徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    湧き上がる気持ち。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様がいるからこそ生きている実感があるのですが、私は本当に恵まれていると思うのは毎日素敵な方々にお会い出来ることです。 私は本来であれば素敵なお客様にお会いできる身分ではありませんが、運命に助けられたことから今に至っています。

    占いが好きか嫌いかは別として、人は生きている間に一度は運命について考えると思うのですが、その時に運命を受け入れるように見せて諦める人と、何もかも良いように考えて諦めない人と、その差は都合良く考えるかどうかであり、物事はやってみなければ分からないと言うのが本当です。

    人はお金があるだけでは満足できないけれど、お金が無ければ生きていけないのも事実です。 夢があると幸せな思いが続くから良いことですが、夢を見ているだけでは生きていけないのも事実です。

    人は親を選んで生まれてきたと言うメルヘンは日本など先進国だから言えるだけで、ジンバブエやイランなどの紛争地帯に生まれてきて、地雷で足を失い~戦争で家族を失い~生きる希望を失い、そんな状況で「それはあなたの学びです。」なんて言われて納得できるはずがありません。

    そういう時に出来るのは水や食べ物や住む場所など、生きていく上で必要最低限の状態を整えて、それから教育など生きていく術を身につけることの支援など、自立できる道を与えることが余力ある人や国がするべきことです。

    「富を得るモノには責任がある」と言う言葉は深いのですが、富を得るにはそれだけの理由があるので、その得ている富を誰かに還元すると言うことを忘れると運命が御仕置して、頂点だと感じている場所から転げ落ちてしまうのです。

    だからお金持ちは性格が悪いと言われる所以は富を自分の為だけに使うからで、それを繰り返していると病気や没落など何らかの天罰、それにより目が覚めるなら再び盛り返せるけれど、そうでないなら失墜したまま浮び上れなくなるのです。

    お金持ちは性格が悪い、お金持ちは態度がデカイ、お金持ちは人をいじめて富を得ている、こういう世間の評判に対してNOと言える人は少ないと言うか、反論できる人はほぼゼロのはずです。

    しかし、そうやってお金持ちの態度が悪い部分を見ているはずなのに、不思議なことに自分がお金を手に入れるとあれほど嫌いだったお金持ちと同じ行動をしてしまう、自分が富を得てしまうと頭が高くなり腰を低く出来なくなる、これではいつまで経っても堂々巡りで富が性格の悪い人の間を移動しているだけとなります。

    人は心の持ちようで生き方を変えることは出来るのですが、心の持ちようは自分自身で変えるしか方法はなく、心の中身を誰かに変えて貰うことはできません。

    人は憧れると言う心があるのですが、これは人にだけある行動です。 植物や動物に置いては主従関係があるだけで、憧れると言う気持ち自体が起こり得ない部分で、憧れる気持ちは何かの関係があろうとなかろうと心に留めておくだけで、前に進む原動力となるのです。

    私はボランティアや寄付をしても見返りを求めてはいけないと言いますし、ボランティアや寄付をしたからと言って良いことがあるとは限りません。 ひょっとして良いことがあるかもしれないし、巡り巡って返ってくることがあるかもしれないとは思いますが、それによりすぐにすぐ何かが変わる訳ではありません。

    残念ながら損得勘定で生きている人は私の話を「眠たいこと言うな」とか、「アホな話をするな、時間の無駄じゃ」と言うのですが、人は生きている間にプラスとマイナスが限りなく50対50に近付きます。

    仮に生きている間に50対50に近付かない場合があるとすれば、それは来世において前世の分をお釣りとして貰うことになります。 それが良いお釣りなら来世では嬉しいはずですが、悪いお釣りなら「どうして?」と自分の運命を呪うはずです。

    寄付やボランティアは損得勘定ではなく、「自分の心や生き方を強くする為」に行うことであり、何もしないで言うだけの人よりも何か行動を起こした人は心が強い、そして生きていく力をドンドンと身に付けて、生きていく力の何たるかを得ることが出来るはずです。

    何かしたいと言う気持ちが湧きあがるのは、それはあなたと言う素晴らしい人が「この世に生まれてきた証」で、その心が突き動かされることが人としての魂でもあると思うのです。

    魂~魂と馬鹿のひとつ覚えみたいに言う宗教家や僧侶や神主は寝言しか言いませんが、心が突き動かされるのは素敵なお客様の中にある本物の魂が作動している、それは目に見えるものではないけれど尊い何かで、人として生きる上で大切なモノだと思うのです。

    あなたは湧き上がる気持ち、抑えることが出来ますか?

    ヤッホー(ノ^∇^)ノ



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は11月3日(木)より再開いたします。 いつも御予約頂き、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    甘える。

    おはようございます。 素敵な一日の始まりは気持ちの良いモノですが、人との出会いも気持ちの良いものであれば人生が楽しくなります。 限られた人生の中でも楽しい人生になる為には、人生で出会う人が素晴らしい人であれば自動的に楽しい人生になります。

    人は恋をすると美しくなりますが、それは相手のことを考えるとウキウキするとか、相手のことを思い浮かべるだけで胸が一杯になるなど、相手のことが自分の中を活性化させるのです。

    出会いと言うのは求めたら出会えるものではなく、自分が出会うべき状態になれば自動的に出会えるのです。 人は出会う時に同じレベルだと出会うのですが、違うレベル同士だと出会っても反応しないか、もしくは一時的な出会いで終わってしまうのです。

    これを恋に応用すればよく分かるかと思うのですが、世間で言われている良い男と結婚してから良い男と言うのは別モノです。

    人により感性は違うから当然のことですが良い男と言うのは人により基準も違い、イケメンとかお金持ちとか~実家の近所とか養子が良いなど、これは求めるモノの差だけで正解とか間違いとか言う訳ではありません。

    私はお付き合いする時に男性として守らなければならないモノがあると言いますが、それに付いて緩めてしまうと痛い恋の始まりになってしまうのです。

    当たり前に思えるけれど当たり前ではないこと、それを緩めるから痛い恋となって結婚してからも辛いことばかりだと感じてしまうのです。 人として当たり前のことを緩めて付き合うと、それがスタンダードとなり男性は女性によりかかり甘えるだけの生活の始まりになるのです。

    当たり前のことを当たり前にすると言うのは見過ごされがちですが、初回のデートを例に取ってシュミレーションしてみると、まずは出会ったら挨拶をすると言うのは最初の当たり前です。

    待ち合わせをしてドキドキしながら最初のデートの時に、会ってもアイコンタクトだけとか~軽く会釈をするだけなんて、これは男以前に社会人として失格です。 ここで優しい女性は「彼、照れ屋さんだなぁ。」と考えてしまうのですが、学生ではないのだから人と会って挨拶すらできないのは、おまけをしても少し風向きが怪しいレベルです。

    仮に30歳を超えているような男性がブスッとしているのは、社会の適合性ではなく人として適合性が無いと判断するしかありません。

    そして次は食事に行った時の食事マナーですが、ここでも慣れていないのと行儀が悪いのを混同してはいけません。 ナイフとフォークの使い方が苦手と言うのは仕方がありませんが、日常的に使う箸の持ち方や肘をテーブルへ突くなど食事マナーが悪いと言うのは生活が荒れている証拠です。

    その前にも見るべき部分はあるのですが、お店の人に丁寧な言葉使いや控えめな態度でいるかどうかも重要で、お金を払う立場だからとエラそうにデカイ態度でいるのはその場でデート中止にしても構いません。

    何故なら、こういう男性は結婚するまでは優しいけれど結婚したら、「俺の金で食わせてやっているんだ!」と豹変すること間違いなしです。

    そして食事が終わって支払いの時にもよく見ないといけないのですが、食事代を全額支払えないような男は「あきまへんなぁ…。」となります。 あなたと言う素敵な女性と楽しい時間を過ごしたのに、その対価としてきちんとお金が支払えないような男はダメです。

    当然ですが割り勘にするのもダメだし~女性に全額支払わせるなんて最悪だし、お店では支払うけれど後でお金を請求するなんてバカタレとしか言えません。 優しい女性は「そうは言っても、悪いし…。」と考えると思いますが、ここで立場を変えて考えてみてください。

    あなたが友達と一緒にダブルデートをしてレストランで楽しく食事をしていたとして、あなたたちが食事を終わって帰ろうとしてレジへ行くと、実は友達の彼がトイレに行くふりをして先に全部のお会計を済ませていたとします。

    そして「今日は本当に楽しかったので僕が支払いました。 本当にありがとうございました。」ときちんと挨拶された時に、自分の彼が「じゃあ、お言葉に甘えて。」なんて言ったら「あぁ…。」と思うはずです。

    相手の気前良さやスマートさに気持ち良さを感じると共に、「なんで、あなたは払おうとしないの?」と思うかもしれません。 もしも情けなさや後味の悪さを感じたら、その男性とは絶対に結婚してはいけません。 結婚したら後味の悪さを感じ続ける瞬間が多いから、いくら努力したところで精神が持ちません。

    目の前で平気でやるセコサやマナー違反と言うのは、いつまで経とうが何歳になろうが一生変わることは無いから、甘いままの状態で結婚したら甘える男性をいつまでも面倒みなければならなくなります。

    あなたは頼られると、つい甘やかしてしまいますか?

    (*"ー"*)フフッ♪

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    真実。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたには幸運が山のように降り注ぐのですが、それは輝かしい未来がある証拠です。 捉えきれない夢かもしれないけれど、捉えるようにしていくことが夢を追いかけること、それは自分が生きている実感を得ることになるのです。

    人は真実を知りたがるけれど真実を知ると言うことは不幸になることも多く、それでも真実を知りたいのは不幸になりたがっている行動に映る時があります。

    日本には昔から騙される楽しみと言うのがあるのですが、大相撲が八百長だとかなんだとかうるさく言うのは野暮と言うもので、それでは総合格闘技やボクシングが真剣勝負かと言えば興行と言う名の基に置いて、お客様を満足させると言うのは筋書きが無ければ難しいのです。

    例えば、ボクシングにしても観客減少に悩まされていたら、派手なパフォーマンスをブチ上げて話題を振りまく兄弟で選手と言うのが出現したら、それに便乗して勝ち続けるストーリーを作るのは経済として当たり前の話です。

    これは別に真剣勝負でなければ面白くないと言っているわけではなく、オリンピックは国を挙げて真剣勝負をするから面白く感じるけれど、普通の大会でレスリングや水泳を常日頃から熱心に見ているのは関係者が多く、真剣勝負なのに話題にすら上らないはずです。

    ナショナリズムと大袈裟に言うほどではないけれど自国を誇りに思う、それはどこの国でも国旗や国歌を大切にしていることから分かるはずです。 オリンピックが面白いのは自国の選手が競うからであり、それ以外で面白く感じるのは記録へ挑戦する時だけです。

    日本では国旗や国歌を強制するのは憲法違反だと言って裁判をする教師が多いけれど、サッカーの日本代表が戦うのを見てどう思うのか、柔道の世界選手権で日本人が金メダルを取ったのをどう思うのか、教師と言う職業を選んだ人が国旗や国歌が嫌なら他所の国へ行くしかないのです。

    教師の採用試験はコネが重要と言う暗黙のルールを誰もうるさく言いませんが、それを横へ置いといて自分の権利だけ主張するのも変ですし、生徒に聞かれて知らない&できないと言うのも教える立場として変だと思います。

