徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    余命。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様が幸せな気持ちでいられること、素敵なお客様が自由に何でも行動できる健康は奇跡であり、五体満足でいられるのは本当にとても幸せなことです。

    季節の移り変わりを追いかけることができるのは五感で感じるからこそで、見る~聞く~香る~味わう~触れると言うことがなければ、今の人生はどれだけ不遇を感じることか分かりません。

    人である以上は不平や不満が出てくるのは当たり前ですが、その不平や不満に向き合ってみるのも時には良いことだと思うのです。 今の自分は不幸ではなく幸福ではないのかと言う気持ちが芽生えてくると、自然と感謝の気持ちが芽生えてキラメク思い出がよみがえることもあると思うのです。

    人には誰しも必ず寿命と言うモノがあり、100歳まで行きたくても寿命が80歳だと100歳まで生きることはできません。

    医師や看護師さん~他にも介護士さんや老人ホームで働く人など、仕事上で死と向き合うことが多い方は、亡くなって行く人を目の前にして「生きたい」と言う思いをどのように受け止めているのか、人は自分が死を目の前にした時に人間としての器量が問われるのです。

    私は今までの人生において岡山でも東京でも札幌でも、占いで鑑定して貰ったことがありませんし、霊能力者やスピリチュアルカウンセラーに視て貰ったこともありません。

    だから正直に申し上げると「分からない?」と言うのが本当のところなんですが、占い業界で生きている先生方は「死」と言うモノへ真面目に対峙しているのか、それともお金儲けなど不真面目に対峙しているのか、その辺のことが私には分からないのです。

    何かあればすぐに先祖の墓参りをしろとか~家の四隅に塩を盛れなど、判で押したように同じことを言う先生が多いような気がします。 そして水子が憑いているとか~自縛霊が憑いているなど悪いことを言って不安にさせて、お祓い等でお金を稼ごうとしているような感じも見え隠れします。

    そうでなくても霊感商法と言うような悪いことを言って不安を煽り、仏像やパワーストーンなどを売りつけることも横行しています。

    善良な占い師さんは「鑑定だけ」と言うのが目安ですが、普通に考えて鑑定で忙しければ物品販売など怪しげなことをする暇がありません。 また、占いを本業にできないのに、人の運命を見るのも少し違うような気もします。

    何故このような話をするのかと言えば、占い業界はお金儲けの為に嘘や適当がまかり通っていますが、それは本当に死と向き合える先生方が少ないから適当がまかり通るのかもしれません。

    私はお越し頂いている素敵なお客様の余命は嫌でも視えてしまうのですが、私は目の前にいる方々に残された命の時間も視ながら霊視カウンセリングをしています。 (ただし、占い師は絶対に相手の寿命を占ってはいけない、それは占いをする上で基本中の基本です。)

    人生と言うのは生まれてきた瞬間から死と向き合う作業の繰り返しなのですが、息をしないと死んでしまうし~ご飯を食べないと死んでしまう、毎日繰り返しているのは死なない為に必然だから、人は死に向き合うことが生きることへ繋がるのです。

    私は色々な御相談をお伺いしていますが、癌になった方が手術が成功するかどうかを聞きに来られたり、膠原病の方が激痛の中で自分の未来はどうなっているのかを聞きに来られたり、余命を病魔と闘いながら一生懸命に生きて行かなければならない、それを目の前で視ながら霊視カウンセリングをする、その辛さや悲しみは私の中で痛みや葛藤となります。

    人は色々な場面、卒業や進学~就職や転職~恋愛や結婚など別れは身近に隠れているのですが、死と言うのは別れの中でも最上級の辛さであり、愛する人が亡くなると言うのは信じられないほどの悲しみや苦しみなのです。

    私は余命に付いて気軽なことや適当なことは言えないのですが、善良なる占い師さんは人の死に付いて軽々しいことは言わないはずです。 今まさに目の前で亡くなって行く瞬間、人の命の灯が消えてゆく瞬間において、「それはあなたの学びです。」なんて私には言えません。

    私はお越し頂く素敵なお客様の寿命に付いてお話しすることはありませんが、人生の残り時間を考えると夢は追いかけて実現させなければ、あっと言う間に気が付いたら人生は終わります。

    人は輪廻転生で生まれ変われば再び人間として生きることは可能ですが、その時には前世の記憶はないから一から始める、人の魂と言うか人生は常に一から始める繰り返しなのです。

    だからこそ与えられた命を一生懸命に生きなければ勿体無いし、一から始めるではなく新たなことを経験できると考えれば、前世から生まれ変わって今を生きることそのものが挑戦し続けることになると思うのです。

    あなたの人生が輝く、あなたの夢が叶う、あなたの思いが伝わる、そういう悲喜交々な喜怒哀楽が人生の証でもあり、あなたの人生は今までも~これからもずっと輝き続けると、私はあなたの未来へ期待と可能性があることを信じているのです。

    あなたは余命について、考えたことがありますか?

    Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は6月2日(木)より再開いたします。 いつも御予約頂き、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    欲しい。

    おはようございます。 今日も素敵に輝く未来が待っているあなたには、運命も素晴らしい微笑みを向けてくれるはずです。 笑顔で輝いているあなたが生きている、その意味はとても重要な積み重ねになるのです。

    私は何かが欲しいかと聞かれたら健康とか素敵なお客様の笑顔など、形あるものではなく目に見えない内容が一番に来るので、いざ欲しいモノがあるかと聞かれたら特にありません。

    私は年中無休で365日、必ず事務所に出ています。 移動の時は仕方が無いけれど、それ以外は岡山か東京かは別として必ず霊視カウンセリングをしています。 素敵なお客様より大変ですねとか、お疲れになりませんかなどと優しい言葉をかけて頂けるのですが、実は全く疲れることがありません。

    事務所の大掃除やリフォームをしていて疲れることはあるのですが、霊視カウンセリングをしていて疲れることはありません。 正確に言うと一日が終われば疲れが出ることもありますが、次の日にはまた元気で素敵なお客様にお会いできるのです。

    私は霊視カウンセリングをしていて疲れると言うよりも、素敵なお客様にお会いできることで感動を頂いたり、生きるエネルギーを頂くことの方が多いのです。 仕事に向ける使命感や商売にかける情熱、そしてときめくような恋や悲しくて切ない恋など、色々な御相談をお伺いすることで人として感動を心に刻み込んでいます。

    人は誰にも相手にされないと言う無関心が一番辛いのですが、何事も相手にされないと言うのは心の傷となります。

    昔の私は人並みにお金や車などが欲しいと思ったし、人並みな欲求と言うのか欲望と言うのか、いわゆる欲しいと言う気持ちは大いにありました。 あの当時は今から思い返しても恥ずかしいことばかりですが、どうしてあんなに欲しい欲しいと欲しい病に掛かっていたのかと思います。

    欲しいと言うのはモノだけに留まらず、休みが欲しいとか給料がもっと欲しいなど不平不満だらけでした。

    仕事が面白くないと感じていたし、どうして自分だけ辛い目に遭うのかと悲観していたのですが、今から思えば被害妄想のケがあったのかもしれません。 県北の人とうまくやるには県北の人と同じことをしていれば何もなかったのに、余計な正義感を出したりせずに成すがままに流されていれば楽ができていました。

    ただし、そんな生活をしていたら霊視カウンセラーにはなっていないどころか、新聞紙上を賑わして刑務所行き確定だったので、どっちの生活が良いかは人の考え方にもよると思います。

    さて、話は戻りますが仕事をしていて辛いと感じる時と言うのは、その物事だけに集中して他に考えることが無い時に辛く感じたりします。

    分かりやすく例えるなら、仮に皿洗いをしているとします。 普通なら毎日毎日同じことばかりでつまらないとか、もっとやりがいの仕事があるのではないかと言う気持ちが起きるのは当たり前だと思います。

    昔の私なら皿洗いをしろと言われてもぶつぶつ言って、不平不満を言いながら面倒くさそうにやっていたと思います。 今の私ならどう思うかと言えば、「このお皿を使う人が幸せになれるように」と思いながら皿洗いをします。

    同じ仕事をするのであれば楽しくしたい、楽しくする為にはどうすればいいかと考えて、仕事を遊びに変える工夫をすると思います。 遊びと言ってもだらだらするわけではなく、仕事の中身を真面目に一生懸命にすることが自分を助けます。

    皿洗いが嫌だと言うのなら「何の仕事ならいいのか?」と言う矛盾に辿り着くし、なりたい仕事があっても今度は人間関係とか上司など、他に不平不満を見つけてしまうのではないかと思うのです。

    人は欲しいモノがあるのが欲の部分ですが、欲しいと言うのは何で欲しいのかを考えてみると、それを手に入れることが何になるのかと言う矛盾にたどり着くこともあります。

    欲しい欲しいと次から次へと欲を生み出していると、いつの間にか人間としての品格を落としめてしまうのです。 自分が欲しければ何をしてもいいと言うのであれば、それは人間としてではなく餓鬼の世界になってしまいます。

    幸いなことに日本はわびさびのある国だから、欲しければ何をしてもいいと言う国民性ではありません。 自分の中にある我欲と言うか、鍛えなければならない部分を人は自然と気付きます。

    もしも気付いたなら、その部分を解消することで次なるステップへ上がり、自分が生きていることを証明できるようになります。

    私は自分に対して欲しいモノはありませんが、素敵なお客様が「笑顔で輝ける時、素敵な恋ができる時、幸せな時間を過ごせる時」など、そういう時間が人生の大部分を占めるようになって人生の充実感を感じて頂けることが、私に取っての大切な願いです。

    あなたが欲しいと思うのは、何ですか?

    ☆^(o≧▽゚)oニャハッ

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    ブログ。

    おはようございます。 今日も素敵な一日の始まりですが、人は完璧じゃないから落ち込むこともあります。 人は批判に弱い生き物だから良いことをしていても、1000人中1人が批判すれば999人は褒めてくれているのに、たった1人が貶す方を気にするのです。

    私なんか気が弱い上にクヨクヨと気にするタイプなので、過去のことを忘れないのは不幸かもしれません。 知識を得ると言う点では記憶力はある方が良いのかもしれませんが、「あの時には、あんなことがあった」なんて過去の出来事を全て覚えているのは、いつまでも心に負った傷が癒されないことになります。

    それでも私は運命に助けて貰ったと言うか~どん底人生に一発逆転があったのは、素敵なお客様に出会えたからだと断言できます。 目の前にいる人は良い人、出会う人は善意のある素晴らしい人、今の私はお越し頂く全ての方を素敵なお客様だと信じているから、今日はどんな素敵な方に出会えるのかとワクワクドキドキしています。

    人は最低なところにいた時にはホンの少しのことが嬉しく感じるモノですが、お腹が一杯の時は高級レストランでも美味しくないけれど、山で遭難した時にはおにぎり一個がものすごく美味しい、だからこそ私は普通に食事ができる今を凄く幸せだと思います。

    私は自分に自信が無いから素敵なお客様にお会いできると、「あぁ、なんて素晴らしい方なんだ!」と感動してしまうのです。 毎日が感動の積み重ねであり、私はいつも素敵なお客様に勉強させて頂いているのです。

    その勉強を蓄積した積み重ねが日々の成長であり、私がブログを更新できるのも素敵なお客様から学ばせて頂いているからです。 私のブログをくだらないと感じる人がいても当然ですが、それが先ほど書いたように1000人中1人なら、楽しみにしている999人の方を優先するのでブログを止めることはありません。

    私は実名でブログをしているので、ここへ書いていることは全て私が書いたと誰もが分かります。 書いた内容に対して賛否両論あるとは思いますが、私の個人的意見に対して嫌だと感じる人は読まない~良いと感じる人は読む、どちらかに分かれるのが自然です。

    ブログと言うのは圧倒的に匿名の方が多いのですが、実名を公開すると人目を気にして書く内容に手加減が出る、そういう意見がほとんどだと思います。 特に批判的な意見を書く時(内部告発)や際どい内容の時は、実名で書いて特定されるのは誰しも嫌です。

    私が実名でしているのは自分の意見を正々堂々と隠れずに発信したいからで、何かについて意見を言う時や人を批判する時に匿名でコソコソ言うなんて、それでは自分自身の成長がないと考えているからです。

    また、実名でしていると自然と内容に責任を持って書くようになるし、余計なことは書かなくなります。 私のブログはマダマダ実行できていないけれど、グチより建設的な意見を書く方が気持ち良いし、誰かに見られている意識があればピシっと襟を正すことにもなります。

