徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    立ち上がる勇気。

    おはようございます。 毎日寒い日が続いていますが、体調などにお気を付けて楽しい週末を迎えてくださいね。 冷たい空気が吹く中でも~辛いことがあった場合でも、ちゃんと前向きになって生きていく、笑顔でいるあなたの輝きは益々増していくことと信じています。

    寒いと冷たいは本来別な言葉なのですが、空気を冷たく感じる時は周りが冷たいのではなく自分の心が冷たく感じている時なんです。 自分が楽しく感じていると冷たい空気でも平気なのですが、心が冷たいと少しの寒さでも身に沁みてしまうのです。

    そんな時に自分の心を温かくしてくれる人がいたなら、その人のことを良い人だと感じ始めます。 しかし、温かくしてもらう為には、そういう人と知り合いにならなければなりません。 そういう人と知り合う為には、そういうレベルに自分の身をおかないと出会うことすらできません。

    自分が温かい心でいれば、自然と温かい心に包まれる人生になります。

    私は色々なお客様の人生を見ているとつくづく感じるのが、「自分がしたことは自分に返ってくる」です。 周りの人に怒るばかり&嫌がらせばかりしていた人が、人生の後半で良い状態になっているのを見たことがありません。 そんなことをしていたら周りからドンドン人がいなくなるのは当たり前で、自分が人に囲まれて暮らしたいなら人に対して嫌なことをしないのは当たり前のことです。

    誰かが必要としてくれると言うのは、短くても長くても人生にはかけがえのない運命の指針です。 大切な人、かけがえのない人、色々な人があなたの心に残っているでしょうが、あなたのことが心に残っている人も同じようにいるんです。

    人は生きている以上は、必ず誰かと関わって生きていくようになります。 かかわると言うことは相手に自分のことを認識させてしまうから、記憶に残ってしまいます。 その記憶に残る状態が「良い人」と「嫌な人」のどちらで残ってしまうかで、その人の評価が自然と決まってしまうのです。

    誰かがあなたのことを覚えてくれるのは、とても嬉しいと思います。 あなたのことを覚えてくれると言うのは、あなたのことをちゃんと認識して心に留めておいてくれるからです。 ただし、心に留めてくれるのが「感動」としてならいいけれど、「嫌な気持ち」で覚えていられたら、その思いは決してイイことではありません。

    PCや携帯のメモリーは消せてしまうでしょうが、人の心のメモリーは消せないのです。 いじめた方は忘れるけれど、いじめられた方は決して忘れない。 嫌な記憶と言うのは絶対に消せないから嫌な記憶を残して生きていると、歳を取れば取るほど嫌なメモリーがあなたの人生に圧し掛かってくるのです。

    運勢を良くしたいなら前世の反省よりも、まずは過去の反省と言うのはこの部分を言います。

    過去で嫌なメモリーを色々な場所や時間に残している人は、いくら努力しても実らないことが多いし歯車が狂ってしまうことも多いです。 イイところまでは行くけれど、最後の最後でいつも上手く行かないと言うのは、過去において自分が歩いてきた道が間違っていたからとしか言えないのです。

    現在していることが上手く行かないのが過去と繋がっているとは思えないから、どうしても認められないし反省もできないと思います。 人の心は自分を中心に考えてしまうので、上手く行かないのは何かがあるからだと思いがちになります。 しかし、現実に生きているのは自分の人生で、誰かが代わりに生きてくれるわけじゃないのです。

    目の前に起きた出来事を受け入れて、その出来事がどうして起きたかを考えるよりも、どうやって解決しようかと考える方が、未来へ進むあなたにとって有効な手段です。 起きたことは仕方がないけれど、同じミスを繰り返さないとか何度も失敗を重ねて迷惑を掛け続けないなど、自分の努力でできる範囲のことは全力でしないといけないのです。

    そうやって過去の反省をしつつ現状を受け入れる姿勢を続けていると、未来において困ることが起きる方がおかしいのです。 あくまで困る状態や現象が起きるのは、自分がしてきたことの総決算が起きているだけです。

    その総決算とも言うべき答えが、歳を取るほどに人脈や仕事が減る一方で増えることがないと言う、孤独や憔悴だけの人生になると言うことです。 そうなりたくなければ、いつでもどこでも人間関係を豊かにしておく必要があります。

    一緒にいて、楽しい人。
    一緒にいて、喜びを共有してくれる人。
    一緒にいて、悲しみを分かち合える人。

    これらは人生を豊かにしてくれる人なのですが、最後にもっとも大切なことがあります。

    それは「誠実さを尊敬とともに共有できる人」 コレが一番大切なことです。

    あなたは現状を受け入れて、それから立ちあがる勇気がありますか?

    (/-\)いやーん



    お知らせ:出張の為、ブログの更新はお休みいたします。 ブログの更新は2日(火)より~鑑定は1日(月)の午後より再開となります。 お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願い申し上げます。 いつも御利用いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    やりたいこと。

    自分が本当にやりたいことって「何なんだろう?」と考えるのは、人であるなら誰しも一度や二度はあると思います。 生きていると最初はお金が欲しいとか家が欲しいなど、物欲に走るのは仕方が無いことです。 アレ欲しいコレ欲しいと言うのは子供じゃなくて、イイ歳した大人の方がよっぽどアレ欲しいと言っています。

    夢を追いかけている人が凄いのは、失敗することなんて考えもせずに突っ走れるところです。 普通なら会社を辞めて独立したなら、全責任が自分に来るから不安が一杯です。 しかし、成功する人は失敗する不安を溜め込まずに、成功する夢~この夢を一杯にして突き進んで行きます。

    そういう人は「あの人は強いから…。」とよく言われるのですが、夢を追いかけて成功する人は強いんじゃなくて他を見ないだけです。 失敗は成功の元だとか夜明け前が一番暗いなど、明るいことへしか眼が行っていないポジティブシンキングこそが凄いのです。

    人は誰だって初めてのことや大きなことをするときは、不安が一杯で当たり前です。 それでも不安だ~不安だと不安なことばかり考えていたら、それは不安なことが起きて欲しいと願っているようなものです。 思考は現実化するので「余計なことは考えない」を合言葉に、夢を実現することだけ考えていればいいんです。

    人生は半端じゃなく苦しいことや悲しいことが一杯あるのは事実ですが、嬉しいことや楽しいことが一杯あるのも事実なんです。

    なんと言っても日本人に生まれてきたと言うのは大きなチャンスですが、それにあれこれ文句を言う人は成功するのが難しいと思います。 日本がダメなら海外があると言うのは世界が視野に入っていない場合が多く、日本で成功するのは努力と比例することが多いので簡単な部類に入るのです。

    ただし、だからと言ってお金を稼ぐ為に何してもいいわけじゃないし、稼いだお金の使い道は自分ひとりが決めるもんじゃありません。 お金をいくらたくさん持っていても死んでしまえば、あの世まで持って行くことはできません。 どうにもならないのに、そのどうにもならないモノを追い求めるのは悲しいことだと思うのです。

    死んだ時に持っていけるのは、ヒトコトで言うなら「想い」だけです。 亡くなった時に、どれだけ大勢の人が悲しんでくれるか。 それを決めることができるのは今までの生き方だけで、生きている間にどれだけの想いを色々な人の心に刻み込んでいるのか、それがわかっていない人は50歳を過ぎてから急激に人付き合いが減っているはずです。

    何故かはわかりませんが50歳前後&近辺で転機が訪れる人は意外と多く、それは運命がくれた気付きのラストチャンスなのかもしれません。 50歳前後&近辺の人は仕事が増えたり減ったり~人間関係が豊かになったり貧相になったり、運命が生き方指南をしてくれているのに気付かずに通り過ぎてしまう人が多いのです。

    芸能人や自営業や会社社長など自称「顔が広い」と言う人は多いけれど、それはあくまで利害関係があるから繋がっているだけで、人間的魅力で繋がっているわけじゃありません。 落ち目になったり利益を生まなくなったりした場合は、途端に周りにいる人々が掌を返していなくなってしまいます。

    やりたいことがあって実現させることが出来ても、ひとりだけじゃつまらないモノです。 人生は自分に応じた人や状態を引き付けるのですが、切磋琢磨がない人生は張り合いがなくなります。 競う相手や同じ価値観を分かち合える人がいるからこそ、夢は実現させるのが楽しいのです。

    仮にボランティアに燃えていても、それを理解してくれる人がいなければ長続きしません。 「やっていることを認めてもらう」と言うのは、人のやる気を保つ為にはとても重要なことですが、褒められて怒る人はいません。 褒めると言うのは相手を認めることであり、認められて辛いとか苦しい人などいないと思います。

    私は幸運なことに、やっていることを認めてくださる素敵なお客様がいます。 素敵なお客様の笑顔を見ることができたら、コレは人生にとって凄い価値があることで「感極まる」ことが多いです。 お客様の人生は努力次第でいくらでも変わるのですから、ドンドンと良い方へ変えて行ってもらい、幸せだと思える人生を歩んでいただきたいと思います。

    胸に思い描いたことは実現するからこそ、その夢を叶える為の宿題はたくさんでます。 夢が叶った時のリターンが多ければ多いほど、そのリスクだって高くなるのは当たり前です。 困難や障害を不遇だと思う人と、コレを乗り越えたらもう大丈夫と思う人、成功するのはどちらか考えなくても一目瞭然です。

    あなたがあなたである為には、何をすればいいのかの答えはちゃんと胸の中にあります。 ただ、それを思い出すのに時間が掛かっているだけで、余計なものを取り払ってキチンと片付けて、さらに整理整頓できたら大切なモノは簡単に見つかるはずです。

    あなたはやりたいことの為に、何をどうすればイイと思いますか?

    ノ(´д`) ウ~ン?

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    モラルハラスメント。

    おはようございます。 著書の経過報告ですが、今週よりアマゾンやセブンアンドワイなどオンライン書店~および都市部の主要書店に並び始めました。 また、予約の方も次々と入っているようなので、コレもひとえにお客様のご支援とご愛顧のおかげで、本当にありがとうございました。 m(__)m

    さて、今日の本題はモラルハラスメント&DVについてです。

    恋愛&結婚は誰しも夢見るものですが、その後の結婚生活となれば急に現実が襲ってきます。 その生活の中で目立つのが自己中心的な御主人ですが、残念ながら岡山県はDVでは47都道府県でも上位に入ります。 これは単なるわがままと言うレベルではなく、相手を過剰に束縛&支配をしたがり、怒ると過剰な暴言を吐く極端な人も多いのです。

    人は誰かを好きになるから心が磨かれるとは思いますが、好きになった人が暴力を振るう人であればお勧めすることは出来ません。 暴力を振るう人は一生治ることはなく、ほぼ半永久的に暴力を振るい続けるのです。 本人の自制心により一時的に抑えることはできますが、それも本人のブレーキがいつまで掛かっているかと言うだけです。

    DVやモラルハラスメントについて危険信号の例を出すと、家事の細かい部分から始まり買い物や服装などにイチイチこだわりを持った強制を始めます。 (この時点では、イエローカードです。)

    服を買えるのは許可がある時だけとか、化粧や髪型などを自分の考え通りにしないと怒鳴り散らす。 しかし、自分のこととなると自由気ままでバイクや車に加えて、スキーやゴルフなど色々とするのです。

    また、喧嘩になると「俺がしんどいのはお前のせいだ」とか「家事育児はみんなしてるんだから、当たり前のことに感謝はしない。」など、自分が偉いかのように命令し始めます。 化粧をすれば「主婦を忘れるな」と言い、意見を言おうものなら「お前の意見は聞いてない。 俺が嫌な思いをするから駄目なんだ。」と言い始め、最後には「俺に言わせれば○○だぁ。」と締めくくる。

    こう言う御主人に限り、「自分は働いている」と威張るのが特徴です。

    世の中ではDVと言えば肉体的な暴力を思いますが、「無視する~怒る~脅す」なども言葉や態度による精神的な暴力なので、程度の差はあれ立派なDVになるのです。 モラルハラスメント夫やDV夫などは、医学的には人格障害の一種である「自己愛性人格障害」であることが多いとされています。

    自己愛性人格障害には一応の規準がありますが、専門用語で言うと難しくなるので、わかりやすくいうと以下のようになります。

    「極端にプライドが高い~自分以外を愛せない~他人への共感がもてない~自分がいつも正しいと思っている~他人を貶めることをしても自分が一番でありたいと思う」などです。これらに当てはまる男性は、モラハラやDVになる可能性大です。

    こうなる可能性が高い人は幼少期に極端に過保護で王様のようにわがままいっぱいに育てられたり、逆に全てを管理された状態で抑圧されて育った場合に多いです。 その他で言うと虐待や育児放棄など、愛情の不足している状態で育った場合になるという説もあります。 いずれにしても周囲~特に親との関係がうまく築けないと、極端な自己愛に走るとされています。

    残念ながら多くの場合は、本人の行動に自覚はありません。 周囲の人が本人に言っても本人に自覚が無いのでカウンセリング等の治療を受けない為に、この障害を直す方法は今のところありません。 第一にカウンセリングを受けたとしても、本人は相手を決して認めようとしないので無理なのです。

    この病気のやっかいなところは近親の人以外には表れにくく、周囲に対して自分がよく見られたいという欲求があるので外面が良いと言う二面性を持っています。 その為、妻が夫の暴言などを周囲に訴えても「えぇ~、まさか? それはあなたが悪いからじゃないのぉ?」と取り合ってもらえないことがあります。 この「気付かれにくい」というのが、奥様を追い詰めていくのです。

    この二面性は「暴言を吐いたら相手が去ろうとする⇒引き止める為に優しい夫になる」の繰り返しで、この一瞬の優しさに「やっぱりこの人はいい人なんだ。」と思ってしまうのです。 また、夫から常に否定や暴言を受けて恐怖にさらされることで、「夫が怒るのは私が至らないから。」と自己暗示にかかってしまい、うつ病などの精神的に病んでしまうケースもあります。

    では、治療の仕様が無いのならば、どういう解決方法があるのかと言えば…?

