徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    会えない時間。

    霊視カウンセリングをしていると、どうしても恋愛相談が多くなります。 「彼が私のことをどう思っているのかな?」とか「彼は何を考えているのかな?」など、人は相手の心が見えないからこそ知りたい欲求が出てきます。

    相手の行動や考え方が見えない時には、見えない領域が多い時ほど知りたい領域も増えていきます。 しかし、その先にある真実と言うのは知ってイイ場合もあるし、知らない方がイイ場合もあります。 真実と言うのは時には残酷であり、時には思いがけない優しい顔を覗かせるのです。

    ある時にクリスマスもお正月もいきなり彼に予定をドタキャンされたCさんと言う女性が、彼が浮気をしているんじゃないかと言う御相談でお越しになりました。

    彼であるHさんとは付き合って5年になるのですが、いつも几帳面で約束を破ったこともないし予定変更もしたことが無いくらいキッチリとした男性なのですが、どうも最近は約束してもうわの空だったり予定変更することが多くなりました。

    今までそんなことは一度も無かったのに、Hさんの態度が急に変ったからCさんは他に女性ができたんじゃないのかと心配しているようです。

    私はいつものようにHさんがどうしているのかなと日常の風景を視てみると、確かに女性の影があります。 しかし、そのうちひとつはお母さんのような年齢の女性ですし、もうひとりの女性は妹さんみたいです。 アト視えるのは病院での看護師さんとの会話とか~会社で関わる同僚との会話など、別に怪しいと言うほどではありません。

    私はCさんに「別に疑うほどではないし、女性の影があると言えばありますが、病院とか会社内での業務上での付き合いのようですよ。」とお伝えしました。 するとCさんは、「それが、怪しいんです。 彼は健康そのもので、今まで風邪ひとつ引かないのに病院へ行くなんて、看護師さんと付き合っているんじゃないかと思うんです。」

    私は少し気に掛かる点はありましたが、それは今回の件とは関係ないので言わずに黙っていました。 それ以外の視えたことはCさんにお伝えしたのですが、黒じゃないけど白でもないと言うグレー状態のままでお帰りになりました。

    そのまま月日が流れて8ヶ月くらい経った頃でしょうか、再びCさんがやってきてHさんと半年も連絡が取れないと言う御相談でした。 あれからしばらくして彼と喧嘩になって、それ以降は全然連絡が無いと言うことでした。

    喧嘩の原因はHさんより電話で「俺も忙しいから、そんなに度々会えない。」と言ってきたので、取りあえず「会って話がしたい」と言って会ったそうです。

    そこで言い合いになってHさんより「そんなに言うなら、別の人と付き合ってもいいよ。 俺もオマエと長いから、そろそろ別の人と付き合ってもいいかなぁ~と思っていたんだ。」 この喧嘩を最後にCさんは彼と一切連絡が取れないし、Hさんはまもなく会社も辞めているので行方がわからないのです。

    Cさんは真面目で誠実なHさんが急に変わってしまったので、あの優しい彼はどこへ行ったのかと涙に暮れる日々だったようです。

    私はCさんに本当のことは言いづらかったのですが、お二人の間にある誤解は解く必要があると思いました。 私がCさんにお伝えしたのは、Hさんの家族にお付き合いしている事実を伝えてHさんの居場所を聞いた方がイイとお話しました。

    その為に多少演技が必要ですが、「私は彼と結婚の約束をしているんです。」と、嘘じゃないけど大げさにしてもらったのです。 そうすればHさんの家族はCさんに本当のことを教えるはず、そう言う確信が私にはありました。

    渋っていたCさんですが恐る恐る実行することで、ようやくCさんはHさんのいる場所に辿り着くことができたのです。 果たして、Hさんはどこへいたのか…?

    あの真面目で優しかったHさんがいたのは、とある海岸沿いのホスピスでした。

    半年振りに会う彼は痩せていて元気もなく、ベッドの上から静かに海を眺めていました。 実はHさんは癌が発見されて余命宣告をされてしまい、治療など手を尽くそうと思っても無理でした。 このまま死んでいくのかと絶望していたのですが、冷静になったHさんは治らない以上はCさんを悲しませないようにと考えたらしいのです。

    Hさんが急にCさんへ辛く当たり始めたり~デートのドタキャンや他に男を作れなど、ヒドイことを繰り返していたのはCさんの未来を考えての行動でした。

    自分の短い命のことよりもCさんの長い未来を考えて、自分のことを嫌いになるように仕向けていたのです。 HさんがしたことはCさんにとっても辛いことだけどHさん自身にとっても辛いことであり、本当の優しさと言うのは辛さの裏に隠れているのかもしれません。

    CさんはHさんに「何で黙っていたの…。 私があなたを嫌いになれるはず無い、あなたひとりで苦しまなくても…。」 Cさんは彼に会えた嬉しさと、彼の想いに気付かなかった自分のおろかさに涙がこぼれていました。 お互いの思いやりから生まれた誤解が解けたCさんは、残された時間を共に過ごそうと決めたようです。

    本当の恋と言うのは、会えない時間が多いほど~会いたい時間が増えていくものなのです。

    あなたは心が焼け付くような、会えない時間を過ごしたことがありますか?

    v(≧∇≦)v そうやね~?



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は4日(水)より再開します。 いつもブログをお読みいただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    今すぐ。

    人生が上手く行くかどうかは日頃の行いに掛かっているのですが、日頃の行いと言っても大げさなことではありません。 人がされて嫌だと思うことをしないだけでも相当違うのですが、それがよくわからなければ自分がされて嫌なことはしないと誓うだけでも効果があります。

    人は知らない間に誰かに嫌がらせや意地悪をしていることがあるのですが、そのしていることを悪いと思わない感覚の鈍さが不運を招き寄せるのです。

    立派な理念を掲げていた会社が次々と赤字を計上していく様は、見ていて気持ちの良いものではありません。 製造や販売を例にとっても、工場ラインを止めてしまうとか出店計画の取りやめ、更にはリストラや閉店など明らかに下降気味の状態が目立ちます。

    本当に掲げていた理念どおりにしていたなら、運命が見放すわけがありません。

    何かが起こる人や会社、これは自分がしたことが自分に返ってきているだけで、不運な状態の説明はいとも簡単に付きます。 アレヤコレヤと言い訳するヒマがあるなら、まずは自分のしてきたことの重みを振り返ることも必要です。

    景気が悪いから給料を下げるとか物が売れないからリストラするなど、こんなことを言う経営者がいたなら今まで経営できていた方が不思議です。

    何故なら、以上のようなセリフは「お金を使ったら、お金が無くなった」と言っているのと同じだからです。 人生に起こることは全て自分が最初のきっかけを作っているのですが、それが最初は小さい波紋だから大きく広がった時には自分がしたことだとは気付かないのです。

    あなたがレストランに入って「カレーライスをください」とオーダーしたなら、あなたの目の前にはカレーライスが運ばれてきます。 そして食べることができるのですが、これはあなたが「カレーライス」とオーダーしたからであり、念じることで叶うとか~偶然に運ばれてきたわけではありません。

    このように自分が口に出して行動したら~目の前に実現したと言う流れを、人は人生において延々と繰り返しているのです。

    マイナスの言葉を口にする人は、マイナスのことばかりの人生になります。
    プラスの言葉を口にする人は、プラスのことばかりの人生になります。

    言葉と言うのは大切にしないといけないのですが、自分が良い思いをしていると言葉の使い方が乱雑になってきます。 自分が幸せな時に周りに目を配り自分の幸せをお裾分けしている人は、更なる幸せが知らない間に自分の元へ集まるようになります。

    人の運命や習慣や性格などは、変えようとする姿勢があればいくらでも変えることが出来ます。

    例えば、仕事が嫌だという人は、仕事以外でも嫌と言う言葉を使っていると思います。 ひとつのことにだけ嫌と言う言葉を使い、それ以外では嫌と言わないような切り替えは人には無理です。

    常日頃から言葉使いは丁寧にしておかないと、イザと言う時に丁寧な言葉が使えずに露呈してしまうことも多々あります。

    日頃の行いがモノを言うのは、自分が動いた時に周りの後押しとも言うべきラッキーな出来事が起こるかどうかなのです。 同じことをしてもなんとなくツイている人と何故か悪いことばかり起こる人では、同じことをしていても時間や労力などにおいて相当な違いができてきます。

    人が生きている時間は有限なので、自分が生きている証が欲しければ動くのは今です。

    何かを成し遂げる人と言うのは、物事を思いついたり~自分の夢が見えてきた時に、「よし、明日からするぞ~!」と思うことはありません。 残念ながら、「明日からするぞ~!」と言う人の成功確率はゼロとは言いませんが、かなり低いと言わざるを得ません。

    成功への道をひたすら歩ける人は、「今すぐにやるぞ~!」と言う人のことなんです。

    基本的に人が嫌だと思うことをせずに、今すぐに何でも思いついたらやる。 コレを繰り返していたら失敗しようとしても、失敗する方が難しいと思います。 今すぐにやる癖を身につけていると考えるヒマがないので、考えるよりも先に体が動き始めたら止まらなくなります。

    一生懸命やる人は、必ず周りに風を起こして感動を引き起こします。

    あなたは前向きな言葉と共に、今すぐ動くことができますか?

    ( ・・)//XXXXXC(°°;)/ びよ~ん

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    ホテルについて。

    おはようございます。 今日は雨ですが素敵なお客様の心は、晴れ晴れとした青空のように澄み渡っていると思います。

    今週は金曜日の午前中に事務所を出発するのですが、東京などの出張をするようになってホテルの利用が飛躍的に増えました。 建設現場時代は飯場に寝泊りしていたので、キレイさや便利さは比較にならないほどです。 (苦笑)

    このホテルとは主に短期滞在の旅行者やビジネス出張などの為の宿泊施設で、法的には旅館業法のホテル営業や旅館営業に当たります。 旅館業法のホテル営業とは客室の形式が洋式の宿泊施設でベッドを備えた洋室が基本となるのですが、名称制限がないので法律上は旅館営業や簡易宿所営業でもホテルと名乗ることができます。

    ホテルの始まりを歴史的に言うと、植民地に植民地ホテルが作られて寝泊りしていたのが始まりのようです。 そしてホテルの形態も現代では多様化していて、ビジネスやシティなどの分類に基準があるわけではなく概念はあいまいなものです。

    シティホテルとは都市の繁華街に立地する大型ホテルを言い、いわゆる有名一流ホテルと称するのはこれに入るのですがシティホテルは和製英語です。 投資コストは高いけれど集客力も高く、客室以外の宴会場やレストラン~プール~スポーツジムなどのテナントを入れて、結婚式やディナーショーや講演会などのイベントや法事にも対応できます。

    ビジネスホテルとは都市の繁華街に立地して、主に業務出張客の宿泊を想定した比較的小型で低料金のホテルです。 日本におけるビジネスホテルを最初に始めたのは、ホテル法華クラブチェーンで大正9年9月12日に創業しました。

    高級ビジネスホテルとは一泊料金は概ねシティホテルの価格より下で、大都市部に立地して築年数が経過していないホテルを言います。 東京など大都市圏ではビジネスホテルよりも7千円~1万円程度の高級ビジネスホテルが近年は増加しています。 なお、シティホテルとの違いはベルボーイやドアマンがいるかいないか、もしくは結婚式場やチャペルがあるかどうか程度の差になりつつあります。

    駆け足でモーテルですが、元々の意味はアメリカのような車や道路網が発達した広大な国を車で旅行をする人を想定して設置されたセルフサービスのホテルを言い、車を止めて短い距離で客室にアクセスできる構造になっているのが特徴です。

    観光ホテルやリゾートホテルは観光地や温泉などのリゾート地に立地する宿泊施設で、旅行者が主な宿泊客となります。 通常のホテルにも設置される施設以外にも、より観光客向けのプールやプライベートビーチやテニスコートやカジノなど多くの付帯施設があります。

    なお、カプセルホテルに関しては簡易ベッドが提供されている宿泊施設で、日本独自の形態のホテルです。

    さて、ホテルの経営は所有者などの組み合わせによっていくつかに区別され、直営とは自社でホテルの土地建物を所有して自ら経営&運営にあたる方式です。 リースとは土地建物のオーナーからホテル運営企業がホテルを借りて経営する方式で、オーナーが建物を骨組みだけの状態で貸す場合と内装や設備まで込みで貸す場合とに分かれます。

    委託とは土地建物を所有しホテルを経営するオーナーが、運営についてホテル運営企業と管理運営委託契約を締結して運営を委託する方式です。

    ホテル運営企業は総支配人などのホテル幹部の派遣、ブランド使用権や運営ノウハウの提供などチェーンブランドを利用した販売促進などを行い、それに対してオーナーは運営委託料を支払います。 (フランチャイズ系列はネズミ講やマルチみたいなので、ココでは省きます。)

    肝心の収益ですが、ホテルの収益構造はホテルの立地や形態によって大きく変わりますが、概ね分類すると次のようになります。 (主な収益部門は3つで、宿泊部門~レストラン部門~宴会部門となります。)

    宿泊部門はホテルの基本となる部門で、ホテルである以上は全てに存在します。 客室清掃やフロントなどの仕事はパートやアルバイトを利用することができますし、繁閑に合わせて人員数の調整やアメニティグッズの調達をすることができるので、運営だけなら経費を抑えることができます。

    その為、宿泊部門の利益率(一般企業で言う営業利益)は60%を上回ることも可能で、最近は清掃業務などのアウトソーシングも自前で会社を設立して儲けているホテルもあります。

    しかし、レストラン部門の利益率はかなり低くなり20%程度が多く、レストラン設置には面積は必要ありませんが、運営に関しては固定人件費や食材など経費は高くなるので、最近では外部のレストランをテナントとしていれる方が有利と言われています。 (宴会部門は予約が事前に確定するので受注に応じて対応できる為、レストラン部門より高い利益率が可能です。)

    近年の東京都内を例に取ると2008年度だけでも2915もの部屋が増えているので、お客様の取り合いは当分続きそうです。 しかもホテルに関して言うならば人気があるとか利用率が高いなど上位を独占しているのは外資系ホテルなので、ホテルに関して言うなら日本企業は太刀打ちできていません。

    最近の傾向で言うと、東京都内のシティホテルなどでは顧客獲得の為に値引率70%など、とにかく一度宿泊させようと言う作戦に出ています。

    あなたは超高級ホテルに、泊まってみたいと思いますか?