    それに実名でブログをすると読んでいる人が、私のことを自動的に選別してくれます。 私のブログは閲覧自由だから、内容に共感できれば近寄ってくる、内容が気に入らなければ遠ざかって行く、それが私の知らないところで自動的に行われます。

    昔から類は友を呼ぶと言われるように違う考えの人同士は、基本的に出会うことはありません。 それが出会ってしまうからケンカになるか~嫌な思いをするかで、どちらにしても良いことにはなりません。 それが実名を晒すことで自動的に選択されるので、同じ考えや方向性の人と知らないうちに関わりを持つことになります。

    「寄付、ボランティア、誰かの役に立つ、相手を幸せにする」など、このような思いを持っている人は私に共感するし、その逆なら私に興味を持つことはないと思うのです。

    私は日本の未来が非常に不安になって3月12日より、「震災~原発~政治」について真実や対策を書いてきました。 その内容について「いい加減なことを書くな」と、不快に感じた方がおられたかもしれません。

    しかし、5月23日のニュースでご覧になった方もいると思いますが、政府と東電は今頃になってメルトダウンを明らかにしましたが、私は3月12日のブログでメルトダウンを断言して、3月13日のブログでは今後の対策や現状も書いています。

    こうやって次々と真実が明らかになっているから、私が「震災~原発~政治」について書いた内容を、現在の状況と照らし合わせれば「いい加減ではない」ことが御理解頂けると思います。 (注:誤字脱字を除きます。)

    私は今後の福島県で非常に危惧すること、それは原発により「放射冷却現象」が強制的に起こるので、「暑いか? 寒いか?」の寒暖の差が昼夜で激しくなり、それが影響し始めると低体温症などが起きますが、政府や東電が全く対策する気配が無いのは残念です。

    震災からの復興への対策が緊急事態だと言うのに、何故か民主党政権は静岡県と愛知県の産業潰しに力を入れているので、このままなら日本の未来は問題が山積みになりすぎて雪崩が起きそうです。

    しかし、私は素敵なお客様がいる限り日本は持ちこたえられると信じているので、日本の未来へ希望はマダマダ残っていると思うのです。 私は今日も素敵なお客様とお会いできる、その奇跡に感謝して日々の精進を続けて行きたいと思います。

    あなたはブログを読んで、元気になっていますか?

    (-ω-ゞラジャ⌒☆

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    心。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様には笑顔が溢れる出来事があるはずですが、それは運命からの御褒美が当たり前に見せかけた奇跡として、何不自由ない生活が本当は幸せだと気付かせてくれると思うのです。

    今から思い返せば昔の私は揚げ足取りばかりしていたのですが、それはいじめられていたから何かあれば自分を守ろうと言う気持ちで、自分へ責任が来ないように人のせいにばかりする気持ちで言い訳ばかりしていました。

    今も自分を守ろうと言う気持ちが湧き上がれば、「いや、これは自分がダメだから戒めがあるだけで、言われる自分が反省材料としなければ…。」と言う気持ちへ、変換するようにしています。

    運命は不思議なもので良いことと悪いことは半分半分だから、良い時ばかりも続かないし悪い時ばかりも続かない、私は素敵なお客様方のおかげで本当に幸せな日々を送らせて頂いております。

    しかし、逆に言えば自分自身が常に精進して行かないと、いつ運命から「調子に乗るな!」と奈落の底へ落とされてしまうか分からないので、図に乗らないように~態度がでかくならないように、相手に対して不快感を与えないように、私は毎日する反省が続いております。

    人は人と出会うことで人生が変わるのですが、そこには一つのコツと言うか~ステップアップの秘訣みたいなものがあり、それは誰もが何となくカンの部分で気付いていると思います。

    良い人と出会うことが運を良くすると言うのは誰しも気付いているけれど、良い人と出会う為にはどうすればいいのか、卵と鶏の関係になるけれど「自分のレベルを上げる」ことが最善の方法です。

    私はお越し頂く素敵なお客様に引き上げて頂いているだけで、私自身は大したことが無い未熟者の霊視カウンセラーです。 私の初期を知る人は私が暗い顔してぼそぼそと話をして、良いことではなく悪いことを言う方が多かった、そんな時代があったことを覚えていると思います。

    あの当時から比べると私もニコヤカに応対できるように心がけているし、明るくハキハキと喋ることができるようになったと思いますが、あくまでも昔に比べたらなのでマダマダ精進が足りないと思います。

    評価と言うのは人がするものだから私が自分の頭の中で思い描いたところで、お越し頂ける素敵なお客様に満足して頂けないのは全て私が悪いのです。 全ての方に御満足して頂けるようになりたいけれど、それは見果てぬ夢かもしれないので、死ぬまで努力を続けて行かなければならないと思っています。

    「自分から見た自分と、人から見た自分」は意外と差があるのですが、私はお越し頂く素敵なお客様に不快感を与えないよう、事務所は「常に綺麗~良い香りがする~室内は明るく~出迎えとお見送り~笑顔で話す」など、いくつもの点を常に気を付けているつもりです。

    しかし、これはあくまでも私が考えているだけの内容であり、お越し頂く素敵なお客様の側から見れば、どれも当てはまらないと言われるかもしれません。

    また、私を見て「暗い、威圧する」などの印象を持たれる方もいるし、「言い方がキツイ」と私の言葉に問題アリと言う方もいるし、肝心の霊視に関しても「当たらない、悪いことばかり言う」と言う方もいるし、全ての方に御満足して頂ける道は遥かなる道程です。

    自分で思い返してみても恥ずかしくなるのですが、初期の頃は的中率を重視して悪いことも平気で話し、当たることを悦にいって傲慢だったと思います。 あの当時にお越し頂いた方には不快な思いをさせたことも多かったはずで、本当に申し訳ないと顔から火が出る思いです。

    あの当時は占い師としてモノの言い方もなっていないし、アホで未熟な私のところへ来て下さった方々に申し訳ない気持ちが一杯で、あの当時を振り返ると恥ずかしい記憶しかないほどです。

    私はお越し頂く素敵なお客様より学びを与えて頂いているのですが、占いである以上は当たる当たらないも大切だけど、当たれば何を言ってもいいと言うのは間違いで、占いへお越しになる方の心が元気になるように、言葉が与える影響を考えるべきだと思うのです。

    以前の私は早く早くと焦ってばかりでしたが徳川家康公の言葉にも、「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず。」とあり、今はゆっくりでいいから着実にと思うようになりました。

    私は日本最強の占い師(カウンセラー)とは、例えるなら「駄菓子屋のオバチャン(例えなので他業種もあり)」だと思うのですが、色々な体験をして~幾多の苦労を乗り越えて~含蓄ある言葉を優しく話してくれる、そこにあるのは占術ではなく「真剣な思いやり(真心)」だと思います。

    ちょっとお店に立ち寄って~駄菓子を買いながらオバチャンと話をすることで、駄菓子屋を出る時には心が軽くなっている、そこには未熟な私では到底叶わない最強の真心があると思うのです。

    私は「思いやりのある」~「真心が感じられる」~「心が軽くなる」など、いつの日にか素敵なお客様に感動して頂ける霊視カウンセラーになりたいです。

    あなたは心が軽くなる、そういう占いは好きですか?

    ゙☆⌒o(*^ー゚) アリガトウ~♪

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    人生の体力。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様の実力は目覚めているのか~目覚めていないのか、それはこれから先の未来を作る時にハッキリとしてくるはずです。 人には欲があるけれど欲があることが悪いのではなく、欲の向かう先が自分だけか~周りも含めてかが、善と悪とを決めてしまうのです。

    人は不思議と誰しも現状より上を追い求めてしまい、最初は疑うことなく夢を追いかけて成功することだけ考えて、自分の力を信じて物事に励みます。 上手く行っている時ほど「もっと、もっと」と欲が出てきて、その気持ちが人を成長させる一面やエネルギーがあるのは否定できません。

    私も経験したからこそよく分かるのですが上手く行っている時こそ注意が必要で、先を急ぎすぎたり~焦りすぎたりして、下手を打つとせっかくの自分の未来を簡単に潰してしまうのです。

    人は自分の力だけでやっていると勘違いしてしまいがちですが、そうではなく周りの人々の温かい心があるからこそやっていける、その真実に気付くのは周りの人々が自分から離れて行った時と言うのは皮肉なモノで、後の祭りと言うのはいつでもどこでも同じなのです。

    人生とは他人との関わりから幸せを生み出して行くことであり、結局は他人の幸せが自分に降りかかってきます。

    建設現場で働いていたからよく分かるのですが、建物と言うのは土台が重要と言われるけれど、本当に大事なのは土台を乗せるべき基礎が最重要課題です。 その基礎工事をしてみるとよく分かるのが土地と言うか地盤で、地面の中にあるのが石ころなのか~石炭なのか~砂なのか、それにより強度が違ってきます。

    どんなに良い柱を組んだところで地面がぐらぐらしていると何にもならないし、どんなに高価な家を建てたところで基礎工事が手抜きじゃすぐに倒れてしまいます。 田んぼの上に立てるのと山を削って岩盤の上に立てるのでは、揺さぶられた時の耐久性は雲泥の差があります。

    これは人生の縮図と言っても良いくらいの例えだと思うのですが、田んぼの上に立つ人生と岩盤の上に立つ人生では、一見すると覆い隠されているから分からない部分が多いです。

    ところが「イザ!」と言う時に簡単に潰れてしまう人生と、どんなに強く揺れてびくともしない人生に分かれてしまい、見た目は同じようでも中身がまるで違っていると言うのが、基礎工事をしっかりした人とそうでない人の人生の違いになってきます。

    これは人生の原点から違っているとも言えるのですが、一歩一歩着実に足元を固めてから歩んできた人と、上ばかりを見て背伸びをしながら歩んできた人では、どうしても人生における経験や知識や努力の濃さが違うのです。

    その中身の濃さを薄めずに歩んでいける人ならば、夢を叶える為に強い人生を歩んで行けます。 夢を叶える為には何をしても良いと言う人は、夢を叶える為には大切な中身を薄めてもかまわない、そんなことではインチキ商売と同じで反則になってしまいます。

    本人にはそんなつもりはないのかもしれませんが、先を急ぎ過ぎると~先を焦りすぎると、確実に中身の濃さは保てなくなり薄めるしかなくなるのです。

    誰でも人生の成功者になればと夢見がちですが、ちやほやされたいとか~褒めてもらいたいなど、少しでも世の中に立派に見てもらいたいと言う欲が生まれます。 別に欲が悪いわけではないと思いますが、世間から見て立派かどうかは行いが決めることで自分が決めることではありません。

    ただし、私も未熟者だから人のことは言えませんが、それが人間だと言うのも一理あると思います。 焦ったり、浮かれたり、欲が巡ると冷静な判断ができなくなり、人生を生き急がせてしまうのです。

    人生に余計なハッタリは必要ないのですが、張れない見栄を張り続けると自分で自分の首を絞めることになり、上手く行っているならまだしも落ち始めると見栄やハッタリは通用しなくなり、そこで今まで培われた真の実力が出てくるのです。

    追い込まれてどうにもならなくなり化けの皮がボロボロと剥がれていく様は苦しくて、大切にして来なかった自分の人生に裏切られて、自分の運命を呪うけれど運命ではなく自分が悪いのです。

    惨めに落ち込んでいるのに攻め立てられている現状では、自分でやれることを一から積み上げてやり直すしかないのです。 自分でやれるだけの底力をどれだけ残しているのか、それで実力を試されてリスクを回避できて人生の体力が憑くことになります。

    あなたは人生の体力、どれだけ身に付けていますか?

