徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    失敗。

    おはようございます。 今朝の倉敷は凄く良いお天気で、清々しい日曜日となっています。 これはあなたの未来を暗示しているかのように、素敵な未来へと太陽が光り輝いているのだと思ってくださいね。 日が沈むからこそ日は昇るのですから、失敗があれば成功はすぐそこです。

    過去を振り返るまでもなく私は失敗することが多く、失敗だらけの人生で嫌になるほどでした。 どうして上手く行かないんだろうと、自分のことは棚に上げて考えるのが常でした。

    これは誰しも感じることですが頭の中で考えることと実際にやるのは、相当な隔たりが出来ることがあります。 失敗は成功の母と言うように、失敗体験から成功へ通じる道を探すのが一番早いのですが、人の心理としては失敗したく無いと言うのが本音です。

    私はお客様より御相談を伺って、それにお答えするというのが普通です。 ただ、その答えの中にはヒントや企画が埋まっているというか、お客様が何かの参考になればと言う思いでお越しになることも多いのです。

    会社経営をしている人や企業の企画部の人などは「何か良いヒントは?」という思いでお越しになるのですが、言うこと全てが当たる企画やヒントをお話できるわけではありません。

    期待外れのことや無理な企画をお話することもあるし、「おぉ、それはいいアイディアだぁ!」となることもあります。

    しかし、当たり外れを恐れずに、次々と企画を出していかなければ、ヒットする企画が出てこないのも事実です。 もしも私が人事担当者だったら、失敗した経験がある人を重宝すると思います。 何故なら一度失敗して痛い目に遭っているのなら、次は失敗しないようにと注意深くやるからです。

    私はHP上で時々お客様サービスの企画をしていますが、これも外れが結構多いです。 意図するところが伝わらなかったり、お客様に御迷惑をお掛けすることだってあります。 そうなると企画したのは良いけれど、一度やったきりで終わることになります。

    HPをずっと見続けている人ならば過去にやった企画を覚えているかもしれませんが、一番目にやったのはキリ番プレゼントです。 最初は1万カウンターずつでしたが、あの当時は1ヶ月に3000カウンター行くか行かないかと言う状態でしたから、なかなかキリ番に達しない時代でした。

    以前の大家さんは人にモノをあげると言うのが大嫌いだったので、キリ番プレゼントは「やっちもねぇもんでえぇんじゃ!」と言って、ボールペンなど「安い物しかプレゼントするな!」と厳命されていました。 仕方なくお客様に簡単なものをプレゼントしていたのですが、これは人として恥ずべき行動であり大失敗だったと思います。

    以前の大家さんは溜め込む人だったから返礼をすると機嫌が悪くなるので、お客様から頂くお土産などへお礼すらできない時代で本当に心苦しかったです。 今から思い返しても恥ずかしくなる時代で、あの当時は本当に申し訳ありません。 ごめんなさい。 m(__)m

    私は人にプレゼントするのなら「自分が欲しいと思うモノ」が最低条件で、自分がいらない物を人にあげるのは廃品処理だと思うのです。 自分が持っていて嬉しい物や自分が欲しい物をプレゼントするからこそ意味があるので、捨てるような物やいらない物を相手に送るのは失礼だと感じています。

    だからこそ自由にプレゼントができる今は、キリ番プレゼントならパワーストーンのブレスレット、プレゼント企画ならパワーストーンのストラップや著書など、お客様が受け取って喜ぶかなぁと笑顔が想像できるものをプレゼントしたいのです。

    このように過去の失敗が心にあるからこそ「次はこうしよう!」と、次回は成功へ導けるようなことを考える糧になるのです。 まさしく「失敗は成功の母」であり、失敗体験を生かすことで成功を増やせるのです。

    ただ、私もまだまだ未熟者なので失敗は尽きないのですが、最近で一番の大失敗の企画は2009年12月2日のブログに書いた年末ジャンボです。 常日頃からお越し頂いている素敵なお客様へ御恩返しのつもりでしたが、私の考え方が甘かったせいもあり凄いことになってしまいました。

    本当にネタかと思うくらい色々なことが起きて、てんやわんやでブログの更新を休まなければ事務処理できないほど忙しかったです。 本来の業務が出来なくなると言うのは、大失敗で反省しております。 m(__)m

    「失敗は成功の母」

    この言葉は深いと思うのですが、失敗を重ねることで成功へ近づくので途中投げが一番の失敗だと思うのです。 私が企画を失敗したからと言ってお客様への恩返し企画を止めてしまえばそれまでで、続けていくからこそお客様の喜ぶ笑顔に出会えるのだと思います。

    あなたは失敗を経験することで、更に高まることが出来ますか?

    ( ̄ω ̄;)エートォ...

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    社員旅行。

    おはようございます。 いつも素敵なあなたには使命があるのですが、それはひとりひとりに備わっていることでもあるけれど人類共通でもあります。 それは誰かの役に立つ人生と言うか、誰かに必要とされる人生と呼んでもいいと思うのです。

    この世に生まれてきたからには、何かを成し遂げてから人生を終える方が充実感があります。 その充実感と言うのは自分ひとりではなく、何かの為に~誰かの為にと言うのは大切な部分で、そこを間違えると人生はつまらなくなってしまいます。

    人が生まれてきた意味は何のためにと考え始めるとキリがないのですが、今と言う時間の中で日本に生まれてきたこと自体がチャンスで幸せなことです。 今の地球上には66億人以上いますが、その中で日常生活に不自由ない上にPCや携帯が使えるのは、わずか6%でしかないのです。

    その6%の中に日本は入っているから、そこに生まれたと言うのはチャンスだらけとも言えるのです。 今の日本の中では信じられないかもしれませんが、お客様から「本当に、そんなことがあるんですか?」と質問があった嘘のような実話です。

    ここから先は女性の方は読まない方がいいかもしれませんが、彼や御主人がいる人だけではなく、これから結婚相手を見つける人にも考えて頂きたい内容だと思うのです。

    私は県北の工場時代に嫌いだった行事のひとつに社員旅行があり、これは工場全体とライン単位と年に2回ありました。 工場は99%が男性社員なので社員旅行と言えば、「○鹿野島」に行くから嫌で参加しなかったのです。

    この読みは「○たかのじま」で○○県○○市にあり、リアス式海岸のひとつ的矢湾の奥に位置します。 島の西部は的矢湾深部の外海から隔てられて波が穏やかな海面だから、古くより荒天時の避難場所や風待港として使われていました。

    古くは伊雑宮の神領であったとも言われて、江戸時代には江戸と大坂を連絡する菱垣廻船&樽廻船が避難や風待をする港としての重要性が高まりました。 それに伴い「把針兼(はしりがね)」と言われた水上遊女なども集まり、遊郭街としても大いに栄えて女護ヶ島と言った別名を持つ島となりました。

    2000年に行われた国勢調査では島の人口の92%が第三次産業に従事していて、若年女性人口の比率は際だって高いようです。 この島の至る所に風俗関連(主に○春)の斡○所がありますが、その為に警察関係者や報道関係者に対する警戒心が強く、入島者に対する情報網が張られているのは勿論ですが、うかつに写真を撮ることも許されない雰囲気です。

    さすがに今は昔ほどでありませんので、○○県としても島に着いた評判をナントカしようと、遊戯施設やパールビーチなどの整備をして家族連れでも観光できる島へと改善が始まりました。

    しかし、今でも島には借金のカタに働かされている女性や、貧困に喘いでいる国から少女が連れてこられています。 (海岸から7キロ離れた島なので、船がなければ逃げられないのです。)

    自分の娘をお金の為に売るなんて信じられないのですが、貧困に喘いでいると目先のお金に目が眩むのは仕方がないのかもしれません。 学校にも行けず島へ連れてこられて、こんな生活の中で大人になる少女達の未来はどうなるのか、欲望だけの男性は人として最低です。

    私は島へ行ったことが無いので工場の人達から聞いただけですが、工場の人達は島の旅館で宴会中にとても人とは思えないようなことをしたようです。 これはブログに書ける内容ではありませんが、それでも少女達は生きて行く為にはお金が必要だから、母国で待っている家族の為に我慢するしかありません。

    また、余りにも私が島へ行くのを拒否していたから、「山崎はゲ○&ホ○」と言われていじめられましたが、鬼畜の仲間入りをするよりもいじめられた方がマシです。

    工場のラインごとの社員旅行は毎年2月に行われるのですが、島から帰った上司や先輩などに「年端も行かない少女や自分の娘みたいな女性を、かわいそうだと思わないんですか?」と私が言ったら、「えぇカッコさらすな、ボケ!」と殴られたり蹴られたり~またまたいじめられました。

    私は毎年2月になると工場時代の社員旅行と言うか、工場や県北の男性が行くあの島のことを思い出します。 こんな人達に言っても無駄かもしれませんが、人として「してはいけないこと」があると思うのです。

    この島のことを知っているお客様もいるかもしれませんが、大部分のお客様はブログを読むまで知らなかったと思います。

    あなたは平和や幸せを、ちゃんと噛み締めていますか?

    (○ ̄ ~  ̄○;)ウーン…?

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    身銭を切る。

    おはようございます。 素敵なお客様が日々、努力されている姿は美しいと思います。 あなたが輝いているのは、素敵な未来が待っている御褒美だと思います。 あなたが過ごしている中で心にこみ上げてくるのは、あなたが毎日頑張っている証拠で本当に素晴らしいです。

    私は常々思っていることですが、男性中心の世界を変えることが出来れば世界は激変します。

    一番に変わるのは戦争に関することで、女性がトップに立てば戦争は激減します。 話せば分かると言った首相も居ますが、男性同士で話せば分かるなんて人は少ないです。 男性の場合は話し合いではなく、争いと言う勝ち負けになってくるので話し合いにならないのです。

    交際費の使い方にしても男性の場合はマトモに使うことは少ないのですが、女性はキチンと使って収支報告もできる場合が多いです。

    本当に男性に任せているとろくでもないことばかりに使うのですが、議員などの視察旅行が良い例です。 視察旅行ではなく単なる観光旅行で何の視察にもなっていないし、視察旅行に言った後で「何かを得る」と言う人はゼロです。

    勉強と言うのは意識の持ち方で変わるから、普段街を歩いていても得ることが多いのにわざわざ視察なんて言うのは本末転倒です。 見る力の無い議員や役員が視察旅行をしても、新たな知識を得たり~新たな発見も無いのだから視察旅行は廃止するべきです。

    もうひとつ例を出すと事業仕分けじゃないけれど即刻廃止にするべきなのは消防団で、皆さんは消防団の実体を知らないと思います。 私は県北で生まれ育ったから消防署ではなく消防団の方へ馴染みがあるのですが、これがまた税金の無駄使いもいいところで最悪です。

    消防団と言っても年功序列で役員が決まるし、一度役員になると延々と続けて辞めません。 どうして辞めないかと言えば田舎では一種の権力であり、消防団に入っていると色々と顔が効きます。

    私が生まれ育った地域では消防団に入って上の言うことを聞いていれば、就職も色々と世話してくれます。 また、家を建ててはいけない調整区域や畑なども何のその、申請すれば裏に手を回してすぐに許可が下ります。

    また、消防団では年に2回ほど旅行へ行くのですが、何の為に旅行に行くかは恥知らずもいいところですが本題ではないので除外します。 私から消防団に言うとすれば「それでも人間か、男なら恥を知れ!」ですが、工場時代に「公共の税金を使って、そんなことしていいんですか?」と言って、消防団に入っている上司に無茶苦茶いじめられました。

    災害の時に人手が必要と言うけれど、消防団の人は1回出動すれば1万円以上のお金が出るから、仕事を有給で休んで消防団に出る人も多いです。 つまり、会社からも税金からもお金を貰うので、現場にいるだけでお金になる二重取りはズルイ考えです。

    私は「身銭を切る」と言うのは大切だと思うのですが、人のお金を使うのはいいけれど自分のお金は使いたくないと言うのは、人として間違っていると思うのです。

    会社の交際費なら高級料亭だけど自分のお金なら居酒屋で済ませるとか、会社の出張はグリーン車に乗るけど自分のお金なら自由席に乗るなど、自分自身のお金で勉強すると言うことができない人はいつまで経っても成長できません。

    身銭を切ると言うことは勉強になると言う点に加えて、更に運を上げることにもつながります。 例えば、タクシーに乗って900円のところを1000円出して「お釣りは、いいですよ」と言ったら、運転手さんにもよるけど感じの良い運転手さんなら素直に喜んでくれます。

    こういう少しの施しと言うか善徳を繰り返しているうちに不思議なことですが、その人のスケールが全然違ってきます。 本当に不思議なんですが、相手に対しての対価以上のことを続けていると、ホンの少しだけど蓄積されていくうちに自信になってきます。

    寄付にしても同じで最初は500円で充分ですが、それを続けていくうちに「今年は1000円にしようかな?」と思い始めると、その時には金額以上の人間性やオーラを身に纏っています。

    先ほどのタクシーの話ですが、100円のチップだとしても貰った運転手さんの方は、「自分が親切にしたことが、お客さんにわかってもらえた。」と思うかもしれません。 そうすると運転手さんも非常に気分が良いから、その次に凄く嫌なお客さんが乗ってきたとしても
    我慢できる心の余裕ができます。

    そうなると運転の仕方も違うし愛想も違ってくるので、あなたがした100円のチップが知らない間に次々と善なる行いを連鎖反応で起こして行きます。

    このように身銭を切ることができる人は、知らないうちに世の中に対して大きな意味で経済活動や心の余裕を作り出す素晴らしい行いをしています。 身銭が切れない人はセコイから、会社のお金で支払っておきながらお釣りは自分の財布に入れるのが関の山です。

    あなたの周りには、身銭が切れる人がどれだけいますか?

