徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    恋愛観。

    おはようございます。 素敵なお客様の淡い恋心を視ていると、素晴らしい恋をしていらっしゃると感銘を受けることが多いです。 人を好きになることで自分の魂が磨かれるし、失恋した時には磨かれるレベルアップは10倍になるとも言われます。

    失恋した時には辛いけれど、恋は上手く行く時よりも失恋した時の方が魂は磨かれます。 恋愛に関する本を読んでみると、どの本も誠に良い話やアドバイスを書いてあります。 それにより心が軽くなって前向きになれれば、それはひとつの解決策でOKです。

    私は彼女いない歴が年齢と同じで30年ほどなので生まれてから彼女が出来たことがなく、女性と話をするのはどちらかと言えば緊張する方です。 目の前に女性がいるだけで心臓がドキドキして緊張が始まり、目も虚ろで何を話していいのか分からなくなります。

    当然ですが私は小中高と初恋なんてありえない世界でしたから、別に付き合いたいとも思わない人生でした。 県北時代はいじめられていた上に生きるのが必死だったし、車椅子の女性を突き飛ばして踏んづけるような同級生と恋愛は無理です。

    そんな私が恋愛に関するブログを書いたり、恋愛の御相談を受けているのは不思議な感じがしますが、これもまた運命なのかもしれません。

    普段は素敵なお客様の恋バナを聞いているのですが、たまには私の恋愛哲学と言うか恋愛観を書いてみたいと思います。 私にとっての恋愛観とは「相手を幸せにすること」と、「自分が打ち込むことに反対されないこと」の二つが主軸です。

    恋愛の先には結婚がありますが、結婚は相手の時間や人生を自分が関わることで変えてしまうことを意味します。 その意味を充分に理解している男性がどれだけいるのかはわかりませんが、結婚とは相手の人生を変えてしまうことであり、相手の人生に責任を持つと言う重大事なのです。

    N市のIさんより「山崎さんは結婚しないんですか?」と聞かれた時、「私は修行僧じゃないので、相手がいれば結婚するかもしれません。」と返事したことがあるのですが、私が結婚しない最大の理由は「相手がいない」と言うことが一番です。 (苦笑)

    しかし、仮に彼女が出来たとしても「彼女を幸せにできるのか?」と言うプレッシャー、それに私は悩んでしまい耐えられないかもしれません。 結婚すると言うことは相手を幸せにすることが一番で、それが達成できてから自分のことを考えるのが本当の結婚です。

    日本的結婚生活と言うのは信じられないのですが、奥様に炊事洗濯をさせておいて自分は酒飲んで遊び放題、子供の面倒は見ないし自分だけが自由に動けたら満足、こんな結婚生活がスタンダードだから日本は結婚できない男性が増えるのです。

    私は自分で洗濯やアイロン掛けをするから困らないし、料理は下手なプロより私の方が上手いし、掃除も自分でするから結婚生活に家事を求めることはありません。

    私が結婚する上において相手に求めるものがあるとするなら、私がやりたいことに反対することなく「あなたならできる」と後押ししてくれて、何も言わずにニコニコと信じてくれることです。

    そして結婚の最終章となるのは、当たり前ですが死についてです。 誰しも好きな人との別れはくるのですが、その別れとして避けられないのは死を迎えることです。 結婚生活を続けることが出来たなら、必ず死と言う別れが100%待っています。

    私は自分がどうやって死んでいくのか視ていますが、昔の状態では寂しくて酷い死に方でしたが、あの時代の行いでは仕方が無いです。 しかし、未来は変えられるから、その変えた先の未来には何があるのか、それを考えると死について避けては通れないのです。

    愛する人と迎える死の中で最高だと思う死について語るとすれば、布団の中で静かに横たわっている側で愛する人が手を握ってくれている、そして死んでいく様子を静かに見守っていてくれる。

    そして傍らにいるあなたに向かって、「キミと一緒の人生で、とても幸せだった。 ありがとう…。」と言って最後を迎えることができれば、それは人生で最高の死に方ではないのかと思うのです。

    ただし、このような死を迎える為には中途半端な生き方をしていたのでは無理です。 このようなシチュエーションを作り出すには夫婦揃って健康でいられることが条件で、その次に年老いて死ぬまで愛を持続させる努力や生き方が必要です。

    更に布団で横たわる時に苦しまず穏やかに死ぬ為には、運命を納得させる生き方をしていないと七転八倒の苦しみで唸りながら死ぬことになるので、そっと手を握って微笑みながら死ぬことは不可能です。

    人は誰しも死と言うゴールに向かって生きているのですが、それは悔いなき人生を送ることで穏やかな死を迎えることができるのです。

    私は恋愛に対する考え方が女性と男性の二つあり、どちらの側からでも視ることができます。 私はご要望があるならば女性向けと男性向けの両方ともに、「恋愛講座~質問編」を開催したいと思うくらい恋愛について語りたい部分はあります。

    あなたの恋愛観は、どのような想いが基本ですか?

    OK!!( ̄▽ ̄)δ⌒☆



    お知らせ:出張と業務多忙の為、ブログの更新は4日(火)から再開します。 出張中でも予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    天然と養殖。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様には感謝の気持ちで一杯ですが、鑑定にお越し頂くお客様よりお土産を頂戴することも多いです。 その中身はコーヒーやクッキーとか和菓子など多種多様で、本当に昔に比べて天国にいるようでありがとうございます。

    私は県北の田舎で生まれ育った上に、家が貧乏だったのでお菓子どころか日々の食事に不自由していました。 その頃から比べると今は幸せそのもので、毎日ご飯が食べられるのは嘘のようです。

    最近の私の食事ですが、朝食は「無し」で~昼食は「わかめおにぎりとサラダ(105円+180円=285円)」で、夜は「ホウレン草~ウインナー~タクアン」と言う感じです。 私は基本的におかず1品で充分だから、ウインナーを4~5本焼くとか~ほうれん草にお醤油が充分に御馳走なので、彼女や奥様に夕食のおかずで文句を言う男性が信じられません。

    ただし、東京など出張の時は自炊ができないので仕方なく外食をしますが、寄付の神様やN市のIさんやMさんなどの御三方と食事に行く場合は別として、ひとりの時は松屋~すき家~CoCo壱番屋が多いです。

    それでも出張を重ねているうちに舌が肥えてきたのか、昔よりは贅沢をするようになったのかもしれません。 今年最大の贅沢と言えば「もちどら」と「たい焼き」で、お客様から手土産に頂いた「もちどら」は凄く美味しかったです。

    この「もちどら」は銀座にしか売っていなくて日持ちがしないので通販もなく、私は世の中にこんな美味しいドラ焼きがあるのかと驚きました。 しかし、今日のブログは「もちどら」ではなく「たい焼き」についてですが、東京で散歩をすると老舗の美味しいものだらけでツイツイ贅沢になってしまいます。

    さて、たい焼きとは明治時代から食べられているお菓子で、鯛の焼き型に入れて焼いた餡入りで小麦粉主体の和菓子です。 主に日本国内で製造~販売~消費されていて、たい焼きの焼型により「天然と養殖」の差があります。

    「たい焼きに天然や養殖があるの?」と思われるかもしれませんが、たい焼きの焼き型には1匹ずつ焼き上げる型と複数匹を一度に焼き上げる型の2種類があり、前者を「天然物」や「一本焼き」と呼び~後者を「養殖物」と呼びます。

    最近の傾向として一匹ずつだと手間がかかるので天然物の金型は減少を続けていますが、こだわりを持つたい焼き職人は頑として天然物です。 天然物は養殖物とは焼き方が違う上に火の通り方が異なることから、同じたい焼きとは思えないくらい味が違うので天然物は美味しいです。

    世の中には凝り性の人もいるようで、1匹ずつ焼かれた鯛焼きの「魚拓本」がちゃんと出版されています。 色々なたい焼きを集めているのですが、「こいのぼり焼き」とか、「シーラカンス焼き」とか、丸や四角など様々な形があるようです。

    東京でたい焼きと言えば「麻布十番の浪花家総本店(1909年創業)」と、「人形町の柳屋(1916年創業)」と、「四谷のわかば(1953年創業)」の3店が、「東京のたいやき御三家」と呼ばれています。 そして「浪花家総本店」は歌でも有名な、「およげ、たいやきくん」のモデルとなったお店です。

    普通のたい焼き生地は黄色くて焼き上がった表面は茶色いのですが、生地の色が黄色いのは材料の卵黄によるもので、焼き目が付くのはメイラード反応によるものです。

    では、最近出ている白いたい焼きはどうしてかと言えば、卵の代わりに卵白のみを用いると生地は白色となって焼き上げても「メイラード反応がほとんど発生しない」ことから白いたい焼きとなります。

    もしも私がたい焼き屋さんを出すのであれば、人と同じことをしても面白くないので当たり前のことはしないと思います。 普通のたい焼きと白いたい焼きは当然ノーマルのメニューとしては出しますが、それ以外に他店との差別化で「たい焼きのからあげ」を出すと思います。

    これはたい焼きを油で揚げて「揚げパン」のようにして、それに砂糖をまぶして「揚げたい焼き」にすると思います。 たい焼き屋さんは数多くありますが、「たい焼きのからあげ」と言う発想は余り無いと思います。 (他に薬味としては、塩や山葵が合います。)

    私のアイディアが誰かの役に立つのであれば嬉しい限りなので、これを見ている素敵なお客様に真似して貰えるのであれば嬉しいです。 ただし、単純に真似するのではなく練り上げて昇華させて頂けると更に面白くなります。 (例えば、Mさんは行動力があるので、こういうアイディアをすぐに検討し始めます。)

    あなたはたい焼きの、天然と養殖を知っていましたか?

    (≡^∇^≡) オイシイ~!