    ヾ(´▽`*)ゝあーい♪

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    未来。

    おはようございます。 いつも素敵な笑顔でいられるあなたは素敵ですが、運命だけではなく未来で待っているあなたを必要とする人達は、もっともっとあなたの素敵な笑顔を待ち望んでいます。 自分の夢が叶うことは誰かを幸せにすること、その思いを捨てない限りは大丈夫です。

    私は素敵なお客様の悩みをお伺いしていると次から次へと反省してしまうのですが、私は完璧な人間ではないから悩みをお伺いしていると、素敵なお客様に比べて昔の私は恥ずかしくなり、こんな私では未来がどうなるのかと不安にもなります。

    素敵なお客様より「山崎さんでも未来を視て不安になるんですか?」と聞かれますが、自分の未来を視ることができる占い師さんは逆に考えすぎて不安になることもあります。 うまくやろうとすればするほど色々な未来を視てしまい、「あぁ~でもない、こぅ~でもない」と上手くやろうと考えすぎるのです。

    ナンデモカンデモ未来の真理が全て分かっているならいいけれど、未来を完全に掴んで流れを完璧に読みきるなんてことはありえません。 そんなことが出来れば神様と言うしかないのですが、そんな奇跡みたいなことはTV番組のヤラセでしか起こりません。

    今の私の状況を簡単に説明するならば、中央区や千代田区へ事務所を出すと言うのは実現可能な状況になるのかもしれませんが、「さぁ、やろう!」と言う気持ちになれない場合だってあります。

    「何言ってんの? 東京へ出張しているのに。」と言われるのはごもっともですが、どうしてやる気になれない場合があるのかと言えば心の問題で、やれる状況にあるのにやれないのは、できないのではなくやらないだけなのです。

    あれほど東京へ事務所を構えたいと言っているのに、いざ夢が実現する方へ進み始めると怖くなってきたと言うのか、マリッジブルーみたいな心境です。

    西日本のお客様には倉敷事務所へお越し頂いて、東京の鑑定場所へは東日本の方にお越し頂いてと、365日フル稼働でやれる未来がすぐそこのはずなのに、イザ叶い始めると「いいのかなぁ?」とか「大丈夫かなぁ?」などと思い始めるのが心の弱さなんです。

    結婚する直前になってマリッジ・ブルーと言う、結婚するのが怖くなったり嫌になったりすることがありますが、この夢が叶う前に躊躇するのは心理状態として普通のことです。

    誰しも夢を叶えるまでは一生懸命に「なりたい自分」を目指しているのですが、それが叶い始めると怖くなるのは「叶ってしまった後の自分」を想像できないからです。 誰もが陥るエアポケットみたいなものですが、夢と言うのは叶ってしまうと次はありません。

    新たな夢がある人は良いけれど、普通はひとつの夢を叶える為に全力投球だからすぐにすぐ次へと目を向けることは出来ません。 ハングリー精神があれば出来るとは言うけれど、ひとつの夢が叶った後にすぐ次へ行けるのは簡単ではありません。

    私も同じことですが、人はいくつも夢を持ち続けて同時進行で色々なことをしていないと、ひとつのことだけだと叶った瞬間に愚痴や不平不満が出てきます。

    例えば、なりたかった憧れの職業へ就けたけれど、イザ中へ入ってみると人間関係や職種における特異性など、内部の知らなかった現実に打ちのめされることだってあります。 なりたくない職業ならなおさらで、嫌な仕事を我慢できるはずがありません。

    だからこそ夢が叶った後に燃え尽きてしまわないようにする為にも、夢はいくつか持っておいて、同時進行で夢を見続ける工夫も必要になってきます。

    私は自分の未来を時々視るのですが、自分の未来を視たら怖くないと言えば嘘になります。 海外では占い師さんが「天国にいけない職業」と呼ばれていますが、それは占いが人の心を傷つけたり操ったりして神の領域を侵すからだと言われています。

    個人の自由だから寄付やボランティアをしない先生が居ても当たり前ですが、「未来が分からないのなぁ?」と思える時があります。 未来を視ているとよく分かるのですが、自分がしたことが自分に返ってくるから「何もしない」とお釣りが怖すぎます。

    未来でどんな痛い目に遭わされるかを思えば、正直に世の為の人の為に生きなければ占い師をして行くのはかなり危険だと感じます。

    だから有名占い師さんでも急激に落ちてバッシングされることがあり、それは行いに対するお釣りなのかもしれないので、考えようによっては有名な先生方が次々と没落していくのは意味があり、「人のふり見て我がふり直せ」は貴重な戒めになります。

    あなたは未来を見て、怖いと感じたことがありますか?

    ( ̄ω ̄;)エェ~ト?

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    現場。

    おはようございます。 人と人との関わりは不思議な縁だと思うのですが、私が県北だったら出会わない方々と関わっている現状は不思議です。 更に私が近所だけでやっていたら~地域だけでやっていたら、今回ほど心にダメージを受けることはなかったと思います。

    東京出張を始めてから地域と言う観点ではなく全国と言う観点で次々と縁ができ、その東京出張も倉敷へお越しくださる素敵なお客様のおかげで、最初は赤字でも耐え凌いで続けられました。 言うなれば倉敷へお越しになる素敵なお客様が、間接的に東北や関東を支えたことになります。

    話をしなくても関わりができることは多々あるのですが、元日のお守りプレゼントに並んでいた人の中には東北や関東に関わりのある人も大勢いたはずだし、新年会となれば更に福島~栃木~茨木など被害に遭われた地域の方と直接の関わりがあります。

    そういう縁を繋いでいけば私のところへ来ると言うことは、知らない間に知らない縁で東北の被災者の方々と縁ができていることになります。 だから私のところへお越しになる素敵なお客様は、知らない間に東北の方々を助けていることになります。

    そういう繋がりを休憩中に霊視して行くと、県北で寄付とか考えず野垂れ死にしている人生と、東北の未来を視るのは辛いけれど少しでもお役に立てる人生と、どちらが良かったのかをふと考える時があります。

    県北だったら自分の欲望だけで後は全て余計なことですが、霊視カウンセラーになって縁が増え続ける人生は楽しい反面、悲しいことを避けては通れないのです。 自分ではどうにもできない場面に対峙した時に、私は無力感で自分を喪失するような悲しい気持ちが止まらないのです。

    福島第一原発は私がブログに書いていることが全ての真実で、見えない人が適当な発言で世界中を惑わしている現状は非常に残念です。 ヒトコトで言うなら「言う方は楽だけど、やる方は大変」で、今の福島第一原発で作業しているのは下請けや孫請けで、肝心の東電社員は安全な場所で命令するだけです。

    図面を持って指示するのが東電社員で~工具を持って現場へ行くのが下請けで、指示するだけの東電社員は楽で安全だけれど、実際に現場へ行く作業員は大変な上に危険です。 給料が高い方が楽をして~給料が安い方が苦しい思いをする、それが福島第一原発だと言う事実は動かせません。

    TVのキャスターやコメンテーターや大学教授などは、現場のことも分からないのに無茶なことを言うなと思います。 「少しくらい放射線量が高くても、根性で作業すれば」なんて無責任な話で、あの現場の状況で「やれるもんなら、自分でやってみろ」です。

    原始炉の中で放射線量が高くなっているとどうなるか、放射線は人体に影響の無いレベルだと目に見えない上に何も感じません。 ところが体に影響の出るレベルになると目に見えないだけで、身体に感じる振動や衝撃みたいなものがあります。

    初期段階は皮膚がチクチクして、中期段階だと圧力を感じ始めて、それ以上だと火も無いのに焼け爛れるから、「もう、おまえは死んでいる」と北斗神拳みたいです。 防護服があれば影響は少ないけれど、細かい作業をするには防護服を薄くしなければならない、薄くすれば被爆して死んでしまうかもしれない、こんなジレンマを抱えながら現場は作業しています。

    例えるなら、手首にマッサージ機を当てて振動がある状態で針の穴に糸を通す、こんなことを繰り返しているから作業が進まないのです。 キツイ放射線を当てられると手が震えるし、おまけに筋肉が硬直して自由に動けず息すらできない時があります。

    自分では前に進もうとしているけれど足踏みしているだけで進めないから、根性とか言う問題ではなく見えない壁があるのです。 それに防護服無しで原子炉へ近づくのは、お焚きあげやキャンプファイヤーみたいに大きな焚火へ、Tシャツ姿で近付くのと同じくらい熱いです。

    何枚も重ね着した上に防護服を着てサウナ風呂より湿度と温度が高い場所へ入る、そんな状況で作業しているのに周りから無責任なことを言うなら自分でやるのが一番です。 私は現場で作業している方々の行いに感謝しているし、日本の命運をかけて戦っている姿に感謝の気持ちで一杯です。

    なお、政府が原子炉を布で囲うなんてアホなことを言っていますが、そんな囲いを作ったら圧力の反作用現象が起こり、いくら特殊金属の原子炉でも爆発確定です。 建設会社へ仕事を発注する利権がらみの案では、本当に原子炉を止める気があるとは思えません。

    圧力弁を壊して被害を拡大させておきながら自分の保身が第一、どこかの国の総理大臣が荒唐無稽な行動をする理由、それは出身地などの環境や先祖からのDNAが関係するのかもしれません。

    日本全国の人が勘違いしていると思いますが、どこかの国の総理大臣はY県ではなく○○県の県北出身で、奥様も同じく同郷の○○県出身です。 環境とDNAのルーツを辿れば全て県北へ繋がるので、日本を破滅させる負のパワーに憂いています。 (; ̄Д ̄) ナニー!

    最後に政府や東電の説明で大きな間違いの部分、そして東工大や東大の教授レベルじゃ理解していない部分があります。 それは放射線の10~30%は防護服を通り抜けるから、除染は常にしないといけないので、防護服があれば大丈夫と言うのは真っ赤な嘘です。

    まさに今の状況は、「立てば国難、座れば人災、歩く姿は風評被害、寝ている主人は裸の王様」と、言えるのが民主党政権なのかもしれません。

    あなたは現場で作業している方々を、応援したいと思いますか?

    オッケー☆⌒c( ̄▽ ̄)マカシトキィ!

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    隅田川。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様にお会いできることは私の人生の大部分であり、毎日毎日素敵なお客様とお会いできることは極上の幸せです。 私に生きる糧を与えてくださる素敵なお客様に、私は感動と感銘を受けて日々の精進を怠らないように厳しく律して行きたいと思います。

    さて、私は東京出張へ行った時にはパワースポットへ行ってエネルギーの補充と言うか、自分自身の浄化を行い精神バランスの補充みたいなことをする時があります。

    パワースポットと言えばすぐに神社を思い浮かべる人が多いと思いますが、何も神社だけがパワースポットではないし、人が大勢行き始めると人の欲が充満してパワーが弱くなり、パワースポットではなくなることが多いです。

    その良い例が東京大神宮と清正の井戸で、あそこは人の欲は渦巻いているから逆に運を落としてしまう場所へ変貌しているので、パワースポットと言っても今は逆の意味でパワースポットです。

    パワースポットへ行くことは誰にでもできるけれど、行ってパワーを吸収できるかどうかは個人差があります。 パワースポットで良い気を吸収できなければ行ったところで、「何も起こらなかった…。」で終わります。

    私はパワースポットについて「どうして個人差が起きるのか?」を視ていたら、早い話がパワースポットに好かれるか嫌われるかで、パワースポットに「また、来て欲しい!」と思われたならドンドンと良いことが起こり、再び「行こう!」と言う状態にしてくれるようです。

    ここで日頃の行いや未来で何をするかが分かれ道になって行くのですが、日頃の行いが良い人は良い気を吸収しやすいようです。 パワースポットも善と悪では善へ力を与えることが多く、日頃から行いを正しくしておけば力を吸収しやすいようです。

    そして未来で何をするかについては、欲丸出しでも割とパワーを吸収できることがあります。 結婚したいと言う想いでも「結婚相手を幸せに出来る」と判断されたならOKですし、「お金が欲しい」でもお金を手に入れることで人の役に立つ未来があればOKのようです。

    だから、必ずしもパワースポットへ行く時に品行方正でないとダメな訳ではありませんが、パワースポットへ行く以上は清潔にしてから行くなどある程度は整えて行くのが礼儀です。

    では、私が個人的に行くパワースポットを定期的に御紹介して行きたいと思いますが、最初に御紹介するのは「隅田川(吾妻橋~東京湾)」で、この隅田川とは東京都北区の新岩淵水門で荒川から分岐して、神田川や日本橋川などの支流河川を合わせて東京湾に注いでいる、全長23.5kmの一級河川のことです。

    古くは835年(承和2年)の太政官符に「住田河」として記されていたり、「宮戸川」などとも呼称されていた時代もあったようで、江戸時代に入ると吾妻橋周辺より下流は大川(おおかわ)と呼ばれていたようで、今でも古典落語などでは大川と言う名称が出てきます。

    そして江戸時代は警備(防備)の観点から橋が制限されていたので、明治初期の頃までは渡し船により両岸が結ばれていました。

    しかし、交通量の増加に伴い次第に木橋などで橋が掛けられるようになり、関東大震災により被害を受けた後は木製から鉄製へと橋が架け替えられて、更に自動車時代の幕開けとともに橋の建設が増加して今のように多くの橋になりました。