    (=´∇`=) ニャン♪

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    アーティスト。

    おはようございます。 1月は行く~2月は逃げると言われるように、早くも最終週となりました。 まもなく3月なので春の訪れも近いと思いますが、デパートなどは顧客獲得のテナント入れ替えに、どんなお店を呼んでくればいいのか頭を悩ませていると思います。

    もしも私がテナント事業部(SC事業部)にいたと仮定したら、この春には「スティックスイーツファクトリー」というお店を呼んでくると思います。 ケーキをスティック状にして出すカフェで、ユニークさもありカップルだけではなくファミリーにも受けると思います。

    さて、人は見せかけの損得勘定で大切なモノを失ってしまうことがあるのですが、それを見極めるにはきちんとした公平な目を持つことが重要です。 人の評判や人の評価を信用してしまい、自分の目で確かめると言う作業を怠ると周りの評価を鵜呑みにしてしまいがちです。

    人間である以上は猫の首に鈴を付けるようなことは嫌だと思いますが、リスク回避をしているようではハイリターンが望めないのも真実なんです。

    人は夢を持たないとお金だけでは生きていけないのですが、自分の心を大切にすると言うのは何を持って大切にするのかが、あなたの運命を左右するのです。 アレがやりたいとかコレをしてみたいなど、夢と言っても職業や環境など色々な立場の人が色々な状態で思い描いているのです。

    しかし、途中で止めてしまうことが一番の無駄になります。

    成功と言うのは失敗したままで終わらせずに続けていれば、少なくとも失敗ではなく途中経過と言うことになります。 続けると言うのは一種の執念とも言えるのですが、執念と呼ばれるほど夢と向き合っていれば、叶わないことなんてホンのごく僅かでしかありえないのです。

    運も実力のうちと言いますが、実力がなければ運が来ても活かせないから無駄のままで終わるのです。 よくあることですが、誰かがチャレンジする時には馬鹿にしたり貶したりするのに、成功したら擦り寄るどころか~悪く言い始めるなんて言うのは、心が不幸になっている証拠です。

    成功した人は目に見えない努力をしていたり~人が休んでいる時に行動しているなど、同じ時間を過ごす中でもあきらめずにやり続けている事実があるのです。

    未来と言うのは実現するまでは容易なことではありませんが、実現した時の「何か」は掛け替えのないくらいあなたの五感を刺激するのです。 そして何より、自分の心の中にある「何か」が思い通りになって永遠に成果として残るようであれば、その満足感や達成感は想像できないくらい素晴らしいものとなるのです。

    人に迷惑を掛けるような行動ではハタ迷惑なだけですが、自分がやって自分が責任をとるのであればチャレンジは必要だと思うのです。

    その成功確率と言うのは自分の為だけで、邪道なことばかりしていると残念ながら難しいです。

    しかし、周りの人が喜ぶとか助かるなどに加えて正しい道を歩いているのであれば、運命はあなたの後押しを必ずしてくれるはずです。 関係ないように見えても、誰かを喜ばせて夢を叶える場合と誰かを泣かせて夢を叶える場合では、自分が気付かないところで払いきれないお釣りがきてしまうのです。

    今は不景気と言われていますが、それでも忙しくて仕方がない企業やお店はあります。 何故?ヒマなところと忙しいところの差が出てくるのかと言えば、正しい道を歩いていないから運命の後押しも途中で終わってしまうのです。

    お店を出す場合を考えてみても、大企業が次々と店舗閉鎖など撤退している飲食業界を、単なる個人が小回りを利かせて上手く行っているのは面白い現象です。 昔なら分かりませんが、多種多様な業態が次々とできる現状では大手でも個人に負けてしまうのは可能なことです。

    落ち目の状態だからと言って、いつまでも落ち目かどうかは分かりません。

    同じように大手だからと言って、いつまでも安泰で殿様商売ができるかどうかは別なんです。 確かに「何もかも揃った状態」で商売や経営をできる人と言うのは、運がソコソコあると言ってイイと思います。 2代目や3代目でも、その状態に生まれることができたと言うだけで、少なくとも運が悪いとは言えません。

    しかし、「本物」と言うのは何もない瀕死の状態から、V字回復させる才能や運がある人のことを言います。

    頭は使いようと言う言葉があるように、アイディアと言うのはタダで手に入れることができる無限の宝に等しいです。 見せ掛けに惑わされないでいれば、大手と言うのは単なる物流に過ぎません。

    どんなに大きなメーカーであっても、アイディアを発注して~それに伴う試作品を発注して~更に量産の為の部品を発注して、最後に組み立てだけして自社製品として発表するのがメーカーです。

    それに比べると、いくら小さくても失敗を恐れずにチャレンジし続けると言うのは、「素晴らしいアーティスト」だと思うのです。 リスクを覚悟の上で恐れない素敵なお客様が、輝けるアーティストとして押しも押されぬ一流として君臨するのは嬉しい出来事です。

    あなたはアーティストとして、人生を歩んで行きたいと思いませんか?

    (@^∇^@) わぁーい

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    後悔のない人生。

    おはようございます。 今日は土曜日なので、週末をゆっくりと過ごしている人も多いと思います。 週明けのお仕事の為にも、リラックスなど休養は必要です。

    私は年中無休でしてはいますが、休まないことが美徳と思っているわけではありません。 人間は機械ではないのだから壊れたら部品交換と言うわけには行かないし、休むことで精神や肉体のリフレッシュができることもあります。 そうなればまたやる気が湧き上がってくるでしょうし、新たな考えもできて色々なことに目が向くと思います。

    では、何故年中無休で私が営業しているのかと言えば、素敵なお客様にお会いできる毎日が楽しいから休むなんてもったいないので、やらされているのではなく自分からしているのです。

    コレは仕方がない面もあるのですが、私は霊視カウンセラーになる前にはほとんど人と話ができない状態でした。 自閉症で対人恐怖症で知恵遅れと言われていた過去において、いじめの対象にこそなっても友人はひとりもできなくて当然です。

    以前の私が一番欲しかったモノとは今だから気付くのですが、お金でも車でも家でもありません。 一番欲しかったモノとは「理解者」で、私の話していることを認めてくれるとか~理解して呼応してくれると言うのが、私の人生において一番大きなことだったのです。

    鑑定と鑑定の合間の休憩時間や出張鑑定の時にひとりでボォ~としている時間に、昔のことを思い出して涙が出そうになることもあります。 それは後悔の涙でもあり「何故、早く霊視カウンセラーにならなかったのか?」と言う、自責の念に駆られて焦る気持ちが沸き起こるのです。

    早く動いていればその分もっと違った人生が有ったのではないかと言う気持ちで一杯になり、怠けている時間がもったいないから早くしなければと焦る気持ちが止められなくなります。

    今までの私は間違った旅をしていたのかもしれないし、いじめなどは人生経験として必要な旅だったのかもしれないけれど、取り戻せない時間と後悔は私の心の中に常にあります。 更にはボランティアや寄付をすればするほど、世界の現状や足りていないモノが判明してくるので心苦しくなってきます。

    この息苦しさや心苦しさを跳ね除けるには、自分で自分を納得させるだけのことをしていかないと無理なんです。 自分で「もう少しやれた」とか「怠け心が出たな」と言うのを知っている自分を見ていながら、「精一杯やった」と自分に嘘を付いて生きているのは耐えられないです。

    人の運と言うのは天運と人運の二つ、言い換えるならば宿命と運命の二つがあります。 コレは変えられるものと変えられないものと言ってもいいのですが、天に逆らっても無駄な抵抗で終わります。 時間は遡れないし~起きてしまったことは元へ戻せないから、未来でどうかと言うことに向けて今を生きるしか人の運命は変えられないのです。

    宿命は変えられないけれど運命はいくらでも変えられる、だけど変えようとしない人には無理なままで、変えようとする人には人生はいくらでも楽しい道が用意されています。

    人には向き不向きがありますが、向いていると感じたならしなければなりません。 また後ですればイイヤと言うのは、今しなくても我慢できると言うレベルだから本当にしたいことではありません。

    「できなかった」のではなく「しなかった」と言うのは、嘘や後悔しか生まないのです。

    何をしていいのか分からない時や、どう動いていいのか判断に迷ったなら「愚痴を言わない」とか「不平不満を言わない」 コレだけでもいいから試してみると人生が少し変わり始めます。

    愚痴や不平不満を言ってはいけないとモノの本にはよく書いてありますが、どうしていけないのかがイマイチ解説できていない本もあります。 人はたまには愚痴りたくなるし、悪口を言うことでストレスを発散できることだってあると思います。

    それでも「悪口や不平不満を言ってはいけない」と言うのは、相手と同じ位置に立つことを拒否しないと巻き込まれる現実があるからです。

    悪口を言われたらムッと来たり怒ったりしたくなるけれど、それは相手と同じ位置に立っているから相手にしたくなるだけです。 考え方のレベルが違ってくると、それすら浄化できて精神を平穏に保てるようになってきます。 子供同士の喧嘩を本気で止めなくてもいつの間にか仲直りしているし、子犬同士が噛み合っているのもじゃれているだけです。

    それを大人同士の争いにも当てはめると、「馬鹿なことに首を突っ込まない」と言う原理原則が出来上がります。 そうなるともう運が良い人の仲間入りで、「金持ち喧嘩せず」と言う諺通りの行動が取れるようになるのです。

    あなたは後悔のない人生を、思い切り生きていますか?

    ( ;; ̄3 ̄) ドウカナァ~?