    ヾ( ̄o ̄;)オイオイ

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    カルマの法則。

    おはようございます。 素敵なあなたの笑顔の先には、当然ですが素敵なことが待っています。 それは根拠や理屈でアレコレ言うものではなく、人が呼吸をするのと同じくらい自然なことです。 これを宇宙の法則と大きく言う場合もありますが、一般的には「カルマの法則」と言われます。

    この「カルマ(KARMA)」とは仏典などの漢訳では「業」と訳されていますが、サンスクリット語から直訳すると「行為」とか、その行為の結果として蓄積される「宿命」と訳する場合もあります。

    つまり、カルマの法則とは「過去(世)においてした行為が、良い行為でも~悪い行為でも、いずれ必ず自分に返ってくる」と言う「因果応報の法則」となります。 これは当事者になればすぐに理解できるのですが、実体験がないと分かりづらいと思います。

    例えば、年収1億円の人が1年間で100万円を寄付する場合と、年収が100万円の人が1年間で10万円を寄付する場合では、「どちらが尊い行いになるのか」と言うのが考える余地の部分です。

    これは単純に金額によって行いの尊さを言うのであれば、当然ですが100万円の寄付ですが、収入の中からと言うパーセンテージで言えば10万円の方になります。 年収1億円の人にとって100万円はお小遣い程度ですが、年収100万円の人にとって10万円は必死の思いで出す金額になります。

    こんな風にあらゆる視点や価値観で物事を評価することを、物質主義的価値観とも言います。 寄付行為が相手に与えた恩恵と言う面であれば100万円の寄付ですが、搾り出すようにして出すと言う気持ちも含めた行いなら、10万円の方が尊いものになるのかもしれません。

    つまり、物質的ではなく宇宙的(霊的)な視点で見るならば、両者にとって釣り合いの取れた方法と形で恩恵(カルマ)が跳ね返ります。 年収1億円の人が収入半減になったとしても生きていくことに困るほどではありませんが、年収100万円の人が収入半減したなら生きていくことも困難な状況に陥ります。

    このことからも物質的な意味ではなく精神的(霊的)価値観において行われる跳ね返りになると言うことが、「その行いの結果に対する報いの質」において同等となります。

    カルマが他人から見て同等に見えないのは、その罪を犯した人間の耐性に応じた形と方法で報いを受けるのが基本だから、金額の大小とか被害の大小ではなく「その行為(原因)が与えた影響(結果)」と同じくらいと言う観点での報いを受けることになるからです。

    「たった、それだけのことで?」と感じるか、「こんなに、ひどいことなのに?」と感じるか、このように考え方とは自分の耐性を基準に物質主義的に判断することになります。 あくまでも自分中心の考え方は禁物ですが、あなたがしたことで「思いもよらない程の結果が生じている」かもしれないのです。

    カルマを簡単に言えば「原因と結果の法則」であり、霊的価値観に基づく完璧なバランスの法則とも言えます。 自分が過去に犯した罪の深さ以上の報いを受けることはありませんし、現世で報いが無ければ来世においてカルマが成就することになります。

    カルマの法則について語ると長くなりますが、具体的な例をひとつ挙げてみます。 ここ最近は自動車の生産がようやく回復基調ですが、何故か好調だったトヨタがリコール問題で打撃を受けています。

    自動車部品と言うのは新車の初代生産車の部品を受注できれば、モデルチェンジを繰り返しながら生産中止になるまで部品供給の恩恵に与ることになります。 仮にヒットしたなら受注は増えるし、未来の生産計画も明るくなりモデルチェンジの度に儲かります。

    私が工場に勤めていた時の話はブログに度々書きますが、実はトヨタ車の部品のいくつかは私が勤めていた工場で生産しています。 この工場と取引を開始すると何かが起こるのですが、最初の取引先だったマツダは経営不振、次の取引先の三菱はリコール隠しの発覚、そしてトヨタもリコール問題が起きています。

    これらは単なる偶然だとは思うのですが、何故か県北の工場と取引を始めた会社は不調になります。 これをカルマの法則として考えれば、過去のブログに書いているような数々の非人道的な行いをする工場の部品を使うから、マツダ~三菱~トヨタと次々に問題が発生しているのかもしれません。

    以上のことは単なる偶然であり、科学的には証明できません。 それを判定するのは私ではなく~工場の人達でもなく、カルマの法則がキチンと示してくれるのかもしれません。

    あなたはカルマの法則、それを信じますか?

    ( ̄ ̄∇ ̄ ̄; アリャ?

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    44.1%の減。

    おはようございます。 私はどちらかと言えば転職を勧めるタイプで、独立などもドンドンと前向きに勧めるタイプです。 それにはちゃんと理由があるのですが、同じ人生であるならば冒険しないと人生の最後で後悔するからです。

    年配の方の御相談をお伺いしていると、「あの時、決断していれば」とか「若い時にやっておけば」など、平穏無事な人生を選んだ人の多くは後悔を口にされます。

    ところが冒険を選んだ人の方は、「大変だったけれど、あの時があるから今がある」など、前向きな発言が多いのが人生の不思議なところです。

    転職するのもいいことだし~起業するのもいいことだから、自分がやりたいことにチャレンジする方が人生の最後を充実して向かえることが出来ます。

    ただし、楽な道を行けば行くほど苦労が増えて、険しい道を行けば行くほど楽しいことが増えるのが、運命の不思議と言うか宇宙の法則みたいなものです。

    独立してお店を出す場合を例に取ると、宣伝や広告をしているお店はそこそこ繁盛するかもしれませんが、クチコミのお店はズバ抜けたオンリーワンとして君臨することになります。

    「広告を出すよりも真摯な態度で経営する」と言うのが本物で、広告に使うお金があるなら大事な社員の方々や大切なお客様方へ還元する方が先です。

    例えば、ここ最近はどこの地域でも地元の情報誌は、軒並み発行部数と広告が激減しています。 岡山県も同じで2006年1月号236ページにある広告インデックス、その広告掲載希望の会社やお店を数えると「129社」です。

    しかし、2010年1月号267ページにある広告インデックスを見ると「72社」ですから、4年も経たない間に広告掲載希望の会社やお店が「44.1%」もダウンしています。

    ここまでスポンサーが減ると本が薄くなるので、それをごまかす為に飲食店や占い師などの特集記事を組んで写真でページを増やすようにしていますが、それでも広告効果が無いから「44.1%」もスポンサーが減ったと言う事実があります。

    1月号と言えば12月25日前後に発行だから、お正月を迎える御祝儀で広告は増えるはずです。 しかし、今は情報誌の影響で消費が動くことも無く、ネットで情報を手に入れることも多いです。

    このような情報誌は無料配布も多いのですが、飲食店や銀行など公共の場所や会社などは申し込めば無料で送ってくることもあります。 お金を出して購入している人は怒るでしょうが、広告収入で運営していると発行部数を上げる為に無料で配布する必要があります。

    岡山県内の情報誌が会社やお店などに対して広告の説明をする時に、広告効果があるように見える資料を作らなければなりません。 その資料に「2万部発行で、県民の200人に1人が見ています。」とするよりも、「20万部発行で、県民の2人に1人が見ています!」の方が見栄えが良いです。

    この「県民の2人に1人が見ている」と言うのは本当で、県内の人口は現在のところ約195万人です。 それから割り出すと飲食店や銀行やコンビニなどで見ることを含めて、約20万部発行すれば1冊を複数の人が見ることになるので、県民の2人に1人が見ているというのは嘘じゃありません。

    ただし、それはコンビニで表紙を目にしただけの人数も入れているので、「読んでいる」ではなく「見ている」と言う表現になります。 また、同じ人が複数回見てもカウントするので、情報誌に広告を出しても効果が期待できないのは必然です。

    広告を受注するには読者が見るかどうかよりも、発行部数が多いかどうかが重要です。 これは雑誌だけではなく他の媒体(新聞など)もそうですが、発行部数が多い=広告効果があると言う目安になるからです。

    実は発行部数が多くても目にするかどうかは別ですが、それでもお店や会社からすれば広告をしないよりはマシだと感じて、効果があるかどうか分からないけれど大金を払ってしまうのです。

    広告の難しいところは一般に見てもらえるかどうかで、次は自分のお店や会社の広告に目を通してもらえるかどうかで、目に触れても記憶に残らなければ意味がありません。

    そして肝心なのは広告を見た人がお店に来てくれるなどの費用対効果ですが、この費用対効果の面で割が合わないから「44.1%」もスポンサーが減るのです。

    経営者の方でお金を有効に使いたいのであれば情報誌へ広告を出すよりも、まずは「相手を喜ばせること」を考える方が運を呼びます。

    最初は「大丈夫かなぁ?」と心配だと思いますが、運命が助けてくれることを理解できたら、相手を喜ばせれば喜ばすほどお店が流行ることが実感できます。

    無駄な広告へお金を使ってしまう方が、死んだお金として負の道を進むことになります。

    あなたは大切なお金を、無駄な広告に使うことができますか?

