徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    愛の貧乏。

    おはようございます。 昔の話ですが「愛の貧乏脱出大作戦」と言うTV番組があり、放映されていなかった県も多いのですが岡山では放映されていました。 客足が遠のいて大きな借金を抱えるお店(飲食店や旅館など)の店主に、一念発起してやり直す場を番組が提供する感じでした。

    番組が店の立て直しの方針や作戦を考えて、その道の達人(有名店の店主など)の下で修行させて、達人から認められたら番組制作費で店舗のリフォームを行い、名実ともに繁盛店へと生まれ変わらせる番組でした。

    最初に依頼人である店主や家族が登場して店の現状を話し、そして店主の修行の経過をダイジェストで紹介します。 修行はほぼ達人の店で行われたのですが修行期間は数日から数週間におよび、料理や接客マナーを基礎からみっちりと学ばせて、時々は坐禅や滝行などの精神修行もありました。

    厳しい修行に耐えかねた店主が達人に反抗するなど修行が中断されることも多く、番組スタッフに説得された店主が達人に謝ったりすることもありました。 この番組は開業前に宣伝広告をしたり開店時だけは大袈裟にしていましたが、それ以外の修行だけはリアルだったので脱落者が多く放映できないロケも多くありました。

    この番組では181店のお店が修行を無事に終了して経営を一時的には立て直したのですが、流行らないお店を立て直しても考え方までは立て直せないのは残念です。 2011年現在も営業を続けているのは「181店舗中39店舗」だから、なんと21.5%しか生き残れていないのは「楽して繁盛店にはなれない」と言う証拠です。

    ただし、繁盛してお店を立て替えたり広げたりするほど成長したお店もあるにはあるのですが、そうなったお店は4店舗なので成功確率は2.2%と言う燦々たる結果でした。

    最後のチャンスと言う意味では良い番組だと思っていたのですが、助けてはいけない人を助けると言う虚しさは如実に表れている番組でした。 いくら周りが一生懸命になっても、本人にやる気が無いとか人の話を真面目に聞く気が無いようでは、命を掛けて立て直すと言うことは無理なのです。

    私は東京出張で商売の立て直しの御相談は山のようにありますが、その御相談にお越しになるのはほとんどが奥様&彼女であり、本人は全く危機感を抱いておらずなんとかなると思いこんでいるのです。

    奥様や彼女に説得されて渋々と私のところへ来るけれど、口だけは達者で「俺、別に困って無いから。」とか、「素人に口出しして欲しくない」など、あれだけ家族に迷惑を掛けているのに反省の色が無いのは、もはや手の施しようがない末期症状です。

    その反面、一から出直す気持ちで素直に受け止めて、自分なりにアイディアを練って成功して行く男性もいます。 その代表格がたまにブログへ登場するMさんですが、この人は本当にサラリーマン希望の星です。 自分で出世の糸口を切り開いて、あっという間に東京の方へ栄転してしまったのですから誰も異論は挟めません。

    愚痴愚痴言う男性は「そんなこと言うなら、おまえがしてみろ。」とすぐに言うけれど、荒んでいる店主より私の方がお店を立て直せます。 何故なら中途半端な料理人より私の方が愛情溢れる料理を作れるから、腕と技術は負けるけれど熱意で店主を凌駕できるから運命は必ず私の方へ味方をします。

    以前にも書きましたが私は父親の借金を返す為に、フリマでうどんやラーメンなど飲食をしていた時代があるのですが、その時の経験があるからこそ飲食店の経営者には厳しくなってしまうのです。

    ラーメン屋さん~うどん屋さん~居酒屋さんと、色々な飲食店の経営者の方は反省して欲しいのですが、奥様や彼女が働いたお金でお店の赤字を補填するなんて最低の男性がやることで、そんなことをするくらいならお店を閉めた方がましです。

    私はフリマでうどんやラーメンのお店を出していた時、2時間で50杯は出ると言う経験値があります。 前日から寝ないで準備していたのですが、深夜にスープの仕込みをして朝6時よりフリマで売っていたのが懐かしいです。 あの時の経験からラーメン屋さんなら昼50杯+夜150杯の合計200杯、この最低ラインが無理なら自称ラーメン屋さんとしか言えません。

    私は飲食店の立て直しには条件さえ整えば可能だと思いますが、それは一生懸命死ぬ気でやると言う心構えで、仕入れ+仕込み+掃除を寝ずにやる覚悟が無いなら、甘えたままの人生で終わるだけだと思うのです。

    誰しも貧乏が嫌なのは同じですが、貧乏から脱出したいのであれば一生懸命にやると言うこと、そして真面目にお客様の為になることだけ考えると言うこと、自分が楽することを考えずに汗を流して苦労する、これらは当たり前のことだと思うのです。

    無我夢中でお客様の為に商売をしていたら、お店や会社が潰れるなんてあり得ません。 もしも、お客様の為になることをしているのに苦戦していると言うのであれば、それは自分が思い込んでいるだけで実際にはお客様の為になっていないからです。

    あなたは愛の貧乏、脱出したいですか?

    ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

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    夢を叶える。

    おはようございます。 今日は日曜日ですがお休みの人も仕事の方も、素敵な一日の始まりになると信じています。 素敵なあなたの見る夢は叶うからこそ想像できるのであり、何も無いのに思い描くことは出来ないのです。

    「あなたの夢は叶う未来ですか? それとも叶わない未来ですか?」と言うのを、いざ考えてみると夢って何ですかと言う答えだって出てくるかもしれません。

    目的地へ行くのに電車が来たら行き先を確かめて電車に乗る、それと同じように夢だって何をしたいかと言うことを確かめないと叶いません。

    夢の話をする時に夢を勘違いしている人が結構いるのですが、夢と聞かれて大袈裟にスゴイことだけが夢ではありません。 夢の定義には人それぞれの考えがあるかも知れませんが、夢と言うのは叶っている小さな夢に気付かないと次の大きな夢は叶わないのです。

    人は苦しいことにはなかなか慣れないけれど、贅沢なことや楽なことにはすぐに慣れてしまいます。

    今の日本では夢を持とうとしても夢が無い人が多いのですが、夢がないと言うのは悲しいことでもあります。 夢が無いと言うことは感動が無いと言うことで、感動が無いのであれば何をしても心が揺さぶられることもないからつまらなくて当たり前です。

    この夢と言うのは生活水準が上がれば上がるほど無くなってくるのですが、思い描いていたことが叶えば次の夢は高い位置になります。

    分かりやすく言うと、最初は車の免許が取りたいと言う夢だったのが~軽四でいいから欲しいとなり~次は普通車が欲しいとなって、そうなると今度はポルシェが欲しいとか更に上を目指して行くことになります。

    車が欲しいと言う夢も最初のうちは叶いますが、それがポルシェとかになってくると家一軒分の値段だから簡単には手に入らなくなります。 そうなると夢が叶わないと言う気持ちばかりが募り、「どうして?」と言う気持ちが妬みなどを生んでしまうから純粋な夢では無くなるのです。

    夢のハードルが低い時は幸せ感で一杯になりますが、夢のハードルが上がると夢が叶わないことで不満が募ります。 それならば夢のハードルが低い方が幸せの満足度が高いのではないかと言う不思議な現象まで起きてきます。

    トンカツをお腹いっぱい食べたいと言う夢、ディズニーランドでミッキーに会いたいと言う夢、こういうことは努力と行動により必ず叶うのですがハードルが低いからです。 低いけれど必ず叶う夢ではあるから幸せ感があるのですが、それが慣れてきて当たり前になると次へ目が向いて感謝の気持ちが無くなります。

    人は辛い時や苦しい時には「何とかしてくれ~!」と断末魔のごとく叫びたくなるし、夢が叶った時も最初のうちは「うれしい~!」となるのですが、苦しさから立ち直れて当たり前の世界が続くと不満がでてきます。

    嬉しいことだった何度も続いてくると飽きてくるとか当たり前に思うなど、嬉しいではなく当然となって感謝が薄れてきます。

    スポーツでも最初はやっているだけで楽しいはずですが、クラスで№1から地域で県で全国でと進んで行き、オリンピックの金メダルを取るとなればもう天文学的な確率となり、目指していても取ることはできないと言うレベルです。

    夢は努力すれば叶うと言う言葉の裏返しには、その夢を叶える為には捨てなければいけないモノが一杯あり、それらを犠牲にしてまでも手に入れたいことなのかどうかが問題になって来ます。

    そういう私も人のことは言えないのですが、昔は予約が1年待ちでないと1流ではないのかと悩んだこともありました。 踊らされても仕方がないのに踊らされる~気にしても仕方ないのに気にしてしまう、これらは私が目先のことを夢と勘違いしていたからなのかもしれません。

    私が霊視カウンセラーになったことの意味とは「誰かの役に立つ」と言うことが軸としてあるだけで、それ以外に思う必要が無いはずなのに「有名になりたい~お金を稼ぎたい~楽をしたい」など、人にはいくつもの欲望が出てきます。

    そういう欲望だらけの私は反省する毎日は当たり前のことで、自分を戒めて厳しくする毎日を過ごしているのも当たり前の話で、私が霊視カウンセリングをしているのは、「私と出会うことで人生が豊かで幸せな気持ちになれる」が全てであり、私と言う人間が存在することで幸せになる人が増えることが私の使命になると思うのです。

    あなたは夢を叶えることを、どう実現していきますか?

    (゚∇^d) グッ!!

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    いじめの定義。

    おはようございます。 私は昔と今では「360度違った生活で~」と言うガッツ石松さんのようなネタは置いといて、真面目に言うと180度違った生活で感謝の日々です。 あの状況から立ち直れたのは奇跡としか言えないのですが、その奇跡は素敵なお客様がいるからこそ起こった奇跡です。

    その奇跡を起こした女神のような存在は今までお越し頂いた全ての素敵なお客様で、あなたと言う素晴らしい女神にお会いできたことは運命の御加護だと思うのです。

    私が県北でいじめられた話を書いているとあり得ないと言う台詞をよく聞くのですが、私からすると地元の同級生たちなどがしていたことはイタズラですが、素敵なお客様からすれば「そりゃ、犯罪」と言われます。

    いじめの定義にしても人それぞれですが、県北時代はいじめのことを「愛情表現」だと言われましたが、あんなに酷いことをしてもいじめた方は愛情表現と言うだけです。 先日TVを見ていると、楽しんごさんと言うオネェキャラの人がTVでいじめを告白していましたが、いじめる方は忘れてもいじめられた方は決して忘れることはありません。

    あの方も相当いじめられたようなので、県北時代の私はマシな方だったなぁと思いました。 現実として殺されたわけじゃなく生きているし、今も五体満足で霊視カウンセラーとして健在だから、ひょっとして私はいじめられた内に入らないのではないかと思いました。

    私は小学3年生から中学3年生までの7年間が、学生時代のいじめとしては激しかったです。 工場時代と建設現場時代も酷かったのですが、今日は学生時代のことを書いてみたいと思います。 ただし、全学年分を書いていると長くなるので、自殺を考えた中学2年生の時の日常を書いてみます。