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は24日(火)より再開いたします。 いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    期待。

    今の自分が関わるべきことの大切さを見分ける力が、自分の運命を分けてしまうことに人はナカナカ気付けません。 コレは私以外ではできないとか~コレは私がやるべきことなどのように、自分が本来やるべきことを見失ってはできるものもできなくなってしまいます。

    人は誰でも他人の目が気になるのモノですが、人の目を気にしていてはできないことが世の中にはたくさんあります。

    世間では師匠と呼ばれる立場の人を心に持っていれば、いざと言う時に迷える道からゴールへたどり着けることがよくあります。 相手にとって自分がメンターであり、自分にとって相手がメンターなど、お互いがそういう立場になることもあります。

    仕方が無いことですが他人の目を意識し始めると、自分の力が出せなくなることもよくあります。

    そういう時に一言アドバイスがあれば、後ろ向きな自分から前向きな自分へと変えることが出来ます。 夢は語り合う人がいれば叶いやすくなるのですが、それは怠ける自分を抑制したり~休みたい時に気持ちを入れ替えることができるからです。

    自分で自分に厳しく出来ればいいのですが、それは人間である以上は無理です。 筋肉でも最大で50%までしか力は出せませんし、脳でも30%以下の使用量です。 そうやって体の組織を壊さないように、人は自動的にセーブする自己保全の状態を身に付けています。

    では、どうやればハードルを上げてそれに立ち向かえるのかと言えば、そこでメンターと呼ばれる人の出番です。 いざ自分が怠けようとか休もうとしている時に、それを抑制してくれたなら更なる上のレベルに到達できます。

    私は人の能力に向き不向きはあるけれど限界と言うのはないと考えていますが、限界とは周りの人が寄ってたかって作り上げるものです。 余計なことを言わなければ素晴らしい才能が開花するのに、邪魔ばかりする人がいると残念な結果に終わってしまいます。

    夢を追いかける重要性や必要とされる立場になって満足感や充実感を得ることにより、達成感が生まれてくるのを邪魔しないことです。 仕事上でも上司の頭が固いと部下は苦労するのですが、前例がないとか実績がないから無理だとか、頭が固い人は保身ばかり考えてチャレンジする楽しさを忘れているのです。

    最初は誰でも実績がないけれど、頭の中にある何かを生み出す力は無限にあるのです。

    私は知恵遅れとか馬鹿だとか言われ続けて期待も何もされていませんでしたし、「山崎なんかにできるはずがない。」と言う前提で、誰も私の言葉に耳を傾ける人はいませんでした。 しかし、紆余曲折を得た今の私を見てそんなことを言う人はいませんから、あきらめなくて良かったとしみじみ思うのです。

    上司や社長と呼ばれる人たちは、自由にやらせるという人間的な大きさを見せていただきたいと思うのです。

    よく考えてみて欲しいのですが、前例がないと言うことは新たな発見ができるということで、実績がないと言うことはコレからが期待できるということ、そういう頭の柔軟性さえあるならば可能性は無限なんです。

    人が才能に比例するほど素晴らしい仕事ができないのは、そのように期待されていないから力が発揮できないのです。

    できないという前提で仕事に入る人は、能力以下の力しか発揮できません。
    できるという前提で仕事に入る人は、能力以上の力を発揮できます。

    今の日本は不景気風が吹いていますが、コレこそが前例がないとか実績がないと言い続けたツケが回ってきているのです。

    そろそろ本当の胸のうちを吐露してもいいと思うのですが、上司やリーダーや社長などと呼ばれる立場の人が規制をかけて何事もやらせない方向へ持っていくのは、実は自分に無い能力を発揮されることに嫉妬しているからです。

    自分に出来ないことを部下にされるのは腹が立つ、こんな考えでいるからいつまで経っても発展できないし従業員を解雇するような事態になるのです。 強い人とは「成功は周りのおかげ」で「失敗は自分のせい」と認める人のことであり、今の日本の経営者とは大違いだと思います。

    あなたは自分の可能性を、むげに封印していませんか?

    どうもです (' - ' *)ゞカキカキ

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    人生の休憩。

    休憩するのは精神的にも肉体的にもいいことなんですが、人生まで休憩してしまうと生きている張り合いや意味が無くなってしまうかもしれません。 楽しいことやワクワクすることが人生には必要なんですが、それをモノやお金に換算してしまうと途端につまらなくなるのです。

    人生の休憩とは生き方が反れたりズレることも含まれますので、お金を例にとってもよくわかります。 お金を儲けることは決して悪いことではありませんが、それの使い方に問題がある人は不幸せになってしまうと思います。

    イチイチ説明しなくても本来は分からないといけないことなのですが、お坊さん~つまり僧侶がベンツに乗って何が悪いと開き直るのなんてとんでもないことで、人に道を説くような人がベンツに乗っていいわけがありません。 コレを言うと「どうして僧侶や占い師が贅沢して悪いのか?」と、反論される方が多いのには驚いてしまいます。

    人々の悩みを聞いてお答えする立場にある人が贅沢していては、本当に困っている人の気持ちなどわかるはずがありません。 水が無くて喉が渇いて死にそうになったら水のありがたみが分かるのと同じで、贅沢に慣れてしまうと困っている人の気持ちがわからなくなります。

    普段から質素に倹約しながら過ごしているからこそ、お金や物や食べ物などのありがたみに心の底から気付けるのです。

    よくあることですが、占い師さんでも贅沢し始めると当たらなくなったり~お坊さんでも欲に目が行くと適当なことを言い始めたりと変化します。 コレは何の職業でも同じですがアロマの先生が家を建てたら急にオーラや雰囲気が変わったり、極めつけは占い師本人や御家族が病気で倒れたりなんてこともあるのです。

    人生を休憩すると言うのは二つの意味があり、ひとつ目はまさに「欲の塊」のことを言うのです。

    何の職業でも最初は「お客様の為に!」と言うのですが、それがドンドンと欲の方に走り始めます。 例えばアロマテラピーでも、最初は丁寧に教えたり~キチンとしたアロマテラピーだったのに、欲が出ると時間制限を始めたり料金を上げたりオイルの中身を替えたりと儲けに走り始めるのです。

    家を建てたり~車を買ったりと生活レベルを上げてしまうと、今までと同じようにできなくなるのが人間の欲の部分なのです。 残念ながら周りに注意してくれる人がいなくなる~社長とか先生などと呼ばれる人は特にそうなのですが、自分の立場の変化を受け止めきれずに図に乗ってしまうのです。

    私は自分の立場として思うのは、「立って半畳、寝て一畳」と言う考えです。

    私は家を建てようとか良いマンションに住みたいと言う気持ちは無いので、普通に生活できればどこでもいいと思っているのです。 事務所などの必要経費以外は寄付にしておけば、誰かの役に立つから私が持っておくよりも相当いいと思うのです。

    自堕落的な生き方だった私でも、誰かの役に立っているかと思えばワクワクしてきます。 それに素敵なお客様と一期一会の機会を持てるなんて、人生を休憩しているヒマなんか無いくらい充実しています。

    そして人生の休憩のふたつ目の意味は「満足すること」で、自分の未来やしていることに満足してしまうと、もうソコから先への成長が望めないか~もしくは成長が鈍くなってくるのです。 私も自分が図に乗らないように、そして満足してコレでいいと思わないように、いつも自分に自問自答して心が落ち着いてしまうことを避けようと思っています。

    人はどうしても楽な方へ目が向いてしまうのですが、ここで困難な道を選んで苦労しておかないとお客様に顔向けできないと、自分の甘えを排除しようと心に誓っているのです。

    ゴールと言うのはスタートと同義語と言う考えで動いていると、一つの成功と言うのはあくまで到達点から通過点へと変貌していくのです。 通過点であれば改良や改善など次から次へと色々なことに目が向きますし、コレでいいとは考えなくなり「もっと何かできるはず…。」 こう思い始めたら自動的に前に進むようになってしまうのです。

    いつか見えてくるであろう夢のような日々の中でも、信じ続ける気持ちを疑ってはいけないのです。

    あなたの日々の中で身体や精神を休める為の休憩は必要ですが、人生そのものまで休憩してしまうとつまらない未来に自分から足を踏み入れてしまうのです。

    あなたは自分の人生を、休憩状態にしていませんか?

    (=^_^=) エヘッ!

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    天麩羅。

    私が小さい時に本を読んでいると、「アイスクリームの天ぷら」と言うのが出ていて、「面白いなぁ~!」と思いました。 しかし、当時の私は天麩羅と言っても家が貧乏だったので、写真や絵でしか見ることはできませんでした。

    天麩羅とは魚介類~野菜~山菜等に小麦粉に卵をあわせた衣をつけて、油で揚げた日本料理ですが、戦国時代の16世紀頃にキリスト教の宣教師達によって伝来されたと言われています。 宣教師達は水で溶いた小麦粉の衣で魚をまとい、熱い油で揚げて食べたとされています。

    当時は「南蛮焼き」と呼ばれていたのですが、当初伝えられた調理法は現代のフリッターの原型と思われます。 フリッターはふんわりした衣であるのに対して、天ぷらの衣はサクサクしているので別物です。 元々は外国から伝承されたかもしれませんが、日本料理としての天麩羅は日本独自の料理と言えます。

    江戸時代の天ぷらは屋台などで売られた庶民の手軽な食事だったのですが、それが江戸前は炒り胡麻油で~京都などは綿実油を使用して徐々に高級料理へと変貌して、料亭で出されるようになり現代のような高級料理になったのです。

    天麩羅の語源については諸説色々あるのですが、いずれも南蛮渡来の語としています。 おもに語形からの類推によって、ポルトガル語の「 temperar(調味料を加える)」とか「油を使用して硬くする」の意味があります。 ちなみに「天麩羅」とは後世の当て字であり、一説によると江戸時代の戯作者山東京伝の創出らしいです。

    当初の天麩羅とは海外から九州や沖縄方面に入ってきた油料理の総称でしたが、後には薩摩揚げ等の以前より日本にあった油料理も含めた名称となりました。 しかし江戸時代に入ると江戸では魚介類を原材料とした物のみを天麩羅と呼ぶ様になり、野菜類を揚げたものを「精進揚げ」として区別する様になります。

    また、衣に卵黄を多く使ったものを「金麩羅」、卵白を使ったものを「銀麩羅」と呼び分けられていました。 現在はすべて天ぷらと言う名称に変えられており、このような呼び方は現代では一部でのみ使用されています。

    そして細かく切り刻んだり~元から細かい野菜類や魚介類を、衣と混ぜ合わせて揚げたものを「掻き揚げ」と言い、青海苔を混ぜた衣を使ったもの~板海苔をタネに巻いたものや板海苔に衣を付けて揚げたものは「磯辺揚げ」と呼ばれます。 天麩羅の個別の呼び方としては、タネの食材名に「天」を付け足して海老天やナス天等と呼ばれます。

    天麩羅の代表的なタネとして、海老~イカ~茄子~ししとう~さつまいも~かぼちゃ等がありますが、特に種類は限定されず季節折々の食材を楽しむのが最大の醍醐味です。 ただし、肉類は基本的にタネとはならないようです。

    天麩羅は日本人にとっては立ち食いから高級料亭までと食べる機会が多く、非常に馴染み深い料理ですし、海外においても寿司やすきやきと並ぶ代表的な日本料理とされます。 サクっとした衣の食感と旬の食材を楽しむ料理で、和食の華の1つと位置付けられることが多く、単純な調理方法ながら料理人の技術が如実に味に表れる難しい料理のひとつです。

    技術が無い人がやると衣がモッタリした感じとなり、油が切れず非常に食感が悪い物が出来上がります。 また衣に華を咲かせると呼ばれる、衣を大きく見せてよりサクッとした食感にさせる技法があります。 麺類の種物等に使われるのですが、美しく見栄えのする華を咲かせるには熟練した技が必要になります。

    なお、天丼にする場合やかき揚げの場合は衣を厚めにして、タレが染み込むけれど崩れないように作られます。

    天麩羅を作るときのコツとして「よく冷やす&混ぜすぎない」と言われますが、これらはさくっとした食感には邪魔な小麦粉のグルテン生成を抑える為です。 グルテン生成の少ない古くなった小麦粉を使うことも有効な手段で、新品であればあるほど小麦粉は良質の天麩羅には向きません。

    また、揚げ油は天麩羅の香りを決定付ける重要な要素で、専門店等ではごま油や綿実油等を独自に配合して使っています。 高級店や産地では椿油を用いる場合もあるし、家庭ではサラダ油が用いられることが多いのですが、ここへ少量のごま油を足すだけで仕上がりは大幅に良くなります。 (一般に関東では香りの良い胡麻油、関西ではクセのない植物油を使う傾向が見られます。)

    なお、東京で老舗の天麩羅屋さんが「日本橋~銀座~新橋」に集中しているのは、築地から魚を運ぶのに鮮度が落ちない間に店に着けると言うのが一番の大きな理由です。 昔は冷凍技術や保存技術が無かったので、魚の鮮度が保たれるのは3里(約12キロ)までと言われていました。

    あなたは歴史を知ることで、天麩羅の味わいを深めてみたいと思いませんか?