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    人形町。

    おはようございます。 昨日に引き続き東京ネタですが、TBSの日曜劇場にて「新参者」と言うドラマが始まりました。 これは東野圭吾さんの推理小説を原作としたドラマで、東京の日本橋人形町が舞台となっています。

    私は人形町の雰囲気は嫌いではなく、寄付の神様と人形町今半や日本橋日山で食事する時の時間待ちに、人形町商店街(甘酒横丁など)の歴史あるお店を歩いてみると重みを感じさせられます。

    東野圭吾さんの「新参者」は小説の方もかなり面白く、ドラマも期待できるのではないのかと思います。 あらすじとして、日本橋でひとり暮らしの40代の女性が絞殺され、日本橋署に着任したばかりの加賀恭一郎が事件を追いかけて、九つの謎を解き明かす為に未知の土地を歩き回ると言うストーリーです。

    元々の事件は最後に解決されるのですが、それまでに起こる色々な事件の主人公が次々と変わり、事件に直接関係ない周辺人物の小さな謎を解いていくことが、最終的に本来の事件解決に繋がると言う仕掛けです。

    ここでのロケは人形町商店街が全面協力しているので、阿部寛さんが立ち寄る御煎餅屋さんや人形焼のお店が登場すると、「あのお店が出ているなぁ」とか「あの通りで撮影しているのかぁ」など親近感が沸いてきます。

    なお、種明かしをすると福山雅治さんの「容疑者Xの献身」も、人形町で撮影されている部分が多いです。 堤真一さんが浮浪者といる河川敷の橋の下のシーンは、阿波寛さんが御煎餅を食べながら謎解きする河川敷と同じだったりします。

    この日本橋人形町は東京都中央区の地名で、オフィス~飲食店~住居が混在する街並みだから、街路は狭くて一方通行の道路が多い作りになっています。 飲食店が連なる甘酒横丁という通りが有名で老舗店舗が多く、毎年8月に人形町通りで行われる「せともの市」は夏の恒例行事となっています。

    この人形町の地名の由来ですが江戸時代に堺町と葺屋町が、現在の日本橋人形町三丁目の人形町通り西側にありました。 更に歌舞伎小屋の中村座と市村座もあり、それに加えて薩摩浄瑠璃や人形芝居も行われていました。

    つまり、人形に関する舞台が多かったと言う説が一つ目で、もう一つには人形遣いが多く住んでいたから人形町と名付けられたとも言われています。

    ただし、江戸時代の人形町は通りの名であり、大坂町~島町~住吉町~和泉町~堺町~芳町が通りに面していたことから、1933年(昭和8年)に正式にこれらの町名が全部一緒になって人形町という町名に変更されたようです。

    なお、世間的に勘違いされていることの一つに「遊郭の吉原」があり、実は江戸時代初期には遊郭で有名な吉原は人形町通り東側の辺りでした。 大門通りと言う名前は吉原があった名残で、1657年1月の明暦の大火「振り袖火事」で辺り一帯が焼失したのを機会に、幕府の命で遊郭は浅草寺裏の日本堤付近に移転したのです。

    スピリチュアルをメルヘンだと言えるのは歴史が無茶苦茶だからで、時代劇やドラマを見て「吉原=浅草」と思い込んでいる先生方が多く、前世が遊女とか言い始めるとデタラメな前世が増えます。 (苦笑)

    映画などで有名な吉原炎上と言うのは人形町での火事のことであり、TVなどで悪代官にいたぶられる吉原は浅草の方となります。 昔の人は旧吉原と新吉原と言う呼び方をして区別していたし、遊郭一つとっても歴史は奥深いのでいい加減で適当なことを口にしてはいけないのです。

    この人形町が栄えたのは徳川幕府の政策が優れていたからで、徳川幕府に忠誠を示す大名が次々と江戸に屋敷をおいた上に、城の普請や土木工事の為に集められた人々も大挙して城下に入って来ました。

    人が増えれば食料や衣料など生活必需品の供給が必要になるのは当然だから、そこで徳川家康公は全国の商工業者に呼びかけて「地代免除」により江戸城下に出店することを奨励しました。 今の政治家や官僚と違って、徳川家康公は「発展する為にはどうすればいいか」を考え続けて江戸を作り、それが後世の東京となって存在しているのです。

    なお、ドラマ内で阿部寛さんが並んでいるけれど直前で「はい、今日はここまで!」と言うお約束のシーンのたい焼き屋さん、あれは路地の空き店舗にセットを組んでいます。 場所は人形町今半から徒歩1分の路地で、地元の人以外は通らないから撮影しやすく、運が良ければ阿部寛さんや黒木メイサさんに会えます。

    あのドラマに出てくるお煎餅屋さんとたい焼き屋さんは行列のできる人気店ではありますが、実は人形町には更に人気があるお煎餅屋さんとたい焼き屋さんがあります。 どちらも取材拒否のお店なので表には出ませんが、人形町と言う町にある老舗の実力と言うのは恐るべしです。

    人形町だから人形焼と言うことで、阿部寛さんが立ち寄る人形焼のお店は本当に人気№1のお店も出ていますが、実は色々な人形焼のお店をMIXして撮影しているのでカットにより風景や外観が違います。

    あなたは人形町の雰囲気に、どんな思いが浮かんできますか?

    (・0・。) ほぉ~!

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    本物のパワースポット。

    おはようございます。 今回の東京出張も無事に終わって、本当に幸せな毎日を過ごさせて頂いております。 これもひとえに素敵なお客様のおかげであり、私は素晴らしいお客様に恵まれていると感謝しています。

    さて、いつの時代も流行り廃りがあるのですが、スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんが出てきた時に、どれだけ多くの占い師さんが「スピリチュアルカウンセラー」と急に名前を変えたことか、なんでもかんでも「スピリチュアル」で一括りするほど流行りました。

    最近で言うと手相芸人の島田さんが出てきたから、石を投げれば当たるほど手相の看板が激増しています。 この「流行るものに飛びついて真似をする」と言う、欲丸出しは変わることの無い普遍性があります。 「儲かればなんでもあり!」とスピリチュアルや手相に便乗して、目先の欲に飛び付くのは恥ずかしいことです。

    似たような現象で今は「パワースポット」が大流行ですが、TVや雑誌などは似たり寄ったりの同じ内容ばかり書いています。

    これもよく考えて頂きたい部分があるのですが、仮に恋愛のパワースポットへ同じ人を好きになった二人の女性が行って願掛けした場合は、その彼は「どちらの女性を選ぶことになるのか?」と言うのが、人気のあるパワースポットの大いなる矛盾になります。

    こうなると「人に知られていない場所」に行って、他とは違うパワーを吸収しないと効き目が無いのではないかと言う、似たり寄ったりのパワースポット自体に矛盾が出てきます。

    多くの人が押しかけるパワースポットは「人気がある」のは事実ですが、効果の方はどうかと言えば「あったような気がする…?」では意味がありません。 明らかに「あそこへ行ってから歌手デビューできてミリオンセラー」とか、「あそこへ行ってから営業成績がうなぎのぼりで寝る暇もない」と言うのなら効果ありです。

    占いの先生方は明治神宮の清正井をパワースポットと言っていますが、毎日3千人以上が押しかけているのだから1ヶ月で10万人は行っています。 それでは10万人中何人の人が「凄い!」と言う状態なのか、そのパーセンテージは驚異的に低く効果は「気のせい」と言うレベルです。

    私はいつも「妖精さんや先祖やお墓など」の話よりも、目の前に起きている現実の話をすることが多いです。 難病で苦しんでいる人や身体にウジが湧いているのにワクチンが無いアフリカの子供達、こういう現実から目をそらしている欲ボケした占い師ではいけないのです。 そんな占いや霊視のレベルでいるようでは、神様から頂いた力が失われても仕方がないと思うのです。

    私は毎年1月上旬にブログにて祈願の受付をしていますが、その祈願で「ある神社」に行った時のことです。 応募された皆様の祈願を持って申し込みをして、本堂で祈願前の記帳をしようとした時に、その台帳に書いてあった名前に私は目が点になりました。

    そこに書いてあった名前は、「東京都○○区○○○ 浜崎あゆみ」でした。

    私は「えぇ~!(驚)」となったのですが、その祈願用台帳の前に置いてある奉納用の蘭にも「贈 浜崎あゆみ」と書いてありました。 驚いた私が他の蘭も見渡すと、なんと有名企業のトップなど財界人の名前がずらりと並んでいました。

    私は歴史的建立物として名高く~徳川家康公との縁からたまたま選んだのですが、これだけの人たちが祈願に訪れている神社、これこそが本当のパワースポットではないのかと思います。 この神社へ訪れている方々の現在の地位や状況を見ると、成功とか出世と言っても過言ではありません。

    台帳や絵馬に財界人や有名人の名前がありますが、そんな神社は「ここだけ?」ではないかと思います。 それに不思議なことにいつ行っても人が少ないので、中途半端な人は寄せ付けない神社なのかもしれません。

    有名な占い師さんやスピリチュアルカウンセラーの方々が、あれだけパワースポットと言うわりに誰一人○○神社のことを語らないのが不思議です。 語らない以上は聞きかじりや受け売りがほとんどで、本当のパワースポットを見つけられないと思われても仕方がありません。

    私が思う「本当のパワースポット」とは、こういう場所ではないのかと問いかけたいのです。 GW前になるとタウン情報などが安易なパワースポット特集をするのですが、聞きかじりや受け売りの姿勢が見えて悲しくなってきます。

    もしも、難病に苦しんでいる方や思い悩んで生きるか死ぬかの瀬戸際の方が、雑誌のなんちゃってパワースポットを本気にしていたら、その気持ちに対してどう責任を取るのかと思うのです。

    「まぁ、遊びなんだから」とか「そんなに厳格に言わなくても」と言う声がありますが、私は嘘やゴマカシや聞きかじりなど「なあなあ」で済まそうなんて、人としてやってはいけないことだと思うのです。

    なお、この神社に行ってみたいと言うご要望が多ければ、○○神社ツアーみたいなことを企画したいと思います。

    あなたは本物のパワースポット、それを体感してみたいですか?

    (o^-')o∠☆:゚*' エヘッ?