    (・Θ・ゞ)ラジャ⌒☆

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    銀座。

    おはようございます。 昨日も東京より飛行機で帰ってきたのですが、支援決定後のJALは部品調達遅延や整備士不足により、機体整備が追いつかないので機材変更が多発しています。 それに伴い機内清掃も不備が多くシートや窓の汚れが目立ちますが、その汚い雰囲気が引き寄せるのか、シートに土足で足を乗せる男性が増えたので座るのに躊躇します。

    さて、人は誰しもテリトリーと言うべきか、なんとなく行きつけの場所が出来てしまいます。 私も出張の度に色々な場所へ行くようにしていますが、ツイツイ足が向いてしまうのが「銀座~汐留~六本木~赤坂~麻布」です。

    ただし、鑑定終了後にひとりでぶらぶらする時には、気分や時間にもよりますが一番多いのは交通の便などからも銀座です。

    銀座は東京都中央区にある日本を代表する繁華街のひとつで、高級商店街として日本のみならず世界的に知られている場所です。 この銀座の名前は一種のブランドにもなっており、全国各地の商店街には、「○○銀座」と呼ばれる所がそこかしこに見られます。

    地名の由来は江戸時代の貨幣鋳造および銀地金の売買を行った銀座役所でしたが、役所が1800年に蛎殻町に移転したので旧名の新両替町に代わり、銀座として親しまれるようになりました。 商業としては松屋銀座店がある周辺は東京の中心的な商業地の一つで、有楽町エリアを合わせた2002年の年間商品販売額は4088億2100万円という新宿駅東口地域に次ぐ規模です。

    明治時代に舶来品などが並んだ銀座は高級商店街として発展して、昭和初期のデパート進出などにより銀座は東京随一の盛り場としての地位を確実なものにしていくのですが、業態は少しずつ変化していきました。

    1990年代のバブル崩壊以後はカラオケ店や量販店などのチェーン店の進出が進んだ一方で、海外の有名ブランドが続々と旗艦店を銀座に構えました。 銀座は百貨店の集積地でもあり、松屋~松坂屋~三越~プランタン銀座の他にも隣接する有楽町の西武百貨店~阪急百貨店などが立ち並んでいます。

    銀座は明治時代に煉瓦街建設や横浜と新橋を結ぶ鉄道の開業、築地鉄砲洲に外国人居留地があったことから舶来品の往来が盛んとなり、銀座はそれらの商品を扱う商店が軒を連ねることとなって西洋文化の発信地となりました。

    食文化においても銀座は西洋の味覚を紹介する場となり、1871年に「文英堂(現:木村屋總本店)」が尾張町に創業してパンの販売を始めました。 また、1895年には洋食屋の「煉瓦亭」が開業して、調剤薬局を営んでいた資生堂は1902年に店舗内へ「ソーダ・ファウンテン(現・資生堂パーラー)」を併設し、他にも1897年に開業した「銀座千疋屋」は輸入果物の販売や日本初のフルーツパーラーを開業しました。

    1911年にはパリのカフェを模した「カフェー・プランタン」が開店し、その後も「カフェーパウリスタ」や「カフェーライオン」などが続々と開店し、学生なども出入するようになって文壇の議論が盛んに行われました。 (カフェではなく、カフェーと延ばすのが昔の言い方です。)

    戦後になると銀座は高級料理店や高級クラブなどが立地する街として認知されるようになり、1980年代頃からは世界の一流レストランが多く進出する一方で外食フランチャイズの進出も盛んになりました。

    1971年にマクドナルドやダンキンドーナツの1号店が銀座に開店して、1990年代にはスターバックスコーヒーやタリーズコーヒーが相次いで進出して、更にはサンマルクカフェやル・カフェ・ドトールの1号店の開店が相次ぎ、銀座はカフェの激戦地となってカフェブームを全国へと広げる舞台になりました。

    文化施設も多い土地柄で、明治後半から大正時代にかけて歌舞伎座や東京宝塚劇場など、銀座~有楽町周辺には多くの劇場が開場しました。 特徴的なのはヤマハホールや王子ホールなど企業の文化支援活動の一つとして開いているものが多い点で、画廊に関しては全国の4分の1が銀座に集約していると言われています。

    銀座の町を歩くと常に新しい発見があるのですが、銀座にはカップルを祝福する粋なポイントがあります。

    実は銀座4-3-9にある銀座天賞堂には愛の天使がいて、この天使の前で待ち合わせたならこっそり愛の矢で射抜かれます。 この矢で射られたカップルは「幸福」になれると言われていて、他にも願い事をそっと唱えてみると天使の矢がお願いを天に運んでくれるとも言われています。 (ビルの角で覗いているので、見つけてくださいね。)

    銀座は路地裏などに小粋な店が多いので、探せば探すほど味わい深いお店に出会えます。 芥川龍之介氏が通っていたカフェ、池波正太郎氏が通っていた鰻屋さん、数々のお店がひっそりと歴史を眺めています。

    あなたは銀座に、どんなイメージがありますか?

    ♪⌒ヽ(*゚O゚)ノ スゴイッ!!!

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    大変なこと。

    おはようございます。 人は生きていると絶望したり悲しかったりするけれど、それは人生の中で一番大変なのかと問いかけて頂きたいのです。 人生で一番大変だと思うであれば、残りの人生において大変なことは「もう、無い!」となります。

    「人生には大変なことが三度ある」と言うけれど、その三度の意味を勘違いしている人が大勢います。 三度~三度と言うけれど、生まれてくる時に産道を通るのに息が詰まるような、その生死の境目を体験するのが一度目です。

    そして人である以上は誰でも死を迎えるのですが、死ぬ瞬間と言うのは誰しも同じわけではありません。 苦しんで苦しんで七転八倒で死ぬ人もいれば、穏やかに安らかに逝く人もいます。

    生まれてくる時の大変さは誰しも同じで苦しいのは避けられませんが、死ぬ時の大変なことは生きてきた行いで改善と言うかソフトに亡くなることは可能です。 死ぬ時に安らかとか平穏という状態でいたければ、「業の部分」を減らすことが大切です。

    家柄とか血筋みたいなことを言うのは間違いですが、人は生まれによって尊いとか賤しいとかを決めるものではなく、その人の行為によって尊くも賤しくもなるものです。

    ココまでで気付いたかもしれませんが、人は生まれながらに「生と死」と言う大変なことを自動的に二度経験します。 と言うことは…、生まれてから死ぬまでの生きている間に、残りは一度しか大変な思いをすることはありません。

    私も過去を振り返ってみると閉鎖的な田舎の貧乏な家に生まれたことから始まった人生ですが、そんなに大変なことはなかったような気がします。 難病で苦しんだとか~飢餓に苦しんだなど生命の危険と言うこともなく、いじめに遭ったけれど死んだわけじゃないし、今から思うと大変と言うほどではなかったと思えてきます。

    貧乏で借金取りが来ていたことも嫌な思い出ではありますが、それは父親が借金をするからです。 この借金の取り立ての時には大変だったけれど、これも過ぎてしまえば大変じゃなかったと思います。

    この借金の取り立てが凄かった時代は、N市のIさんや寄付の神様などと次々と知り合いになって、さらにはお客様もボチボチですが来て頂けるようになっていました。 そのおかげで、私の質素な生活では困らない程度の下地ができつつありました。 つまり、この借金取りが来ていた時代も、それほど大変な時期ではなかったと思えます。

    そして今の事務所に場所が決まるまで紆余曲折はありましたが、それも私が事務所の場所を安易に決めていたから痛い目に遭っただけで、自分の意志でキチンと決めていれば問題はありませんでした。

    今の事務所(川西町)の大家さんは優しい温厚な方ですが、以前の大家さんはイライラして口うるさく難癖を付けるタイプだったから、そのおかげで「早く出よう!」となって東京へ目を向けることができました。 そう考えると自分のスキルアップになったので、口うるさい大家さんには感謝の気持ちが一杯なので、これも大変なことではありません。

    ここまでを冷静に振り返ると私は今のところ、大変なことは「一度も経験していない」のではないかと言う思いになってきました。

    私が大変だと思っていたことも時間が過ぎてしまえば大変ではなく経験であり、その経験があるからこそ今の私があるのだと思えてきました。 モノは考えようと言いますが、大変だと思うから大変なだけで、大変だと思わなければ大丈夫なんじゃないかと思います。

    ただし、この境地に至るまでには私も苦しんだり悩んだりしましたが、今は「なるようになる」と思えば気が楽です。

    例えば、世界経済を心配したところで私ひとりでは動くわけが無いし、地震の心配をしても止められるわけではありません。 毎日ご飯が食べられて~水が飲めて~電気が使えて~温かい布団で寝られて、こうやって幸せな部分を探していくといくらでも見つけることができます。

    その中でも特に幸せなのが、素敵なお客様にお会いできることです。

    毎日~毎日、天女のように素敵なお客様にお会いしていると、私は日本の未来は大丈夫とか明るいとしか言えません。 私と縁がある人は強運と言いますが、私の周りには夢や希望が満ち溢れているから、私と縁がある人には「明るい未来」しかありえないのです。

    こう考えると「人生には大変なことが三度ある」と言いますが、私の人生には生まれる時と死ぬ時の二度しかないんじゃないかと思います。 大変なことが二度しかない人生であれば、私は幸せな人生と言うことが確定だと考えることができます。

    私も昔に比べると楽天的と言うべきか、それともノーテンキと言うべきか、「良い方へ考える」ことができるようになったと思います。

    あなたの人生には、大変なことが何度ありますか?

    柱| ̄m ̄) ウフッ!



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は23日(火)から再開します。 出張中でも予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    男性へのヒトコト。

    おはようございます。 女性が恋に悩んでいる時には、実はモテモテオーラが出ていることが多いのですが、それは対象とする相手ではなく関係ない人にほど効き目があるのが難点です。

    恋は人を成長させるけれど悲しみに突き落とすこともあり、その不思議な恋に人は惑わされてしまうのです。 そんな時にイイ女と言われたりモテル女と言わたりする場合のモテオーラって、一体何だろうと考えることがあるかもしれません。

    これは美人とかスタイルが良いとかは関係なくて、程よく男性への受け入れ態勢ができている雰囲気があることが一番です。 ギラギラしているわけじゃなく~冷めてもいるわけでもなく、どことなくスキを与えてくれるような女性がイイ女オーラを出していることになるのです。

    男性は「口説けばどうにかなるかも?」と期待を持たせてくれる女性から口説き始めるのですが、男性はプライドがあるので口説いてもすぐに振られそうな女性は最初から度外視するし、積極的過ぎる女性にも危険を感じるので近寄らないのです。 この辺はサジ加減次第ですが、ナントカなりそうで~ナントモならないのが一番理想的です。

    そして男性をその気にさせるヒトコトがあるのですが、これは日常生活で使うようにしていれば慣れてきます。 普段の生活の中で使っていれば、イザと言う時にも自然と使えるから気になる彼には「使うべし!」です。

    まずは「彼女、いるんでしょ?」と言うヒトコトですが、「彼女がいる男=魅力的な男」として見られていると勝手に思うので、男性は急に相手を意識し始めます。 このヒトコトで好きでもない相手に惚れてしまうコトはよくあるので、「えぇ~、彼女なんていないよ。」と言いながらニヤけていたら作戦成功です。

    次に「話していたらすごく安心する」ですが、男性は女性から「安心する」と言われたら無茶苦茶嬉しいのです。 これは「一緒にいると安心する」とか、色々なバリエーションで使えるので、最初に何か言った後に安心するを締めのセリフにするのです。

    後は「〇〇君のそういうところって、尊敬出来る。」とプライドを擽るようなセリフや、可愛く「メールちょうだいね…。」とあなたからのメールが欲しいと印象付ければ「俺からの連絡を待っているんだな!」と男性のテンションはあがるのです。 そして両刃の剣ですが効果的なのは「あだ名をつける」ことで、名前ではなく愛称で呼ぶのは心理的距離をぐっと近づけるのでOKです。

    そしてデートに進めたなら、男性の期待感を高めるふるまいが必要になります。 男性は妄想好きな生き物なんで、彼の妄想する頭を刺激してハートをガッチリ掴むのがポイントです。

    では、ボディーブローのように利いてくる仕掛けですが、「早目に待ち合わせに来たのに、女の子はもう既に待っていた」と言うのは男性のテンションが一気に跳ね上がり、「えぇ~、俺と会えるの楽しみにしてたんだぁ!」と男性の方が勝手に思います。

    次に「デートコースに大ハシャギしてくれる」で、男性が選んだお店や行き先に大ハシャギしてくれると「よしっ、誘ったかいがあったぜ~。」と男性は自己陶酔してくれるので「楽しい~!」を連発するべきです。 (笑)

    最後に「自分から帰ろうと言わない」ですが、これは帰り際のタイミングを女性が全く切り出さないと「俺ともっといたいんだな?」と勝手に男性は妄想します。 ただし、ここでズルズルと遅くなるのではなく、電話が鳴ったフリなどを利用して「ごめんなさい、家から電話があったから帰るね。」など、仕方なく帰ると言うのを演出するのです。

    そうしないと男性は妄想する動物なので、すぐに「○○○に行こう!」とか「今夜は一緒にいよう!」などと勘違いが始まるので要注意です。

    そして男性は高価なプレゼントを女性にしたがる癖があるのですが、その女性を手放したくないと思っている時ほど高価なプレゼントをします。 (ただし、高価と言っても自分が出せるぎりぎりと言う意味なので、世間から見て高価かどうかは別です。)

    高価なプレゼントは当然お金が掛かっていますが、お金を掛けたことに対しては執着して対価を求めるのが人の心理です。 当然ですが高価なプレゼントを渡したということは、それなりの見返りを求めているのです。 それは○○○することとか~付き合うことなどで、プレゼントが高価であればあるほどプレゼントを渡した女性を大事にします。

    と言うことなので、好きな男性からの高価なプレゼントは遠慮なく貰いましょう。 断ることより遠慮なく受け取って喜ぶ方が、とても大事にされる確率が上がります。

    最後になりますが、彼と楽しい時間を共有すると仲良くなれるのは当たり前ですが、それよりも仲良くなれる方法があります。 それは苦しいことを共有することで、人間は楽しいことはすぐに忘れるけれど苦しいことはいつまでも覚えているのです。

    それに人間には苦しい時に支えてくれたり助けてくれた人間のことは忘れない習性があるので、一緒に苦しさを乗り越えてくれたら強い信頼関係が生まれます。 彼が苦しんでいる時にこそ、彼を支え助けることによってあなたへの信頼感が生まれると言うのは大事なことだから、これは最大限に利用してくださいね。

    あなたは彼を引き付ける魅力を、どのように考えますか?