    水上バスでクルーズする時に遭遇する橋は、吾妻橋~駒形橋~厩橋~蔵前橋~蔵前専用橋~総武線隅田川橋梁~両国橋~両国大橋~新大橋~清洲橋~隅田川大橋~永代橋~相生橋~中央大橋~佃大橋~勝鬨橋と、かなりの数の橋が掛かっています。

    それぞれが特徴のあるデザインとなっていて、近年では災害対策連絡橋を主とした橋や遊歩道的な歩行者専用橋なども架けられて、更にバリエーションが豊かな作りになっているので、水上をクルーズしていると凄く気持ちが良いです。

    デジカメの小部屋に隅田川クルーズの様子をアップしているので、日の出桟橋から吾妻橋までのクルーズの模様をご覧頂ければ嬉しいです。

    東京湾から隅田川をクルーズしていると気分がスカッとする感じがありますし、悩みなどが風や水の流れと共にどこかへ飛んで行くような気がします。 ここは江戸時代から物流や人の往来が盛んだったので、人を寄せる何かがある場所でもあります。

    ここをクルーズしている時に写した写真に、先日も掲載した謎の飛行物体が偶然撮れました。 位置的に言うと相生橋から永代橋へ向かう時に佃ビル群の写真を取ったら、ビルの間に謎の飛行物体が写っていました。 他にも黒い飛行物体など、この時は後から見直すと色々なモノが写っていました。

    なお、隅田川はフランスのセーヌ川と1989年に友好河川を提携して、中央大橋はフランスのデザイン会社が設計しました。

    その為、主塔および欄干部分に日本の兜を意識した特徴的な意匠が施され、上流側の中央橋脚部に当時のパリ市長ジャック・シラク氏より贈られた、「メッセンジャー」と言う彫像が鎮座しています。 (注:このお礼としてパリ市へ屋形船を寄贈しました。)

    あなたは隅田川へ、行ってみたいですか?

    ヾ(´▽`*)ゝあーい♪

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    末期症状。

    おはようございます。 素敵な一日の始まりは自分の心がきれいなことが条件で、心が汚れたままではあり得ないのです。 きれいな一日はきれいな自分から始まる、それを忘れなければ今日も明日も明るい一日になると思います。

    私も毎日が素敵なお客様のおかげで幸せでいられますが、昔は末期症状とも言うべき終わりに近い破滅的な人生そのものでした。 病気で末期症状と言うのは生き延びる処置ではなく安らかに死を迎える処置、人生の最期を迎える為に緩和して行くことが、病気における末期症状の時にするべきことです。

    しかし、人生における末期症状と言うのは死ぬわけではなく、生きている限り苦しみ続けることを言いますが、自殺でもしない限りは生き続けるから苦しみも続きます。

    運命と言うのは人間と違って公平そのものですが、運命は努力する人には努力の成果がキチンとあります。 それは夢は必ず叶うという類のものではなく、その道が叶わない時には違う道を準備してくれて夢を失わずに済むようにしてくれます。

    人生とは何度でもやり直しが利きますが、それは寝ていてもやり直しが利くわけではなく、夢を失わずにあきらめずに努力する人だけがやり直すことができるのです。

    人生の危機と言うのは仕事でも恋愛でも必ずやってくるのですが、何事もなく平穏無事で行くと言うのはあり得ないのです。 これさえあればとか~あの時に~もしも~だったらなど、何かがあれば状況を変えられると信じ込んでしまいます。

    しかし 何とかその場を凌いだところで一時的な運の良さや助け舟だと、人生の末期症状と言うのは次から次へと同じような内容のことが追いかけてきます。

    これは一時凌ぎを止めないでいると不思議なくらい同じことが、逃げても逃げても追いかけて来て最後には精神的に持ちこたえられなくなり、そして全てを投げ出してしまう羽目になるのです。

    夢を失い落ちぶれてしまうのは、このように精神的に耐えられなくなり逃げ出してしまい、末期症状を何とかしたい一心で卑怯なことをしてでもクリアしようとする、それでは問題解決にはならないし既に底が割れている状態です。

    こうなると友達だろうが親だろうが彼女だろうが、身近なところから騙してでも自分が楽になろうとするのですが、これはまともな人の行動ではないのに分からずやってしまうのです。

    末期症状の怖いところは判断できなくなるところで、これをやったら信用を失うと言うことが判断できなくなるのです。 それをやってしまうと二度と会うことすらできない、そういう対人関係においての信用すら分からなくなるのは悲しいことです。

    まともな判断ができていない上に、先の先などは考えられずに何も見えてはいないから今と言う時間の中で怯えてしまい、それから逃れる為に鬼畜同様に何でもしてしまうのは末期症状特有の行動です。

    こうなる前に何とかしないといけないのですが、追い込まれて自棄になってしまうと失うものが大きく、彼女や友達や家族など自分の周りにいた全ての人を失うことになります。

    そうなると自分の未来と言うべき先の人生までも自分自身で潰してしまうことになり、自分の力で何とかなることと~どうにもならないことがあることに気付きます。 そうなってからでは遅いのですが、人は守る気持ちが強すぎると今の生活を失う恐怖から、悪足掻きをしてしまうのです。

    人生の末期症状と言うのは死んでいないのに死んでいる、肉体的には生きているけれど運命的には死んでいるから、死んでるモノに説教をしようがお金を渡そうが息を吹き返すことはありません。

    あぁしておけばとか~こうしておけばよかったなど、後悔するくらいなら末期症状になる前に、どうして思い切った手を打っておかないのかと思うのです。

    自分では気付かなかったように思うかもしれませんが、本当はかなり前から自分はこのままではダメなんじゃないのかと運命からのSOSをキャッチしていたはずです。 それを無視して自分が思う通りにやってきたツケ、それを自業自得の結果だと受け止められない人が、末期症状から今度は死神のように多くの人を巻き込むのです。

    私は自分が末期症状だったからよく分かるのですが、ダメな時には何もせずに目の前のことを受け入れて、それからなるようになると考えて再出発する方が先なのです。

    下手な手を打つと無駄な延命をして逆に完治できなくなり、足掻いて足掻いて前に進めずに沈んでしまうのが、末期症状の怖いところなのです。

    あなたは運命の末期症状、それに気を付けていますか?

    ヾ(´ω`=´ω`)ノ オハヨォ

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    松下政経塾。

    おはようございます。 昨日よりは今日、今日よりは明日と、毎日がより良くなっていると信じて、素敵なお客様の明るい未来へ私はワクワクドキドキと期待しています。 その為には自分がするべきことと、自分がするべき本分を見極めることも大切です。

    簡単に言うと、農業を職業とする人は「良いお米を作る、良い野菜を作る」と言う農業本来のことが仕事で、漁師さんは海へ出て魚を取って新鮮なモノを市場へ下ろすことが仕事で、料理人は良い材料を選んで美味しい料理を作るなど、職業の本分に沿ったことをするのが当たり前です。

    これはお勤めの方でも商売など自営業者の方でも同じことで、自分がしている職業以外の余計なことをしてはいけないのです。 バブル期に不動産や株式投資が儲かるからと言って、本業そっちのけで金儲け第一主義へ走った会社も、バブル絶頂期は威勢が良かったけれど今は見る影も無く潰れてしまった会社も多いです。

    本屋さんで魚を売るのは間違っているし、建設会社で怪しげなサプリメントを売るのも間違っているし、肉屋さんで靴下を売るのも間違っています。 「売れればいいじゃないか?」とか色々な意見があると思いますが、本業以外の余計なことをすると言うのは本業に打ち込んでいない証拠です。

    人は余裕が出るとついつい余計なことに手を出したくなるのですが、何の為に余裕ができるのかと言えば「本業を更に向上させなさい」と言う暗示で、余計なことをしろと言う暗示ではないのです。

    今の日本は外国との交渉は負けるばかりだし~税金は増える~失業も増える、おまけに赤字もドンドン増え続けると言う体たらくになってしまったのですが、これは政治家が思想と精神を吐き違えているからです。

    民主党は期待外れだったと思う人が増えましたが、だからと言って「民主党がダメなら自民党」と言う考え方は危険です。 私は建設現場時代に視察に来た自民党の議員や秘書から、「おまえらみたいなゴミは、死んでもえぇんじゃ」と言われましたが、あんな議員たちがまともとは思えません。 (私はどの政党も政治家も、まともとは視ていません。)

    私は経営者としても人間的な考え方にしても、松下電器産業創業者の故松下幸之助氏は素晴らしいと思っていました。 その故松下幸之助氏が1979年に公益財団法人の松下政経塾と言う政治塾を設立しました。

    次代の国家指導者を育成すべく「70億円の私費」を投じて神奈川県茅ヶ崎市に設立されましたが、財界人の故松下幸之助氏の意向で設立されたことから、結果的に卒塾生の多くが新保守主義とか新自由主義志向となりました。

    この松下政経塾は言うことだけは立派でも中身は幼稚園レベルで、実際は単なる遊びの場だからダメ男君を増殖させる塾です。 給料は出るし寮生活で衣食住は保障されているし、卒業後の就職斡旋はしないと言いつつOBの口添えがあります。 すぐに松下政経塾卒業と名前を出して偉そうにするし、プライドだけは高く我儘で横柄な人を増やす為の塾です。

    人には誰しも生きているうちに使命に気付くと思いますが、自分が生きていく上での使命とは何かに打ち込んでいるとか、やっているうちにライフワークとなるなど、多少の困難があったとしてもぐんぐんと成長していける分野こそが使命となるはずです。

    故松下幸之助氏の思いは日本が豊かな社会になることで、誰でもが家電製品を使えて誰でもが笑顔で暮らせると言う社会を目指していました。

    若かりし故松下幸之助氏が街で見かけた風景、それは他人の家の蛇口で水を飲んでいるホームレスの人でしたが、その家の人は注意すること無く好きなだけ飲ませていました。 その瞬間に故松下幸之助氏は「あっ、水のように安くて大量にあれば人は寛大になる。」と閃き、多くの人を幸せにするには豊かな国作りだと仕事に邁進したのです。

    今はパナソニックになりましたが松下電器産業は日本を豊かにする原動力となり、日本の財界や物作りの基礎となったのは誰もが認める多大な功績だと思います。 ところが故松下幸之助氏が私費を投じて作り上げた松下政経塾、これは本業でも無ければ本分でもありません。

    商売が本分の人が政治をすればどうなるか、意外と知られていませんが「民主党は松下政経塾OBの政治家が大半」で、民主党政権は「松下政経塾の出身者」で構成されています。

    故松下幸之助氏が日本を豊かにした功績は誰しも認めるところですが、故松下幸之助氏がいなければ松下政経塾は存在しません。 そうなると民主党政権も存在しないから福島第一原発の人災も起きていないので、今となっては故松下幸之助氏に資産があったことは取り返しが付かない、最悪の事態を日本に引き起こしてしまいました。

    同じ資産をつぎ込むのでもヤマト運輸の故小倉昌男さんは、自分の資産40億円以上を投入してヤマト福祉財団を設立しました。 これは松下政経塾みたいなピンボケ団体ではなく、障害者が自立できる道筋を作ることを目的とした団体です。 スワンベーカリーと言えば分かる人も多いと思いますが、小倉昌男さんは障害者の自立支援に尽力していました。

    話は戻りますが、悪いことをしておいて天罰が当たらないことも余り無いので、パナソニックと京セラ~及び関連会社&子会社は、業績低迷や大リストラが起こり始めるかもしれません…。

    あなたは松下政経塾、その存在を知っていますか?

    ハァ━(-д-;)━ァ…ダメダコリャ?