    私が通っていた中学は始業が朝8:15からミニテストで始まり、それが終わると8:30からのHRとなり、8:45から1時限目開始と言う流れでした。 私は8:15ギリギリに登校していたのですが教室から玄関が丸見えなので、私が登校すると「死ね! 帰れ!」など罵声が飛びます。

    そして教室に入るとすぐに男子たちが近寄ってきて、頭を小突かれたり体を殴られたり先生が来るまでいじめられます。 そして唯一授業中だけはいじめられなかったのですが、休み時間になるとトイレに逃げ込んでいました。 そうすると今度は「山崎は休み時間の度にトイレに行く」と言われて、またまたトイレのことでいじめられました。

    体育の時間に運動着へ着替えても私の制服はトイレの便器に突っ込まれていたり、上履きを焼却炉で焼かれたりしました。 そしてクラス全員が示し合わせて「山崎君は準備運動をさぼりました。」と先生に言うので、真面目にしていてもクラス全員で嘘を吐かれるので怒られるばかりでした。

    私は自転車通学だったのですが下校の時には、いつも自転車は倒されていました。 ハンドルを曲げられたりブレーキにオイルを塗られたり、雨の時はカッパを捨てられて濡れながら帰ったりなどは当たり前の出来事です。

    それに中2の時に学校で流行ったのは自転車に乗ってスピードを出して走り、手に持った傘で通行人を殴って逃走すると言うイタズラが流行りましたが、生徒が悪いことをして学校へ通報が入るのは普通のことでした。

    なお、小学校の時には神社のお賽銭を盗むイタズラは日常茶飯事で、私の同級生などはお賽銭を盗んでアイスを買うのは当たり前のことです。 そして同級生のS君の賽銭泥棒が発覚した時、S君は「山崎がやれって言ったからやりました。」と証言したことで、今までの賽銭泥棒は全て私の命令だと濡れ衣を着せられました。

    他にも思い出のひとつとして、同級生のY君が修学旅行のお金を忘れた時に、担任のM先生が「今日は持ってくると言ったんだから、カツアゲしてでも持ってこい!」と言いました。 そこでY君は町へ出てカツアゲして、それで修学旅行のお金を納めていました。

    なお、私の地元では遠距離でも自転車通学がほぼ強制ですが、それはバスの待ち時間に生徒たちが万引きやカツアゲをするから、悪いことばかりすると言う理由でバス通学が禁止になりました。 私の同級生で万引きや賽銭泥棒の経験者は多いので、万引きで文具一式を揃えている生徒なんて普通です。

    今は素敵なお客様に毎日お会いできるから本当に幸せですが、天女のような慈愛に充ち溢れたあなたの美しい心に感動を与えて頂き、本当にありがとうございます。 素敵なお客様にお会いできることは、涙が零れるほど感銘を受けることもしばしばです。

    昔と違う生活にしみじみと幸せを感じられるからこそ、私の生きていく上での使命は寄付やボランティアなど、運命に助けて頂いた分に上乗せして恩返しをしなければと思うのです。 いつも御支援と御愛顧を頂き、本当にありがとうございます。

    あなたはいじめの定義を、どのように考えますか?

    (* ̄m ̄) ナツカシイ~?

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    奇跡を起こせる。

    おはようございます。 素敵なお客様の頭上には幸せが降り注ぐ運命ですが、それはあなたの人生が誰かの役に立つことが確定だからで、あなたがいるからこそ世の中は楽しいのです。 あなたがいることは素晴らしい、私はお会いできる奇跡にドキドキワクワクと感動しています。

    私が「いつも素敵なお客様」とブログに書いているのはごく当たり前のことで、それはあなたの心が美しいからこそハッキリと言えるのです。 澄み渡る空のように気持ちが晴れ晴れするのは、あなたと言う素晴らしい人が世の中を美しくしているからだと思います。

    私が素敵なお客様と言うのを不思議に思う人もいれば、私は素敵なお客様に入るのでしょうかと謙遜される人~営業トークだと信じない人など、受け止め方は様々ですが私は真実を書いていると断言できます。

    奇跡の日々と言うのは特別なことではなく日常的に奇跡は起きているのですが、人は何か特別なことが起こった時にだけ奇跡を感じてしまうのですが、それは残念ながら思い違いと言うか考え違いです。

    人は自分が困ったことが解消されたら奇跡だと感じてしまうことが不運を招く第一歩なのですが、奇跡とはそういうことを奇跡と言う訳ではありません。

    朝起きることが出来て、自分の力で服を着替えて顔を洗って家を出て出勤できる。 これは奇跡の日々と言っていいのですが、それが余りにも日常的にできることだから当たり前に感じているのです。

    もしも、慢性的に痛いところがあれば、苦しくて仕方が無いかもしれない…。
    もしも、歩けなかったら、移動するのが大変かもしれない…。
    もしも、目が見えなかったら、何もする気になれないかもしれない…。

    自由と言う意味を理解するのは人としての成長が伴うモノですが、人は成長すればするほど自由が失われて行きます。 上司に怒られ~後輩に付きあげられ~同僚には嫌味を言われるなど、社会生活における不自由さを次々と感じてしまうのです。

    しかし、そういう悩みが出てくるのは五体満足で健康だと言う事実があり、その事実だけでお金に換算できない幸運を持って生まれたと言っても過言ではありません。

    仮に神様が目の前にいたとして「今のあなたは不幸ですか?」と聞かれた時に、「不幸です。」と答えたなら神様に「それは嘘だ」と注意されると思います。

    日本に生まれてきて~手足が動いて~五体満足で~健康である、これ以上の幸運は無いはずなのに、その事実が当たり前すぎて不幸に感じること自体が「真の不幸」なのかもしれません。

    日本のマスコミは大幅に偏った偏重報道が多いので、「日本は世界の中でもダメな国」とか「日本人は世界中で嫌われている」など、反日教育や反日デモを大きく取り上げて不安を煽っていますが、実際には反中デモや反米デモなど色々な国で色々なデモがあるので日本だけではありません。。

    世界の国々の方々と実際に対面でお話しすればよく分かるのですが、「次に生まれ変わるなら日本人」と言う人々が多く、内心では平和で親切な部分に憧れている思いがヒシヒシと伝わってきます。 日本が嫌いだと言いながら日本へ移住して仕事や商売をして、そして結婚して~日本で生涯を終える、それこそが日本は暮らしやすい証拠です。

    世界の国々では情勢不安や貧困や差別、更には独裁国家や統治(統制)国家で自由が無いなど、日本にいるから余り感じられないけれど~感じられないほど平和で親切な国だから、「JAPANは嫌いだけど、住みたい。」と言う矛盾が出てくるほど、日本は生活しやすい国なのです。

    日本は規制が多いとか色々言われるけれど、「それじゃあ、どこの国へ住めていたら幸せなのか?」と聞かれた時に、すぐに答えられるかと言えば意外と答えられません。 教師が「国旗と国歌を強制するのは憲法違反」と言うバカバカしい告訴状を出して、それが受理されて裁判で議論されるのだから本当に日本はおおらかな証拠です。

    御飯が食べられて水が飲めるなんて言うレベルではなく、日本はどこでもコーヒーがすぐに飲めるし、ケーキーを食べることも自由だし、焼き肉や寿司なども自由自在に食べることが出来ます。 生きる為に食べるのではなく楽しむ為に食べる、こんなことが出来るのは世界から見ればホンの一握りで、日本に生まれて日本で生活できることは奇跡なのです。

    昔の私は不平不満が多かったのは恥ずかしい限りで、今は反省するとともに幸せな自分を感謝しています。 朝起きて事務所へ行けば、素敵なお客様とお会いできて、心温まる感動を頂けて、こういう毎日が送れるのは本当に奇跡です。

    何事もなく淡々と過ぎる毎日は平凡でつまらなく感じるかもしれないけれど、本当はそれこそが真の幸せなのかも知れないのです。

    私へ予約を入れることが出来る人は既に奇跡を起こしているのですが、予約を入れて事務所へ来るのは当たり前ではありません。 予約の電話が話し中で繋がらないとか~急な用事でドタキャンするなど、私のところへ来ることができるのは素敵なあなたが起こす奇跡そのものです。

    私はそんな奇跡の人である素敵なお客様と毎日お会いできるのだから、奇跡が起きる感動の瞬間を与えて頂き本当にありがとうございます。

    あなたは奇跡を起こせる、そういう自分に気が付いていますか?

    ゙☆⌒o(*^ー゚) オッケー♪

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    神楽坂。

    おはようございます。 昨日も無事に東京より帰りましたが、何も起こらないのは幸せなことで、日々を淡々と過ごして行けるのは素敵なお客様がいるからこそで、私の力ではなく皆様が支えてくださるお陰だと思います。

    私は東京出張ではPCも何も無いので散歩に出かけることも多いのですが、最近のお気に入りは神楽坂で暇な時はランチへ出かける時もあります。 ただし、ここは細木先生のテリトリーなのでごくたまにですが、細木先生がワンちゃんを散歩させている時に遭遇することがあります。

    この神楽坂は大まかに言うと神楽坂下から神楽坂上までの間が主な商店街なのですが、この神楽坂は表通りではなく裏通りや路地へ入ったお店の方が、超人気店と言うことが多いです。 人の家の御勝手口を通り抜けるとお店の入り口なんてこともあり、慣れない最初のうちは「こんなところ、通っていいのかなぁ?」と躊躇していました。

    では、神楽坂の説明ですが東京都新宿区に所在する坂で、東京都新宿区にある早稲田通りにおける大久保通り交差点~外堀通り交差点までを言い、大久保通りとの交差点が「坂上」で外堀通りとの交差点が「坂下」となります。

    この神楽坂の名前の由来については、「江戸名所図会 巻之四(天保7年)」によれば、坂の右側に高田穴八幡の旅所があり、祭礼で神輿が通る時に神楽を奏したからと言う説、「若宮八幡の社」の神楽の音がこの坂まで聞こえたからと言う説、諸説色々あるようですが神楽の音が聞こえる点は同じです。

    神楽坂の特徴として「路地を横切る猫ちゃん」があるのですが、神楽坂は昔から猫が多いので「猫好きはGO!」の街でもあります。

    表通りには散歩する人の姿や観光客の姿が多く見られて、最近は電動自転車の普及により坂を自転車で駆け上がる人もいます。 裏通りに入ると閑静な雰囲気なので、都心において生活感が残る味わい深い街でもあります。

    また、神楽坂は全国的にも稀な逆転式一方通行で、自動車などの進行方向が午前と午後で逆転します。 午前中は「坂上→坂下」(早稲田側から飯田橋側へ)ですが、午後は「坂上←坂下」となるので通行する際は注意です。

    この逆転式一方通行となった理由は元首相の田中角栄氏が、目白台の自宅から永田町に出勤する午前には「坂上→坂下」として、帰宅する午後に「坂上←坂下」として自分が通勤しやすいように交通ルールを作ったからです。 政治家は国民ではなく「自分が生活しやすいように政治をする」のであり、政治家を信用していると大変な苦労をするのは国民だけです。