    イラッシャーイ (°ー°)ゞ

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    危機回避。

    運が良いとは基本的に日常を普通に過ごしていくことであり、お金やモノで決まるのが幸せではありません。 危機的状況にならないと言うのもひとつの幸せであり、平穏無事に過ごせたらそれだけで幸せです。

    ただし、危機と言うのは回避できたらイイと思いがちですが、残念ながら時と場合により危機回避が悪い方向へ行く時もあります。

    本来ならば危機回避ができれば「あぁ~よかった」と安堵するところですが、それは頭で危機を理解しているだけで本当の痛みを感じていません。 そうなると危機回避できたことで現実の痛みがない為に、同じ過ちや同じことの繰り返しとなってしまう場合もあります。

    そのイイ例が借金問題で「親が子供に~子供が親に」のどちらでもいいのですが、代わりに支払うと言うのは一番最悪の解決方法です。 (注:御主人の借金を奥様が支払う、これも同じことです。)

    例えば、親が子供の借金を支払った場合は、確かに取り立ても利息の加算もありません。 親からすれば少しづつ返してくれたらイイと言う気持ちでしょうが、お金を使う時は自分で返済は親と言うのではありがたみも感じないのです。

    使う時は目の前にお金があるから実感がわきますが、返済は紙切れ一枚なので気持ち的には「あっ、そう。 ありがと。」 これくらいの感謝しかありません。 感謝も泣く痛みも感じないと言うことは、また次の借金を平気ですると言うことです。 何回借金しても反省せずに同じことを繰り返すのは、痛みを感じないのが一番の原因です。

    親としては子供に苦労をさせたくないと言う気持ちでしょうが、それをしてしまうと次は周りに迷惑をかけてしまいます。 仮に男性(息子)の場合であれば、奥様や彼女に多大なる迷惑をかけてしまいます。 つまり、最後に泣くのは親ではなく伴侶(奥様&彼女)や子供(孫)となるのです。

    安易な危機回避は傷口を大きくして、次々と負の連鎖を生み出してしまうのです。 その傷口は決して治らないまま、いつまでも周りに膿を出して迷惑をかけ続けるのです。 治療しようとしても本人は痛くないと言いますし、親も治すのを邪魔するから迷惑をかけていることすらわからなくなります。

    霊視で未来を視ることにより危機回避しても、それを実質的な痛みとして受け入れることができないのであれば、それは霊視をしない方が良かったと言う場合もあります。 それは恋愛と結婚に関する御相談の中でよくあるのですが、特によくあるのが結婚後の未来を視た時です。

    誰しも不幸になりたくて結婚する人はいませんから、最初は努力しようとか前向きにと言う気持ちになります。 しかし、結婚相手が自分のことだけ考えて、「浮気~借金~暴力~etc」となれば、「この結婚は間違いだったの?」と考え始めてもおかしくありません。

    私が霊視で未来を視る時は10~5~3年後と逆から視ることが多いのですが、結婚に関しては2~3年後から視ることがほとんどです。 なぜなら、結婚当初はラブラブで当たり前で、不協和音が始まるのは2~3年経ってからのことが多いからです。

    ただし、3年後に浮気しますとか3年後に暴力が始まりますなど、霊視で視たことは未来で起こるので今は注意できないのが残念です。 未来のことは今ではなくこれからなので努力次第で変わりますが、その変わる方向が良い方なのか悪い方なのかが問題です。

    仮に霊視で未来のことを知り結婚を取りやめたとしても、それは痛みを伴わないので「ある疑問」が必ず出てきます。 それは「もしも、結婚していたら…?」と言う、別れずに結婚していたらと言う心の不安が出てくるのです。

    「ひょっとして、別れなければ幸せな家庭になっていたかも知れない。」 こう考え始めるのは仕方がないのですが、結婚して痛い思いをしていたら「早く別れたい」と言う気持ちが一杯になり霊視の内容が正しいと理解できます。

    危機回避をするのは悪くはないのですが、回避できたら危機が起こらないと言うことにもなるので、「もしも…。」と言う気持ちになるのは防げません。

    できることなら痛い思いはして欲しくないのですが、痛い思いをしなければ理解できない時もあります。 私が結婚後のことを言った時にお勧めできない相手と結婚して、「今、幸せです。」と言った人はひとりもいません。 ほぼ、「結婚しなければよかった…。」と言う離婚に向けての御相談にお越しになります。

    危機回避と言うのは痛みが発生しない為に、「頭では分かっているけれど…。」と言う状態になりやすいのです。

    あなたは危機回避を、できた方がいいですか?

    ( ̄(エ) ̄)ゞ クマッタナー

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    生涯の宝物。

    運命や人生と言うのは自分に応じた人が近寄ってくるので、同じ運気やレベルの人が集まることが多くなります。 昔の私と違って今の私の周りには素敵なお客様ばかりお越し頂けるので、いつも心に感動を頂いております。

    素敵な人の実話には、心に感動を呼ぶ力があります。

    私がブログを更新することで素敵なあなたが人生を生きていく意味を探す時に、少しでもお役に立てるのなら嬉しいです。 今日の話は人生をかける恋愛とは、どんな相手が理想なのかのヒントになればと思います。

    ボランティア活動と言うのは恥じることではないし、誰かの役に立つ上に必要とされているのは素晴らしいことだと思います。 しかし、それを優先する余りに目の前にいる人の気持ちがわからないとすれ違うかもしれませんが、ボランティア精神を持っている男性とお付き合いしたら充実感や心に感動が残る素敵な恋ができると思います。

    東京出張の時にMさんと言う女性がお越しになったのは、遠距離恋愛を「待つか?別れるか?」と言う瀬戸際での恋の御相談でした。

    Mさんは遠距離恋愛中なのですが、Kさんと言うボランティアサークルで知り合った彼がいます。 Kさんは幼い時に親が亡くなったので身寄りがないこともあり、人の役に立ちたいという気持ちがものすごく強い好青年です。 親がいない寂しさがある分、海外の親がいないストリートチルドレンの親代わりになりたいと、Mさんによく話していたそうです。

    Mさんは、そんなKさんを素敵だと思っていましたが、本当に海外ボランティアに参加するとまでは思っていませんでした。 ところが付き合い始めて2年目の春にKさんより、「海外ボランティアに行くことにしたから。」とMさんは告げられました。

    Mさんは「なんで~? ボランティアなら、日本でもできるじゃない。」と引き止めたのですがKさんの意志は固いようです。 Mさんもボランティアサークルに入るくらいですからKさんの気持ちがわからないことも無いのですが、いざ自分が遠距離恋愛の立場になると嫌だという思いがでてきたのです。

    しかし、Kさんが決めたことだから3年間だけと言う約束で、Mさんは寂しい気持ちを押し殺してKさんを気持ちよく海外へ送り出したのです。

    ストリートチルドレンの親代わりになるボランティアと言うことは、日本の生活とは大違いの地域なので携帯やメールも自由に使えません。 通信手段としては唯一手紙があるのですが、これも度々書けるわけでもありません。 Kさんも忙しくて段々と手紙が減ってきたのは海外へ行ってから2年目の春、そういう状態にMさんは待つことができずに心が折れそうでしだ。

    そんな時にMさんの前に現れたのは、大学の先輩であるTさんです。 MさんはTさんに愚痴をこぼしたり相談に乗ってもらっているうちに、自然とKさんよりもTさんの方を意識し始めてしまいました。

    そしてクリスマスにMさんはTさんより「結婚を前提に付き合って欲しい」と言われて、海外にいるKさんを待つべきなのか~それともTさんの愛を受け入れるべきなのか、分からなくなって私のところへお越しになったのです。

    私はMさんに「今のままの未来を進むなら、あなたはTさんと結婚する未来です。 Tさんは悪い人じゃないから幸せな家庭になるでしょうし、あなたも寂しさから逃れられると思います。 でも、Kさんとの恋はあなたにとって生涯の宝物、手放すと後悔することになるかもしれません。 一時の寂しさと引き換えにするほど、簡単に手放せるものじゃないと思いますよ。」とお話したのです。

    それでもMさんは、「私、Tさんと結婚します。 Kさんが帰国したら、キチンと話そうと思います。」 私の話を聞いてもMさんは待たない未来を選んで、新たな未来へと踏み出すことにしたのです。 私はKさんとの未来を選んで欲しかったのですが強制できる立場ではないし、一度選んでしまうと運命の分かれ道は引き返せないのです。

    そしてKさんと別れたMさんはTさんと結婚して幸せな生活を送っていたのですが、1年が経過した頃にMさんへ海外より一通の手紙が届きました。 それは「Kさんが亡くなった」と言う知らせで、洪水で川に流された子供を救う為に飛び込んで一緒に流されてしまったそうです。

    それを読んだMさんは呆然となり、しばらくは何も考えられませんでした。 そしてKさんの遺品が日本に送られてきた時に、Mさんのことが書かれた日記が出てきました。

    その日記には、「M、待たせた俺が悪いんだよな。 オマエが別の奴と結婚するのも、俺がオマエを待たせたからしょうがないよな。 でも、俺と結婚するよりも幸せかもしれない。 いや、絶対俺よりも幸せになると思う。 だから、俺のことなんか早く忘れて幸せになって欲しい。 俺は子供達の笑顔を宝物として、過ごして行きたいと思う。」 このようにMさんへの想いが、次々と書いてあったそうです。

    日記を読み続けるうちにMさんは、Kさんの「こういう純粋で正義感が強いところ」に惹かれて付き合い始めたこと~こういうところを好きになった過去の想い、コレこそが「生涯の宝物」だったことに気が付いたのです。

    KさんはMさんが幸せになるなら結婚相手が自分じゃなくても仕方がない、それを遠く離れた異国の地で自分に言い聞かせていたのです。 KさんはMさんのことを本当に愛していたからこそ、Mさんが結婚しても幸せになることを切に願っていたのです。

    あなたは生涯の宝物、それが何なのかに気が付いていますか?

    (。>_<。) えーん

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    不況。

    不況~不況とマスコミは騒いでいるし、企業は決算が赤字~赤字で大変なように「100年に一度の危機」なんて言っています。 しかし、本当に危機なのかどうかは落ち着いてみればわかると思いますが、今の日本は不況と言うワリには食料や水の心配もしなくて済んでいる現状があります。

    小学校や中学校も存在しているし病院や公共機関も動いていますから、本当は困ったことにはなっていないのです。 今を困っているのではなく、見えない未来が不安だから困ったように感じるのです。

    ただ、時期が時期だけに日本だけが悠長にしていると世界各国から叩かれてしまうから、早めに借入金返済や連結赤字決算などを繰り上げて黒字決算ではなく、赤字決算にして対外的な計算を訴えているだけです。

    日本は1990年代のバブルのツケ、つまり失われた10年と言われる過去を乗り越えた経験があり、その経験値が財産としてあるので騒ぐほどの危機ではありません。

    こういう不況と言われる時こそ実力の差が出ると言われますが、実力もさることながら生き方や考え方の差も出てくると思うのです。 都会であろうと田舎であろうと、流行っているお店は流行っているし忙しい会社は忙しいままです。

    何でそういう差が出るのかと言えば、必要とされているかどうかに加えて~無くては困ると言う気持ちにさせるお店や会社が生き残っていると思うのです。

    そういうお店や会社がしていることは、「リスクがあるけれど誰もやったことがない」が基本です。

    未知の世界へ挑戦するのは、ものすごくワクワクしてくるほど楽しいことです。 何事もなく平々凡々に過ごしていくのは荒波もなく平和かもしれないけれど、本当にそれでいいのかと言われれば人の心はそうではありません。

    人はパン(お金)だけでは、生きていけません。
    人は夢(理想)だけでは、生きていけません。

    生きていくことが難しいと思うのは、理想とする生活を手に入れながら夢を追いかけたいと願うからです。 人間には2本の手しかありませんから千手観音様のようにいくつもいくつも荷物が持てるわけではないので、ひとつ何かを手に入れたいと思うのであればひとつ何かを離さなければ無理なんです。

    私はチャレンジ精神が大好きですが、人がやったことがないことを自分ならばできるなんてワクワクしてきます。 しかし、自分が先にすると言うことは失敗する確率も高いし、後からする人が要領よく成し遂げてしまうと悔しい思いをするかもしれません。

    それでも「アイディアを盗用する」とか「誘惑に負けた」 こういう悲しい瞬間よりもマシだと思います。 例えるならば、未来の予測ができていない社長が海外に大型車専用工場なんか作って工場のラインを止める、そんな愚行よりもずっとマシな行いだと思うのです。

    今までの日本は真似ればイイと言う繰り返しで来たから、不況の時に何をすればいいかと言う未来へ立ち向かう方法が分からないのです。 コレこそが不況に陥る正体であり、逆に言えば未知なる分野や製品と言うオリジナルなら、いくらでも不況は乗り越えられるのです。

    現在の自動車産業での生産台数の落ち込みは、自動車が売れないのではなく「欲しい車がない」と言うのが本当の理由です。

    強がらず正直に言えばいいのですが、自動車が売れないのは不況と言うよりも「欲しい車がない」のが真実で、「価格が200万円前後で家庭用コンセントで充電可能な4人乗り電気自動車」なら、生産が追いつかないくらい売れると思います。

    世の中には数多くの才能があり、素晴らしいアイディアも数多く存在しています。

    ところが残念なことに、それを認めたくないとか~認められないと言う人が上司や社長としてのさばっているから不況が脱出できないのです。 誰もやったことがないから人は志が高くなって心が燃えるのですが、「実績がない」と言う鶴の一声で却下しているようでは未来は暗いに決まっています。

    誰かがしたことをするのであれば安全ですが、模倣することで世界が良くなることはありえないのです。

    ノーベル賞を日本人が3人も受賞したとマスコミは騒いでいますが、日本人の底力と言うのは捨てたもんじゃありません、 しかし、受賞者が日本にいる時には誰も認めていなかったと言う事実が抜け落ちていて、受賞した方は日本ではなく海外で活躍しているからこそ受賞できたのであり、日本にいるなら認められずに生涯を終えていた可能性が大です。

    お金があれば給料や報酬と言う形で、人は今すぐに動いてくれます。

    しかし、夢や志と言う満足感や達成感の為なら、損得勘定抜きで動いてくれるのです。 そういう熱いものを失わずに未知の世界へ挑戦していれば、不況なんてドコ吹く風とばかりに乗り越えていけるのです。

    あなたは情熱と言うべき熱いモノが、いつまでも心の中にありますか?

