徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    真言。

    おはようございます。 朝、起きてから良い言葉を使うと明るくなるし、暗いことばかり言っているとロクでもないことがある、そんな繰り返しが人間ではあるけれど、できるなら開運できる言葉を使うことで、その第一歩は「明るい・褒める」で不平不満や悪口は言わないことです。

    ところが、そうは言っても人間ですから不平不満はあるし、時には気に入らない人の悪口も言いたくなると思います。 そういう時は鑑定へ来て思いきり吐き出して頂ければ、ここは素敵なあなたの言葉を聞く場所でもあるのです。

    周りの人へ愚痴を聞かせるのは相手へ迷惑かも知れませんが、私は素敵なお客様の言葉を聞くのはとても嬉しいことで、遠慮なくお気軽にお越しくださいね。

    さて、言葉と言えば神主や僧侶が祈祷(祈願)の時に訳の分からない言葉を上げて、そして大幣を振ってもっともらしいことをしていますが、あれは何かと言えば「神社で唱えるのは祝詞」で「お寺で唱えるのは真言」です。

    結婚式などで祝詞と言う言葉はよく聞かれるでしょうが、真言の方は余り馴染みが無いはずで、この真言とは簡単に言うとインドのサンスクリット語のマントラを訳せず、そのまま日本語風に発音したものと言えます。

    この真言を辞書で引くと密教における仏菩薩などの、本誓(人々を救済しようとする基の願い)を表す秘密語のことです。 サンスクリット語で言う「マントラ(mantra)」の訳で、比較的短い呪を真言~長い呪を陀羅尼と言います。

    マントラの意味としては、「思念する意のマン」と言う動詞に「器を意味するトラ」が結成したと解されるので、思念の器を原義としているようです。

    また、もう一つの意味は思念する者を救済するで、マントラは古代インドの聖典「アタルバ・ベーダ」などでは種々の呪的な言詞を指して、その多くは呪術を伴うモノでした。

    密教はこの語を取り入れ、真言は諸仏菩薩などの言葉として用いられ、真実な語を意味するようになりました。 真言を説く諸尊の種別から、1=如来説、2=菩薩金剛説、3=二乗(声聞乗・縁覚乗)説、4=諸天説、5=地居天説に分類され、「1・2・3」は聖者の真言で、4は諸天衆の真言、5は地居天衆の真言で、4&5をまとめて諸神の真言です。

    真言の頭初には帰依を表すオームom(おん)か、ナマスnamas(南無)を冠し、末尾には吉祥を意味するスバーハsvh(蘇婆訶)の語を用いる場合が多いです。

    密教では呪術的な教えであった古来のインドの密教に、善無畏・金剛智によって思想的にも修法の面でも新しい思想によって展開、不空・一行などの努力もあって「大日経・金剛頂経」系経典として世に流布することとなりました。

    密教には教理としての思想面と修行としての実践面があり、実践面は密教独特の修行独特の修行方法による「三密行(身密・口密・意密」です。

    これは要するに「身体と言葉と意(こころ)」のことでして、身体に限りなく浄化された極地は印として象徴され、手に印を結び印に仏そのものを象徴すると自分も仏と感じていくと言うことです。

    そして発する「言葉」は限りなく浄化されて真言となるし、「意(こころ)」を限りなく高めていった心こそ仏として同化されます。 これはすなわち、手に印を結び~口に真言を唱え~心に仏を観ずると言う実践行で、仏=自分であることに気づく行とも言えます。

    要するに真言とは古代インドでのマントラの訳語でヴェーダの祈祷句のこと、諸神の徳を唱える讃歌を指しまして、密教では如来等の諸尊の真実にして虚妄ならざる言語であり、聖なる「真実の言葉(真言)」の意味です。

    また、真言は唱える中にあってこそ力となるもので、意味の理解を目的としたものではありません。 基本的に古来の漢訳者も音写として訳していて意訳しないのが通例ですから、従って漢訳当初から翻訳のやり方で訳語における漢字の違いは問題にはなりません。

    いくつかの真言の意味を書いてみたいと思いますが、これは覚える必要もないし理解する必要も無く、唱える時にちゃんと発音する方が大切です。

    オン:真言の始めにつける慣用句で帰命すると言う意味、密教では一切法門の根元⇒大日如来の真身を言います。 諸佛の真言を見ると「オン」と唱えるのは、直接その仏への呼びかけらしいです。

    ソワカ:聖句の末尾に置いて、成就あれの意味です。

    バッタ(ハッタ):主として調伏法の末尾に置き、破壊の意味を表す音です。

    ノウマク:オンと同じで帰命するの意味、ノウボウやノーモ-も同じです。

    ノウマク・サンマンダ・ボダナン:あまねく諸佛に帰命したてまつるとの意味です。 ノウマクと唱えるのは、「色々な仏に帰命します。 特に○○~。」と言う感じです。

    そして金剛界五佛は「オン」、胎蔵界五佛は「ノウマク」と、同じことなんですが言い始めが違うなど、少し違いがあるようです。

    なお、ここで一つ世間の誤解を解いておきたいのですが、お葬式や法事などでお坊さんがお経をあげている時、「どういうタイミング(意味や意図)で木魚を叩くのか?」を、意外と知らない人が多いと思います。

    一般の人に木魚を叩く意味を問うてみるとほとんどの人が、儀式の一つで叩いている、何らかの意味があって叩いている、お経の小節ごとに叩いている、このような感じで神聖なる意味があると思っている人が多いと思います。

    実は木魚を叩くタイミングとは「自分が眠くなった時」で、お経を上げている最中に眠気が襲ってきたら眠気覚ましに叩く、そして眠気が酷い時ほど激しく連続して叩いて眠らないようにする、「木魚とはお坊さんの眠気覚ましにあること」を、世間では知らない人が多いのには驚きです。

    実はお経を唱えると自然に眠くなるもので、普通に子守唄より効果があるくらい眠くなりますが、そこを我慢する為に生み出されたのが「木魚」です。

    だから木魚が魚の形をしているのは「魚は瞼を閉じない」に引っ掛けてあり、ようは魚は眠らないにあやかっているからで、これはネタではなく本当のことですが肝心のお坊さんが正直に言うかどうか、その辺のことは定かではありません。

    あなたは真言を、唱えてみたいですか?

    (*゚∀゚)(゚∀゚*)ネェー

    お知らせ:業務多忙の為、ブログの更新はお休みします。 再開は週明けの予定で、素敵なお客様に御支援と御愛顧頂ける、そんな奇跡に感謝の気持ちで一杯です。 いつも御予約頂き、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    霊視カウンセリング 山崎かずみ
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