    その回避方法として、まずは相手を上手に立ててあげて、感謝の意を表してプライドを満足させるのです。 普段からちょっとしたことを褒めたり感謝したりすることで、相手の殿様気分を引き出して「よきにはからえ」とばかりに優しくなります。 また、暴言を吐かれたら「この人はこういう人なんだ」と冷静に受け止めて、相手にしないのが一番です。

    解決方法として一番悪いのは、夫婦だけで話しあって第三者に相談しないことです。 話し合いをするなら、必ず第三者がいる場所ですることが鉄則です。

    本来の夫婦とは、お互いが助け合い尊敬しあいながら一緒に暮らすものです。 もしも、こんなモラハラやDVで楽しいはずの結婚生活が苦しい生活になるのはおかしいのです。 モラハラやDVで苦しんでいるのなら回避方法を試してみて、それでも治癒しないようならば潔く「離婚する」と言う道を選ばなければ、自分だけの被害ではすまなくなる危険性もあるのです。

    あなたは結婚生活を、どのように過ごしていきたいですか?

    ε=ε=ε=ε=┏(; ̄▽ ̄)┛

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    移り行く街。

    おはようございます。 昨日の午前中に帰ってきて、午後より鑑定を再開しております。 久しぶりに正式なブログを更新する感じがしますが、東京出張の時だけ更新した東京徒然草は好評であれば、次回の出張時にもしたいと思います。 (12月東京出張分の予約受付は、11月28日(金)の夜8時より開始です。)

    さて、私は車を持っていないので、移動はもっぱら公共交通機関です。 特に都会へ出て行くと交通機関が発達しているので、電車移動(地下鉄含む)で充分に事足りてしまいます。 電車に乗っていると流れる景色が映し出す風景があり、それを眺めていると新しい発見があったりもします。

    新しい発見と言うのは細かく見ていると気付くと言うものでもなく、大雑把でも記憶していることが大切です。 私は出張時の新幹線では、必ず座席指定をします。 簡単に言うと富士山が見える側を取るのですが、座席表で言うとD席やE席となります。 号車と席番は指定しませんが富士山が見える側の窓側と言うのは、新幹線に乗る時に必須条件です。

    何で必ず座席指定してまで同じ側を取るのかと言えば、移り行く風景を見ていると楽しいからです。 私が自閉症で知恵遅れと言われていたのは度々ブログで書いているのですが、この自閉症と言うのは可能性の扉を一つ持っています。 (その能力とは記憶で、世界で記憶力ベスト3の実力を持つ人は3人ともサヴァン症候群と言う自閉症の一種です。)

    私は東京や名古屋へ出張する時に流れる風景を記憶していくのですが、コレをしておくと次に新幹線に乗った時に前回との差が分かるからです。

    例えば、道路工事を姫路~新神戸駅の間でしていたとします。 それを10月の東京出張では3番目の電柱のところまでだったのに、11月の東京出張では15番目の電柱まで工事が進んでいる。 こうやって先月との差を見ていくと、風景と言うのは常に変化しているのがわかります。

    今年記憶して楽しんでいた具体例ですが、浜松~熱海間にある山は今年の1月頃には木を切っていました。 

    しかし、3月頃にはブルドーザーやユンボで採掘して造成工事をしていて、6月頃には更地にして杭を打って各住宅会社ごとの区画割りをしていました。 9月頃には区画割りも済んで側溝やノボリやモデルルームなどが完成していました。 10月に見た時には何棟か上棟してありましたし、11月には生活している人に加えて更に棟を上げている場所が増えていました。

    また、姫路~相生間では橋を架けていたのですが、9月では基礎工事中で~10月には柱が何本か立って~11月には柱の上に道の部分ができて、徐々に橋が架かりつつあります。 (他にも色々と記憶していますが、長くなるのでこの辺で…。)

    新幹線で同じ場所を取ると言う定置定点、こうしておくとコレだけの変化を感じ取れるのです。

    私は本を読みながら景色も同時に見て、風景の移り変わりを楽しんでいるのです。 なお、コレは新幹線だけではなく、山手線や中央線など地下鉄以外で外の風景が見える場所ではできます。 だから移動する時には、極力地下鉄は使いたくないのです。 地下鉄は外の景色が見えないから面白くないので、やはり風景が流れる方が面白いです。

    私はこの移り行く街の顔と言うのが大好きで、景色を眺めているとほのぼのしてきます。 知らない場所へ行くワクワク感が未知の世界の扉をノックしているようで、流れて行く景色と共にやってくる風景が心をときめかせます。

    東京出張などでは特に感じるのですが、ひとつの駅が街を作って~生活を支えていくのですが、この駅がひとつ隣になるだけでも街の顔は変わってくるので新鮮な感じがあります。

    東京で私が利用している会議室がある駅の西側は繁華街なのですが、反対の東側はオフィス街で街の顔が違います。 そしてJRでひとつ隣の駅はおしゃれな感じがある街で全然違いますし、そこから別な路線に乗り換えて二~三駅ほど行くと、桑田佳祐さんや哀川翔さんの家があったりします。

    会議室がある場所と直線距離で2キロほどしか離れていないのに、繁華街やオフィス街の顔から閑静な住宅街の顔へと移り変わっています。 このように東京散策をしていると田舎の出身の私には新鮮に感じられることが多いので、東京出張の度に新しい発見や感動があります。

    田舎の山間の路線も楽しいのですが、それは小さい時にしっかり見ているので私はもう充分です。 (苦笑)

    街の顔と言うのは不思議なもので、その場にいるだけで雰囲気を感じ取れてしまいます。 築地にいると「あぁ、活気があるなぁ~。」と思いますし、代官山にいるとシックなお洒落感が漂います。 原宿にいると若い活力を感じますし、青山にいると知的なセンスを感じたりもします。

    こうやって街の顔の移り変わりを感じていると、飽きることのない散策ができるので楽しいです。

    あなたは移り行く街の顔を、じっくりと感じたことはありますか?

    "ヽ(´▽`)ノ" ハァ~イ!

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    オンリーワン。

    ナンバーワンと言えば響きはいいのですが、私はオンリーワンの方が良いと思っています。 これは人により考え方が違うかもしれませんが、ナンバーワンの辛さや悲しさを辿ってみるとすぐに理解できます。

    ナンバーワンと言えばプライドが関係してくるのですが、このプライドが高いと自分らしさを失ってしまうのです。 地位や役職がどんなに高くても、「果たして自分は何者なのか?」と言うのをきちんと答えられるのは、日頃から生き方をはっきりとさせていないと難しいと思います。

    また、プライドが高くなると必ずミエを張るとか~格好つけるなど、あの人には負けたくないとかあの人よりも良い生活がしたいなど、自意識がドンドン拡大していき取り返しが付かないほど他人と競走を始めてしまいます。 しなくてもいい競争で、ならなくてもいいナンバーワンを目指してしまうのです。

    しかし、自分の人生なのに人と比べても状況や環境が違うから、全く同じと言うことはありえないのです。 この思いが更に大きくなってくると、今度は「一番でいたい。」と思い始めてしまうのです。 この一番でいると言うのは、いつかは誰かに抜かれると言うことなので、いつも後ろを気にしてしまい大げさに言うと辛いだけかもしれません。

    例えば、前回のオリンピックで金メダルを取った人はと聞かれても、そんなに答えられる人はいません。 競技を絞りマラソン~100Mなど、知名度の高い分ならかろうじて答えられますが、マイナー競技ではまず答えられません。 知名度があっても前々回の金メダルはと聞かれたら、もう答えられない人が続出すると思います。

    一番~一番と言うけれど、ナンバーワンと言うのは忘れられる為にあるのかと言うくらい、人の記憶に残らないものなのです。

    残念ながら自分の意識の中でナンバーワンになる為の時間は、目の前の結果にだけ一喜一憂するだけの無駄な時間でしかありえません。 そんなものに時間を掛けるのならば、もっと有意義なものに時間を掛けた方が素晴らしいと思います。

    私はオンリーワンであればいいと思うのは、人生においてほぼ全てに通じるからであり、何の世界でも状況でもオンリーワンは強く生きられるからです。 オンリーワンは「ただひとつだけ」と言う部分こそが最大の特徴であり、他に取って代わるものが無いからオンリーワンになれるのです。

    ナンバーワンはいつか他の人に取って代わられるけれど、オンリーワンでいられたら代わりはいない強みがあるのです。

    分かりやすくスポーツ界で見てもオンリーワンの凄さがありますが、10~11月頃になると日米野球と称してメジャーリーガーが来日します。 今は日本人もメジャーリーグに行くから珍しくありませんが、以前は日本人選手がメジャーリーガーにサインやユニフォームを貰いに行くシーンがよくTVに映っていました。

    しかし、その光景の中でただ一人だけ、メジャーリーガーがサインを貰いにきている日本人がいました。 それは王貞治監督で、メジャーリーガーがキチンと並んでサインを貰っている姿はオンリーワンの強みそのものです。 ホームランの世界記録を持ち、人格も人並み以上である王監督は、メジャーリーガーの尊敬を一身に受けているからです。

    Jリーグに目を移しても同じで、海外で活躍して実績も素晴らしい選手は多いけれど、いつまで経ってもキングカズこと三浦和良選手のオーラには誰も適わないのと同じです

    そうは言うけれど、「そんなに簡単にオンリーワンにはなれない」と思っているかもしれませんが、それは自分を卑下したり欠点を見たりするからです。 人である以上は欠点があって当たり前で、完璧な人など存在しません。 しかも欠点は時として有利に働くことだってあるのですから、欠点を深く考え込んでも仕方がないのです。

    仕事が遅いと文句を言われていた人が、他の会社へ転職したら「仕事が丁寧だね。」と褒められることだってあります。 人には適材適所と言う言葉があるように、勉強が苦手でもスポーツは得意とか車の運転は下手でも絵は得意など、駄目なところがあっても良い所を活かせたなら、それは自分をちゃんと認めてあげることになるのです。

    欠点があって嫌いでも得意な分野で目立つことが出来れば、その欠点は隠れてしまうので気にならなくなります。 それでも得意なことが思い浮かばないとなれば、今度は隠し事の無い丸裸の自分をさらけ出すことで、周りの人が欠点でも個性と見てくれるようになれば、それもひとつの生き方として正解なのです。

    あなたはこれからドンドンと活躍していけるし、未来であなたに期待している人が大勢います。 今は経験や実績を作る時であり、その成果が花開いた時には誰かの力となる、そういう素晴らしい人生を送ることが出来るのが、あなたの素敵な人生なんです。

    未来とは作り上げるものであり、未来が来るのを待つだけでは何も変わりません。 未来がくれる課題をクリアして、そしてそれに対する答えを受け取るのが夢を叶えると言うことかもしれません。

    私はアフリカの子供達の里親になっているので、時々子供達よりお手紙が来るので返事を書いています。 その時に書く言葉のひとつに、「It is hope in the future」と言う言葉があります。 手紙を書く時に小さな子供だと、難しい言い回し表現は理解できません。 それでも未来が明るいと言うことを理解してもらいたいから、手紙の最後やバースデーカードなどに書く言葉です。

    しかし、この言葉はあなたにも通じる言葉だと、私は信じています。 あなたには自分だけの才能や個性があり、それを活かせたなら素晴らしい未来に繋がるはずだからです。

    あなたはオンリーワンの自分、それをキチンと認めてあげていますか?

    o(T△T=T△T)oハラハラ



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    恋愛貧乏性。

    おはようございます。 今日も素敵な青空が広がっているので、朝から気持ちが良いくらいです。 何気ない幸せに気付いて、心が貧しくなければ~気持ちが負けなければ、人生はいつも明るく楽しく過ごせると思います。

    世の中には器用貧乏とか貧乏性など、お金に例えて人間性を表す言葉があります。 これは恋愛にも活かせるのですが、男性を見る時にお金の支払い方で人間性が意外と良く分かるものです。 お金の使い方には人柄が出るので、それを恋愛に当てはめて判断すると男性の心の内を簡単に見抜けるようになります。 それは恋愛貧乏性とでも呼ぶべき、見抜き方でもあります。

    例えば、よくプレゼントをくれたり~よく食事に連れて行ってくれる男性がいますが、これは色々なタイプ別の思惑があるからしてくれていると言うのを見抜かないといけません。