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    勇気を持つ。

    おはようございます。 素敵なお客様の毎日を視ていると私はいつも感銘を受けるのですが、あなたの毎日は素晴らしい光の中にあるからこそ、今と言う時間を大切にして頂きたいと思うのです。

    冒険心とは自分に活力を与えてくれるのですが、冒険には勇気が必要です。 会社の行き帰りにしても朝は忙しいから無理としても、帰りは違う道で帰ることは充分に可能です。 違う道を歩く勇気があることで、知らないお店や違った風景を見ることになります。

    それ以外でもいつもと同じ喫茶店に入った時やカフェに入った時などに、違うメニューを頼むのだって勇気のひとつです。 自分が慣れたメニューや知ったメニューだと、それは自分の記憶をリピートしているだけで、何ひとつ変らない日常の中のひとつです。

    会社の同僚とランチを食べに行き、みんなと同じようなメニューを頼むのは楽です。 当たりでも外れでも同じ内容を共有できるから、少なくとも自分が仲間外れになることはありません。

    しかし、それは最大公約数の中に組み込まれたと言うだけであり、突き詰めると嫌われたくないに収まってしまうかもしれません。

    そこで勇気を持って人と違うオーダーを楽しむことが出来る人は、いつの間にか色々な種類の蓄積が出来てきます。 このメニューはこうだったから、今度のメニューはこんな内容かな、こんな感じで予測もできるように成長していくかもしれません。 これだって、立派な勇気のひとつに分類できます。

    付き合いと言うのも隠れ蓑のひとつですが、付き合いで行きたくも無い飲み会に行くことが、あなたの人生にどれほどのプラスをもたらしてくれるのか、愚痴や不平不満の塊で時間潰しをするだけなら、家に帰って本でも読んでいる方が余程自分の成長に役立ちます。

    冒険が出来る人の勇気とは、前に進むだけじゃなく後ろへ下がるのも勇気のひとつです。

    できることはできる~できないことはできないと言えるのが、自分の負の部分を認めて正直に生きることです。 人は完璧じゃないからなんでもかんでも一番には成りえないのですが、何かひとつでいいから一番になるのは難しいことじゃありません。

    温泉に詳しいでもいいし、お花の名前に詳しいでもいいし、何かひとつだけこれだという印象付けるものができたらそれでいいんです。

    例えば、バイキングや幕の内は色々あるから楽しいけれど、そこで記憶に残る料理が少ないのは色々あるだけでは印象に残らないという好例です。 肉や魚や野菜を~焼いたり蒸したり煮込んだりと、何でもありと言うのは平均点であれば変わりばえしないと言う裏返しです。

    人生において何も打つ手がないと思う時、ひとつだけ打つ手が残っているのは「勇気を持つ」ことです。 あなたが勇気を失わなければ、きっと人生の打開策は見えてきます。 その打開策が増えてくることが、あなたの心に勇気が次々と沸き起こる証拠なんです。

    勇気を持つのはタダであり、勇気を持つのに根拠も何もいらないのです。

    根拠を欲しがる人は多いけれど、運の良い人は根拠なんか欲しがらないのです。 何でそうなるのかと言う頭があると、前に進めなくなって失敗ばかりを思い浮かべるようになります。

    本当は「やってみなくちゃわからない」と言うのが人生であり、無理だとか駄目だと言う中から生まれたのが、数々のノーベル賞や今の科学や生活です。 無理だと言われてあきらめた人が多ければ、携帯電話の普及なんか夢のまた夢でした。

    人が空を飛びたいと思っても飛行機の開発すらなかったはずですし、不可能を可能にするのは根拠のない自信がほとんどです。

    仕事が出来る人と言うのは、基本的に企画力がある人です。 何故企画力が関係してくるかと言えば、色々なことを組み合わせて思いつけることは企画力がなければ作り出せないからです。

    残念ながら企画力のない人には発想しようにも、無理だと言う気持ちが大きければ色々な考えをつなぎ合わせる前に否定から入るので、「どうせ無駄だ。」となるばかりで「どうやればできるか?」にはならないのです。

    どんな仕事でも企画力は活かせるのですが、それは仕事を簡単に楽に行えるようにすることや、お茶の入れ方やコピーの取り方にでも活かせるはずです。

    ただ、ホンの少しの勇気を出して冒険する気持ちがあれば、人目を気にせずに行えるはずです。 人目を気にしたところで、それがあなたの人生を良くしてくれるわけじゃありません。 人目を気にするよりも、自分の人生を気にした方が幸せになれます。

    あなたはホンの少しの勇気、それを持つことができますか?

    ( ̄ー ̄)b ナイス!



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は27日(火)から再開します。 予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    入社試験。

    おはようございます。 素敵なあなたがチャレンジしている姿は美しいと思いますが、それはあなたの中にある情熱が素晴らしいからだと思います。 あなたが輝いているのは、あなたの中にあるものが輝く時を待っている、その時が来たから輝き始めたのだと思うのです。

    人が生きて行く為には仕事をしなければ生きていけませんが、それには二つの意味があります。 一つ目はお金と言う収入のことで、お金がなければ人は生きていけません。

    しかし、人はお金の為だけに生きているわけではなく、やりがいと言うか目標と言うか、「誰かに必要とされる」と言う充実感も大切です。

    これが仕事をしなければ生きていけないと言う二つ目の理由ですが、人は心に感動があれば生きていくことができます。 ここで言う生きていくとは情熱を持って前向きに生きていけるかどうかであり、食べたり飲んだりと言う意味の生きていくではありません。

    人は働かなければ生きていけない事実があるのですが、会社やお店に勤めるにしてもまずは入社試験を突破しなければなりません。

    この入社試験とは企業が主に正社員を採用する時に行う試験のことで、その方法や過程は会社によって大きく異なります。 日本の企業は新卒一括採用が基本でしたが、今は中途採用や契約社員とか派遣社員など、採用自体が多岐に亘るので区別がつきづらいです。

    大企業の入社試験の場合、バブルの頃は学歴重視でしたが近年はエントリーシートや履歴書、そして筆記試験で取り敢えず選考はするようになりました。 この入社試験の主な流れは「エントリーシート~履歴書送信~筆記試験通過~会社説明会~面接(おおむね2、3度。)~内定」となります。

    なお、面接にはグループディスカッションなど、時事問題などをテーマに議論させるパターンもあります。

    そして中小企業もバブルの頃は大企業を受けて落ちた学生をたくさん採用していたのですが、現在は中小企業も学歴ではなくやる気がある、企業の求めるべき人材であれば採用するように変わってきました。

    中小企業は入社試験と言っても面接だけのところもありますが、履歴書やエントリーシートの提出はどの企業でも同じです。

    入社試験の目的は受験者と企業が合うかどうかを見ることで、大抵の企業は合格の場合は数日後までには電話あるいはメールで連絡を入れるのが一般的ですが、その場で決まることもあります。 (その一方で不合格の場合は、何の連絡もないことも多いです。)

    ただし、私は入社試験のやり方には懐疑的で、大企業でも官公庁でも採用する時の試験に何の意味があるのかと思うのです。

    今の日本で出世している人や成功している人のほとんどが、「入社試験で落ちた」とか「会社で不遇な時期があった」など、企業の行う入社試験が何の意味もないことを露呈しています。

    会社を辞めて出世した人は数多いのですが、代表的なのは楽天の三木谷社長や漫画家の弘兼憲史さんです。 この二人はサラリーマンをしていたのに、辞める時に引き止められなかったと言う現実があります。 もしも、人事部に人を見る目があったなら、この二人をむざむざ辞めさせることはなかったはずです。

    履歴書の内容だけを頼りに学歴や成績だけ見て判断する人事部では、「人を見る」と言う大事なことが全くできていません。 人は宝であり、人材の発掘こそが企業の未来を支えるのです。

    私が入社試験の依頼を受けたなら、「やる気と運」を中心に考えると思います。 もしも「運なんてデタラメなことを!」と言うのであれば、採用した人が3年以内にドンドン辞めていく現状を、企業の人事部はどう思うのかを聞いてみたいです。

    私が今までに御相談を受けた社長や店長などに御提案して、実際に行われている採用試験を少し御紹介したいと思います。

    会社に必要な人材で一番に必要なのは「人を呼ぶかどうか?」で、試験をしている時に人が来るかどうかが決め手です。 これの詳しいやり方は省きますが、人が来ないようでは運がない証拠です。

    その他ではじゃんけんも有効な試験方法で、社員数10人なら10人中何人に勝てるか、10人中7人に勝つようなら相当運が強いです。 そして最後には社長と10回じゃんけんして、少なくとも5回以上勝つようであれば採用決定です。 (笑)

    職種にも寄るので全部に当てはまるわけではありませんが、私は普通の試験をしても面白くないので、こうやって「やる気と運」を見分ける試験の方がお互い楽しいと思うのです。

    依頼があれば職種別に色々な試験を考えますが、私は普通の試験では人を見ることはできないと考えています。 私が県北では知恵遅れと呼ばれていたのに、県南では全然言われないと言うこと自体が試験の無意味さを現しています。

    あなたは入社試験の時に、ドキドキワクワクしましたか?

    うふ♪(* ̄ー ̄)v

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    良い出会い。

    おはようございます。 今日も素敵な一日になるはずですが、それは自然と織り成している当たり前があるからです。 当たり前に思うことを当たり前にこなしているからこそ、「あぁ、今日も幸せだなぁ~!」と思えるだけで、何か困ったことが起きたら当たり前では無くなるから、それだけで幸せとは感じられなくなります。

    そして忘れがちではあるけれど大切なことですが、人が生きていく上で不愉快に思うことや悩みの元となるのは人間関係がほとんどです。

    恋愛でも彼の気持ちがどうなのかが気になるし、告白した場合でも相手の返事が気になります。 仕事でもお客様の気持ちがどうなのかが気になるし、同僚や上司がどう思っているのかも気になります。

    行き付けのお店ができたとしても、今度はお店の人がどう思っているのかとか、人間社会においては人と人との触れ合いがいつまで経っても無くならないのです。 山の中で自給自足の電気水道なども使わない原始時代の生活ならいいけれど、現代社会においては人付き合いが更に過酷な状況を招くこともあります。

    小中学生などのいじめ問題は深刻化するし、会社での人間関係もドンドンと陰湿化していきます。 こういう状況から「脱出できたら」と言う以前に、こういう状況に「陥らない」のも重要なことです。

    私は県北で生まれ育ったから人を信じられないことが多く、「何か魂胆がある」とか「どうせいじめるつもりだろう」など、相手が何かを仕掛けてくることが前提でした。 (こうなると疑心暗鬼と言うか、信じない心が基本となります。)

    私は小中高~工場~建設現場と県北で過ごしてきた過去の経験と、県南で霊視カウンセラーを始めてからの現在の経験では雲泥の差です。 県南の方々の優しさや思いやりに心打たれて、素敵なお客様に親切にされることで涙した日は数え切れません。 (ありがとうございます。)

    私は素敵なお客様のおかげで生きながらえていますが、生き方を変えるだけでこれだけ出会う人が変わると言うことに驚きました。 今までの人生は何だったのかと言うくらいに素敵なお客様にお会いできて、心が浄化されるような日々を過ごさせて頂いております。

