徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    ホンの一瞬。

    胸に響くメロディが流れる時は、何か心にトキメクことが待っている証拠なのですが、あなたの胸にはさまざまなメロディがどのように流れていますか?

    誰でもかれでもと言うわけじゃないのですが、時間が空いた時にふと物思いにふけることがあると思います。 そんな時に考えることは「どうして生きてるんだろうなぁ~?」とか「何でこうなんだろう~?」などと、自分の人生についてこのままでいいのかと考えるのは人として自然なことです。

    トラブル発生の時に「これが夢だったら…。」 こう考えるのと同じで、今の自分はひょっとして夢の中を彷徨っているだけで、本当は夢から覚めたらどうなるのかと漠然と考えてしまう。

    人生は長いようで短いし、時が過ぎた後で後悔と言うのは始まります。 現在進行形の時や上手くいっている時には振り返らないけれど、後悔する時には必ず振り返っているのです。 もしも夢だったら~夢であって欲しい、このように時間の流れの中にいる自分を認めたくない時には、後悔している場合がほとんどなのです。

    お年を召した方、特に80歳とか90歳などの人生経験豊富な人に、「あなたの人生は長かったですか?」と聞いてみれば答えはおのずとわかると思います。 何故ならほとんどの方は「短かった」とか「一瞬だった」などの比喩表現で、生まれてきてから今までが短いことを表すからです。

    あなたがこの世に生まれてきてから、苦しいことも楽しいことも色々あったでしょうが、今の時点で過去を振り返った時に短かったとか~すぐだったかもしれないと、振り返れば振り返るほど思うかもしれないのです。

    時間の流れは誰にも止められないけれど、振り返った時に後悔するよりは満足できる時間の流れの方が、自分の人生に対して嘘をつかないでいられると思うのです。

    今のあなたが30歳だとして、生まれてきてから30歳までの時間の流れを頭の中で考えてみてください。 次に昨日の夜でも一昨日の夜でもいいので、見た夢をどうだったか思い出してみてください。 この2つは時間で考えるとものすごく違うはずなのに、頭の中で思い浮かべると同じくらいの流れでしかありません。

    「人生とは、ホンの一瞬の夢のようなモノ。」

    昔からよく言われる言葉ですが、それは嘘ではないと気付けたと思います。 頭の中で思い浮かべる時間は一瞬であり、そんなに違いは起こらないのが時の流れにある追憶の正体なのです。

    人生とは自分で切り開くモノですが切り開いている最中は長く感じても、過ぎてしまえば一瞬のことなのです。 同じ一瞬の中に埋もれてしまうのならば、あなたがするべきことは2つしかありません。

    楽しむこと。
    チャレンジすること。

    何があってもあなたの人生は進んでいくしかないのですから、人生を楽しまなければクヨクヨしている暇はないのです。 クヨクヨしていても~ウキウキしていても、結果として時間の流れは同じなのです。 ならば、楽しまなければ時間の流れを無駄にしているだけとなるのです。

    楽しい気持ちとは、ワクワクすることです。 未来で「どうなるのかな~?」と言う思いが次々と出てくれば、それは楽しくて仕方がないのです。 その為に必要なのは「チャレンジすること」で、何かに向けてチャレンジしないのなら今までと同じ人生しか歩めません。 しかし、勇気を持って一歩踏み出せば、それはあなたの目の前の風景をガラリと変えることになるのです。

    人の予知能力や危機回避能力とは凄いもので、霊視やスピリチュアルを遥かに凌駕しています。

    あなたがお店を出すのに、倉敷駅周辺に出店するのと新宿駅周辺に出店するのでは、どちらが成功の可能性が高いかと聞かれた場合、「新宿駅周辺の方が、成功の可能性が高い。」 こう考えることが出来たなら、それはあなたが成功への道をすでに歩き始めている証拠です。

    これは当たり前の質問だと思うかもしれないけれど、当たり前ではありません。

    何故なら、わかっていても動けないのが普通だからです。 人口密度や職種などを考えれば地方よりは大都会と誰でもわかっているけれど、その為に行動できるのはホンの一握りだけなのです。 そして行動したホンの一握りの人だけが、成功の美酒を味わうのです。

    あなたは成功の美酒を味わう為に、今何をすればいいと思いますか?