    英語の先生なのに街中で外国人に話しかけられて会話ができない、物理の先生なのに小柴先生や益川先生などのノーベル物理学賞の中身が説明できない、これでは何も言うことは出来ないと思うのです。

    話が少し横道へそれたので戻しますが、真実を知ると言うのは自分の中にある知識の入れ替えをすることになるので、それは良いのか悪いのかは受け止め方にもよるのです。

    よくある御相談のひとつに彼や御主人の浮気についてですが、この御相談にお答えすることはとても簡単です。 彼や御主人が女性と一緒に行動している姿を視れば済む話ですが、それを知ってしまった以上は「次にどうするか?」と言う覚悟も必要なのです。

    浮気を知らなければ幸せな気持ちでいられたのですが、知ってしまった以上は浮気の事実に対してどうするのか、許すのか~離婚するのか~裁判にするのかなど、次から次へとやらなければならない判断材料が出てくるのです。

    知らなければ何もしなくて済んだことを、真実を知ってしまったが故にダメな方へ行くのであれば、それは真実を知ることは残酷なことに繋がると言うのもひとつの真実になるのです。

    私は霊視カウンセリングであって占いとは少し違うと言う部分がここで、全部が全部真実を話す必要は無いけれど、どうしても知りたいのであれば悪い結果になることをお伝えした上で話すしかないのです。

    真実と言うのは残酷なモノで、知らなければ幸せだったけれど知ってしまったら不幸になる、これは世の中の真理ではあるけれど悲しい事実として心に残ってしまうこともあるのです。

    例えば、癌で亡くなる未来の方に余命を正直に言うのが正しいのか、それとも大丈夫ですよと安心するようにして真実を伝えない方が正しいのか、人により意見の分かれるところではあるでしょうが、私はケースバイケースで行くのが正しいのかなぁと迷うところではあります。

    人は真実を追い求めるモノですが知ってしまえば後戻りはできない、それが良くても悪くても前に進むしかない、それは悲しい現実になるのか~喜びの真実となるのか、運命は時に残酷な現実を目の前に突きつけることもあります。

    あなたは真実を、絶対に知りたいと思いますか?

    ウーン (Θ_Θ;)

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    何の為。

    おはようございます。 素敵な青空を見ることができるのは幸せの中にいるからで、目の前に絶望があるような状況では幸せなことを幸せと感じることすらできません。 残念ながら人は自分が満ち足りた状態でないと他へ目が向かないし、自分が満ち足りると今度はもっともっとと言う気持ちが湧きあがります。

    私は自分が何者なのかとか~何をすればいいのかなど、素敵なお客様から御相談を受けつつも悩むことが多く、お答えしなければならないけれど自分のこととなると分からない、そういう矛盾を抱えてしまうこともあります。

    それでも聞かれるならお答えしなければならないのですが、その答えが正解とか不正解とか自信を持って答える場合ばかりではありません。 何故なら霊視カウンセリングとは未来を視ることは出来るけれど、何もせず祈るだけで未来を変えるなんて魔法ではないからです。

    実は運命の不思議なところは、メな時には何をやってもダメな時があります。 未来は変えられると言うのは基本的な考えで間違いではありませんが、これは何もしなくても変えられると言うことではありません。

    あくまでも目標や夢に向かって適正(的確)に動いた時と言うのが基本であり、何もしなかった時や間違った行動や行いでも良い未来へ導かれる訳ではありません。

    占い師さんでもスピリチュアルカウンセラーでも、物品売買やお祓いなど怪しい力で何とかなると言い始めると、それは宗教やマインドコントロールによる催眠術みたいなモノで、夢見ている(信じている)間は良いけれど、現実に戻る(目が覚める)と後悔する未来にしかなりません。

    しかし、自分が夢や目標に向かってキチンと進んで行く為に、毎日の積み重ねをしている人は間違いなく夢に近付いているのですが、それは運命の後押しがあるような生き方をしているから夢に近付く速度がドンドンと早まるのです。

    私は素敵なお客様のおかげで生かされている、これは紛れもない事実で誰が何と言おうと変えることは出来ない過去から繋がる未来です。

    過去を振り返った時に今も死なずに生きていられるのは、運命からの生きろと言う意味なのかもしれません。 その生きろと言う意味を実感できるのは素敵なお客様に出会えた時で、私が生きているのは誰かの役に立てるように努力することしかないと思います。

    昔の私は車が欲しいとか家が欲しいとか人並みの欲はありましたが、今はお越し頂ける素敵なお客様が笑顔になってお帰り頂ける、未来へ立ち向かう勇気や元気が出ることで活き活きして頂けること、それが心の安らぎとなって満たしてくれます。

    私は何で霊視カウンセリングをしているのかと聞かれても、お金の為にしている訳ではありません。 お金儲けに走るのであればタウン情報へ掲載してもらい、それで集客してパワーストーン~お祓い~祈祷などお金儲けに走ると思いますが、そんなことに心血を注ぐ考えも暇もありません。

    私は毎日のように自分の至らなさを痛感することがあるのですが、それに加えて東日本大震災のようなことがあると自分の価値観や想いが一新されるくらいの衝撃もあり、人が思う正しいことと言うのは時代の変化や新しい事実の前には、ひょっとして「無に等しい」のではないかと自問自答することになります。

    私は未来に起こる災難は防げるならば防ぎたいと思うのですが、それがなかなか思惑通りには行かないことが多く、「あぁ、また、防げなかったなぁ…。」と思うこともあり、その重要なポイントとして「未来は確定している訳ではありません」が、それに至る「人の行動は確定している(変えようとしない)」ことが多いのです。

    例えば、恋愛が上手く行かない原因は大まかに分けると、ほとんどが3つの分類に分けられるのですが、「付き合う前~付き合っている最中~別れる時」が分岐点です。 ほとんどの方は別れる時、もしくは付き合っている最中から別れる時へ移行してからお越しになるので、もう少し早ければと痛感することが多いです。

    恋愛は人と人が1対1で付き合うことだから、それは人として筋道を通すことの連続であり、その筋道を通すことができなくなるのが秘密を作ることで、秘密の数が多ければ多いほど~秘密の期間が長ければ長いほど、物事はうまく行く訳が無いのです。

    人に迷惑を掛けた分だけ恋が上手く行かなくなるのに、自分中心で考えると人に迷惑を掛けていることに気付かなくなって~ますます恋がだめになり、やがては別れと言う選択肢だけとなり涙で心が濡れることになるのです。

    私は未来で起きる災難を防ぎたいけれど防げない時、それは私の説明が足りない時なのか~私が信用されていない時なのかなど、私の力不足から自己嫌悪に悩むことが多い未熟者の霊視カウンセラーです。

    あなたは何の為に生きているのか、意味を考えたことがありますか?

    く( ̄△ ̄)ノガンバレェェェ!!

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    必要性。

    おはようございます。 今日も素敵なお客様とお話しをすることにより、新たな人との出会いが始まること、それは人生における感謝で感動の源となる素晴らしい出会いです。 あう的なあなたにお会いできることで気付かされること、それは目からうろこが落ちるが如く価値のある時間です。

    私は東京出張や土日の忙しい時を除いて、ほぼ毎日に近いくらいブログを更新していますが、占い師としては珍しい部類に入るのではないかと思います。

    何故なら占いに関すること&スピリチュアルなこともほとんど書かない、そして名前が悪いとか、墓参りをしていないとか、家相が悪いなど、日常でよくあることと不運な出来事を結び付けて事例を作りあげて、「私のところへ来れば開運できる!」など、怪しいデタラメな営業も一切書くことはありません。

    「それじゃあ、何を書いているんだ!」と突っ込まれるかもしれませんが、一言で言うなら「雑談」になるのかもしれません。

    私は事務所へ出てから掃除をして一段落してからブログの内容を決めるのですが、それは社会的なニュースの中から決める時もあれば過去の出来事の中から選ぶ時もあるし、たまたま思いついた専門分野の話を書くこともあるし、それ以外でも東京出張の様子や人生哲学や商売のヒントなど占い以外のことを書いています。

    それでも毎日アクセスしてくださる方がいることはブログを続ける原動力になりますし、私のことを嫌いな人も今度は何を書いているのかと気にして見に来るかもしれない、そうなるとポジティブに考えたらアンチさえも大切となります。

    TVや雑誌で芸能人の好き嫌いベスト10とかをしてみると、好きの上位に入っている人は必ず嫌いの上位へも入っています。

    これはおかしいことでも何でもなく好きと嫌いは表裏一体で、嫌いだと言う本音は相手のことを強烈に意識しているからで、ホンの少しのきっかけで好きになることもあるから人生は不思議です。

    恋愛に例えるなら、「最初は嫌いだった彼のことを、何故か好きになって結婚してしまった。」と言うのはよくある話で、嫌いと言いつつ相手のことを強烈に意識の中へ残している、相手のことを頭の中で強烈に意識しているから起きる現象です。

    物事は良い方へ考えることでネガティブから解放されるのですが、学校でも職場でもどこでも嫌いだと名前を連呼してくれるのは、全く知らない人に名前を宣伝してくれるのと同じだから、逆にありがたいと考えればポジティブ思考です。

    私もいじめられていた昔はとてもポジティブに考えることはできず、県南で素敵なお客様にお会いできる毎日があったから、このようにポジティブに考えることができる優しさと思いやりが芽生えたのだと思います。

    マザーテレサさんの言葉の中に、「この世で最大の不幸とは、貧しさでも病気でもありません。 自分が誰からも必要とされていないと感じることです。」と言う言葉がありますが、これはまさしく人間の生きること全ての真実に近いと思います。

    私は自分が必要とされていないことを悲しく辛く感じていた、それが県南へ出てきて生活が一変したことからも、私は素敵なお客様へ対する御恩は一生忘れることはありません。

    これは大部分の方が勘違いされているかもしれないのですが、世間の占い師さんと私の最大の違いは霊視とか四柱推命など占い方法の違いではありません。

    占いと言うのは確かに「お客様が相談に来て、占い師が答える」が基本ですが、私は霊視カウンセリングと言う名前の通り、ズバッと答えるのではなく答えのヒントをいくつか提示して、それを素敵なお客様が選択して自分が思う未来へと決定して行く感じです。

    これだけでも普通の占い師さんとは違うのですが、最大の違いは私が素敵なお客様に力を与えるのではなく、「素敵なお客様が私に力を与える」と言う点が大きな違いです。

    私は素敵なお客様にお会いできることで思いやりとか優しさなど、気品ある行動や上品さを学ばせて頂いております。 毎日毎日素敵なお客様のおかげで新たな考え方や勉強ができるのですが、素敵なお客様が事務所へ来て下さることで魂が磨きあげられて行くのです。

    素敵なあなたにお会いできることで私の未熟な人間性や魂や考え方などが、少しずつ磨きあげられて昔よりはマシになって行く、お越し頂く素敵なお客様は私の師匠であり魂を助けてくださる天女だと思います。

    素敵なあなたは決して必要のない人間ではなく、この世で必要とされているから生まれてきて、そして色々な人へ影響を与え続けながら人生を歩んでいるのです。

    「私は誰にも必要とされていない」と感じることがあるかもしれませんが、少なくとも私は素敵なお客様にお会いできることで人生が大きく変わりました。

    素敵なあなたがいるからこの世は素晴らしいと思いますし、私は素敵なあなたとお会いできる時間がモノ凄く大切だと考えています。 素敵なあなたがいることで周りを幸せにする、それは素晴らしい思いやりと優しさだと思います。

    あなたは自分の必要性を、ちゃんと気付いていますか?