    <(; ^ ー^) マイッタナァ~。



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は16日(月)より再開となります。 いつもブログをお読みいただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    心の闇。

    恋で悩む人の場合、通常は相手の行動や性格や言葉により悩むことが多いと思います。 それは心の問題であり、目に見えないからこそ余計に悩むのです。

    人には誰しも心の闇と言うものがあり、その闇の部分が善か悪かで未来の明るさも決まってくることがあります。 何故?人の心の闇における評価で自分の未来に影響があるのかと言えば、恋愛や結婚に関係してくるのは一緒にいることが人生の歩みともなりうるからです。

    コレはパートナー選びにも繋がるのですが、一緒にいて楽しい人や尊敬できる人と言うのはものすごい財産ですが、その逆の場合も負の財産としての意味で言えば強烈な未来になってきます。

    浮気や借金や暴力などダメ男君の代表みたいな人と一生を過ごしたら、間違いなく人生における時間の無駄はとてつもないことになります。

    表裏一体と言う言葉があるように、必ずしも見えている部分だけでの評価はできません。 しかし、自分が関わる上で間違えた時の痛手と言うのは、きちんとしておかないと取り返しが付かないかもしれません。

    例えば、普段は温厚でニコニコしている彼がいたとします。 出会った頃はあなたも彼も心がウキウキしているので、心の闇の部分が顔を見せることはありません。 しかし、気付かないだけで、本当は彼の中にとんでもない心の闇が隠れていることがあるかもしれません。

    一番分かりやすいのは酔った時で、闇の部分が素顔をかいま見せます。 霊視で視ればすぐに分かりますが、一般的に見抜きやすいのは酔っ払うと出てくることが多いのです。 もしも酔わずに自制心を保てるのであれば、それはその時点で沈着冷静な男性となります。

    さて、彼との付き合いを真剣に考えているのであれば、2人きりではなく何人かで深酒するようにしてみるとより分かりやすいです。 そして、その時に彼がどのような行動を取るかで見分けると、心の闇の部分が浮き出してくるのです。

    その時に起きる結果として、どのような症状が現れたら危険なのかを解説してみたいと思います。

    まずは、一番多いと思われるのが「酔ったら説教したくなるタイプ」で、コレは人畜無害の説教タイプならまだしも、根に持つタイプの説教であれば止めておいた方が無難です。 酔ったら「説教したくなる」タイプは、同じ内容を何度もクドクドと押し付ける場合が多いので大迷惑です。

    その特徴として、一見人柄がよくて~責任感が必要以上にあり~自分では親分だと思うなどの特徴があります。 コレははっきり言って典型的な「空気が読めない男性」なので、あなたも「同類」として見られることを覚悟しないと付き合えません。 コレの怖いところは知らず知らずのうちに、友人や知人を失っているのに気が付かないところです。

    人に避けられたりすると人生のツキを無くすことにもなるので、人脈を失うと言うのは取り返しが付かないと考えてください。

    もしも、あなたの彼が当てはまる場合で直したいのであれば、事実をはっきり伝えてあげることが必要です。 それも彼がヒートアップしている最中ではなく、冷静なシラフの時に優しく指摘してください。

    次に多いのが酔ったら暗い表情になり他人の悪口を言ったり、自分で自分を卑下するように落ち込んでしまうタイプです。 これは楽しくその場をやり過ごすことができないタイプの男性で、何故か類は友を呼ぶと言う感じで周りに悲観的な人を集めてしまいます。

    このタイプといたら暗い雰囲気や運の悪さが伝染してしまうのですが、「かわいそうな人だから…。」と母性本能をくすぐってしまう危険な同調が起こることもしばしばあります。 時には憂さを晴らすのも大切ですが、笑いにつながるような毒舌と単なる誹謗中傷は違うのです。

    彼がこのタイプであるのなら、今後の人生を暗い雰囲気でいることにあなたが耐えられるかどうかと、彼自身が悪い癖を直す気があるのかどうかを確認しておく必要があります。 そうでないと当の本人が、今の状況になったのは「周りが悪い」と思い込んでいるのは止まらないからです。

    もしも直したいのであれば特別扱いをせずにきちんと「NO!」とはっきり言うことが必要で、言ったことでモメルようならきっぱりとお付き合いすることは諦めた方が無難です。

    あなたにはせっかく明るくて楽しい未来があるのだから、しっかりと相手の心にある闇をチェックして、備えあれば憂い無しとしておくことも大事です。

    あなたは相手の心の闇を、きちんと見抜くことができますか?

    ヽ(´~`;)ウーン

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    占いとは。

    おはようございます。 今日は祝日なので、普段とは違う話題で書いてみたいと思います。 それと言うのも先日全国ニュースで報道されたので知っている人も多いでしょうが、世田谷区の女性占い師さんが鑑定内容にキレた男性より暴行を受けました。 そして裁判でも「今後もやってやる、ずっと付け狙う。」などと、法廷でも更なる被害者脅迫を行いました。

    コレは氷山の一角で、女性占い師さんに暴行する男性は後を絶ちません。 最近の傾向として男性の鑑定は「紹介が必要」とする占い師さんが多いのですが、余程ヒマな占い師さんかお金目当ての占い師さんは別として、人気がある占い師さんは男性鑑定をしないことが多くなりました。

    世間的な認識として、占いを好きなのは女性の方で男性は余り好まないと言われております。 それには色々な理由があるのですが、実は男性でも占い好きな一面はあるのです。 そして占いを活かすことができる男性は定期的に活用を始めて、自分にあった占い師さんなどを見つけていることが多いです。

    私のところへお越しになったことのある男性で言うと、ココに度々出てくるN市のIさんがいます。 その他にもE県のMさん~Y県のTさん~K県のKさん~東京のKさんなど、カッコイイ生き方をしている人が多いです。

    「億万長者は占星学を信じない。 だが、大富豪は活用する。」

    コレは「ジョン・ピアポント・モルガン」と言って、アメリカの5大財閥の1つであるモルガン財閥の創始者の言葉です。 投資家&銀行家で社会奉仕も盛んにしていた人で、1901年までに世界で最も裕福な人物の1人と言われていました。

    このように男性でも占いを有効活用はできるのですが、やはり女性の方が理屈や科学にこだわらないから、占いを好きで~なおかつ活かすことができるのだと思います。 統計の取り方でも変わってきますが、一般的には男性よりも女性の方が占いを好きで~占い師さんにも女性占い師さんの方が圧倒的に多いです。

    占いは科学的に解明されたり理論武装できたりしているわけではなく、それは素直に信じる信じないとか~好きか嫌いかと言う点が重要になってきます。

    この判断基準のあいまいな部分において重要なのはカンですが、コレは明らかに女性の方がカンは鋭いです。 男性はどうしても理屈や理論と言ったモノを好む為に、納得できないものには信用を置けないと言う男性と女性における脳の構造的な違いや、生理的な面における違いなども関係してきます。

    簡単に言えば、好きとか信用と言う面を男性は科学や理論を規準に求めて、女性は感性や直感など心の部分に基準を置いていることだと思います。

    特に霊視系は男性に向かないのですが、「何を規準に、そう言うのか?」と聞くようでは男性に霊視は不向きです。 普通の占いであれば漢字の画数や誕生日など一定の基準が存在する為に、知識~理論と言うのが頭の中で当てはまるから納得できます。 しかし、霊視となると自分には視えないから、「何をデタラメ言ってやがる!」とカンカンになって怒り始めます。

    ところが女性は反対にインスピレーションやカンと言う感性の部分を認めることができるので、占いに関して種類は問わずに入っていきやすい面があるのです。 ただし、誤解して頂きたくないのですが、当然のことながら男性の中にも女性的な感覚を持つ人はいるし~女性の中にも男性的な面を持つ人はいます。

    一般的に考えると、おおむね男性は理論で女性はインスピレーションになるので、占いはどちらかと言えば後者の方に近いと思います。

    ちなみに男性に「女性は占いが好き」と言う話をすると、ほとんどの男性が「女性は弱いから~男性は頭が良いから~女性は自分で物事を決められない」など上から目線的な答えに終始してしまい、最後には「女性は何かに頼らないとだめだから」と結論付けてしまいます。

    以上の説は男性が考える荒唐無稽なデタラメな話であり、全く見当外れのお話です。 浮気を見抜かれるのは圧倒的に男性で、間の抜けたことをして浮気の証拠を残しまくるのですから、上から目線も程々にしておかないとガツンとやられてしまいます。

    占いは当たる&当たらないも大切かもしれませんが、素敵なあなたが元気や勇気が出るかどうかも重要だと思うのです。

    当たる&当たらないだけで行くのであればとても簡単で、視えることを包み隠さず全て言ってしまえばいいだけです。 しかし、それにより心が傷付くのであれば、お金を出して説教や嫌なことを聞きにくるだけになってしまいます。

    占い師は神様でも教師でも指導者でもなく、一人の人間だと思います。

    あなたが嬉しい時には一緒に喜んで、あなたが悲しい時には一緒に泣くことができる。

    私はそういう霊視カウンセラーでありたいし、お客様の心に情熱と感動が湧き上がることが大切だと思うのです。

    あなたにとっての占いとは、何を求めるのでしょうか?

    <( " O " )> ナントー!

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    雰囲気の違い。

    普段とは違う状態の時に~周りが違うと感じた時に、あなたはどのような対応を取っていると思いますか?

    人は自分と似たような人や似たような状態の人としか、男女問わずお付き合いすることはできません。 普段は感じられない雰囲気や気持ちを感じた時に、そのあなたへの思いを愛だと思うのか~余計なおせっかいだと思うのか、それによって自分の気持ちのあり方に大きな差がついてしまいます。

    ずっとそばに居るけれどイザと言う時には逃げてしまう人と、いつもはベッタリじゃないけれどイザと言う時に真正面から受け止めてくれる人、そのリアルな体験は心に大きな記憶として残ります。

    本当は振り回されてはいけないと言うことが分かっているのに、見せ掛けの優しさや言葉により見えなくなってしまう感覚の麻痺、コレに気付ける人は道を間違えることもなく自分相応の状態を地に足が付いた状態を保てるのです。

    人は古来より慢心や自惚れを戒める言葉が多いのですが、それは戒めることが難しいからに他なりません。

    人は常に成長を繰り返すのですが、いい成長ではなく増長と言う意味も成長の中に含まれます。 毎年~毎月~毎日と人の心や身体は変化していますが、中でも気持ちと言う部分は大きな変化をすることがあります。

    去年はできたから今年もできるとか、10年前はこの方法で上手く行ったから今もコレでいいなどと昔を懐かしんで、気付いた時には遅いと言う状態になってから「どうしよう?」では取り返しが付かないのです。

    今の自分の気持ちはひとつになれているのか、バラバラな気持ちのままで未来へ向かおうとして迷っているのではないのか、その気持ちのあり方をキチンと見なければいけないのです。 その為にも客観的に見ると言うのが一番で、過不足のない客観的見方が自分に対して出来るようになれば、あなたの成長は素晴らしいものとなるはずです。

    しかし、いきなり自分で自分のことを客観的に見ると言うのは難しいかもしれませんが、あなたの周りの人に意見を求めた時にあなたを引き上げてくれるレベルアップが可能な人の意見は大切にしてください。

    ナンデモカンデモ意見を聞く必要はありませんが、あなたのことを成長させてくれる人こそが、あなたの客観的状態を示唆してくれるのです。 例えるならば、自分が簡単にコントロールできるものは勉強にはならず、ナカナカコントロールできないものこそがあなたの才能を磨いてくれるのです。

    何かを目標にするのはいいけれど実力を上げたいのであれば、余りにも簡単なものを目標とするのは妨げにしかなりません。

    やはり、ここ一番でプレッシャーがかかるとか~失敗できない緊張感の元でやり遂げたことは、あなたの血となり肉となり、経験を蓄えて花開いた時には財産となるのです。 苦しいと思うかもしれない状態でやり続けるプレッシャーや緊張感を乗り越えた時に味わう達成感や爽快感は、あなただけのものであり誰にも取られることはありません。

    甘えが許されない状況に身をおくと言うのは、ものすごく貴重な経験を毎日積み重ねているのと同じなんです。 ゆとりがない状況で努力しているからこそ、ゆとりがある状況を作り出すことができるのです。

    失くしたものを取り戻せるような感覚と言うのか、失ったものをもう一度手に入れると言うのか、ないはずなのに手に入った感覚をつかむことができたら、それは夢への実現が可能になった瞬間でもあるのです。

    それに夢と言うのは自分がやりたいことのはずであり、そのやりたいことが叶うのに後悔や苦労はありえません。 自分が追い求めるものを追いかけていて後悔などありえないし、夢を追いかけて苦労と感じるようでは楽しんでいない証拠です。

    やり続けることの大切さと言うのは、長くやり続けることであきらめないことや失わないきらめきの大切さが実感できた時ですが、それ以上に大きな財産と言うのはできない理由を発見できた時です。 できない理由を発見できたなら、その理由を取り除いてしまえば後は何も考えなくても夢は実現してしまいます。

    あなたが成長する先にあるものとは、何を目指しているのかと言う答えを探している旅でもあるのです。

    あなたは雰囲気の違いを察知して、それを活用することができていますか?

