いました。

    円高や福島第一原発の時には「聞いてないよ~!」と言い、竹島や尖閣諸島で攻め込まれたら「どうぞ! どうぞ!」と言う、「駅前留学はNOVA、駅前演説はNODA」とくだらないギャグを飛ばすのが日本の総理大臣です。

    さて、小噺みたいな実話はここまでにして、今回の東京出張では考えさせられることがいくつもありました。 別に大袈裟なことではありませんが、耳に入る言葉や目に入る行動は全て何かの暗示と取ることで、不要なトラブルを避けることができたり~必要なことに気付けたりします。

    人は幸せなことに気付かない、それは満足があるからこそ不満足が生まれるのに、足りない時には欲しい一念があっても足りている時には「もっと、もっと」となります。 欲だと言うことが分かっていても、それでも自分だけが不幸に感じたり~もっと良いことがあるんじゃないかと考えたり、今の現状が結構満ち足りていることになかなか気付けません。

    人は大切なモノがいくつもあるのですが、それが目の前にある時には全然分からず素通りしたり邪険に扱ったりします。

    本当に大切なモノに気付く時とは「失った瞬間」で、失って取り返しがつかない、もう2度と会うことができない、泣いても喚いても元へは戻れない、そんな時にこそ大切なモノが身に染みて分かるのです。

    昔と違い今は少し鑑定する人数が増えたので、何回もお越しくださる方もいれば一度きりで来なくなる人もいます。

    私の霊視カウンセリングが気に入らない&鑑定内容が不満、それで来なくなるのは良いことです。 私のことが気に入らないから来ない、私の霊視カウンセリングに不満があるから来ない、それは自分の意思で来ない訳だから良いことです。

    ところが「行きたいけれど行けない」と言う状況になってしまったのであれば、それは悲しいことでもあるし~私の力不足や無力を感じてしまうことにもなります。

    昔と違って鑑定する人数が増えれば増えるほど、悲しいことにも直面しなければならないことも増えましたが、7月に鑑定した素敵なお客様が8月に亡くなってしまった、この前まで元気だったのに天国へ旅立ってしまった、このような出来事の時には心の痛みとして永遠に記憶されます。

    防げるかと言えば運命的に防げないことも多いし、肉を食べすぎると死にますよと言っても暴飲暴食を止められないと終わる、そのように死と言うのは自分が招いてしまうこともあります。

    人は当たり前の数が増えすぎると「今を大切に生きる」と言うことを忘れるのですが、好きなら告白する、お店を出したいなら出す、転職したいなら転職する、夢を実現させたいなら努力する、今を大切にしていない人は何事も後回しにして今を楽に生きてしまうのです。

    今回の東京出張はホテルの部屋で寝ていると、壁の絵が揺れてがたがた音がすることが毎晩続き、某神社へお参りした時も周りへ誰もいないのに本堂の前で手を合わせていると、右斜め後ろから「や・ま・さ・き、#%$#%」と呼ばれたり奇妙な出来事がありました。

    いくら幽霊よりも県北の極悪鉄パイプ集団の方が怖いと言っても、さすがに今回のように3日連続で不思議な現象が続くと久々にぞっとしたと言うか、鑑定じゃないのに霊視して細かく視たのは東京では初めてです。

    それでようやくがたがたと絵が揺れる原因や話しかける声の正体に気付いたのですが、実はある素敵なお客様がお亡くなりになって合図されていたのに、私は「ま~た、幽霊か?」とうるさいから知らん顔して寝ていたのです。

    幽霊を無視して寝られるのは良いのか悪いのか、4日目にして気付いた時にはもう倉敷へ帰る直前でしたから、御友人の御予約の前まで気付かなかったのは私の力不足でした。 今後も鑑定でお会いするはずだったし来年の新年会を楽しみにされていたのに、2度とお会いできない喪失感は私の無力感を増幅させていきます。

    こういうことの無いように一期一会は大切にしなければと思うのですが、例えばお守りプレゼントへ並びたいけれど躊躇して止める、新年会へ行ってみたいけれど躊躇して止める、これでは一期一会のチャンスを逃しまくっていると思うのです。

    人との縁を増やすと言うことは悲しみも増えて行くと言うことで、そういう想いや覚悟が無ければ人との縁を増やすことは出来ないと思うのです。

    あなたは一期一会、その意味を理解していますか?

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