    ○Oo。.(T¬T)/~~~ オッパッピ~?


    お知らせ:出張の為、ブログの更新はお休みいたします。 ブログの更新は2日(火)より再開~鑑定の方は1日(月)の午後より再開となります。 素敵なあなたにお会いできる、その素晴らしい奇跡に私はいつも感謝しています。 ありがとうございます。 m(__)m

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    踏み切れない彼。

    世の中には女性の占い師さんの方が圧倒的に多いのですが、それは女性の方がカンが鋭いからです。 この女性の直感と言うのはものすごく当たるので、馬鹿には出来ない高度なレベルです。 ただし、だからと言って男性の占い師さんがいないわけでもなく、鏡リュウジさんのように凄い方もいらっしゃいます。

    私は恋愛系の御相談は嫌いじゃないのですが、それは男性心理については手に取るようにわかるからです。 彼が何を考えて行動しているのか~今どう言う気持ちなのか、非常に分かりやすいのです。 (ただし、悪いことを言わないようにする為には、余り突っ込んだことが言えません。)

    よくある話なのですが、「付き合いは長いけれど結婚に発展しない。」 この結婚願望のない彼と続けるか~別れるかの判断基準は誰しも難しいと思います。

    これはお客様だけではなく職場や友人の中にも、長く付き合っているのにゴールインしないカップルがいると思います。 同じような人の周りには同じような状態の人がいるように、あなた自身が実は結婚したいのに結婚しない関係が続いていませんか?

    10代や20代前半は別として、ある一定の年齢で真剣な交際を3年以上しているのに、結婚に関しては何の素振りも見せないような男性は要注意です。 彼女であるあなたがそのような話題を振っても避けたり、言い訳を話し始めたりするのは危険な兆候です。

    よくある言い訳をあげると、「.今は仕事が忙しいから~。」「時期がきたら~。」「経済的に余裕が持てたら~。」「やりたいコトがあるから~。」 言い訳としてはこんな感じだと思いますが、これはあくまで言い訳であり解決できる内容なので、これを言いはじめた男性は当分の間は結婚する気がないと思ってください。

    ただし、少し男性の側に立つと理由はあるのです。 その理由としては「責任ができる。」「恋愛ができない(簡単に別れられない)」「お金を自由に使えなくなる。」「自由な時間がなくなる」と言うようなデメリットをあげられます。 しかし、これらの理由とはいずれも、実は男性側の単なるワガママや自己都合でしかないのです。

    ココで冷静にならないといけないのですが、これらは自分勝手な言い分であって相手のことを何も考えていないのです。 早い話が彼の人生における優先順位が、あなたを一番にするのは嫌だと言っているのと同じなことに、気が付かないと辛い恋になるのです。

    では、お付き合いをしていく上で、彼の価値観を矯正したり我慢したり、付き合う為の努力をあなただけがするべきかどうか、この判断は自分ひとりでも出来ます。

    まず、今から10年後に2人の未来をキチンとイメージできるかどうかで、具体的に将来の生まれる子供と家族みんなで仲良く遊びに行ってるシーンなど、結婚に関するイメージがすぐに浮かべば待つだけの価値はあります。 しかし、今のままの状態しか思い浮かばないようであれば、彼との結婚は考え直した方がいいかも知れません。

    これは付き合うなと言っているのではなく、結婚を相手に委ねて待つだけでいられるかと言うことです。

    女性側は結婚したいのに、男性側は結婚する気がない。 これは「結婚」に対する考え方について、最初から2人の感性や価値観のズレが出ているからこそ起こる現象であり、ズレの修正は難しいと考えられます。

