徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    無力。

    おはようございます。 暑い日が続いておりますが、今日も素敵なお客様は元気一杯だと信じています。 今日と言う日を生きているからこそ明日があるだけであり、「生きねば」と言う重いヒトコトはジブリの風たちぬみたいな商業映画が、金儲けの為に使って良い言葉ではありません。

    私は年間で2千人を鑑定と言っても全て新規ではなく半分は常連の方で、常連の方だと視えるのも深い部分まで視えるからこそ、真摯に生きるの部分を説くことがあります。

    人が占いへ行くのは開運したい~恋愛したい~結婚したいなど色々あると思いますが、それらは全て元気で健康で生きているからこそ思えることで、ベースとなる部分がしっかりしているからこそでもあります。

    私は生きていく上で時間の大切さを説きますが、予約を受けるとは相手の命を受け取ること、人は死に向かってカウントダウンを続けているにもかかわらず、いつの間にか生きていることが当たり前で死ぬことは無いと思いがちです。

    しかし、死は突然にやってくるから、いつ死ぬか分かるのは幸運ではなく恐怖との戦いで、その恐怖に気付けば時間の無駄はできませんが、動いたからこそ開運した良い例がN市のIさんで、一時期は死について考えたこともあるけれど今は生きていて良かったはずです。

    ここから先は本人が詳しく話した訳ではなく、視ただけの部分もあるので相違点が多いかもしれませんが、大筋では合っていると思います。 この話は決して本人は自慢しませんが、N市のIさんは一時期「■■荘」へ通っていました。 この旅館は座敷童子が出ることで有名でしたが、座敷童子の出る「槐の間」は予約が3年待ちのようでした。

    Iさんは行くと言っても槐の間ではなく他の部屋へ泊まっていただけでしたが、ある時のこと宿の主人が「予約の方が来られないので、良かったら槐の間へどうぞ。」と言う感じで、予約無しなのに泊まることができたらしいです。

    なお、この話を某作家さんがパクッて「俺は予約無しでも泊まれた!」と、色々な雑誌や本で自慢していましたが他人の話をパクるとは厚かましい話です。 「その作家、誰?」と思うでしょうが、N市のIさんの体験談をパクッてから2年もしない間に亡くなってしまいましたが、会ってもいない座敷童子について嘘を言うと天罰は覿面にあります。

    当時、座敷童子の話が余りにもそっくりなのでN市のIさんに、「○○□□さんと、知り合いですか?」と聞いたら、「知らない」との返事だからパクリ決定です。

    N市のIさんは誰にも自慢しないけれど、■■荘の槐の間で座敷童子に会っている数少ない人で、本田宗一郎~松下幸之助~稲盛和夫などと同じ体験をしています。 私も本人から槐の間に泊まったことがあるとは聞きましたが、座敷童子の件は聞いていません。

    注:この辺から視た部分なので大筋で合っているとは思いますが、違っていたら本当に申し訳ございません。 m(__)m

    座敷童子に会ったら出世するのは嘘ではありませんが、出世するから座敷童子が会いに来たが本当で、それは天命と言うか~運命と言うか「やるべきことをしなさい」と、自分の未来で成すべきことを教えに来ているはずです。

    Iさんは横を向いて寝ていた時に顔を覗き込まれて目が合ったと思いますが、その瞬間にはピクリとも動けなかったはず、その時の感情は恐怖だったのか~それとも温かかったのか、本人は言わないので分かりませんが実際に座敷童子に会った数少ない生き証人です。

    N市のIさんは■■荘へ通っていたからこそ会うことができた、「行っても無理」とあきらめていたら無理、行動したからこそ座敷童子に会えた事実は途轍もなく大きいけれど、座敷童子の期待に答えられない人は晩年や後世が散々になるのは松下幸之助が良い例です。

    もしも、N市のIさんが座敷童子の期待を裏切るようなことをしたなら、人生の後半に必ず痛い目&後悔するようなことが起きます。 N市のIさんなら心配ないと思いますが、座敷童子に会うと言うのは「諸刃の剣」でもあります。

    私は8月になると必ず思い出す記憶があり、あるお客様が8月に鑑定へ来て「来年の新年会、参加しますね!」と、お話をしていたのに9月に亡くなってしまいました。 (注;○ー○○○を止めないと、死んでしまいますとお伝えしていました。)

    それも前夜まで普通だったのに翌朝冷たくなっていたと、御友人が私のところへ鑑定(挨拶)に来られて伺いましたが、御友人は「もっと話をすれば良かった」と思い、彼は「結婚しておけば良かった」と思い、本当ならできていたことを先延ばしにしたことを後悔されていました。

    人は分かっているのにできないことに対して無力感が起こりますが、亡くなる方が鑑定へ来た時など言えないことがほとんどです。 手術前の鑑定なら「きっと成功します」以外に言葉はなく、亡くなる未来が確定している人に追い討ちを掛けることはできません。

    仮にハワイ行きの飛行機が落ちる未来が視えても、墜落時に助かる確率の挙がる方法を言うだけで何かができる訳ではありません。

    何故なら、人は何も起きなかった時には「何も無かったじゃないか!」と怒り、無かったことに対する感謝ではなく「何も起きなかったことへ怒りが込み上げる」だけで、助かったのに不平不満を言い始めてしまうのです。

    私は自分自身を無力だと思うのは、「未来を視ることはできても、未来を変えられるわけではない」で、未来は行いにより変わり続けるから悪い方へ進んでいても正しいと思う人がいる、それすら止めることができないのは自分が無力だと感じてしまう時です。

    「やれることはやる、後でやらずに今やる、思い立ったが吉日」と、何も無いから明日でいいかではなく、何かあるかもしれないから今日やろう、そういう考えで時間と命を最大限に有効活用して頂きたいのです。

    常連としてお越し頂いている方が亡くなる未来を止められない、そういう分かっているのに止められない死を知らない人が、大きな顔して「生きねば」なんて遊び半分の監督が使って良い言葉ではありません。

    あなたは無力だと、感じることがありますか?

    m(__)m

    予約専用電話:090-4690-4618
    予約受付日時:火・水・木の夜8~10時

    鑑定は年中無休で、365日鑑定しています。
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