徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    ジャヤワルダナ。

    おはようございます。 人は気付かないことではあるけれど生きている意味と生きていることへの感謝、それを考えて見るのも開運の為には大切で、生きると言うのは8月になると戦後や終戦、この戦争の傷跡が嫌でも思い出させてくれる時期でもあります。

    戦後の日本が復興できたのは、サンフランシスコ講和条約会議で日本の戦争責任を問う時に、日本分割統治案を阻止してくれた一人の男性がいるからです。 本来であれば日本は消滅して他国に統治され、北海道と東北をソ連・東海と近畿をアメリカ・四国を中国・中国と九州をイギリスが統治する案でした。 (本当はもっと細かい分割統治案ですが省略します。)

    日本を救ってくれた偉大なる人物とは「ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ」で、1978年~1989年までスリランカ大統領を務めた人物、ジャヤワルダナは英国統治下のセイロン(現スリランカ)で頭角を現し、独立後に内閣で要職を務めていました。 (今日のブログは長いので、敬称などは全て割愛します。)

    セイロンの第2代大統領になったジャヤワルダナは、11人兄弟の長男としてセイロンの最高裁判所判事の息子として生まれ、ロイヤル・カレッジ・コロンボで学び、クリケットの選手としてロイヤル-トミアンに出場した名手です。 ジャヤワルダナはキリスト教から仏教に改宗、コロンボ法科大学で優秀な成績を修めて法律家となりましたが長くは留まらず、1938年にセイロン国家機構(CNC)の活動家となりました。

    そしてスリランカ独立後の蔵相となったジャヤワルダナは、サンフランシスコ講和条約会議で「自由にしてかつ独立した日本の復活」と、「憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、ただ愛によって消え去るものである」との演説を行い、これが不朽の名演説と言われました。

    スリランカではお釈迦様の入滅の2500年後に、「ジャヤ・セーナ(勝利の戦士)」と言う名の人が東の方から来て仏教を助けるとの言い伝えがあり、昭和17年4月に日本軍がコロンボとトリンコマリーを空襲した時に「遂にやってきた」と歓迎、ジャヤワルダナもこの時を独立の好機と考えたようです。

    第二次世界大戦が終わりスリランカは独立してジャヤワルダナは蔵相に、そしてサンフランシスコ講和条約に出席、講和条約はソ連が日本の主権制限案を提案+議事進行を妨害する為に32人の代表団を送り込んで、ソ連は日本を虐める気満々で緊張と不安の中に開会されました。

    この時に日本を助ける為にジャヤワルダナが行ったスピーチ、これは日本人なら理解しておいた方が良い内容で、戦争を反省すると共に親日国と反日国を見極めて、恩返しするべき国を間違えてはいけない、そのことも日本人は反省しないといけない事実があります。

    では、ジャヤワルダナのスピーチの一部を御紹介したいと思いますが、かなり長いけれど最後までお読み頂き、本当の愛とは何かを考えるきっかけになればと思います。

    「アジア諸国民が日本は自由でなければならないと言うことに感心を持っているのは、何故でありましょうか。 それは日本との我々の長年の関係の為であり、そして、また、アジアの諸国民の中で日本だけが強力で自由であり、日本を保護者にして盟友として見上げていた時に、アジア隷従人民が日本に対して抱いていた高い尊敬の為であります。 私は、アジアに対する共栄のスローガンが隷従人民に魅力のあったこと、そしてビルマ、インド及びインドネシアの指導者のあるものが、かくすることにより彼らの愛する国々が解放されるかもしれないと言う希望によって、日本人と同調したと言う前大戦中に起こった出来事を思い出すことができるのであります。」

    「空襲や東南アジア軍の指揮下にある、膨大な軍隊の駐屯及び我々が連合国に対して天然ゴムの唯一の生産者であった時、我々の主要商品の一つであるゴムを枯渇せしめたことによって齎された損害は、我々に対してその賠償を請求するつもりはありません。 何故ならば我々は、そのメッセージがアジアの無数の人々の生命を高貴ならしめた、あの偉大な教師の言葉、すなわち『憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、ただ愛によってのみ消え去るものである』と言う言葉を信ずるからであります。 それは偉大なる教師であり仏教の創始者である仏陀のメッセージであります。」