    \(o⌒∇⌒o)/よっしゃぁ~!

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    宇高国道フェリー。

    おはようございます。 日本は狭い~狭いといいつつ、地域特性などが明確になれば意外性もあるので日本は広いなぁと感じてきます。 例えば、東京や札幌で「天満屋」と言っても、岡山出身の人にしか通用しません。

    それと同じく岡山および近県でしか分からない話題ですが、四国フェリーと国道フェリーの2社が行き交う「宇高国道フェリー」と言う、香川と岡山を100年に渡り繋いできた航路が3月26日を持って廃止となります。

    注:3月11日に両フェリー会社共に存続の発表をしましたが、今後はどうなるかは不明です。 前言撤回のドタバタ劇ですが、周り見て物事を変えるのはいかがなものかと思います。

    瀬戸大橋ができた時も打撃でしたが、高速千円にはなす術もなかったようです。 この航路は名前の通り国道30号の海上区間を担っているので、四国側では乗り場がそのまま国道30号の四国側起点となっています。

    なお、厳密に言うと国道30号の本州側の終点は宇野駅前交差点で、宇高国道フェリーの乗り場は約300m手前の築港交差点で右折して、そこから約500mの場所にあります。 JRの各駅からは宇野港&高松港ともに大きく離れていて、宇野の乗り場には両備バスの路線が接続しています。

    両社共に88年の瀬戸大橋開通後も黒字でしたが、08年9月の高速料金割引の開始以降は急速に収支が悪化しました。 さらに09年3月からは高速休日千円の影響により大幅な赤字拡大となり、前年度比で旅客が約3割~車両が約4割減です。

    国道フェリーの山下社長は「政府が高速無料化を公約とする中、経営改善の見込みがない」、四国フェリーの堀川専務は「公共交通とは言え慈善事業ではない、利用客には感謝しているが撤退はやむを得ない」と語りました。

    高速千円が始まってから本州⇔四国にある航路の廃止は3つ目で、香川県と岡山県の両知事は共に遺憾の意を表明しましたが国からの支援もなく撤退となりました。

    宇高国道フェリー株式会社は瀬戸内海に航路を持つフェリー会社で、加藤汽船の傘下にあります。 岡山県玉野市にある宇野港と香川県高松市にある高松港を結ぶ宇高航路を、24時間営業で日中は45~60分間隔、夜間は80分間隔で毎日22往復しています。 同航路の四国フェリーとは対抗関係の為、高松港で派手なネオンサインを競っています。

    瀬戸大橋への対抗上の戦略として、乗用車運賃は往復割引~回数券~コンビニエンスストアでの割引乗船券発売などがなされています。 従来は長さが5m以上の乗用車は対象外でしたが現在は6m未満までに拡大され、競合する四国フェリーの航路同様に車両運賃には運転手の運賃が含まれて、更には同乗者も無料です。

    高松側乗り場から琴電瓦町駅方面へ延びる高松市道には、本航路に由来する「フェリー通り」の通称があって、この通りは古馬場町などの歓楽街を通っています。 なお、廃止された国鉄(JR)宇高連絡船の読みは「うこう」連絡船でしたが、宇高国道フェリーの読みは「うたか」国道フェリーが正解です。

    今回の廃止前に同航路で対抗していた四国フェリーと国道フェリーが合併する話し合いも行われていたのですが、交渉決裂したので廃止もやむをえない状況です。 これにより1910年の宇高連絡船開設からほぼ100年、この歴史は続くことなく宇野~高松間の航路は全廃となります。

    瀬戸大橋線は気象条件により運転規制がよくかかるのですが、列車運転見合わせの時は宇高国道フェリーが代替輸送を行っていました。

    1980年代にはフェリー初のエスカレーターや噴水などを装備した、豪華仕様の「こうらく丸」等がありました。 90年代半ばまでTVCMで使われたのですが今は売却されて、クロアチア第二の都市SplitとHvar島間の連絡船として活躍中です。

    1983年11月にはテレビ朝日系で放送されていた「西部警察PARTⅢ」の岡山&香川ロケが行われて、このロケでは国道フェリーも宇野港&高松港の乗り場や船内での撮影を始めとして、ロケ用の貸切便で岡山から香川へのロケ隊の移動も行なわれ、翌1984年2月に放送されました。

    2007年11月6日よりETCを使った乗船システムの実験運用を開始したり、2008年4月1日より深夜から朝にかけて減便が実施されたりと、国の無政策による打撃へ対抗する手段を行っていたのですが力尽きました。

    私は宇高国道フェリーで潮風を感じながら高松へ行くのは情緒あふれるから好きでしたが、建設現場時代に乗ったのが最後となりました。 もう、あの海の上を渡ることはないのかと思えば寂しい感じがします。

    高速千円でこれだけ悪影響が出ているのだから無料化したらどれだけ悪影響があるのか、おまけに車や高速に乗らない人の税金で足りない税金を賄う不公平税制の先には、地方における過疎化や自殺や貧困が待ち構えています。

    日本各地で公共交通機関が次々と廃止になって、目立たないけれど過疎地域で運転の出来ない高齢者の自殺が高速千円以後は急増しています。 風が吹けば桶屋が儲かると言うように、何がどう作用するかの見極めが未来を変えて行きます。

    今回はフェリーが打撃を受けて~地方の公共交通機関が打撃を受けて、こういう目に見えない打撃がいつ自分達へふりかかるか、私は困っている人を自殺へ追いやる政策は問題だと思うのです。

    あなたは一部だけ助ける政策を、どのように感じますか?

    うーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ

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    後悔する。

    おはようございます。 今日と言う一日を過ごすのは、今日と言う日を生きているからです。 これを当たり前に思う人は幸せの本質が分かっていませんが、何も起こらず生きていけるのは本当は幸せなことです。

    御相談に来られる素敵なお客様を視ていると、その人生の素晴らしさに感動を頂いております。

    何かをすれば何かが変わるし、何もしなければ何も換わらない。 物事はプラスとマイナス、押せば引く~引けば押すと言うごく当たり前の道理があり、それは誰しも分かっているけれどすぐには踏み出せない勇気の一歩です。

    多くの人を拝見させて頂いていると思うことのひとつ、やれる時にはやっておく、する時にはする、思ったことには取り掛かる、これは同じことを言い方を変えただけですが、やりたいことはやるべきです。

    年配の方を拝見した時にはほとんど感じるのですが、「後悔していること」が多すぎます。

    その後悔の中身も90%が同じことですが、「やらなければ良かった…。」と言うことよりも「やっておけば良かった…。」と言う方が、圧倒的に多いのが人生です。 色々な人生をお伺いする度に思うのは、後悔することが人生において一番駄目と言うか、時間を元には戻せないことを実感する時なのです。

    20代の時には20代の、30代の時には30代の、「やっておけば良かった…。」が出てくるものなのです。

    お店を出したい夢があるならば、お店を出す為の努力と言うよりも行動をしないといけないのです。 努力は大事ですが、ゴールを決めずに走るマラソンは倒れてしまいます。 それと同じでゴールを決めずに行う夢は、叶う前に疲れて倒れてしまうのです。

    大学受験とか資格試験を受けたことがある人は、合格と不合格の差が頭の良さや努力だと思っているのであれば、それは不合格への道を辿っていくことになります。

    岡大の法学部へ入りたいのであれば、まずは「岡山大学法学部へ入る」と言う思いを持つことが重要なのです。 頭の中で岡大のキャンパスを歩いているとか、教室で講義を受けているなど、ワクワクしてくることを想像できるかどうかが一番の決め手です。

    本番に強いと言う言葉がありますが、これはまさにイメージがはっきりしている人が強い証拠です。

    自分がどこで仕事をして、どのような業務内容をして、誰とどんな風に話しているなど、細かいことが次々と浮かんでくるようであれば、それは夢が叶ったも同然のこととなります。 思い描けないことと言うのは、叶わないから思い描けないだけなのです。

    オリンピックの100Mスプリントを見て、「9秒台で走るなんて凄いなぁ~!」とは思います。 しかし、「悔しい! 私なら絶対に8秒台で走るのに!」なんて思いません。

    目の前の出来事や仕事内容を見て悔しいとか、もっと改善できるからこうすればいいなどと思うのは、それは才能が隠れているからに他なりません。 興味のないことに一生懸命にはなれませんが、内に秘めたる才能が隠れているからこそ興味を持てるのです。

    90歳になった時に「あの時、もっと冒険しておけばなぁ」と思うのであれば、その時に30代の自分を思い返して後悔しないだけの、チャレンジや行動が人生を作り上げるのです。

    20代や30代と言うのはいくらでも挑戦できる時間があるし、40代や50代でも早くはないし時間に余裕があるわけでもないけどまだ間に合います。 動かずに時間が流れていくままに身を任せて、「どうしてこうなんだろう?」と思うのが一番後悔します。

    周りの人を見た時に自分と比較して、「どうして上手く行かないんだろう?」と思う気持ちは分からないこともありませんが、それは相手の見えない部分の努力や苦悩を知らないだけなのです。

    私は資格を27個持ってはいるけれど、今後の人生において使うことはありません。 それでも努力したと言う結果と自信が今の自分を励ましてくれるし、「使わないから取らない」ではなく「使わないけれど取っておこう」と考え方が、いざという時の引き出しを増やせるはずです。

    やらずに後悔するよりも、やって後悔する。

    時間の配分は誰しも一日24時間ですが、ボォーとして過ごす24時間と一生懸命に生きる24時間では、その差が如実に現れても仕方がないのです。

    あなたは過去を振り返った時に、後悔する生き方をしたいですか?

    (゚∇^d) グッ!!