    (・_・?) ハテ?

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    友情の言葉。

    お恥ずかしながら私は霊視カウンセラーとなって倉敷へ事務所を構えるまで、友人や知人などはゼロです。 この話をN市のIさんや寄付の神様にすると「そりゃ、逆に珍しい。」などと言われるのですが、私はいじめられていたので友人や知人が全くいません。 (ただし、今は素敵なお客様とお会いできるので、生きていて良かったと思えるほど幸せです。)

    小中高は言うに及ばず、工場や建設現場を含めても全然いない人生でした。 工場時代には「何が楽しくて生きてるの?」とか「オマエは友達いないだろう。」など、事実だけに言われて辛かったです。 過去を思い返しても、来るなと言われたので小中高と修学旅行に参加したことはないし、呼ばれることもないので同窓会に出たことは一度もありません。

    N市のIさんや寄付の神様やE県のMさんなどブログに登場する方に、「私はそんなにヒドイ人間だったのでしょうか?」と、鑑定~忘年会~プライベートなどで会っている時に聞いたことがあるくらい私は友人知人がいませんでした。

    そのせいか、素敵なお客様がお越しになった時に友情の話になると、「お二人は素敵な関係だなぁ~。」と嬉しくなってくるのです。

    少し友情についての解説ですが、共感や信頼の情を抱き合う人間の間での互いを肯定しあう関係や感情を言います。 友情で結ばれた間柄では互いの価値を認め合って、相手の為に出来ることをしようとするので、友情とは互いの好感~信頼~価値~評価などに基づいて成り立っていると思います。

    そして友情と言う概念は、近親者ではない人間同士を指して言います。

    また、派生的な意味合いでは民族同士や国家同士のような政治的な関係についても、良い意味で外交関係的なニュアンスで用いられる場合もあります。

    その友情の弱い意味合いとして使われるのが「知り合い」であり、その逆に最もつながりの強い意味合いとしては「生涯の親友」などと言われます。 親友とは長期に渡って離れ離れになることがあろうともつながりが切れず、双方が無条件で信頼しあえるような関係について言います。 友情の絆の強さを示すのには、相手の為の自己犠牲をどれだけ払えるかで現れることも多いようです。

    友情は愛情とは異なったもので、友情は感覚的な魅力によって惹かれあうものではありません。 友情は何かを規準にしたチームや会社などの場合に見られる連帯意識とは区別して考えられるべきもので、チームや会社の場合は互いに連帯して同じようなものの考え方で信頼しあって行動することが求められるので、自発的な友情とは元々が違うからです。

    友情は仲間意識と多くの共通点を持っているから発生するものですが、心理学的に言うと3つの友情段階が存在します。

    第一の段階を「役に立つ友情」で、どんな理由にせよ、双方に有利&有益なことをもたらしてくれる限り繋がっていく友情のことを言います。 第二段階とは「目的志向の友情」と言われて、何か特定の目的があって一緒に楽しむ為の友人と言うことになります。 第三段階は文字通りの友情で、特定の目標~目的~利用に関係なくタマタマ知り合って、互いに熟知したと言うことになります。

    なお、男性と女性の間に友情は存在するのかの答えは100人いれば100通りなので、遺伝子的には解明できていますが今回は書かないことにします。

    なお、友情と言う言葉の歴史を振り返る時に必ず出てくるのが結婚ですが、昔を振り返ると結婚はひとつの取引として存在していました。 しかし、近代においては愛情により結婚が存在するとされています。 その為、結婚がひとつの愛情関係であることが前提で、そこには友情的な要素が働いていると分析され始めています。

    心理学的には結婚生活を上手くいかせるには秘密を作ることと言われるのですが、結婚してすぐに配偶者へ自己情報を開示しないように警告している学者もいます。

    結婚の価値とは友情が一歩ずつ自発的に深まっていく、その過程の中に上手くいく秘訣があるとされています。

    相手を引き付けるフェロモンとして価値があるのは、配偶者には伝えたくない~もしくは伝えられないと思っているようなこと、この2つに加えて、配偶者が多くの事柄について詳細を承知していないこと、最後に自分からは話せないでいること~もしくは話すつもりがないこと、これらが常時存在していれば夫婦仲良く終の棲家まで行けるとされています。

    私は霊視カウンセリングを重ねていく度に、友情と言うのは素晴らしいモノだと素敵なお客様に教えて頂いております。 それは素敵なお客様の友情には信頼がスパイスとして隠れているから、心にピリッと効くのだと思います。 あるお客様がこの春よりお友達と離れ離れになりますが、そのことについての思いを素敵な言葉にされています。

    「彼女は人間的にも素晴らしいから東京へ行っても絶対に成功すると思うし、私は彼女のような素晴らしい人と友達でいられることは誇りです。 Tちゃんと離れ離れになるのは寂しいけれど、必ず彼女がいる東京へ遊びに行こうと思います。 Tちゃんは私なんかにはもったいないくらいの、自慢できる友達だと思っているんです。」

    私はこの言葉を聞いた時に、「友情って素晴らしいなぁ。」と感動を頂きました。 このお二人は距離が岡山と東京に離れることになっても素晴らしい友情で、いつまでもお友達でいられると思います。

    あなたは心からの友情で結ばれている、そんなお友達を素敵だと思いませんか?

    ヤッタァ~\(*^▽^*)/ウレシイ~!

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    星に願いを。

    「星に願いを…。」と言えば馬鹿にしたり笑う人もいれば、ロマンティックだなぁと言う人もいると思います。 私はどちらかと言えば星に願いを託す方であり、星にロマンを感じるタイプです。 たくましく生きるというのはロマンがあるからで、面白みも何も無い人は現実的な話ばかりすることになります。

    キラキラ光る夢の話は、心に豊かさをもたらしてくれると思うのです。

    誰かと話をする時に、まるで目の前に存在しているかのように語ることができれば、そわそわしてくるほど思いが強い証拠です。 そして、その夢は叶う確率がカナリ上がるし、それがロマンとして胸にあるうちは心が折れないと思うのです。

    同じ出来事や同じ物を見たところで、何も感じない人もいれば~いきなり閃く人もいます。

    この違いは何なのかと言えば、いつも頭の片隅に夢を持ち続けていたり考えている人は「一瞬の閃き」を逃すことはありません。 コレだと思った瞬間に目からウロコが落ちるように、今までもやもやしていた謎や重いが解明されて行くのです。

    あなたが思い描くことは実現する方が楽しいし、実現するからこそ頭の中に思い浮かぶのです。

    最初にナマコを食べた人は勇気があると思いますし、最初にフグを食べた人もすごいと思います。 それが食べられるかどうか分からないうちに口にして、そして後世に残しているというのは先人だけが得る称号です。

    最初に電話を思いついた人は多いのですが、それを実現する為に全力を注いだ人は少ないのです。

    できるはずがないと言う考えに凝り固まっていると、それはできないという前提でモノをはじめることになるのだから、できなくて当たり前と言う安心感を心に植えつけてから始めます。 そうなると失敗してもできないのだから大丈夫と言う気持ちが、止めても大丈夫と言う方向へ更に進めてしまうのです。

    星に願いを掛けるように、自分の能力を信じて夢に掛けるのも悪くはありません。

    ただし、これは上司に恵まれるとか環境が整っているなどの条件付きです。 そうでないといくら頑張っても「認められない」 この悔しさは、ナニモノにも変えがたいのです。

    自分に見えているものが、周りには見えていない。 コレはものすごく痛いことであり、目の前に宝があるというのに気付かない、それも100人中99人が気付いていないとなれば宝の持ち腐れになります。

    携帯音楽プレーヤーと言えば、「iPod」を持っている人が多いと思います。

    この携帯音楽プレーヤーはiPodが一番最初に作られたと思っている人も多いでしょうが、実はそうではありません。 iPodよりも2年以上前にDEC社の開発部隊が「パーソナル・ジュークボックス」と言う、CD100枚分の音楽が保存できてポケットに収まるというモノを完成させていました。

    ところが残念なことに完成していた同時期にDEC社は経営不振の為に、コンパック社に買収されてしまうのです。

    運命とは皮肉なものだと思うのですが、iPodの大ヒットを見ればDEC社も「パーソナル・ジュークボックス」さえ世に送り出せていれば起死回生となったはずです。 しかし、コンパック社は買収後に組織合理化に努めて、開発の中止や人員削減を始めました。

    あきらめきれないDEC社の開発部隊は、クリスマスにコンパック社の重役達に「パーソナル・ジュークボックス」をプレゼントして、この製品を世に送り出せば必ず起死回生となるはずだと訴えました。 しかし、重役達の答えは「こんなものが売れるわけがない」で、いかに未来を構築する素晴らしい製品なのかと言う重要性すら理解できていなかったのです。

    私は仕事において身動き取れない状態になったら環境を変えることを勧めますが、それはまさに上司などにより運命を変えられてしまうのは大いなる損失だからです。

    どんなに優れた技術やアイディアや製品~そして努力があったとしても、上司が間抜けと言えばいいのか~先見の明がないと言えばいいのか、どちらにせよ認める人がいなければダメになってしまうのです。

    分からず屋と言うのはドコにでもいるのですが、上司や社長が分からず屋の場合は早いか遅いかの違いだけで、いずれは破綻してしまうので努力は無駄になります。

    「星に願いを…。」と言う言葉を笑うような人は、いつまで経っても心に訴えかけるものは作り出せません。 それは分からず屋のままの自分を変えようとしない、退化していく自分に気付いていないままだからです。

    あなたは星に願いを掛けることを、どう思うタイプですか?

    ( ̄ ̄Θ ̄ ̄;;) ヤッパリ~?



    お知らせ:出張の為、ブログの更新は9日(月)より再開いたします。 拙いブログですが、いつもお読みいただき本当にありがとうございます。 m(__)m

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    発達による弊害

    科学の発達や文明がどんどん進むことで得るものも多いけれど、失うものも多いのではないかと思います。 人は便利さを味わうと次々と便利さを追い求めていき、更に創意工夫や改良を加えていくのが発達や発展を意味します。 便利になるのはいいことですし、科学や医学の進歩は人類の未来と言う観点では悪いことでもありません。

    しかし、それにより知らなくてもいいことを知ってしまい、気になり始めるのは困りモノかもしれません。 知るからこそ不幸になると言うこともあり、知らない方が幸せと言う言葉もそこから生まれたのだと思います。

    例えば、今までだと見落としていたことを発見できるようになったから、変わらないままでいられた自分を変えざるを得ない場合だって生まれてくるのです。

    現代社会で言うと携帯電話がありますが、携帯があるから簡単に連絡が取れることで起きる弊害と言うのもあります。 連絡がいつでも取れると言うことは逆に連絡が取れないと不安になってしまうとか、何をしていたのかが気になったりもします。 携帯電話が存在しなければ考えなくても済んだことを、存在するから気になり始めることだってあるのです。

    携帯電話があるからメールなどはいつでも送受信できるから、逆にそれをしないとコミニュケーション不足を感じたりして、ない状態よりもある状態の方を不安に感じてしまいます。 先日、奥様の携帯電話に男性の番号が着信履歴として残っていたと言う理由で、夫が妻を殺すと言う事件がありましたが、これなどは功罪の罪の方になってしまいます。

    現代では携帯もプライベートとして見るのはマナー違反ですが、男性が奥様や彼女の携帯を見ると言うのはかなりの頻度であります。 この事件は起こるべくして起こったと思うのですが、男性は女性の行動がものすごく気になるものなんです。

    注:年に1~2回ですが男性から確認の電話があり、彼やご主人だと思うのですが「本当に占い師か?」と探っている様子なのでほのぼのします。 (苦笑)

    携帯電話は役立つツールとして使えばいいのですが、個人情報の塊だから見ることで全てを理解してしまうような幻想を植え付けてしまうこともあります。

    本当は携帯電話だけで人の人生が分かるわけは無いのですが、男性から電話があった=浮気と判断するなんて言うのは短絡的過ぎるのだけれど、自分だけが良ければとか自分だけが助かればなどと考える人は、どうしても自分を中心に考えるから知ることにより許せない気持ちが抑えられなくなるのです。

    相手を信用していたり信頼関係が出来上がっていると、何があろうとも根幹が揺らぐことは無いのですが、片方は信用していても片方が疑心暗鬼だと表面的な信頼関係でしかありえないのです。

    私は恋愛相談の時に「彼(夫)のことは温かく見てあげてくださいね。」と大目に見ることを言うのは、男性の許容範囲は女性の方が思うよりもずっと狭いからです。

    TVドラマや映画なんかでも「俺の女だ!」なんて喧嘩が始まるのは少し大げさですが、それでもアレに近い感情を抱く男性はかなり多いです。 それが「全ての男はマザコン」と言われる所以かもしれませんが、男性が女性を信頼できないのは所有欲との関係もあります。

    人は物じゃないから自分の自由意志もあるし、感情があるから好きや嫌いと言う気持ちにもなったりします。 その感情を無視して付き合いや信頼に置き換えるのは、ありえない話を作り上げる矛盾にもなります。

    文明の発達と言うのは良いことなのか~悪いことなのか、それは誰にも分からないけれど、良いようにも悪いようにもできるのが人としての生き方や使い方にかかってくると思うのです。

    今まで出来なかったことができるようになると言うのは、その分だけ責任と義務が発生してくるのです。

    昔々は車が無いから馬に乗るしかなかったけれど、今は車があるから自由自在に移動できます。 しかし、馬の時代には交通事故が余り無かったのに、現代では交通事故で命を落としたりして、便利になった分だけの悲しみや苦しみが生まれてきているのです。

    ちゃんと責任を持って扱えば発達していくのはいいことだけれど、義務を放棄してやりたい放題していると、周りに迷惑をかけて苦しむ人や悲しむ人を増やしてしまうのです。

    あなたが運命に抱きしめられた時に、未来を視たいと思うのか~視たくないと思うのか、それが明るいかどうかを決める指針にもなると思うのです。

    あなたは自分の責任と義務を、どのように捉えていますか?