    私は間違いなく「日本一だと断言できる」のは、霊視カウンセリング山崎へお越しになるお客様は全てが素晴らしい方だと太鼓判を押せることです。 思いやりがあって優しさがあって心が美しく、周りを幸せにできるような運命を持ち合わせている人ばかりです。

    今の私は過去の反省も踏まえて、「出会う人が変わることで人生も変わる」と言うのを実感できているのですが、良い人との出会いは本当に生き方そのものを変えてしまいます。 朱に交われば赤くなると言う言葉があるように、染まったままで生き方を変えなければ人生は変化しないのです。

    私は東京へ進出して全国レベルになると言う気持ちを持ち続けているからこそ、東京出張の日数がドンドンと増えています。 これが東京で嫌な人にばかり出会っていたらダメですが、東京でも今までの人生が嘘みたいに良い人と良い出会いがあります。 素敵なお客様は勿論のこと、それ以外でも嫌な人に出会うことはありません。

    例えば、お借りしている鑑定会場もスタッフの方々に御礼と感謝の気持ちが一杯で、何の恩返しもできていないことが心苦しいです。 会場の支配人やスタッフの方々には多大なる尽力を頂き、そのお力添えや御支援に対して足を向けて寝られません。

    見ず知らずの占い師に気持ち良く会場を使わせて頂き、丁寧で気持ちの良い応対を毎回して頂いております。 それに加えてスタッフの方々は仕事が迅速で、一をお願いしたら十のことをして頂けるので、私は鑑定に専念できる環境ができて本当に恐縮してしまいます。

    東京進出の足がかりとなる鑑定会場、その最初の一歩となる会場において素晴らしい方々との出会いは、運命からの素敵なプレゼントだと思えるくらいの奇跡です。 (これは大げさではなく、私は事務所を借りることに苦労してきました。)

    アマチュア持代から数えると今の事務所は6つ目ですが、過去に借りていた商店街やテナントなどは半年から1年で追い出されてきました。 「あんたは信用がない」とか「女性と話をするのは許せん」など、こんな理由で退去命令だから話し合いにはなりません。

    ただし、これは私の過去の行いが悪いからお釣りが来ていただけで、自分が意識や行動を正しい方向へ変えることで、必ず良い人と良い出会いが起こると思います。

    私がお借りしている会場の支配人は心優しき真摯な方ですが、前回の東京出張で会場へ行くと更なるお心遣いがありました。 それは何かと言えば私の著書を10冊お買い上げ頂いて、そっと会場ロビーに置いてありました。 私のような無名な占い師を差別せずに御支援頂ける、そういう支配人の優しさと心根の美しさに私は一人涙しました。

    しかし、これは私にだけ起こることではなく、良い人と出会い~良い人生を送ることは誰にでも可能です。 ただ、その為にはホンの少しの勇気と行動力があれば、後は運命がちゃんと導いてくれるはずです。

    良い人に出会い始める流れを作るまでは大変かもしれませんが、作り上げた後は自然と良い人にしか出会わなくなります。

    あなたは人との出会いにおいて、どんな良い人と出会いたいですか?

    ☆⌒(*^-゚)v アリガトウ!!

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    スイッチ。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたには、素晴らしい運命が待っています。 出会えないと思っていた人と出会ったり、届かぬはずの想いが届いたりと幸運が次々と起こるかもしれないのです。

    人が生きている限り不思議なことは必ずあるのですが、それが幸か不幸かの差により感じ方が違ってきます。

    この世には人類としては当たり前のことですが、男性と女性しかいないので恋をする時は異性と恋をすることになります。 そうなると自分とは違う異性だから、相手がどう思っているのかがわからなくなり、相手と自分がどうなるのかで悩みが始まってしまうのです。

    相手のことが手に取るように分かれば恋が上手く行くと考えたとしても、上手く行かない恋だからこそドキドキワクワクするのだと、思いを巡らせた方が楽しくなります。

    女性でも男性でも恋の悩みは尽きないもので、尽きないものなら上手く行くことを考えないと楽しめなくなります。

    ただし、恋と言うのは男性から告白するべきで、女性の方から告白するのは勇気がいると思います。 やはり、プロポーズにしても男性からするのが筋であり、女性の方からさせるのは男性の方が鈍感なのか~結婚する気がないのか、そのどちらかだと思います。

    彼がいない~彼女がいないなど、「もしも、恋が上手くいく方法があれば知りたい!」と思う人がいると思います。 私は彼女いない歴30年の独身ではあるけれど、365日年中無休で恋愛相談を受けているから、自然と恋が上手く行く方法と言うか~こうすれば男性を口説き落とせると言う方法はいくつかあります。

    実は男性には「男気」と言って、弱い者が苦しんでいるのを見のがせない気性がDNA上に刻み込まれています。 この男らしい気質は「義侠心」とも言って、正義を重んじて強きをくじき弱きを助けることを「カッコイイ!」と認識します。

    これを刺激すること~利用すること~手に入れること、これこそが恋を上手く行かせる勝者となる方法です。 この男気を刺激することが上手くできたなら、どういう現象が起こるかと言えば…?

    まず第一に男性が特別扱いと言うか、ホンの少しだけでも他の女性に対してより優しくなり、意識してくれるようになります。 意識してくれると言うことは記憶に刻み込まれた状態を作り出しているので、何かの拍子に思い出すと言うことに繋がります。 思い出す回数が多ければ、男性の脳は間違いなくひとつの勘違いを起こし始めます。

    「あれっ? 僕(俺)はあの子のこと、好きなのかな?」と言う、好都合な勘違いです。

    では、こういう状態へ男性の脳を追い込むにはどうすればいいのかですが、これは恋愛本などに書いてあるマニュアル通りの方法では無理です。 マニュアル通りではないのだから、自分が上手く行くと信じなければ話は始まりません。

    では、霊視カウンセラー的な恋の上手く行く方法ですが、まずは馬鹿馬鹿しいと思わないで、「大丈夫、上手く行くはずだから!」と深層心理に刻み込んでください。

    これから自分がすることを疑っていたのでは、上手く行くはずのものも上手く行かなくなります。 しかし、執着しすぎだと緊張とか力みと言う失敗の方向へ進むので、自然と上手く行くんだと言うことを信じられるようにしてください。

    以前のブログに書いた方法で、「エスカレーター作戦」と言うのがあります。 このエスカレーター作戦は夏になると効き目倍増ですが、これは男性を落とす方法であり付き合う方法ではありません。

    愛情と言うのは自分が相手のことを思うのが重要なのではなく、相手が自分のことを思ってくれるようになるのかどうかが重要なのです。 その為にも記憶に印象を刻み込む、それに全力を注げば相手は自然と自分の方を意識してくれるようになります。

    ここで注意しなければならないのは怯むことなく、「自分には無理だろうなぁ~?」と思うような相手にこそ行くべきです。

    スポーツ選手でも経営者でも資格試験でも、無理だと思うようなことを実現するのが人間の力です。 絶対に相手にされないだろうなぁと思えるような相手でも、自分が好きなら行くべきなのです。

    これは恋愛本には出ていない不思議な恋の法則ですが、「無作為に選んだ好きでもなんでもない相手」と、「好きで好きで恋焦がれる相手」の両方へ告白した時、「YesとNo」の確率は全く同じだからです。

    どうでもいい相手に告白して振られる確率が70%の時には、好きな相手に振られる確率も70%で変わらないのです。

    ところが逆に上手く行く時には、どんな相手に告白しても成功確率は同じなのです。 問題なのは「上手く行く確率が大きい時」に告白するのか、それとも「失敗する確率が多い時」に告白するのか、その見極めができるかどうかが上手く行くかどうかの差なのです。

    簡単に言うと「男気」を燃え上がらせることができるかどうか、そのスイッチを入れることができるかどうか、男気のスイッチを入れる方法はいくらでもあるけれど、全部書いていると長くなるので次の機会に書きます。

    あなたは恋を上手く行かせたい、そう思っていますか?

    ★⌒(@^-゜@)v ヨロシクネ♪

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    男性へのエール。

    おはようございます。 毎日ちゃんと仕事に行くとか、毎日ちゃんと家事をしているとか、毎日ちゃんと勉強しているなど、人は誰しも寝て過ごしているわけではありません。 特に今は頑張っている女性が多いから、サマンサタバサのように「女性オンリー」と言う企業も生まれてくるのだと思います。

    この流れはますます加速するでしょうが、それに追いついていけない男性は不平不満を言うだけで終わってしまいます。 (今日は男性向けの内容なので、彼や御主人へ向けてのお話です。)

    私はいじめられた記憶の中を掘り起こしてみると、男性にいじめられた記憶が90%だから男性に対して厳しい目を向けることは必然です。 残りの10%も女性と言っても学校の先生とかなので、いじめられた記憶は必然的に男性が筆頭となります。

    私のところは女性のお客様の方が圧倒的に多いのですが、昔は普通に男性も視ていた時代があります。 ところが男性は鑑定していると「暴れる」ので、今は紹介が無いと男性は視ていません。 それでも紹介を通じてまで来ると言うのは、心意気や男気の部分で人とは違う何かがある男性です。

    今の私のところへ来る男性と言うのはN市のIさんが筆頭で、次に寄付の神様が来て~更にMさんがくると言うのが常連の3人です。 しかし、最近はY県の方からTさんと言う男性やS県の方からNさんと言う男性、人の役に立ちたいという心構えでお越しになる二人の男性が増えました。

    私は男性を視たいとは思いませんが、それでも紹介があれば視ているうちに常連となる人が5人になってきたので、自分の人生に誇りを持って「誰かの役に立つ」と言う道を歩いている男性は、自然と私のところへ来る運命なのかもしれません。

    私が男性に厳しい意見を書いているのは、不特定多数の男性に向けて書いているわけではなく、あくまで一部の男性に向けて書いているだけです。

    例えば、親がいなければ何も出来ない2代目や3代目とか、会社で部下をいじめて手柄は独り占めする上司とか、金を払っている俺様の方が偉いと言うワガママ経営者など、弱い者いじめをしている男性や、横柄で相手のことを考えないような男性に向けて厳しいことを書いているのです。