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    自分のクレド。

    おはようございます。 今日も素敵なあなたの笑顔に対して、私は嘘のない信用を築けるように精進したいと思います。 その為にも生き方と言うか信念と言うか、考え方がどのように作用するかは重要です。

    私は「男性経営者」から聞くとアホらしいと感じてしまうことのひとつに、「リッツカールトンのような接客を!」と言うセリフがあるのですが、社員に向かって言うことだけは一人前の経営者は勘違いもはなはだしいです。

    大切な社員の方々に「リッツカールトンのように~。」と命令するのであれば、リッツカールトンと同じ待遇にしないと無理があります。 できないなら最低でもリッカールトン東京のスウィートに宿泊させるくらいのことをして、それから偉そうなことを言わないと中身が伴っていません。

    このリッツカールトンについては色々な本も出ているし、自己啓発のイベントや企業塾でも紹介されるから、ついついその気になって「リッツカールトンのように~。」と言い始めるのは思いやりとか人間性が欠如している証拠です。

    リッツカールトンにはクレドカードと言うのがありますが、「クレド」とは信条を意味するラテン語から来ていてクレドカードはリッツ全社員が持っています。 このカードに書いてあることは当たり前のことだらけですが、実際に行うのは難しいことばかりです。

    何故なら頭では理解していても自分が面倒に感じることばかりで、相手を楽しませる気持ちが無ければ無理なことばかりです。 全文を紹介したいところですが、全部書いていると長くなるので重要な部分を抜粋してみたいと思います。

    1:私は強い人間関係を築き、生涯のリッツ・カールトン・ゲストを獲得します。
    2:私はお客様の願望やニーズには、言葉にされるものもされないものも常にお答えします。
    3:私にはユニークな思い出に残るパーソナルな経験をお客様にもたらす為、エンパワーメントが与えられています。

    4:私は「成功への要因」を達成しリッツ・カールトン・ミスティークを作るという、自分の役割を理解します。
    5:私はお客様のリッツ・カールトンでの経験にイノベーションをもたらし、よりよいものにする機会を常に求めます。
    6:私はお客様の問題を自分のものとして受け止め、直ちに解決します。

    7:私はお客様や従業員同士のニーズを満たすよう、チームワークとラテラル・サービスを実践する職場環境を築きます。
    8:私には絶えず学び、成長する機会があります。
    9:私は自分に関係する仕事の、プランニングに参画します。

    10:私は自分のプロフェッショナルな身だしなみ、言葉づかいやふるまいに誇りを持ちます。
    11:私はお客様と職場の仲間、そして会社の機密情報および資産についてプライバシーとセキュリティを守ります。
    12:私には妥協のない清潔さを保ち、安全で事故のない環境を築く責任があります

    ココに書いてある12か条は何の世界でも通用するし、どこでも応用できる内容ばかりです。 これをするかどうかで違いが出てくるのですが、すぐに出るわけではなく積み重ねとして出てくるのです。

    私はリッツカールトン東京45Fにあるフォーティーファイブと言うレストランへ何度か行ったことがあるのですが、ココで働いている社員の方々の笑顔は素晴らしいです。 働いている誇りと満足感は、きっと心の中で喜びになっているのだと思います。

    また、リッツで働くと言うのは「お客様を喜ばそう!」と言う気持ちが無ければ、かなり辛い日々になると思います。

    普通の職場であれば人間関係や業務内容で苦労することが多いのですが、リッツの場合はお客様を笑顔にする方法(喜ばせ方)などで苦労すると思います。 それにリッツは全社員に20万円までの即時決済権を与えてもらっているので、いざと言う時に決裁権を使いこなすことも必要だし責任も付いてきます。

    リッツに勤務しているAさんがスーパーで買い物をしていると、抗ガン剤の影響で髪の毛が抜けている少女に出会いました。 母親と買い物をしていたのですが、ガン治療により生活も楽じゃなさそうでした。

    母親が買い物カゴに果物を入れている時に少女がふらついたのでとっさにAさんが支えたのですが、それがキッカケでその親子とAさんは知り合いました。 Aさんがリッツで働いていることを知った少女は、「私も一度でいいから泊まって見たい…。」と言いました。

    ここで普通のホテルであれば動かないのですが、Aさんはリッツの誇りだけではなくAさん自身の心が動かずに入られなかったのです。

    Aさんはすぐにマネージャーへ「カクカクシカジカ」と説明して、その少女が思い出を作れるように宿泊プランを立てて、Aさんは自分の決裁権を使って無料招待したのです。 少女は喜んで一生の思い出となりましたが、お金には変えられない感動があったのは少女だけではなくリッツのみんなにもあったはずです。

    「リッツカールトンと同じことをしろ!」と言う男性経営者に聞きたいのですが、「あなたなら、Aさんと同じことができますか?」です。 自分は欲の塊でお金儲けしか考えない経営者で、社員へは薄給しか支払わないのに最高を要求する経営者の考えは大間違いです。

    あなたは自分のクレド、それを決めていますか?

    ありがとう♪(#^ー゚)v

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    トトロはどこへ。

    おはようございます。 辛いことがあっても悲しいことがあっても、人生はそれで終わりではなく未来があると言うこと自体が希望だと思うのです。 一時的には苦しくても未来があるからこそ、人は前向きに生きていけると思うのです。

    今の日本は口を開けば不景気と言う人が多いのですが、水や食料があってPCや携帯が使い放題で、冷静に考えれば楽しいことが一杯あるのに暗い雰囲気が蔓延しているのは、経営者が夢を持たず~給料も充分出さず~「不景気だから」と文句ばかり言っているからです。

    毎日キチンと働いている方々の為には、経営者なら不景気でも給料アップするのは当たり前です。 人を雇用すると言うのは「人生に責任を持つ」と言うくらいの覚悟が必要であり、社員の幸せを考えて~お客様の幸せを考えて~最後に自分と言う経営者でなければ、尊敬される人生にはなりません。

    「そんなこと言っても、不景気なんだからしょうがない!」と反論する経営者もいるでしょうが、2010年を不景気だなんて言う経営者は「今まで何をしていたんですか?」と聞きたいくらいです。

    不景気と言いつつ「行列の出来るお店」はたくさんあり、東京でもトトロのシュークリームを作っているケーキ屋さんは予約が一杯で買えないし、ミッドタウンのトシ・ヨロイヅカは入店制限が必要なほど人が並んでいます。 (ここのイチゴのショートケーキは、信じられないくらい美味しいです。)

    百貨店が売り上げダウンと言っていますが、それは過去にしてきたことが当たり前の現象として今に起こっているだけです。 JALにしても特権階級意識が改善されない以上は、税金の無駄使いで再生なんかできるわけがありません。

    商売の極意とは「当たり前のことを、当たり前にする」とか「誰に対しても嘘をつかず、正直にする」などですが、私が普通のことを書いていたら面白くありません。 そこで山崎流に言うなら「トトロはネコバスに乗って、どこへ行ったのか?」の答えが商売の極意だと思います。

    映画を見ていない人の為に少し説明ですが、サツキとめいちゃんがお父さんを迎えにバス停へ夜7時頃に行くとトトロが現れて、七国山行きのバス停の所でネコバスを待っていました。 そしてサツキがくれた傘のお礼にどんぐりをプレゼントして、到着したネコバスに乗ってどこかへ行ってしまいました。

    トトロは空を飛べるのに「何故、ネコバスに乗るのか?」と言う部分が、私としては興味深かったのです。 倉敷事務所にはバス停で待っているトトロがいますが、このシーンから商売の極意が私には見て取れたのです。

    そう考えてみると他にも謎はあるのですが、トトロはネコバスとお友達だから呼べば来るのに何故バス停で待っていたのか、トトロはネコバスに乗る時に大人料金なのか子供料金なのか、たったワンシーンから読み取れることはいくらでもあるのです。

    ネコバスは初めて日本にバスが走り始めた時にバスを見たネコの妖怪が、「おもしろそう、いいなあ」と思ってバスに化けました。 それからはネコバスとしてバスごっこをして楽しんでいるのですが、見よう見まねで真似ているので「七国山病院」の「院」の字が間違っていたりするのは御愛嬌です。

    身体がボンネットバスのような構造になっていて、ボンネットにあたる部分が頭で背中が空洞になった胴体は柔らかな毛皮に覆われた座席です。 (ネコバスはネコの妖怪で、3匹が合体しています。)

    爛々と光る眼がヘッドライトで額の両サイドのネズミがマーカーランプになっていて、12本の足で水上や電線など場所を選ばず風のように高速で走り、森の中を抜ける場合は木々が脇に避けて道を空けます。

    実際のバスのように行先表示窓があるので、迷子になっためいの元へ行く時は「めい」、サツキとめいがこっそりお母さんを見舞いへ行く時には、「七国山病院(映画では院が上下逆)」となり、巣へ戻る時は「す」など状況に応じて行先が表示されます。

    なお、ネコバスにはミニサイズ(子供)がいるのですが、名称は「こねこバス」です。 三鷹の森ジブリ美術館だけで上映されている「めいとこねこバス」に登場します。 これはめいちゃんとこねこバスの物語で、トトロの続編と言うか~あの後の番外編となります。

    簡単に説明するとめいちゃんの部屋へつむじ風が舞い込んでくるのですが、好奇心旺盛なめいちゃんはつむじ風を捕まえます。 つむじ風の正体は親からはぐれた「こねこバス」で、めいちゃんはこねこバスにキャラメルを上げたことで友達になります。

    その夜のこと、眠りについためいちゃんをこねこバスが迎えに来て、めいちゃんはこねこバスに乗って夜の空中散歩を楽しみます。 やがてトトロたちを乗せた大小様々なネコバス達と共に森へ行くと、森の奥にはトトロやススワタリなど多くのもののけたちが集まっていると言うストーリーです。

    途中からネコバスの説明に終始して商売の極意と全然関係ない話になりましたが、「トトロはネコバスに乗って、どこへ行ったのか?」がすぐに分かる人は、きっと今の時点で商売が繁盛しているはずです。

    あなたはトトロがネコバスに乗って、どこへ行ったのか分かりますか?

    (○'ω'○)どこ~?



    お知らせ:業務多忙の為、ブログの更新は15日(月)から再開します。 本日も予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    生きたお金。

    おはようございます。 今日のあなたは輝いているのですが、それはあなたの未来に光が灯る日でもあるからです。 あなたの未来は明るいからこそ、その明るさをドンドンと増やしていかないと行けないのです。 あなたがいることで助かる人が大勢いるので、誰かを助けることは基本的には良いことです。

    ただし、助けてはいけない人と言うのがいるのですが、助けることによって自分の方へ被害が及ぶ場合があるのです。 この辺の見極めができていないとお釣りが厳しいのですが、この助けてはいけない人を助けたお釣りの話は、私だけではなくN市のIさんや寄付の神様にもあります。

    この3人の寄付やボランティアに関する活動はまぁまぁだと思いますが、日本全国レベルで言うと大したことはありません。

    しかし、そんな3人でもそれぞれお釣りをもらった経験があるのですが、取り合えず私と寄付の神様が受けたお釣りについて松竹梅で表現したいと思います。

    まずは寄付の神様ですが某団体に付き合いで30万円を寄付したところ、夜8時頃に電話が掛かってきて「この度は寄付をありがとうございました。 付きましては毎月お願いしたいので、etc…。」と仕事中にも関わらず延々と寄付しろと言う勧誘の電話が何度もありました。 これは軽い方のお釣り(梅クラス)ですが、親切が仇になることもあるのです。

    次に私ですが某会社の仕事が激減していたので、アレヤコレヤと仕事が増えるように手助けしていました。 ところが増えた仕事に感謝するどころか、「安い仕事ばかりだ!」と、せっかくの仕事を全て断ったのです。 更に11時に納品する約束なのに10時10分に「単価を上げないなら納品しない」と電話して、無理矢理単価を上げさせたり無茶苦茶でした。

    こんな人(痛厄社長)を助けた私は程無く事務所を追われて、更にブログへ誹謗中傷を書き込まれて信用を失い~それから2~3ヶ月間と言うもの無収入でした。 これも軽い方のお釣り(竹クラス)ですが、移転費用と寄付の引き落としがあるのに無収入は痛かったです。

    最後にN市のIさんことですが、実はこのIさんへのお釣りが一番厳しいかもしれません。 私は以前から井上さんに助けてはいけない人がいると言う話をしていたのですが、Iさんは優しい人だからダレカレ構わず助けていました。 (これはマジで、松クラスのお釣りでした。)

    ただし、今回の件で生きたお金の使い方の意味を井上さんが理解できたと思うので、悪いことばかりじゃなかったと思うのです。

    Iさんはボランティアの神様みたいな人だから、2009年12月末にホームレスの方々へお金を配って歩きました。 たくさんのお金を無償でくれるIさんにホームレスの方々は喜んだのですが、それはお金に頭を下げただけでIさんに感謝していたわけではありません。

    大勢のホームレスの方々に配った金額を仮に「10万円」としておきますが、この10万円はお酒やタバコや遊興費に消えただけで「死んだお金」だから、こんなことに使われたお金は悲しかったと思います。

    次に2010年1月末に開催した新年会へ参加したIさんは、会場にいる方々の雰囲気の良さに感動しました。 夢や希望に燃えた素晴らしい方々の集まりだったこともあり、「こんなに素晴らしい方々の為に!」と会費を全て支払ってくれました。 この金額も仮に「10万円」としておきますが、この10万円は夢や希望の為に使われるので「生きたお金」です。

    新年会に来た方々は出さずに済んだ会費を勉学の為に使ったり、色々な寄付へ使ったりと自分の欲以外へ使ったので、Iさんが出した金額以上に良い方へ膨れ上がって善なる方へ転がりました。

    使ったのは同じ「10万円(仮)」なんですが、年末の方はIさんにとって大きなお釣りがありました。 確かに海外でも「シークレットサンタ」と言ってホームレスにお金を配る人がいましたが、あれはアメリカ社会における差別の為に働けない人々を救っていたので、働かない人を救済するのとは違います。

    アンラッキーな出来事により少し凹んでいた井上さんでしたが、運命はIさんに教えたいことがあったと思うのです。 それは生きたお金を使う意味で、どこへお金を使うべきかを暗示していたと思うのです。

    新年会に使った10万円の方ですが、これはIさんにとって大きなプレゼントとして舞い降りました。 死んだお金の使い方をした時のお釣り、生きたお金を使うことの大切さ、両方を一気に知ることでIさんの歩み方も更に向上すると思います。

    あなたは生きたお金の使い方、それに気付いていますか?