    ヾ(@^▽^@)ノ ウレシイッ!

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    地域差。

    おはようございます。 私が素敵なお客様にお会いできる今の状態を幸せだと言えば大袈裟に思われるのですが、私が書いている県北の話をネタだと思って笑える人は幸せだからです。 何事でも同じですが地域の差と言うのは物凄くありますが、それは他へ行って経験することで始めて分かるのです。

    例えば、西日本では当たり前に感じることのひとつ、パンの上を黒くコーティングしてあればチョコレートですが、北海道では同じ黒い部分が羊羹~つまり羊羹パンなのです。

    それに宮城県では地震が起きると「まんずろく、まんずろく」と呪文を唱えるし、ICカードも「東日本はSuica(スイカ)、西日本はICOCA(いこか)」ですが、奈良は「CI-CA (しか)」だったりします。

    その他にも沖縄で「タンメ=お婆さん」とか長崎で「つ=かさぶた」、そして秋田で「がも=○○○、ねり=歯磨き粉」で、北海道南部では「ねまんさい=座りなさい」~旭川では「泡=ビール」~北海道全般では「投げる=捨てる」です。

    茨城県で暴走族の全盛期に中学校でよく出された標語は、「青すすめ、黄色上等、赤勝負」でした。 長崎では「」ひゃー=ハエ」~「モミアゲ=ビン」で、岩手では「なあ=なはん」で「かー=どうぞ、けー=食べなさい」だから「かーけー=どうぞ、食べなさい」となります。

    長くなるのでやめますが、地域や地方により言葉や習慣の差はかなりあります。

    だから恋愛や結婚にしても日本全国単位で言うとルールの違いがあって、それは思いもよらないことを生み出してしまう~叶うはずの恋が叶わなくなる、そういう大変なことが起きることも時にはあります。

    普通の方にはレアなケースで余り関係ないかもしれないけれど、色々な地域における結婚のルールを知っておけば親を説得&親の反対を未然に防ぐ、イザと言う時のヒントや突破口になるので、私が生まれ育った県北での結婚ルールも知っておいても損は無いと思います。

    そんなの必要ないと思われるかもしれませんが、恋愛や結婚で突破口が無い時のヒントになるケースがあるかもしれないので、幸せな結婚へと進みたい~親の反対に遭いたくない、そんな時の引き出しとして知っておいて損は無いと思うのです。

    恋愛や結婚はホンの些細なことで何でもないことが大幅にこじれてしまうとか、上手く行くはずだったのにとんでもない方へ話が行く、そんなことが世間にはよくあることだからです。 なお、これは一般論で特定の誰かを指している訳ではないので、誤解の無いようにお願い申し上げます。

    ここから先は私の作り話としてお読み頂ければ結構ですが、私の地元では結婚の条件として「年収2千万以上+有名大学卒(有名企業)+イケメン」があり、親戚や近所や会社など周りへ自慢できる男と言うのが基本です。 (今日の内容は、男性向けの話です。)

    年収2千万以下はアウト~有名大学以外はアウト~有名企業以外はアウトなど、反対される条件は「有名じゃない+収入が少ない」が定番で、結婚相手に相応しいのは親が優越感に浸れて周りに自慢できる男です。

    また、結婚が決まっても結納金は1千万以上⇒結婚式はド派手⇒新築を建てるなど、次々と条件が出てくることもあります。 私は知恵遅れと言われたヘタレのダメ男だから、とても結婚の条件をクリアする実力も根性もありません。

    ちなみに反対されても付き合いや結婚を強行した場合はどうなるのか、そんな時は別れるように仕向けると言うか、男の方から別れたくなるように女性の親が男に対して少し注意をします。

    その軽めの注意方法は○○池の畔に首だけ出して埋めて一晩考えさせるとか、○○川に掛かっている橋の上からロープで逆さ吊りにして考えさせるとか、相手の男の勤務先へ乗り込んで暴れるなど、私も子供の時から通学しているとよく見ていた風景で珍しくありません。

    「そんなん言うたら、結婚できんやん?」と思うかもしれませんが、それを防ぐ方法として相手の親に気に入られることが必須条件で、早め早めの親への挨拶が好印象を作り上げます。

    付き合う前に「お嬢さんとお付き合いしたいのですが…。」と挨拶に行き、デートの前に「デートしたいのですが…。」と挨拶に行き、早め早めに先手を打って相手の親へ挨拶に行って気に入られる、そうすれば上記の諸条件が次々と免除されて結婚できるのです。

    本日の話も架空の作り話としてネタにして頂ければと思いますが、この話を笑えないのは知っている人か~経験したことがある人で、このブログを読んで冷や汗が出る男性が私の周りに今年は約3名ほどいるかも…。 (゚Д゚;) ウッ!

    あなたは地域差について、どのように思いますか?

    (=v=)ムフフ♪

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    国と国。

    おはようございます。 素敵なお客様の笑顔がある限り世界平和も夢ではない、そう言いたいけれど世界各国が仲良くするのはなかなか難しいです。 何故なら国と国とはメンツや国益もあり難しいのですが、それが一転して人と人の個人レベルになると簡単に仲良くできます。

    これは誰もが願うことだと思いますが、本当は世界中の人と仲良くできるのが理想だと思います。 しかし、世界平和と言うのは個人レベルではできそうに感じても、実際に国と国の話し合いでは言いがかりや恫喝は戦略なので正義は国により異なるのです。

    誤解をして欲しくないのですが私はどこの国の誰であろうと、個人的に好き嫌いはないので普通に予約を受けています。 ここで「県北は?」と思う人がいるかもしれませんが、県北は国じゃなくてれっきとした日本です。 ヾ(´ε`;)ゝ ふぅ…。

    2011年1~9月までの倉敷でも韓国~中国~ハワイやイギリス、東京でも韓国~中国~オーストラリア~ニュージーランド~アメリカなど、更に色々な国の方々の霊視カウンセリングをする機会に恵まれています。

    海外の方々が私に何か文句を言うことはありませんし、日本に対して嫌悪感をあらわにする方もいないし、個人対個人と言うレベルであれば普通に話ができています。

    残念ながら暴れるとか嫌がらせなどの迷惑行為では日本人男性が圧倒的№1で、紹介が無いと霊視できませんとHPに書かざるを得ないくらいで、実情としては日本が他国のマナーをあれこれ言える立場ではないと感じるほどです。

    つまり、個人レベルで仲良くできるかどうかは国籍や肌の色ではなく、人間性で波長が合うかどうかだと思うのです。 ようはウマが合うかどうかで、考え方や共感が国籍や肌の色を乗り越えるので、どこの国であろうとも個人的に友人となるのは充分に可能だと思います。

    それはお互いが認めると言うことにも繋がるので、個々の国ではなく個々の人と言うスタンスでは仲良くできるのだから、個人の力量により世界の人々と仲良くすることでしか国と国の関係を改善することはできないと思います。

    例えば、終結した戦争の話を蒸し返して相手を責めてはいけないのですが、何故かと言えば戦争に関しての話は世界中の歴史ではゴロゴロあるので、それをいつまで経っても根に持って仕返しだけでは飽き足らず、今度は逆に侵略してやろうと軍事強化している国は裸の王様になってしまいます。

    例えば、アフリカは長い間イギリスやフランスなど各国の植民地として奴隷制度もあり、独立するまでは地獄のような差別や生活があったのですが、それでも白人の行為を許して黒人と白人が仲良くしましょうと言う政策を取って、ドンドンと国を豊かにしている国もあります。

    ただし、アフリカが全部そうだと言う訳ではなく白人は許せないと追い出した国もありますが、そういう国は発展せずに豊かさが無く発展途上のままです。

    また、ベトナム戦争について勉強すれば戦争責任について考えさせられるのですが、ベトナム戦争でベトナム(北と南)がどれだけの被害を受けたのか、日本の原爆と同じくベトナムの枯葉剤も被害甚大で、ベトちゃんドクちゃんが産まれたのも枯葉剤による影響です。

    それでもベトナム戦争に関係した国々を、ベトナムの方々が非難しているのを余り聞かないはずです。 国民感情としてベトナムの方々が個人的に戦争へ関係した国々を許せない気持ちはあるけれど、済んだことだからと寛大に許す気持ちはベトナム国民が大人である証拠です。

    そのベトナム戦争の中で起きた、フォンニィ・フォンニャットの虐殺~ハミの虐殺~タイビン村虐殺などをネット検索すれば、戦争の怖さや恐ろしさが勉強できると同時に良心のある人なら国に関係なく心が痛むはずです。

    ただし、日本も第一次インドシナ戦争などベトナムに色々としているけれど、その後の話し合いで和解して日本企業も次々に進出するほどになり、今のベトナムは親日国家のようになって皇太子徳仁親王が日越国交35周年記念に出席するなど、お互いが過去の罪を許しあう大人の関係になれた国です。

    世界中の人が仲良くできるのが人類愛として理想ではありますが、国と国になると国家の利益が絡んでくるので仲良くできないから、できることなら個人と個人では世界中の人々が仲良くできればと願うのです。

    私は個人対個人ではどこの国の誰であろうとも仲良くなれると思いますが、世界各国が常に緊張状態のままで変わることは無いのも悲しい話で、いつの日か世界各国が仲良くなれる日が来ればと平和&友好を願っています。

    あなたは国と国が、いつか仲良くなれると思いますか?

    ポッ(。~ー~)(~ー~。)ポッ

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    気付かないこと。

    おはようございます。 今日も素敵なお客様にお会い出来るかと思うと幸せな気分になれるのですが、あなたの素敵な笑顔で言葉じゃなくても伝わるもの、形が無いとしても相手を幸せに出来るオーラのようなものが備わっているから、あなたがいるだけで周りを幸せにしているのです。

    自分は気付かなくても周りが気付いていること、自分は知らないけれどいつの間にか周りの人に与える影響、そういうことに気付いて行動していれば周りを幸せにすることはあっても、周りを不幸にすることや不快な思いをさせることは無くなるはずです。

    自分では普通に思えても相手からすれば普通じゃない、相手は自然にしていることなのに自分からすれば違和感がある、そんな思い込みの行き違いが人間社会では自然に発生します。

    本当ならお互いがお互いのことを良く見れば分かることなのに、自分がしていることがスタンダードだと思いこんでいると、相手のしていることがおかしいとか気になるなど、ちょっとしたすれ違いやイザコザの元となるのです。

    人生とは長く生きれば生きるほどおかしいと感じることに直面しますが、仕事でも上司がやれと言ったことは間違っていたとしても「はい」と言わざるを得ない、会社組織と言うのは正しいことができない、間違っていてもやらなければ命令違反になる、そういうことの繰り返しにだんだんと慣れてきます。

    嫌で嫌でやりたくないけれど「仕方が無い」と言うヒトコトで済ませて、自分の心に嘘を吐いていやらなければならない、それが連続していると鬱になって自分が崩壊する人が増えるのです。

    ただし、それじゃあ働けないと言うか仕事なんかできないとなってしまうので、その回避方法として自分の志を高く持つことと、今日の本題である気付かないことに気付くことで、嫌な思いから一転して新しい発見が起きることがよくあります。