    基本的に気前が良い男性と言うのは、それ自体は悪い人ではありません。 自分だけがよければ良いと言う私利私欲の男性よりはよっぽどOKです。 その中でも一般的なことから言うと、食事に誘ってくれる(ご馳走してくれる)男性のタイプ別の判別法です。

    まずは、本当にお金に余裕があるマナーの良いダンディーでカッコイイタイプ。 次にお金は無いんだけれど女性の前ではカッコイイ状態をしたくて、毎回カードなど借金してでも払おうとするタイプ。 最後に口説く自信も無いんだけれど、お金をだせばなんとか気を引けると思い込んでいるタイプ。 (以上、簡単ですが3タイプいます。)

    このうち、最初のカッコイイタイプは心配ないのですが、問題は2番目以降のタイプからです。

    借金タイプの場合の本音は、「次のボーナス&給料で埋め合わせを出来るから、見栄を張れるだけ張っとこう!」という考えで動いています。 その為、借金して女性に奢っているというのを計算している為、どこかで「投資した金額を回収しなきゃ!」という損得勘定で見ているのです。

    実はこのタイプがニュースなどを騒がせるタイプなのですが、とにかく「元を取る!」と言う考えしかないので、態度が急変して交際を迫ろうとしたりするのがこのタイプです。 貯金がゼロになっても口説こうとしているので見栄を買う習慣が身についてしまい、何とか元を取ると言う「本気の貧乏性」になっています。

    この「元を取る!」と言う考え方があるから、セクハラや痴漢や援交などに走ってしまい人生を台無しにしてしまうのです。

    ところが、自分に自信がないから食事やプレゼントで気を引こうとするタイプは、「心の貧乏性」なので人畜無害とまでは言いませんがほぼ安全です。 使い込みをしてまでお店に通うなど、嘘にコロッと引っかかり結婚詐欺などあってしまうのはこのタイプです。

    男性は通常、20代くらいでは血気盛んな思いがあるものです。 例えば、「オッサンがお金の力で女性をはべらしたりするけど、あれはカネの力でしているんだ!」と言うような「金の力に頼らなくても、俺は口説ける!」という信念や思いを抱くものです。

    そしてモテナイ理由を徐々に金銭面に移行していき、お金があればモテルようになるだろうとか~お金さえあれば女性なんてどうにでもなるなど、間違った考えに進み始めるのです。

    この「俺にもお金さえあれば…。」と考える男性が、実際にお金を持つと大変です。 モテル男性と言うのはモテル理由があるからで、お金があるからモテているわけじゃありません。 お金が出来て気が大きくなる男性は「話がつまらない~センスも無い~夢や信念も無い」など、魅力自体が無いことに気が付いていないのです。

    これは「心の貧乏性」であり、会話やセンスに乏しい男性であることが多いです。 「本気の貧乏性」よりは害が無いのですが、お金がなくなった時の悲壮感は哀愁漂う辛いものがあります。

    基本的に貧乏性の男性は不要なモノをなかなか捨てない特徴があり、新しく入手するという意思や計画がないのでセンスがドンドン無くなっていくのです。 同じように心の中も不要なモノで一杯になり、過去の自分と決別できなかったり~殻に閉じこることが多くなります。

    そして、この貧乏性は恋愛関係にもあてはまり、自分に少しでも好意をもってくれた女性を「なんとなくキープ」をしたくなるのです。 恋愛遍歴と言えるモノもなく「そこそこ、ほどほど、なんとなく」と言う感じで過ごした日常からの恋が多いことが特徴です。

    この性格は女性を選ぶ場合にも発揮されて、すぐに結論を出す女性を探し求めているので「愛」が存在しないのです。 夢を求めて努力している「物質的貧乏」の男性ならいいのですが、精神的にガツガツしている「精神的貧乏性」の男性ではあなたの恋は辛く悲しいものになります。

    あなたは精神的貧乏と物質的貧乏を、ちゃんと見分けることが出来ますか?

    o(+_+。)(。+_+)o ドッチカナァ?

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    ピカソ展。

    今週の土曜日から東京出張なので金曜日の更新後、倉敷へ帰ってくるまでブログの更新がしばらくできなくなりますがご了承くださいね。 ホテルの共有PCも他のお客様の御迷惑になるので、長時間の使用は難しいです。 (短時間なら利用可能なので、東京徒然草を書きたいとは思いますが難しいかなぁ…?)

    さて、東京出張では、ぜひ行ってみたいと待ち遠しいのが「ピカソ展」です。 この10月4日~12月14日までの約2カ月間、六本木界隈にある国立新美術館とサントリー美術館の2館が会期を合わせて「巨匠ピカソ」展を同時開催しているのです。

    国立新美術館では「愛と創造の軌跡展」で、「青の時代」から「キュビスム~新古典主義~シュルレアリスム」と、生涯の間に変化し続けた作風を絵画と彫刻約170点で振り返ってあります。 サントリー美術館では「魂のポートレート展」で、主に自画像に焦点をあてて約60点の作品が揃っています。

    私はピカソだけではなくシャガール~ダリ~フェルメールなども好きなのですが、芸術に関する話をしていて小~中学生の時によく怒られていました。 特に小学校の先生達はピカソの名前くらいは知っていましたが、フェルメールになると全然わからなかったようです。

    今回六本木へ見に行きたい「パブロ・ピカソ(1881~1973年)」はスペインのマラガに生まれて、フランスで制作活動をした画家(彫刻家~芸術家)です。 キュビスムの創始者のひとりで、生涯におよそ13,500点の油絵と素描に加えて100,000点の版画~34,000点の挿絵~300点の彫刻と陶器を制作しているので、最も多作な画家であるとギネスブックに掲載されているほど才能に溢れかえっています。

    先ほどの話で小学5年生の時に、何故ピカソの話をしていて先生に怒られたのかと言う理由ですが、私が「ピカソの名前は落語の寿限無と同じくらい長い」と言ったからです。 「嘘をつくな!」と怒られたのですが、大学教授か美術大学出身の人なら嘘ではないと理解してくれたと思います。 しかし、当時の私は自閉症の知恵遅れと言われていたので、正しい話でも嘘だと思われていたのです。

    ピカソの正式な名前は「パブロ、ディエーゴ、ホセー、フランシスコ・デ・パウラ、ホアン・ネポムセーノ、マリーア・デ・ロス・レメディオス、クリスピーン、クリスピアーノ、デ・ラ・サンティシマ・トリニダード、ルイス・イ・ピカソ」です。 あくまで画家として活動を始めた初期の頃から「パブロ・ルイス・ピカソ」と名乗り始めて、その後でルイスを省いて「パブロ・ピカソ」と名乗るようになっただけです。

    ちなみに、ピカソは作風がめまぐるしく変化した画家としても有名なのですが、それぞれの時期が「◯◯の時代」と称されるほど変化しています。 まずは「青の時代(1901~1904)」ですが、親友であるカサヘマスの自殺にショックを受けて、プロシア青(青色無機顔料)をベースとする暗青色を基調として、「軽業師~アルルカン~売春婦~乞食~芸術家」などを描いています。

    なお、自殺したカサヘマスですが、ピカソ達とパリを訪れた時にジュルネーヌという女性を好きになったのですが振られてしまいました。 心配したピカソは一度スペインに連れて帰るのですがカサヘマスは再びパリへ舞い戻り、カフェで談笑するジュルネーヌをピストルで撃った後でこめかみに弾を撃ちこんで自殺しました。 ただし、ジュルネーヌは死んでおらず、その後も長生きして幸せな家庭を築いています。

    長くなるので、以下の時代は簡単に書いていきます。 「バラ色の時代(1904~1907)」ですが、この時期にはフェルナンド・オリヴィエという恋人がいて、明るい色調を使用して「サーカスの芸人」など楽しい感じの絵が多いです。 「アフリカ彫刻の時代(1907~1908)」は、アフリカ彫刻の影響を強く受けた時期で、この時期にキュビスムの端緒となる「アビニヨンの娘たち」が描かれました。

    「セザンヌ的キュビズムの時代(1908年後半)」では有名な画家セザンヌの描き方を、ピカソがアフリカ彫刻のキュビズムで描いた時期です。 「分析的キュビスムの時代(1909~1912)」は物体を分解するような、分析キュビスムを突きつめていった時期です。 「総合的キュビスムの時代(1912~1918)」は、コラージュ技法を発明した時期です。

    更に駆け足で説明していきますが、「新古典主義の時代(1918~1925)」は、古典的かつ量感のある母子像を描いていた時期で、「シュアレアシスムの時代(1926年)」はキャンバスの中を怪物のような絵が動き回る「ダンスや磔刑」などが描かれています。 「ゲルニカの時代(1937年)」はゲルニカ爆撃を見て怒りに震えたピカソが、ゲルニカの為の「泣く女」などを描いた時代です。

    そして「戦後の時代」は子供のような絵を子供のように自由に描いて、まるで絵を描くことがピカソに命を与えるかのようにキラキラしています。

    晩年のピカソは、過去の巨匠の作品をアレンジして新たな作品を描くという仕事を始めました。 有名なのはディエゴ・ベラスケスの「ラス・メニーナス」をベースとした連作ですが、他にもゴヤ、プッサン、マネ、クールベ、ドラクロワで同様の作品を仕上げています。

    最晩年の作風は今まで経てきたスタイルの混合となり、最後のエネルギーを制作に注入して、より大胆にカラフルで激しい絵を描きました。 晩年のピカソの作風は新表現主義に大きな影響を与えたと考えられていて、ピカソは死ぬまで時代を先取りする画家であったのです。

    なお、ピカソが亡くなったのは昭和48年なので、2008年の時点で35歳以上の人ならピカソが生きていた同じ時代を経験しているのです。 TVなどで「あなたの前世はピカソです。」なんて発言していますが、あれはバラエティなので聞き流してくださいね。 (苦笑)

    あなたは芸術の秋を、堪能していますか?

    (〃∇〃) あはっ~☆

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    受け入れる。

    おはようございます。 今日もあなたの心には素敵な青空が広がっていると思いますが、天使のように素敵なあなたにはシャワーのごとく幸せが降り注ぐはずです。 まるで未来を祝福してくれているようにイメージできたら、それはあなたの未来が明るい証拠です。

    ただし、人の気持ちは機械ではないから、いつも明るくいられるわけではありません。 受け入れるのが辛い時には、ちゃんと悲しい気持ちや辛い気持ちを抑えずに表しても良いと思います。 人は辛い時でも我慢するとか耐えると言うのが美徳みたいに言いますが、他人に迷惑をかけないのであれば我慢するのもおかしい話です。

    人に迷惑をかけずに自己責任ですることや自分に降りかかることを、関係のない他人が我慢しろと言うのはもっと変です。 自意識過剰でプライドの塊のような人なら、自分のことには触れて欲しくないのに他人のことにはアレヤコレヤと口を出すかもしれません。 こんなことを理不尽と言うのであり、そう言う意見は聞く必要はありません。

    生きていると必ず出会うことがあり仕事だけでも入社や退社~転職や独立、人間関係でも友人知人との関係に留まらず親との死別や恋人との別れなど、人生で味わうことの中で辛いや悲しいことは一杯あります。

    そんな時に受け入れると言うのは本当に苦しいかもしれませんが、それを受け入れないといけない状態の時には受け入れること自体が人生だと思うのです。

    人類は66億人以上いるのですから、同じ人生と言うのはありえません。 しかも、生きている条件は人それぞれで、成長過程も違うのですから今の状態だけ切り取って公平かどうかの判断はできません。

    生まれてきた以上は出会いと別れは避けられず、その別れの時に人は辛いとか悲しいと感じます。 出会う時は楽しい時が多いので、それ自体を考える人はいません。 しかし、別れとなると途端に「どうして?」と考え込んでしまうのです。

    出会いと別れはコインで言う表と裏なので、それを誰もコントロールはできません。 出会いがある以上は、その次に必ず別れが待っています。 それが早ければ人情や愛情も沸かない為、そんなに苦しいとも悲しいとも思いません。 しかし、ある一定期間以上を一緒に過ごす、親や恋人や友人との別れは悲しくて辛いものです。

    その想い出がホロリとするのは、あなたが愛されていた証拠です。

    愛が深ければ深いほど、別れの時に起こる悲しみや苦しみは大きくなります。 嫌な相手や憎い相手と別れるならば、別れることが嬉しくて悲しみも苦しみも存在しません。 せいせいしたと言う言葉があるように、別れが待ち遠しいかもしれません。 つまり、嫌な相手と別れる時には苦しくもないし悲しくもないのです。

    愛の大きさを感じると言うのは、誰かがあなたのことを見つめているから安心できるのです。

    巡り会うと言うのは何かが繋がっているからであり、それを人は縁と呼びます。 その縁があるのは家族としてだったり~恋人とだったり友人だったり、こぼれるほどの思いは一緒にいることに意味があるから起こるのです。

    忘れてしまうと言うのは勝負の世界では後を引きずらない為にも必要なことですが、人間関係においては紙を燃やしてしまうようなわけには行かないのです。

    人生において最も悲しいのは近親者など近くにいる存在を失うことですが、それは生きている以上は誰もが通らないといけない道です。 祖父母だったり父母だったり、兄弟や恋人や夫なんて場合だってあるかも知れません。

    人には寿命があるので、いつかは別れの時が来てしまいます。 それを止めることは誰にもできませんが、その人との思い出があると言うのは幸せです。 別れを悲しむと言うのは、お互いの間に愛が存在しないと無理だからです。

    あなたが100の愛を受けたなら、その100の愛をどのようにすれば返せるのか。 それは愛を受けた相手にだけ返したのでは、返しきれるものではありません。 愛の形とはひとつではなく、相手の気持ちに答えると言うのは誇れる自分でいることも必要なんです。

    もしも仮に、親などの近親者が亡くなると言う事態を受け入れないといけない時が来たなら、親があなたを見て尊敬できる「誇れる娘」でいて欲しいと思うのです。

    それこそが「一緒にいられる時間を大切にしておくこと」であり、別れを迎える前にできる精一杯のことなんです。 時間の流れを止めることはできないし、人の寿命を操れるなんてできません。 しかし、素晴らしい記憶や思い出はいくらでも作れるし、それは誰かの力を借りなくても自分でやれることなんです。

    誇れる娘でいたなら、親が悔いを残すことはありません。 自分の思いを受け継ぐだけの安心を胸に抱いて旅立てるようにしておくのが、生きている人ができることであり~やらなければならないことでもあります。

    あなたは目の前にあることを、キチンと受け入れることができますか?