    話は戻りますが、神楽坂付近は大正時代に隆盛を誇った花街で、飯田橋駅を背にした坂の右手に残る花街特有の路地は、日本でもここにしかないと言われています。 関東大震災以後は日本橋&銀座方面より商人が流れてきて夜店が盛んになり、この時期が山の手銀座と言われた時で、林芙美子さんや矢田津世子さんの小説にも登場するほどです。

    坂沿いには商店街が立ち並び瀬戸物や和菓子など和を思わせるお店が中心でしたが、2003年以後はチェーン店やコンビニの進出が目立ってきて、その台頭と共に故夏目漱石氏の通った田原屋などの老舗が急速に減少しています。

    表通りから一歩入ると静かな路地がたくさんあり、住宅街の中にレストランや料亭などが多く見られます。 かつては江戸時代に蜀山人、明治期に尾崎紅葉や泉鏡花などが住み、尾崎紅葉旧居跡は新宿区指定史跡、泉鏡花の旧居跡は新宿区登録史跡になっています。

    坂の周辺には毘沙天善国寺~若宮八幡~赤城神社など多くの寺社が散在して、路地には色々な名前が付いているので風流だなぁと思います。

    花魁がお店に出る時に通った「熱海湯階段」は芸者小道とも呼ばれて、一人前の芸者さんになることを目指して修行していた女性の思いが、この階段にはあるので霊感のある人ならあることに気付く階段でもあります。

    その他にも袖摺坂は横寺町と箪笥町の境界から大久保通りへと続く、とても短い狭い坂道です。 ここは両脇が高台と垣根の狭い坂道で、すれ違う人がお互いの袖を摺り合わしたことから袖摺坂となりました。

    なお、昔の話ですが日本テレビで「カックラキン大放送」と言う番組がありましたが、これはTV局スタッフが使う料亭にきんさんと言う面白い従業員さんがいたので、「神楽坂のきんさん」からカックラキン大放送と言う番組名になりました。

    実は熱海湯階段には「別亭 鳥茶屋」と言うお店があるのですが、ここの本店は表通りにあってうどんすきで有名なお店です。 しかし、私が「別亭 鳥茶屋」の方へ行く理由は、ここのランチ限定の「親子丼」が激ウマだからです。

    TV番組では取り上げられないけれどヤラセじゃない実力で、ここの親子丼はランチ限定が勿体ないくらいの味わい深い美味しさで、雰囲気に加えてお値段も安いから普通のお店では太刀打ちできないと思います。

    デジカメの小部屋にお店や親子丼をアップしているので、興味のある方は覗いてみてくださいね。

    あなたは神楽坂へ、行ってみたいと思いますか?

    ( ̄m ̄* )ムフッ♪

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    親の愛情。

    おはようございます。 今日も素敵なあなたにお会いできる幸せ、それは何物にも代えがたい幸せに感じています。 私は親~兄弟~親戚などは夜逃げして行方不明ですが、素敵なお客様にお会いできるから不幸に感じたことは一度もありません。 しかし、普通の場合は家族でいることは愛情の確認であり、親が子を思う~子が親を思うと言うのは幸せな1ページだと思うのです。

    私は血のつながりと言うのは濃いのか薄いのか分からなくなる時があるのですが、親子でも仲が良いとは限らないし他人でも仲が悪いとは言えません。 遠くの親戚よりも近くの他人と言う言葉もありますし、例え血が繋がっていなくても本当の親子より絆が強い場合だってあります。

    なお、私は親子のことを聞かれた時に実子かどうかは胸の中に収めて話さないこともありますが、本当に血のつながりがあるかどうかは知らない方が幸せな時もあるのです。

    ある日の午後、予約も無くボォ~としていたら「今日、空いていますか?」とお越しになったのは、Tさんと言う素敵な女性です。 Tさんは一人娘として可愛がられて大きくなり、とても幸せな毎日でした。 父も母も優しくて望めば何でも買ってくれて、何不自由ない生活で成長して行きました。

    そして隣には伯母のYさんが住んでいたのですが、Yさんには3人の子供がいて女手ひとつで育てていました。 Yさんの御主人(Kさん)が病気で亡くなってから隣に引っ越してきて、何かとお互いの家を行き来する間でした。

    ただし、Yさんはとても躾に厳しい人で、Tさんは怖いと感じることも多かったようです。 TさんはYさんが家に来る時にはいつも緊張していましたが、従姉妹たちとは仲が良くて実の兄弟のように遊んでいました。

    そして高校を卒業して就職の道を選んだTさんは、つつがなく毎日を過ごして20歳の誕生日を迎えました。 仕事から帰ると父や母に加えて伯母のYさんや従姉妹など、みんなが勢ぞろいで20歳の誕生日を祝ってくれました。 「Tちゃん、誕生日おめでとう~!」とクチグチに声を掛けられ、Tさんは「みんな、ありがとう。」と喜んでいました。

    Tさんは成人を迎えても相変わらず伯母のYさんだけは苦手で、誕生日とはいえYさんの前では緊張していました。 Yさんは「Tちゃん、あなたも今日から大人なんだから、もっとちゃんとしなきゃ。」と、いつものように軽くお説教が入りました。

    そして食事も終わり宴たけなわになってきた時に、父親のDさんが「みんな、ちょっと聞いてくれ。 今日は大事な話があるから、少し静かにしてくれ。」と言いました。 それが合図になったかのように、みんなが急に真面目な顔になってきちんと座りなおしました。

    Tさんは「え、何なの?」と不安で胸が高鳴り始め、父が何を言うのかとドキドキしたそうです。

    父親のDさんが「今日はTの20歳の誕生日だから、話さないといけないことがある。 実はTの実の母親はYで、小さい時にウチの養子にきたんだ。 亡くなったKさんの遺言で、20歳の誕生日に本当のことを言うようにと言われていたんだ。」

    Tさんは突然のことに、父が何を言っているのか全く理解できませんでした。 「お父さん、なに言っているの…。」と茫然自失のTさんに母親が、「T、ごめんね。 私に子供が出来なくて、お前をもらったの。 でも、これからもあなたのお母さんでいたい。」と泣き崩れたのです。

    その間、Yさんは黙ったまま、表情ひとつ変えずにいたそうです。

    Tさんは「Y伯母さんが、私の本当の母親…?」 今まで従姉妹だと思っていたのが本当は姉妹だった~仲が良いのは本当の姉妹だったから、色々なことが理解出来ないままTさんの20歳の誕生日は終わりを告げました。

    しかし、それから後もYさんの態度は今までと変わらず、Tさんは「私はいらない子だから、養子に出されたんだ。」と、悲しみの思いだけが込み上げてきたそうです。 そしてYさんはTさんの結婚式にも出席せず何も言わないまま亡くなってしまい、お葬式の時もTさんだけは棺に近寄ることが許されませんでした。

    Tさんが私に聞きたいこととは、「Yさんが、どうしてここまで自分のことを嫌いだったのか、どうしてここまで嫌いなのに産んだのか?」と言うこと、それを聞きたいからお越しになられたのです。

    私は霊視カウンセラー失格だと自分で思う時、それはお客様にお伝えする時に涙を我慢ができない時が多々あるからです。 他の先生方は涙もこぼれないし表情ひとつ変えないで霊視が出来るようですが、私にはそんなことはとてもできません。

    Yさんのメッセージとは、「あなたはいらない子なんかじゃない。 だけど、女手ひとつで育てることが出来なかった。 養子に出す以上は里心がつかないように厳しくして、許されないことかもしれないけれど、せめて近くにいたいから隣に住んだの…。 ごめんね、いまさら謝ってもダメかもしれないけど、あなたのことは見守っているから。」と言う感じの内容でした。

    私の話を聞いてもTさんは信じられない様子でしたが家に帰ってから姉妹に聞いたところ、Yさんに口止めされていたから今まで黙っていたけれど、YさんはTさんのことを思って泣き明かす夜もあったと聞かされたようです。

    Tさんは最初の霊視からしばらくして再びお越しになり、Yさんの愛情に気付いた今は誤解も解けて、お子さんにはYさんの名前から一文字貰ったそうです。

    あなたは親の愛情を、どのように受け止めますか?

    (ノ_<。)うっうっうっ



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は24日(木)から再開します。 予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    基本的なこと。

    おはようございます。 今日も素敵な一日の始まりですが、あなたの未来に明るいことがあるのは確定です。 日本に生まれた以上は不幸なんてなく、世界一幸せな国に生まれた感謝の方が先です。

    色々な国が日本に嫌がらせをしてくるのは「好きな子ほどいじめたくなる」と言う小学生心理そのもので、それだけ日本が平和で優しい人が多い魅力的な国だと言う証拠です。 日本人はフェアな人が多く良い国だからわざわざ口に出さなくても、海外の人は日本へ移住したがり働きたいと言う人が多い、それは嫌いではなく好きと言う証明です。

    私は県北で経験済みだから日本人全員が良い人とは言いませんが、それでも県南へ出てきて人の優しさや温かさに触れることで心が解れて癒されて、私は自分の人生に灯りが見えたことに感謝の毎日で、素敵なお客様にありがとうございますと100万回言っても足りないくらいです。

    しかし、その反面として「人を信用する」と言う優しい心を悪用する人がいるのも事実で、私のところへ御相談にお越しになる人の優しさに付けこむ人がいるのは悲しいです。

    私は最初にお越しになった時は必ず霊視カウンセリングの説明を簡単にしますが、その時に「他所で名前が悪いとか、自縛霊が憑いているとか、悪いことを言われているなら、遠慮なくお話し下さい。」と言う説明をします。

    この説明をするとほとんどの方は、「何で、言うのかな~?」と思うかもしれませんが、人を不安に陥れてお金儲けをしようと企む霊能力者(占い師)と言うより詐欺師に近い先生方、そんな怪しい占い師に引っかかると多額のお祓い料を請求されたり、次々とお金を支払う暗示に巻き込まれます。

    私はいつも言うことですが、本物の霊能力者や占い師は宣伝や広告はしません。 TVや雑誌で派手に宣伝広告をするのはお客様がいないからで、本当に忙しい占い師さんはくちこみだけで予約が一杯になります。

    私は詐欺に引っ掛かった御相談を受ける度に思うのですが、ネットでやっている無料占いへメールを送ったら、「悪霊が右肩の方へ憑いている」とか「腰の方へ生首が憑いている」など、こんな怪しげな言葉で不安にさせて取り込もうとする占い師が多いです。

    こんな占い師の言葉は心配しなくても大丈夫なんですが、無料占いで引きつけておいて悪いことを言って不安にさせて、食いついたら「お祓いや物品販売」へ取り込む詐欺です。

    よく考えれば分かることですが、「腰へ生首が憑いている~!」なんて言うのはお笑いのネタとしか思えないのですが、「生きていた首だから生首~生の首だから生首」と言うのであり、見えないのであればそれは生首とは言いません。 (大爆笑?)