    また、女性に暴力を振るうDV男や働かないのに借金を作る男、こんなのは問題外なので厳しい意見で当たり前です。

    しかし、大部分の男性は真面目に働いているし、彼女といつの日にか結婚して家庭を築きたいとか、奥様と幸せな人生を送りたいなどの希望を胸に、今日も仕事に向かって頑張っているのです。 私はそういう真面目に働いている男性は尊敬するし、辛くても苦しくても家族の為に頑張っているお父さんならば凄いと実感できるのです。

    男は外へ出ると7人の敵がいると昔から言いますが、今は14人の敵がいると行ってもイイくらいの生存競争の激しい部分もあります。 特に30~40代になると上からはボロクソに言われて、下からは突き上げられてと言う中間管理職の方も多くなるので、自分のことじゃないのに怒られて、それでも頑張っている姿なんかは心を打ちます。

    JALのように税金使ってハイヤー通勤しているわけではなく、毎日~毎日電車に揺られながら通勤して、疲れても座れないから立ったまま車窓を眺めて「僕(俺)は何してるんだろう?」と、一人つぶやきたくなる時もあるかもしれません。

    私は一部の男性には厳しいけれど、家族の為に頑張っている男性にはエールを送りたい気持ちです。 私は過去の人生が間違っていたと言うか、一人寂しくうらぶれていた時代があります。

    しかし、もしもそういう人生じゃなかったら私も会社員として世の中のお父さんと同じように、家族を守る為に一生懸命に仕事をして通勤する毎日だったかもしれません。

    世の中の大部分の男性は真面目に頑張って仕事をしているし、その心の中にある葛藤や苦悩を軽減することができたら、家族はもっと仲良く出来るし~会社内も平和で楽しい時間が増えると思うのです。

    男性も言いたいことは一杯あるだろうし、くやしいことや悲しいことも一杯あるだろうと思います。 私も過去を振り返って葛藤や苦悩があったから、一生懸命な男性にはエールを送りたいと思うのです。

    男性が頑張ることで彼女や奥様が喜ぶ顔が増えるのだから、「誰かの笑顔の為」に頑張ることはできなくても、「彼女や奥様」と言う「最愛の女性の為に頑張る志」は失って欲しくないのです。

    男なら、やるべき時にはやる。
    男なら、立つべき時には立ち上がる。
    男なら、決断するべき時には決断する。

    そういう男だからこそ、彼女や奥様に惚れ直してもらうことができるのです。

    今日は男性向けの内容ですが女性の方が読んでも、彼や御主人が頑張っていることが再確認できるのではないかと思うのです。 あなたと言う素敵な女性の優しい眼差しや笑顔、更にあなたの心温まるヒトコトがあるならば、男は心のエネルギーが満タンに充電できるのです。

    あなたは男性へのエール、それをどのように送りますか?

    d(>_< )Good!!

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    運命が味方。

    おはようございます。 今週の土日は倉敷にいるので、倉敷事務所にて素敵なお客様と続々お会いできることは凄く幸せです。 私の拙い話や言葉ではありますが、未来へ立ち向かう勇気や元気が出たなら嬉しいです。 あなたの未来はきっと光り輝いているのですが、それは私と縁がある人は強運だから運命も味方するはずです。

    運命を味方につけると言うのは考えようによってはとても簡単なのですが、これは一度コツを覚えてしまえば誰にでも可能なことなんです。 ただし、当たり前すぎて誰もが気付いているけれど、馬鹿馬鹿しくて実行できないと言うほど簡単です。

    運命は目に見えるものではなく人生を過ごしているうちに思い返して、「あの時は運が良かった。」とか「今までは運に助けられた」など、過ぎ去った思い出した時に初めて運のありがたみが分かるのです。

    残念ながらラッキーの真っ只中にいる時には「運が良い!」とキチンと認識できる人は少なく、運が悪くなってきてから「どうしてこうなんだろう?」と考え始めて「あの時は良かった…。」と、運の良かった時期を懐かしんでしまうのです。

    ここがひとつの分かれ目と言うか、幸運を手に入れるかどうかの差だと思うのです。

    運が悪い人は、運が良かった過去を懐かしがります。
    運が良い人は、運が悪かった過去を教訓にします。

    運が悪い人ほど過去の栄光にしがみついて「俺は昔、ヤンチャしていた。」と言う感じで、現実の世界から目を背けて昔は凄かったと言い続けて今の自分をごまかしているのです。 ごまかして生きていかないと今の自分に誇れるものが無いから、証明できない過去の思い出が唯一の拠り所になってしまうのです。

    なお、男性が「ヤンチャしていた」と自慢するのは「弱いものいじめ」をしていただけで、本当にヤンチャしていたら刑務所か国外逃亡になるので、普通の社会生活をしているのにヤンチャなんて言うのはヘタレの証拠です。

    話が横にそれましたが、運命を味方につけると言うのは「運命はどんな人が好きなのか?」と言う点に尽きると思います。 人がこの世に生を受けているのは、少なくとも誰かの邪魔をする為ではありません。 この世に生まれてくることで、誰かの助けになることが前提だと信じたいのです。

    運命は目に見えないからお金に置き換えて考えるとわかりやすいのですが、お金持ちで性格が良い人は少ないと感じている人が多いと思います。 では、どうしてお金持ちは性格が悪いと固定観念や先入観などを、すぐに頭に思い浮かべてしまうのかがひとつの鍵だと思います。

    人は誰しも命令されるのは好きじゃありませんが、自分が命令するのは気にも留めないことが多いです。

    つまり、お金持ちの人の性格が悪いように感じるのは「態度がでかい」とか「偉そうにする」など、横柄で自分が一番と言う顔をして周りに迷惑を掛け捲るからです。 買い物に行っても「俺はお客だぞ!」と言う顔と態度で、店員さんなど逆らえない立場の人に横柄な態度をして相手の気持ちを考えずに自分中心だから、お金持ちは性格が悪いと言われるのです。

    周りを見渡しても2代目~3代目とか成金の人は一時的には隆盛を誇りますが、落ちぶれて再起できない人が数多いのも事実です。

    これは自分がしたことが自分に返ってくるのが一番の原因なのですが、お金がある時に周りに優しくして人助けばかりしていたら落ちぶれるようなことはありません。 仮に落ちぶれるようなことがあったとしても、必ず助けてくれる人が現れて元へ戻るチャンスが降り注いできます。

    お金が有る時には、態度もでかくて性格も悪く人を不快にさせる人。
    お金が無い時には、腰が低くて性格も良く人を幸福にさせる人。

    これを運命が見ていたとしたら、「あぁ、お金が有る時は嫌な人で、無い時は素敵な人なんだな?」と考えます。 すると運命は、「この人はお金が無い方が人に好かれるから、お金が無いようにしてあげよう!」と閃きます。 そうなるとお金が無い状態で人生を過ごすように運命が働くようになり、いつまで経ってもお金が無い状態をキープするようになってしまうのです。

    この「お金」の部分を「運」に置き換えると、運を味方につけるには「どうすればイイのか?」が分かると思います。

    私は自分がツイテイルと信じていますが、それは意識して信じているのではなく自然と守られている、そういう感覚でツイテイルこと自体を意識しているわけではありません。 ラッキーだからありがとうと言う感謝の気持ちで、私の前には自然とラッキーなことばかりが意識しなくても起こるのです。

    時々ブログにも書いていますが私が乗る新幹線や飛行機は、運命が味方するので最初からトラブルは起こりません。

    占い師さんがよくやる手口ですが、「新幹線が止まったけれど護符や念力で動くようにした」なんてアホらしいことを言う前に、「止まること自体が占い師失格」です。 同じく「飛行機が落ちても助かる」なんて言う前に、私が乗る飛行機にトラブルは一切起きないと断言できます。

    あなたは運命が味方、そう感じていますか?

    ☆⌒(*^∇゜)v ありがとう!



    お知らせ:業務多忙の為、ブログの更新は19日(月)から再開します。 予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    田舎暮らし。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたがいるからこそ、今日と言う日が輝いているのだと思います。 何気ない毎日と言うのは幸せな証拠であり、その幸せと言うのは手に入れようとしても無理な時だってあります。

    その無理な時と言うのは気付かないだけでたくさんあるのですが、生まれてくる場所や親や性別などは選べません。 もしも選べるなら自分が好きなところへばかり生まれてくるから、それでは魂の修行にはなりません。 スピリチュアルと言うのは先進国の勝手な理屈であり、発展途上国にはありえないファンタジーです。

    水や食料やワクチンがなくて死んでいく子供達を目の前にして、「それはあなたの学びです、あなたが選んで生まれてきたんですよ。」と、そんなことを言える人は極悪非道な鬼畜です。

    この生まれてくる場所と言うのは生まれてきてからしばらくの間は変えることができないのですが、成長して働くようになれば一人暮らしなどにより環境の変化を起こすことはできます。

    人は自分に無いものを人に求めるように、自分が今いる状況ではない場所に住みたいと思うことも多いようです。 海の側にいると山に住んでみたくなるとか、田舎にいると都会へ住んでみたくなるなど、正反対とまでは行かなくても違う場所を求めてしまうのです。

    ただし、ここで気を付けなくてはいけないのですが、耐久力と言う面において強い弱いがあります。 その耐久力とは苦しい方が楽な方へ行くのはOKですが、楽な方が苦しい方へ行くのは凄く大変です。

    特に都会で暮らしている人が田舎の暮らしに憧れる気持ちは分かりますが、はっきり言って相当な覚悟が必要です。 もう少し熟慮と言うか~人間関係や風習を勉強しないと、田舎暮らしを始めたはいいけれど「こんなはずじゃ…。」となってしまいます。

    北海道を例に取ると、東京で生活していた御夫婦が定年をキッカケとして釧路へ移住しました。 その御夫婦は東京のマンションを売って、釧路の山の中腹にある住宅を購入したのですが、家の周りには草原が広がり居間からは海が広がる風景も望めます。 (チプタナイ~暁~東茶路~カリソ、こんな感じで想像してくださいね。)

    この御夫婦は5月に契約して夏に引っ越したので、定年後に迎える最初の夏はとても快適で釧路へ来たことを喜んでいました。 ところが初めて迎える釧路の冬に二人は愕然としたのですが、釧路の寒さと雪に二人は自然を甘く見ていたことに気付きました。

    吹雪が始まると何日も家の中にいることになるし、雪下ろしは毎日のようにしなければならないし、光熱費も東京とは比較にならないくらい掛かります。 おまけに東京での生活の為、車の免許を取っていなかったので生活の為の足が無いのです。

