徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    恋愛神社。

    おはようございます。 昨日のブログ更新はお休みさせていただきましたが、広島出張に行っておりました。 広島の中区にある福屋デパートの真向かいにあるルフェールと言うブティクで、お客様方より差し入れなどもいただき忙しいけれど充実した一日でした。 (実はひそかに寄付の神様も顔を出したので、会えた人はラッキーかも?)

    広島駅へ午前中に到着して路面電車にて中区まで移動して福屋前で下車、少し商店街の中を歩くと到着です。 商店街の中には露店やゆかたの女性で溢れかえっていたのですが、この日は「とうかさん」と言う夏祭りの日でした。

    とうかさんとは別名「ゆかたの着始め祭り」としても有名で、390年以上の歴史を誇ります。 この日を境に広島の街では艶やかなゆかた姿の女性が目につくようになりますが、「とうかさん」の由来とは境内の稲荷の呼称なのです。 稲荷を「いなり」と読まずに音読みで「とうか」と読んだのが起源で、広島の6月を象徴する風物詩です。

    このように神社に関してお祭り&お参りという行為を、人は古代より繰り返してきました。 神仏を大切にするのは良いことだし、たまには霊験あらたかで厳かな雰囲気を味わうのも悪くはないと思うのです。 そこで、神社とは果たしてどういうところなのかと言うのを、少し解説してみたいと思います。

    神社とは基本的に、神道信仰に基づいて作られた宗教的施設のことを言い、戦前には国家神道のことを単に神社と称していたようです。 教会やモスクなどの礼拝する為の礼拝堂や教えを広める為の布教所とは、性格や用途が異なっています。 現在では参拝用の施設や結婚式の設備などが造られることも多いのですが、元々は神社内の場所に宿る神を祀る、祭祀施設が本来の目的です。

    社殿を海上~山頂~ビルの屋上などに祀ることもある神社の起源は、磐座(いわくら)や神の住む場所である禁足地などで行われた祭事の際に、臨時に建てた神籬(ひもろぎ)などの祭壇のことを言い、元々は常設のものではありません。

    古代から続く神社では現在も本殿を持たない神社があり、磐座や禁足地の山や島などの手前に拝殿のみを建てているところもあり、神社に社殿が設置されるようになる過程には仏教寺院の影響があります。

    神社には常に神がいるとされるようになったのは社殿が建てられるようになってからなのですが、社殿が建てられている神社の周りには鎮守の杜と呼ばれる森林があるのが一般的です。 神社の入口には境内と俗界の境界を示す鳥居があり、社殿までの参道脇には身を清める手洗所や神社を管理する社務所などがあります。

    社殿は一般に本殿~神殿~拝殿からなり、人々がふだん参拝する時に目にするのは拝殿です。 御神体が安置される本殿は拝殿の奥にあり、本殿と拝殿の間に参詣者が幣帛を供える為の幣殿が設置されていることもあります。

    また、神仏習合が始まる奈良時代には神社の境内に神を供養する神宮寺が建てられるようになり、それ以後は神社内に寺院が建てられることもあったが、明治初期の明治政府による神仏判然令(神仏分離令)により、神社と寺院は分離されました。 それにより神社境内にあった五重塔や仏堂などは撤去され、僧侶と神官も区別されました。

    なお、現代では盗難避けや盗人防止の神社の境内に、警備会社のステッカーが張ってある矛盾がありますが、そこはオトナの事情として見逃してくださいね。 また、神社の本来の姿は宗教ではなく自然や環境の保護や感謝、及び生に対する敬意を奉るものである為、神職は他の宗教と違って宗教者ではなく、あくまでも神に対する奉仕者と言う位置付けになります。

    神社祭祀の担い手は神主~宮司~禰宜~権禰宜と呼ばれる奉仕者ですが、神職になるには一般大学において神道を専攻して資格を取得して、 卒業後に全国の神社において研修(インターン制度)を経てようやくなれるのです。

    その他にも原則として全ての神社を「~神社」と称するようになったのは、「近代になってから」という点です。 それは何故かと言えば終戦までの神社の位置付けは、いわば国家の施設であり当然法令上の規則があって神社と認められるには備えるべき設備や財産などの条件があったのです。

    神社の中でも規模の大きい神社は神宮や大社と呼ばれ、有名な神を祭神とする場合が多いようです。 なかでも天皇や皇室祖先神を祭神とする神社を神宮と呼ぶことが多く、天皇家につながる皇族を祭神とする神社を宮と呼ぶことが多いようです。 大社については現代では杵築大社(出雲大社)と熊野大社しか名乗っていませんが、戦前は出雲大社のみが大社を名乗っていました。

    なお、1945年以前は神宮などを名乗るには勅許などが必要だったが、現在では政教分離により国家~皇室が神社に直接関与しなくなったので許可を受けなくても、大社や神宮を名乗ることができます。

    神社における参拝方法は、その神社ごとに違うこともあるのでココで「これだ!」と言うわけには行きませんが、作法よりも神様に敬意を払うと言うのが先決です。 カッコだけは整えて、心の中では適当と言う方が問題だと思うのです。

    なお、私は個人的に「恋愛運ならココだ!」と思う恋愛神社みたいな場所があるのですが、この神社に行く人は少ないようです。

    理由はいくつかあるのですが、まずメジャーでないと言う点があります。 聞いたことないと言う人が多いので、「効果あるの?」と言う疑いの気持ちが芽生えるようです。 次に交通の便が悪く岡山から行くのなら、日帰りでもかなりキツイ道程になるようです。 最後に「2人で行かない方がいい」と言う条件があるので、この神社に恋愛祈願で行くのなら1人~もしくは3人以上で行くのなら結果がイイようです。

    あなたは神社の意味を、深く考えたことがありますか?

    ヽ(*^。^*)ノ ワ~イ
    関連記事

    PageTop