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    トラブル。

    おはようございます。


    5月17日10時30分頃よりブログの運営元の、

    サーバーが停止するトラブルが発生しました。


    それにより5月18日17時頃まで、

    約1日半ほどブログの閲覧ができなくなりました。


    ブログを楽しみにしておられる方々には、

    本当にご迷惑をおかけいたしました。


    現在は閲覧できるようになっておりますので、

    引き続きつたないブログではございますが、

    よろしくお願い申し上げます。

    m(__)m

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    吾唯足知。

    おはようございます。 今日も素敵なお客様の御予約が入り、そして事務所までお越し頂き、素晴らしい未来を拝見させて頂けるのは凄く幸せなことで、そのような幸せを与えて頂けるのは素敵なお客様が女神のような輝きを放っているからです。

    私は戦争を知らない世代だから「贅沢は敵だ!」と言う考えではなく、「足るを知る」と言う考え方です。

    人は何事もやりすぎると反動が出るのですが、我慢しすぎると反動で無茶苦茶をしてしまうことがあります。 団塊の世代がバブル景気に沸いている時に無茶苦茶をして、金さえ払えば何をしてもいいと世界中から嫌われていたのも、我慢我慢と押し殺していたことも原因なのかもしれません。

    本当は「贅沢は敵」ではなく、満足の上にホンの少しの楽しみとして存在するのが贅沢であり、いつもいつも贅沢をしていると贅沢が普通になるので更なる贅沢と進むだけで、結局は満足から不満足へと進むだけです。

    私は「足るを知る」が少しだけ実践できつつあるのかなぁ、もしくは入り口くらいには立てているのかなぁと思いたいのですが、今と言う現状を満足して感謝しているから運命は助けてくれるのではないかと思うのです。

    京都の方のお寺に水戸光圀(水戸黄門)が寄進したと言われる蹲(つくばい)がありますが、この蹲を上から見ると「吾唯足知」と読めるように趣向を凝らして彫られています。

    この蹲には真ん中の水を入れる四角を「口」と言う感じに見立てて、その周りに五⇒隹⇒疋⇒矢と漢字が彫られています。 これを上から時計回りに口と合体させて漢字に見立てると「吾唯足知(われ、ただ、たるを、しる)」と読めます。

    これは分かりやすく言うと「私は足りていると言うことを知っている」ですが、この「吾唯足知」は禅問答のようなモノですから、本来は一生かかっても悟ることができないような難しい意味かもしれません。

    人の心は欲望に満ち満ちているのですが、何事に対しても満足することを知っている人は、例え貧しくても幸せな気持ちを継続できます。 しかし、何事に対しても満足することを知らない人は次から次へと欲望がむきだしになり、例えお金持ちであっても心が満足しないから不幸なままです。

    私は昔に比べると幸せだと言うのは家で夕食に食べるお米が無いと言う時もあったからで、お米があると言うのは凄く幸せなことです。 信じられないかもしれませんが、私の家ではおかわりをすると言うのは、凄く気が引けることでした。

    中学生など育ち盛りの時におかわりをすると父親から、「オメェはあんごう見てぇに食べる」と怒られていました。 (こういう話の時は、岡山弁丸出しです。)

    だからこそ東京出張の時には、カレー屋さんやラーメン屋さんへ入ると言う贅沢が出来るのだから、出張しない時には自炊で節約生活をしていればいいと思うのです。 たまにはカレー屋さんなどへ入ると言う贅沢が出来るようになったのだから、昔に比べると本当に幸せです。

    私はアパートの4畳半一間の部屋にTVがあるだけですが不自由も無いし、死ぬまでにはDVDプレーヤーがあればいいなぁとか、死ぬまでには自転車が1台欲しいなぁとか、想像はするけれどおそらく買うことは無いと思います。

    今の状態で不自由が無いと言うことは充分に満ち足りた生活をしていることになるので、足りている以上は欲しいと言う追加は考えられません。 私は車も自転車も持っていないし「酒~煙草~ギャンブル」など、世間の男性がするであろう遊びは一切しません。

    こういう生活をしていると「つまらん人生&面白みの無い男」とよく言われましたが、「酒~煙草~ギャンブル」をしないと世間一般の男性と比べて本当につまらない人生なのか、私は人の記憶の中に生きることができる人生ならば、つまらない人生で終わるなんてあり得ないと思うのです。

    私の1ヶ月の生活費を言うとほとんどの人が驚くのですが、私の1ヶ月の生活費は家賃などの諸経費を除けば1万円を切ることも多いです。

    何故なら年中無休だから遊びに行くことも無いし、全くお金を使わない日もあります。 事務所にあるコーヒーやお菓子も素敵なお客様が持ってきてくれたり、お金を使わなくても色々と手に入ることが多いのです。

    お米だけは男性だからたくさん食べますが、それ以外は野菜を貰ったりする時もあるし、お漬物も頂くこともあるのでお金を使わず生活できます。 その分は寄付に回せるから、素敵なお客様のおかげで私は生かされているのです。

    「足るを知る」と言うことは今のままで幸せだと気付けることであり、それによりハードルが下がることで幸せが増えると言うことになるのです。

    あなたは吾唯足知を、知っていましたか?

    (* ̄o ̄)ゝオーイ!!



    お知らせ:業務多忙の為、ブログの更新はお休みして、17日(火)より再開いたします。 予約は受け付けておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 m(__)m

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    忸怩。

    おはようございます。 運命と言うのはスタート地点が同じだったとしても選択次第で大きく変わり始めて、それが半年~1年後には取り返しが付きません。 東日本大震災では人間の欲が判断ミスを起こして、人類史上永久に語り継がれる事故を巻き起こしました。

    アメリカからの支援を断ったこと、警察や消防で何とかできると判断したこと、そして廃炉にしない為に冷却材投入を断ったこと、この3つが日本を破滅に導いてしまいそうです。

    それに加えて何よりも痛かったミスは1号機の圧力開放弁が壊れたことで、某政治家がヘリで上空から視察する為に弁の開放を待ったことにより、圧力弁が壊れて原子炉が次々と暴走を始めました。

    このように最初の選択ミスから運命は大きく変わり、福島第一原発周辺は半永久的な死の大地へ変貌して、もはや福島第一原発から60キロ圏内へ防護服無しで入る、それは何らかの影響を受けることになるかもしれません。

    いまさら言っても仕方が無いことですが、11日に自衛隊と米軍を投入して12日に1号機の停止ができれば今頃は終息しています。 まさか「政権交代=日本後退」になるとは誰も思わなかったはずですが、このままなら「増税、病気、失業」の悲惨三兄弟は大きく成長しそうです。

    私は分かっているのに何もできないと言うのは忸怩たる思いがあり、「こうすれば解決できる」と言っても届かない、そんな情けない自分の知名度と力の無さに自己嫌悪があります。

    福島第一原発は全く作業が進まないので、3月27日のブログに書いた「2011年末から2012年6月頃までに起こる恐ろしい出来事」は、大幅な修正が必要になりました。 第一弾は「2011年9月~2012年1月」で、その出来事を日本で終息させることは難しいと思います。

    幸か不幸か日本人は和食を食べているので、チェルノブイリの時ほど赤い悪魔(レッド・ネックレス)に襲われないと思いますが、「If the deformed child is born, can you take the responsibility?」と政治家へ聞きたいし、これから日本各地で起こることを考えると私は胸が痛むのです。 (日本語表記だとキツイ内容なので、英語表記で軟らかく書いています。)

    私は「未来を視る=責任がある」と思っているのですが、未来を視ることが私の運命ならば東北の方々が復興できるお手伝いをしなければ、自分に与えられた使命を果たせないと思うのです。

    東北の方々を救う道とは生活できるようにすること、衣食住が整うことは勿論ですが「職場(仕事場)」を確保することが絶対条件で、これから先は何年かかるか分からない復興への道程を支えるのは、最初から最後まで国民が担うしかありません。

    今の私には素敵なお客様が毎日素晴らしい奇跡を与えてくださり、凄く幸せな日々を過ごさせて頂いております。 そんな幸せを頂いているのだから、今と言う瞬間を辛くて悲しい思いで過ごしている東北の方々に、支援の手を差し伸べるのは悪いことではないと思うのです。

    なお、4月に民主党と東電が6~9カ月後に冷温停止と見通しを発表しましたが、これは「停止できたらいいなぁ~。」と言う希望です。 政府も東電も今頃メルトダウンを認めましたが、私が3月12日から書いているブログの内容が全ての真実であり、政府や東電の技術レベルでは時間が過ぎて行くだけです。

    私はブログで「終息」と言う漢字を使いますが、政府や東電は会見で「収束」と言う漢字を使います。 収束は「取りあえず収める」と言う意味、終息は「物事がきちんと終わる」と言う意味があるので、政府と東電は漢字の意味すら分かっていません。

    冷温停止は海外の技術支援を受け入れたら年内にはできると思いますが、政府&東電の頓珍漢コンビだけなら2~3年は掛かります。 「冷温停止⇒安全停止⇒原子炉の解体」と一段落できる流れは、希望も込めて100年後くらいであって欲しいけれど、「土~水~空気」の汚染三兄弟が全て浄化される可能性は、どうやら800~1200年後くらいではないかと思います。

    「そんなにかかるの?」と思うかもしれませんが、25年以上経つのにチェルノブイリは未だに放射線を出し続けていて、原子炉を囲っている石棺の寿命はあと4~5年です。 5年以内に新しい石棺に交換するなど手を打たないと、チェルノブイリは再び北半球へ放射線を撒き散らし始めるので、日本は福島第一原発とのWパンチで放射線を浴びることになります。

    つまり、爆発やメルトダウンで暴走した原子炉が安全停止したのを、人類の歴史上において誰も見たことがありません。 800歳とか長生きすれば見られるかもしれませんが、私は800歳まで生きる自信はありません。

    私は原子炉を一刻も早く止めたいけれど方法が無いと思っていたら、先日の東京出張でパワースポット巡りをしていると急に冷温停止の方法を閃いたのですが、それを福島第一原発の現場へ伝える術が無いのが残念です。

    仮に伝えることができたとしても、部外者の思い付いた方法を使うなんて自分たちのプライドが許さないので、政府も東電も無視するから冷温停止までは長い道程だと思います。

    あなたは忸怩たる思いを、感じたことがありますか?

    ∠(*^ー^*)oラジャ!!

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    過去と未来。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様には幸せを感じて欲しい、今と言う日が実はとても大切な時間であり、それは掛け替えのない絶対に元へは戻らない瞬間であること、微笑むことができるのは何も不幸なことが無い証明でもあるのです。

    最近は日本の未来についての御相談が多くなってきましたが、私は日本の未来を受け入れようと考えてから心が落ち着いてきました。 私も震災以後は凹むことが多かったのですが、素敵なお客様より励ましのお手紙やお土産などをたくさん頂きましたが、東日本大震災が起きてからの未来は食欲が無くなるレベルでした。

    舵取りを間違えたのは政治家と東電なのに増税などの締め付けは国民負担で、ミスした本人たちは誰も責任を取らないのは卑怯です。 これからの日本は「借金、病気、貧乏」の不幸三兄弟が大暴れしますが、もはや日本の未来は破滅しかないのかと思いました。

    しかし、起きてしまったことは仕方が無いから、心が折れそうでも~落ち込んでいたとしても、今と言う現状を受け入れることで立ち上がるしか日本の未来はありません。

    素敵なお客様の御相談をお伺いする立場にある私が凹んでいたり悩んでいるようでは、霊視カウンセラー失格だから前向きで元気に明るく進む、それ以外は全て余計なことだと思うようにしました。

    未来と言うのは過去にしてきたことの結果であり、それは誰のせいでもなく自分がしてきたことの証です。 苦しいと思えば苦しさが増すし、逃げたいと思えば逃げる~潰れると思えば潰れると、自分が思い描いていた人生が今だと認識するしかありません。

    もうこれで終わりだと思うから人生をあきらめてしまうだけで、夢を忘れて現実しか見なくなるから希望の光が消えていくのです。 悪いことを考えたところで~それを深く掘り下げて考えたところで、なんとかしようとあがいても元気の出る道へは繋がっていません。

    考えに考えて頭も体も疲れてくたくたになり動けなくなって、考えるだけで動けないまま終わりが来るのを待つだけ、こうなると周りが見えなくなり自分のことだけ考えるようになります。

    元気な時には失敗を恐れず夢に向かって歩くことだけ考えていたのに、やがては進むことを忘れて先を見ようとしない、先を見てしまうと失敗する自分を想像して見たくなくなる、同じ場所にいる方が楽だから先が見えなくても同じ場所だけで見ようとしてしまうのです。

    本当は自分でも分かっているのですが、今いる場所から見えなければ見える場所に移動すればいいだけなのに、ダメな時には自分の失敗に対する言い訳を考えてしまうのです。

    人は誰でもワクワクする自分を抑えきれないモノですが、本当に夢を叶えようとすれば必ず動き始めます。 喉が乾けば水を飲むし~お腹が減れば食べ物を食べる、そのように全ては気持ちが起こすことであり、やれるのにやろうとしない自分がいるだけです。