    。。。ρ(-ω- )ソウダネ~。

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    膠原病。

    おはようございます。 今日は日曜日ですが、あなたにとって素晴らしい一日となり、輝ける情熱を胸に抱いて過ごせる日となる、私はそう信じています。 あなたが持っている健康と言う財産は、目には見えないけれど素晴らしい可能性を秘めた財産なんです。

    健康とは、それだけで財産であり素晴らしい幸運だと私は考えています。 自由自在に動くことが出来て自分の意思で何でも出来る、おまけに痛みもなく身体の調子を気にすることすらないと言うのは、とんでもなく幸せなことだと思うのです。

    私はお客様の未来を視ると言うことが主体ではあるけれど、返事が出来ないことも多々あります。 私が未熟と言うのもありますが~手も足も出ない未来に対しては、どうにも出来ない無力感が常に付きまとうのです。

    生きる道を模索する上で希望の光りは失ってはいけないけれど、どれだけ進めば光りに辿りつくのかの答えを私は持っていないのです。

    私は生まれつき難病と戦っている人を拝見させていただく時には、自分の無力感との戦いでもあります。 目の前にいる人に対して何も言えないし~言えるはずがない自分が情けないです。 病気における痛みや苦しみと言うのは個人だけのものであり、誰も真に理解することができません。

    一般的に難病とは治りにくい病気や不治の病を指し示す言葉であり、医学的に明確に定義された用語でありません。 特定疾患は基本的に「難病」と言われる病気のうちでも、治療や療養に関して行政の特別な対策が必要であるとする範囲を指定したモノです。

    難病とされる疾病を定義したモノはありませんが、行政や医療の現場では特定疾患を難病と俗称することがあるだけで、その中でも女性が避けて通れない難病のひとつに「膠原病」があります。

    膠原病を少し説明すると、人体は細菌やウイルスなどの病原体や正常な細胞がガン細胞に変化する時に、異物を排除しようと免疫機能が働きます。 この免疫機能に異常が起きると正常な細胞や細胞の隙間をうめている結合組織が、自分自身の免疫機能により間違って破壊されることがあります。

    この様に自分自身の正常な組織がターゲットになり破壊されてしまう病気を「自己免疫疾患」と言い、特に結合組織や血管を中心に慢性的な炎症と破壊が繰り返される自己免疫疾患を「膠原病」と言います。 人の体は結合組織や血管に囲まれているので、膠原病はほとんどの臓器に起こりうる病気で、どの臓器が主に侵されているかによっても特徴的な症状が現れます。

    関節リウマチは関節を中心に炎症と破壊が起きる膠原病の代表的な疾患で、膠原病は女性の方が圧倒的に多く妊娠や分娩を契機に発症したり悪化したりする事があります。

    膠原病の由来とは、全身のコラーゲン(膠)にフィブリノイド変性(病理組織学的に強い好酸性と屈折性を示す均一な構造物)が見られる一連の疾患群の総称として、1942年に定義されたのですが、研究が進むにつれてコラーゲンの変性が病態の本質ではないことが判明しました。

    それに伴い膠原病という名称が不適切であるとなって、結合組織病とも言われるようになりましたが、日本では膠原病の名称で呼ばれることが多いようです。

    主な症状として、発熱~倦怠感~関節痛~レイノー現象などがあり、痛みなどが慢性的に経過して寛解と再燃を繰り返しながら進行することもあります。 多くの場合に自己免疫疾患としての機序が関与していると考えられているが、完全な病態の解明はなされていないのが現状です。

    膠原病の有効な治療法は現代医学でも見つかっていない為、最新医療技術をもってしても完全に治すことは不可能だと言われています。 ただし、ステロイドや消炎剤などを使用することにより炎症がある程度は抑制されるので、日常生活に支障のない程度にコントロールすることは可能と言われています。

    最近では漢方薬などを用いた治療法もあるので、ステロイドだけでは制御できない症状に対する追加療法などとして、もちいられているようです。

    なお、欧米には膠原病学に関する名前の学問区分に値する言葉はないので、日本では膠原病を扱う病院の診療科として、「リウマチ科」と「膠原病内科」などの名称が混在していますが扱う分野に差はありません。 (注:膠原病に関して中四国であればS病院のM先生が良いと思っているのですが、こればっかりは相性の問題もあるので一概には言えないのが辛いところです。)

    私は自分をしばしば無力だと思うのは、難病に対する答えを何一つ持っていない為に難病の方を前にした時に何もできないからです。 何か言葉をかけられたなら良いのですが、中途半端なことは言える訳がありません。 「それは学びです。」なんて言葉は、難病と戦っている人の人生を冒涜する言葉であり、決して気軽に言ってはいけない言葉です。

    私は難病に対して無力であり~何も言えない霊視カウンセラーであると言うことを肝に銘じて、今後も努力と精進を持って歩んで行きたいと思います。 もしも、私のヒトコトで勇気や元気が出るのならば、それは私にとって何より嬉しい瞬間です。

    私の言葉はあなたにとって、少しでもお役に立てているのでしょうか?

    σ(TεT;)・・・?



    お知らせ:出張の為、ブログの更新はお休みいたします。 ブログの更新は18日(火)より~鑑定は17日(月)の午後より再開となります。 お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願い申し上げます。 いつも御利用いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    知らない世界。

    おはようございます。 今日は土曜日ですが、どんな素敵な週末を迎えることができるかとワクワクドキドキしてくださいね。 ワクワクする期待感は幸運を呼んで、更に良いことが起こる予感を強めます。 それが自分の知らない世界ならば、知識や経験の引き出しが増えるので相乗効果が更にアップします。

    この自分が知らない世界と言うのは何の分野でもあるし、いつでもどこでも意識の持ち方で見えてくる場合だってあります。

    これが絶対と言うのはほとんどありえないと言っても過言ではなく、トップとか一番というのだって一瞬の輝きでしかありえません。 地位やポジションにしても、いつかは誰かに取って代わられるし~栄枯盛衰の例えのごとく、うかうかしていると繁栄するのは今だけと言う厳しい現実があります。

    仏教に限らず宗教思想の中で「俗世間」と言う言葉がよく出てきますが、これは欲が存在する世界を指しています。 人の心の欲望が無ければ争いは起こらないのですが、欲がなければ発展しないのも事実であり、その辺のさじ加減は永遠のテーマです。

    ただし、余りにも自分が一番だと言う強烈な自意識過剰で生きていると、相手を認められなくなるので辛い現実に足を踏み入れる場面が多くなります。

    私は田舎者だし学歴もなく自閉症で知恵遅れと言われてきて、精神的に辛いとかどうとか言う前に、スタートラインに立つことが認められないのだからあきらめるしか術がありませんでした。 しかし、今から思い返せば自分の悪い面や直さなければならない面など、人生の修正と言う点では良かったのかもしれません。

    自然体で過ごしていくのはとても楽な生き方になりますが、自意識過剰でプライドの高い裸の王様でいると周りが見えなくなり、誰にも相手にされない悲しい人生が待っているのだけは確定です。

    過去の話しですが「山崎さんは六本木ヒルズに行ったことないの? あぁいう場所のお店に行かないからダメなんです。 私はヒルズでしか買い物はしない。」と、言われていた時期があります。 私はヒルズで買い物をするのが「そんなに偉いのか?」と思っていましたが、その人はヒルズのお店だけが一流と言う価値観だったのです。

    その後、寄付の神様に「ヒルズで買い物をすることがあるんですか?」と聞きました。 すると、「いいや、ヒルズでは買わない。 食事の時や会議の合間にお店を覗くことはあるけど買わない。 そりゃ、銀座の三越などデパートか、並木通りに行って買う。」と言う返事でした。

    このように価値観とは人によって違うので、決め付けることはよくないと思うのです。 自分が知らない世界を認めることができないと、自分より上の人に出会った時にプライドが酷く傷ついてしまいます。 そうなるとイライラして遠ざけるので、ますます世界が狭くなり誰にも相手にされなくなります。

    そういう狭い考えではなく、誰とでも話をしてみて価値観を認め合う。 こういう出会いから学ぶことは多く、その学びを自分に取り入れていけば、人は何歳でも成長できると思うのです。 自分が行くお店だけが一流だと言う考えでいると、最後には裸の王様になってしまいます。

    私にはトンと縁がない話しですが、10月18日&19日に福岡県で大丸デパート主催による一泊二日の展示会が行われました。

    この展示会は○○会と言う大丸デパートの外商部が作っている会で、毎年日本各地のホテルで展示会をしています。 今年はヤフードーム隣のシーホークホテルであったのですが、世界中のブランドがこの為に作った特別仕様のバッグ~服~ジュエリーなどあらゆるモノが並んでいます。

    ジュエリーなら1千万から1億クラスまであり、780万のコーヒーカップとか250万の万年筆など、まず一般には出回らない商品が並べてあります。 グッチの店員さんが知らないグッチ製品とかシャネルの店員さんが見たことないシャネル製品など、特別仕様のモノも並べてあったそうです。

    なお、この時にロ○○○コレクション2008と言う表紙が金色のカタログが約500部配布されて、一般では販売されていないモノばかりが掲載されています。 (このカタログは寄付の神様に譲ってもらい、倉敷事務所に置いてあるのでご自由に御覧くださいね。)

    そして展示会終了後はディナーと千住兄弟のコンサートがあり、翌日は朝から太宰府天満宮に行って、お昼より博多大丸にて外商部の人が専属に付いて買い物をして解散と言う日程でした。 (なお、一般と違う特別割引券が、最後に渡されたようです。)

    私は話を聞いただけですが、世の中には桁外れのお金持ちがいるんだなぁ~と感心します。 こう言う世界もあるのですから、何もヒルズのお店だけが一流と言うわけじゃありません。

    あなたは自分が知らない世界、それをどこまで見てみたいと思いますか?

    (」゜ロ゜)」 ナントォ~?

