徒然草(岡山・東京・山崎かずみ)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    合わせ鏡。

    おはようございます。 2014年になって早くも1月下旬へと入りましたが、この3週間を活き活きワクワクと過ごせたのか、それともダメダメで嫌悪感が一杯で過ごしたのか、それは個人個人で歩む道が違うのでどうなるかは別々ですが、いかように未来へ進むかはほんの少しの別れ道がきっかけで大きく変わります。

    人間社会で難しいのはお金とか仕事など色々とあるように思えますが、それを突き詰めると「人生」の一言に落ち着くのではないかと思います。

    この人生とは自分がしてきたことが自分に返って来ることが大部分であり、良いことをすれば良いことが返って来るし~悪いことをすれば悪いことが返って来る、それだけのことが延々と続いているのではないかと言う気がします。

    長い目で見ると何事に付け、合わせ鏡と言えるほど自分がしたことが自分へ返ってきているのですが、霊視カウンセリングをしている上で気になっているのは、誰であろうとも「自分が知らない間に不運になっていることがある」で、これは自分で気付くまでは知らない間に不運になっているから大変です。

    この気付かないうちに不運となってしまう現象は最後に説明するとして、人生とはどのようなものかと言えば先ほど書いた合わせ鏡であり、鏡の前で右手を上げれば同じように鏡の世界で右手が上がる、だからこそ早くあげると早くあがるし遅くあげると遅くあがる、この合わせ鏡の法則を自然に行えるようになると悪いことはできなくなります。

    昔の諺に「人のふり見て我がふり直せ」と言う言葉がありますが、この意味は「他人の行いの善悪を見て自分の行いを反省して悔い改める」で、自分を律する(戒める)為には最適な言葉です。

    そして他にも「他人は自分の心の合わせ鏡」と言う言葉があり、人間とは他人の言動や行動を見る時に、無意識のうちに自分の言動や行動を他人を通して見ています。

    つまり、他人の嫌いなところや嫌だなぁと感じるところは、実は自分の中にある嫌いなところでもあり、自分と似ていると思うからこそ嫌だと感じてしまいます。 ここで「違う、俺はできているぞ! オマエに劣っているところなぞ、一つも無い!」と、反論する男性や内心で違和感のある人もいるかもしれません。

    ところが冷静に考えてみると「嫌悪感を抱いた人」に対してはきちんとできていても、その人がいない時など全く違うシュチュエーションで考えてみると、意外に同じ嫌なことや失礼なことを相手にしているもので、それに気付けると「あっ!」となったりします。

    ちなみに自分の好きなところも他人を通じて見ていますが、好きなところは気になりません。 人は不思議なことに自分の大好きなところは、似ていると親近感が沸いたり好意的に捉えるので、これに付いては全く問題になることすらありません。

    ここまで読んでお分かりの通り他人が自分にとって嫌な人になれば、当然ですが相手に取っては自分が嫌な人になり、突き詰めると自分が相手に対して嫌悪感を抱かせる態度を取っている、そういう相関関係が起きているからこそお互いに嫌悪感が増幅します。

    つまり、本人にその気はなくても意識的~及び無意識的にでも、大げさに言うなら意趣返し(仕返し)をしている状況となり、それが募り募って人間関係は拗れに拗れていくのです。

    相手に何かを言われると過敏に反応して、すぐに怒る人は違う意味で気付きのある人とも言えますが、自分の間違いや嫌な部分はプライドがあるので絶対に認めない、キレたり相手を罵ったり遮ったり、これは精神力が弱いのではなく幼いままで成長できていない証拠です。

    例え、40歳だろうが70歳だろうが年齢には関係なく大人とは言えない、そんな輩が「俺は欝だ・俺は誰にも理解されない」と病んだふりして鬱になったと大騒ぎ、それで同情を買おうとしていますが精神科医どころか病院では治せません。

    治療法も薬もないから自分で考え方や意識を変えないと治らない、まずは他人に多くの迷惑をかけていることを自覚して、自分が甘えた分だけ誰かが迷惑する自然の摂理を学ぶこと、同性でも異性でも人が寄り付かない人は自分の姿を合わせ鏡として考えると理解できます。

    これも因果応報で自らが気付かなくとも周りに人が寄らないのは必ず理由があり、当然のことながらビジネスでもプライベートでも離れて行く人はいます。 くっついたり離れたりも因果応報であり、そうなって初めて人は気付き反省することが多いです。

    しかし、そのような人に関しては反省より先に考えて行動、反省するのは良いけれど反省だけで満足して行動が伴わないと、結局は因果応報で同じことの繰り返しとなって、逆にますます嫌われる道を行く人すらいます。

    人間社会においてと言うより人生において、意見や意思や主義がない~個性がないと言う人間なんて一人もいなく、その主義主張は誰しも必ず自分の中にあります。

    それに従って人は生きているだけで、それが「間違っている」からこそ周りに人が集まらない、自分の中では間違っているけれど人生においては正解と言うことが往々にしてあり、主義主張を変化させる人とさせない人のどちらが幸せな未来かは必然的に決まります。

    例えば、「俺は自分から挨拶をしない、相手がしてきた時だけする!」と言う主義主張、これは男性に多い主義主張で自分の中では間違いの無い正解ですが、こんな人を誰が相手にするのかとなるので人生においては間違いです。

    自分のことは棚に上げてよく観察すると、「挨拶してくれる人としてくれない人」がいるだけにしか見えないはずで、そこにあるのは主義主張よりも「愛想の良い人と無愛想な人」がいるだけだと気付けます。

    自分が正解と思い突き進んできた結果が今だから周りを見渡した時、主義主張は個人として正解で曲げられないのかもしれませんが、誰もいなかったと言うのでは「間違い」としか言えない寂しい人生となります。

    人生において今起きていることは合わせ鏡であり、過去にしていないことが今や未来で降りかかることはありません。 自分がしてきた過去があるからこそ、不幸や幸福と思える出来事が起きるだけで、今すぐに何かをすれば今すぐに変わるものではないけれど、何か男wしなければ何も変わらないままなのです。

    あなたは人生が合わせ鏡、そう気付いていましたか?

    (#'pq')グフフ♪

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