    (● ̄▽ ̄●;)ゞぽりぽり

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    成功への道。

    おはようございます。 運と魔法は全くの別物ですが、それを混同していると悩みの迷路から抜け出せません。 自分の運を良くする為には何か特別な方法があると思いこんでいると、それがうまく行かない時には別な何かを探し続けて、肝心の足元を固めることが抜け落ちてしまいます。

    例えば、商売にしても魔法じゃないから基本的なことができていないと、いくら立派なことを言っても始まりません。 全然美味しくないレストランがウンチクや理念をとうとうと語っても、肝心の味が悪ければ繁盛するレストランにはなりません。

    風水にしても元々持っているモノを強化することはできるけれど、無いモノは強化できません。 運の後押しはしてくれるけれど、それ以上の部分は自分で作りださないと乗り越えるべき壁はふさがったままです。

    素敵なあなたには実力も才能も運もあるのですが、それを使わないとか~方向性を間違えているなど、夢をつかめずに燻っているのは非常に惜しいことです。

    では、それをどうやって脱却するのかと言うことを収入に当てはめてみると、年収が8千万とか2億円など青天井の人に成功の秘訣と言うか、歩んできた道を振り返ってもらうと一般の人が考える成功法則とはかなり違います。

    世間的には多くの人が思い描いている成功へのチャンスとは、「ビジネスチャンスさえくれば…。」とか「口がうまくて自分の能力を売り込むことが出来る」など、とにかく目先に何かがあることが前提での成功だと思います。

    しかし、成功した人に同じことを聞いても、余りにも当たり前のつまらないような答えしか返ってきません。 何か特別なことをしたから成功したのではなく、誰にでも分かるようなことを積み重ねてきただけです。

    別に大学を出ていなくてもいいし~一流企業に努める必要もないし~口がうまい必要もないし、何か大きなキッカケによりシンデレラストーリーが起ったわけでもありません。 目の前にあることを淡々と片付けていく、それが成功の秘訣と言う人が圧倒的に多いと思います。

    ただし、強いて共通する考え方をあげろと言われたら、「強運であること」とか「ツイテイルこと」など運が良いことに関しては共通の答えです。

    これは基本と言うか肝心な部分ですが、成功している人の日常生活と言うのは成功前も現在も余り変わりません。 変わらない部分で一番大きなことは、ほとんどの人が「よく働く(勤勉)」ことです。

    人が寝ている間に働いているとか~人が休んでいる時にも勉強しているなど、とにかくよく働いている人が多いです。 いつ休んでいるのか分からないくらい打ち込んでいるから、いつの間にか他の人と差がついてきているのが紛れもない事実です。

    勤勉でいることは「あたりまえや!」と言われるかも知れませんが、「今日することは今日する」と言うのがどれだけ難しいかは人の怠け心に答えが潜んでいます。

    人の心は楽には強いけれど苦には弱いので、ずるずると止めてしまうなんてよくあることです。 そういう肝心な部分を差し置いて、他に何かがあると考えるのは失敗への道を歩いているとしか思えません。

    一般的に成功している人と言うのは人が気付かない部分に着目して、それによりビジネスチャンスを自分のものにしていると思われています。 しかし、それは全くの見当外れで、見ている視点が五度ずれているだけでも先に行けば広がりが大きくなるのです。

    私はスタート地点を間違えていたら、ゴールも違ってくるのは当然だと思っています。 このスタート地点を間違えないというのは、今やらなければならないことをほっといてまで、他のことに力を入れないことです。

    お金を貯めたいと言っている人が、「今度海外旅行へ行くから、それが済んでからお金を貯める。」と言うのなら、いつまで経ってもお金は貯まらないと思います。 本気でお金を貯めたいのであれば、海外旅行自体へ行かないと言う強い気持ちが生まれるはずです。

    お店を繁盛させたい場合でも同じことで、休みが欲しいと思う人には自営業は向かないのです。 他のお店が休んでいる時にも開店していることが差別化に繋がる第一歩だから、最初にできる簡単なサービスの年中無休を嫌がるようでは成功はおぼつかないのです。

    成功と言う道は険しいけれど簡単でもあり、儲けを追いかけるお店ではなく幸せになれるお店、それができれば成功は簡単です。 これを運に置き換えるのであれば、幸せを追い求めるのではなく幸せを与えるようにするべきです。

    あなたは成功への道を、どのように歩いて行きたいと思いますか?

    Ю―(×_×;)ツカレタ~!

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    名店。

    おはようございます。 無事に東京より帰ってきましたが、これもひとえに素敵なお客様の御加護だと感謝しています。 あなたの素敵な未来のお手伝いが出来るということを、運命がちゃんと見ていてくれるからこそだと思います。

    私は基本的に外食はしないのですが、出張の時だけは自炊できないので外食をしています。 井上さんや寄付の神様などと食事する場合を除いて、ラーメン屋さんとか松屋&すき家などホテル近辺のお店で簡単に済ませています。

    ましてやミシュランの三ツ星レストランとか、上手いと評判のお店などへわざわざ食べに行くことはありません。 名店~名店と言うけれど中身が伴わない名店であれば、行ったところで高いお金を払って嫌な思いをするだけです。

    辞書で引くと名店は名高い店とか有名な店となっているので、知名度の方を優先した意味合いが強いようです。 名店の多くは老舗と呼ばれることが多いのですが、老舗とは先祖代々にわたって伝統的に事業を行っている小売店や会社のことで、商業に関係しないながらも古くから関連する活動形態の先駆的な組織や団体を指す場合もあります。

    定義のひとつとして創業から30年以上事業を行っている企業となっていますが、IT業界など比較的新しく企業の勃興が激しい業界や市場では年数には関係なく、先駆的な開拓を行ったり市場を育ててきた企業が老舗と呼ばれることになります。

    老舗と呼ばれる企業では経営者が何代にも渡って交代しながら経営を続けて、個人経営の中小企業では世襲的に一族が受け継いでいる場合がほとんどです。 ただし、大企業であっても代表取締役(社長)は世襲制で、縁故や人脈で形成された重役会が下部組織の統括を担っているから日本は不況から脱出できないのです。

    老舗は長く続いていることが経営形態として一つの信用指標となり、いわゆるブランドでは商品を愛好する層が消費者に見られたり、銀行取り引きでも有利に働く傾向も見られて有利です。

    日本の老舗は昔から伝統的に事業を展開するので信用性が高いとされるのですが、その一方で経営が保守的になりがちの傾向もあります。 平成不況ではニッチ市場など末端消費者のニーズに即した業態が急成長を見せる一方で、老舗が時代の波に乗りきれずに老舗倒産に至るケースも存在します。

    日本の老舗は創業100年以上の企業が10万あり、200年以上の企業も3000以上あるとされるので日本の老舗はどうこう言っても強いと思います。

    今は面影がないので知らない人も多いのですが、日本の老舗の大きなところは呉服店だったところが主で江戸時代の創業が多いようです。 そして呉服店は大きくなるにしたがい百貨店に変化していったのですが、今も生き残っている呉服系高級百貨店では三越(創業1673年)が代表格です。

    私は銀座を歩いていると名ばかりの老舗ではなく、「小粋」と言う言葉に恥じないお店こそ名店だと思います。 老舗であっても態度が横柄で売ってやるとか出してやると言う気持ちが見えていれば、それは不況の波に飲み込まれても仕方がないのです。

    人は看板がデカイと凄く見えるのですが三ツ星を貰ったりメディアに取り上げられると、途端に鼻息が荒くなって一流を気取るのは心が貧しい証拠です。 本当に凄いお店ならば、取材拒否をして一般のお客様を大切にするはずです。 本末転倒と言うのか~馬脚を現すと言えばいいのか、本当に凄いお店が宣伝や広告をするわけがありません。

    私は東京出張の時に良いお店を探すコツみたいなものがあるのですが、それは霊視ではなく誰でもできる方法です。 私はそれで銀座のお寿司屋さんや焼鳥屋さんを見つけたのですが、私が行くお店はどこも愛想が良くて安くて美味しいと三拍子揃っている隠れ家です。 (笑)

    そういう小粋なお店を見つける参考例ですが、メディアに出ている有名店や行列が出来ているお店の近くにある同じ店を探すのです。 有名なお寿司屋さんの近くで営業できているお寿司屋さん、行列の出来る焼鳥屋さんの近くで営業できている焼鳥屋さん、このように探せば隠れた名店に辿り着けます。

    雑誌などで取り上げられるお店はヤラセが多いので、平均点ではあるけれど編集者の知り合いだから掲載されるお店かもしれません。 派手に宣伝するお店が近くへあるにもかかわらず、普通に営業できているのは本物だからです。

    銀座久兵衛やジョエル・ロブションなど三ツ星に一般の人が行けば、値段が高いだけで相手にされないから気分が悪いと思います。 こういうお店に行く時には常連の人と行くか、有名になってから行かないと馬鹿にされて嫌な思いをする危険性が高いです。

    メディアに踊らされるのもどうかと思いますが、有名人や常連(お金持ち)だけ大切にするお店ではなく、誰にでもキチンと愛想してくれるお店の方が一流だと思うのです。

    あなたは名店の定義を、どのように考えますか?

    (-。-;) フゥ~?