    ヤ~ン (*ノ・ノ)チラ

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    正しい意見とは。

    考え方の相違と言うのは、誰であろうとも埋められないと思います。 人が100人いたなら100通りの考え方があるし、自分が正しいと思うことは自分だけかもしれないのです。

    仕方のないことですが、人は自分の行動を中心において考えるものです。 遊びに行く時に雨が降れば「何で晴れじゃないの?」と思うかもしれませんし、水不足なら「何で雨が降らないの?」と思うかもしれません。

    しかし、逆に考えれば水不足の時は雨が必要ですし、運動会などは晴天が必要です。 お互いがお互いのことを考えれば、そんなにイザコザは起きないものです。 しかし、つい「自分が正しい」と言う考え方が起これば、それについて集中して視野が狭くなってしまうのです。

    自分が正しいと思っても~相手も自分が正しいと思っている以上、それは平行線に終わるのですからお互い認め合う以外に術はないのです。

    人は何歳になっても勉強なのですが、私がしている寄付やボランティア活動にしても賛否両論あります。 寄付やボランティアをするのに賛否両論あるのは、これも人により考え方が違うからです。 「寄付やボランティアを非難する人なんているの?」と言う疑問があるかもしれませんが、「います」と言わないといけないのが悲しいところです。

    例えば、私の活動内容について素敵なお客様からはお褒めの言葉を頂いておりますが、お勤め時代は言うに及ばず小~中学校時代に遡っても、寄付やボランティアを「良いこと」と言われたことは一度もありません。 「寄付するオマエはアホじゃ。」と言われたことは何度もありますが、素晴らしいなどの賛成意見は言われたことがありません。

    余りにも否定されるので、一時期は「私の考えは、間違っているのか?」と悩んだことすらあります。

    だからこそ思うのですが、「自分の考えは間違っているのか?」 もしも、こう思う人がいたなら、「間違い」ではなく「相違」だと思って欲しいです。 相手の言い分も認めて~自分の言い分も認めてもらう、これが理想です。

    気持ちが離れ離れになっている時ほど、自分の考えを相手が認めてくれないことに不安や憤りを感じてしまいますが、それは句まで今と言う時間の中だけです。 考え方の相違と言うのは、時代の変化でも起きますし~環境の変化や地域によっても変わってくるのです。

    私がいつであろうとも勉強だなぁと思うのですが、調子に乗っている時には何かの形で暗示があるものだと思いました。 「ボランティアや寄付は、オマエの自己満足だ。」 ある男性がある女性に向かって言った言葉ですが、その男性を中心に考えれば「確かにそうですね。」と受け止めるしかありません。

    その男性は介護職なんですが、「俺は仕事だからしているけど、金も貰わずに介護なんて出来るか。」 こんな人が介護職に就くなんて、最初から職業の選択を間違っていると思います。 人の役に立つ喜びのわからない人は、介護職に就かなければ良いだけのことです。

    このように考え方が違う以上は説得や説明には何の意味もなく、それに使うエネルギーの方が無駄になります。

    ただし、この話を聞いて勉強になったのも事実です。 私はアフリカの子供や目の見えない方が元気に過ごせる日々がくれば幸せを感じますが、それはあくまで私が満足するだけかもしれません。 寄付やボランティアは私が満足するだけで、その行為を不愉快に思う人がいると言う勉強にもなりました。

    以前の私は寄付やボランティアを非難する人がいると言うのを、よく理解できていたはずでした。 しかし、素敵なお客様や素晴らしい人々とばかり触れ合って、イジメや嫌がらせと無縁の生活を送っていると「そう言う人もいる。」 この現実を少し忘れていたようで、ある意味「気付き」になったと思います。

    考え方の違いを無視すると余計なイザコザや摩擦を起こしてしまい、自分も相手も嫌な思いをするようになるかもしれません。 人の心は微妙な変化によりホンの少しのことで許せない気持ちにもなるけれど、ホンの少しのことで和解もできることがあるように、何が原因でどうなるのかはいくらでも変わってくるのです。

    正しいことをしているからと言って非難されないわけではなく、正しいことでも認められない時は非難されるものなのです。 以前の私では寄付やボランティアは続けられなかったと思いますが、今は素敵なお客様に出会うことでワクワクするような感動を頂いているから、いくらでも前向きに出来るのです。

    嫌いな人に認められなくても、それは元から嫌いなのだから気にするだけ時間の無駄です。 しかし、たった一人だけしか認めてくれなくても、それがあなたを好きな人なら心の価値は何十倍にも跳ね上がると思います。

    同じするのならば、愛なきことに力を注ぐよりも愛あることに耳を傾ける方が、あなたの人生を素晴らしく豊かにしてくれるはずです。

    あなたがしていることは正しいと、心の片隅に持ち続けていますか?

    (o^^o)ふふっ♪

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    ロレックス。

    腕時計と言えば知らぬ者はいないと言うくらいメジャーなのがロレックスですが、ロレックスはイギリスで創業されてスイスに移転した時計メーカーです。

    実はロレックスは色々と規制がある上に偽物も多く出回っており、正規代理店以外で買う時には余程の注意が必要です。 しかし、意外と簡単に購入されているようなので、少しロレックスについて書いてみたいと思います。

    ロレックスは時計商社としてイギリスで創業したのですが、時計関税が高額だったのでスイスに拠点を移して、その過程でメーカー化した経緯があります。

    懐中時計が主流であった時代に腕時計の利便性に着目して、それまでの腕時計と比較して防水性が格段に高い「オイスターケース」を実用化しました。 さらに自動巻き機構「パーペチュアル機構」や日付が午前零時頃に一瞬で切り替わる「デイトジャスト機構」を発明しました。

    1970年代のクオーツショックがあってからは、各時計メーカーが自製ムーブメントをあきらめてムーブメント専業の会社と取引を始める中、自社製ムーブメントで生産する努力をしておいます。

    ただし、元々スイスの時計産業は分業化が進んでおり、クオーツショック以前でも自社一貫生産をするメーカーの方が少数派で、ロレックスも高度な技術力と開発力を必要する自動巻クロノグラフムーブメントに関しては、ゼニスとモバードが共同開発したエル・プリメロを改造して使用しており、2000年まで自社生産できなかったようです。

    高級時計ブランドとして世界中で知られており、コピー商品や再生品が多いことでも知られています。 これらの偽物や再生品は保証書がないものが多く、日本国内では正規代理店での保守や修理を受けられません。 偽物の多さから偽ロレックスの収集家も存在するほどで、その偽物の中にもコピーの出来具合により等級が存在するほどです。

    また、金無垢やダイヤなどの宝飾を使用することで高級感を出す手法を多用することなどから、日本国内では成金的なイメージを指摘する意見もあります。 しかし、その価値やブランドが世界各国で通用することから、いざという時の換金用として報道関係者などの外国渡航が多い人に重宝がられているという話もあります。

    なお、普及モデルとしてチュードルというブランドも存在して、元々はイギリスでの販売拡大を狙って発売されたもので、名前はイギリス王家の一つチューダー家に因みます。 トレードマークはチューダー家と同じ薔薇で、初期のモデルは文字盤に薔薇が描かれています。 一時期は日本でも販売されましたが、現在は正規代理店での取り扱いはありません。 エタ社のムーブメントを使用して、ケースのみロレックス社を使用しています。

    さて、ロレックスの社歴と言うか経歴は秘密の部分が多い上に、ロレックス社自身が何も明らかにしていないのでよく分からない部分が多々あります。

    特に商社であったウィルスドルフ&デイビス社がどのようにして、オイスター社&ジャン・エグラー社&グリュエン社等と関係して傘下に収めつつ現在のロレックス社になって行ったのか、その詳しいことは一切明らかにされていません。

    ロレックス社は社内資料をほとんど明らかにしない為、その人気と相俟って世間には多くのデマが流布しています。

    例えば、創業者はルース・ハイドフェルドとか、デイデイデイトなるモデルが存在するなど、表記自体が間違いのものがあります。 その他にも、ロレックスは1908年にスイスに移ったとか、ラインホルト・メスナーがエベレスト単独無酸素登頂を達成した時にエクスプローラーIIを使用していたなどがあります。

    ロレックスがメスナーを使って宣伝したのは事実ですし、ラインホルト・メスナーはロレックスを愛用していましたが、実際にエベレスト単独無酸素登頂時に使用していたのはオイスタークォーツです。 また、クォーツは試作のみで量産していないと言うのも嘘で、 短期間ですが量産して一時は生産量の1割がクォーツでした。

    小ネタとしては、イアン・フレミング原作のスパイ小説007シリーズで、主役のジェームズ・ボンドがロレックス・オイスターを愛用しています。

    映画でも秘密兵器として「007死ぬのは奴らだ」や「007ゴールドフィンガー」など数々の作品にサブマリーナーと思われるモデルが登場しています。 ひそかにボンド・ウォッチとして一部の収集家に人気がありますが、現在の007では使用されていません。

    また、ロレックスは買う時によく注意しないと新品ではありますが、製造年が古いモデルを渡されます。 2009年に買ったロレックスでも、製造されてお店に納品されたのは2000年と言うこともあり、やはり2009年に買うならせめて2006~2008年のモデルが気分的にもいいと思います。

    そうしないと高い買い物ですから、8年前に仕入れたものを現在の価格で買うのは納得がいかない場合もあると思います。 一応参考までに製造番号による年度の見分け方として、P=00年、K=01年、Y=02年、F=03/04年、D=05年、Z=06年、M=07年、V=08年です。 (いずれも西暦で、目安です。)

    なお、偽物にはこの製造番号事態が無いものや、でたらめな製造年が打ってあります。 (もっと詳しい見分け方は、鑑定の時にお聞きくださいね。)

    あなたはロレックスのことを、どれだけ知っていましたか?