    雑誌に出ている霊能力者(占い師)にしても、除霊とかお祓いと言いだしたら既に嘘なんですが、霊能力者や占い師はお祓いをしてはいけないのです。 お祓いと言うのは基本的に神主さんだけが許されるので、やって良いことと悪いことの区別すらつかない先生方の言うことは聞かなくてもOKです。

    基本的に神道ではどこでも御神体を祀りますが、それは人が亡くなると神になり「そこにありつづける」と言う考えだからです。 ここで言う「そこ」とは自縛霊がどうのこうのではなく「御神体」と言う意味で、亡くなった人は神として何かに宿るのだから「物」に宿る以上は、「輪廻転生」はあり得ないと「霊」の存在を認めていないのが神道です。

    つまり、霊視やスピリチュアルに関わる者が神主も兼ねると言うことはあり得ないことで、輪廻転生を認めていない神道と認めているスピリチュアルを混同するようでは、そういう先生は残念ながら霊視は出来ていないようです。

    この歴史と事実によりお祓いは神主さんだけであり、お祓いと言うのは間違った場所へ取り憑いたモノを、間違っているのだから移動して頂く~もしくは正しい場所へ御戻り頂く、これがお祓いの基本なのです。

    つまり、前世があると言う霊視やスピリチュアルの考え方では、お祓い自体が存在してはならないのです。 簡単に言うと「お祓い」を持ち出す霊能力者や占い師は、その時点で(?_?)になってしまうのです。

    そして私が霊視カウンセリングとか霊視カウンセラーと名乗り、占いとはある程度の線引きをしているのにも理由があります。 基本的に占いとは統計学なので、先人の知恵に学ぶと言う大いなる学問です。

    それなのに霊感を持ち込んで商売にしようと言う先生方が多いのが残念な話で、霊視タロット~霊視手相~霊視姓名判断など、ナンデモカンデモ霊視と付ければ儲かるとばかりなのは非常に残念です。

    霊感があるのなら霊能力者としてアドバイスをするのが基本ですし、占い師を名乗るのであれば統計学に基づく「占いの技術」を用いてアドバイスをするのが基本です。 どうも世間では霊視霊感とお祓いなどがごっちゃになっているので、霊視と神道と占いについて書いてみました。

    基本的に霊能力者でも占いの先生でも本物ならば、広告宣伝をしない~派手な看板を出さない~全国各地から来ているなど、これくらいは最低でも充たしていなければ残念な結果となります。

    あなたは基本的なことを、知っていましたか?

    ヾ(。ё◇ё。)ノ ぐ~♪

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    TPP。

    おはようございます。 日本は江戸時代の鎖国から明治の開国へと進み、戦争や原爆投下など色々なことを乗り越えて今があります。 これから先も変わらぬモノもありますが、嫌でも変わるモノもあります。 変わるモノの代表格は世界の経済ですが、最近のニュースでよく聞く「TPP」について書いてみたいと思います。

    このTPPとは「環太平洋戦略的経済連携協定」の略で簡単に言うと太平洋周辺の広い地域の国々、例えば「日本とか中国、東南アジア諸国、オセアニア諸国、アメリカ」などが参加して自由貿易圏を作る構想です。

    アメリカ大陸にはNAFTA(北米自由貿易協定)と言う自由貿易圏があり、これはアメリカ+カナダ+メキシコの3ヶ国だけですが、この3国間では関税を失くして自由に貿易ができます。 貿易に税金が掛からなければ各国の努力や通貨価値によりモノの値段が決まるので、国民の生活が良くなるか悪くなるかの判断が非常に難しいとも言えます。

    これの拡大版がTPPの構想で、当初は2006年5月にチリ~シンガポール~ニュージーランド~ブルネイで始まり、その後はアメリカ~オーストラリア~ペルー~ベトナム~マレーシアが参加の意思を表明しました。

    これでTPPは9ヶ国以上の自由貿易圏になりそうですが、政権交代してから日本の信用を失墜させて中国やロシアに侵略されてもやられっぱなし、そんな民主党政権もようやく2010年10月に「TPPへの参加を検討する」と表明しました。

    日本がTPPに参加したらどうなるかのメリットやデメリットの試算は、内閣府~農林水産省~経済産業省など結果はバラバラです。 内閣府はTPPに参加するとGDPが2.4~3.2兆円増えると言う楽観的な見方ですが、農林水産省は逆に参加することで日本は不利益を被るという試算です。

    その理由は他国からの安い農産物が大量に輸入される為、日本の農家が全滅すると言う試算です。 それにより農業関連のGDPが4.1兆円減少+環境面のGDPが3.7兆円の損失になり、最終的に日本のGDP損失は11.6兆円になると計算しています。

    更に農業が壊滅することで340万人の雇用が失われて、食糧自給率も40%から14%にまで下がるので、これでは日本は踏んだり蹴ったりだと言うのが農林水産省の説明です。

    しかし、経済産業省の試算では反対にTPPへ参加しないと既に自由貿易の協定を結んでいる韓国が躍進して、結果的に日本のGDPは10.5兆円も減少する説明しています。 特に自動車~機械産業~電気電子の主要3業種がダメージを受けるので、TPPに参加しないと81万2000人の雇用が失われると言う説明です。

    民主党政権はグダグダで物事を決められないから国民が迷惑するのですが、国家の最高部門である3省庁が全く違う結論を出しているようでは、一般庶民の我々は日本がTPPに参加するのは是か非か分からなくなります。

    どうして省庁によって全く違う結論が出るのかと言えば、それは各省庁が自己利益優先だからで、農水省は農業分野を~経済産業省は製造業を最優先するからです。 政財界も右往左往して結論が出せていないのですが、欲しい欲しいとねだるばかりで知恵の無い経営者が多いから、イザと言う決断ができていないから誠に頼り無いのが日本の経営者です。

    私はTPPへ参加の是非について問われても結論は出ていますが、それを書いているとブログ1回では終わらないので農業分野について少しだけ書いてみます。 消費者目線で見ればTPPにより中国など他国からの安い農産物などが入ってくれば、消費者として安い食べ物が買えてメリットが大きいと最初は感じるはずです。

    しかし、日本の農業は考え方を変えれば充分に生き残れるどころか、収入アップで後継者不足が解消できるチャンスです。 天下り団体などが既得権益を守ろうとするから農業がダメになるだけで、国や農協などが守ってくれるなんて都市伝説があるからTPPを驚異に感じるのです。

    やり手の農家の方々は既にTPPを見越して対策を講じているから、後継者問題も解決するくらい躍進しています。 例を出すと青森のリンゴ農家が、従来のやり方で農協やスーパーへ下ろせば「リンゴ1個50~250円」で取引されますが、海外へ輸出すれば青森のリンゴは「安全性が高くて美味しい」と評判で、日本の8倍以上の「1個1800~3000円」で取引されています。

    他にも柿は海外で「KAKI」として認知されているお金持ちのデザートで、日本では1個100円前後でも海外では充分に勝算ありです。

    意外と知られていないけれど日本の農産物は、「安全性が高くて美味しい」と言う理由で海外では人気です。 頭を柔らかくして日本の農産物を輸出すると言う方向で、輸送方法や販売ルートの確保などへ農林水産省が外務省とタッグを組んで行えばOKです。

    TPPを始めると最初は外国産の農産物へ消費者は飛び付くと思いますが、海外の農産物の真実を知れば日本の農産物が見直されて逆に価値が上がると思います。 どうして海外では日本の安全な農産物が人気なのか、どうして海外の人が日本でブランド品を買うのか、そういう内情をきちんと説明できれば、「お金と命」のどちらが大切かは子どもでも分かります。

    蛇口を捻ればタダで水が出てくるのに大勢の人たちが、「お金を出してミネラルウォーターを買っている」と言う現実があるのだから、「高ければ売れない」と思う方が間違っているのです。

    ミネラルウォーターが売れるのは付加価値があるからで、付加価値があれば競争相手がいなくなり、競争相手がいなくなれば安売りしなくても良くなり、安売りしなければ利益も上がり楽になれるのです。

    あなたはTPPを、御存知ですか?

    ヽ( ̄ ̄∇ ̄ ̄)ノ

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    最悪の瞬間。

    おはようございます。 今日も素敵なあなたの一日が始まりますが、それはあなたが素敵だと思う気持ちから一日が始まります。 今日も嫌だなぁと思いながら始まる一日と、今日も良いことがあると思いながら始まる一日では、その思いが引き寄せる現象が自ずと違ってきます。

    人は誰でも人生で最悪の瞬間だと思うことがあるのですが、そういう人生の危機に陥ると全てが終わりのように感じてしまいます。

    特に対人関係が基になっていることや誰か相手がいる時のトラブルと言うのは、引っ掛けられた~騙された~裏切られたと次々に嫌な想いが思い浮かびます。 私も人のことが言えるほどの人間ではありませんが、自分以外の他人に恨みや妬みを持つことはありました。

    人のせいにしてはいけないと言うのは分かっているけれど、ついつい人のせいにして自分が悪いんじゃないと思いがちです。 私もそうでしたからよく分かるのですが、人生における危機の本当の原因は別のところにあります。

    自分以外の相手にやられたことは最悪の瞬間に繋がるキッカケではあるけれど、そうなった原因を思い返せば最後は自分にあると言うか、自分だけにあると言っても過言ではありません。 最悪の瞬間を迎えた人の中には上手くいかない原因を他の誰かなど人の責任にして、自分を美化していることが多いのは私も含めて反省点です。

    何かが起きた時に自分を弁護するのは私もしてきたことですが、自分は一生懸命に説明しているつもりでも聞いている方からすれば、とても聞いていられない御託かもしれません。

    私も昔は自分がいじめられていたからいじめられないように、そして自分に責任が来ないようにと言い訳や弁解ばかりしていたのですが、これが自分の運勢を更に泥沼化させる一因でした。 聞いている方からすればバカバカしいと思えたり、周りからすれば見えているのに本人だけが見ていないことになります。

    昔の私はダメダメ君でしたから、何かがあった時に自分は悪くないからトラブルの原因は自分の責任ではなかった、いつもこう考えて非難されるのを恐れて、自分を何とか正当化したいと本気でトラブルを避けることだけ考えていました。

    冷静に考えるとトラブルの原因は自分が一番理解出来ているはずで、一歩距離を離れて見てみると妙に納得できることが多いです。

    人の相談に乗る時には的確なアドバイスや冷静な判断が出来ることが多いと思いますが、自分の時には失敗は許されないなどプレッシャーも掛かるし、急に冷静な判断が出来なくなるのが人の人たる所以なのです。

    しかし、どんな理由があろうとも人生で最悪と思える瞬間が来た時に、そのトラブルは自分の人生だから自分の責任なんです。 キッカケは誰かが起こした事象であったとしても、その事実を受け入れることで最悪の瞬間も好転してくるのです。

    人生をやり直すには自分自身のことを受け入れることが大切になってきますが、最初の方で書いたように、引っ掛けられる~騙される~裏切られると言うことは自分の中に、楽したいとかの欲が絡んでいないかと自問自答してみることです。

    私もバカタレだったので偉そうに言うことはできませんが、辛い道程を歩かなければならないのは人のせいではなく自分のせいで、そういう選択をしてきた自分の責任を痛感する瞬間でもあるのです。

    人生で最悪の瞬間が目の前に来たのであれば、相手のことを恨んだり妬んだりする前に自分の姿勢を素直に思い返すべきです。 キチンと思い返せば思い当たる節が必ずあると思いますが、相手のことをどれだけ恨んだり妬んだりしたところで 自分の人生が変わるわけではありません。

    そんなことを考えても進歩するどころか後退していくだけで、そのまま人生の墓場に行くだけです。 誰の人生でもなく自分の人生だからこそ、人生をやり直すのに自分に何一つ責任が無いと思うようではやり直せないのです。

    確かに人生には辛いことや悲しいことがたくさんあるかもしれないけれど、今と言う時間が幸せならば良い経験だと思えます。 人は心の持ちようでいくらでも変われるのだから、何時までも恨みや妬みを持ち続けていると周りの人を不幸にしてしまうのです。

    最初は辛く感じるかもしれませんが自分の弱いところをさらけ出せるようになれば、それは本当に強くなれた証拠なのかもしれません。

    昔の私はいじめられていたことを人に知られるのが嫌で嫌で隠していたけれど、今はブログにも平気で書けるようになれましたし、これを読んでいる人が話のネタとかお笑いのネタにして頂ければと思えるからこそ、県北の話を自虐的なネタとして書けるのです。

    あなたは最悪の瞬間を、逆に良い方へ変えられますか?