    いくら悩んだところで頭の中で考えるだけでは何も解決はしないのですが、解決するには自分の意識を変えて行動する、それしか方法はないのに人はついつい楽を考えてしまうのです。

    たった一度の人生だから逃げるのも自分だし~向かっていくのも自分であり、他でもない自分の人生だからどちらを選んでも自由で、大人になる自由と言うのは自分で決断する責任が付くことでもあります。

    町を歩くと色々なお店ができては潰れてと、たった一つの会社やお店でも再建すると言うことは大変です。

    初めは夢や希望に燃えて始めたはずなのに、いつの間にか資金繰りが立ち行かなくなり経営が苦しくなる、そうなると自転車操業でお金の為に動くだけで夢が無くなり、やがて破綻するしかない末路は悲惨で惨めです。

    人には無限の力があると言われるし、誰にでも夢は叶うとも言われます。 しかし、それができるのは「できると自分を信じた者だけができる」のであり、チャンスを与えられて乗り越えられるのは、あきらめずに夢を目指し続けた人だけです。

    人は誰でも凄い力が備わっているのですが、その力を出すのか~出さないのかと言う、ホンの少しの差があるだけで、苦しみの中から立ち上がることができたら自分の居場所が決まってくるのです。

    悪いことだけを考えていると委縮して自分の力を自分で殺してしまうから、眠れる力を目覚めさせるのに根拠は必要ありません。 悪いことは根拠が無くても信じてしまうのに、良いことは根拠を必要とするのは人の悪い癖です。 悪いことを信じるなら良いことも信じる、良いことが起きるのに根拠は必要ありません。

    過去の自分を捨てて未来の自分を信じることが再起する為の第一歩であり、過去を捨てないと過去に縛られてしまい、やがては過去の思い出に潰されてしまいます。

    昨日は昨日で済んでしまった過去だから、明日は明日の風が吹くと言う未来であり、悪夢と言うのは過去の出来事であり、希望と言うのは明日への光となります。

    あなたは過去と未来、どちらが大切ですか?

    (@⌒ο⌒@)b ウフッ

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    秋葉原。

    おはようございます。 昨日も無事に東京より帰ってきましたが、私は強運だから地震も放射能も全く関係有りません。 素敵なお客様の御予約を守るのは何よりも大切なことで、今後も東京出張を中止するとか逃げ出すなんて言うのはあり得ません。

    中止と言えば秋葉原でも歩行者天国が再開されましたが、中止の原因は2008年6月8日12時30分に起きた無差別殺傷事件です。 あの事件も大変な騒ぎになりましたが、あのような事件が起きると言うことを社会のせいにせず、個人の責任としてきちんと捌かないと出所後に同じことを繰り返します。

    その事件が起きた秋葉原とは、東京の秋葉原駅周辺の東京都千代田区外神田、それから神田佐久間町や神田花岡町、更に台東区秋葉原周辺を指して言います。

    この場所は江戸時代に火防の神として広く信仰を集めていた、神仏混淆の秋葉大権現が勧請されたと勘違いして、火災時に緩衝地帯となるよう空き地とされていた社域を「秋葉の原」「秋葉っ原」と呼んだのが由来です。

    昔は「あきばはら、あきばっぱら、あきばがはら、あきばのはら」と、様々な名称があり特定の名前は存在しませんでした。 呼称が「あきはばら」として定着するのは鉄道駅ができた以降からで、それから地名も「あきはばら」となったようです。

    なお、1890年に鉄道が開業した時は「あきはのはらえき」となり、旅客は扱わない貨物専用駅でした。 ちなみに「あきはばら」の読みは秋葉原駅の駅名をつける時に、当時の鉄道官僚が「あきばはら」を読み間違えて「あきはばら」にしたからと言う説があります。

    この地は戦後の日本において高度経済成長とともに、多様な電子関連の機器や部品とソフトウェアを取り扱う商店が建ち並び、世界有数の電気街として発展し続けて世界的な観光地の顔ともなりました。

    できた当初はジャンク品の商店とか家電販売店が中心の電気街でしたが、戦後になると音楽ブームを背景としてレコードやCDを取り扱う専門店が軒を連ねて、その後は電子ゲームブームの到来によりゲームショップが繁盛しました。

    この電子ゲームブームが本格化したことで「仮想空間」に目を付けたホビーショップやアニメショップも登場しました。 近年では規制緩和に伴って外資も参入したことで再開発も進み、駅を挟む形で多くの複合ビルが建設されて訪れる年齢層も多様化しています。

    この秋葉原はJRや地下鉄など色々な路線がある為に利便性が良く、秋原電器街の外側はオフィス街としても有名で、更には古くから建っている民家も見ることができるので、都心の一等地として地価&家賃ともに上昇の一途を辿っています。

    ただし、2011年現在の秋葉原は今までの概念から少しずれてきているのですが、「家電量販店がひしめき合っている」とか「家電品が安く買える」と言うのは終わりました。 今は家電やPCよりもオタクの街としての顔の方が強く、フィギュアやメイド喫茶やAKB48のマニアやファンが多いです。

    なお、電子部品のマニア向けのような特殊な製品の需要に関してはまだまだ高く、現在でも秋葉原駅近くの総武線ガード下を中心として根強く生き残っていて、「秋葉原電気街」の源流は今も続いています。

    昔の秋葉原は電気街だけでなく青果市場の町としても有名で、1989年に大田市場に移転するまでは神田青果市場が存在して、神田市場向けに営業していた飲食店や青果店が多く軒を連ねていました。

    今の秋葉原を歩いていると色々なモノが目に付くのですが、私はメイド喫茶に入ったことは無いけれど見かけることは多いです。 メイド喫茶も色々な種類があり、妹と兄~お姫様と下部~お婆ちゃんメイドカフェなど色々な設定があり、私からすれば信じられないけれど本人は大真面目と言う風景に出くわすこともあります。

    秋葉原の某路地にあるメイド喫茶は2階にあるのですが、その路地を歩いていると2階の窓から顔を出したお姫様に命令されている男性が窓の下にいました。 何をしているのかと言えば、お姫様からの「嬉しい命令?」を聞いているようです。

    お姫様が命令したことを2階まで聞こえるように大声で10回叫んで、お姫様のお許しが出ればお店に入れてもらえるようでした。

    その時にお姫様に命令されていた男性は路地とは言っても人通りの多い場所で、「僕は妹が大好きです!」と大声で10回言わされて、お姫様が「よし、よく言ったわね。 それじゃあ、お店にお入り!」と命じられて、ニコニコと大喜びでお店に駆け上がっていました。

    この話をするとほとんどの方が「それ、ホントですか~?」と疑われるのですが、秋葉原の路地などにたくさんあるメイド喫茶では20~30代の男性が、お姫様やメイド様から気に入られようと日夜努力している姿を垣間見ることができます。

    秋葉原の様子はデジカメの小部屋にアップしてありますので、電気街の交差点や神田川の様子などをご覧頂ければ嬉しいです。 また、今回の東京出張ではパワースポット巡りをしてきましたが、パワースポットとは神社だけではありません。 (徐々にブログと写真をアップの予定です。)

    なお、その時に某パワースポットにて3枚連続で写真を撮ったのですが、その2枚目に写した写真のビル群中央付近に飛行物体のような何かが写っていたので、拡大して見たのですが粒子が粗くなり何なのかが分かりません。

    飛行機にしては高度が低すぎるし~飛行機なら翼の位置が機体の中心へあるはずなので、画像解析ソフトをお持ちの方は解析して頂けたら嬉しいです。 (デジカメの小部屋の最後に、問題の写真3枚+拡大画像をアップしてあります。)

    震災後に東北や東京でUFOの目撃情報が多発していますが、これもUFOだったら夢があると思えるのですが、実際は飛行機と言うオチのような気がします…。

    最後で秋葉原よりも謎の物体へ話が行きましたが、今日の本題は秋葉原でした。 m(__)m

    あなたは秋葉原へ、行ってみたいと思いますか?

    (。→ˇ艸←) プッ…。

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    感動。

    おはようございます。 この世に素敵なあなたがいるからこそ、どんなにリアルな現実が目の前にあっても、それを乗り越えていくことができるのだと思います。 辛くても悲しくても、いつかはきっと輝ける日が来る、幸せで平和な日常がある、そう思えるからこそ人は生きていけるのです。

    いつもなら春が来て新しい人生の始まりや節目を迎えて、希望に燃えている人が多かったはずですが、3月11日の震災により全てを失った人もいるし、助かったけれど親がいなくなって震災孤児になってしまった子どもたちもいます。

    人は誰でも独り立ちする時が来るけれど、否応なしに~強制的に一人で生きて行かなければならない、大人たちも苦しいかもしれないけれど子どもたちはもっと苦しい現実があります。

    本来ならばお父さんやお母さんと一緒に入学式を迎えるはずだったのに、今は親もいなければ家も無く頼れる人が一人もいない、今まで現実だった幸せな生活がまるで夢のような長い道に感じていると思います。

    東日本大震災は現実に起こってしまったことだけれど、起きてしまった以上は変えようがないから、無理矢理にでも記憶にしまい込んで新しい生活を始めなければならないし、生まれ変わらなければならない、辛いけれど現実に立ち向かうしかないのです。

    東北の方々は不安な日々が続いていると思いますが、無理に微笑もうとすれば反動により涙が零れる時が増えてしまいます。 無理に頑張らなくていいし~頑張ろうとしなくてもいい、今の自分の感情を無理に抑え込もうとしなくても大丈夫、きっと悪夢にピリオドを打つことができる時はきます。

    東北の方々が不安そうな顔をした時に「大丈夫」とか「心配ない」と言い切れるように、私たちは支えるだけの地力を蓄えておいて継続的な支援をしていき、不安そうな顔が笑顔に変わる瞬間を増やして行かなければと思うのです。

    被災された方々に今一番足りないモノの定義は人それぞれだと思うのですが、私が思う足りないモノとは「夢や希望」ではないかと思うのです。 家が流されたり人命が失われたりと、自分にとって大切なモノが一瞬にして無になってしまったことは、未来が見えなくなった瞬間でもあると思うのです。

    私は被災された方々が見失っている夢や希望、その無くしてしまった大切な宝物を探すお手伝い、誰もが持っていた夢の場所にもう一度たどり着けるお手伝いができればと思うのです。 避難所となっている体育館の中でも大勢の方々が夢も希望も見えなくなっているけれど、元気を出して歩き始めれば一歩先には夢や希望が一杯あると思うのです。

    忘れると言うことは大事なことでもあるのですが、嫌なことは忘れて良いことだけ覚えている、無理かもしれないけれど良いことだけ考えて悪い記憶を忘れて行く、そうして行かなければ過去を懐かしむだけで前に進めなくなってしまうのです。

    寒い冬を越えたら暖かい春がやってきて、夏が来て~秋が来て~再び冬がやってくる、その中にある記憶には輝いている自分の姿を思い出して、活き活きしていた時の笑顔の自分を取り戻して欲しいと願うのです。

    東日本大震災は余りにも広範囲で巨大な災害だったから、何が始まりで何が終わりなのかもよく分からないほどですが、スタートの瞬間と言うのは被災された方々が「自らやる気になった時」です。

    物資などの救援物資や義捐金で生活の援助などは私たちでお手伝いできることですが、心の中にある悪夢と闘うのは個人個人であり、自分自身で悪夢を払拭しない限りはいつまでも夢や希望を取り戻すことはできないのです。

    早くも震災から2ヶ月近くが経とうとしていますが、あの時までは被災された方々も胸に夢や希望に満ち溢れていたはずです。

    そして「あんな風にしたい!」とか「次は、こうなれば良いなぁ!」など、思い描いていたことは決心してきた内容をどこかに忘れてきただけで、失くした訳じゃないから取り戻せばきっと輝けるはずです。

    今年の桜は悲しげでもあり~寂しげでもあり、人の心を読み取るかのように咲き誇りました。 桜の木は生きている限り同じ場所で花を咲かせ続けますが、地道にやり直す覚悟があれば一歩踏み出す勇気や元気は、被災された方々の胸の中にちゃんとあります。

    あなたの居場所はあなたが決める、右へ行こうと左へ行こうと夢や希望と言う名のゴールは、素敵なあなたが辿り着くことをちゃんと待っていて、逃げることも無くなることありません。

    夢や希望を忘れてしまった人たちが、自分たちの心の中に夢や希望があったことを思いだして~やる気を取り戻して頂けるのであれば、それは私自身も素敵なお客様の夢に関わると言う素晴らしいことができる幸せであり、私自身も更なる支援やお手伝いをして行きたいと願うのです。

    全て失うと言うのは辛くて悲しいことだと思いますが、ゼロからのスタートと言うのは人に感動を与えて、自分だけではなく周りの人も元気にすることになります。

    あなたの力が人を感動させる、そういう自分に気付いていますか?