    なんでもかんでも否定していると物事が前に進まなくなるのですが、目の前に起きたことを冷静に判断するのではなく、目の前に起きたことを「良い方」へ考えることでクリアできるのです。

    例えば、中国のマナーが悪いと言って非難する人がいますが、別に中国が一人残らず全て悪い訳ではないので、マスコミが一部を切り取っておもしろおかしく取り上げる報道は公平ではない、そう考えることもモノの見方としてはひとつの正解かもしれません。

    他の見方としても他国のマナーが悪いからこそ日本のマナーの良さが際立つだけで、仮に他国のマナーがすごく良かったとしたら、日本の良いところよりも悪いところの方が目立ち、日本の良いイメージが実は違うとなってしまうかもしれません。

    マナーが悪い人がいるからこそマナーの良い人が気持ち良く目立つ、これもひとつの正解だと思えば腹を立てることも無く、逆に余裕も出てくるし温かい目で見ることもできます。

    それから私は毎朝倉敷駅からセブンイレブンの間で盲導犬に出会うのですが、そのパートナーの方とちょっとしたことがきっかけで時々話をするようになりました。

    そのきっかけと言うのは道路工事で、工事中は舗装の代わりにゴムのシートを路面に敷いてあったので、盲導犬は行こうとするけれどパートナーは路面の感覚から危険と判断、それで前に進めなくなっているところへたまたま通りかかったのです。

    それで話しかけて路面の状況を説明した後に路面にある目印と信号の有無を伝えて、それで路面の変化を掴んだようで翌日からは普通に通行をされていました。 基本的に盲導犬に出会っても話しかけてはいけないのですが、立ち往生している時には話しかけてもOKです。

    それから4~5日して再び同じ場所で盲導犬とパートナーの方が立ち往生していたのですが、実は工事が終了して路面が綺麗になって段差が解消されたことで、信号待ちをする時の立ち位置が分からなくなっていたのです。

    私は再び状況説明をしてから目印を伝えたのですが、「ありがとうございます、最近は段差が少なくなってきて、歩く時の基準が分からなくなってきていたので、助かりました。」と言われ、ちょっと朝から考えさせられました。

    何故かと言うと「目の見える人が歩きやすくする為に段差を失くす」ことで、「目の見えない方が歩く基準が無くなり街中の危険度が上がる」と言う、「目の見える人が楽になる工事=目の見えない人が困る工事」だと、果たして何人の人が気付いているのかと思ったのです。

    私は目の見えない人に道案内をする時には、必ずマンホールや溝蓋や段差を使って説明するのですが、目の見えない方は路面の微妙な感覚の差を感じ取って歩いているのです。

    「路面の段差を失くすのは良いこと」と思いこんでいるのであれば、こういうことが実際に起こっていると言う現実も少し考えてみたら、何をどうすればみんなが幸せになるのかと言うモノの見方が変わると思うのです。

    本当の優しさとは段差を失くすだけではなく、段差を失くす代わりに路面の模様などに変化を付けて足の裏でも違いを分かるようにすることです。 段差を失くすのは歩く上で良いことだと思いますが、それにより困る人もいるから段差を失くすのであれば路面の変化を付ける、ここまでやれて始めて本当の優しさと言えるのではないかと考えるのです。

    あなたは気付かないことにより、真実が見えなくなっていませんか?

    (=゚ω゚)ボー

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    良い男。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたは素晴らしい女性、その女としての部分に良い男ならば、きっとメロメロに惚れてしまいます。 惚れないと言うことは良い男じゃないからで、同じレベルでないと人は引き会えないし出会えないので、無理をしても続かないのです。

    彼がいない期間についての悩みが御相談としてありますが、彼がいない期間と言うのは不幸な期間ではなく、自分磨きの期間だったり~同性の友人知人を作る期間だったり、仕事や趣味などに費やす期間だったり、彼がいないことについての意味を考えると幸福な期間かもしれません。

    乙女心と言う言葉があるように恋に反応するのは乙女として当たり前ですが、極端な例えをするなら「くだらない男」や「つまらない男」と過ごす時間は、反面教師として痛い思い出にしかならないのです。

    人生に置いて無駄な時間や経験は無いと申しますが、そうは言っても時間と言うのは有限だから、できることなら無駄な時間を費やすことは避けた方が良いと思うのです。

    そうなると必然的に浮かび上がるのは「良い男」と言う言葉の定義、いったい良い男とは何を持って良い男と言うのか、それは人によりざまざまだから一言でズバッとは言えませんし、好みの差や考え方の差もあるので決めつけることはできません。

    それは人により「イケメンが良い男の条件」と言う人もいるでしょうし、「お金持ちが良い男の条件」もあるし、学歴や職業や家柄など本当に人が求めるモノは千差万別です。

    私は聞かれたら個人的意見をお話しすることは出来るけれど、「これが良い男だ!」と決めつけることはできません。 あくまでも私の個人的意見としなければ、人の好みなんて移りゆくモノだから絶対なんてあり得ないのです。

    仕事もせずにパチンコなど借金ばかり作るとしても、その生き方を支えたいと思うのであれば、周りから見て不幸に見えても本人同士からすれば幸せなのです。

    だから私が個人的に良い男と感じた話は出来るけれど、それがツボにハマる人は「なるほど!」と思うでしょうが、そうでない人は私の意見に否定的になると思います。 人は意見が違っても当たり前だから、私が思う良い男の定義は賛否両論になるのは当たり前だと思うのです。

    私は色々な方の御相談を伺っていると良い男の定義が自然と固まってくるのですが、それは私の人生観と共通する部分があるからなのかもしれません。

    例えば、心意気を感じさせる男は良い男だと思うのですが、職人系の男性には心意気を感じる部分が意外とあります。

    材料代が2万円くらい掛かっているのにお客様より値段を聞かれたら、「あの…、1万2千円でいいです…。」なんて答えてしまう、仕事は浸食を忘れて励んでいるのについつい人の良さが出て材料代も稼げない、そんな職人馬鹿は愛するべき良い男だと思うのです。

    それに表には出ないことでコツコツと何かを成し遂げる男も良い男になりますが、私は今まで自堕落的に情けない生き方をしていたので、その分を取り戻そうと焦っていることもありますが、本当は黙って色々な支援をする方がカッコイイと思います。

    この隠れてボランティアや寄付をすることを陰徳と言いますが、ブログに出てくるN市のIさんも密かに支援する陰徳タイプで、表に出ることを好まないので知られざる善行が多いです。

    例えば、ネコちゃんやワンちゃんを助ける行動力を視ても凄いのですが、道で車に撥ねられて死んでしまった動物を発見したらすぐに車を止めて、キチンと供養するなんて何人の人が出来るのだろうかと思うのです。

    車が汚れる~服が汚れる~お金が掛かるなどやらない理由はいくらでも出てくるけれど、やる理由の方は自分自身の中にある精神力がモノを言うから、簡単に思えても自ら奮い立つ心が無ければできないことなのです。

    この猫ちゃんを例に取るなら良い男に見えて良い男じゃないのが、「あそこに病気の捨て猫がいるから助けてこい」と言うだけの人です。 自分は手を汚さず連絡するだけなのに、ボランティアの人が手一杯で動けなかったら「どうしてやらない」と批判する、それで自分を偉く見せるなんて言うのは本当に良い男とは言えないと思うのです。

    良い男の定義とは女性から見て、「自分の人生を相手に捧げても惜しくないと思える男」で、夢や目標に向かって真摯に努力する姿があるかどうかだと思うのです。

    そして欲を言うならば自ら誰かの為に生きることが出来る男で、人の役に立ちたいと言う思想がある男は好きになっても得る物は多いし、お付き合いから結婚へ進んでも心豊かに過ごせると思うのです。

    あなたにとって良い男とは、どんな人ですか?

    (´・ω・`)ノ チャオ♪

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    ドコモ。

    おはようございます。 昨日はドコモの社長が会見でiPhoneについて聞かれ交渉中と匂わせていましたが、ドコモは某社との取引を止めない限りAppleと交渉の席に着くことすら難しいから期待薄です。

    それではドコモでiPhoneは無理なのかと言えばそうでもなく、「ドコモ回線でiPhone」は可能ですがソフトバンクやauのiPhoneでは無理です。 ここから先は秋葉原へ行ける人か、通販を利用できる人でないと難しいかもしれないのと、私の説明では足りないところがあるので詳しいことはショップで聞いて下さいね。

    では、docomo+iPhone のやり方ですが、まずはSIMフリー版のiPhone3SGかiPhone4を入手してdocomoのSIMカードで利用する方法で、今はドコモショップへ持ち込んでの契約もある程度は行えるようになりました。

    そしてもうひとつの方法はSIMフリー版のiPhone 4を購入して、日本通信が8月末に発売したmicroSIMカードを利用する方法で、これはどちらの方法でもNTTドコモの回線とエリアで通話やデータ通信ができます。

    なお、SIMフリー版iPhoneを購入する時は「脱獄版」に注意で、SIMロック版のiPhoneを「Jailbreak(脱獄)」と呼ばれる内部ソフトウェアの書き換えでSIMフリー化したモノのことです。

    これはOSのバージョンアップ時にSIMロックの状態に戻ってしまうので、SIMフリー版iPhoneを購入する場合は正規かどうかを確認して、通販やオークションでは「JB」や「脱獄済み」の表記があればやめておいた方が無難です。

    そしてSIMフリー版のiPhone 3GSを入手したら次はNTTドコモと契約で、ドコモショップに身分証明と本体とお金を持って行けば、月額料金がお得なバリュープランでも契約できます。

    ただし、これは「技適マークの付いた携帯電話の契約に対応する」 との約款が元で、ドコモショップの社員の方でも知らない人が多いです。 その為、ドコモショップでも契約できるところとできないところがあるので、断られた時は別のドコモショップへGOです。

    なお、ドコモショップ持ち込みで契約できるのは通常サイズのSIMカード対応の、SIMフリー版iPhone3GSなどに限られていて、「microSIM」を採用しているSIMフリー版iPhone 4での契約は行えないので、全て自分でするならできるようです。

    すでにNTTドコモのユーザーであるなら、手持ちの携帯電話の契約内容をiPhone向けに変更すれば、SIMカードをiPhone 3GSに差し替えるだけで利用できます。

    説明が長くなるので簡単に書きますが、SIMフリー版のiPhone 3GSを使用できるようにするには初期設定が必要で、NTTドコモのSIMカードを挿入するだけでは通話しかできません。 (分からない人は初期設定も、ショップの人にして貰った方が無難です。)

    あくまでもdocomo+iPhoneの裏技なので色々な部分の初期設定はしておかないと、誤って従量制のAPNに接続してしまうと料金が青天井になってしまうので、月末の請求明細を見たら気絶するかもしれません。

    ここまで手順が進んで来たらほとんど大丈夫のはずですが、使い始めると気になるのが通話エリアで、果たしてdocomo+iPhoneのエリアはどうなるのかについての説明です。

    実はdocomo+iPhoneにするとアンテナ表示が少なく表示されるので、目で確認しただけでは本当の通話エリアが判断できません。 ソフトバンクのiPhone 3GSやiPhone 4がアンテナ3本でも、docomo+iPhoneは0~1本と言うのが多いです。

    実際の利用ではアンテナ表示が0~1本でも安定して通話できるので、圏外表示でない限りアンテナ表示はアテにならないと思っていて下さいね。 基本的にNTTドコモが使える場所であれば、docomo+iPhoneも利用できると考えて大丈夫かもしれません。

    ここまで読んだらメリットばかりのように燃えるかもしれませんが、docomo+iPhoneにはちゃんとデメリットもあります。

    一番のデメリットはNTTドコモの回線ではiPhoneの一部機能が使えないことで、 NTTドコモはiPhone用のサービスを提供していないので、iPhone独自のネットワークサービスは使えないことが多いです。

    たとえば、マップ機能などで利用するGPSは一昔前のGPSより精度が悪い時があるし、iモードメールも利用できないことが多いです。

    本体の値段が高いとか、説明書が英語とか、壊れても保証無しとか、使えない機能が多いとか、契約が面倒くさいなど、幾多の苦難を乗り越えてもdocomo+iPhoneにしたなら、NTTドコモのエリアならiPhoneでも使えることと、ドコモなのにiPhoneと言うプレミア感があります。

    あなたはドコモで、iPhoneを利用してみたいですか?