    <(_ _*)> アリガトォ

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    男性の気持ち。

    おはようございます。 今日はバレンタインデーなので好きな想いを伝える為に、チョコを渡す人も多いと思いますが、素敵なあなたの思いが彼に届くようにお祈りいたしております。

    恋をする時にはトキメキが必要ですが、そのトキメキは何かがあるからではなく、恋の始まりは突然で理由なんかないのです。 顔やスタイルが好みの時もあれば性格が合うと言う時もあるし、何が決め手かは恋のセンサーが反応するかどうかです。

    恋をしていると女性は美しくなりますが、恋が始まれば人は信じられない力を発揮する時もあります。 恋をしていると仕事や勉強も手に付かないくらい気も漫ろですが、そうなるくらい心を奪われるのが恋なのです。

    恋と言うのはドラマや映画では正攻法とか想いが届くなんて言う設定が多いのですが、好きな人に対する気持ちは強くても思いが叶わなかった人は多いと思います。

    どうして想いが届かないのかを簡単に言えば、それは相手があなたとシンクロしなかったからです。 好きと言う気持ちは片方だけではダメで、自分と相手の両方が好きと言う気持ちになるからこそ恋が成就するのです。

    小説の中ではうまくいくけれど現実では上手く行かないのが恋であり、その恋が叶う時に幸せを感じて胸が一杯になるからこそ、人はいつでも恋をしてしまうのです。

    ただし、何でもそうですがきっかけと言うのは必要で、そのきっかけを作ることで相手から自分に声を掛けて貰うと言うのは可能です。 早い話が「気があるように見せかける」と言うか、勘違いを引き起こす作戦と言うのがありますから、相手から自分に声をかけて貰う方が恋は上手く行きます。

    口説くと言うのは男性が女性を口説くことが基本であり、男性で女性を口説けないのは男性ではないと言っても過言ではありません。 女性の方から付き合ってくださいと言わせたり、女性の方からプロポーズさせると言うのは男として恥ずべきことです。

    本来の恋と言うのは目が合うだけでときめいたり、何故かはわからないけれど相手のことが頭から離れないと言うのが恋であり、そこに理由を求めるのは恋ではなく打算と言うのです。

    ここで注意しないといけないのが相手にのめり込んでいく恋で、相手に振り回される恋は自分が苦しくなるだけです。 よくあることですが、可哀そうと言う情の部分を恋と勘違いすると上手く行きません。

    例えば、男性が良く言うセリフの一つに「俺、まだ、前の彼女のことが忘れられないんだ…。」と、元カノや元奥様のことを忘れられないと言うセリフがあります。

    これを言う男性心理はヒトコトで言うなら「ずるい」としか言えないのですが、男性が忘れられないと言うのは予防線を張っているだけです。 冷静に考えて貰えば分かるのですが「元カノや元奥様が忘れられない」と、今まさに目の前にいる女性に言うこと自体が作戦のひとつです。

    これは可哀そうと言う情けの部分と母性愛をくすぐる為に言うだけで、本心で言う男性は一人もいません。 あわよくば口説けるかもと思って言うだけで、昔の彼女が忘れられないなんて「大嘘」です。

    確かに別れてから長い間合わずにいて、久しぶりに会うとヨリが戻ったり火遊びになることはありますが、それはあくまで男性の方があとくされの無い「あわよくば遊び相手に…。」と考えていることが99%です。

    だからこそ女性の方も防護すると言うか、ちゃんと守りを固めつつ攻めると言うのを忘れてはいけないのですが、一番良いのは相手から口説かれるように持って行くのが一番です。

    相手から口説かれるなんて「難しい!」と言う声が上がるかもしれませんが、男性が声をかけたくなるようなしぐさをすれば意外と難しくありません。 ようは「俺のこと好きなの?」と言う勘違いを起こさせると、あとは自動的に向こうから声を掛けてくれるようになります。

    勘違い作戦で一番有効なのは目が合うと言う点で、男性は女性からまっすぐに見つめられると緊張してしまい、ドキドキしてくると言うことがあります。 男性は「嘘を吐いていないなら俺の目を見ることができるか?」と何かの時にはよく言いますが、男性は瞳を見つめると言うことが信頼や愛情の証だと思っています。

    だから嘘を吐く時は男性の瞳を見つめて堂々と話せば、ほとんどの男性は女性が話す内容を信用します。

    つまり、「目が合う+笑顔」と言うのを仕掛けていけば、男性は話しかけたくてうずうずしてくるので、そこですかさず「おはようございます」とか「こんにちわ」と声掛けをすれば、自動的に色々と話しかけようとするのでうまく話を会わせるだけでオチます。

    ただし、目が合うと言っても「目が合ったあとで視線をそらす」と言う小技も重要なので、見つめっぱなしでは逆効果の場合もあります。

    あなたは男性の気持ちを、引き付けることができますか?

    (ノ∇≦*) ラクショウヤデ~♪

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    出所後。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたには運命の方も温かく見守り続けているはずで、その見られていることが恥ずかしくないような行動でいると、運命は自然と良くなるはずです。

    人は当たり前に生きていると行動に制限が加えられることは少ないのですが、本人の意思とは別に制限が加えられることは社会生活においてはあります。 それは何かと言えば鑑別所とか少年院とか刑務所に入った時で、この3つの違いを説明できる人は意外といません。

    まず鑑別所とは正式には少年鑑別所と言い、その役割はいくつかに分かれています。 家庭裁判所から送致された者を収容すること、医学~心理学~教育学~社会学など専門的知識に基づいて少年の資質の鑑別を行うこと、こう書いていくとこ難しい内容になりますが早い話16歳未満の少年少女に対する刑罰や更生の場所です。

    そして少年院は家庭裁判所から保護処分として送致された者を収容する施設で、簡単に言うと未成年の為の刑務所と言える刑務所予備軍です。 ただし、刑務所と大きく違うのは前科が付かないことで、どんなに凶悪犯罪を犯しても少年院の場合は徹底的に犯罪者を守るので、被害者を守らず犯罪者を守る日本の法律のおかしなところです。

    なお、少年院には4種類あり医療少年院を除けば男子と女子に分けられていて、女子を収容する少年院は正式名称ではないけれど女子少年院とも呼ばれます。

    一応少年院のクラス分けを書くと12歳以上16歳未満の者を収容するのが初等少年院で、16歳以上20歳未満の者を収容するのが中等少年院で、16歳以上23歳未満の者を収容するのが特別少年院ですが、年齢に関係なく凶悪犯罪を犯した者や更生の余地がない者も特別少年院です。

    医療少年院はお金持ちや高級官僚や政治家など地位やお金のある人の子供が、罪にならないように逃げ込む静養地だと思った方が良いです。 ここは弁護士を付けて無罪に持ちこむような人が多いので、本当に病気の人が迷惑している場所でもあります。

    そして今日の本題でもある刑務所についてですが、刑務所とは法令に違反して裁判などの結果、刑罰に服することとなった者を収容する施設のことを言います。 岡山市北区にも刑務所があるのですが、ここはLA級の収容刑務所なので他よりはかなり安全です。 

    「LA級とは、何?」と思う人の為に解説ですが、刑務所に入る時にランク分けのようなものがあります。

    まずは「性別~国籍~刑名~年齢~刑期など」を、ひとつ目の記号「WからS」で表します。 W=女子、F=日本人と異なる処遇を必要とする外国人、I=禁錮に処せられた者、J=少年、L=執行刑期8年以上の者、Y=26歳未満の成人、M=精神障害者、P=身体上の疾患または障害のある者、T=専門的治療処遇を必要とする者、S=特別な養護的処遇を必要とする者となります。

    そしてふたつ目の記号は「犯罪傾向の進度」を表すのですが、A=犯罪傾向の進んでいない者(初犯者)で、B=犯罪傾向の進んでいる者(累犯、および暴力団構成員)となり、要は凶悪で更生の見込みが有るか無いかになります。

    岡山刑務所はLA級なので初犯者や刑期が軽い方の犯罪者が入る刑務所ですが、隣県の広島刑務所になると「I、YB、A、B、P」なので禁固刑や若年再犯や再犯者など幅広い受刑者が集まっています。 (以後は長くなるので、刑務所は書かず略称になります。)

    また、有名人はほとんどが栃木県の黒羽だし、凶悪犯罪や暴力団員は府中~前橋~横浜が多いです。 覚醒剤は甲府、反社会的行為は旭川、帯広~網走~月形は暴力団関係者、鳥取~松江~徳島~高松は凶悪犯罪者で、全部を説明していると長くなるのでやめます。

    そして映画やドラマでは網走刑務所に凶悪犯罪者が入るように設定されていますが、日本で一番凶悪犯罪者が集まっている無期懲役だらけの刑務所は徳島で、二番目が大阪と京都で~三番目が宮城と青森です。

    そして犯罪のニュースなどが騒いでいる時は誰もが気にするけれど、出所した後の生活となれば誰も気にしないのが不思議です。 私は建設現場で嫌と言うほど出所後の人と関わりましたが、出所後はTVドラマと違って反省や改心については個人差があります。

    建設現場以外の職種に再就職していることも多いので、ホンの一瞬のきっかけで狂気が牙を剥く危険性はかなりあります。 建設現場時代に刑務所帰りの方々と接していて怖かったし~本物同士のケンカは最後までやるから、その辺の男性がよく言う「昔はヤンチャしてた」は弱い者いじめをしていただけです。

    なお、学生時代や工場時代の先輩後輩&同級生~上司や同僚などを思い返しても、傷害や窃盗と婦○暴行などが大半で殺人は3人しかいません。

    先月も県北で車から降りた男性が前の車の男性の背中をナイフで刺しましたが、犯行動機は「道を譲らないから」でした。 私も車から降りてきた人に金属バットで殴られたり首を絞められたり、そういう経験があるので県北が懐かしく思えたニュースです。

    あなたは出所後について、考えたことがありますか?