    結婚において2人の価値観は非常に大切な問題で、男性の側も愛してる人としっかりとした家庭を持つことは幸せ&憧れであり、さらには自分自身の責任を感じ始めるものです。 その「責任感やプレッシャー」から彼を保護しているあなたは、厳しい見方をすれば男性から見て母親として見られている可能性があります。

    これを防ぐ為には、きちんと2人の中での結婚までの期限を設ける必要があります。 2人の未来についての話を避けるような男性だったり、それについて何も言えずに前へ進めなかったり結論が出ないなら男性であれば、キッパリと別れる勇気を持つことも選択肢に入れる必要があります。

    残念ながら、付き合った時間が長いから幸せな結婚になる、この様な時間の経過は幸せの有無には一切関係ありません。

    長い付き合いになると「これだけの自分の時間を費やしたのだから、彼はきっと私のことを判ってくれている。」 この気持ちはわからないでもありませんが、幻想に過ぎない場合も多いのです。

    別れに進めない不安な気持ちも充分に分かるのですが、「今から別れて、またゼロから恋愛を始めるのは不安…。」 付き合いが長いと、こんな不安に襲われるかもしれません。 しかし、相手があなたの幸せを考えているかどうかは大切なことです。

    幸せな結婚相手と出会うまでに、様々な出会いと別れがあります。 本当に大切なのは「結婚という通過儀式」ではなく、素敵なパートナーや家族と心満たされる「結婚生活を続けていく時間」 この方が重要なのです。

    あなたは結婚に踏み切れない男性を、どのように判断していますか?

    \(゜・ ゜)神様~

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    伝染。

    おはようございます。 素敵なあなたには今日も素敵な一日の始まりであり、きっと良いこと満載で幸せになれる日々になります。 悪いことは考えずに良いことを考える、これは基本中の基本ですが、素敵なあなたには今日もきっと良いことがあります。

    さて、世の中には不思議なことがあるのですが、それは霊がどぅのこぅのと言うよりも人間がする行動の方が、遥かに色々なことに影響があると言う点です。

    占いが好きか嫌いかは別として「運は伝染する」と言うのは、言葉で説明できなくてもなんとなく想像がついていると思います。 日本でも「ゲンが悪い。」などの言葉で表されるように、決まった道順や決まった行動などでゲンを担ぐのも運の良し悪しを認めているからこそです。

    これは不思議なのですが、運の悪い人は運の悪い人と仲良くなったり、一緒に行動したりと引き寄せあいます。 同じように運の良い人は運の良い人と一緒にいたり仲良くなったりと、似たようなことが起きたり同じような人同士が引き寄せあったりと、説明はできないけれど「なんとなく理解できてしまう」 それが運命の不思議でもあり~怖いところでもあります。

    それ故に取ってしまう行動が「仲が良いからこそ、見捨てるわけにはいかない。」 これは道徳的にも人情的にも良いことなので、出来れば助けてあげて欲しいと思います。 しかし、残念ながら助けてはいけない人と言うのが、意外と多く存在します。

    まずは「恩を仇で返す人」なのですが、これはいくら親身になろうとも~いくら手助けしようとも、ありがとうとか助かったなどの気持ちが理解できないと言うより、人生~考え方~生き方~その他の全てにおいて、最初から考えようとも理解しようともしない人のことです。

    信じられないかもしれませんが、自分が助けてもらうのはいいけれど~相手を助けるのは嫌と言う人が結構いるのです。 一番わかりやすいのは会社組織の中で、上司や社長と言われる人の行動によく現れています。

    例えば、部下の手柄を横取りする上司や~会社の利益優先で給料を上げない社長、このような話しを聞くたびに切なくて悲しい気持ちになってしまうのです。 部下や社員の努力は認めずに~失敗したことはうるさく言う、これが典型的な行動パターンです。

    次に「助けることで、さらに傷口が広がる人」なのですが、困っている人をすぐに助けるのが当たり前と言うのは余り正しい行いではありません。 助けることによってさらに困った状態になるのなら、一度落ちるところまで落ちてから這い上がるのを助けると言うようにしなければ、取り返しがつかないことになってしまうのです。