    (○ ̄ ~  ̄○;)ウーン・・・?

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    これってあり。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様には運命の公平な暗示があるはずですが、それは何よりもあなたと言う素晴らしい人の考えに運命が同調して、更なる幸運を招いているのではないかと思えるくらいです。

    生きていると嫌なことや悲しいこと~嬉しいことや楽しいことなど色々ありますが、それでも人は自然に寿命が尽きるまで生きていなければならないのです。

    人間は機械じゃないのだから間違いもあるし、時には怒りを爆発させたくなることだってあると思います。 「こんなことってある?」とか「これってあり?」など、理不尽なことだって一杯あるはずです。

    それでも人は生きて行かなければならないのですが、ずるいことをしていると必ずお返しと言うかお釣りが来ます。 運命は公平だから良いことも悪いことも知らない間に貯金しているのですが、それがいつ払い戻されるかが分からないのが運命の怖いところです。

    人はピンチに陥ると盲目的にずるいことをしてしまう時もあるのですが、そんなことをしても脱出できるのは一時的で継続することはできません。

    例えば、松任谷由美がお気に入り(来る)のお店とか~芸能人の誰それを鑑定した占い師など、何かを売りにして行かなければならないお店と言うのは、実力ではない何かが無ければやっていけないと、そう白状していることにすら気が付いていないのです。

    戦略的に考えたら芸能人を売りにするのも当たり前だと思いますが、そんなことを看板にすること自体がいやらしい考えで、別に芸能人が来たら偉い訳でもないし凄い訳でもないのに、偉いと勘違いしてしまうのが人間の弱いところです。

    空気を読んでいたら生きていけないなどとのたまう男性もいますが、相手に不快感を与えないのは人として普通なのに、自分の欲で生きていると自分のことを中心に考えるのが普通になってしまいます。

    そう言えばauがiPhoneの販売権を獲得して、1ヶ国に1キャリアの原則が日本でも崩れましたが、これも思惑通りに行くかどうかは今後の推移を見て行くと面白いかもしれません。

    auの思惑としては新規契約も含めて契約を増やすには武器が必要、それも竹ヤリではなく飛び道具が必要と考えて、「それじゃあ、iPhoneを獲得すれば良い!」と言うのも戦略的には正解ですが、運命的に正解かどうかは今後を見ないと分からないと思います。

    auとしては「ソフトバンクは電波状況が悪く繋がらないことが多い、それでもあれだけ契約を伸ばしているのはiPhoneがあるからで、ウチがiPhoneを手に入れたら繋がることで、ソフトバンクからのMNPと新規契約の両方で契約が激増するぞ!」との思惑だったはずです。

    ところが予約開始の10月7日はどうだったかと言えば、家電量販店やケータイショップでは互角の勝負だったようですが、auとソフトバンクのそれぞれのショップではソフトバンクの方が少し多かったようです。

    何故分かるのかと言えば、六本木交差点にはソフトバンクショップとauショップが同じ通りで、どちらも位置的には余り変わりません。 おまけに六本木交差点にはnojimaが携帯専門店をB1~1F~2Fと3フロアも開いていて、あそこは携帯ショップ戦争が目の前で見られる場所でもあります。

    東京での鑑定場所へ向かう時にnojima⇒ソフトバンク⇒auと通過したのですが、午後4時からの予約開始を待つ行列ができていたのソフトバンクだけでした。 リアルな話をするとソフトバンクの行列も驚くほどではなく17人ほど並んでいただけですが、それでも予約開始までかなり時間があるのに待つと言うことがすごいです。

    nojimaとauには行列は無かったので、実際に東京の六本木の様子を見た限りではソフトバンクの方が多かったです。

    これはauからすると大誤算だったと思うのですが、少なくともソフトバンクより15%は契約数が多いと見込んで勝負に出たはずです。 それなのに互角か~ちょっと少ない販売台数となれば、思惑が外れたと言うか戦略的に甘かったと言うしかありません。

    楽をするのではなくしんどい思いをして立て直さないと、au版iPhoneは10%前後の伸びで終わるかもしれません。 根底にある理念や思想がキチンとしていなければ、横からチャチャを入れるとか美味しいとこだけ頂くなんて、それは見ていても感じの良いものではありません。

    先ほどの芸能人が来ると看板に書いているお店も、本店は周りにお店が無いこともあってそこそこ繁盛していますが麻布や恵比寿などの支店は無残な状態で、芸能人が来ていることを売りにしても基礎ができていないから無理なのです。

    あなたはこれってありと、理不尽を感じたことがありますか?

    (*`◇´*)/ ハーイ♪

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    キャパシティ。

    おはようございます。 今日も素敵なお客様にお会いできることは私にとって喜びですが、それは小さな奇跡の積み重ねが起こす大きな奇跡へとつながると思います。 人が人と出会うことで自分の未来は変わる、その出会いを無駄にしない為にも人との出会いは大切にして行きたいと思います。

    しかし、そうは言っても人間関係の変化は止められないのですが、出会いと別れはいつも付きまとうのが人生です。

    私は自分のキャパシティを上げないとダメだと常に考えているのですが、いくら出会いがあったところで自分自身の能力が低すぎるとレベルが釣り合わず、挨拶だけなど一時的な付き合いで途絶えてしまう&終わってしまうからです。

    恋愛でも仕事でも自分自身が受け入れることができるキャパシティがないと、人は常に一定の量と言うか分だけしか手に入れることができないのです。

    このキャパシティ(capacity)とはひとつ目の意味として能力(才能)がありますが、今日はもうひとつの方の「収容能力(容積)」としての意味を取り上げて、それを解説することにより運の良し悪しについて絡めたいと思います。

    これからとはキャパシティを略してキャパと表現しますが、私は自分のキャパを上げることを常に考えるのは、一つ手に入れることができても一つ手放すのでは、結局いつまで経っても同じことだからです。

    例えば、給料が今より5万円上がっても住宅ローンの返済が5万円上がれば手取り金額は同じことになりますが、これが住宅ローンなら家が残るからまだいいのですが、もしも自動車事故で誰かを怪我させてしまい、その賠償金を払うと言うことなら何も残らないどころか負の遺産となります。

    分かりやすくお金に例えましたが、これを人間関係に置きかえると友人ができるキャパが10人だとすれば、ひとり新しい友人ができればひとり連絡を取らなくなる、そういうことが人間関係ではよくあります。

    これを「何か悪いことしたのかなぁ」と人は悩みますが、何もしなくてもキャパ以上の人間関係は作れないから、逆に言うと10人から1人いなくなると9人だから、何もしなくても新しい友人ができる時には1人できます。

    仕事の取引先でも同じことが起きるのですが、10社取引しているところを11社にしようとしても、自社のキャパが10社ならば取引できても今までの取引先のどこかが1社減り、結局一時的には11社になってもしばらくすると10社になってしまいます。

    私は倉敷をメインにしながら月に2回程東京でも鑑定をしていますが、ここでも同じ現象が起きていたので、私は一時期悩みに悩んで訳が分からなくなっていました。

    何故なら倉敷で予約が一杯の時には東京での予約が減って、東京での予約が一杯になると倉敷での予約が減ると言う繰り返しで、どちらかが予約枠一杯になり「ごめんなさい、その日は一杯です。」と予約を断り始めるようになると、空いている方の予約枠も全く予約が埋まらなくなるのです。

    これは私が自分で1ヶ月に鑑定するキャパが少なくてどちらかひとつが一杯になると、それ以上の受け入れるだけのキャパが無くなってきていたんだと思います。

    今はようやく抜け出せてきたのですが、一時期はどちらかだけが忙しくてどちらかが暇と言う繰り返しでした。 これは結構キツイモノがあったんですが、どうして予約が入らないのかと悩んでいましたし、自分のやっていることは間違っているのかと悩んでいました。

    だからこそキャパを上げることが開運の秘訣でもあり、いくら詰め込もうとしても小さな袋にたくさんの品物は入れられないように、運を詰め込むのも~運を手繰り寄せて自分のところへ置いておこうとしても、その為のスペースが無ければ無駄になってしまうのです。

    例えば、保存できるからとたくさんのアイスクリームをもらっても、冷凍庫が少しのスペースで全部入らなければ、アイスクリームは溶けてなくなってしまうのです。

    両手に未来を手繰り寄せる為には自分のキャパを上げる、そして両手を広げて受け入れることをたくさんする、それができれば未来にあるのは輝けるあなた自身の姿であり、あなたのキャパが広がることで手に入れる物はたくさんあるのです。

    今の自分が躓いているのであれば乾いている心に水を与えて潤わすように、隙間なくモノを詰めることができる視野の広さを持って、暗闇でも光があれば歩いて行けると言う発想の転換があれば、唸り声でもラブソングに聞こえてくるはずです。

    あなたは自分のキャパシティを、どれくらいだと思いますか?

    ( ̄。 ̄)ボ~~~ッ

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    危機に直面。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様にお会いできることは嬉しい反面、ワクワクドキドキする緊張の瞬間であり、自信が無い私はキチンとできるかどうかが心配で夜も眠れない時があります。

    昔は人が全然来ない毎日だから「誰か一人でも来て欲しい」と言う思いでしたが、イザそうなれば今度は「大丈夫だろうか?」と毎日が心配で、素敵なお客様の心を傷付けたのではないかとか、満足して頂くことができなかったのではないのかなど、日々心配事と向き合うことになっていたりします。

    チャンスを貰いたいと言う気持ちがあるのは良いことですが、チャンスを貰うと言うことは責任が重くなると言うことで、チャンスは多く責任は少なくなんてことはあり得ないのです。

    例えば、三ツ星レストランで働いてみたいと思ってもなかなか就職できない、三ツ星レストランともなれば就職すること自体が難しいのですが、そこへ何とか就職できたとなれば「よっしゃあ、チャンスをゲットした~!」と思うかもしれませんが、その分の責任が圧し掛かることは避けられません。

    髪形や服装に気を使うのは勿論ですがテーブルマナーや接客方法もレベルが違うし、更には英語やフランス語もしゃべれないと海外のお客様に対応できない、チャンスを貰えると言うことは要求される責任のレベルも同じだけあり、チャンスの重さ=責任や重圧となるのです。

    人は危機に直面した時に「どうしよう?」と凹んでしまったり落ち込んでしまったり、どうにもならない未来へ悲観してしまいたくなることがよくあります。

    しかし、先ほどのチャンスの話と同じように考えてみると、危機に直面すると言うことはチャンスが来る手前とも考えることができます。 チャンスの後にはプレッシャーが掛かるのですから、ピンチの後には美味しい話が転がり込んでもおかしくありません。

    例えば、東日本大震災で100億円の寄付をしたソフトバンクの孫正義氏、この人の今を見て「ソフトバンクは大きいから。」とか「金があるから。」など、ソフトバンクくらいの規模だから何でもできると思っているのはとんでもない間違いです。

    これは孫さん自身が社内でネタにしているから私も引用させて貰いますが、「毎日夜も眠れないほどのプレッシャーがあるから僕の頭を見てください、こんなに髪の毛が薄くなってしまいました。」と社員の前で話しています。 (←これは、大爆笑…?)