    この御夫婦は田舎暮らしを後悔していますが東京のマンションは売ってしまったし、いまさら買いなおすだけの資金も無いので釧路へ住むしかありません。 年老いていく中で二人は病院へ行くことすら不自由な毎日ですが、人生の選択ミスは取り返しのつかない事態となっているのです。

    もうひとつの例ですが、これは都会と田舎の差と言うよりも生活習慣の違いの話です。

    某地域では自宅にお風呂を作らない(入らない)のですが、今でも自宅にお風呂があるのは80%前後で使用となれば30~40%です。 どうして家でお風呂に入らないのかと言えば、その地域には地域専用の公衆浴場(温泉)があるからです。

    その公衆浴場は無料で入れるので節約にもなるから、住民の利用率が高く「強風と増水」以外は利用できます。 川のすぐ隣にあるので夏なんかは川で泳ぐ子供達も見えるし、公道の途中にあるので仕事帰りに温泉へ入って帰る人も多いです。

    この地域の男性と結婚した女性は自宅に「お風呂が無い&使わない」ので、この公衆浴場を必然的に使うことになります。 地域の考えとして「昔からのこと」とか「嫁に来たんだから」など、ここを使うことが地域へ溶け込む儀式でもあります。

    対岸から見た限りでは広々とした公衆浴場だし、湯船も男湯と女湯でキチンと分かれているから不潔なこともありません。 地域全体で管理しているから保守管理や清掃も大丈夫だし、家族全員が自宅のお風呂を使わないなら相当な光熱費と水道代が浮きます。

    ただし、この公衆浴場にはひとつだけ無い物があるのですが、この公衆浴場には一切の「壁や仕切り」がありません。 更衣室も湯船も全て壁がないので強風の時には使えないし、川に面しているので増水すると流されるから壁は作ることができません。

    川と言っても幅が10~15M位なので対岸から丸見えで、簡単に言うと整備された露天風呂です。 この生活環境に慣れることができず離婚した人もいるのですが、これに慣れるのは男性でも結構度胸が必要です。 この地域では独身男性の割合が高く、「何でお嫁さんが来ないんだろう?」と地域の方々は悩んでいます。

    生活習慣や慣れは恐ろしいもので、生まれた時から大勢でお風呂に入っていると、露天風呂に入るのをおかしいと思わなくなるのです。 (ただし、最近はかなり改善されてきたらしく、女性は自宅のお風呂を使うようになったようです。)

    あなたは田舎暮らしに、本当に憧れますか?

    Σ(゚д゚;) ナントォ~!?

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    責任の取り方。

    おはようございます。 今日のブログは2009年11月26日のブログと2010年3月25日のブログを、もう一度読み返しながら読んで頂ければ納得の度合いが増すのではないかと思います。

    責任という言葉は自分の自由意志に基づいて行ったことに対する認識を意味するのですが、責任と自由は常に同時に存在して切り離すことはできません。 責任の無いところに自由は存在しないし、自由の無いところに責任は存在しません。

    責任は社会における自由に伴って発生する概念ですが、自由な行為や選択に伴い生じた結果に応じた責任が発生します。

    この責任と言う言葉に対して良心が働くかどうかが責任の取り方に影響を及ぼすのですが、どこまでが行為に応じた責任に当たるかは不明確だから争いの原因となることが多いです。 日本においては何らかの悪い結果が発生した場合に、責任者が辞任をして責任をとる場合が多いです。

    これは日本の歴史に切腹が責任を取る方法として行われてきたことに由来するのですが、責任を無理矢理とらせることを「詰め腹を切らせる」と言う言葉はその名残です。

    責任には社会的責任と結果責任など色々あるのですが、結果責任とはある行為において発生する結果に対する責任のことを言います。 原則として全ての行為において結果責任が発生しますが、ある行為を行った者と責任を負担する者が常に一致するわけではありません。

    例えば、選挙において投票した行為、棄権した行為、それぞれの選択行為によって発生した結果に対する責任が発生して、後は各人に責任をどのように分配するかの問題となります。

    そして社会的責任とは企業においてのことが一番ですが、企業の社会的責任は企業が利益を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任を持つと言うことになります。

    その企業の社会的責任の中でも雇用を守ると言うことが重要な社会的責任の一つで、雇用を守ると言うことは働いている人だけを守ることではなく、働いている人の家族も守ることになるのです。

    企業と言うのは自社の利益だけを追求するのではなく、存在することにより社会的責任を果たさなければ~果たすだけの信念がなければ、企業自体が存続していくことは難しいです。 会社とかお店と言うのは設立&開店してから1年以内に40%が倒産や閉店となり、これが3年以内にまで広げると70%が倒産や閉店となるデータがあります。

    私は2009年11月26日のブログの最後に「なお、来年岡山県内の某企業とお店が潰れる?ので、私は社員の方やパートの方がどうなるのかヒヤヒヤしています。 社長及び男性社員の方々は、もう少し頭を使って雇用を守って頂きたいと思います。 さすがにブログに企業名や店名を書くわけには行きませんが、しのびよる影に気が付かないようでは危険です。」と書いています。

    岡山県内の人は既にニュースなどで御存知だと思いますが、ホテル倉敷(11月末)と倉敷ルブラン(12月末)が2010年をもって閉店して駅ビルは解体されます。 (駅ビルが解体と言うことは、地方都市でも観光都市でもなくなることを意味します。)

    それに伴いホテルの社員の方は失業となりますし、テナントは移転か廃業を余儀なくされます。 つまり、テナントで働いているパートの方も失業と言うことになるし、取引業者さんや納入業者さんも打撃を受けることになります。

    これが企業の社会的責任を如実に現しているのですが、「売り上げ低下で閉店する」と言う前に「売り上げ低下を防ぐアイディア」を搾り出すのが経営責任です。 チボリが閉園したとか~リーマンショックから景気が後退したなど、言い訳する前に働いている方々の雇用を守るべく、日夜奮闘するのが企業や経営者の正しい姿勢だと思うのです。

    「景気が悪くて売り上げが落ちたから閉店します」なんて言うのは、利用しているお客様~テナントとして入居しているお店~働いている社員の方々など、関わっている多くの人々に与える影響を考えていない無責任な話です。

    私は倉敷駅を毎日利用しているから手に取るように視えていたのですが、昨年の11月の時点で「駅ビル終焉の未来」は確定していました。 しかし、依頼もないのに私がアレヤコレヤ言うわけには行かないし、未来を視ると言うことは「今は起きていないこと」を言うので、「今は起きていないこと」を対象として信用してもらうことは不可能です。

    このように終焉を迎える企業が最後の道義的責任としてしなければならないのは、ホテルやテナントなど働いている方々の再就職先を確保するのは、経営者として企業として最低限のマナーだと思うのです。

    なお、2010年3月25日のブログの内容を気に留めておくと、閉店や倒産するような企業やお店と関わらずに済むと思います。 また、素敵なお客様に運命が味方しないはずはないし、私と縁がある企業やお店は潰れるどころか発展する一方だと思います。

    あなたは責任の取り方について、どのように感じますか?

    ☆ヽ(▽⌒*)よろしくぅ♪

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    遊覧。

    おはようございます。 先日の東京も飛行機の利用でしたが、どこの空港も赤字で大変なようです。 ただし、ホンの一部の黒字空港の中に岡山空港も入っているので、私が関わる会社やお店は全て黒字化して活き活きして頂けたら嬉しいです。

    光り輝く日差しの中で飛行機に乗っていると、空を自由に飛べるのは気持ち良いだろうなぁと思います。 人は何故かわかりませんが大自然の中へ入ると気持ちが洗われるような感動を覚えたり、高い場所から遠くを見渡したりすると気持ちが晴れ晴れします。

    今から2年前くらいですが寄付の神様と話をしていた時に、「山崎さん、ヘリに乗ったことないの?」と言われたのですが、飛行機に乗ったことがある人は多いけれどヘリコプターに乗る機会は余りないと思います。

    ヘリコプターとはエンジンの力で機体上部にある、メインローターと呼ばれる回転翼で揚力を発生して飛行する航空機の一種です。

    空中で留まる状態のホバリングや、ホバリング状態から垂直~水平方向にも飛行が可能で、比較的狭い場所でも離着陸できるので各種の広い用途で利用されている乗り物です。 日本語では「ヘリ」と呼ばれるのですが、「ヘリコプター」の名前はギリシャ語の螺旋と翼に由来しています。

    ヘリコプターの研究は遠く紀元前の中国の竹トンボに始まっていますが、15世紀にレオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチにも描かれています。 さらには18~19世紀のジョージ・ケイリー、ヤーコプ・デーゲンらの模型を経て、何人かの実験家による蒸気機関を積んだ試作機もあります。

    ただし、実際にパイロットを乗せてローターを使って地上を離れたのは20世紀になってからで、トーマス・エジソンも燃焼の反動を利用したヘリコプターを研究しましたが、爆発事故が発生して研究を打ち切っています。

    通常の航空機(飛行機)の離着陸においては、長大な滑走路が整備された飛行場が必要となります。 これに対してヘリコプターは垂直離着陸ができるので、比較的狭隘な場所においても離着陸が可能です。

    この為、ヘリコプターは空港ではなくヘリポートの利用となるのですが、ヘリポートとはヘリコプター専用の離発着場のことです。 特にヘリコプターの離発着のみを指す場合は、ヘリスポットとも言います。

    整備されたヘリポートにおいては滑走路がない以外は、通常の空港と同様の航法支援設備および航空機材支援設備が求められます。 すなわち通信設備や気象観測機材、機体格納庫などです。

    ヘリコプターの離着陸コースの空域確保も必要で、簡易的なヘリポートにおいてもヘリコプターが着地できる十分な強度のある接地面が最低限必要で、簡易ヘリポートとして草原や耕地などが用いられることもあります。

    ヘリコプターの説明はこれぐらいにして、今回の東京ではヘリコプターに乗って東京上空を遊覧できたことが最高の気分転換となりました。 以前から「ヘリに乗りたい」とお願いしていたので、今回の東京出張では念願叶って乗せて頂くことになりました。

    10日(土)の鑑定終了後にヘリポートへ向かい、入り口で入管証を見せて控え室へ入りました。 そして保安検査場で検査と説明を受けてヘリの格納庫を通り抜けるのですが、この辺は撮影が全面禁止です。 格納庫には某社のヘリやプライベートヘリなどがあり、バブリーな雰囲気が満点でワクワクしました。

    また、ヘリは車で言うアイドリング状態だと軽くプロペラが回っているので、乗る時にプロペラが迫ってくる感じがして結構怖いです。 室内は簡単なソファにシートベルトが付いている感じで、ゆっくりと上空へ舞い上がりました。

    今回のコースは日が沈む頃にディズニーシーを右手に見ながら豊洲~築地と進み、それから有楽町の上空から皇居を眺め、今度は左手に東京タワーを見ながら新宿の高層ビル群上空で右旋回して池袋駅上空へ、それから右手に東京ドームを見ながら建設中のスカイツリーの方へ行き、新小岩から舞浜へ行ってヘリポートへ戻りました。

    有楽町から新宿へ向かう時には太陽が沈んでいく様を見ることができて、池袋からスカイツリーへ向かう時には燦然と光り輝く東京ドームを見ることができました。 初めて乗るヘリはドキドキしましたが飛行機とは高度が違い、東京の街の明かりが手を伸ばせば届きそうなところに夜景がきらめいていました。

    今回のヘリ初体験は非常に楽しかったので、次はもう少し長時間乗りたいと思いました。 ただし、今回の経験から言うと高所恐怖症や船酔いする人は、ヘリに搭乗するのは厳しいと思います。

    ヘリは1人で乗ろうと5人で乗ろうと経費は同じなので、もしも御要望があるならヘリのナイトクルージングを企画したいと思います。 (参加希望が5人以上あれば、やりたいと思います。)

    あなたは夢を叶える瞬間に、ちゃんとワクワクしていますか?