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    自分への御褒美。

    夢についてのお話をしたいと思いますが、私は以前より本を出してみたいと言う夢がありました。 夢はあったのですが、無名の私が出しても誰が読んでくれるのかと言う思いもありました。 けれど、もしも読んでくださる方が私の文章で勇気や元気が出たなら嬉しいことと言う思いもあり、このふたつの思いが交錯していました。

    ただし、いくら本を出したいと思ったところで無名の霊視カウンセラーを、大手出版社が相手にしてくれるわけがありません。 しかし、お客様に「夢を追いかけよう!」と言っている私が夢に頓挫しているようでは話になりませんし、自分が行動できないようであれば口先だけになってしまいます。

    今年に入ってから受け入れてもらえる出版社を探して、まず原稿を起して話しを聞いてもらい~更には年初より今日までの間に色々な条件をクリアして、ようやく書店に並ぶ所に辿り着きました。 どんな無理難題であろうとも相手が出す条件をクリアすると、その先には夢が叶うと言う現実が見えてきます。 何もしないのに寝ていて夢が叶うことはありませんが、行動すれば何らかの結果は出てきます。

    今回のことで本を出す仕組みなどが色々とわかりましたが、発行部数ひとつとっても有名作家さんであれば何万部単位で初版を出します。 ところが芸能人でもせいぜい初版は3千~5千部で、無名なら2千部が最高と言うのも初めて知りました。 また、発行部数が多い時には自分で買い取ることを条件にしている場合も多く、出版業界もナカナカ一筋縄には行きません。

    次に本ができたら配本と言って書店に置いてもらうことになるのですが、置いてもらえる期間も有名作家さんであれば3ヶ月から半年はあります。 しかし、無名の人は置いてもらえたとしても1週間がいいところですし、全国発売と言っても各都道府県の中で主要書店に配本されるだけで、有名作家さんでも隅々までいきわたるわけではありません。

    なお、本には印税と言って売り上げから契約した%の利益が入りますが、私は全額寄付しようと思います。 作家さんは本を書くことが本業なので寄付しなくてもいいと思いますが、人の運命を見るのを生業としている占い関係者が自分の私利私欲に走ってはいけないと思うのです。 普段から立派なことを言っている占い師(スピリチュアル含む)が印税を懐に入れるようでは、言っていることとやっていることが違うと思われても仕方がありません。

    占い(スピリチュアル含む)と言うのはお客様の運命を鑑定して悩みを解消したり、元気や勇気が出るようにしていくのが本業であり、本を書いて儲けることが本業ではありません。

    口では立派なことを言いながら、豪邸を建てたりベンツを買ったりハワイに別荘を買ったり、これでは話す内容に信頼性が無くなってしまいます。 贅沢な生活ではなく身の丈にあった生活で自分を厳しく律していかないのであれば、どうしてお客様に迷いなき人生のアドバイスができるのでしょうか…。

    私は別に優雅な生活や贅沢な暮らしをしたいから、霊視カウンセリングをしているわけではありません。 お客様の感動の瞬間に立ち会うことができる、それがなによりの幸せになります。 素敵なあなたに出会えると言う一期一会、それが私の心にとってなにより素晴らしい価値あることなんです。

    そして、その結果として寄付やボランティア活動ができれば、更に感動が生まれてくると思うのです。 突き詰めればお越しくださるお客様が笑顔になっていただけたら、それが嬉しいことであり~幸せでもあります。

    ただし、これは私の個人的な意見であり他の人に強制するものではありません。 贅沢したっていいだろうと言う先生や、お金儲けして何が悪いんだと言うカウンセラーなど、色々な人がいるのは自然なことです。

    それは別に悪いことでもありませんし、生き方や信念の差だと思います。 あくまで私個人の考えとして「本の印税は全額寄付します。」と言うだけであり、その行動を素敵なお客様がどう感じてくださるか、結果と言うのは自分が判断するのではなく周りが評価してくれると思います。

    今回出版する「未来、明るいよね!」については、HPの著書紹介に表紙などの詳細がでています。 内容は5部構成で20話+お越しくださった方の実話を4話と、最後にN市のIさんのことを掲載してあります。

    この本を手に取った素敵なあなたが「自分への御褒美」としての価値がある、そう思っていただけたら私はとても嬉しいです。

    最後に本の入手方法ですが、まずは11月下旬より東京や名古屋などの大手書店に配本が始まります。 それと同時期ごろより、アマゾンやセブンアンドワイでも入手可能となります。 そして最後に地方などの主要書店にて、入手可能となります。 いち早く手に入れる裏技としては倉敷事務所に著者用があるのですが、そんなに多くあるわけではないので早い者勝ちです。 m(__)m

    あなたがこの本を手に取った時、少しでも元気になっていただけるでしょうか?

    ☆⌒(*^∇゜)v ありがとうございます!

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    言われのない。

    会社でも家でも時々あると思いますが身に覚えのないクレーム、簡単に言うと言われの無いクレームなんですが、そんなクレームをナンデモカンデモ受け入れていたら精神的に辛くなってきます。

    しかし、社会生活をしていると上司や同僚などたちまち社内や部署内での人間関係が、クレームを生む一番の原因にもなります。 なるべく穏やかに過ごそうとしても、ナカナカ上手くいかない場合も多いのです。 仕事をした量が多いとか少ないなどから始まり、アイディアを出したのに認めてもらえないとか、様々な場面で起こりうるものです。

    結婚を例にとっても、親が結婚に反対すると言うのは「どうして反対するのか?」 この反対する内容により、結婚しても良い時と悪い時があります。

    結婚の挨拶の時に「言われの無いクレーム」として分かりやすいのが「学歴や職歴」で、「○○大学を出ていない男はダメだ。」なんてことを言う人が結構います。

    別に有名大学でなくとも素晴らしい人は一杯いるし、大学に行っていなくても出世している人も大勢います。 また、転職を繰り返していても独立を目指して転職しているとか、有名企業でなくとも真面目のお勤めしているなど、キチンと働いているのに反対するなんてミエ以外の何者でもありません。

    しかし、借金を繰り返すとか仕事をせずにニートでいるなど、明らかにおかしい場合は親の意見も一理あります。 大事な子供の結婚相手ですから、どういう相手なんだろうと思うのは当たり前です。

    それに結婚の挨拶で相手の親と会う時には、それなりの対応ができるのも大人としてのマナーや義務にも入ります。 そういうことすらできないのに結婚したいと言われても、親としては賛成できないのは当たり前です。 何も無茶苦茶を言っているのではなく、相手に不快に思わせないだけのことは必要です。

    言われの無いクレームの場合は、親の反対を押し切って結婚しても幸せになれる可能性が大です。 ところが、言われの有るクレームなのに押し切って結婚した場合は、残念ながら幸せとは言いがたい状況になっています。

    それでも判断に迷うのならば、「正しい直感」に従うのも、ひとつの方法です。

    それは単純に考えれば難しくないのですが、「ウキウキ楽しい」のであれば正しい直感です。 何度でもイメージできるし、何度思い出しても良いことしか思い浮かべることができない。 これは「もう大丈夫」と言う、あなた自身へのメッセージなんです。

    もしも好きな人と結婚することが正しくないのであれば、誰と結婚するのが正しいのかと言うことになります。

    言われの無いことが気になって、あれこれ考え始めたら疲れると思います。 この言われの無いクレームから身を守るのには、あなた自身が「自分の内なる声を大切にする」のが一番です。 心や直感など運命のささやきは、あなたの味方なので力になってくれるはずです。

    凄く興味はあるけれど実際にやるのは不安だとか怖いなど、人は心が揺れ動くのは当たり前でおかしいことではありません。 勇気を持ってワクワク感を楽しもうとしても不安がゼロになることも無く、いつも大丈夫かなと考えてしまう…。

    しかし、その感覚こそがあなたの本心であり、進むべき価値があるのです。 何の価値も無いものであれば抵抗もありませんし、感情が湧き上がることもありません。 一流の人ほど「人がやらないこと」に目を向けるのですが、怖いと満足は紙一重なんです。 過ぎ去った時間が教えてくれるのは後悔だけであり、未来を教えてくれるわけではありません。

    何をやっても大切なモノを得る時には困難が待ち受けていたり、宝物を手に入れる前にはボスキャラが邪魔します。 しかし、簡単に手に入ると言うことは、面白くないか~すぐに出て行くか、どちらにしてもあなたの手元には残らないのです。 言われの無いクレームを溜め込むよりも、その労力を才能の開花に使う方が素敵な人生を送れます。

    何かを成し遂げたり~やりたいことを達成した時と言うのは、もうすでに才能を生かしている瞬間なんです。 才能が花開く瞬間と言うのは気が付いてからするのではなく、いつの間にか才能として使っていたと言うのがほとんどです。 人は楽しくなければできないことが多く、嫌なのにできることもありません。

    言われの無いクレームに対処している暇があるなら、次へのステップに進む為に労力を使う方が時間の価値が上がります。

    あなたは言われの無いクレームを、まともに受け取って苦労していませんか?

    ~~(ノ・・)ン。。。。。。(((●コロコロッ

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    再婚。

    お付き合いの段階でも結婚の段階でも、一度別れを経験すると次の恋へ進めない時があると思います。 しかし、恋愛での別れでもダメージがあるのですが、結婚している人が別れる時には更なる苦難があるのです。 離婚は結婚の3倍のエネルギーがいると言われていますが、再婚に向かう為のステップをいくつか書いてみたいと思います。

    離婚経験により結婚はもう懲り懲りという人もいますが、やはり離婚から時間が経てば再婚願望が強くなってきます。 ただし、自分の願望を募り~相手のペースや気持ちを考えずに再婚したいとなれば、それは同じことの繰り返しになってしまいます。 同じことを繰り返さない為に、どこまでが夢で~どこまでが現実かを考えていかないと駄目になるのです。 (その為のヒントを、いくつか取り上げてみたいと思います。)

    まず一番目に、離婚を人生の失敗と捉えないようにすることです。 離婚はひとつの経験であり、失敗では無いと考えてほしいのです。 過去の結婚で嫌なことがあっても、それはその時の結婚生活であり、これからの結婚とは違うと前向きに考えて欲しいのです。

    二番目に、未来の自分に期待することです。 自分が幸せな姿を想像できないのに、幸せが迎えに来てくれるなんてありません。 次々と夢を思い浮かべて、快適な生活を思い描くのが大事です。 三番目は具体的な人が現れたら、自分はどうすればいいのかを考えることです。 目の前に相手が現れて人生を語るようになれば、急速に現実と向き合わなければなりません。

    そして四番目にあなたの夢の伝え方が重要なのですが、以前の結婚で色々な負担があなたにあった場合は見極めも重要です。 これは過去の結婚の経験を活かして、「こんな夫婦でいたい」とか「こういう生活がしたい」と相手にキチンと話せるかどうかです。 あなたの希望を受け入れてくれようとする相手であれば、それはいい関係を築ける可能性大です。

    最後に五番目として、自分と同じように相手の夢も受け入れることです。 自分の夢は自分のことですが、相手の夢は相手のことなのです。 相手も再婚である場合は夢よりも現実と言うことも多く、「今度こそ!」の気持ちが大きくなってきます。 細かいこともないがしろにせず、しっかりと話し合う必要があります。

    誰であろうとも夢と現実のバランスがキチンと保たれていれば、幸せな再婚をすることが可能になるのです。 同じ再婚するのならば夢を持たないと、経済的な現実ばかりでは余裕もないし面白くもない、そんな再婚生活になってしまいます。 シングルマザーは、その点をやりすぎてしまい再婚を失敗することがあるようです。

    以上の5点を自分に当てはめて考えることができたら、次は自分と相手の状況整理をしないといけません。 初婚でも再婚でも結婚によって負担を背負う可能性は男性の方が高いのですが、男性は細かく考えないところがあります。 個人差はあっても細かいことを考えずに結婚して、子供や親との関係に疲れ果ててしまうケースがあります

    男女ともにバツイチでお互いに子供のがいる場合は、注意深く考えないとアトで慌てることにもなります。 慰謝料や養育費があるのに、新しい家庭でも生活費や養育費があることを、しっかりと計算した上で再婚しないとやっていけない場合があります。

    再婚生活がスタートしてから「やっぱり無理だ!」なんてわけにもいかないので、自分と相手の状況を良く考えて冷静な判断をしないといけないのです。 再婚前から相手を疑うのはよくありませんが、話だけでなく自分の目でしっかりと確認と言うのも大事なことです。

    また、相手の仕事の状態や収入に加えて結婚後にそれらをどうするのかなどは、話しにくくてもちゃんとしておかないと後でお互いが気まずい思いをしかねないのです。

    再婚と言うのは交際が順調でも一筋縄ではいかないもので、相手の心積もりの確認はいくらしてもしすぎはありません。 相手の都合を自分の都合に~自分の都合を相手の都合にと言う、お互いがお互いを考えない状況がアトで出てくることもあります。 再婚を決めたアトで出てくる問題には、妥協~歩み寄りと言う言葉にも限界があります。

    霊視で視た時に再婚をお勧めできないと、やんわりお答えする場合には隠れた事情を視ている時がほとんどです。 再婚前に考えることはとても重要なのですが、いま目の前にいる相手のことだけ考えていたら良い再婚は出来ません。 相手の借金や養育や生活レベルなどは考えすぎではなく、これは再婚前に知る必要がある最低事項なのです。

    再婚を考えているのならば相手の男性が「どこまでしっかり考えているのか?」を、よく検討して確かめないと理想に溺れてしまいます。 キチンとお互いのことを知り、それを確かめ合うことは恥ずかしいことでも何でもありません。 それらの事情を聞くと逃げられて再婚できないと言うかもしれませんが、それで逃げる男性では愛情が無かったと言うことにもなります。

    今だけを適当にお茶を濁して乗り越えても、先々の生活において不安を抱いたまま過ごすことになります。 今は昔と違い再婚でも幸せになる人は大勢いますし、これからの人生の新たな幕開けになります。 素敵な人生を過ごして~共に歩んでいく為にも、「あんな人だとは思わなかった」などと言わないように準備しておく必要があります。

    あなたは新たな人生の幕開けを、どのように考えていますか?

    (хх。)アレレ…?