    ただし、この話は私が言っているのではなく本人が汐留にある本社内で、プレッシャーを持ちながら仕事をする責任についておもしろおかしく話しているだけで、決して私が言ったことではないから誤解しないでくださいね。 (苦笑)

    さて、ソフトバンクのことを経済評論家が適当に語るといい加減なことばかりですが、初期のソフトバンクで最大の危機だったのは、孫さんが病気で入院して会社が傾いた時のことがよく語られます。

    しかし、これはソフトバンクに取って危機でも何でもなく、孫さんは3日に1回は病院を抜け出して会社へ出ていたので、この入院していたのはそれほどの危機ではありませんでした。

    実はソフトバンクで最大の危機だったのは「ソフトウィング事件」と言って、孫さんが入院した時に今で言う派遣社員の人を入れて業務をさせていたら、ソフトバンクのノウハウを全て入手して退社した派遣社員の人が、孫さんの退院後にソフトウィングと言う会社を設立しました。

    そしてソフトバンクの取引先や仕入れ先に営業へ行って、ソフトバンクより高く買ってソフトバンクより安く卸すと言う作戦で、ソフトバンクの取引先を次々と取り上げてソフトバンクは売り上げが90%減と言う緊急事態でした。

    例えるなら毎月100万円の売り上げが毎月10万円になるのですから、この時はソフトバンクも一大事で倒産寸前でしたから、孫さんが入院したのは危機でも何でもないと本人も言っています。

    この事件は余り語られることはないから知らない人が多いと思いますが、この事件で大打撃を受けた後にフォーバルと共同で開発したNCC-BOXにより、ソフトバンクは新電電3社から莫大なロイヤリティを手に入れて大躍進が始まったのです。

    ソフトバンクには何回も危機が訪れているけれど、危機と言っても本人と世間では思っていた内容にズレがあり、危機と言う割には焦っていなかったり~実は凄い焦っていたりと、危機の中身は本人しか分からないことでもあります。

    私は例え話で「ソフトバンクを追い抜いて下さい」と言うことがありますが、それくらいの気概を持って生きて行っても罰は当たりません。 同じ人生を生きて行くのであれば「下を見るのも良し~上を見るのも良し」で、どちらを選んだ方が楽しいかと言う選択肢の問題だけです。

    孫さんは派遣社員に痛い目に遭わされた後、自分でも思いがけない大きな取引先がソフトバンクを助けてくれて、それをきっかけに今のソフトバンクになったのだから運命とは不思議なモノです。

    ちなみに孫さんは1980年代にはミカン箱の上にあがって、「豆腐を数えるように1兆2兆と売り上げを伸ばす!」と宣言していましたが、1990年代には折りたたみ椅子へとグレードアップして、2000年代の今は普通にお立ち台を使用しているそうです。

    なお、私はソフトバンクを例え話には出しますが携帯はdocomoでソフトバンクにする気はなく、その理由は私が住んでいる地域では通話ができないことと、ソフトバンクが企業や個人の情報を管理する場所が気になるからで、メールの内容など個人情報が○○へ筒抜けなのは余り気持ちの良いことではありません。

    あなたは危機に直面した時、どうやって乗り越えますか?

    (・0・。) ほほーっ



    お知らせ:業務多忙の為、ブログの更新は17日(月)より再開いたします。 いつも御予約頂き、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    谷中銀座商店街。

    おはようございます。 昨日も無事に東京より帰ってきましたが、今回の東京では珍しく土曜日は寄付の神様~日曜日はN市のIさんと食事へ行きました。 ブログに出ているから度々会っている印象があるかもしれませんが、お二人とも忙しい身なので滅多に会うことはありません。

    久しぶりに色々な話ができて勉強になりましたが、人生には色々あるけれど目の前のことを乗り越えて行くしかない、人生には乗り越えられない壁は目の前に立つことはないのです。

    なお、ここのところ横浜や東京で放射性物質が局所的に発見されていますが、その侵入経路は二つあって一つ目は車に付着したのをそのままにしていたことで、ボランティアも含めて相当数が福島入りしていた分を洗車したり粉塵などが徐々に溜まってきています。

    二つ目は鳥などに付着していた分で、放射性物質が付着した木の実などを食べた鳥のフンは防ぎようがありません。 だから放射線量が高いのは川~橋~側溝~公園が多いはずで、今後も鳥は暖かさを求めて南下していく可能性があるので対策は早く講じるべきです。

    さて、今回のデジカメの小部屋には商店街の風景が出ていると思いますが、ここはJR日暮里駅から歩いて行ける谷中銀座商店街で、長さで言うと100Mほどで幅も広いところで3~4Mと言う感じの小さな商店街です。

    しかし、画像を見れば分かるように人の波で溢れ返っていますが、この小さな商店街は駅からは遠いし駐車場も無い、それなのに人が多すぎて歩くのも大変と言う有様です。 行ったのは日曜日と言うこともあるのかもしれませんが、それでも人の数の違いは一目瞭然だから、やり方次第で人を寄せることは出来ると言う証明です。

    ここは谷中銀座と言って下町情緒あふれる商店街ですが、戦前は今よりも狭い単なる路地だった谷中銀座も、戦後は道幅が広がり道の両側には鍋や鎌や衣類などがところ狭しと並べられて売られていました。 昭和20年頃に復員した兵隊さん達が生きて行く為に、商売を始めて自然発生的にできた商店街と言う歴史があります。

    過去には何度も危機があったので決して平坦な道を歩んできた訳ではないのですが、10年ごとに三度の大きな転機がありました。 まずは昭和43年に千代田線千駄木駅の開通で人の流れが変わり通行量が激変した時で、次は近隣へ大きな食品スーパーが開店した時で、三度目は商圏内にコンビニが続々と開店と商店街も浮き沈みがありました。

    これらの危機を傍観ではなくバネにして対抗策を仕掛けて乗り越えてきたからで、次々と企画を考えて戦ったからこそ今があります。

    今でも人気が根強い「一割引特売、ビックリ市」などは30年余のロングヒットで、スーパー対策で始めた活性化の最大の貢献者であるスタンプ事業も24年を超えました。 この商店街は一度始めたことは少々赤字になろうともお客様の為に継続して、リピーターの確保など無駄のない効果的なイベント実績を残しています。

    次にハード面でも1999年より商店街の整備を行い、「人に優しく・来てみて楽しい・ちょっとレトロな!」と言うコンセプトで、高齢化社会を睨んだ歩きやすいアスファルトとカラー平板の併用を採用し、各商店には共通の庇と各店の個性を表現したデザインのぬくもりのある手彫りの木製看板、更に郷愁を誘うレトロ風な軒先灯を儲けて店の壁面には谷中の史跡40景を掲示しました。

    こうすることでお揃いの軒先灯と看板照明が商店街と店頭を照らしだして調和が起こり、組合員にも光の重要性を再認識してもらい営業時間の延長と夜型の現代社会に対応する、その素地ができる様な環境作りを進めた成果が出てきています。

    画像を見れば分かるように人の波が溢れているにも拘らず、谷中銀座は元気のある商店街として走り続けられるようにソフト面&ハード面を充実させて、どうしたら一番重要なリピーターの関心が呼べるかと言うことを常に考えて、各地の商店街でも共通の難問に対する仕掛けや工夫がなされています。

    「お金が無ければ知恵を出せ!」と言うように、谷中銀座もお金が無いから時代遅れと言われても、「後がない、待ったなし!」の商店街の現状ではカード事業への変更など、そこへ力を注ぐ余力がどこのお店もありません。

    今は何処でもポイントカードとなっているので、その長所は充分に知り尽くしているし研究も怠らないと言う姿勢はあるけれど、全国のポイントカードの余りにも多い失敗例を参考にして、体力のない商店街としては無理に背伸びをせず焦らず、当面はスタンプで行くとしたこともレトロ感で受けています。

    そして商店街はどこも抱えていると思いますが商店街は個人商店が多いこともあり、多くのお店は日曜休業をしていますが、「売れないから休み、休むから売れない」と言う悪循環が、大型店を有利にして商店街を蝕んでいることに気付いていないのです。

    商店街も規模の大小に関わらず経営者であると言うことの自覚を持ち、交替で休むことなどの工夫があれば活性化は難しくないと思うのです。 この谷中銀座は約3割のお店が休業していますが、他の店舗(特に行列の人気店)は年中無休か月曜休みなどにして営業しているので、商店街自体の集客力が落ちずに済んでいるのです。

    時代の流れを無視して日曜日は休むモノとか、夕方は5時までしか店を開けないと言うことではなく、生活様式や時代の変化に合わせてゆくのが商店街の生き残る道だと感じました。

    なんでもかんでも大手企業が勝つと言う訳じゃないし、あの広島天満屋ですら閉店して撤退~後にはヤマダ電機ができるようなので、未来を見据えたアイディアと実行力があれば生き残れるはずです。

    あなたは谷中銀座商店街へ、行ってみたいですか?

    ヾ(´▽`*)ゝあーい♪

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    天女。

    おはようございます。 今日の倉敷は青空ですが素敵なお客様の心も澄みきった青空のように、どこまでも果てしなく気持ちの良い感じが広がるのではないかとワクワクしています。 毎日素敵なお客様にお会いできることは、私は生きる糧を与えて頂いているのと同じで、今日も自分を厳しく律して行きたいと思います。

    素敵なお客様の未来を視た時に明るい未来が視えないことはなく、どんなに不運な時であろうとも一筋の光明と言うべき道は視えてきます。 天女のように素敵なあなたの未来が明るく無ければ、それは日本の未来が明るくないと言えるほどの素敵なあなたの人生なのです。

    私がブログ内でも鑑定の時でも素敵なお客様方のことを天女と言うのを、大袈裟に感じる人がいるかも知れませんが、私が視ている素敵なお客様方の行いは称賛されることはあっても、非難されることはないと断言できるほどに素晴らしい感動を頂いております。

    まさに天女と言っても過言ではない行いの数々ですが、もしも天女に見えないと反論する人がいたとするならば、それはピントがあってないのか角度がずれているのかのどちらかで、素敵なお客様方は愛されるべき天女の方々だと思うのです。

    人は同じ生きていると言うのであれば夢は豪華に大きく持つべきであり、その結果に対して少し神経質になりすぎなのが日本人の悪い癖です。 夢と言うのは叶わないのではなく「叶う前にやめてしまう」から叶わないだけであり、途中でやめた場合は叶わないのではなく結果不明が正確です。

    夢と言うのは逃げる訳ではないから何度でもくじけずにアタックするのが、輝ける未来を手に入れる人の共通点だと思います。

    その何度でもやりたいことへチャレンジしている姿が美しいのであり、そうやって一生懸命に打ち込んでいる姿こそ魅力溢れる姿となって周りの方々を引きつける、それは夢に向かって一つの階段を登るのと同じことではないかと思うのです。