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    Nさんと少年。

    おはようございます。 感動と言うのは心に優しさがある人だけが得る、目には見えないけれど心にいつまでも残る、そういう無形のサプリメントだと思うのです。 目には見えないけれど心には永久に残る、それが元気の源になるのは凄く幸せなことです。

    私は定期的な出張として東京と札幌がありますが、以前は倉敷事務所だけでした。 それが東京出張を始めて、なんとか札幌出張もできるようになりました。 さすがに倉敷から札幌まで行くと異国の地へ来たと言うか、大自然なんかも味わえて清々しい気分にもなれます。

    雪の心配も終わり3月から札幌出張を再開しますが、2010年最初の札幌へ一番に予約を入れてくださったのは北海道在住のNさんと言う素敵な女性です。 (Nさんは当初は東京会場まで来ていたのですが、今は札幌会場へお越し頂いております。)

    そんなNさんと養護施設にいた少年とのお話で、Nさんは普段アパレル系のお店で働いています。 私のHPを見つけてブログを読んでいるうちにボランティアがしたくなり「そうだ! 子供達の為に何かしてみよう。」と、休日にはお店の近くにある養護施設へ遊びに行くようになりました。

    今まで通勤の度に近くを通っていたにもかかわらず全く気付かなかったそうですが、人の意識が向くと言うのは新たな発見にも繋がるのです。

    Nさんは施設へちょくちょく顔を出して子供達の相手をしたり、通勤途中にお菓子を持って寄ったりとしていました。 そんなNさんがしばらくして出会ったのは、父親の虐待により施設に保護された少年でした。 その少年は母親がいないので父親にしか頼れませんでしたが、その唯一の肉親である父親に虐待されていたのです。

    保護された時には痩せ細って青白い顔に出血痕みたいなアザもあり、元気が無く痛々しい姿でしたが職員さんなど周りの温かい思いやりで徐々に回復していきました。

    Nさんはこの少年のことが何故か気になっていたようで、施設に保護されて1ヶ月経つのに友だちができない少年のことがNさんの心に引っかかりました。 少年もNさんが色々と気に掛けてくれていることから、Nさんには自分から話しかけたりするようになりました。

    そして少年が施設へ来て2ヶ月が過ぎた頃、「ぼくね…、おかあさんがいないの。 Nさんがおかあさんだったらいいのに…。」と小さくつぶやきました。 20代のNさんは一瞬躊躇しましたが、「じゃあ、ここへ来た時は私がお母さんだね。」と言いました。

    そうNさんが返事をした時の少年は嬉しそうな恥ずかしそうな表情で、Nさんの服の袖をぎゅっと握ったそうです。 そして施設へ行く度にNさんは少年のお母さん代わりでしたが、Nさんも月末になると仕事が忙しくて施設へ行けなくなってきました。

    しばらく仕事だけだったNさんも月末の締めが終わり「これなら来週は行けるかな?」と思っていた矢先、少年が入院したと言う電話が掛かってきました。 Nさんは「えっ? どうして?」と職員さんに聞くと、少年は小児癌で手の付けられない状態だったのです。

    もともと少年は痩せ細って青白い顔をして出血斑があったのですが、父親が暴行を加えていたので素人からするとアザにも見えます。 最近の少年は発熱が続いて昨日腹痛を訴えたので病院へ行ったところ、小児癌と言うことが判明したのです。

    Nさんは夜だけど急いで病院へ駆けつけて少年の病室へ行きましたが、少年は病気のことを何も知りません。 見つめる視線の先にはいつものようにNさんを、「おかあさん」と呼ぶ少年の姿がありました。

    Nさんは切なくて抱きしめたのですが、自然と涙がこぼれてきたそうです。 少年が「おかあさん、いたいよ。 どうしたの?」と無邪気に聞いてくるから、Nさんは気丈に振舞うこともできず何も言えませんでした。

    Nさんは私のところへ少年の未来がどうなるのか、それを聞きに来られたのですが私は何も言うことはできませんでした。 霊視カウンセリングと言っても病気の治療ができるわけでも無く、私はNさんのことを励ますことしかできませんでした。

    私がNさんにお話できたことは、少年が優しさに触れることで素直になれて~涙を拭いて温かな気持ちで旅立っていける、そういう最後を迎えるようにしてあげることが今のNさんにできることだとお話しました。

    Nさんは少年の「おかあさん」として、できるだけ病院へいくようにしていました。 そして少年は3ヶ月の闘病の後、Nさんが見守る中で安らかに旅立っていきました。

    施設で少年と「おかあさん」になる約束してからの1ヶ月と病院での3ヶ月、合わせて4ヶ月だけでしたがNさんは素敵な「おかあさん」として、少年の人生に生きてきた答えを見つけるお手伝いができたと思うのです。

    Nさんは少年と血も繋がっていないし「4ヶ月だけのおかあさん」だったかもしれませんが、少年の心にどれだけ貴重な想い出を残してあげることができたのか、その重みは計り知れません。

    お金儲けが生きがいなのも、いいかもしれない。
    自分の欲の為だけに生きて行くのも、いいかもしれない。
    思い通りにならない人生を誰かのせいにするのも、いいかもしれない。

    しかし、他人の為に頑張る自分、他人の為に行動できる自分、それができる自分に気付いた時には、自然と幸せな人生を歩んでいるはずです。

    私は今年もどれだけの感動と出会い、どれだけの人の心に元気が出るお手伝いが出来るのか、私は自分の使命を全うする生き方をしたいと思います。 私は素敵なお客様の人生に関わる道を選んでいるからこそ、あなたの為に涙が流せる霊視カウンセラーでありたいと思います。

    あなたは誰かの為に、本気で涙を流したことがありますか?

    。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。 ウッウッ…。



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は9日(火)から再開します。 出張中でも予約の受付はしておりますので、遠慮なくお気軽にお申し付けくださいね。 いつもご予約いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    沈まぬ太陽。

    おはようございます。 昨日のニュースを御覧になった方もいると思いますが、このままでいくと大変な事故が起きるかもしれません。 私は4月からANAだから大丈夫ですが、敢えてJALに乗り続けるのは命懸けの運試しにはリスクが大きすぎます。

    2010年2月3日午前8時20分頃に羽田発⇒女満別行きの日本航空1183便が離陸直後に左第1エンジンから出火、異常を知らせるランプが点灯したので羽田に引き返しました。 同機は午前8時38分頃に緊急着陸、乗客121人と乗員6人に怪我はなく機体点検の為、羽田のA滑走路が14分間にわたり閉鎖され運航ダイヤの乱れなど甚大なる被害が出ました。

    JALは適当な理由でお茶を濁すと思いますが、本当の原因は皆様の想像している通りかもしれませんが、一般の方々には事故の内容が本当かどうかすら知るスベはありません。

    いくら上層部が威勢の良いことを言っても真面目に現場で働く方は、4月以降はリストラが始まるのでやる気がでなくても当たり前です。 真面目に働いても会社に残れないかもしれないと言う状況で、「気合入れて真面目に整備しろ!」なんて言う方が無理です。

    それに公的資金を入れているのだから給料も下げるのが当たり前ですが、2010年4月1日よりJALは「ベースアップでは?」と聞きたいです。 日航5労組は年金減額やリストラをどうして急に認めたのか、これらを飲む代わりに既存社員は4月1日よりベースアップと言うのが落としどころかも…。

    さて、JALはもともと事故が多い会社なんですが、設立した1950年代から2010年現在までの事故の中で、特に大きな事故を中心に歴史を年代順に振り返ってみたいと思います。

    1952年4月9日「もく星号」 が、伊豆大島の三原山御神火茶屋付近に墜落して全員死亡。 1957年9月30日に「雲仙号」が墜落炎上して、乗客乗員55名中重軽傷者5名。

    JAL機の事故は余りにも多すぎるので、ココからしばらく件数だけにしたいと思います。 1960年代には墜落炎上などの死亡事故が6件も起きていますが、時代的にも航空機の機体レベルなどから全てが人為的ミスとも言えない時期です。

    しかし、1970年代は5件の事故が起きているのですが、この5件の事故はほとんどが飲酒操縦や徹夜マージャンによる寝不足など、人為的ミスの多発した年代と言われています。

    1980年代はJALの歴史の中でも最悪な時期ですが、1982年2月9日の事故は乗客174名中24名が死亡する大惨事でしたが、「逆噴射」と言う言葉が使われた人為的な大事故でした。 1982年9月17日には主翼部品が爆発して油圧系統損傷になり緊急着陸しましたが、乗員乗客124名中18名が重傷で29名が軽傷。

    そして1985年8月12日は日本どころか世界の航空史上に残る大惨事発生で、東京国際空港発⇒大阪国際空港行のJAL機が、離陸12分後から32分間の迷走飛行の末に群馬県多野郡上野村の山中に墜落しました。

    乗員524名中520名が死亡する旅客機の単独事故として、世界で最大の犠牲者数を出した事故として今なお記憶に新しい事故です。

    この1980年代はJAL機の事故で多くの方々の人生に迷惑をかけているのですが、この時に働いていた社員の方々が今は丁度60~70歳だから、年金問題で「年金を減らすな!」と騒いでいる方が事故を多発させた年代に該当します。

    1990年代に入ると航空機の性能やパイロット個人の技量も向上して、かなり事故は減ってきました。 1997年6月8日に香港発⇒名古屋行きが三重県志摩半島上空で機体が乱高下して、乗員180名中14名が重軽傷を負いましたがJALは責任を認めていません。

    2000年代に入ると更に事故は減りヒヤッと事故はあるけれど、多数の死傷者が出ることはなくなりました。 2001年 1月31日の事故も100名が負傷しましたが、幸いなことに死亡者は出ませんでした。 2004年 1月1日の事故は乗客2人が負傷しましたが、こちらも死亡者はゼロです。

    2005年 8月12日の事故は負傷者も死亡者も無くて良かったのですが、この日は日本航空123便墜落事故が起こってから20年目にあたる日です。 事故が発生したのは当日に行われた御巣鷹山慰霊登山で、日本航空社長が「二度と事故を起こさない」と挨拶をした直後だから皮肉なものです。

    実際問題として「もしも、事故が起きたら…?」のリスクを考えると、JALへ搭乗するのは一種の運試しや賭けみたいなものです。 しかし、経費削減の為に割引運賃で3月末までの岡山⇔東京のチケットは購入しているので、怖々ですがマダマダJALに乗らないといけないから本当に戦々恐々です。 (苦笑)

    そうは言っても私は強運だから墜落炎上なんかしませんが、それ以外のJAL機については安全なんて太鼓判は無理です。

    あなたは航空機事故の歴史を、どれだけ知っていましたか?

    ( ̄へ ̄|||) ウーム

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    良縁について。

    おはようございます。 素敵なあなたには目の覚めるような恋や、心がときめく相手が現れるはずです。 あなたは良縁に恵まれる運命だからこそ、私と縁があるのだと信じても大丈夫です。 しかし、良縁と言う言葉に踊らされないようにしないと、良縁と言う言葉には心を惑わせる響きがあります。

    私は普通の占い師さんやスピリチュアルカウンセラーの方と違い、当たり前のことや常識的なことしか言いません。 必死な時には普通に見えても冷静になれば明らかに変、それが良縁や恋のマジックと言って良いものです。

    ある占い師さんは恋に悩む女性が来たら、「お盆の上にリンゴを載せて、それを頭に載せて両手で支えた状態で、右回りに5回転すれば彼が出来る。 もしも彼が出来ない時は、それはあなたの念と信心が足りないからだ!」と鑑定の時に言われます。

    冷静であれば「そんなことで彼が出来るわけがない」と分かるのですが、必死な気持ちでいると毎日実行してしまうのです。

    また、ある占い師さんはいきなり頭の上で生卵を割り、髪と頭をぐしゃぐしゃにするのですが、「よし、これで霊は祓えたから、あなたには10年以内に彼氏が出来る!」と言われます。

    冷静に考えれば「10年以内に彼氏が出来る」と言われても、「10年先かい~!」と気付かないのは必死だからです。 (以上の2人の占い師さんは雑誌やTVでも著名な先生で、鑑定料+お祓いで3~5万円です。)

    ココまで読んで笑ってしまった人は、それはあなたが冷静でいる証拠です。 もしも、私がこんな怪しげでおかしなことをしていたら、東京会場は貸してもらえないしクチコミも広がらず、未だにタウン情報へ広告を出すような占い師レベルだったと思います。

    私が思う良縁と言うのは自分の運勢レベルに応じた人が寄ってくることと、未来を明るくしてくれる人こそが良縁だと思うのです。 その為に肝心なのはお祈りやお祓いではなく、自分の運勢レベルの構築と行動だと思うのです。

    行動の基本としてよく言われる、5W1Hを例に取って解説してみたいと思います。

    まずは「いつ(When)」ですが、いつ行動を始めて~いつ頃までに相手を見つけたいのか、これが最初の肝心な部分です。

    次は「どこで(where)」ですが、自分に取ってどんな場所なら積極的に相手を探せると思えるかです。 職場やサークル、コンパにパーティ、更には旅先や街中に結婚相談所など、自分の得意とする方面を探すか作り上げるのです。