    (o^∇^o)ノ アハッ!

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    ところ変われば。

    おはようございます。 昨日は札幌について何も書いていなかったので、今日は札幌でのことを少し書いて見たいと思います。 新千歳空港は広いので食べるところも御土産物屋さんもたくさんあり、見て回っていると保安検査場を通り抜ける時間が無くなるほどです。

    私は新千歳空港で何度も保安検査場が込み始めた時の行列を体験しているので、いつも保安検査場では時間が迫ってくるとヒヤヒヤしていました。 乗れないと大変だから大行列を避ける為に、3月にJALで行った時は保安検査場を2時間前に通り抜けたのでかなり暇でした。

    しかし、ANAに切り替えたら保安検査場もラクラク通り抜けられるので、40分前くらいまで空港内を散策しても充分間に合うから、JALとANAでは「こんなに違うのか~!」と驚いています。

    ただし、ANAはお行儀が悪いことを約3回すると搭乗拒否になるのですが、行列に出ている司会者&レギュラーの方々は搭乗拒否されているので、沖縄へはJALでしか行けないと言うオチがあるかも…。 (苦笑)

    飛行機の話はこれくらいにして、北海道へ出張するようになってから色々と勉強になります。 それは岡山では不思議でもなんでもないことが、北海道では全く違ったことに変わってしまったりもするからです。

    当たり前と思っていることが何かの拍子に違うことに気付いたら、「あぁ、なるほど~!」と目から鱗と言う場合もあります。

    私は県北出身だから雪には強いと思っていましたが、さすがにあの広大な平野に雪が積もっている量には驚きます。 雪の量と言うのも広い平野に果てしなく地平線の向こうまでと言う感じだから、ここまで雪の量があると普通の暮らしとは一味違ってくると思います。

    さすがに生活圏内においては雪を溶かす仕組み作りができているから大丈夫ですが、少しでも反れてしまえば大自然の脅威が降り注ぐことになります。

    ところ変われば品変わると言う言葉のごとく、札幌出張にてお話しをお伺いしていて「あぁ、なるほどなぁ~!」と、地域の違いに感心したことを書いて見たいと思います。

    ある女性が会社の同僚から交際を申し込まれたのですが、同僚としてはいいけれど彼としてはお付き合いできませんと断りました。 傷つけないように優しくお断りしたのですが、優しく言われたことで彼の方は「まだ、チャンスはある!」と思い込んだようです。

    その女性はお断りしたにも関わらず彼から食事などへ度々誘われるのですが、その度に優しくお断りしていました。

    しかし、ある日のことですが彼女が自宅へ帰っていると後をつけてきて、人気の少ない公園へ入ったところで「どうして、俺と付き合ってくれないんだ!」と直談判に及んだのです。 彼も必死だったのかもしれないのですが、女性の帰りをつけるなんて余り良い行いではありません。

    さすがに彼女も気味悪くなり「いい加減にしてください!」とキツク言ったのですが、すると彼の方は「俺と付き合ってくれないなら、この池に飛び込んで死んでやる!」と言い始めたのです。

    ところが彼女の方も度重なるストーカーのような行為に頭にきていたので、「どうぞ、御勝手に!」と相手にしなかったのです。 彼の方は言った手前もあるから池の柵に足を掛けたまではいいけれど、やはり真冬の北海道で池に飛び込むのは躊躇してしまいました。

    それを見た彼女は「ほら、飛び込めないでしょ。 もう、こんなことしないで下さい。」と言ったら逆上したのか~それとも意地を見せたのか、彼は「うわぁぁ~!」と叫んでジャンプして池に飛び込んだのです。

    彼女が「あっ!」と思ったのも束の間、「ゴンッ!」と音がして「いてぇぇぇ~!」と彼は叫び声を上げました。 なんと池には氷が張っていたから、その氷へ彼はおもいっきり全身を打ちつけたのです。 ( ̄□ ̄;)!!

    真冬の北海道で池に飛び込むのは冷たいとか寒いと言うのは嘘で、氷が張っているから飛び込めないと言うのが本当です。 (苦笑)

    なお、彼はしばらく「いてぇぇぇ~!」と呻いた後は立ち上がって、彼女とは反対方向へ歩き始めました。 すると今度は氷が薄い部分があったようで、氷が割れて池の中へ「ドボンッ!」と本当に落ちたのです。 池だから浅いので溺れはしないけれど、ひざまで水に浸かったようです。

    彼からすれば、「彼女には振られる、池の氷に全身を打ち付ける、最後には池の中へ落ちる」と散々だったかもしれないけれど、これもストーカー行為をした報いなのかもしれません。

    このように池ひとつ取っても「ところ変われば品変わる」で、気候や風土~慣習や風習などの違いは本当に勉強になります。

    あなたはところ変われば、それをどれくらい感じていますか?

    ミ★(*^▽゚)v Thanks!!★彡



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は13日(火)から再開します。 出張中でも予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    涙。

    おはようございます。 昨日は無事に札幌より帰ってきて、つつがなく倉敷での鑑定を再開しております。 これもひとえに素敵なお客様のおかげであり、御支援と御愛顧頂きまして本当にありがとうございます。

    4月4日の午前中は事務所にて本のプチイベントを行いましたが、盛況に終わりまして本当にありがとうございました。 今回は複数冊お求めの方が多く、最高にお求め頂いたのは30冊で恐縮してしまいました。 この度はたくさんの方にお越し頂き、本当にありがとうございました。 m(__)m

    今回の本は前作とは明らかに反応が違う部分があるのですが、これについては後半で書いて見たいと思います。

    また、本を開いた方は「ニコッ!」としたトトロが出てきたと思いますが、書店で挟み込まれる普通のしおりでは面白くないので、私が鑑定の合間に製作した特製のトトロのしおりが付いています。 粗品以外のおまけとして準備していたのですが、本の中からトトロが出てきたら面白いかなぁと思って作ってみました。

    この本は「感動」がテーマなんですが、そこには「涙」と言う副題が隠れています。 少し学術的な解説をすると涙は目の涙腺から分泌される体液のことで、眼球の保護が主要な役割ですが、ヒト特有の現象として感情の発現となることもあります。

    涙の通常の分泌量は1日平均2~3ccで涙の原料は血液ですが、成分としては9割以上が水で、内訳として水以外にタンパク質やリン酸塩なども含有しており、涙腺内の毛細血管から得た血液から血球を除いて液体成分のみを取り出したものが涙です。

    涙は感情と密接な関係があるのですが、辛い時~悲しい時~悔しい時や嬉しい時~感動した時などに自然に流れてきて、感情の揺れ動きによって涙腺が緩み涙が流れると不思議と気持ちが落ち着いてくるように感じることがあると思います。

    実は涙は自律神経と大きな関係があり、涙には様々な種類があります。 喜怒哀楽で流れる涙を「感情の涙」と言い、感情によって涙の成分や味や量は大きく異なります。

    悔しいとか怒ったなどの感情が昂ぶった落ち着かない気分の時に流れる涙は、心身を緊張させる神経「交感神経」が刺激されることによって分泌される涙です。 これは怒りから振り絞って流れる涙なので量が少なく、ナトリウムを多く含んでいる為にショッパイ味がします。

    反対に嬉しいとか悲しいなどの気分を感じる涙は、実はリラックスした状態だと言われています。 こうした涙は心身をリラックスさせる神経「副交感神経」が刺激されることによって分泌されるので、拭いても拭いてもとめどなく流れる為に水分量が多く味は水っぽくて薄口です。

    このようにひとしきり涙を流した後は気持ちがすっきりしますが、これはどうしてかと言えば涙と一緒に流れ出る物質と関係があります。 この辺の説明は難しくなるのでサラッと書きますが、脳から分泌されるプロラクチンなどのストレス物質に対して、免疫系と言うかストレス緩和の脳内モルヒネの一種が含まれていることが確認されています。

    このことから涙はストレス物質を排出する重要な役目を果たしているようで、泣いた後にすっきりするのはこの為で、泣きたい時には思いっきり泣くことが心にとっても大切です。 とめどなく涙を流した後はなぜかしら、フッと気持ちが落ち着いて心身がリラックスするはずです。

    私は「あなたが幸せになれる12の話」を読んで、目がウルウルして涙がこぼれていくことにより、心にやる気スイッチが入ることを期待しています。 人はお金や物で心が動くわけではなく、心を振るわせるような感動こそが心の原動力となります。

    最初に書いた「前作とは明らかに反応が違う部分がある」の意味ですが、前作との一番の違いは「お手紙(感想)の数」です。 前作の「未来、明るいよね!」は素人が書いたにしては、そこそこ冊数が出ているのにお手紙(感想)は1通でした。 (苦笑)

    しかし、今回は既に6通のお手紙(感想)が届いています。 4月1日発売と言っても全国一斉ではなく、東京の大型書店に3月下旬から配本、地方の書店へ配本されるのは4月下旬からです。 (オンライン書店での販売も4月5日より、開始されているようです。)

    つまり、今はまだ事務所で購入した方と東京で購入した方だけなのに、早くも6通もお手紙(感想)が届いているのは、前作と今回では心に訴えかける「何か」が違うのだと思いました。

    私は自分の使命と言うほど大げさではありませんが、誰かの心に感動のスイッチが入る~誰かの生きる勇気や元気が出るお手伝いができる、それを忘れないように歩んでいきたいと思います。

    なお、頂いたお手紙(感想)は時間が掛かりますが、必ずお返事を書きますのでしばらくお待ちくださいね。 (長い文章は書けませんが、ヒトコトメッセージはキチンと書きます。)

    あなたは本気で、涙を流したことがありますか?

