徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    本当のこと。

    おはようございます。 日本は自由な国なので、表現の自由がかなり認められています。 よく日本は不自由な国とか日本じゃだめだとか言いますが、そういう人たちは自分が認められないから、もしくは自分の言うことが通らないから言うだけで、中国や韓国など世界の言論統制を知らないだけです。

    日本ではネットに匿名の誹謗中傷が溢れているし、会社でも学校でも陰で悪口を言う人が溢れている、それでも捕まったなんて話はほんの一部、この日本に自由が無いなんてとんでもない勘違い、他の国なら間違いなく刑務所行きなど処罰されています。

    人は誰しも悲しい出来事や不幸な出来事が自分に降りかかったら、「どうして・なんで・私だけ」と思うのは当たり前、私だって県北時代は虐められて自殺したいと思いましたし、学校へ行っても教師は助けてくれず知恵遅れ呼ばわり、教師に虐められたのも辛かったし、同級生たちから虐められて誰も助けてくれなかったのも辛かったです。

    それでも私は生きているから今が幸せ、県北の教師の言うことが正しいとは思わなかったし、「マザーテレサって誰や?」と言う岡山県内の教師に人を教える資格は無い、こういうレベルの教師の言うことを聞かなかったから今の私があります。

    私は虐められた時に教師たちや同級生たちに、「本当のことを言って欲しい」とよく思いましたが、今から思えば本当のことを言えば自分たちが万引きや賽銭泥棒をしていることがばれるので、私のせいにしておけば自分たちが罪にならない、そのことにも気付かず本当のことを言って欲しいと思っていた私が馬鹿でした。

    本当のことを言うのは自分に不利になるから世間では大抵が本当のことは言わない、本当のことを言わずに有耶無耶にすることが自分を守る、政治家でも企業でも何か問題を起こしたら説明なんかしない、本当のことは言わないのが人間社会でもあります。

    私が県北の真実を言うまで県南の人たちは知らなかったことが多かった筈ですが、県北へお嫁に行って痛い目に遭った人たちは、「山崎の言うことを聞いておけば良かった」と100%の人が後悔していますが、本当のことを言っても「そんなことは無い」と否定した結果です。

    この「本当のこと」とは意外と難しい奥深い言葉なんですが、私が教師や同級生に本当のことを言って欲しいと言っても、自分の身が可愛いから言う訳がありませんし、私が県北の本当のことを言っても「そんな訳が無い」と信じて貰えない、本当のことにはこういう二面性があると言う真実が奥深さを助長しています。

    その例として、東日本大震災の時には通常の予測範囲を超えたものすごい地震と津波があり、これは誰も予測できなかったので不可抗力、天災に関しては誰のせいでもないと思います。

    それでも被害に遭われた方々に取っては、やり場のない怒り、持って行き場のない怒り、例えようのない怒り、それをぶつける相手があれば心の痛みを少しでも和らげられる、だから国や東電や自治体などを訴えて賠償金を受け取るのも分かります。

    実際被害に遭われたのですから、その賠償金を得ることで心の痛みが和らぐのであれば、それはそれで誰も非難できないと思いますが物事には限度があり、ある程度までは理解できるけれど、それ以上を言い始めるとおかしいと思われます。

    東日本大震災で被害に遭われた方々を日本全国から支援していましたが、それは本当に日本人の思いやりで素晴らしいと思います。

    しかし、これを逆に考えてみると原発関係で仕事をしていた人たちは、通常とは違う高給取りで家や車も凄かった、その生活が地震さえなければ今も続いていましたが、原発により贅沢な生活をしていて被害に遭った人たちと、純粋に普通の生活をしていて被害に遭われた人たちを、同じ被災者として扱う不公平に誰も突っ込みを入れないのが不思議です。

    原発関連で豪勢な生活をしていた人たちにも10万円、純粋に普通の生活の生活をして被害に遭っても10万円、そんな支援の仕方はちょっと違うのではないかと疑問に思います。

    熊本地震でも今のところは大騒ぎする人たちはいませんが、落ち着いて来たら東日本大震災のように訴訟合戦で賠償金請求が多発する事態になるのか、それとも天災だから仕方がないと必要以上は求めないのか、その辺をよく注意して見ていると地域性や人間性が見えてきます。

    本当のこととは二面性がある、特に震災の場合は助かった人と助からなかった人、このようにお互いの面から見た本当のこととはお互いで違う内容と結果になるので、それを本当のことと言ってもお互い本当のことしか言っていない、相手が嘘を言っていると感じるのは自分が納得する答えではないからです。

    ある小学校では津波被害で多くの教師や生徒が亡くなりましたが、津波の予測が出来なかったことで教師を責めるのは酷ですが、避難誘導を間違っていた点では責めるのは当たり前、山へ逃げていたら助かっていたのに山へ逃げようと言う生徒たちを怒鳴りつけ校庭に引き戻し、津波が来るのに校庭でボケッとしたままだったのは完全なる教師の責任(100%)です。

    先生の言うことなんか聞かず山へ逃げた生徒は助かった、先生の言うことを聞く真面目な生徒は津波に飲み込まれて亡くなった、先生の言うことを聞かなかった生徒は助かったのも一つの真実で、子どもへ非常時には先生の言うことは聞かなくていいとも教えるべきです。

    親が子どもを亡くして悲しい気持ちは分かるし、嘘でもいいから本当の事を言って欲しいと言う気持ちも分かりますが、生き残った先生へ「本当のことを言って欲しい」と何度も聞く、その真意は「自分が思った通りの内容を言って欲しい」です。

    例えば、「私が誘導を間違えたせいで子どもたちが亡くなった」や、「私が山へ逃げようとした子どもたちを引き留めた」など、生き残った極悪な教師のせいで純粋な子どもたちが亡くなった、そういう結末が出るまで何度でも永遠に裁判は続くと思います。

    何故なら、そういう結末でないと納得できないやるせない気持ち、そうでないと怒りをぶつけるところや責任を取るところが無い、これにケリを付けるには希望する内容の文章を被告に渡して読み上げて結末とするのが究極の解決方法、子どもを亡くした親の気持ちをぶつける対象が必要なのです。 (←良いか悪いかや善悪は別にしての方法)

    このように震災が残した傷跡は今も残り、生き残った教師は死んでいたら子どもたちを守った勇敢な先生と称えられていたかもしれない、助かったが故に責め続けられる運命を背負ってしまい、こうなると「死んでも辛い、助かっても辛い、言わなくても辛い、言っても辛い。」となり、今度は教師を責め続ける親の姿を子どもたちは天国から見ています。

    「本当のことを言って欲しい」と言う人の心の奥底にある本音とは、結局のところ「自分が思う通りに言って欲しい」か、もしくは「自分が納得できる内容を言って欲しい」でしかなく、「本当のこと」とは「本当じゃないこと」でもある二面性を持つ奥深い言葉なのです。

    あなたは本当のこと、どう思いますか?

    ( ノω-、)クスン

    予約専用電話:090-4690-4618
    予約受付日時:火・水・木の夜8~10時

    鑑定は年中無休で、365日鑑定しています。

    霊視カウンセリング 山崎かずみ
    倉敷事務所:岡山県倉敷市川西町1-9
    東京事務所:東京都港区赤坂9-1-7
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