    例えば、会社が上手く行かずに借金の申し込みがあったなら、一度倒産させてゼロからのスタートなら応援や手助けは好きなだけしてもOKです。 しかし、倒産させたくないとか家や会社は守りたいなど、もはや死に体なのに悪あがきをするのは借金を大きくしてしまい、迷惑をかける人や泣かせる人を増やすだけです。

    さっさと会社を整理して一から出直せば傷の治りも早いのに、蛇口を開けたままタンクに水を補給するようなことをしていたら、いつまで経ってもタンクに水が満タンにはならないのです。

    実は「恩を仇で返す人」を助けた場合は、いつのまにか運が良くなっていることが多いのですが、これは運命があなたに味方して恩返しをしてくれるからです。 しかし、「助けることで、さらに傷口が広がる人」を助けた場合、しっぺ返しやお釣りが助けた人に来るので止めといた方がいいのです。

    簡単に説明すると、12月に倒産させれば負債が100万円で済むはずだったのに、お金を貸して急場をしのぐ手助けをして倒産を翌年の12月まで延期させたとしたら、負債は1000万円にまで膨らんでいます。 そうなると単純計算でも迷惑をかける人の数が10倍に増えるので、結果として手助けした人の運も連帯責任のごとく悪くなるのです。

    助けなければ迷惑をこうむる人が1人だったのに、助けたばかりに被害者が10人になった。 こう言う時は助けた人が、運命上で9人分の責任を追うことだってあるのです。

    運の悪い人には悪いなりの理由があり、それに自分で気付くとか~理解するなどのことが出来ないのなら、近づいてはいけないのです。 逆を言うなら、勢いのある人や運の良い人にはドンドン近づいて、幸運のお裾分けをいただくのが理想です。

    私もN市のIさんや寄付の神様にお会いした後は、その時の状況にもよりますが3~7日くらいは何をしてもラッキーです。 (何より最近の私がどうなっているか、これこそが運の悪い人と離れて運の良い人といることの証明です。)

    素敵なあなたには素敵な未来があるのに、何も危険な方へ自分から近寄らなくてもイイと思うのです。 もともと運が良いのに、助けてはいけない人に運を分け与えるのは美徳でもなんでもなく、さらに不幸な人を出すだけかもしれないのを考えなければいけないのです。

    あなたの明日は明るいし、もっともっと良いことが起こるようになっています。 ならば、その運命を素直に受け入れるのも大切なことです。

    あなたは自分のするべきことを、間違っていませんか?

    アリガトッ ヾ(≧∇≦)〃

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    アイスクリーム。

    私はデパートなど色々なお店を見て回るのは嫌いではなく、どちらかと言えば好きな部類に入ります。 普通の男性は買い物に付き合うとか見て回ることを嫌がるのですが、逆に私は見ることで次々と勉強したいタイプなので苦になりません。 それよりも知るべきことを知らない方が嫌ですし、更には努力もせずに知らないで済ませるのはもっと嫌です。

    知らないばかりに行き違いや誤解が生まれることがありますが、その原因は自分は簡単だと思っていても相手にとっては難しいと言う考え方の違いです。 これは単なる情報の差なので説明により誤解を解消できますから、まずは自分が分かる説明ではなく相手が分かる説明です。

    例えば、チョコレートを知らない人に知らないままで説明するのは難しいけれど、見せて~食べさせれば「甘い」とか「美味しい」などの説明をすることがとても簡単になります。

    人には知っておかなければならないことと言うのがあり、美容師なのにカットできないとか看護師なのに注射の仕方が分からないなど、決してできないと言ってはいけない必要最低限の知識や技術があります。 これを知らないでいたり~知らないままで済ませたりしていると、知識の差は埋められても運の差は埋められなくなってしまうのです。

