徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    気付かないこと。

    おはようございます。 今日も素敵なお客様にお会い出来るかと思うと幸せな気分になれるのですが、あなたの素敵な笑顔で言葉じゃなくても伝わるもの、形が無いとしても相手を幸せに出来るオーラのようなものが備わっているから、あなたがいるだけで周りを幸せにしているのです。

    自分は気付かなくても周りが気付いていること、自分は知らないけれどいつの間にか周りの人に与える影響、そういうことに気付いて行動していれば周りを幸せにすることはあっても、周りを不幸にすることや不快な思いをさせることは無くなるはずです。

    自分では普通に思えても相手からすれば普通じゃない、相手は自然にしていることなのに自分からすれば違和感がある、そんな思い込みの行き違いが人間社会では自然に発生します。

    本当ならお互いがお互いのことを良く見れば分かることなのに、自分がしていることがスタンダードだと思いこんでいると、相手のしていることがおかしいとか気になるなど、ちょっとしたすれ違いやイザコザの元となるのです。

    人生とは長く生きれば生きるほどおかしいと感じることに直面しますが、仕事でも上司がやれと言ったことは間違っていたとしても「はい」と言わざるを得ない、会社組織と言うのは正しいことができない、間違っていてもやらなければ命令違反になる、そういうことの繰り返しにだんだんと慣れてきます。

    嫌で嫌でやりたくないけれど「仕方が無い」と言うヒトコトで済ませて、自分の心に嘘を吐いていやらなければならない、それが連続していると鬱になって自分が崩壊する人が増えるのです。

    ただし、それじゃあ働けないと言うか仕事なんかできないとなってしまうので、その回避方法として自分の志を高く持つことと、今日の本題である気付かないことに気付くことで、嫌な思いから一転して新しい発見が起きることがよくあります。

    なんでもかんでも否定していると物事が前に進まなくなるのですが、目の前に起きたことを冷静に判断するのではなく、目の前に起きたことを「良い方」へ考えることでクリアできるのです。

    例えば、中国のマナーが悪いと言って非難する人がいますが、別に中国が一人残らず全て悪い訳ではないので、マスコミが一部を切り取っておもしろおかしく取り上げる報道は公平ではない、そう考えることもモノの見方としてはひとつの正解かもしれません。

    他の見方としても他国のマナーが悪いからこそ日本のマナーの良さが際立つだけで、仮に他国のマナーがすごく良かったとしたら、日本の良いところよりも悪いところの方が目立ち、日本の良いイメージが実は違うとなってしまうかもしれません。

    マナーが悪い人がいるからこそマナーの良い人が気持ち良く目立つ、これもひとつの正解だと思えば腹を立てることも無く、逆に余裕も出てくるし温かい目で見ることもできます。

    それから私は毎朝倉敷駅からセブンイレブンの間で盲導犬に出会うのですが、そのパートナーの方とちょっとしたことがきっかけで時々話をするようになりました。

    そのきっかけと言うのは道路工事で、工事中は舗装の代わりにゴムのシートを路面に敷いてあったので、盲導犬は行こうとするけれどパートナーは路面の感覚から危険と判断、それで前に進めなくなっているところへたまたま通りかかったのです。

    それで話しかけて路面の状況を説明した後に路面にある目印と信号の有無を伝えて、それで路面の変化を掴んだようで翌日からは普通に通行をされていました。 基本的に盲導犬に出会っても話しかけてはいけないのですが、立ち往生している時には話しかけてもOKです。

    それから4~5日して再び同じ場所で盲導犬とパートナーの方が立ち往生していたのですが、実は工事が終了して路面が綺麗になって段差が解消されたことで、信号待ちをする時の立ち位置が分からなくなっていたのです。

    私は再び状況説明をしてから目印を伝えたのですが、「ありがとうございます、最近は段差が少なくなってきて、歩く時の基準が分からなくなってきていたので、助かりました。」と言われ、ちょっと朝から考えさせられました。

    何故かと言うと「目の見える人が歩きやすくする為に段差を失くす」ことで、「目の見えない方が歩く基準が無くなり街中の危険度が上がる」と言う、「目の見える人が楽になる工事=目の見えない人が困る工事」だと、果たして何人の人が気付いているのかと思ったのです。

    私は目の見えない人に道案内をする時には、必ずマンホールや溝蓋や段差を使って説明するのですが、目の見えない方は路面の微妙な感覚の差を感じ取って歩いているのです。

    「路面の段差を失くすのは良いこと」と思いこんでいるのであれば、こういうことが実際に起こっていると言う現実も少し考えてみたら、何をどうすればみんなが幸せになるのかと言うモノの見方が変わると思うのです。

    本当の優しさとは段差を失くすだけではなく、段差を失くす代わりに路面の模様などに変化を付けて足の裏でも違いを分かるようにすることです。 段差を失くすのは歩く上で良いことだと思いますが、それにより困る人もいるから段差を失くすのであれば路面の変化を付ける、ここまでやれて始めて本当の優しさと言えるのではないかと考えるのです。

    あなたは気付かないことにより、真実が見えなくなっていませんか?

    (=゚ω゚)ボー
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