    Σ(゚д゚;) ヨクアルコトネ!?

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    田舎暮らし。

    おはようございます。 もうすぐバレンタインですが、東京出張で銀ブラしているとバレンタイン用の車が展示してあったので、デジカメの小部屋に画像をアップしてあります。 素敵なあなたの思いがバレンタインのチョコと共に、思いを寄せる人の元へ届くことをお祈りしております。

    いつも素敵なあなたには輝かしい未来がよく似合うのですが、それは夢や希望として待っているものを受け取る準備ができれば受け取れるものばかりです。 憧れたままではなく憧れを現実にするのが、あなたの未来を明るくする第一歩です。

    私は県南へ出てきてワクワクしていましたが、それは県北の田舎で暮らしていたから夢みたいな生活ばかりだからです。

    TVが全チャンネル見ることができるなんては嘘みたいだし、エスカレーターがあるなんて夢のようでした。 夕方5時を過ぎても開いているお店が多いのは便利だし、ラーメン屋さんやカレー屋さんがあるのも素晴らしいです。

    私が29歳を過ぎて生まれて初めてケンタやスタバに入った話をすると、普通の人は「そんなの当たり前」と思われるようですが、ケンタやスタバが私の生まれ故郷に存在するわけも無く入れるはずがありません。

    私の生まれ故郷にはコンビニが2000年以降に少しずつ出来始めたのですが、コンビニに1回も入らず成人になる人も県北には存在します。 一番近いコンビニが車で40分と言う生活、それをどう思うかで田舎暮らしができるかどうかが決まります。

    最近はオートキャンプなども多く、設備が完全に整い便利な状態を作り出しているキャンプしか知らない人だと、田舎での本当のサバイバル生活は無理なのです。

    TVにはアウトドアの達人など時々出ていますが、あれは整備された自然環境の中で道具や設備などの環境が整っているから出来る内容で、実際の自然環境とは遊びではなく一歩間違えば生死に関わることなのです。

    山の中での夜と言うのは本当の暗闇を味わうことになるのですが、山道で草木が生い茂った中では方向感覚も何も全く見えない不思議な感覚になり、富士山の青木ヶ原の樹海で遭難するのはよく理解できます。

    人は自分に無いものを求めるので田舎にいると都会へ行ってみたいし、都会にいると田舎へ行ってみたくなるのです。

    それは人として当たり前のことだから悪いことではないし、人口減少に悩む田舎の方では都会から来る人が増えると人口増にもなるので良いことだと思います。 私は田舎育ちだから田舎はもう十分と言うだけで、別に田舎が悪いわけではありません。

    田舎暮らしは仄々して良い面も悪い面もあるので、どうなるかは住む人の心掛けや考え方にもよります。 簡単に田舎での一日をシミュレーションしてみると、朝5時頃には鶏が鳴き始めて近所の方々も田んぼや畑へ行き始めます。

    回覧板なども朝6時前には回り始めるから田舎の朝はとても早いので、朝5時頃には起きていないと「あそこは遅くまで寝ている」とすぐに評判が立ちます。

    そして田舎には親切な人も多いので寝ていると家の中へ入ってきて台所へ野菜を置いて帰ってくれたり、場合によっては朝食を作ってくれて一緒に食べるなんてこともあります。

    台所やお風呂なんかはお互い様と言う感覚があるので、家に戻ると近所の人が夕御飯を作ってくれていたなんてことも珍しくありません。 田舎の方はみんなで一緒にと言うのが基本なので、プライベートの時間が欲しければみんなが家に帰った後や農繁期がプライベートの時間です。

    また、夏には川べりなどへ夕涼みに出ることが多く専用の場所を作ってあるので、夕御飯を食べると夜7時頃から11時頃まで世間話をすることになります。 これは地域の人とのコミュニケーションなので、これに出ないと村八分にされるのでTVよりも地域の話が重要です。 (県北の方へ行くと川べりにイスが置いてあるのは、その井戸端会議と言うか会合の為のイスで夏の風物詩です。)

    当然ですが買い物に行けば「今日のおかずは何にするの?」とか、家の中のことを話さないと「あの人は自分のことを秘密にする」と陰口を言われるので、ある程度自分のことをオープンにしないとやっていけません。

    田舎には特定郵便局は必要不可欠な存在ですが、銀行が無いのだからお金は郵便貯金が主流になります。

    これがまた曲者なんですが、郵便貯金額は近所の人に筒抜けになるので「あんたんところは、金を持っとるなぁ。」など、局長自ら「あの人は車を買うから100万下ろした。」なんて近所の人と話をしています。

    守秘義務違反と言う国家公務員法に抵触しているのですが、そこは田舎の付き合いと言うやつでうるさく言うと村八分にされます。

    あなたは田舎暮らし、やってみたいですか?

    ヽ(  ̄д ̄;)ノ エー!?

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    どら焼き。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたにお会いできる幸せ、それは私の人生における意味が鮮明に見えてくる瞬間で、私に活きる道標を与えて頂き本当にありがとうございます。 あなたがいるからこそ私の人生は作られて行くのであり、素敵なあなたがいなければ私は単なるバカタレで終わってしまいます。

    さて、リンク集にある「デジカメの小部屋」には東京出張の時に撮った画像をアップしているのですが、未公開画像が一杯あるのでどれから公開しようかと思うほどです。 神楽坂や秋葉原や人形町~更にはヒルズやミッドタウンなど、どれからアップして行こうかと思うくらいです。

    昨日は銀座の恋についての画像とブログでしたが、今日はスイーツと言っても日本の和菓子である、「どら焼き」についてブログを書いてみたいと思います。 デジカメの小部屋にある画像は日本橋うさぎやの激ウマ「どら焼き」で、これは濃厚とかアッサリなど好みを別にすれば日本でトップクラスの美味しさです。

    私は東京出張の時にトシ・ヨロイヅカやパティシエAOKIのスイーツを買って食べると、「凄いなぁ」と世界選手権優勝の実力にドキドキしていましたが、人間とは誠に贅沢なモノで慣れてくると普通になり、今は次々と色々なお店を開拓して東京のスイーツなどお菓子に関して勉強中です。

    なお、麻布十番にある豆源のおかきを食べたら余りに美味しく感じたので、当分の間はおかき=豆源で買うことになりそうですが、人形町のお煎餅屋さんも手焼きの逸品なので本当に迷うくらいです。

    注:私は飲食店などの経営者から新メニュ―の御相談も時々あるのですが、飲食なら「親子丼」でスイーツなら「ミニどら焼き」について、少しやってみたい秘策があります。

    では、本題に戻りますが「どら焼き」とは少し膨らんだ円盤状のカステラ生地2枚に、小豆餡を挟み込んだ和菓子のことを言います。 お店のレベルによっては蜂蜜を入れて焼き上げ、それによりしっとりとしたカステラ生地にするお店もあります。

    どら焼きの名前が付いた由来は形が打楽器の銅鑼に似ていることからついたという説が有力ですが、もう一つの異説がありこちらの方が面白いです。

    それは武蔵坊弁慶が手傷を負った際に民家で治療を受けたのですが、そのお礼に小麦粉を水で溶いて薄く伸ばしたものを熱した銅鑼に引いて、丸く焼いた生地であんこを包み振る舞ったことからどや焼きになったと言うモノです。

    この他にも様々な説があり一概には言えない状況で、いずれにしても銅鑼に関係している物が多いようです。 江戸時代のどら焼きは皮が一枚だけで端の部分を折りたたんだ四角のモノだったので、現在のきんつばに良く似たものと考えられています。

    現在の二枚のカステラ風の生地で挟む方式は大正3年創業、上野の老舗和菓子屋「うさぎや」にて考案されて全国に広まったようです。 どら焼きの具は基本的に小豆餡が使われていますが、栗や餅などが入っているモノもあり、変わり種としてプリンを挟んだ「プリンどら」などもあります。

    このどら焼きは漫画ドラえもんの主人公であるネコ型ロボットの、「ドラえもんの大好物」としても知られています。

    タイアップ商品として、昔は山崎製パンなどからドラえもんにちなんだどら焼きが販売されて、2000年以降は文明堂よりドラえもんの焼印を付けた「ドラえもん どら焼き」が毎年3月前後と9月前後に販売されています。

    東京にはどら焼きの名店が数多くあるのですが、元祖と言うことで「うさぎや」を取り上げてみたいと思います。 このどら焼きで有名な「うさぎや」は東京都内に独立したお店が3軒あり、それぞれ別経営で微妙な関係のお店ではあります。

    簡単な相関関係として、「上野黒門町のうさぎや」は初代喜作さんが大正2年に創業して、これが本家のお店となります。 次に「阿佐ヶ谷のうさぎや」と言うのは初代喜作さんの娘さんが始めたお店で、「日本橋のうさぎや」と言うのは初代喜作さんの三男である、豊三氏が始めたお店になるので、それぞれが親戚関係のお店ではあります。

    ただし、お店で他のうさぎやの話をすると機嫌が悪くなると言う話が多いので、仲が悪くは無いのでしょうが仲が良いとは言えない感じです。

    それに接客態度は店員さんにより当たり外れが激しいので、良い時と悪い時の差が無ければもっと繁盛するお店だと思います。 外れの接客態度の時は「売ってやる!」と言う態度なので、これが行列になるほどのお店にならない理由のひとつだと思います。

    あなたは激ウマどら焼きを、食べてみたいと思いますか?

    ☆^(o≧▽゚)o オイシイ!