    ( ̄0 ̄)/ オォー!!



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は12日(木)から再開します。 いつもご予約をいただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    正義。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様の笑顔がある限り、この世は平和で素晴らしい日が続くと信じています。 あなたと言う素晴らしい方が誕生した時から、日本の平和が脈々と続いているのは凄いことです。

    人は生きていると辛いことや悲しいことがあるかもしれませんが、楽しいことや嬉しいことも一杯あるから生きていられるのです。 産まれてから一度も笑ったことが無い人はいないし、産まれてきて一度も良いことが無かったなんて人もいません。

    「いいや、一度も良いことは無かった。」と言う人がいたとしたら、それは幸せな自分に気が付いていないだけだと思うのです。

    日本に生まれてきた人は、それだけで強運の証拠なんですが、そういう基本的なことに気付けないと、パワースポットへ行っても良い気を吸収することはできません。 時々ですが、パワースポットへ行って「悪いことばかり起こる」と思う方がいると思いますが、それには二つの理由があるので自分はどちらへ当てはまるのかに注意です。

    一つ目はデトックスのような毒出しで、悪いことを次々起こして運勢の悪いことを全部排出している、そんな状態を起こして残りは良いことしかないと言う「残り物には福がある」を作りだしている場合です。

    二つ目はパワースポットで良い気の吸収ができない人で、これは欲があるとかどうとか言う訳でもないようです。 お金が欲しくてパワースポットに行ってもパワーを吸収できる人もいるし、結婚したいと思って行っても素敵な彼と出会える運命になる人もいます。

    では、どうして吸収できる人とできない人がいるかですが、どうも先に何があるかで決まるような感じがあります。

    つまり、お金を儲けたいと思っている人でも、お金を儲けて盲導犬へ寄付するとか身寄りの無い子どもたちの施設を作るなど、お金を儲けることで人の役に立つような未来がある人は吸収しやすいようです。

    例えば、もう働くのなんか嫌だ⇒携帯アフィリエイトで月に500万円稼ぎたい⇒楽して海外旅行やブランド物が欲しい、このように自分のことだけ考えて~汗水流すことは嫌だし苦労もしたくない、仮にこういう人がいたとしたらパワースポットへ行ったとしても、良い気を吸収することはできないと思います。

    意外と知られていないのですが、実はパワースポットは人を選ぶのです。 「こんな人に来て欲しくない」と思ったら、良い気を吸収させずに「なにも良いことなんかない!」と思わせて、その人が2度と来ないように仕向けたりします。

    これはパワースポットなりの正義なのかもしれないのですが、人間の方から見たら「上手いこと儲けたい」で、パワースポットから見ると「欲丸出しでえげつない」となるのかもしれません。

    これを簡単に言うと「正義とは何なのか」に繋がるのですが、正義とは小難しく考えなくても簡単なことで、ようは「困っている人を助けること」が一番分かりやすい正義です。

    飢えてひもじい思いをしている人へ食料を差し出す行為が「正義」であり、テロ国家を空爆したり震災の被害国へ援助するふりして、高い製品を売りつけて善意に見せかけることではありません。

    世界中に紛争が起こっている現状ではアメリカにはアメリカの正義があり、イラクにはイラクの正義があり、パキスタンや中国や韓国やロシアなどにも正義があり、正義と言うのは立場によって変わってくるのです。

    しかし、困っている人(飢えている人)に食料の援助などをする行為は、立場が変わろうと考え方が変わろうと、普通にみれば「正しいこと」に変わりないと思います。 (ただし、宗教的にどうなのか、それは別な話です。)

    特に政治家や国家レベルになると「自分の利益=正義」になるから、本当の正義とは普通の一般の人々が行う行為こそ、正義と言う名に相応しい行いになるのです。

    何故なら、普通の人なら目の前で溺れる子どもを見て知らん顔はしないし、避難所で食べる物が無い人を見たら心が痛むのです。 普通の人には余り力が無いから、時には助けるどころか自分も溺れるかもしれないし、自分の食べる物を差し出すと自分の食べる物が無くなるかもしれないのです。

    それでも「助けずにはいられない」と心を揺り動かされて行動する、正義を行う時には自分も傷つくかも知れないことを受け入れて、それでも動けるのはほとんどが一般の人なのです。

    差し詰め今なら福島第一原発を停止させる為に立ち向かっている人々は、自分たちが被爆することが分かっていながら、「この事故を何とかしなくては!」と言う覚悟で放射能に立ち向かっているので、現場で戦っている作業員の方々が今の日本で分かりやすい正義です。

    遥か昔のことですが、日本は原爆をニ回も落とされて何十年も人が住めない土地だと言われてきたけれど、それでも戦後の目覚ましい復興ができたのだから、日本人は粘り強くて正しい行いのできる、立派な生き方をしてきた素晴らしい国民だと思うのです。

    あなたにとっての正義とは、何が正義になりますか?

    d( ̄◇ ̄)b グッ♪

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    生きる。

    おはようございます。 今日も明日も明後日も平穏な未来があると言うのは凄いことで、素敵なお客様の未来が続いて行くのはあなたの心が美しいからです。 今日も朝起きて元気に動ける幸せ、それは生きているからこその不変な事実なのです。

    私は県北でいじめられてきたけれど死んでいない以上は、死ぬほどいじめられたと思いこんでいるだけなのかもしれません。 今もこうして生きているのは耐えることができた証拠で、生きている以上は県北のいじめと言っても大したことは無かったのかもしれません。

    私は生きている悩みではなく死んでしまった悩み、つまり亡くなってしまってからの悩みをお伺いするのは、手も足も出ないからお話しを聞くだけになってしまいます。 死んで花実が咲くものかと言う言葉通りに、死ぬ勇気があるのなら死ぬ前にするべきことがたくさんあると思うのです。

    仮に仕事や商売に失敗したと言っても、命と引き換えにするほどの仕事や商売はありません。 命と言うのは尊いもので、それと引き換え出来ることなんてありません。

    死んで何が解決するのかを考えて欲しいのですが、「死んで楽になる」と思うのは自分だけで、実際には残された人の苦しみや悲しみを考えると、何も解決せずに後始末など迷惑を掛けるだけです。

    私は中学生の時と社会人になってからの2回、自殺を考えたことがあります。 中学2年生の時は教室で首吊りか、屋上から中庭側の玄関前に飛び降りようとしたのですが、その時に自分が亡くなった姿を視てビビってしまったのと、私が自殺した姿を見た同級生たちは笑うだけで、心の痛みなんか感じない姿が視えて死ぬのがバカバカしくなりました。

    その次に自殺を考えたのは社会人になってからで、父親が銀行の借金だけでは収まらずサラ金にも次々と手を出して、実家は競売にかけられるし父親の借金は膨れあがるし八方ふさがりでした。

    仕事も無い~お金も無い~いじめられるで、「もう、死のう」と伯備線の踏切が鳴っているのに侵入して、特急やくも号が目の前に迫ってきて「あぁ、死ぬんだなぁ…。」と思った時に、ふと我に返って怖くなり踏切から外へ出ました。

    あの時は体が震えて立ち竦みしばらく動けなかったのですが、今は本当に生きていてよかったと思います。 あの時の私は思いつめておかしくなっていたと思いますが、普段から自殺するすると言っている人は意識がはっきりしているから死ねる訳がありません。

    自殺を考えている人は「自殺をしても楽にならない」と言う現実を考えて、死ぬくらいなら人生はやり直せるから「自殺は絶対にするな」と言いたいです。

    自殺は後に残された家族の人生も傷つける残酷なことであり、その時には自分は「この世には存在しない」なんて言うのは卑怯です。 本当に申し訳ないとか~ごめんなさいと言う気持ちがあるのなら、どんなに辛くても~どんなに罵倒されても~あきらめずにやり直せばいいのです。

    民主党政権になってから景気が一段と後退して失業率がどんどんと悪化するし、中小企業や個人商店の倒産も増える一方ですが、それでも「死ぬくらいなら、死んだ気になってやり直す」と言うのが、この世に生命を受けて誕生した責任と義務だと思うのです。

    いつでも~どこでも~どんな状況でもやり直せるので、やれないとか無理だと思っているのは自分の弱い気持ちだけです。 自殺するのは男性の方が圧倒的に多いのですが、女性の方が辛いことは多いのに強く生きているのは素晴らしいです。

    だからこそ男性には「男なら甘えずに立ち上がれ」と言いたいのですが、悩んでいるのは行動するのが怖いだけ&自分が可愛いだけだと気付いて欲しいのです。 会社が潰れようが~商売に失敗しようが~お金が無かろうが、五体満足な体があるにも関わらず「やれない言い訳」を一生懸命に考えているのは情けないです。

    彼女の為に生きる~奥様の為に生きる~子どもの為に生きる、自分の為に生きることが出来なくなったのであれば、これらの周りにいる人たちのことを思い浮かべれば人生を生き抜かなければならない、そういう自分の使命に気付けるはずなのです。

    私は運命に助けられて生きる道が変わり、そして素敵なお客様にお会いできることで人生の復活のきっかけを与えて頂き、人生はやり直せると言うことを実感しているからこそ言えるのです。

    人生における本当の失敗とは何かを失ったり間違ったりすることではなく、「自分が諦めてしまい怖くてやらない」と言うことで、それ以外は自分が甘えてできない理由を次々と考えて言い訳しているだけです。

    あなたは生きる責任と義務、それをどう考えますか?

    o(*⌒O⌒)bふぁいとっ!!

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    良い男。

    おはようございます。 GWも中盤に入りましたが、素敵なお客様は毎日幸運が降り注いでいることと思います。 私は今日も事務所にて鑑定中ですが、素敵なお客様とお会いできることは極上の幸せであり、これからも自分を厳しく律してたゆまぬ努力を続けていきたいと思います。

    私と縁がある素敵なお客様には幸せが降り注ぐ理由ですが、それは運命からの御褒美が降り注いでいるだけで、何もせずに何かが起こる訳でもないと思います。 運命は努力している人やあきらめない人には何かの結果を提示してくれて、次なるステップへのヒントを必ず暗示してくれます。

    心にエネルギーが湧く時と言うのは、やはり恋する時が一番燃え盛るのかもしれません。 人は恋をすると綺麗になったり~仕事にやる気が出たり、目標へ向かう速度や成功確率が跳ね上がる時もあります。

    「良い恋をする」と言うのは人生におけるスパイスであり、それがどのように利くかで恋の味付けが変わってくると思うのです。

    今日は女性の立場から見て良い男と言うよりは、私が霊視カウンセリングをしている中で運命的にと言うか、自分を成長させてくれると言うべきなのか、良い男の定義は人それぞれと言うのが前提ではあるけれど、一つの参考(ヒント)になる話になればと思います。

    人が人を好きになると言うのは理屈ではなく、心が反応して好きと言う気持ちが走り始めたら止まらなくなる、好きと言う想いが頭の中を駆け巡り寝ても覚めても好きな彼のことを思い浮かべてしまう、恋はそれほどに人の心をかき乱したり~燃えあがらせたりするのです。

    良い男の定義とは「好きになった男=良い男」が一つの定義ですが、中身がどうであれ「好きだから…。」と思えるなら良い男になることは間違いありません。 どれだけ苦労しようとも、どれだけ浮気をされようとも、「好き」と言う想いが相手を良い男に見せてしまうのが恋の魔力なのです。

    ただし、昔と今では良い男の定義が少し違ってきた部分もありますが、私が年間を通じて色々な御相談を受けても~街中で色々な男性を見ても、「女性にモテル男=良い男」は不変の定義のひとつだと思います。

    人が集まる男と言うのは何かの魅力があるからで、どこへ行こうと何をしようと人が集まると言うのは、「何かを持っている男である」と言う証明でもあります。 私のところへ鑑定に来ている男性の中で独身限定だと、寄付の神様よりMさんの方が日本的にはモテル男のような感じがします。