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    区切り。

    私は人生の流れの中で、28歳~33歳~37歳がひとつの区切りだと思っています。 成功とか夢と言う言葉の前には年齢は関係ないのですが、一区切りと言う意味ではこの年齢がひとつの目安です。 (後述しますが、この年齢で行動できる人は得るモノも大きいです。)

    お店を出すとか起業するとか~はたまたフリーで活躍するなど、どこかで区切りをつけなければならないけれど、ナカナカつけれないと言う時には年齢をひとつの目安にしてもいいと思うのです。 そうしないといつまで経っても腰を上げて動くことができずに、「どうしよう?」と迷い続けて年齢を重ねていくのはアトで後悔を招いてしまいます。

    残念ながらいきなり物事をするのは無理で、何事も積み重ねがものを言います。 それは勉強だったり~経験だったり~技術だったり、自分が何かひとつで良いから身に付けることの為には幾ばくかの期間が必要です。

    それが最初の28歳でもあり、そこで動けなければ33歳で動けばいいんです。

    しかし、それでも決断できなければ、最後のチャンスとして37歳が待っています。 普通の考えで行けば無理と言う発想しか浮かばないかもしれないけれど、元ダイエー会長の林文子さんは37歳で人生を変え始めました。

    あのケンタッキーのカーネルおじさんにいたっては、60歳になってからケンタッキーフライドチキンを始めたのですから、年齢においての夢の成否は関係ないのです。

    ただし、踏ん切りがつかないというのなら、28歳~33歳~37歳と言うのはひとつの目安として覚えていても損ではありません。

    何でもそうですが、基本(べース)となる部分がきちんとしていれば、何事があっても心が揺らぐことはありません。 小さくても~どんなに小さくても夢は夢であり、願い事の中身により運命が差別することは無いのです。

    ただし、できれば28歳~33歳~37歳と言う節目で、「していなければ~もしくは、して欲しい」ことがあります。 それは人脈作りで、師となる人~友と呼べる人~応援してくれる人など、色々な方面で知人友人や目標とする人などを作っておかなければ、人生の変化を求めることはできません。

    残念ながら部屋で寝ているだけでは人生に変化はありませんが、誰かと出会うことで人生の起爆剤になることは多々あります。 感動したり~焦ったり~やる気になったりと、人は人である為に人と出会う必要があるのです。

    ところが人と出会ってもチャンスを活かす人と活かせない人、この差が出てくるのは何故かと言えば「さらけ出す」ことができるかどうかの差でもあります。

    占いを例に取るとわかりやすいと思いますが、聞きたいことの内容に嘘がある場合は導き出される答えが違うのと同じです。 相談内容が嘘の場合、答えがトンチンカンになるのは当たり前で、「あの占いは当たらない」と言うのは占い師さんが気の毒です。 (霊視ならともかく、普通の占いで嘘の相談はやめてあげてくださいね。)

    つまり、自分のことをさらけ出すことで相手の信用を得て、それにより友情などが深まるのは素敵なことだと思います。 友人や知人が多いのは人生を豊かにしてくれることはあっても、人生をつまらなくすることはありません。

    「会いたい」と思う気持ちがあるのならば、何でも良いから会う機会を作るのが先決です。 断られたらどうしようとか~用事も無いのに迷惑かな、このようなことを考える暇があれば行動して約束を取り付けて、それから話す内容を考えればいいんです。

    直感と言うのは当たるから使えばいいんですが、その判断に迷うから直感が使えなくなります。 気持ちの良いことや楽しいことはしなければ意味が無いし、好きならば想いを伝えなければ自分がヤキモキするだけなんです。

    あなたがあなたである為には、何をすれば良いかの答えはあなたの心の中にしかありません。

    あなたが自分の未来を思い浮かべた時に波乱万丈でも笑顔でいる未来がいいのか、それとも平穏無事で変化が無いまま普通の顔でいる未来がいいのか、それは個人の考え方にもよるので一概には言えません。

    しかし、変化が無い未来を選んだなら自分の未来は想像通りで、何も変わらないことが幸せだと悟る必要があるのです。

    あなたは自分の未来を、どのように想像できていますか?

    「(ーヘー;) え~と

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    高知出張。

    土曜日は高知出張でしたが、日曜日の午前中に帰ってきて午後より鑑定を再開しています。 初めての高知出張だったのですが高知駅は改装中で、線路や改札などを全て高架にして高架下を車や歩行者が自由に行き来できるようにしている最中でした。 高知市は県庁所在地でもあるので、閑散としているようでもソコソコの人通りはありました。

    ダイエーや西武の撤退跡地は、まだ何も来ていないので再利用や再開発ができておらず、その点は経済基盤が地方と言うのもあると思います。

    しかし、高知駅から南下して商店街のアーケードへ行く途中に、なんと「ルイ・ヴィトン」の非常に立派な路面店がありました。 この建物は相当気合が入っているのですが、パッと見た感じは単なる四角い箱型の建物ですが、実は様々な顔を見せるように工夫がされています。

    この建物はファッション関係の商業施設で有名な、女性建築家の乾久美子さんの設計です。 外壁の大部分がダブルスキン(中空構造)になっていて、格子状に小さな孔があいた半透明の被膜が外側部分で、内側の方は孔が無いようにしてセキュリティを確保しています。

    内部空間は透明とミスト状を組み合わせた格子模様のガラスを使用して、西側中央の中庭と数ヶ所のVOIDで変化をつけるセンスの素晴らしさです。 ダブルスキン外側の孔はライムストーンを千鳥に配置してあり、目透かしたようにも見えます。

    何故ライムストーンを使ったのかと言うのも、乾久美子さんのセンスだと思います。 ライムストーンはさんごや貝からできていて、さんごは高知の特産品なんです。 乾久美子さんが設計を引き受けた時に「高知らしさとは何か?」 それを考えてこの素材を選んだ、その思いやりとセンスには脱帽です。

    ファサードはルイ・ヴィトンの持つ雰囲気の中でも、エレガントな部分をスマートに表現しています。 ファサードとはフランス語で建物の正面の意味していますが、一般的には玄関のある面を言います。 ただし、外観として重要な面であれば側面や背面も、ファサードとも呼ぶ場合もあります。

    夜間の照明時には内側の壁の明暗により、キレイな市松模様が壁一面に浮かびあがります。 壁が2つのレイヤー(層)で作られていて、それが立体的に重ねあわさって見る角度や距離によって模様が浮かび上がったり、見え方が変わるような仕組みになっています。 夜になり周辺が暗くなるとダミエキャンパスの市松模様が浮かび上がり、その光は必要以上に周りを刺激もしないし主張しすぎない優しい仕上がりでした。

    これこそがパリで世界初の旅行鞄専門店としてスタートした、ルイ・ヴィトンのダミエキャンパスと言っても過言ではないデザインそのものかもしれません。

    このルイ・ヴィトン高知店はセキュリティも万全で、店内のシステムはもちろんのこと24時間有人警備もしています。 24時間365日、警備の人が常駐で建物にいるのです。 日本にあるルイ・ヴィトンの直営点の中ではココが最強の警備システムかもしれないほどです。

    このルイ・ヴィトン高知店はいつも人で賑わっていて、周りに何も無い単独の路面店ですが素晴らしい集客力です。 日本で新作が納入されるのは表参道店とココが一番で、品物に余裕ができたら各店舗に配置されるようになると言われるほどです。 土日祝などは開店前から行列ができる時も多く、ルイ・ヴィトン高知店がオープンした時の売り上げは過去史上最高額で、オープン初日の売り上げだけなら日本一です。

    どうしてルイ・ヴィトンがココまで高知店に力を注ぐのかと言えば、ルイ・ヴィトンジャパン初代社長の秦郷次郎氏が高知出身だからです。 (注:現在はルイ・ヴィトンマルティエ社の取締役特別顧問、つまり現在のルイ・ヴィトンのトップは日本人と言うことになります。)

    秦社長は「ヴィトンが高知を変える」と言う心意気で、経済基盤が弱い地方の活性化も視野に入れて高知店を作りました。 結果は大盛況で、大阪~神戸~広島~福岡など県外からも続々と人が訪れていて、ショッピングと観光の両面で活気ある街へと変貌させる気概は素晴らしいです。 ルイ・ヴィトンの大健闘により他のブランドも高知進出を検討し始めているので、高知に直営店が続々できる日が来るかもしれません。

    なお、秦社長は茶目っ気のある人なので、ルイ・ヴィトン高知店オープン時のインタビューで「酒好きな高知の人の飲み代や酒代を、半分でいいからヴィトンに回して欲しい。」と答えていました。 それに対して地元の人は「無理、無理~。」と、笑顔で答えていました。

    高知出張のことを書こうと思っていたのですが、ルイ・ヴィトン高知店の話になってしまいました。 しかし、この秦社長の考え方こそが、地域活性化は「やればできる」を証明しています。 お店でも会社でも地域でも活性化できないのは、アイディアとやる気が不足しているだけだと思います。

    今回の高知出張は「言い訳せずにやることはやれ!」と言う、秦社長のメッセージを受け取った気がしました。 私も言い訳せずにやれることはやると言う姿勢で、今後も努力と精進を続けて行きたいと思います。 お客様の心に感動の花を咲かせる、そのお手伝いができるように言い訳しない人生を送りたいと思います。

    あなたはルイ・ヴィトン高知店を、見学してみたいと思いますか?

    目が点! (◎0◎)

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    運命を動かす。

    最近はTVが賑わっているようですが、今回の小○○哉さんの逮捕で色々と分かることがあります。 それは一度イイ思いを味わうと「人は生活レベルを落とせない」 それがよく分かると思います。 ミエを張らずに別荘やクルーザーやフェラーリなど生きて行く上で必要の無い物は手放して、必要最低限の生活をしていれば助かる道はあったと思います。

    一度どん底から立ち上がった人が強いのは、「もう、あのどん底は味わいたくない」と言う思いと同時に、イザとなれば最初からやり直すことに抵抗が無くなっている開き直りの強さも身についているからです。 失敗は成功の母と言うように失敗はいくらしてもいいけれど、ミエや体裁の為にする行動は失敗ではなく、単なる焼け石に水で学びにも経験にもならないのです。

    周りが見えなくなると言うのは、自分のことしか考えなくなると言うことに他なりません。 100億円を超える預金があるのだから、それを自分の野望ではなく誰かの応援や後押しに使えば良かったのです。 それなのに自分のことだけ考えて行動しているから、周りに寄ってくるのは自分の儲けしか考えない人ばかりになってしまうのです。

    自分がしたことが自分に返ってくると言うのは運命の基本ですが、今回の件が私利私欲からの脱却や目覚めに繋がれば、日本中で助かる人が大勢出ると思います。

    これだけマスコミが騒いでいるのですから自分に当てはめて、自分はどうなのかとよく考えれば間に合う人が大勢います。 お金に余裕ができたからと言って一時的ではいけないとか、お金が回り始めたからと言って贅沢してはいけないなど、気付きさえすればイイ教訓で学べることはいくらでもあるのです。

    収入が増えるとか有名になると言うのは、「自己責任」の範囲が増えるという側面もあります。

    自分ひとりの力で成し遂げたと言うことは、仕事でもなんでもほとんどありえないのですが、勢いのある時には考えることができないのです。 自制を保つとかブレーキをかけるなど、自分を戒めるのは自分しかいません。 頑固一徹とか怒って顔に出るのは、損することはあっても得することはありません。

    成功にも段階があって、最初はクラスで一番~次は学校で一番~更に地域で一番と、次から次へと続いていきます。 それが急であれば急であるほど自制が効かず、自分がすることは全部正しいと思うようになってしまうのです。

    「周りを見る。」 これはホンの些細なことからでもできるのですが、仮にあなたが回転寿司に行ったとします。 その回転寿司でお寿司を食べると言うのが、どれだけの労力や犠牲により成り立っているのかを考えたなら、無駄なことや勿体無い行いはできないはずなんです。

    例えば、あなたが回っているお皿を見て、マグロの握りを食べたとします。 まず、回転している動力は電気ですが、その電気は電力会社より人件費や燃料などが使われて動いています。 そしてお寿司のご飯になるお米は、農家の人が一年かけて作った労力や経費が入っているのです。

    さらにネタのマグロは小魚を食べて大きくなるのですが、マグロの体重を1キロ増やす為に小魚が10キロ以上必要になります。 あなたが食べるのは一切れでも、その一切れの為には小魚が無数に必要なんです。 そしてお寿司を食べるには、握る人などお店で働く人件費だって必要です

    あなたが食べる一皿の為に、どれだけ多くの労力や犠牲が払われているかを考えれば、好き嫌いなど贅沢なことは言えないはずなんです。

    小○○哉さんも勢いがある時に後進の育成と利益の分福をしていれば、助けた人の数だけ助けてくれる人の数があったと思います。 確かに曲を作るのは自分の才能かもしれませんが、その環境は誰が作ってくれていたのかを見落としていたのだと思います。

    人はツイツイ上ばかりを見てしまいがちですが、自分が自由に動けるのは下で支えてくれている人がいるからこそなんです。 それを当たり前に思ってしまうと、もう自分が一番だと勘違いして進言や提言を聞き入れなくなってしまうのです。

    私の存在理由はお客様がいるからこそであり、お客様が支えてくださらなければ今の自分はありえません。

    素敵なお客様の想いや感動を共有できる立場でいられたら、それだけで私は幸せを感じることができます。 お客様が嬉しい時には一緒に喜んだり祝福できて~悲しい時には辛い思いを共有できて悲しみが軽減できる、そういう霊視カウンセラーでありたいと思っています。

    人生は自分のものですが、自分だけで動かせる運命はタカが知れています。 しかし、誰かの後押しや応援がある状態で動かす運命はものすごい力があるのです。

    あなたは運命を動かす時に、ひとりで動かそうとしていませんか?