    その差が歴然としているのが、テーマパークやデパートなどの集合体(テナント)です。 地方ではどこの集合テナントも壊滅状態で、華々しく開店したはいいけれどお客様が来ないから撤退すると言うのが相次いでいます。 これは親会社(デパートなど)の入居テナントを決めるテナント事業部(SC事業部)やバイヤーが、自分が正しいとばかりに奢り高ぶるから起こりうる現象です。

    しかし、大勢の人の夢や期待を担うテナント事業部(SC事業部)やバイヤーが、お客様が全然来ないようなお店を呼んできたり~レイアウトを作り上げておいて、失敗してから「知らなかった。」 これでは済まされないのです。

    また、経営者には色々な面で責任があるのですが、その中でも雇用を維持するのは最も重要だと思います。

    集客が出来ずに経営難に陥って、一生懸命に働いてくれている人を解雇せざるを得ないようでは、それは経営者として考えが甘すぎます。 個人の成長には「失敗は成功の元」となるので経験と言う言葉に置き換えることができますが、企業体が失敗して「ごめんなさい」のヒトコトでは済まされないのです。

    私はどこかに出かけた時には必ずデパートなどを隅々まで見て回るのですが、歩くだけでも色々な情報を手にできます。 東京出張の時には原宿や新宿~丸の内や銀座などを歩いて、ショップにある品物だけではなく内装や店員さんのファッションや髪型など、今は何が流行っているのかの勉強も兼ねて歩いています。

    本来の占いとは片手間に出来るような甘いモノではないのですが、スピリチュアルの流行とともに少しズレてきている感じがします。 何故なら経営の相談を受けた時に「東の空を向いて、朝日が昇ると同時に先祖に祈りなさい。 そうすれば助けてもらえるであろう。」 スピリチュアル系なら、このような感じの答えが多くなると思います。

    残念ながら、これでは経営破綻に進むだけです。 (お祈りするだけで運命が好転したなら、世の中に苦労は無いからです。)

    大学を出ようが~家柄が良かろうが、時代を読む力と言うのは個人の努力でしか身につきません。 人の話を聞かないから物を知らないと言う悪循環の人に多いのですが、未来で良くなる為には過去の栄光は邪魔になります。

    それなのに上司たる者が先見の明が無いばかりに部下も同じように右ならえで、護送船団方式とばかりに責任を取りたくないから冒険はしないと言う状態で、これではいつまで経っても自分達の力で集客すると言うことが出来ないのです。

    どこにでもそんな例はごろごろありますが、今年開店したある集合テナントは見るも無残で気の毒なくらい人が少ないです。 しかし、場所が悪いわけじゃなく企画や戦略の差なので、私が相談を受けていたならレイアウトも呼んでくるテナントも全然違ったと思います。 もし仮に、私が相談を受けたとしたら…?

    まず、同じ種類のお店を2店舗呼んできて、同じフロアで近所に並べると言う作戦でいくと思います。 同タイプの店を並べるのなら、集客の為に双方が知恵を絞り競争力もあがります。 ただし、ここで呼んでくるのは過去の栄光にすがるようなお店ではなく、イケテルお店で無いと意味がありませんからココで企画の差が出ると思います。

    例えば、4月前後にオープンするデパートがあるとしたら、私が集客の目玉として呼んでくるのはアイスクリーム店で、間違ってもカフェ系やケーキ系(スタバやモロゾフなど)の有名どころは一切考えません。 その理由として、お客様が予想できるような範囲のお店では意外性がありません。 (タネの分かっているマジックを見て、面白いと言う人は余りいないと思います。)

    また、寒い時期にオープンするなら別ですが、暑くなる前ならアイスクリームのお店です。 ただし、呼んでくるお店が問題なのですが、私ならば「北の綿雪」と「マーベラスクリーム」の2店舗を呼んできて競わせると思います。 (このブログを真似してマーベラスクリームなどをテナントに入れるデパートがある…、かなっ?)