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    ごろべえ。

    おはようございます。 昨日も無事に東京より帰ってきましたが、素敵なお客様にお会いできるのであれば日本全国を飛び回っても疲れるはずも無く、今日もこれから倉敷での鑑定となります。 この週末も素敵なお客様にお越し頂ける幸せ、それを裏切ること無く精進していきたいと思います。

    なお、HPのカウンターが50万カウンターを超えたら、すぐにプレゼントの内容を発表しますので、何をするのか楽しみにお待ちくださいね。 準備はもう済んでいるので、後は50万カウンターを超えるのを待つだけです。

    さて、年末にフォアサイトの方よりデジカメを頂いたことにより、色々なモノを画像としてお見せすることができるようになったのですが、今回は銀座にあるモノと日本橋にあるモノを「デジカメの小部屋」にアップしてあります。 日本橋の方は明日のブログで、今日は銀座の「縁起物」について書いてみたいと思います。

    私は東京出張の時には色々なところを見て歩くのが好きですが、やはり〆は銀ブラになってしまいます。 将来は中央区へ事務所を構えたいと思うのは街並みや人の流れが好きなんですが、歴史の重みや街の雰囲気は私の心を癒してくれることが多いです。

    さて、以前のブログにも書いたと思いますが、銀座には恋のパワースポットがいくつかあります。 その一つ目は「天使」なんですが、 銀座の街には素敵な「天使」がいます。

    この天使が誕生したきっかけと言うか理由は、1997年11月に銀座にある「銀座天賞堂」と言うジュエリーショップが、リニューアルする時に「お店のシンボル」を作ろうと言うことになり、お店の企画力と言うかセンスが天使誕生のきっかけとなりました。

    天賞堂と言う名前やブライダルジュエリーを扱っていることから、「キューピッド役」を任命されて誕生したのが「銀座の天使」です。 歩いていると銀座の街角にそっとたたずんでいるのですが、道行くカップルが上手くいくように通りを覗いているのです。

    その天使ですがビルの陰にかくれんぼみたいな格好をして、真剣な感じでお店の角からちょこんと顔を出しています。 その理由は路地から歩いてくるカップルに向って、愛の矢を射ることが天使の仕事だからです。 いつなんどき、どんな素敵なカップルに会えるか、「狙った恋人たちは逃がさないぞ」と言う真剣さが垣間見えます。

    この天使の前で待ち合わせをすると、こっそり後ろから愛の矢で射抜かれるかもしれないのですが、この矢で射抜かれたカップルは「幸福になる」と言われています。

    昭和36年には「銀座の恋の物語」と言う歌がありましたが、昔から銀座は男と女の恋の始まりと別れをたくさん見てきている街です。

    そんな銀座には超レアな恋のお願いを聞いてくれる招き猫がいるのですが、これは人通りがあれだけ多い銀座4丁目にもかかわらず、ほとんどの方が気付かずに通り過ぎてしまうのです。 人の脳は「見ると認識」の差があるので多くの人が見ているにもかかわらず、脳は単なる風景として認識しないから発見することができないのです。

    この招き猫ちゃんは「銀座の招き猫 コイコリン」と言いまして、銀座4丁目交差点の三愛ビルへ密かにいます。

    コイコリンはノルウェー産のミカゲ石製で、「ごろべえ(オス)、のんき(メス)」の2匹います。 「女性はオス、男性はメス」を撫でれば恋が成就するという、超レアな「恋の招きネコ」です。 (ここは絶対に、お間違えないように!)

    ただし、この招き猫ちゃんにお願いを聞いてもらうには、きちんとお願いしないと聞いてもらえません。 (その正式なお願い方法は次の通りなので、撫でる場所と撫で方に注意です。)

    素敵な恋人が現れることを夢見る人は、願いを込めて「頭」をナデナデ…。

    好きな人と結ばれることを願う人は、想いを込めて「顔」をナデナデ…。

    こわれた恋を取り戻したい人は、祈りを込めて「背中」をナデナデ…。

    ダイエットで再出発したい人は、しっかりと「お腹」をナデナデ…。

    パートナーの浮気をやめさせたい人は、叩くように「お尻」をナデナデ…。

    ここで欲張りな人は体中を撫でまわすところですが、ごろべえちゃんものんきちゃんも撫でまわされると機嫌が悪くなります。

    1回に付き一つのお願い事しか聞いてもらえないので、「素敵な恋人が欲しい人は頭を2回ナデナデ」と言う感じで、1ヶ所を撫でるのは2回までです。 (つまり、ナデナデが限界で、それ以上するとコイコリンは御機嫌ナナメに…。)

    銀座にはマダマダ恋のパワースポットがあるのですが、告白すれば思いが相手に届く「告白橋」は画像が撮れていないので、その場所を写してから書いてみたいと思います。

    あなたはごろべえちゃんを、ナデナデしてみたいですか?

    ヨロシク(゚0゚)(。_。)ペコッ

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    時間の大切さ。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたには太陽の光が降り注ぐかの如く、優しい幸運が降り注ぐはずです。 毎日を一生懸命に生きていると言う実感が掴める時には、時間を無駄にせずに有効に使えた証明になると思うのです。

    人は誰しもついつい時間が無限にあるように感じてしまいますが、1日は24時間~1年は365日と言うのは変えようが無く、時間の流れは誰であろうとも止めることすらできないのです。

    私は元気で健康でいるのは幸せだと思いますが、体に不調があると途端に気になり始めることや、不自由を感じることが増えて生活が一変します。 有り難いことが普通になり~普通だから感謝が無いと言う悪循環、そうなると無い物ねだりのようになって、本当は幸せな状況なことが幸せに感じられなくなります。

    私は素敵なお客様を視ていると時間の差を感じてしまうのですが、話さないだけで人生の残り時間と言うのは分かってしまいます。

    怪しい占い師の先生方は大袈裟に寿命を話して「なんとかしたければ金払え!」とやりますが、真面目な先生や良心的な先生は絶対に寿命を占うことはしません。 占い師は寿命を占ってはならない、そういう基本的なことすら学んでいない先生は信用するに値しません。

    人は医学の進歩により寿命を延ばすことは出来ましたが、不老不死と言う訳ではないのでいつかは誰でも死んでしまいます。 その人生における残り時間を私は毎日見ているからこそ言えるのですが、人生は短いからやらなければならないことはやっておこうと思うのです。

    私は病気の御相談を受けた時に、手も足も出ない無力感をいつも味わっています。

    「どうして、このように素晴らしい人へ、このような試練が起こるのだろう。」と言う思いを、私はいつも感じながら霊視カウンセリングをしています。 短い生涯になるかもしれないけれど精一杯病気と向き合いながら人生の終焉を迎える、そういう方々の人生に立ち会うことになるのは心が辛くなることもあります。

    私はお越しになる素敵なお客様の御相談から逃げる訳にはいかないので、どんな未来であろうともお伝えしなければならないけれど、伝え方により受け止め方も違うのではないかと言う思いが、占いではなく霊視カウンセリングと言う名称になっているのです。

    私が男性の霊視カウンセリングを基本的にしないのは、「命の大切さを舐めている」ような男性を霊視するのは「時間の無駄」だからです。

    私は残りの命を必死に燃やして生きている素敵なお客様を拝見させて頂くからこそ、「時間を無駄にしてはならない」と言う思いが一層強くなるのです。 生きたいと思いながら亡くなって行く人の思い、死にたくないと病室で泣きながら旅立って行く人、そういう人たちの思いがあるからこそ無駄な時間を過ごしてはいけないのです。

    昔の私は我儘でアホなことばかりしていましたし、健康に感謝もできずに愚痴や不平不満ばかり言って恥ずかしいと反省の日々です。 その過去があるからこそ私は時間を無駄には出来ないと思うから、365日年中無休で霊視していても時間が足りないとすら思うのです。

    倉敷と東京の両方で鑑定していると「お身体に気を付けて」とか「移動は大変でしょう」など、有り難い言葉を素敵なお客様より頂くのですが私のような未熟者には嬉しい限りのお言葉です。

    しかし、私は素敵なお客様と約束した以上は絶対に守る、それは意識と言うより無意識の中で当たり前になっています。 予約を受けているのに「体調不良で中止」~「飛行機が飛ばないから中止」~「新幹線が動かないから中止」など、こんなことは「中止していい理由にはならない」と、私は霊視カウンセラーとして決めているのです。 (中止する占い師さんは、視えていない証拠です。)

    素敵なお客様がドキドキしながら予約の電話をして、電話口で緊張しながら予約を入れてくださり、そして当日にはワクワクしながら事務所までお越しになる、そういう思いを無にするようなことをする訳にはいきません。

    貴重な人生の時間を使い予約を取って、貴重な人生の時間の中で霊視カウンセリングへ来る。 そういう貴重な人生の時間に関わることになる私が、「今日は中止です。」なんてイイ加減で適当なことをしているようでは、極悪非道のとんでもない占い師になってしまいます。

    私は「約束した以上は守る」と言う考えで、予約を受けた以上は何があろうとも「予約時間には万全の体調で、素敵なお客様の前にいる。」と言うのは、占い師以前に人として絶対条件だと思うのです。

    今まで御相談にお越しになった素敵なお客様で、もう事務所へ来ることは無い常連の方がいます。 そういう方の人生に関われたのは霊視カウンセラーとして「良かったのか? どうなのか?」は分かりませんが、今後も私は素敵なお客様の貴重な人生の時間を蔑ろにするなんてあり得ないし、何があろうとも予約を受けた以上は絶対に守ります。

    「体調が~、新幹線が~、飛行機が~。」と言い訳すること無く、あなたと言う素晴らしい人の貴重な人生に関われることを、本当に大切な時間だと肝に銘じて霊視カウンセリングを行いたいと思います。

    あなたは時間の大切さ、気に留めていますか?

    。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は10日(木)から再開します。 予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    左甚五郎。

    おはようございます。 いつも良い方へ考える癖を付けていると悪いことでも良い方へ転換できるので、モノは考えようと言う具合に幸運を呼び込むこともできるはずです。 悪いことでも受け止める、そして跳ね返すことがあなたに課せられた使命なのかもしれません。

    私も昔はネガティブそのものであり、悪いことばかり考えていたから余計に暗かったのだと思います。 いつかはと言う夢ばかり追いかけていたけれど何もできない、それは自分が動かずして何もできなかった証拠です。

    それでも立ち直れたからこそ今があるのですが、世の中には良いことをしても認めず逆に意趣返しみたいなことをする人もいるので、良いことをしても分からない人には分からないのです。 例えば、環境保護団体や○○みたいに自分のことが優先で、言うことを聞かなければ実力行使に出る人は意外と多いのです。

    私はこのような人に会うと言う意味を、自分を戒める為の糧として受け止めています。 いくら良いことをしても認めない人は認めないので、そういう人は受け流しておかないと、最初から考えが違うから話し合う余地はありません。

    その昔の日本には左甚五郎と言う名人がいたのですが、左甚五郎は江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人で、左甚五郎作と伝えられる作品も各地に存在します。 左甚五郎と言う名前の由来は諸説入り混じり、左利きだからとか~飛騨の甚五郎が訛って左など、本当のところは分かっていません。

    簡単に略歴を記しますと、足利家臣伊丹左近尉正利を父として文禄3年播州明石に生まれ、父親の亡き後は叔父である飛騨高山金森家家臣河合忠左衛門宅に居候して、13歳で京都伏見禁裏大工棟梁遊左法橋与平次の弟子となりました。 そして元和5年に江戸へ出て徳川家大工棟甲良豊後宗広の女婿となり、堂宮大工棟梁として名を上げたようです。

    その腕の良さから江戸城改築に参画したのですが、西の丸地下道の秘密計画保持の為に襲われましたが刺客を倒し、寛永11年から庇護者老中土井大炒頭利勝の女婿讃岐高松藩主生駒高俊のもとに亡命しました。 その後は寛永17年に京都へ戻り師の名を継いで禁裏大工棟梁を拝命して法橋の官位を得た後に、寛永19年高松藩の客文頭領となった後の慶安4年頃に無くなり享年58歳でした。

    この左甚五郎は少し変わり者と言われていたのですが、そこには勧善懲悪の精神があり優しさや人情味が溢れているからこそ、講談や落語に演目が多く愛されているのだと思います。 私は「ねずみ」と言う演目が好きなのですが、これはズルイことをしていると自分に返ってくるとか、人を妬んだり恨んだりしてはいけないことが良く分かります。

    簡単に紹介すると、奥州仙台の宿場町である旅人が宿引きの子供に誘われて鼠屋という宿に泊まるのですが、そこは貧乏で布団も飯もろくになく腰の立たない主と十二歳の子供の二人でやっている貧しい宿でした。 主の宇兵衛は向かいにある虎屋と言う大きな宿の主でしたが、妻に先立たれた後に迎えた後妻は番頭とつるんで虎屋を乗っ取ったのです。