    ( ̄(エ) ̄)ゞ クマッタナー

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    夢を持つと言うこと。

    夢を持つと言うことを人は本当に夢みたいと表現してしまうのですが、夢を持つことを夢のヒトコトで貶してしまうのはつまらないと思います。 誰かの夢を聞いた時に「素晴らしい!」と賞賛して、なおかつそれを手助けするとかアドバイスするなど応援してあげることも大切だと思います。

    できる?できない?と言うのは、やってみないとわからないのです。 可能性が1%だったとしても、1と言うのは大いなる可能性を感じさせる数字なんです。

    確かに0の場合は足しても掛けても引いても、なにをどうしてもゼロはゼロのままなんです。 しかし、1の場合は足していけば2~3~4と少しづつでも増えていくし、掛けていく場合なら何かの拍子で掛ける数字が大きくなればとてつもなく飛躍できます。

    夢と言うのはあきらめた時に、全て終わりとなってしまいます。 夢をあきらめなければ何かの成果が生まれるし、その成果が失敗や誤算と言う名前だったとしても、活かすことにより財産となる貴重な経験です。

    夢を持つと言うことは、あきらめない執念を持つと言うことにもなります。 心が折れてしまえば進めなくなりますが、心さえしっかりとしていれば必ず何かの希望は見いだせるはずなんです。

    あなたが何かをやろうとした時に、周りの人は止めるか?貶すか?どちらかの場合が多いと思います。 しかし、それはあくまで他人事だから言えるだけであり、失敗したら「だから言ったのに!」と言うけれど、成功したら「上手く行くと思っていた!」と、急に手のひらを返してくるのです。

    夢が叶う人と言うのは「あきらめない人」であり、結局は続ける人と言うことになるのです。

    止めずに続けていれば続行中と言うことになり、叶ってはいないけれど継続しているのだからまだ夢の途中となるのです。 失敗と言うのは止めてしまうから失敗になるのであり、成功するまで続ければ成功したと言うゴールに辿り着くのです。

    この世の中の出来事は決まっているわけではないので、偶然が偶然を呼んで上手く行き始めることも良くあります。

    それは偶然の産物と言ってもいいのですが、偶然と言うべきチャンスが来たらちゃんと活かすことができるのは、あきらめずに続けている人ばかりなんです。 途中投げした人の夢が叶うこともありえないし、何かを止めているのに偶然が転がり込んでくることも無いのです。

    そうは言っても続けることに疲れてきたり、もう止めようと思い始めたなら選択肢を増やすと言う方法もあるのです。 物事には前進とか後退と言うような二者択一ばかりではなく、そこでじっと待ち続けると言う忍耐も必要な時があるのです。

    敵が強固な時にはじっと耐えておいて、相手が疲れてきたら反撃に出ると言うのは立派な戦略です。

    夢を持ち続けると言うのは、自分の未来に何があるのかを探し求める宝探しに加えて、その宝が見つかった後に起こる変化は、あなたの人生に何をもたらすのかと言う、人生の冒険をしている最中だから途中投げはできないのです。

    今はメディアが大々的に報道することもあり、簡単に起業できるかのような勘違いが起きています。 確かに会社を作ること自体はとても簡単なのですが、それを維持して続けていくことはとても一筋縄ではいきません。

    給料を貰う側だと1ヶ月先が待ち遠しくても、自分が支払う側に回ると1ヶ月はすぐにやってきます。

    そんな現実と向き合うことが会社経営であり、苦悩や困難が次々と襲い掛かってくるものなんです。 起業すると言うのは自分の人生をコントロールする側に回ることで、人生をコントロールするのは、次々と来る荒波を乗りこなしてキチンと岸まで辿り着く作業を永遠に繰り返すことなんです。

    その「永遠の何か」をつかむことで、心に充実感や達成感が生まれてくるのです。

    「会社を起業するのは簡単だけど、会社を維持して成長させるのは難しい。」 このことをキチンと理解したうえで続けることができたなら、あなたの人生はきっと素晴らしい道が延々と続いていくし、次々と驚くような体験ができると思います。

    あなたは夢をあきらめずに、続けることができますか?

     ̄O ̄)ノ ハァ~イ!

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    二人だけの結婚式。

    おはようございます。 今日は月曜日なので出勤している人が多いと思いますが、素敵なあなたには今日からドンドン良いことがあるようにお祈りいたしております。 今月は会議室が押さえられなかったので2月の東京出張はまだまだ先ですが、3月以降はしっかりと会議室の予約を取って定期的に行けるようにしたいと思います。

    さて、以前の私は痛い目に遭った経験が有るので、全くと言っていいほど男性鑑定をしていませんでした。 しかし、常連の方やN市のIさんなどから男性の鑑定を頼まれると、断りきれずに引き受けてしまうことも時々と言うかタマにはあります。 自分から男性鑑定をしたいとは思いませんが、運命の巡り合わせで素敵な男性にお会いすることもあります。

    想い出と言うのは男性でも女性でも関係なく、心に残る永遠の愛と言うのが一番記憶に残るものです。 素敵な笑顔がまぶたに焼きついていつまでも忘れない、そんな素敵な恋はいつでも誰でも経験できるのです。

    昨年の東京出張の時に、ある常連の方が会社の同僚であるSさんと言う男性を連れてこられました。 Sさんには結婚を誓い合った彼女がいるのですが、その彼女が入院して以降は元気がなくて見るのが忍びなく、自分に出来ることはないのだろうかと言う御相談でした。

    Sさんの話によると精神的ストレスによる胃潰瘍で入院と言うお話でしたが、私には全然そんな風に視えないのです。 私は男性特有の質問、つまり「また、試す為の嘘の質問かぁ~?」と思ってテンションが下がり気味でしたが、よく視るとSさんも本当にストレス性胃潰瘍だと思っている感じです。

    私は医者ではないので病名や病状までわかりませんが、Sさんに「お金やモノと言う見かけの物ではなく、記憶や心に残るようなプレゼントが必要ですよ。」と言う感じで、やんわりと未来に起こることを言ったのです。

    私は寿命のことを聞かれても通常は一切言えませんが、Sさんを通してみていると彼女の余命が幾ばくもないように視えたのです。 しかし、霊視は絶対と言うわけでもないので、私の勘違いかなぁと思いながらやんわりとお伝えしたのです。 Sさんは私がはっきりとしたことを言わないので、納得の行かない顔をしてお帰りになられました。

    しかし、翌月の東京出張の時にSさんは、再び私のところへお越しになりました。

    実は彼女から別れを伝えられたのですが、「本当は癌だからいつまで生きていられるか分からない、こんな自分といるよりも他の人と人生を歩んで欲しい。」と告げられたそうです。 突然のことにSさんは愕然として、目の前にいる彼女は元気が無いようには見えるけど癌だと信じられません。

    余りのことにその日はどうやって家に帰ったか、Sさんは全然覚えていないそうです。 私はSさんに、彼女が旅立っていくことは避けられないかもしれないけれど、彼女の心に永遠の愛を注ぐことはできるはずで、あなたにできることは自分の愛を示すことだとお伝えしてから、Sさんにあることを実行するように言いました。

    今のSさんにできること、それは彼女に…。

    それから2ヶ月ほど経った時に、彼女の病室に正装したSさんの姿がありました。 Sさんは花嫁衣裳やリングを準備して、彼女の容態を気遣いながらも病室で二人だけの結婚式を挙げたのです。

    あれからSさんは毎日彼女の病室へお見舞いへ行き、ふさぎこんでいた彼女の心の扉を少しづつ開いて行ったのです。 Sさんにとって彼女は生きていく上で掛け替えのない大切な女性であり、彼女以外の人と過ごす自分は考えられない未来を再確認したのです。

    そしてSさんが出した結論とは、彼女とたった二人の結婚式を挙げること…。

    今の彼女は病室から出ることも出来ないほど衰弱していたので、結婚式場や教会へ連れて行くこともできません。 そこでSさんは医師の許可も取って、彼女に内緒で準備を進めていきました。

    そしてきれいな青空が澄み渡る日の午後、Sさんは彼女の病室を訪れました。

    突然のことできょとんとしている彼女を花嫁衣裳に着替えさせて、二人だけの結婚式を病室で挙げたのです。 神父は担当ドクターでシスターは看護師さん、そして新郎はSさんで新婦は彼女です。 狭い病室で愛を誓い合うSさんと彼女、そして彼女の指にそっとリングをはめて、彼女と夫婦になったSさんでした。

    彼女は突然のことで最初はワケがわからなかったのですが、Sさんやドクターや看護師さんなど周りの人々の温かさに感極まって涙が止まりませんでした。

    そして二人の愛の誓いが終わった後、病室からドクターも看護師さんも退室して二人だけの時間となりました。 Sさんと彼女はベッドに腰掛けて、退院したら新居の家具をそろえたり~二人で海外旅行へ行ったりと未来について語り合いました。

    そうやって話しているうちに彼女がSさんの方へ身体を傾けて、Sさんの胸に顔をうずめてきました。

    彼女はヒトコト、「Sさん、ありがとう…。」

    そう言って彼女はSさんの胸の中で抱きかかえられたまま、静かに目を閉じて旅立っていきました。 その時にSさんは彼女を抱きしめたままで涙がこぼれるに任せて泣き続けて、その涙が枯れる頃に二人だけの結婚式は終わりを告げたのです。

    Sさんがしたことは彼女にとって最高のプレゼントであり、自分にとっては悔いの残らない想い出だったのです。 Sさんが実行した二人だけの結婚式は、永遠の愛を「最高の想い出と掛け替えのない宝物」にできたのです。

    あなたは心に残る想い出、それを誓い合える人と素敵な恋をしていますか?

    (ノ_<。)うっうっうっ

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    アイディア。

    やればやるほど難しくなるのが仕事や趣味の醍醐味でもありますが、何でもやればやるほど難しくなるのはレベルが上がるからなんです。 最初は無我夢中でやっているだけなのに、それの中身が分かり始めると怖くなって恐る恐る始めるので、どうしても守りの状態になってしまいます。

    何気なくしていることでも最初にできた時は飛び上がるくらいに嬉しかったのに、それが当たり前になって感動がなくなり、更にはそれができないと今度は苦痛になってきます。

    例えば、企画を立てる部署なんかは「ヒット連発」だと、今度はホームランや常時ヒットを求められて、ありきたりの成功では評価されないと言う逆の状態になります。 そうなると求められるレベルとできるレベルの違いに悩み始めて、当たり前のことが当たり前にできなくなりスランプに入ってしまいます。

    苦しみを抜けた時には目からうろこが落ちたように快適になるのが本当ですが、それはずるいことをして抜け出したのか~それとも苦しみながら自分で抜け出したのか、この違いは時間が経てば立つほど目に見えて広がってくるのです。

    私はブログに書いていることは無断流用OKとしていますが、いくら無断流用されようと構わないと思っています。 このブログをコピーして取っておいて、それを読み返す度に勇気や元気が出るのであれば、その方が私にとって嬉しいからです。 それに真似されると言うのは光栄なことで、私の書いている内容を認めてくれていることになります。

    人の心に勇気や元気が出るような言葉として、誰かの役に立てるなんてあまりないことです。 無限にあるブログの中には厳しく制限している人もいますが、個人的意見としては役に立ててもらえるのだからイチイチ目くじら立てなくてもいいかなと思うのです。

    例えば、私が08年8月27日に書いているブログの内容を、そっくりそのまま08年11月下旬より実行した某デパートのテナント事業部(SC事業部)がいたとしても、真似されるほどになれたのかと嬉しい限りです。 (真似されるのは大歓迎なので、商売している人や企画関係の人は遠慮なく活用してください。)

    私のブログはそんなにたいしたアイディアを書いているわけじゃないけれど、雇用促進や売り上げ向上など「誰かの役に立つ」のであればワクワクします。

    ただ、安易に人のアイディアを流用していると、真の実力が身に付かず最後に困るのは自分達です。 今はイイけれど自分で考えた企画じゃないから、後輩に抜かれるとか上司の立場になっても何も出来ないなど、自分の力が試される時にお釣りを支払うことになります。

    苦しい時は勉強になりますが、楽な時は何も得ることができません。

    私がブログを流用されても平気なのは、改良や応用などの新たな創造は真似からは生まれないからです。 いくら真似しようとも流行をキチンと見る目がなければ、「次はこのお店が流行る!」と言うのを私がブログに書くまで分からないので、テナント事業部(SC事業部)は空きスペースの入店交渉すらできません。

    本当にありがたいことに色々なお客様が、彼や御主人のお店や会社を立て直したいから「何か良いアイディアがないか?」と御相談に来られます。 アイディアを実行できるかどうかは本人次第ですが、まずはアイディアを出して軌道に乗せるお手伝いができなければ私の存在意義が無くなってしまいます。

    ある方より御相談があった実話ですが、御主人が車のセールスをされている方の奥様より「大型の4WD車はどうやれば売れるのか?」と言う御相談がありました。

    原油高や不景気で大ダメージがあり大型の4WDなんかはとても売れないと言うのですが、私が考えたアイディアは「ペット愛好家をターゲットにする」です。 ゴールデンレトリバーなどのワンちゃんやネコちゃんを飼っている人をターゲットにして、「一緒に行動できますよ!」と言う感じでセールスしてくださいと言ったのです。

    特に大型犬などは4WDだったら楽チンなので、ペット愛好家の方なら大型車を必要としているのです。 (4WDなら釣りやキャンプを好きな人にセールスする、こんなアイディアを出していたら霊視カウンセラー失格です。)

    モノには見方と言うのがあり、それも1方向よりも2方向~2方向よりは3方向と言う感じで、次々と視野を広げた方が良いアイディアが出るのです。

    もうひとつ車に関して言うと、今年は不況の波がブランド力のあるベンツやBMWも対岸の火事として看過するわけには行かないのですが、プジョーやオペルのようなミドルクラスは「ある顧客」に対してとても売りやすいので、そこに気が付いてるセールスマンは逆にチャンスの年となります。

    あなたはアイディアを、どのように考えていますか?

    o(*^▽^*)oやっほ~!

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