    企画に関わっている人がこの名前を聞いて「何、それ?」と言うようでは、女性のお客様はもちろんのこと~感覚や発想が少し違ってきている可能性が大です。

    私が集客テナントとして呼んでくるなら、この2店舗を口説き落とします。 この2店舗なら宣伝しなくても、まず間違いなく長い行列が出来ると思います。 企画に携わるテナント事業部(SC事業部)が「アイスクリームならサーティワン!」と言うようでは、世間が見えていないし不勉強だと思います。

    このように知っていて活かせる場合には、いざと言う時の財産として必ず役に立ちます。

    あなたは知らないことを知る為に、どんな努力をしていますか?

    o(^^o)(o^^)o わくわく

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    素敵な恋。

    おはようございます。 昨日の午前中に帰ってきたのですが、今回の東京出張は結構ハードスケジュールでした。 午前中は倉敷で鑑定して昼から東京へ行ったので滞在時間は短かったし、大雨の影響で新幹線の運行に大幅な遅れや運休が出た模様です。

    しかし、私が乗る新幹線に遅れや運休はありえないので、運休が相次ぐ中でたまたま1本だけまともに運行した新幹線があって、それに乗れているのは運命が応援してくれている証拠かもしれません。

    昨日の午後から予約していたお客様は、「山崎は戻ってこれるの?」とヒヤヒヤしたかもしれませんが、自分が乗る新幹線が止まるかどうかくらいはわからないと霊視ではないし、その対策もたてるようでないと素敵な霊視カウンセラーを目指せません。 ただし、ギリギリのスケジュールでヒヤヒヤドキドキするのはいいことではないので、次回はもう少しゆっくりしたいと思います。

    どうせドキドキするのなら恋でドキドキしたいものですが、何歳であろうとも素敵な恋は必要だと思います。 人を好きになるって言うのは素晴らしいことですし、人を好きになる心の動きはドキドキしたり苦しくなったり、切ない想いや嬉しい想いが一杯の、儚き夢の中を歩いている状態なのです。

    素敵な彼と出会って~幸せな結婚をして~豊かな生活を送ると言うのが理想だと思うのですが、ココに人の心の危うさや移ろい易さがあるから恋の行く末は幾重にも変わってしまうのです。

    恋をするのに年齢は関係ないのですが、性格や考え方は大きく作用します。 イケメンや美人が絶対的にモテル訳でもないし、必ず幸せになっているわけでもないのです。 恋愛から結婚へ繋がり、そして豊かな生活を送っている御夫婦を見ると、やはり性格(相性)と言うのが最優先だと思えてくるのです。

    恋は一瞬かもしれないけれど、結婚はそうではありません。 夢だけではなく現実も見ないといけないこともあるし、良い面だけではなく悪い面だって見ないといけなくなります。 運の良い人を視ると良い恋をしていると感じることが多いのですが、運の悪い人は良い恋ではないのだけれど、良い恋だと思い込もうとしている~悲しい恋の場合があります。

    私が恋の御相談をお伺いする時には、まずお客様の周りにどんな人がいるかを見ていきます。 人は同じようなレベルの人と出会う為に、運の良い時には運の良い人と~運の悪い時には悪い人と出会う、これは誰であろうとも変えることは出来ません。

    つまり、日常で関わっている人により、その先で出会う人がどのような感じの人になるのかが決まってくるので、日頃の出会いレベルには気をつけていないと良い恋には巡り合えないと言うことでもあるのです。

    次に恋をする上でも人には感情と言うものがあるので、周りから見て酷い関係に見えていても、本人にとって良い恋ならば口出しは出来ないと言う時だってあります。 遥か先のことはわからないけれど、今見つめあう関係の中でキラキラと輝く太陽のような瞳がお互いにあれば、それだけでもその恋は素敵であるし幸せなはずなのです。

    霊視で恋に関する未来を視ていく時に、笑顔でいるかどうかが全てであり、イケメンだとか~お金持ちだとか~歳が離れているだとか、本当に良い恋ならば条件はほとんど関係ないのです。