    寄付の神様は医師と言う立場などからモテルと言うより尊敬の部分が大きいし、帰国子女だから海外的なエスコートの部分に違和感があるかもしれません。

    また、私は一度だけMさんの職場へ遊びに行ったことがあるのですが、Mさんの仕事ぶりを見てもモテるなぁと感じました。 Mさんの職場が分かるといけないので詳しいことは書きませんが、仕事中のMさんはSPの時の堤真一さんみたいでした。 細かいところへ気が利くし~仕事はできるし、全方位へ気配りするので女性社員からモテルのも分かる気がします。

    では、良い男である可能性が高い行動や考え方など見分け方について、書いてみたいと思います。

    良い男の見分け方と言うのは難しいと言えば難しいし~簡単と言えば簡単ですが、一番気をつけなくてはならないことは「恋は盲目」なので、ダメと分かっていながら好きになってしまうのであれば、残念ながら良い男を捕まえることはできません。

    個人個人の好みの差で好きになるのであれば、それは相手と最後まで添い遂げる覚悟が必要で、何があろうと相手と一緒にいること~何があろうと相手の傷を自分の傷として受け止めること、それができないのであれば冷静に判断できる恋をしなくてはいけないのです。

    失敗しない「良い男」の選び方として、「掃除ができる&料理ができる」と言う男を捕まえたら、多少の波はあるかもしれないけれど外れは少ないと思います。

    まずは「掃除ができる男」についてですが、常日頃から部屋をキレイにしている男はキチンとしていないといけない部分があるので、時間でも何でも「約束したことは守る」ことが多いです。 掃除をしない男は部屋の乱れがルーズさを招き、掃除をしなくても「まぁ、いいや。」といい加減さが身に付きます。

    そして「料理ができる男」ですが、料理と言うのは手間暇を掛けることが重要なので、下ごしらえから後片付けまで細かいところへ気が利くようになります。 それに自分が料理をすることで大変さが分かるから、座ったままで奥様にアレコレと命令することも無く、料理ができる男も外れが少なくなります。

    迷った時や分からない時には「掃除ができる&料理ができる」を、一つの判断基準にして頂ければ、辛い恋や悲しい恋をすることは少なくなると思います。

    あなたは良い男、見分ける自信がありますか?

    (〃 ̄ω ̄)σ フ~ン…。

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    チャンスの順番。

    おはようございます。 幸せを手のひらへ掴み取ろうなんて言うのは夢があって良いと思いますが、その手のひらが大きいからいっぱい掴めると言う訳でもありません。 いくら大きな手をしていてもチャンスの順番がきた時に、掴み取ることができなければスル―してしまうからです。

    運命と言うのは気まぐれでもあるけれど努力している人にチャンスはくれるので、そのチャンスを活かせるかどうかは自分次第の部分が大きく、やらなければならない時にはやると言う気持ちが大切です。

    あきらめなければ夢は叶うと言うけれど、叶う前にあきらめてしまう人が多いのも事実です。 もう少し頑張っていればと言う時に辞めてしまう、惜しいけれど叶わないままで終わる時は、その時は良いかもしれないけれど後で後悔する時がやってきます。

    運命の流れとは自然の流れに共通するところがあるのですが、川の流れはいつの間にか始まり誰も最初を見た人はいません。 気が付いたら川が流れていたし、気が付いたら海は水で満たされていたのですから、目の前にあることを受け入れることが自然と運命の共通点だと思うのです。

    変わりゆく自然の姿を眺めている時に変わって欲しくないと思っても無理ですし、季節により暑いとか寒いとか言うのも意味が無いことです。 暑ければ薄着をするし~寒ければ厚着をする、その繰り返しで行くしかないのです。

    自然に逆らうことは出来ないけれど自然と共に生きることはできるから、運命に逆らうことはできないけれど運命と共に生きることはできるので、今日は何かが足りなくても明日は足りているかもしれない、そういう気持ちで泰然自若でいれば良いと思うのです。

    一人でいるとあれやこれやと考えてしまうから、足りないモノへ目が向いてしまい悩んでしまうのかもしれないけれど、立ち止まっていても前に進むことは出来ないし解決することもありません。

    運と言うのは最強と極めることはできなくて、じゃんけんのように勝てる時と勝てない時が順番に来るものです。 今までついていなくても急につきはじめる時があるし、今まで絶好調でも急に落ちてしまう時もあります。

    しかし、冬の寒さを乗り越えると春が来るように素敵なお客様の明るい未来は必ずやってくるから、考える度に息をするのが苦しくなるような恋だって良い経験となって成長させてくれます。

    人は焦らなくてもいいのに焦ってしまうことがあるのですが、周りにいる人や知り合いが成功したり結婚したり、そういう姿を見ると焦ってしまうのは仕方がありません。

    夢の階段と言うのは人により登る段数も違うし角度も違うから、トップでゴールしようがビリでゴールしようが、それは個人差があるから気にしてはいけないのです。 自分と誰かを比べる必要はないし、自分と誰かを比べてもゴールが違うから意味がありません。

    もしも、どうしても比べると言うのであれば今の自分と未来の自分を比べるようにすると、それは自分の未来を信じることへ繋がるのではないかと思うのです。

    夢を追いかけている時に夢の方から「あきらめろ」なんて言うことは無く、夢を追いかけきれなくなってしまい、途中で自分から諦めてしまうだけです。 自分から背を向けなければ夢はあなたのことを待っているし、運命は努力を継続する人の味方で途中投げをする人の応援はしないと思うのです。

    今のあなたに出来ることをコツコツとやり続けていれば、それはきっとできることの方が多いはずです。

    チャンスの順番が今は回ってきていないかもしれないけれど、いつかはきっとあなたにも順番が回ってくるはずです。 今は先が見えないから不安になるかもしれないけれど、歩み続ければ少しずつ前に進んでいることは間違いないし、着実にチャンスの順番はあなたの方へ近づいているのです。

    そしてチャンスの順番がきた時にあなたは今以上に輝いているはずですし、チャンスの順番がきた時に臆せずキチンと受け止めることで、周りの人も幸せに出来るはずです。

    私もチャンスの順番が回ってきたら嬉しいと思いますが、今はチャンスの順番が回ってきたとしても後でいいので、私の分を東北の被災者の方々へ先にチャンスを回して欲しいと思います。 何故なら私には住む場所もあれば事務所もあるし、パソコンや携帯もあるし、食べるモノや水にも不自由していません。

    おまけに天女のような素敵なお客様が大勢いてくださるのだから、これ以上の幸せなことは無いので、東北の被災者の方々へチャンスの順番を譲ったからと言って、私はすぐに次のチャンスが回ってくるから一度や二度のチャンスは、私よりも困っている人へ譲っても平気です。

    あなたはチャンスの順番、それに気付いていますか?

    (●`・ω・´●)フゥ~♪

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    儲けのカラクリ。

    おはようございます。 GWも始まりましたが私は年中無休なので今日も事務所で、素敵なお客様とお会いできることをワクワクドキドキしています。 考えても仕方が無いことは考えない、悩んでも仕方が無いことは悩まない、人生を楽しむ為にも忘れることが大切な時もあります。

    今の日本は未曽有の危機と言うけれど発想を変えると未曾有の危機どころか、日本再生のチャンスに変わります。 少し見方を変えてみると福島第一原発が人災により破壊されたことで、危険性が再認識されて全国で原子炉が論議され始めました。

    他にも日本に有利なことを挙げてみると、外国人による日本国土の買い占めにブレーキが掛かり始めました。 民主党政権は外国人への国土売却を率先してきましたが、放射能汚染で買収が減り始めて逆に外国人が土地を手放し始めました。

    それに国民の善意が掘り起こされて助け合いや思いやりの精神が目覚めて動き始めたし、政党や政治家へ国民の目が厳しく向き始めたから、東日本大震災がきっかけで変わり始めたことは一杯ありますが、その一方で厳しく監視する必要がある事柄もたくさんあります。

    例えば、政治家や官僚が日本中&世界中から集まった義援金を、密かに流用や横流しして色々な穴埋めをしそうです。 それに復興と言う名目で増税を行うでしょうし、全国の電力会社へ復興の負担をさせると言いながら、実際は電力各社も電気料金の値上げで国民へ負担をさせる気です。

    それに経団連(東電社長が副代表)もあからさまに国民負担を強調していますし、福島県知事も被害者として国に全額補償の要求をする気持ちも分かるけれど、その前に福島県は原発で毎年45億円以上の税収があったのに、それがどこへ消えたのかを説明して欲しいです。

    更に東電へ天下りしている元官僚たちは東電への負担軽減を、当時の部下(官僚)たちへ指示して東電を守る為に裏で暗躍しています。 その成果がよく分かるのは会見で東電社長が「原子力損害賠償法」を連呼していることで、既に民主党政権と話し合いが付いていることを暗示しています。

    「国民から取らなきゃ、どこから財源を持ってくるんだ?」と、欲ボケした政治家が反論するかもしれませんが、国民が一円も負担せずに東北再建ができるだけの財源はちゃんとあります。

    天下りにより原発関連の法人への予算が毎年約1兆円以上出ているし、東電の役員報酬は7千万円くらいあるので、東電の会長~社長~役員の資産を吐き出させれば相当なお金になります。 そして原発を推進している官僚や族議員も今まで美味しい思いをしてきたのだから、この高額な年収や資産を吐き出させればかなりのお金が出てきます。

    他にも打ち出の小槌の如く財源はあるのですが、福島第一原発を基軸に儲けていた日立~東芝~GE~鹿島などへ、福島第一原発で儲けた分を隠さず復興財源として差し出させるのが政治家の役目です。 また、こんな時に民主党の某大臣は「日本も中国国債を購入できるように協議する」と意欲的ですが、国債なんか買わなくていいから復興財源にするべきです。

    更に原発と震災のCMでボロ儲けをしているテレビ局や広告代理店も責任ありで、「何でTV局や広告業界まで?」と思われるかもしれませんが、今回の震災でかなり儲けたので「震災で儲けた分は震災へ使うべき」だと思います。

    その儲けのカラクリですが、まずA社と言う義捐金を請け負う会社を立ち上げます。 そしてA社は色々な番組で「義捐金を受け付けます。」とテロップを表示してもらい、テロップを見た善意の視聴者の方々から義捐金を振り込んでもらいます。

    集められた義捐金は3等分されて、「3分の1をA社+3分の1をTV局+3分の1を寄付」とする、これこそが広告代理店の仕掛けた義捐金で儲けるカラクリです。 集められた義捐金は3分の1が寄付されて、3分の2はTV局やA社(中身は広告代理店)へ流れています。 だから義捐金を集めている会社は、知らない名前なのに大きく扱われているのです。

    こうやって色々と集めれば15兆円くらいになるので、政治家も官僚もあれが無い~これが無いと無いことばかり言わず、無ければ無いで有るようにするのが仕事です。 政治家や官僚は自分たちの給料をほとんど削らないのに、あれだけ活躍している自衛隊の収入を一律10%カットするなんて非情&薄情です。 (ならば政治家と官僚の給料も、一律50%カットすればいいんです。)

    残念なことに日本の為にならないことばかりする人が政治家と言うのが最大の国難で、今年は東北でお米が作れないから全国の減反政策を休止すればいいのに、民主党は不足米を中国や韓国から買う約束をしたので、震災を利用して東北の減反を通常より加速させるとは非情&薄情です。

    知恵を出せば増税せずに東北の立て直しは5年もあれば充分で、「東日本大震災の被害は20兆円だったけれど、復興は5兆円でやれた。」と、胸を張って未来の子どもたちへ話せるようにするが大人の責任です。

    このままで行くと税金が無限に上がり続けるのですが、今度は被災者の方々の住宅ローンを国が肩代わりすると言い始めました。 しかし、阪神大震災や中越地震の時に被災した方々は自分たちでローンを返済しているので、選挙の票が欲しいからとバラマキするのは止めて欲しいと思います。 (阪神大震災や中越地震の二重ローンに苦しむ人が、今も日本には大勢いるのです。)

    最後に東電が会見でドンドンと「余裕&強き」になる理由ですが、どこかの国の総理大臣が「圧力弁を壊したこと&アメリカの冷却材提供を断ったこと」など、マズイ話を東電が秘密にする代わりに国が「免責」で東電を救う筋書きですね…。

    あなたは儲けのカラクリに、気が付いていましたか?

    ☆⌒(@^-゜@)v ヨロシクネ♪

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