    「故に、この条約の目的とする所は、日本を自由にし、日本の回復に何ら制限をも課さず、日本が外部からの侵略及び、内部よりの破壊に対して自らの軍事的防衛力を組織するようにすること、そうするまでには日本防衛の為に、友好国家の援助を要請すること、並びに日本経済に害を及ぼすような、いかなる賠償も日本から取り立てないことを保証することであります。」と、これが世界で褒め称えられた最高のスピーチです。

    一部抜粋したスピーチでも分かる通り、日本に対する賠償請求を放棄する旨の演説を行って各国の賛同を得て、日本が国際社会に復帰できる道筋を作ってくれました。 もしもジャヤワルダナがいなければ日本はどうなっていたか、いくら支援しても恫喝と恐喝だけの近隣諸国への支援は中止して、スリランカなど親日国へ経済と人材の支援をするのが日本の正しい道です。

    この時の各国の新聞や雑誌の反応を見ると、ジャヤワルダナの演説を「この会議最高の歴史的発言」や、「世に忘れ去られようとしていた国家間の礼節と寛容を声高く説き、鋭い理論でソ連の策略を打ち破った」や、「ジャヤワルダナ氏こそ、最も才能あふれるアジアのスポークスマン」などと絶賛されました。

    吉田首相はジャヤワルダナに感謝の手紙を送り、ジャヤワルダナは昭和54年に国賓として来日して昭和天皇に謁見、お互いがマナー良く敬意を表している関係です。

    ジャヤワルダナは日本をモデルに祖国の独立を図ろうとした傑僧ダルマパーラの、伝統的な親日感情を受け継ぎ仏教を通じても日本に親しみを覚え、禅の世界的権威と言われる鈴木教授とも交流があり、生涯日本を愛した人物で親日の理由を聞かれると必ず、「日本は西欧に対して一人際立った存在だった、そして仏教国だから」と答えていました。

    政界引退後も日本を訪れ、日本の仏教関係者をスリランカに招待するなど日本とスリランカの交流に尽力、1989年に昭和天皇の大喪の礼に本人の希望により夫人と共にプレマダーサ大統領に代わって参列、既に肩書きは「前大統領」でしたが元首級参列者・大統領同格の国賓待遇でした。 (これはアホな官僚の大ヒット、たまには良いことするなぁと思います。)

    そして1996年の死去に際して「献眼⇒角膜提供」の時に、「右目はスリランカ人に、左目は日本人に。」と遺言、それにより片目は日本に贈られました。 (ここまでしてくれる人が海外でも、どれだけいるのかと思います。)

    このジャヤワルダナの精神を日本人は見習わなければならないし、スリランカと仲良くして経済発展のお手伝いは勿論のこと、人材交流など恩返しをしなければならない、そしてスリランカのような親日国と手を結んで未来を構築するべきです。

    この話は日本の教科書に載らないし教えてもいないはずですが、文部科学省・政治家・官僚・日本の教師に、「何故、子ども達へ、ジャヤワルダナの話を、教えないんですか?」と聞きたいです。

    ジャヤワルダナがいなければ日本は統治されて今も奴隷生活だった、それを回避できた上に戦後の謝罪と賠償を放棄するよう各国へ働きかけてくれた、その偉大なるジャヤワルダナの功績を「称えない&教えない」とは、日本の政治家や官僚はどこの2ヶ国に遠慮しているのかと思います。

    本当にジャヤワルダナとスリランカ(セイロン)の方々に、日本人は足を向けて寝られないどころか、感謝の気持ちと経済や人材の支援を惜しんではならないのです。

    この話は日本人でも知らない人が圧倒的に多いはずですが、教科書にも載らないしTVでも言わないようにしています。

    何故なら、この話が広く日本国民に知れ渡ると困る国があって、「余計なこと言うな、俺たちが金を取れねぇだろ、邪魔すんな!」となります。 (つまり、サンフランシスコ講和条約会議で謝罪と賠償は片が付いた、それなのにいくら謝罪と賠償をしてもうるさく言う国がいます。)

    今後はスリランカと仲良くする、延いては親日国家と仲良くする、それが日本の子供たちの未来を構築します。

    あなたはジャヤワルダナを、ご存知でしたか?

    ヽ(*>∇<)ノ アリガトウ!

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