    私は未来を視る時に、10年後~5年後~3年後と言う風に未来から逆算してみるので、未来で笑顔ならば最初の段階で起こる少々の苦難は、乗り越えるだけの価値はあるし愛もあると判断するのです。 その為、結婚の御相談を受けた時に私が現状と全然違うようなことを言う時があるのですが、それこそが普通の占いと霊視カウンセリングが違う最大の点です。

    私は結婚の御相談を受けた時に「結婚前後」を詳しく視ることはほとんどなくて、詳しく視るのは「結婚して2~3年後」からを詳しく視ていくのです。

    その理由として、結婚当初にラブラブなのは当たり前なので、そんなところを視てもありきたりのことしか言えないのです。 別にありきたりが悪いわけではありませんが、結婚して2~3年後も経つと色々なことが変わり始めています。 子供が出来たり~住居を変わったり、さまざまな生活における変化があるのです。

    ココで難しいのが「未来で起こることは、未来で起こること」であり、今は起きていないから注意できないと言うことなのです。 仮に御主人が浮気をする場合に結婚して4年後に浮気をする未来だったとしたら、今は真面目で何もしていないのだから注意できないのです。

    「あなたは4年後に浮気をするけれど、どうしてするの?」と聞いてみたところで、今は何もしていないのだから答えようがないのです。

    占いで見てもらったのに結婚生活が上手くいかない時は、その占い師さんが現在を見るタイプの占い師さんなのか~未来を視るタイプの占い師さんなのかが重要なのです。 占い方法についても霊視が絶対と言うわけではなく、「現在と未来」のどちらを視ることができるタイプなのかを把握する方が先決であり、占い方法はさほど重要ではありません。

    タイプをキチンと見極めて鑑定を受けたなら、結婚における運命鑑定の失敗はかなり減ってくると思います。

    このように未来を視る最大の難しさとは、今は注意できないとか~今は大丈夫だけれど○○が起こり始めると危険など、わかっていても防げないと言うのが一番の問題なのです。 ただし、運命の人ならば幾多の苦難もいつの間にか解決して幸せになれるので、以上のことはどれも当てはまらずに幸せになれるので、私の出番はほぼゼロです。

    あなたはいつでも胸がときめくような、素敵な恋をしていますか?

    o(^o^o)(o^o^)o ワクワク

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    誤解を受け流す。

    人には辛いと感じる時がいくつもあるのですが、それは状況により変化していきます。 お金が無いだけなら辛くは感じませんが、お金が無いのに借金取りが来る毎日は辛く感じます。 それと同じように辛く感じる時には、もうひとつの原因が隠れていることが多いのです。

    誰かがあなたのことを誹謗中傷していると辛いと思いますが、2人しかいない部署で1対1なら辛いと感じることは少なくなります。 本当に辛く感じるのは部署内に人数が多くなって、誹謗中傷を他人が聞いているという二次被害により辛く感じる方が大きいです。

    自分の悪口を他の誰かが聞いている~もしくは誤解により真実が他人に伝わらないのが辛いだけであり、当人同士だけなら余り問題に発展しないのです。 自分の評価を勝手にされて誤解を受けたなら、それは許せない気持ちになるかもしれません。 これは人としては当たり前の気持ちであり、悪意のある噂なら余計に頭にくるかもしれません。

    しかし、これを笑って許せるくらいの気持ちになれたなら、運命はあなたの味方になってくれます。 確かに噂を立てる人たちは人として問題があるかもしれませんが、あなたは「悪口を言う人ですら許せる」 そういう器の大きい温厚な人だからこそ、運命が応援してくれるのです。

    悪口を言われたからと言ってムキになって相手を攻撃する人よりも、自分の方が器が大きいのだから許せる人でいようと思い、人として上である自分を褒めてあげることができたら幸せな気分になれます。

    いくら自分が悪口を言われても、相手と同じレベルになって悪口を言うのはお勧めできません。 相手に悪口を言われても相手にしないでいれば、あなたの評価の方が良くなるのは必然なのです。