    ((((o^^)~☆~☆~☆~☆~☆ (@_@)



    お知らせ:出張の為、ブログの更新はお休みいたします。 ブログの更新は10日(月)より~鑑定は9日(日)午後より再開となります。 お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願い申し上げます。 いつも御利用いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    夢は叶う。

    おはようございます。 今日から少しHPがマイナ-チェンジしましたが、おまけコーナーなどこれから充実させていきたいと思います。 色々な夢が一杯詰まったHP、お客様の夢を叶えることができるHP、素敵な感動を共有できるHP、色々な人の思いを抱いて成長していきたいと思います。

    あなたの夢は、あきらめなければ叶うのです。 叶わないのは叶う前にあきらめるからであり、やり続けて成功するまであきらめなければ、時を越えて夢は心に溢れ出す思いと共に叶うはずです。

    夢を叶えるのは楽しいことなのですが、夢が叶う人と叶わない人がいるのは何故だろうといつも考えます。 占いが好きな人でなくとも風水と言う言葉を耳にしたことがあると思いますが、これも効き目があるかどうかはわからないと言うのが本当のところです。

    もしも風水に効き目があると言うなら、それは大いなる矛盾との不毛の戦いに挑むことになります。 風水は効き目が無い事例がたくさんあるけれど、効き目が有る事例も多いので比べようがないイーブンレベルだからです。

    それが証拠に風水の専門家の方々が、日頃どのようにしているかを見れば一目瞭然です。 風水に効き目があると言うワリには、風水師自身が独身だったり病気でイベントをキャンセルしたり、風水には近未来すら良くする力がないのが本当かもしれません。

    やはり夢を叶える力と言うのは本人の努力次第であり、努力の先には叶うと言う現実があると考えた方がワクワクできると思います。 夢は叶えるモノであり、見るだけでは面白くありません。

    ただし、努力と言っても間違った方向で努力しても、夢が叶うことはありません。 自分の未来に応じた努力が必要であり、「雨が降ったら傘を差す」と言うごく当たり前の積み重ねの方が実を結ぶのです。

    私自身が素敵なお客様と出会えるようになれたのは、「1に宿命~2に運命~3に環境~4に徳(人と公)~5に勉強」と言うのを実践していたからかもしれません。 これは知識として持っていたわけではなく、知らず知らずのうちに自然と気が付いたらしていた内容だったのです。

    まず「1の宿命」ですが、借金する父親の元に生まれたことは今更変えようがないし、差別がある田舎に生まれたことも自分では変えられません。 このように持って生まれた運のことを宿命と言うのですが、宿命は先天運(才能など)のことでもあり、人生に最も大きな影響力を及ぼすと言われています。

    次に「2の運命」ですが、これは後天運(選択運)のことなので、いくらでも変えられると言うのは運命のことを指し示します。 例えるなら、「宿命」がものすごく良くても本人が自堕落的に生きていれば、苦しい日々を送ることになります。 しかし、「宿命」が悪くても努力して運を引き寄せれば、穏やかで素晴らしい潤いのある人生を送れる場合だってあるのです。

    そして「3の環境」ですが、どのような場所や家に住むかと言うのは、生まれた時点では変えようがありません。 しかし、大きくなって自分の意志で動けるのに動かないなら、それは自分で運を悪い方へ選択しているのと同じことなのです。

    また「4の徳(人と公)」については見返りを求めてするのではなく、自分の意思で善行を積むことによって思いがけない福運を招き寄せることができると言う意味です。 これは自分だけが良くなれば良いという生き方でなくて、見返りを求めずに周りの人々のことを考えて行動できるかどうかと言う、ホンの小さなことの積み重ねなのです。

    最後に「5の勉強」となるのですが、学校の勉強は社会に出ると役に立ちません。 学歴なども関係ないと言うのは、世界の偉人を見てみればよくわかります。 アップル社のスティーブ・ジョブスCEOやマイクロソフト社のビル・ゲイツ氏は大学中退であり、大学を卒業した人よりも中退した人の方がトップになっている好例です。

    ココで必要とされる勉強とはそういう勉強ではなく、自ら興味を持って知識や技術を得ようとする姿勢のことです。

    以上の5つを知らない間に実行していた、そのことに後から気付きました。 確かに「1の宿命」は変えられないのですが、残りの4つに関しては自分の意思や行動により、いくらでも変えていくことができるのです。 昔の私はグズグズしていたから運命が早くしろと言っていただけであり、それに逆らわずに行動していれば違った人生だったかも知れません。

    私の中で変わり始めたのは「4の徳」が、目の見えない人のお世話をした一日です。 あれから「3の環境」を変える決心をして、倉敷などの都会を生活の中心にしたことで色々な道が開けてきたのです。 寄付をする~お客様が来る~また寄付をすると言う好循環の繰り返しで、今後の人生を視ても悪いことは余り起こらないと思います。

    そして霊視カウンセラーになることで「5の勉強」が活きてきたのですが、昔と違い私の話を馬鹿なことだと言う人はほとんどいません。 過去に蓄積してきたことや現在進行形で勉強している内容を、未来へのヒントとして使っていただけるのはとても嬉しいことです。 素敵なお客様とお話をしていると、知恵遅れとか馬鹿な話をすると言われていたのは遠い昔のようです。

    私は一歩間違えればホームレスだったかもしれないし、自殺していたかもわからないような人生を、お越しくださる素敵なお客様に助けていただきました。 その恩に報いる為にも、それを裏切るような生き方はできないのです。 これからも素敵な霊視カウンセラーを目指して、努力と精進の日々を送って留まることなく歩み続けて行きたいと思うのです。

    来週のブログにて、夢の実現についてのお話ができると思います。 私を応援してくださる全てのお客様が、私のところへ来ていて恥じることは無いと思っていただけるように、今後も精進していきたいと思います。

    あなたは夢が叶う姿を、疑わずに思い描くことが出来ますか?

    ☆⌒(*^-°)v Thanks!!

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    崖の上のポニョ。

    「崖の上のポニョ」は2008年7月19日に東宝配給により公開された、スタジオジブリ制作の長編アニメーション映画です。 宮崎駿監督による作品としては、2004年「ハウルの動く城」に続く4年ぶりの作品で、原作~脚本~監督の3つ全てを担当するのは2001年の「千と千尋の神隠し」以来7年ぶりとなります。

    この崖の上のポニョは、海沿いの街を舞台に人間になりたいと願う魚の子「ポニョ」と5歳になる男の子「宗介」による物語です。

    実は原作と言うか元のベースとなるお話はハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話「人魚姫」を、参考と言うかモチーフとした作品と言われています。 しかし、宮崎監督は「人魚姫」をそっくりそのまま使うような真似をしているわけではなく、宮崎監督としてはキリスト教な祖宗教色を払拭したうえで、舞台を現代の日本に移したり大幅な変更をしているので内容は別物です。

    ただし、ヴェネツィア国際映画祭での記者会見で宮崎監督本人のコメントとして、「製作中に人魚姫の話に似ていると気付いたけれど、元来意図的にベースとしたわけではない。」と言う発言が出ています。

    なお、同記者会見において宮崎監督は「ポニョ発想のルーツ」を記者より質問された時に「9歳の頃に初めて読んだ文字の本がアンデルセン人魚姫であり、そこに出ていた『人間には魂があるが、人魚は物であり魂を持たない』と言う記述を読んで、その価値観に納得が行かなかったことが遡ればポニョの起点なのかもしれない。」と答えています。

    ポニョのストーリーは起承転結が明確になっていない為、わかりにくいとか意図不明などの意見が出ています。 

    そのことに対して宮崎監督は「ルールが何にも分からなくても分かる映画を作ろうと思った」~「順番通り描いてくと、とても収まらないから思い切ってすっ飛ばした」~「出会って事件が起きて小山があって、最後に大山があってハッピーエンドというパターンをずっとやっていると腐ってくる、こういうものは捨てなきゃいけない」とコメントしています。

    ちなみに「崖の上のポニョ」のキャッチコピーは、「生まれてきてよかった。」「子どもの頃の約束は、永遠に忘れない。」「半径3m以内に 大切なものはぜんぶある。」などですが、これも見ている人からすると分かりにくいかもしれません。

    さて、宮崎監督がどうしてポニョを製作するようになったのかと言う経緯についてですが、これは「ハウルの動く城」が完成した後に、宮崎監督が構想を練っていたシナリオのひとつを2006年10月より制作を始めました。

    元々は今まで通りの表現手法で作る予定でしたが、制作前にイギリスのテート・ブリテンで鑑賞したジョン・エヴァレット・ミレーの絵画「オフィーリア」に感銘を受けて、居尼までの制作方法や表現方法を見直すことにしました。 それによりポニョは「もののけ姫やハウル」よりも、「トトロやパンダコパンダ」に近い仕上がりとなっています。

    宮崎監督は「紙に描いて動かすのがアニメーションの根源なので、そこに戻ろうと思う。もう一遍、自分たちでオールを漕いで風に帆を上げて海を渡る。とにかく鉛筆で描く!」と言う強い決意を固めて、コンピューター(CG)を一切使わず手書きによって作画されることになりました。 (注:ただし作画以降の彩色や撮影はデジタルです。)

    作画にコンテを使うなどして絵のタッチは子供が書いたような素朴な感じになり、これまでのジブリとは違う新しい試みになっています。 中でも特に、海や波のシーンの描写に力を入れて描いてあります。

    海を舞台にした作品は宮崎監督が以前から描きたいと思っていたのですが、「波を描くのが大変」という理由でスタジオジブリは手を出さなかったのです。 ところが、2004年11月にスタジオジブリの社員旅行で訪れた瀬戸内海の港町である、広島県福山市鞆の浦を宮崎監督は非常に気に入りました。

    それによりポニョの原案を持っていた宮崎監督は準備の為に2005年の春から、鞆の浦の海に隣した崖の上の一軒家に2ヶ月間滞在しました。 更に2006年夏からも単身でこもり構想などを練り上げました。 この当時、宮崎監督は一切の連絡を絶ち自分を追い込んで鬼気迫る状態だったので、奥様より「生きてる証拠として、毎日絵手紙を出すこと。」と言う条件が付くほどでした。

    その時のエピソードですが、宮崎監督が鞆の浦の町の中を歩いていると、ある店先にランチュウがいて、そのランチュウを見た時に「これだ!」と閃いたのです。 最初のストーリーとしては人魚姫のような感じで余り代わり映えしない感じだったのですが、ランチュウを見た瞬間に「ポニョ」を思いついたのです。 大人の恋ではなく子供の恋、それを如何に仕上げていくかが繋がった瞬間です。

    ポニョの舞台となる鞆の浦ですが、宮崎監督が社員旅行の時に泊まった8階のお部屋からは右手に仙酔島が見えて~真正面には海が広がり、その先には福山の工業地帯の灯りが見えます。 自然もあり、ポニョが波の上を走るシーンなんかはそのまんまなので、一度見に行かれても良いかもしれません。 (ポニョ効果か、たまに芸能人も訪れるようです。)

    ただし、早く見に行かないとポニョの海はもうすぐ消えていきます。 何故?鞆の浦がポニョのいる場所として売り出さないかと言う最大の理由は、肝心の舞台となった海を埋め立てて道路を作るので観光地となって知名度が上がるのは困るのです。

    反対運動もあるようですが今の流れではポニョの海は消えさるので、映画のシーンを見たいのなら今のうちにGOです。 ただし、道路を作る必要があるかどうかは、現地に行った人がすぐに判断できると思います。

    あなたはポニョが走る姿を、波の間に見たことがありますか?