    追い出された宇兵衛は物置小屋を何とか宿に仕立て上げて、その物置に棲んでいた鼠にちなんで鼠屋と名付けたのです。

    これを聞いた旅人は自分が左甚五郎だと明かし、そして木片でねずみを彫り上げて繁盛を願って店先に置いて帰りました。 すると名人の技か奇跡か、その木彫りねずみがまるで本物のように自分で動きました。 この噂が広まるやいなや鼠屋に泊まればご利益があると、部屋に収まり切らないほどお客様が来て、見る見るうちに鼠屋は大きくなりました。

    そうなると向かいの虎屋は鼠屋が繁盛するにつれて、前の主を追い出した悪行を吹聴されて客足が途絶えたのですが、それに腹を立てた虎屋の主人は鼠屋に対抗して仙台の巨匠に虎を彫らせました。 (早い話が妬みと恨みで、鼠屋を攻撃しようと企んだのです。)

    しかし、悪いことを考える人には同じような人が来るもので、その巨匠は虎屋から取れるだけお金を取りながら実は弟子に彫らせていたのです。 虎屋の主はそれを鼠屋のねずみを見下ろすように2階の軒先から見下ろすように飾ったところ、途端にねずみは動かなくなってしまったのです。

    鼠屋の主人は左甚五郎に手紙を書いて送ると、すぐに左甚五郎が鼠屋を訪れます。 自分が彫ったねずみは虎に怯えて、じっとして動かなくなっていました。 甚五郎には合点がいかなかったのですが、虎屋の店先の虎は出来損ないの彫刻で顔はひどく弱気そうだし、額に虎を示す王の字の模様もないのです。

    甚五郎はねずみに、「ねずみよ、俺は魂を込めてお前を彫った。 なぜ、あんなおかしな顔の虎に怯える?」と尋ねたところ、ねずみはふと振り返って「え、あれ虎だったの? 猫かと思った!」と答えるのがオチです。

    左甚五郎は人情に厚く優しい心の持ち主ですが、嫌なことは頑として受け付けない頑固さもありました。 それが弱きを助け強きをくじく~勧善懲悪へと繋がって行くので、私も自分が有利な立場だからと人をいじめるような卑怯なことは絶対にしたくありません。

    あなたは左甚五郎を、知っていましたか?

    (@⌒ο⌒@)b ウフッ

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    税金投入。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたの未来には、輝かしい夢があります。 あなたが手に入れるべき夢と言うのは、叶うからこそ手の中にあるはずです。 やる以上は無駄なんてことは無く、必ずスキルアップになって身に付くことがあるのです。

    ただし、残念ながらTVドラマや映画じゃないから個人の未来は良い方へ変えやすいけれど、会社やお店などの団体ではなかなか難しいことが多いです。

    一昨日のブログにて税金の無駄使いを省けば、消費税は上げなくてもやれると言う内容を書きました。 あれは氷山の一角で無駄を省く為には、更なるメスを入れることがいくらでもできます。

    例えば、JALには公的資金が1兆円も流れ込んでいて、今も毎日5~10億円の赤字が積み重なっています。 企業再生支援機構と言う出勤さえすればお金になる団体がJALを支援していますが、相変わらず何も変わっていないのが実情です。

    岡山の林原が今年に入り事実上の倒産をしましたが、林原は恐竜の発掘やトレハロースなど人類の未来に貢献する会社だから、本当はJALよりも支援してもいいかと思います。 JALが潰れてもANAやSKYがいるから困りはしないけれど、林原が無くなったら人類の遺産や技術が失われてしまいます。 (ただし、林原の経営が正しいと言っているわけではありません。)

    国は余計な会社へ税金投入する暇があれば、もっと日本の中小企業を助けるべきなのです。

    こういうことを書くと政治家や官僚から揚げ足取りの反論、「JALの再生に税金は使っていない」と言われそうですが、それは小手先だけの目晦ましです。 表向きの言い訳としては、「JALに税金は投入してなく、企業再生支援機構は政府保証により金融市場から資金を調達している」と、バカみたいな言い訳をしています。

    これは小学生の言い訳じゃないんだから、金融市場からお金を引っ張る為には資金があることが前提で、何も無いのに金融市場へ参入すること自体ができないのです。 株式投資やFX投資に詳しい人なら分かると思いますが、架空の売り買いは禁じられているので入金後に支払い、これが何の市場でも大原則となります。

    つまり、100万円の株を買い10分後に売って110万円になったとして、その差額の10万円を受け取れるのではなく「先に100万円を入金後、110万円が支払われる」ことになります。

    JALの再生に金融市場からお金を引っ張れるのは、国民の税金を1兆円以上投入して会社を立て直しているからで、一般的な感覚で言えば預金が1兆円あるから銀行がお金を貸してくれる、1兆円の預金を持っている人が保証人だからお金を貸してくれる、こういうことになるのです。

    それに当座の資金として燃料代やJAL社員の給料は税金で支払われて、それから返して貰っているという事実があります。

    なお、JALの平均年収は「パイロットが約1800万円で、CAさんが約850万円」と言う金額なので、「以前より給料を減らした」とは言ってもこれが企業再生に取り組んでいるJALの姿勢です。 ちなみにパイロット&CAさんは1ヶ月の実働は15日で、月のうち半分はお休みです。

    それに残念ながらJALは会社を再生しようと言う気持ちの社員は少なくて、「俺たちはどうなるんだ!」と言う個人の権利を主張している社員の方が多く、会社の歯車がうまく回り始めるのは難しいです。

    世間一般の中小企業や個人商店の経営者は、毎日努力を積み重ねているのに国に助けてもらえない、JALは放漫経営をしているのに国に助けてもらえる、こんなことで国民は消費税を上げることに賛成するわけがありません。

    寄付の神様の友人が20XX年に結婚したのですが、そのお相手はJALのCAさんです。 以前のブログでも書きましたがNYへ行く飛行機の中で度々挨拶に来て、「よろしければ現地で会いませんか?」と名刺を貰って交際が始まり、そして結婚となり20XX年の5月に帝国ホテルで結婚式を挙げました。

    寄付の神様もJALに乗るとCAさんより名刺を貰うことが多く、「移動中は寝ていたいけれど、度々話しかけられるから寝られない」と困惑しています。 (CAさんは搭乗前のデーター閲覧により、座っている人の職業や住所などある程度は知っています。)

    これが何を意味するかは書きませんがJALは本気で企業再生をする気は無く、いざとなれば税金投入で潰れるはずが無いと言う意識は変わりません。

    あなたは税金投入、それをどう思いますか?

    (*・ε・*) フゥ~?

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    人柄。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたには幸運の光が降り注ぐはずですが、それはあなたの人柄が素晴らしいから運命の御褒美です。 その行いや笑顔など周りの人々が幸せになる、そういう人生を歩んで行けるのは幸せの第一歩です。

    私は色々な方々の御相談を受けていますが、いつも感じるのは人柄の素晴らしい人にはチャンスが巡ってくると言うことです。 チャンスと言うのは欲しがっていると巡ってこないモノだけれど、気が付いたらいつの間にか巡ってきたと言うのがチャンスです。

    御相談を受けていても成功するきっかけや復活するチャンスを得る人は、誰が見ても応援したくなるような人柄であることが多いです。 会社の経営に例えるなら、銀行に見放されても死にはしないけれど、取引先やお客様に見放されたら死んでしまう、ここでも最後にモノを言うのは人柄になってきます。

    あの手この手でお金を引っ張ってくることができる人は一時的には楽になるけれど、最後には火だるまになってしまいます。

    ところが借金は出来ないけれど誠実にコツコツとしている人は周りが見捨てないし、そもそも最初から困るような事態に陥りません。 借金は100万円なら100万円と言う風にお金そのものですが、人柄はお金に換算することはできないけれど1億~10憶と言う価値があります。

    人は誰しも困った時には神頼みをすることもあるかもしれませんが、現実問題としては「人は人に助けて貰う」と言うのが全てです。

    崖っぷちだと言うような緊急事態において救われた時、それは自分が助けた人が巡り巡って今の自分に降り注いでくれたと言う感謝があれば、いくらでもやり直しは出来るし復活の芽は出てくると思うのです。

    会社でも潰れるのは借金が返せないからですが、その優先順位を間違えるのは人柄が悪いからです。 義理や人情を大切にして迷惑を掛けてはいけないと言う気持ちが本当にあれば、会社が潰れそうな時にどうすればいいかはおのずと分かるモノなのです。

    人は人間関係が重要だと言うことは誰しも分かっているけれど、その人間関係を見誤ることが多いのです。 会社やお店でも潰れて行くのは見誤ることが多いからで、大切にしなければならない順番を間違えているのです。

    極端な話ですが銀行などの金貸し系のお金は後回しで返せばいいのですが、ついつい無理を聞いてくれる取引先や仕入れ先に返済の猶予をお願いするのが間違いの基です。

    会社やお店で怖いのは金貸しではなく信用を失うことで、取引先や仕入れ先やお客様に迷惑を掛けたら、残念ながら潰れるのを待つだけになるのを分かっていない経営者が多いのです。

    取引先~仕入れ先~お客様、この三者に迷惑を掛けて信用を失うと言うのは仕事ができなくなることで、金貸し系にお金を支払わずに失うのは家などの資産だけです。 資産と言うのは盛り返して再び作り上げればいいだけで、そんなものを失うのを怖がる人は経営の本質が分かっていないから遅かれ早かれダメになります。

    世の中の多くの経営者は車があるのにガソリンがないとか~ピストルはあるのに弾がないなど、表向きは良いように見えて裏へ回るとさっぱりと言う経営が多いです。 人間心理として仕方が無いことではありますが、人は困った状況になると今を守ろうとして未来を失うことが多いです。

    会社で言えば目先の手形を切って支払ったつもりになったところで、2ヶ月先~3ヶ月先には手形を落とさなければならないから、問題を先延ばしにしただけになってしまうのです。

    夫婦で言えばタマにはケンカするのもいいけれど、ケンカが終わればごめんなさいと言えば済むのことなのに、お互いが意地を張り合い「先に謝れ!」と言い始めてやがては離婚、これでは何の為の夫婦なのか意味が分からなくなります。

    どちらが先でも良いから素直にごめんなさいと言っておけば、「こっちこそ、言いすぎた…。」となり、次の日から変わらず平和な毎日が過ぎて行くはずです。

    人は意識の持ち方で変わることが一杯あるのですが、今を失うことで未来が開けることは多いのです。 今と言う時間の中だけで損得を考えるからダメになることも、今は捨ててもあきらめなかったことだけが、人生を大きく変えてしまうことに繋がるのです。

    生きて行く上で人柄ほど大切なものはなく、日頃からの人との接し方や相手を大切だと思う優しい心、そういう積み重ねてきた徳が協力や応援と言う助けの泉として後から湧き上がってくるのです。

    あなたの人柄は、どう思われていますか?

    ・・・(・・*)ノ ⌒◇ポイッ

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