    素敵なあなたは天女、そう言い切れるほど素敵なお客様の行いは美しいモノで、あなたの行動が人々の胸を打って鼓動を激しくする、その鼓動の広がりからやがては大きな一つの波となり、未来を次々に変えていくはずだと私は信じているのです。

    人生と言うのは辛い時もあれば悲しい時もあるので、あなたの素敵な瞳が涙で滲んでまつ毛から頬へ伝わり流れ落ちたなら、それが虹となってあなたを優しく守ってくれるかもしれません。

    人生には順調な時ばかりではなく真実を知ることで痛みを知ることもあり、その痛みがやすりや砥石のように自分自身を磨いてくれた時には、ちゃんと光があなたを導いてくれる準備が整っているはずです。

    人はもう少し自分を大切にしてもいいと思うのですが、人は自分のことを卑下しすぎて実力が出せなくなっていることがあります。 自分が大したもんだと思いすぎたら、成り金オヤジのように態度がでかくて人をボロカスに言うろくでなしになりますが、卑下しすぎるのはネガティブ過ぎて実力が開花できなくなります。

    もしも、ネガティブになってしまうようであれば鏡の中の自分を見つめてみると、そこには才能溢れる輝かしい未来を持つあなたと言う素晴らしき天女が瞳に映るはずです。

    卑下する時と言うのは心に刺々した部分が芽生えている時であり、それを無くして行けば眩いばかりの奇跡が起きると信じて欲しいのです。 心が刺々しくなるのは自分がひとりだけで何もできていないと、孤独の荒野を歩くかのごとく寂しさを感じてしまうからです。

    しかし、私は天女のように素敵なお客様には花が咲き誇るかのように、きっと素晴らしい人や感動できる体験に出会うことができると、私は素敵なあなたの素敵な未来を信じているのです。

    人は何かに躓いた時には考えなくてもいいのに、つい「絶望」と言う言葉が頭をよぎります。 そんな言葉を思い浮かべなくてもいいはずなのに、ついつい悪いことを考えて未来を暗く考えがちですが、そんな言葉は忘れてしまえばいいのです。

    あなたの美しい瞳が生み出す優しいヒトトキ、あなたのダイヤモンドみたいな輝きが生み出す癒しのヒトトキ、それは切ない思いを乗り越えて進んでいるからで、あなたの悲しみの分だけ天女の輝きは増して行くはずです。

    心が震える時と言うのは心が感動して何かをせずにはいられない時であり、その震える心に嘘を吐いてしまうと自分を騙すことになるのですが、どんなに巧妙な詐欺師でも自分を騙すことはできないのです。

    つまり、どんな人であろうと自分の心を騙すことはできないから、やりたい気持ちに嘘を吐くと悲しさが増すだけで、やらなければならないことはやることが一番輝ける未来になるのです。

    私は素敵なお客様にお会いすることで心が洗われる様な清々しさを頂いているので、そういう力をお持ちの素敵なあなただからこそ、きっと運命は味方するに決まっています。

    あなたは天女の自分を、開放することができますか?

    ( ̄◇ ̄)ポケー

    お知らせ:出張の為、ブログの更新は13日(木)より再開いたします。 いつも御予約頂き、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    アップル。

    おはようございます。 今日はブログの更新が少し遅れた理由ですが、本来は違う内容のモノを用意していました。 ところが先ほどスティーブン・ポール・ジョブズ氏(享年56歳)が亡くなったと言うニュースが流れたので、急遽書き換えたので更新が遅れてしまいました。

    2004年に膵臓ガンと診断されていましたが、その時には治療可能で療養後に復帰しました。 その後もジョブズ氏の健康問題が取りざたされたのですが、しばらくは平穏状態だったけれども2011年1月18日に休職することが発表されましたが、CEOにはとどまり大きな戦略的決定には関与するとしていました。

    しかし、2011年8月24日に取締役会へ辞表を提出してCEOを辞任していましたが、この時には既に自分の死期を悟っていたのかもしれません。

    スティーブン・ポール・ジョブズ氏は、多くの人が手にしているアップル製品の産みの親でありアップル社の共同設立者の一人で、そのカリスマ性の高さから発言や行動が常に注目を集め続ける人でした。 なお、アップルジャパン公式サイトでは「スティーブ・ジョブズ」と表記してありますが、故人に敬意を表して正式な名前で書いています。

    ジョブズ氏はアップルの設立者なのにアップルを追い出されたり、またまた出戻ったりと波乱万丈ですが、お金が目当てて仕事をしていた訳ではなくより良い製品を作る、これを実践できていた数少ない経営者と言うかアーティストと表現できる人でした。

    もはや潰れるしかないと言う状態だったアップルへ復帰してからの活躍は、「iPod・iPhone・iPad」とアップル社の業務範囲を、従来のパソコンからデジタル家電とメディア配信事業へと拡大させたことでも分かります。

    アメリカでは珍しくジョブズ氏は給料を受け取っていないCEOで、就任してから基本給与として年1ドルしか受け取っていないことで有名です。 この1ドルは居住地の州法により社会保障を受ける為に給与証明が必要なことからで、実質は無給でずっと働いているCEOでした。

    ちなみにジョブズ氏は「トイ・ストーリー」の産みの親でもあるのですが、あのCGアニメを作りだしているピクサー社はもともとジョージ・ルーカス氏がオーナーでしたが、お金が必要となってジョブズ氏へ売却したのです。

    ピクサー社は途中でディズニーの子会社になったので自動的にディズニーの個人筆頭株主となりましたが、それと同時にディズニーの役員に就任、ところがディズニーからの役員報酬は全て辞退と「お金以外が働く目的」を実践している人でした。

    アップルと言う社名はジョブズ氏が付けたものですが、その由来はジョブス氏の胸の中にだけあり誰も本当のことは知りません。 所説は色々あるけれど相棒だったウォズの説によると、ビートルズのレコード会社として有名なアップルから思いついたのかもしれないとのことです。

    ジョブズ氏の人物像と言うか評価は真っ二つに分かれていて、天才か独裁者と言われることがほとんどで、社員は怒鳴り散らされたり評価されたりとジェットコースターのようでした。

    部下に対して高い目標を提示して精力的に優れた仕事へと導く理想の上司ですが、ジョブズ氏の要求する水準を満たさない社員に対しては放送禁止用語だらけの罵声とか、その場で即クビにするなど訳が分からない時もあります。

    アップル社内ではジョブズ氏とのミーティングの前には、「自分は既に死んだ」と暗示をかけてから挑む社員もいましたし、アップルでは社員がリストラされる時には「スティーブされる=クビになる」 と言う隠語が生まれた程です。

    ただし、ジョブズ氏からすれば「信念を持っていない意見やアイデアは無視する」と決めていて、iPodと言う名称も採用する前に2度却下している程です。

    ジョブズ氏は日本のPCメーカーを「海岸を埋めつくす死んだ魚」と表現していましたが、ジョブズ氏自身は日本の文化に関しては関心も高く日本食を好み蕎麦が好物です。 アップル本社の食堂Cafe Macsにはジョブズが考案した「刺身ソバ」なるメニューがあるし、Cafe Macsで働く日本人スタッフはジョブズ氏の為に築地で蕎麦打ちの修行をした程です。

    なお、ジョブズ氏とマイクロソフトのビル・ゲイツ氏は同い年で独特のライバル関係にあり、世間では確執が語られることが多いけれどプライベートでは親交がありました。

    日本の部品メーカーはアホだなぁと思うのですが、ジョブズ氏の気分にムラがある点や独断変更や有無を言わせない精度要求など、その辺だけをクリアしていれば今頃「iPod・iPhone・iPad」の部品は日本製で、「どれだけ日本企業に利益をもたらしていたか」を考えると、先を読む力や交渉力と言う点で日本企業は負けています。

    アップルの先行き不安な今こそ、日本の部品メーカーはアップルへ売り込みに行くべきで、韓国や中国に奪われたシェアを奪回するのは今なのに、動こうとしない日本の部品メーカーは「用心深いのか⇔臆病なのか」は分かりませんが、ジョブズ氏は冒険しない企業や自由な発想の無い企業は嫌いだと思います。

    あなたはスティーブン・ポール・ジョブズ氏を、知っていましたか?

    v(*'-^*)-☆ ok!!

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    口パク。

    おはようございます。 今日の倉敷は雨模様ですが素敵なお客様の心は晴れ模様、そのお手伝いができるように私自身を厳しく律して、怠けないよう日々の精進を欠かさずに努力して参りたいと思います。

    しかし、いつもすぐに切り替えるのは難しいので時には気分転換も必要ですが、気分転換と言うのは何かをすれば効き目があると決まっているのではなく、食べることで発散する人もいれば旅行へ出かけて幸せな気分になれる人もいます。

    ただし、気分転換のつもりが逆のパターンもあるのが難しいところで、美味しいモノを食べに行ったはずなのに不味かったなんて言うのは、気分転換どころか最悪の気分になるかもしれません。 旅行へ出かけても楽しめるどころか、逆にトラブル続出で嫌な気分になることもあります。

    他にも気分がスカッとすることのひとつにコンサートがありますが、好きなアーティストの好きな歌を聞いてストレス発散、そんな時には日常生活を忘れて弾けることができる瞬間だと思うのです。

    私も氷室京介さん~LADY GAGA(ガガ様)など、日本を支援してくれているアーティストへは日程が合えば行きたいのですが、2~3時間のライブを見るのもアリーナとかで見るとかなり体力がいると思います。

    アーティストは歌うだけではなくダンスなどもあるのから、毎日毎日だと体力維持や体調管理なども大変だと思うし、その辺をどうクリアするかは個人個人の力量ではなく考え方で、体力維持など日々の節制に努めていなければとても務まりません。

    そう言えば6月に芸能人のWさんが「ガガは口パクだ」と何度も言っていましたが、日本へ多大な支援をしてくれたLADY GAGA(ガガ様)は口パクではありません。 歌詞をところどころ「I LOVE JAPAN」など変えていたのと、音域(音程)を変えていたのでCDとは全然違うからです。

    Wさんは歌手なのに音域の違いや歌詞の違いが聞き取れていなかったのか、自分が口パクばかりしているから相手もそうだと思い込んでいたのかもしれません。

    「口パクって何?」と思うかもしれませんので説明ですが、口パクとは音声とシンクロさせて口を動かすことで英語ではリップシンクと言い、実際には声を出さず口だけパクパクと動かすことから名付けられました。

    インド映画などは最初から口パク前提だから他歌手によることが多く、「プレスコアリング」と言うプレスコ専門の有名な歌手もいます。 収録済み歌唱に合わせて口を動かし、あたかも登場人物が歌っているかの様に演出する技法のことです。

    インド映画の場合は口パクが職業として認知されているけれど、それはアニメの声優さんと同じだから職業として成り立つのです。

    では、ライブなどにおける口パクについての説明ですが、日本の初期の音楽番組ではスタジオ設備の都合上の演出で、技術的に口パクにせざるを得ないことがあったのですが、今は出演者や芸能事務所~レコード会社~テレビ局側の意向で行われています。

    特に新人歌手などはCDを売り出さなければいけないのに歌唱力が不十分、そういう時には口パクで出演することで歌が上手いと認識させるのです。

    最近の口パクは技術が上がってきたので、ヴォーカルトラックを使い音響スタッフの操作により高音部やダンスの激しいパート等を口パクにして、生演奏と口パクを組み合わせるなど、口パクを見抜くのは難しくなってきています。

    ライブで実際に発声しているように見せる口パクは、「ライブ (live)」と言う単語が「生演奏の~」と言う意味を示しているので、実際には歌っていないのであればライブと言う名目は少し違ってくるのかもしれません。

    ただし、演出の都合で敢えて口パクを選ぶ場合があり、激しいダンスパートのある歌手はライブでのダンスパフォーマンスのクオリティーを上げる為、敢えて口パクを選ぶことがあります。

    また、口パクと言えば口パクになるのですが、最近はバッキング・ボーカル手法などの技術により、生声を出力する際に電子的な処理をリアルタイムで付加&調整して、実際に歌っているのだけれど生の声とは違って聞こえる歌手の人もいますが、これは口パクには分類されません。

    口パクを見抜く方法はコツを覚えれば簡単ですが、それは知らない方が幸せかもしれません。 知ってしまえば口パクかどうかを知りたくなるし、分かった瞬間にライブの楽しさが半減してしまいます。

    例えば、芸能人のカツラについて真実を知ってしまったら、その人がTVに出てきたら頭にばかり目が行くようになるのと同じ原理(心理?)です。 (←これは微妙なネタです。)

    ライブの定義は色々あるかもしれないけれど実物を目の前で見ることができるのだから、余り口パクをうるさく言うとマジックの種明かしをするようなものかもしれません。

    あなたはライブが口パクでも、心を広くして楽しめますか?