    (○゜ε^○)ウフッ

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    男性の視線~会社編。

    さて、合コン編からの続きですが社内恋愛は言うに及ばず、「社員とお客様~社員と取引先」など会社における恋愛は多種多様です。 社内恋愛は一般的で想像しやすいかもしれませんが、意外になさそうでよくあるのが「社員と取引先~社員とお客様」が巻き起こす恋のハプニングです。

    それはお互いが関係者では無いけれど顔を合わすことがあると言う「微妙な距離感」から醸し出される、ありえないだろうと言う感覚の元に始まる、お互いの期待感が巻き起こす一種の神秘的な現象です。

    そのきっかけは「今度みんなでお食事にいきませんか?」とか「自社の忘年会に呼ぶ」など、そのコミュニケーション方法は、マナーに基づいたモノから~いきなりナンパに近いような強引なモノまで様々です。

    こう言う社外からの男性が社内で働いている女性をどのような視線で見ているか、これも素敵な霊視カウンセラー的な解説をしてみたいと思います。 この視線をキチンと受け止めることが出来た女性は、玉の輿と呼ばれる状態になっていることが多いです。

    まず、こう言う社外の男性はキッカケが欲しくて欲しくてたまらないので、何か食いつきたいと無駄話を待っていることがほとんどです。 外国映画のようなダンディーな雰囲気は日本の会社にはありませんので、芸能界など特別な業界を除いては「取引先でナンパ」とか「商談中に口説く」なんて出来るわけがありません。

    それに日本男児は、そんな状況でナンパできるようなクレイジーでもなく、世界的に見てもマナーが良い方の部類です。 仮に映画のワンシーンのように口説いてくると言うことは、相当に口説きなれていてナンパの達人かもしれないので、付き合ったとしても女性が苦労して最後に泣くことになるのは間違いありません。

    日本社会における普通の状態として、取引先(お客様)など社外の男性との出会いを作るには、社内の女性からチャンスを作ってあげるのが一番簡単で確実な方法です。 取引先やお客様と自然な会話を交わすように心がけておき、回数を重ねるうちに「じゃ、みんなで食事にいきましょうか?」という展開に持っていってあげるのが男性としても助かります。

    男性の弱点でもあるのですが、真面目な状態の女性を口説ける男性はほとんどいません。 これは仕方が無いのですが仕事中の女性は、ポーカーフェイスに感じてしまい気後れしてしまうのです。 女性の心が読めずに嫌われたらどうしようと言う不安で一杯になるので、会話の取っ掛かりと言うべき恋のチャンスは女性から提供しないと始まりにくいのです。

    では、その話はどうすればいいのかと言えば、自分に関する話題をふってみると言うのがミソなのです。 取引終了後や仕事の会話が済んだ後にとってつけたような世間話をする女性は、恋が始まる可能性はかなり低くなります。 何故かと言えば、そこにあなたの素顔が見えないのできっかけにならないのです。

    TVや新聞に書いてあるような表面的な話題ではなく、自分に関わるような話をしないと相手が警戒心を解いてはくれないのです。 プライベートの話をするのは嫌だと思うかもしれませんが、個人情報を明かすのではなくきっかけを作ってあげることが重要なのです。 「今度ね、福山さん主演のガリレオを見に行きたいと思っているの。」とか「最近、運動不足だからスポーツしたいと思っているの。」など、「ご一緒に、いかが?」的なキッカケの話題です。

    それから要注意なのは無意識に現れてしまう態度で、いつも忙しそうに動いていると男性としては、誘うタイミングを図りかねてそのままになってしまいます。 もしも、あなたが好意を持っている人が「忙しそうだから誘ったら怒られる」と不安だったら、自分で自分の恋をひとつ潰しているのと同じです。

    時には取引先(お客様)の男性に、ゆったりと暇つぶしに付き合ってあげるくらいの気持ちで接してあげると、「癒してくれる女性だ!」なんて高評価になって相手があなたに惚れ直すこと請け合いです。

    最後にダメ押しとしてですが、男性が取引先(社員など)から貰って嬉しい物は何か分かりますか?

    実はホンの小さなプレゼントをくれる女性に心惹かれるのが、男心と言うものなのです。 これは何も難しいことではなく、雨の日にはタオルを持って近づいてくるとか暑い日には冷たいお茶やおしぼりを手渡してくれるなど、ホンの少しの気遣いが小さなプレゼントになるのです。

    何も高級なモノやブランド品が気を引くわけではなく、疲れている時には栄養ドリンクとか仕事しやすいような情報をそっと教えてくれるなど、小さな思いやりに癒されている男性はかなり多いです。

    これらは仕事上での信頼感を失わずに、プライベートでもOKと言うサインを送れるかどうかなのです。

    男性が社外やお店の女性を口説こうとする時には警戒心が一番にあり、「この人に心を開いて大丈夫なんだろうか?」という不安があります。 男性は常に「自分の好みで社交辞令じゃない何かがある女性」を探していて、その微妙な感覚は小学生と同じくらいドキドキ感があります。

    この警戒していて、なおかつ緊張している男性の心をほぐしてフラットな関係をつくることができるのは、突破口を作れる女性からと言うことになるのです。 まぁ、好きな女性を口説けない男性と言うのもどうかと思いますが、それは場慣れとか性格にもよるので優しく大目に見てあげてくださいね。

    あなたは男性の視線を、どのように感じていましたか?

    ヽ(~~~ )ノ ハテ?

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    男性の視線~合コン編。

    おはようございます。 今日は連休の真っ最中ですが、素敵なあなたを祝福するかのように気持ちの良い青空が広がっています。

    今日はモノの見方について書いてみたいと思うのですが、「男性が女性を見る視線」と言う観点から色恋の危うさを解説してみたいと思います。

    例えば、手軽な出会いの「合コン」ですが、表面上はストレス解消&自己表現の場で、数少ない夢を描ける時間ですが、基本は男女ともに「恋の集団面接」という戦いの場なのです。 合コンは就職活動と同じように「総ナメ&常勝者」が存在して、一部の勝者は信じられないぐらいの恋を奪い取っていきます。

    +があれば-があるように、勝敗の付かない人や勝ち組負け組みと自然に分かれてしまい、宴のアトには静けさのみが残る時だってあります。 しかし、ココで男性の視線を操ることで「常勝者」になる、そんな方法があるからこそ実践あるのみです。 素敵な霊視カウンセラー的な男性の視線、男性は女性のどこを見ているのかについてを書いて見ます。

    まず、合コン開始直後は「恋愛対象外の女性」を見ています。 不思議に思うかもしれませんが、男性は合コンなど集団で女性と会う時には恋愛対象外の女性を決定して行くネガティヴチェックをします。 この時に見られているからと安心してはいけないのですが、男性が集団で女性に会った時に最初に見つめるのは恋愛対象外なんです。

    その次には会話のセンスや相性をチェックしはじめ、歳を重ねるごとに女性の外見ではなく会話&相性&性格などをチェックします。 もしも、自分と付き合ったら会話が弾むかどうかを想像しながら、合コン中の会話を探り探り進めているのです。 この時点では会話の中身と言うよりもタイミングや会話時の雰囲気やユーモアなどを気にしているのです。

    印象と会話を潜り抜けると次には、軽い感じがするかどうかをチェックしはじめます。

    これは簡単に言うと過去の恋愛経験や付き合った男性がどういう男性なのか、会話上での軽いジャブを出して真実を引き出そうとします。 そこでうかつに反応して過去の恋愛を話してしたり、初対面なのにベタベタしたり~寄りかかったりすると、とたんに頭のなかで「本命=×、遊び=○」のランク付けをされてしまいます。

    男性は本能的に本命か遊びかをランク付けする習性があり、あなたが遊びではなく「本命」を考えているのなら「過去の恋愛」に関するガードは固くして交わす術を見つけなければなりません。

    ちなみに、TVで無茶苦茶言っている某女医さんのようなタイプは問題外で、あんな態度を取ると男性は「嘘つき」と見てしまいます。 基本的に男性は安心感(癒し)を大切にするので、外見や会話で魅力的に感じても「自分の手に負えない女性」は敬遠してしまうのです。 これは「傷つきたくない」という防衛本能からくるモノで、男性は義理人情などの仁義的な観点から、どのように相手に接しているかを巧みに情報収集しようと、全力を注いで判断しています。

    再び某女医さんを例に取りますが、金~金~金の拝金主義は嫌われます。 「金~ブランド~会社の格」などを聞いたり過剰に反応したりする女性は、薄っぺらく見られてしまいます。

    以上をクリアしても、まだまだ男性の判別は続いて行きます。 今度は友人とどのような雰囲気で接しているか、自分に当てはめて相性や価値観などを観察するのです。 ここで友人のクオリティが高いと、それだけで男性はガードを緩めて女性を信頼し始めるきっかけになります。

    ただし、勘違いしてはいけないのですが男性は女性に上品さだけ求めているのではなく「ちょっとしたワイルドさ」のようなモノを求めていて、余りにも隙のない完璧な上品さでは高嶺の花に感じてしまい胸の内に一抹の不安が残ります。

    自分の弱点を少し見せてくれたり~ボケやツッコミにも反応するような部分が無いと、白黒対比のような引き立つ部分が何の印象も残りません。 魅力のひとつである上品さを女性のしなやかな魅力として見せるには、ちょっとした「オトボケやダサい部分」のような隠し味も必要です。

    以上で合コン時における、男性の視線はどうなっているかは終了ですが、最後にちょっとマナーの部分においての注意点です。

    合コンのメンツにもよるので一概には言えないのですが、大部分の男性はお金を払う時の態度を見ています。 奢られて当然のような顔をしてご馳走様の一言も言わないようでは、それまでが完璧でも常識を疑われます。 仮に合コン終了時に「女性は3000円」と言われても気持ちよく払わないと、奢る器量のないヘタレ男性は有ること無いこと言い降らすので要注意です。

    ココで気持ちよく支払い「自立した大人の女性」として演出すれば、男性側からするとかなり好印象です。 ただし、合コンが終了してアトから女性にお金を請求するような男性では、タカが知れているのでお付き合いしてもイイかどうかは自己判断をしてくださいね。

    合コン編は終了で、次は会社編を書いてみたいと思います。

    4日の後編へ続きます。

    ( ̄~ ̄;) ウーン


    お知らせ:出張の為、ブログの更新はお休みいたします。 ブログの更新は4日(火)より~鑑定は3日(月)午後より再開となります。 お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願い申し上げます。 いつも御利用いただき、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    引き上げてもらう。

    おはようございます。 今日は土曜日ですが、素敵なあなたには素晴らしい週末になると思います。 可能性があるあなたならば、それを止めなければきっと大丈夫です。 夢は叶うはずなのにありえないと思う気持ちが、自分の夢を阻んでいると言うことがよくあります。

    やりたいことなのに「無理だろうなぁ?」と考えて、あきらめてしまう人がいます。 しかし、その一方でやりたいことを次々と叶えていく人が居るのも事実で、その違いは何なのかと言えば「迷うことなき信念」や「自分を疑わない」など、夢に障害物など無いと信じる気持ちが奇跡を起こすのです。

    運の良い人と言うか上昇(成功)していく人は何かの転機があるものですが、それはボランティアだったり~技術や芸術だったり、何かを捉えることにより色々な方面に目が開いていくからこそです。

    では、その為にはどうすればいいのかと言えば単純明快で、「運が良くなりたければ運の良い人と行動を共にする。」 これは意外と効き目があるのですが、深い言葉でもあるのです。 運が良い人といると自然と楽しくなってきますし、落ち込んでいたとしても前向きにしてくれるのです。

    嫌いな人の言葉は耳に残りませんが、好きな人の言葉は耳に残ります。 あなたにとって意味のある言葉とは重みがあるから聞けるだけであり、薄っぺらな内容では馬鹿馬鹿しくて真面目に聞けないと思います。

    確かに生きている以上は全てに意味があるのかもしれませんが、辛い状態や苦しい状態では余裕がありません。 余裕が無いなら如何に良い言葉や内容でも、それを実行することは出来ません。 お金が無いのに資金の掛かることはできませんから、出来る範囲でするしかないのと同じです。

    しかし、お金が無くても一流を体験できるチャンスがあるように、起こす行動により運が良い悪いの境目がでてきます。 仮にお金がなくても一流の場所に出入りできる立場の人と交流があれば、自然と一流の場に出入りできるようになります。 つまり、引き上げてくれる人を見つけて、それにより自分も運を上げていくことができます。

    例を出すと、私は本来ならば外食が大の苦手なのですが、それは無意識のうちに過去に良い思い出が無いから苦手なんです。 それに気付いたのは、N市のIさんや寄付の神様と食事に行ったら「楽しい!」と感じることが多いから、「また、こう言う場所に来られるように努力しよう!」と思う自分に気が付いたからです。

    今までは引っ込み思案で外食なんて戦々恐々でしたが、寄付の神様やN市のIさんに食事に連れて行ってもらっているうちに何とか外食に慣れてきました。 慣れてくると、「あぁ~、今度はこう言う場所で食事が出来るようになろう!」と、また努力できる糧になると思いました。

    これは私が知らない世界だったのをN市のIさんや寄付の神様が教えてくれた、いうなれば未知の扉を開けてくれたようなモノです。 (すみません、ファミレスも躊躇して入れない田舎者の私です。)

    私はこの2人から多大な影響を受けているのですが、せっかく良い世界を教えてもらったなら、次は誰かにこう言う世界があるのを教えてあげて「楽しい時間」を共有しつつ過ごせたら素敵だと思うのです。 自分だけが楽しいとか自分だけが良ければいいなんて、占い師としてだけではなく人としても恥ずかしい話です。

    自分が引き上げてもらったのであれば、それを他の誰かにも教えてあげたいし分けてあげたいと思うのは、人として自然であるべきではないかと思うのです。 奪い合えば足りないけれど、分け合えば余りあると思います。

    名古屋出張の時にN市のIさんが食事に連れて行ってくれたのですが、食事は美味しいし夜景も素晴らしい場所でした。 ならば、名古屋での忘年会はココにして、お客様にもこの食事や夜景を味わっていただきたいと思いました。 こうやって自分が受けた愛や恩を他の誰かに分け与えることができれば、独り占めではない心の共有が持てると思うのです。

    注:なお、東京も場所は決まっていますが倉敷はまだ決めていないので、自薦他薦をお待ちいたしております。 m(__)m

    話は戻りますが、自分だけの力では無理でも運の良い人との付き合いからレベルを上げ、それにより自分のレベルも引き上げてもらい~次の未知なる世界が開けてくることもあるのです。

    あなたは力を出し切れていないだけで、本当は隠れた才能があります。 その才能が花開いたなら、可能性の道が次々と増えてきて素晴らしい未来になると思います。 そして、それは難しいことではなく自分の努力で始めることが出来るのです。

    あなたは自分を引き上げてくれる人との交流、それをどれだけ実行していますか?

    ヴイ♪ ( ̄m ̄*)V

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