徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    されて嫌なこと。

    おはようございます。 今回も無事に東京より帰って参りましたが、いつもいつもスムーズに動けるのは全て素敵なお客様のおかげで、本当にありがとうございます。 未熟な私では何もできないことが多いので、御支援や御愛顧によりどうにかこうにか生きていけています。

    また、パワスポ巡りには大勢の素敵なお客様に参加して頂き、本当にありがとうございました。 集合写真をご希望の方は、鑑定の時か、返信用封筒をお送り頂ければ、写真はお送りします。 (注:参加した人のみ、写真に写っている本人のみ。)

    さて、人は生きている限りは人と関わることになるので、その人と関わることが人生の大部分を占めていくので、人との関係をうまくやることは人生を豊かにすることと同じことです。

    その為にも「相手が不快に思うことをしない・相手の嫌がることをしない」は、誰でも小学生の時に習う筈ですが、この言葉は概ね正しいけれど社会においては意外と通用しない言葉でもあります。

    この「自分がされて嫌なことは人にしない」と言う言葉は、誰でも一度は言われたり学習したりする言葉ですが、主に幼少期に大抵は通過儀礼の如く言われてきた言葉です。

    これは相手の痛みを自分の痛みのように捉えるべく想像力を働かせ、それにより他人に優しくなれると言う性善説に基づく発想で、これは誰でも部下や後輩や子供など年下や目下の人に注意する時に使ってしまうものです。

    しかし、この「自分がされて嫌なことは人にしない」と言う言葉は、通用する相手と通用しない相手がいることをわかって使わないと、意味が無いと言うか言った自分が更に嫌な思いをするだけです。

    世の中には屁理屈と言うかどうしようもない人がいるもので、「私はされても別に嫌ではない」と平気で宣う人がいるのも事実、そう言い返されたりしたら余計に腹が立つこと請け合いです。

    この考え方はある意味では正しいかもしれない、そのある意味とは自分がされて嫌なことは人にしないと言う考えが無い人、自分がすることは全て正しいけれど人がすることは全て間違いと言う人、こういう人たちには通用しない言葉でもあります。

    私とあなたは違う人間であり、おのずと嫌だと思うことも違っていて、自分がされて嫌じゃないことも相手は嫌かもしれない、そういうことを推測できない人には無用の長物なのです。

    つまり、正しくは自分がされて嫌ではなくても相手がされて嫌だと思う言動を推測して、相手がされて嫌だと思うことはしてはいけないと、ここまで言わないと理解できない人が今の日本にはかなり増えているように思えます。

    しまむらで対応が悪いと店員さんに土下座させる人、新千歳空港で保安検査をすり抜けて2万人に迷惑かけて平気な人、このように人へ迷惑を掛けても自分さえ良ければいいと言う人には、最初から自分がされて嫌と言う発想が無いので言っても理解できないのです。

    やはり、相手の性格やら環境やら立場やら知性やらを考慮しなければならない、それが出来ない人には「自分がされて嫌な~」と言ったところで無駄なのです。

    これは恋愛に関しても同じことで、自分がされて嫌なことは通常は相手にとっても嫌なことの筈です。 人には育った環境の違いがあるから一概には言えませんから、嫌なことを感じる観点も違いますが、それでも人として嫌なことはあるので自分は嫌じゃないからは通用しません。

    例えば、恋愛でよくある浮気問題も、我慢できなかったら別れればいいし、別れたくなければ我慢する、その単純明快なことを複雑にしても仕方がありません。 交際を長続きさせるにはお互いを思いやること、自分は良いけど相手はダメがまかり通ることは無く、男は浮気をしても良いけど女はダメなんて通用しないのと同じです。

    自分がされて嫌なことは相手も嫌だと頭に入れて行動する、その行動をする時に立場を変えて考えてみて、自分がされたら嫌なことはしない様に心がけていれば、恋愛を長続きさせることも充分に可能となります。

    「己の欲せざる所は人に施す勿れ」で、例外はあるにしろ自分がされて嫌なことの多くは、現実的に多くの人にとってされたら嫌なのは事実です。

    自分の物を盗まれる、殴られる、怒鳴られる、刃物で刺される、バットで襲撃される、いくらでも出てきますが、これらを「自分はされても嫌じゃない」と言うなら、今すぐして貰えば屁理屈を言わなくなると思います。

    相手の気持ちになって考えるからこそ、自分が嫌なことは相手も嫌だろうと仮説が建てられますが、そうなることで嫌な行動をとらないようにするのも学びで、「自分がされて嫌なことは他人にしない」とは、結局は「相手の気持ちを考えてみよう」の教えに基づいています。

    本来ならば「子どもに教える内容」ですが、大人になっても自分勝手な行動で人としての基本を忘れることもあるので、ずっと言われ続ける言葉なのかもしれませんから、ようは「初心にかえれ」と言うことです。

    他にも「情けは人の為ならず」と言う言葉がありますが、これは人に親切をすれば巡り巡って自分に返ってくると言う意味で、お互い助け合う考え方としても、自分の生き方に徳を積む考え方としても、特におかしいことではないと思います。

    これを偽善と感じるかどうかは人それぞれですし、全く見返りを求めず純粋な善意でしたとしても、相手がそう受け取るとは限りません。

    ただし、私の経験上「立派な批判をする人ほど、寄付も親切も何一つしたことが無い。」が事実で、人を助けたことが無い人ほど「お金が何に使われるかわからない」や、「そんなことして何になるの」と、訳のわからないことばかり言って自分を正当化しようとします。

    人は生きている限りは誰もが「いじめる側&いじめられる側」や、「加害者&被害者」の両方になり得るのですから、日頃から徳を積んでいくのは決して悪いことではありません。

    あなたはされて嫌なこと、人にしていませんか?

    ( ✧Д✧) カッ!!

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    鑑定は年中無休で、365日鑑定しています。

    霊視カウンセリング 山崎かずみ
    倉敷事務所:岡山県倉敷市川西町1-9
    東京事務所:東京都港区赤坂9-1-7
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