    そして「誰が(Who)」ですが、自分の力で相手を見つけるのか~友人知人に紹介を頼むのか、それとも親族にお見合いを依頼するのか結婚相談所の力を借りるのか、こうやって誰が相手を見つけてくれる人なのかを判断するのです。

    ここで「何を(What)」ですが良縁とは何を言うのかで、将来の結婚相手となりえる人とのご縁、遊び相手でも友だちでもなく真面目に結婚を考えられる相手、どんな人が理想の結婚相手として候補になるのかを整理しておく必要があります。

    また、「なぜ(Why)」も突き詰めておかないといけないのですが、なぜ今まで相手に恵まれなかったのか原因を分析して、これからの相手探しの教訓として自分なりの見直しが必要になります。

    「どのようにして(How)」は行動あるのみですが、どのようにして相手を探すのかは、職場なら会社の飲み会や行事に率先して参加ですし、合コンやお見合いパーティに参加して積極的に声をかけるとか、友だちに異性を紹介してくれるようにお願いするとか、まずは動くことから始めないと何も始まらないのです。

    この5W1Hに当てはめて自分のイメージと、行動パターンができあがっているのであれば、今までの何倍も早く相手が見つかるはずです。

    最後に良縁についての本当の意味ですが、良縁とは必ずしも結ばれることを意味するものではありません。 別れることが良縁と言う場合もあるので、良縁を願うのであれば縁結びのお守りは吉にも凶にも、持っている人の未来に対して効果が出てしまいます。

    良縁とは文字通り良い縁のことなので、悪い縁なら断ち切ることになります。 つまり、別れることが良縁と言う場合もあるので、彼と結ばれたい場合は良縁を願うのではなく縁結びを願うべきなのです。

    霊視カウンセリング山崎の事務所は岡山県内で唯一のパワースポット?ですが、私のところへ来た人は結ばれるばかりではありません。 知らず知らずのうちに別れる方へ向かって、別れた後に本当の良縁に出会うことになるのです。

    別れることを恐れずに受け入れることで、その先にある本当の良縁に出会うことが幸せの本質なのかもしれません。

    あなたは良縁に、恵まれたいですか?

    うふ♪(* ̄ー ̄)v

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    経営者の器。

    おはようございます。 縁があると言うのは自分の意志ではなく、偶然が起こしてくれる奇跡でもあります。 しかし、その奇跡が起こる為には自分のツキを信じることと、誘われたら断る前に行く気になることです。

    誘われても行かないのなら縁のチャンスをひとつ逃したかもしれないし、行くことで出会う人や飛び交う言葉にひらめきが起こるかもしれません。 何かをすれば何かが変わるのですが、何もしなければ何も変わらないのです。

    私は日本の大企業は大丈夫なのかと未来が心配になりますが、私の周りに限定した場合の経営者で不景気なんて言う人はひとりもいません。 不景気であっても口にしないだけかもしれませんが、N市のIさんや寄付の神様などは間違ってもヒマなんてことはありません。

    日本の経営者の方は自分がトップなんだから、間違っても後ろ向きなことを言ってはいけません。 2010年が厳しい年になるなんて言うのは社員に対する裏切りで、もしも2010年が不景気とか厳しいと言うのなら今すぐ経営者を退くべきです。

    そして社員の方々に「私の力不足で迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ありません。」と謝罪して、一から出直す覚悟が必要なくらい2010年はチャンスだらけの年です。 2010年が何故チャンスの年かと言えば、今までならありえなかったことが起こるからです。

    今までの日本は不況と言いつつマダマダ余裕があるので、CMで言えば有名タレントに高額ギャラが払える、アナウンサーでも有名どころに司会を頼める、ITなどのシステムでもソフトバンクなどに平気で発注できる、こうやって予算を節約せずに湯水のように使える時は「知名度のある方が勝つ」が大原則です。

    ところが不況に入って政府がデフレを認めざるを得ない状況では、まずはあらゆる予算の見直しになります。 そうなれば知名度よりも「節約」になるので、同じ内容ならば「安い」と言うのが選ぶポイントになります。

    ただし、いくら選ばれたところで安いだけでは長続きがしないのですが、ここで重要なのが経営者にとって「してはいけないこと」があるのです。 スーパーでも安売りだけに走ると一時的には売り上げも上がるし隆盛を誇りますが、ダイエーが良い例で安売りに未来はありません。

    ユニクロにしても勝ち組のように言われていますが、それはトップである経営者や役員だけが儲けているのではありませんか?

    ユニクロで働いている社員の方々が「笑顔で働いている」のかどうか、私はそこに注目してみたいと思います。 ユニクロで働いている社員の方々が、ユニクロが潰れそうなピンチに陥った時、「私たちの貯金を使ってください」とか「給料無しで働くから頑張りましょう」と経営陣に対して言える、そんな熱い気持ちが起こる経営なのか?

    これはどんな会社でもお店でも同じことですが、潰れたら他所で働くとか~自分の貯金を提供するのは嫌だ、こんなことを社員の方々に言われるようでは経営者として、人間的魅力も無ければ信頼もされていない証拠です。

    マスコミ報道は良いことも言っているし正しい報道だってありますが、マスコミの報道を全部が全部を真に受けてはいけません。

    もしも本当にユニクロが勝ち組で安泰だと言うのであれば売り上げは凄い上昇を続けているけれど、毎年「純利益」が減り続けているのはどうしてなのか、マスコミ関係者は決算書の見方を知らないのかと思ってしまいます。

    ヤマダ電機の売り上げも確かに凄いし、ちょっとやそっとのアイディアでは太刀打ちできないと思います。 では、この安売り合戦が続いた先の12年後に、ヤマダ電機は安泰で社員の方の給料も上がって楽になっている、そう断言できる人がいるなら理由を聞いてみたいと思います。

    私は常々言うことですが、「経営者である前に人間であれ!」です。 効率ばかり追い求めて心を失うような会社、ノルマばかりで売り上げ至上主義のお店、こんなところで働いていて「自分だったら楽しいのか?」と経営者の方々には聞きたいのです。

    社員の方々が「笑顔で働ける」と言う職場でなければ、経営者は「腹を切って死んでお詫びする」のが筋だと思います。 ろくな給料も払わず自分だけが貯め込んで、「うちも景気が悪いから今度のボーナスは我慢してくれ。」と言う前に、自分の家や車を売って丸裸になって社員の方々に、「今回はこれで勘弁してください。」と言うのが本物の経営者です。

    金儲けしか頭に無い経営者にもう一度ですが、「あなたはそれでも人間ですか?」と聞きたいです。

    私は前のヤマト運輸の社長だった故小倉昌男さんの言葉で素晴らしいと思ったのは、「私は従業員と言う言葉が嫌いだ、何故なら従業員には従と言う字があるから、上から目線で従わせると言う感じがして不快だ。 うちの会社は従業員ではなく、大切な社員です。」と著書にありました。

    これだけのことが言える経営者がどれだけいるのか、こういうレベルの経営者にどれくらいお会いできるのか、私は残りの人生をワクワクして生きたいと思うのです。

    私は日本の経営者に苦言を呈してはいるけれど、マダマダ日本の経営者にも素晴らしい人が大勢いるはずです。 そして眠れる獅子として今か今かと目覚めるべく待っている才能もたくさんあり、ホンの少しのキッカケで人生を変える人も大勢いるはずです。

    私はそういう素敵な方々の未来について、ホンの少しでもお手伝いができたら嬉しいです。

    あなたは経営者の器を、どのように見極めますか?

    (゚-゚;)ヾ(-_-;) オイオイ…。

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    バカみたいなこと。

    おはようございます。 素敵なあなたには美しい光が降り注ぐように、キラキラ光る毎日が目の前にあります。 それを手に入れるとか欲しいと言うのではなく、目の前にある幸せに気付くと言うのが大切だと思うのです。

    「少しだけ」と思うのではなく、「少しでも」ある幸せに感謝する。

    確かに自分を中心に考えると不幸はあるかもしれませんが、それは自分の中では大変なことでも他へ目を向けると、それは大変ではなく幸せなこともかもしれません。 悔やんでしまうようなことと言うのは、自分が動かなかったことにより起こるか、もしくは自分の選択を間違えた結果により起こることがほとんどです。

    そうならない為にはどうすればいいのかと言えば、「否定せずにバカみたいなことを言い続ける」ことが一番です。

    先ほど書いた内容には3つの言葉があるのですが、「否定しない~バカみたいなこと~言い続ける」と、この3つには重要なヒントが隠れています。

    1月に新年会を開催しましたが、その場所では夢や希望がキラキラと舞い上がる中での新年会となりました。 お互い知らない者同士だったはずなのに、ちょっと話をしたら打ち解けてメルアド交換をしたり~意気投合してしていました。

    霊視カウンセリング山崎へ来たことがあると言う共通点はあるけれど、それ以外は職業も年齢も立場や状況など全てバラバラなのに、不思議と気が合うと言うのは目に見えない「共通した部分」と言うのがあるからです。

    それがあるからこそ自然に話ができたり打ち解けたりできるのであって、普通は知らない人がいきなり打ち解けるのは無理です。

    目に見えない共通した部分とは表現が難しいのですが、少なくとも私は「否定せずにバカみたいなことを言い続ける」と言うのを実践しています。 私のところへお越しになったお客様の夢や希望についても、私は否定ではなく肯定するところから入ります。

    全くのゼロならば無理ですが、夢や希望が少しでも叶う未来があるのなら「否定しない」と言うのが当たり前です。 叶うかどうか分からないと言う場合でも、「可能性がゼロじゃない」と言うことが基本なので、叶わないことが100%じゃないのであれば否定しないことです。

    「バカみたいなこと」と言うのも、バカみたいに大きな夢を持つのは大切です。 夢と言うのは自由に描けるからこそ夢であり、自由に書いていいのであれば大きく描くべきなんです。 夢を描く見本としてですが、私のHPの管理をしてくれているフォアサイトは小さくても立派なIT企業です。

    私はフォアサイトの社長に「未来のソフトバンクや楽天」になって「東京へビルを持つようになって下さい」と話しますが、これを「バカみたいなことを言うな」と否定する方が間違っています。 何がキッカケで会社が大きくなるか分からないのに、「無理だ」と否定する方があきらかに間違っています。

    日本一のお金持ちと言っても過言ではない孫正義氏がソフトバンクを立ち上げた時には、孫さん以外はアルバイト社員が2名の合計3名でのスタートでした。 ココまでは知っている人が多いと思いますが、この話には続きがあります。

    ソフトバンクが1981年にたった3人でスタートしたと言うのは嘘ではなく、朝礼で孫さんはミカン箱の上に立って夢を語っていました。 その夢とは10年以内にソフトバンクを、「1兆円とか2兆円規模の売り上げのある会社にする!」と言う話でした。

    設立したばかりの小さな会社なのに余りにも大きな夢を言うので、孫さんから毎日のように聞かされた2名の社員は不安になって、「うちの社長はおかしいんじゃないのか?」とすぐに退社してしまいました。

    つまり、ソフトバンクは実質的には孫さん一人でスタートしたと言うのが正解です。 たった一人でスタートした会社が30年後の2010年には社員数が2万人(連結)を超える大会社になり、バカみたいなことを言い続けた結果が日本有数の大企業になったのです。

    一度や二度ではなく「言い続ける」のが大事なんですが、孫さんはバカみたいに大きな夢を語り続けたのですが、孫さんの中では夢ではなく実現することとして処理されていたのです。

    「否定せずにバカみたいなことを言い続ける」と言うのが、夢を叶えるには如何に大切なことで近道かを知って頂きたいと思います。

    私は東京へ事務所を出して予約が1年待ちになって~毎月100万円とか200万円寄付するようになって、江原啓之さん~鏡リュウジさん~細木先生~銀座の母のようになって、福山雅治さんや天海祐希さんと知り合いになってなどと言い続けていますが、これこそ「バカみたいなこと」の典型的な見本です。 (笑)

    バカみたいなことを言い続けるのは、本当はワクワクするような楽しいことです。

    あなたは夢を、簡単にあきらめていませんか?

    ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

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