    "(/へ\*)"))ウゥ、ヒック

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    縁ある人。

    おはようございます。 あなたが生きているのは何かの使命があるからですが、それは紋切り型に答えのあるものではありません。 あなたが誰かの為に幸せを運ぶ代わりに、知らない誰かが同じようにあなたへ幸せを運んでくる、それが最上の関係なのかもしれません。

    人は人と関わることで生きていられるのですが、その関わり方が運の良し悪しを作り上げると思うのです。 昔の私は嫌われてギスギスしていたから情けなかったのですが、今は素敵なお客様にお会いできるから嬉しい限りです。

    「生きては人に喜ばれ、死んでは人に惜しまれる。」

    私はこのように生きていかなければと自分に問いかけているのですが、こういう人生を送ることが出来たなら、その人の人生は本当に成功だったと心から言えるかどうか、それに対する答えの違いが「欲と心」の違いだと思うのです。

    私は家柄や学歴や収入と言う面では、公務員や一部上場企業や地元で一番と言う会社へ勤めている男性には勝てません。 当然ですが2代目や3代目のように人の気持ちも理解できないのに、親のおかげで地位と収入だけはあると言う男性にも勝てません。

    しかし、私は悟りを開くところまではマダマダできていませんが、世の中は「人の為に生きる」と言うことが自分の存在を支えてくれると言う事実に気付いた感じは何となくあります。

    世界の偉人は何で偉人と呼ばれるのか、それはお金があるから言われたわけではありません。 確かにグラハム・ベルのようにお金持ちだった偉人もいるけれど、それはお金の使い方が素晴らしいと思われるからこそ偉人でありえたのです。

    それ以外の人も行いと言う部分で誰かを喜ばせる~誰かの役に立つ、これを実践していたからこそ偉人たりえたのです。

    仕事を例にとっても差が出るのですが、仕事ができる人が偉いわけではありません。 仕事ができるヤツと思われる為に、こういう時はほとんどが上司や社長に気に入られる為と言う場合が多いのですが、「自分の成果の為には何をしてもイイ!」と考えるのは、いくら仕事ができても目先の欲の為に人を泣かせすぎています。

    成果とかノルマとか色々な言い方はあるけれど、「仕事の為には何をやっても良い」と言うのは恥ずかしいと思わなければ人ではありません。

    私も30年ほど生きていると小さい時は色々な大人を見てきたし、社会人になってからは色々な同僚や上司などを見てきました。 霊視カウンセラーとなってからも最初の鬼門だった商店街、この時の色々な商店主と言う自我の塊も見てきました。

    このように心を失っても平気でいる人達を見ていると、自分が悪いと言う間隔さえ無くなるのは怖いことです。

    私は今だから分かるのですが運が良いとか成功など色々な言い方はあるけれど、人生にとって幸せと感じるのは人との関係が良好な時です。 誰かと話をしていても相手がニコニコしていて、私も同じように笑顔で話が弾んでいる。 こういう関係があちらこちらにできていると、人生における苦労は今すぐ半分になると思います。

    それなのに支えられた人間関係を自分の実力だと勘違いしている方々がいるのですが、それを人は社長とか上司と呼びます。 (笑)

    社長や上司と呼ばれる人~年長者とか役員と呼ばれる人でもいいのですが、地位などの力関係が作用して良好に見える関係を、いつまでも通用すると思い込んで命令するから最後には寂しい人生になるのです。

    人生には色々な出会いがあるのですが、俗に言う「気が合う」と言うのは最高の出会いだと思います。 年齢や地位やお金などではなく、気が合うと言うのは素晴らしいことです。 実は人の脳と言うか感覚は自動的に「好きと嫌い」を振り分けて、それを「縁がある人」と「会いたくない人」に分けてしまうのです。

    つまり、脳が快感を得る状態では「縁がある」と思い、不快な状態では「縁が無かった」と結び付けてしまうのです。

    人が一生に出会うチャンスと言うのは限られているのですが、限られたチャンスであれば良い人に会わなければ時間が勿体無いし、出会う人全てが良い人なら人生が楽しくてしょうがないと思えます。

    人は意外と相手との縁や繋がりを大事にしないのですが、その縁や繋がりを大切にできているかどうかで縁には大きな差が出ます。 今の時代はメールや電話など相手と簡単に繋がるツールはたくさんあるのですから、相手の投げ掛けに対して返事をするのは難しいことではありません。

    メールが来たら返信をする、電話が掛かってきたら折り返し電話をする、そういう相手の投げ掛けに対して投げ返すと言うキャッチボールが、いつのまにか自然と縁を広げていくことになるのです。

    相手と縁や繋がりがあることに対して感謝の気持ちがあれば、その投げ掛けに対して無視することはありません。 無視すると言うことは相手との繋がりや縁を、どうでもイイと言うか~眼中に無い状態にあるから、そういう方との縁や繋がりを後追いしてはいけないのです。

    あなたは脳が快感を得て、縁ある人を増やせますが?

    (゚∇^d) グッ!!



    お知らせ:出張と業務多忙の為、ブログの更新は8日(木)から再開します。 出張中でも予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    下心。

    おはようございます。 今日はプレゼントのお知らせからですが、発売を記念して「抽選で③名様」に本のプレゼントです。 〆切は「4月3日(土)消印有効」で、たくさんの御応募をお待ちいたしております。 本を御希望の方は返送先(住所&氏名)を書いて、事務所までお送りくださいね。 (当選者は発送を持って、発表に代えさせて頂きます。)

    世間的に「プレゼント」と言えば贈り物を思い浮かべるかもしれませんが、この「プレゼント(present)」には「今」とか「現在」と言う意味もあります。

    運命からのプレゼントと言うのは「今を生き抜いている人」にだけ与えられるものであり、「今」と言う瞬間に何もしていない人には「プレゼント」はありえないのです。 ありえないものを待っていても、それは届かなくて当たり前だと思うのです。

    日本には四季があるので、春夏秋冬と季節の流れを感じることができます。 それを不思議に思わないのは、日常的に小さい時から感じていると当たり前に思うからです。 しかし、世界に目を向けると冬ばっかりとか~夏ばっかりと言う国もあるし、太陽が沈まない国だってあります。

    日本は恵まれているのですが、その恵まれている環境に甘んじて不平不満がでるのは仕方がない面もあります。 それは小さい時からあるのが当たり前だから、水~食料~電気~水道などに感謝できないのと同じ原理です。

    海外の言葉で「富を持つ者には責任がある」と言う言葉があるのですが、日本は持つ国だから持たない国への支援は当たり前と考えることができればいいのですが、人は自分が困らないと相手の立場に立つことは結構難しいです。

    例えば、水に困ったことがあれば水のありがたさに気付くし、病気になれば健康のありがたみが分かります。 普通にできることができなくなれば普通ではなく幸せ、その普通が幸せと言うことに気付けたら未来はもっと幸せになれます。

    こういうことを書いている私も昔は当たり前と思っていたので、立派なことを言ってみたところで、昔はとんでもない生き方だったから恥ずかしいです。 ちょっとやそっとじゃ追いつかないくらいだったので、私が生きている限り贖罪は続くと思います。

    だからこそ思うのですが、誰かがボランティアをしていることをバカにする風潮は問題だと思うのです。 馬鹿にしなくても冷やかすとか茶化すと言うのは、相手がしていることの邪魔をしているのと同じです。

    世の為人の為にと言うのは大げさでも、ホンの少しの自分ができることを臆することなくできるような雰囲気作りも大切だと思うのです。 ボランティアや寄付をしたくても「何を言われるか…。」と言う気持ちもよく理解できるのですが、「寄付なんかせんでもえぇ!」という考え方はまだまだ根強いのです。

    寄付をしても「偽善」とか「えぇかっこしい」などと言われてしまうのですが、「やらない善よりやる偽善」と言う言葉が心にあれば批判をかわすことができると思います。

    不思議なことに善なる思いからしているのに、無償で相手の為に何かをしたなら「下心がある」とか「何か魂胆がある」と思われるのは悲しい現実です。 下心と思われるのが嫌で寄付やボランティアができない気持ちはよくわかりますが、こういうことを冷やかしたり茶化したりする方が正義に思われる考え方の方が間違っています。

    俳優の杉良太郎さんが寄付やボランティアを物凄くしていますが、杉さんは旧満州からの引き上げ児童で、杉さんが乗ったのは最終列車だから列車に乗り遅れていたら、杉さんは満州に取り残されてどうなっていたのかを考えると、人ごととは思えないから自然と感謝の気持ちがあるそうです。

    そういう杉さんの活動に対して「売名行為だ」と言う芸能人が数多くいたのですが、杉さんは「えぇ、そうです、売名行為です。 あなたも売名行為で5億円かけて、病院を建設したり、学校を建築したらどうですか?」と言ったら、それっきり相手は黙ったそうです。

    杉さんのスケジュールを見て頂ければ分かるのですが、日本でTVや舞台で忙しい時期と、スケジュールが空いている時期があります。 杉さんのスケジュールに空白期間があるのは、売れてないから暇で仕事がないから空白期間と言うわけではありません。

    実は杉さんのスケジュールが定期的に空いているのは、海外へ行ってボランティア活動を行っているのです。 子供達のところへ行ったり~困っている人の慰問をしたりと、甲斐甲斐しく活動しているから日本でのスケジュールに空白期間があるのです。

    杉さんが寄付をした金額は2010年現在で12億円を超えているのですが、これだけのことが「個人としてできる人が何人いるのか?」を考えれば、まさしく「やらない善よりやる偽善」です。

    あなたはするべきことをしている人を、本当に下心だと思いますか?

    (@゚ー゚@)ノ ヨロシク~!

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