    (@ ̄◇ ̄@)。。。oO○

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    運命の判定。

    おはようございます。 今日もワクワクドキドキがあるならば、未来を明るく感じることができます。 未来と言うのは自分が作り上げることができるから楽しいのであり、自分ではどうにもならないとか、未来が決まっているのであれば誰も努力しなくなるのです。

    未来はドンドンと良くなっていく言う気持ちがあれば、少なくとも後ろ向きになることは無いのですが、未来が見えないとか切羽詰まった状況では嫌気がさしても当然です。

    私も未来が見えなかった時には自暴自棄になっていましたし、自分の未来はこのままで終わるつまらない人生だと思っていました。 どうせ何やっても変わらないと思いこんでいたし、自分が動いたことろで何も変わらないとあきらめていました。

    しかし、それは大間違いで全ては自分が悪いだけでした。 泥沼で生活せずに花畑に移れば良かっただけで、自分が思いきって動いておけば変わりまくる人生があったのに、私は今まで何を遊んでいたんだろうと反省するくらい時間の無駄使いを後悔しています。

    2011年10月現在で20代とか30代の人はまだまだ遅くはないし、40代や50代の人でも自分の人生は自分が責任を取ると言う気持ちでいれば、いくらでも動き始めることができるはずなのに、できない言い訳探しをして自分を納得させようとするのは後悔するはずです。

    人間と違って運命と言うのは公平なのですが、人は親しいとかメリットがあるなどの理由により、物事が公平に見えなくなることがあります。 それは人である以上は仕方がないと思いますが、運命と言うのは誰の肩を持つこともなく公平に取り扱ってくれます。

    例えば、離婚問題などに当てはめればよく分かるのですが、あれだけ愛し合って結婚したのに別れるなんて言うのは最初から問題ではありますが、それは今日の本題ではないので次の機会にします。

    では、ここからが本題ですが人の気持ちは変わることがあるから別れも仕方がないとして、それでも言い争い続けて調停から裁判へと流れて行くのはどうしてなのかと思います。 愛し合っているなら相手のことを思いやるはずだから、「自分と別れて幸せになるなら、相手のことを思い別れよう…。」となるはずです。

    ところが現実には調停や裁判が横行しているから、愛し合っていない夫婦の方が多いのかなぁと思えてきます。

    夫婦の間であることは夫婦にしか分からない問題で、外野があれやこれやと言うことではありません。 本当のところは夫婦の間でしか分かり合えないことだから、運命がどう判定するかと言うのが、見極める一つの指針となるはずです。

    夫婦がケンカの末に分かれたとしても真実は一つだから、水掛け論に見えるのは人が判定する場合であり、運命は水掛け論どころはキチンと判定をしてくれます。

    それは別れた夫婦(恋人)の後を追いかけて行くとおのずと判明してくるのですが、片方は別れて幸せになるけれど片方は別れた後に散々な目に遭う、これこそが運命の判定と言うべき答えになると思うのです。

    当事者同士の間での言い合いは当事者同士の正義で行うことですが、それをどちらの言い分が正しいのかの判定は自動的に運命がしてくれるのです。 その判定結果に異議を唱えていると次々と試練が待ち受けているし、その判定を受け入れて次への糧としたなら今度は良いことが起こる番になります。

    本当に正しいことや正直なことをしている方が酷い目に遭うことは少なく、もしも酷い目に遭ったとしたら一時的なことだし、その分だけ幸せなことが上乗せされて良かったと思えるように運命の判定が下るはずです。

    昔は事務所を出す場所を探して岡山駅周辺の商店街やテナントビル~倉敷駅周辺の商店街やテナントビル、更にはイオンモールやゆめタウンなど色々ところへお願いに行きましたが全て断られました。

    何の信用もない私が場所を貸して欲しい~テナントへ入居させて欲しいなんて、今から思えば「そりゃ、言う方が無理…。」と貸して頂けなかったのは当たり前で、知名度と信用がなかった私が全て悪いのです。

    今から思えばネタとなる笑い話ですが某テナントビルの担当者さんに、「あんたみたいな人間は、いつおらんようになるか分からん。 うちは品格あるまともな人間しか入居させん。」と言われたのも懐かしい話です。

    なお、そのテナントビルは2010年12月31日で閉店したから、「おらんようになった」のはテナントビルの方なので、これもひとつの運命の判定ではないかと思うのです。

    向かい風の中を苦労して進むのが人生ではなく、追い風の中で進行方向を決めていけるのが人生、その代わり流れに翻弄されることも必要と受け止めることができたなら、その時には運の後押しも期待できると思うのです。

    あなたは運命の判定に、気付いたことがありますか?

    ☆8(^-^8")(8^-^)8"☆

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    あなたができること。

    おはようございます。 今日も素敵なお客様には良いことがあり、私も素敵なお客様にお会いできることが幸せです。 意識は願い事を叶えてくれるのですが、とんでもないこと以外は信じきる自分の意識が良い方向へ導いてくれてます。

    最近の日本を見て不安になる気持ちは分からないでもないけれど、今の日本の状態を選んだと言う選択肢は国民が選んだことで誰も強制していません。

    確かに今の日本は酷い状態ですが前向きに考えれば全体の学びで、選挙についてもノリで適当に投票するのは止めようとかTV局は偏向報道ばかりなど、色々なことが経験できたのは良かったと思えば、今の惨状も未来への糧や財産とできるのかもしれません。

    ここまで来たら個人の力ではどうしようもないので、個人個人が自分の人生を大切にすること、これが原点でありスタートだと思うのです。 今すぐには何もできないけれど、まずは自分の人生を大切にすること、そうすれば何を行動するべきか~何を考えるべきなのか、それが分かってくると思うのです。

    これからの日本は先を読む力が必要と言っても、完全に読み切るのは神様以外に誰もできないのが本当のところです。

    「これからは世界の流れを読まないといけない」と言う話を、誰しも一度や二度は上司や男性社員から聞いたことがあると思いますが、世界の流れが実際にはどれだけ自分の生活に影響があるのかは誰にも分からないのです。

    実感する時と言うのはスーパーで日常の買い物が高くなったとか、いつも買える物が入荷しないなどの不自由を感じた時、ようは自分の生活に悪影響が出た時にだけ疑問が出てくるだけで、その時になるまで実感がわかないのが世界の流れです。

    特に男性は世界経済と言う言葉が好きで、世界経済について語れば自分が偉いと思われるかの如くとうとうと語り始めるのですが、世界経済を語る前に自分の経済を語ればいいのにと思います。

    いくら世界経済を語ったところで未来は予測できない、本当に経済学者や評論家の言うことが正しいのであれば、リーマンショックは起きていないし~超円高時代も来ていません。

    何より民主党政権になれば日本が良くなると断言していた評論家の先生方が、今は民主党を叩いているのは「アホちゃいまんねん、パーでんねん!」のギャグみたいです。 分からない、読めない、どうすればいい、こういうことが常に起こるからこそ人生であり、何が起こるか完璧に分かっていたら人生の80%は退屈します。

    瞳を閉じて未来を創造する、ふとした時に未来へ期待を巡らせる、分からないからこそ~変えられるからこそ未来は素晴らしい、自分の想いは叶うと言うことを前提に都合良く物事を考える、それもたまには自分の意識の活性化には良いことだと思うのです。

    私は相談を受けた時にはできるならば悪いことは言いたくない、できるなら良いことだけお話しして笑顔でお帰り頂きたい、それが理想ではあるけれどそうもいかないのが私の未熟なところで、どう伝えれば不快な思いをさせないことに繋がるのか、私もまだまだ勉強が足りません。

    これから先に起こることは変えられる、未来と言うのは変えられるからこそ素晴らしい、だからこそ修正しなければならないこともあります。 大きなこと(国レベル)はすぐには出来ないけれど、小さなこと(個人レベル)ならすぐに取りかかれる、考えたらすぐにできることから始めるのができることになると思うのです。

    私は個人的に何ができると問われたなら何もできない愚か者ですが、愚か者は愚か者なりに進んで行きたい、何ができるか分からないけれど何かせずにはいられない、その気持ちを忘れずに少しずつでもできることをして行きたいと思うのです。

    日本の経済がダメになると国民全体の生活が安定しない、生活が安定しないと心に余裕が無くなる、そうなると人のことより自分のこととなってしまう、そんな荒んだ日本にならない為に何ができるのか、そこも忘れずに行動して行きたいと思います。

    個人個人でも考えるだけなら色々と思いを巡らせることは出来るので、イザと言う時に自分の想いを発言できる、その為には常に頭を働かせているのもひとつで、問われたらどうすると考えていれば、自分自身の成長にもなると思うのです。

    近未来で私が危惧しているのは地方の働く場所が無くなることで、もしも倉敷市の三菱自動車水島製作所が2017~2018年頃にタイへ移転したら、経済基盤となる根幹企業がいなくなるので地域の経済は破綻します。 (架空の例え話です。)

    他にも例えるなら、井原市のシャープタカヤが2016年に中国工場へ完全移転したら…、JFE西日本製造拠点(倉敷&福山)が2019年にインドへ移転したら…、玉野市の三井金属鉱業日比製煉所が2017年にインドネシアへ移転を決めたら…、総社市の工業団地が2021年に丸ごとタイへ移転したら…、これはマジで地域の経済が揺らぎます。

    もしも上記のように次々と移転したら1番に下請けの町工場が潰れて、2番目に運送業が潰れ~3番目に飲食と販売がダメになり、後は不動産~建設と雪崩式に経済がダメになります。

    これらの対策はあるけれど個人ではすぐには出来ない、ならば万が一になった時に対処できるようにしておく、それが個人のできる唯一の対策だと思うのです。

    あなたができること、それは何だと思いますか?

    ∑( ̄Д ̄;)なぬぅっ!!

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