    もしも、あなたの周りで悪口を言われても平然として、ニコニコと相手のことを許せる人を見たなら、「信用できる~嘘を吐かない~裏表が無い」などの評価になっているはずです。

    悪口を言ってはいけない理由は言霊だけではなく、脳も関係しているのです。 脳の怖いところは相手に向かって言ったことでも自分に向かって言ったと判断する部分で、悪口を言うと自分に言っているのと同じことになってしまうのです。 だからこそ、悪口を言う人の顔~態度~雰囲気などは暗い感じがして、近寄りがたくなってくるのです。

    悪口は百害あって一理無しで、言えば言うほど周りの人を遠ざけてしまうし、言えば言うほど自分の脳に悪いことをきざみこんでしまうし、おまけに悪口を言うことで悪口と同じ状態をお願いしていることにもなります。

    また、今の自分が幸せならば人の悪口は言いませんし、幸せが幸せを呼ぶ正のスパイラルに入っている人は、悪口を言うことの怖さにも気付いています。

    仮にボランティアの人達を悪く言ったなら、それはボランティアの人達が助けている人達をも悪く言うのと同じです。 仮に私の悪口を言ったり~邪魔したりする人がいたなら、それはアフリカの子供達や盲導犬の支援を邪魔するのと同じことになります。

    基本的に誰の悪口であろうとも言ってはいけませんが、その対象者の向こう側にいる人の想いまで打ち砕いてしまう、そんな悪口を言う人を運命がほっとくわけがないのです。

    ひとつ例を出すと、2002年にネット上で「浜崎あゆみが身障者の少女を罵倒した」と言うような不確かな噂が流されました。 ところが動画付きだったので新聞報道にまで拡大して、瞬く間に公式ページやファンページが炎上しました。

    すぐにAvexは声明文を発表したりして火消しに躍起となりましたが、誠意が感じられないとか本人の謝罪文でないなど、揚げ足を取るようなことばかり言われてさらに大炎上に繋がりました。 しかし、これは完全にヤラセの虚偽画像であり、ある某大学生が2001年のカウントダウンライブの映像を加工していたのです。 (後日、この某大学生は逮捕されています。)

    この時のことを浜崎あゆみさんは、「自分がデマを撒かれたことよりも、そのデマにファンが迷ったり辛い思いをしたのなら、その方がよっぽど辛い。」と言っています。

    人が人を信じることができないのは悲しいことですが、目先の欲ばかり追いかける企業の姿勢も問題です。 それと言うのも、この年は事件の影響で浜崎あゆみさんのコンサートツアーのスポンサーが次々と降りてしまい、スポンサー無しでツアーを敢行したのです。

    つまりは、どの企業のトップや担当者も、「浜崎あゆみさんが、そんなことを言うはずがない!」とは考えなかったのです。 それどころか、さっさとスポンサーを降りて自己保身をすると言う、人間のいやらしさを露呈しています。 ただし、浜崎あゆみさんのライブにスポンサーがつかなかったのは、この事件があった時だけです。

    浜崎あゆみさんは今や磐石の地位を築いて、スポンサーになる為には彼女やAvexの条件を飲む以外にないのです。 もしもあの時に浜崎あゆみさんの味方になっていたなら、その企業はどれだけ株を上げたかわかりません。

    このように悪口を言われても相手にせずに、ニコニコとしていた方が運命の後押しや応援がくるのです。 すぐには誤解が解けないけれど、誤解が解けた時や運命が理解してくれた時には、あなたの目の前に夢や希望が広がっているのです。

    なにより、素晴らしいあなたの未来には誤解があったとしても、それを上回る幸運があるのだから、きっと大丈夫だと私はあなたの可能性を信じているのです。

    あなたは誤解を受け流すだけの、心の広さを持ち合わせていますか?

    ぴーす♪ (#^ー°)v


    お知らせ:出張の為、ブログの更新をお休みします。 26日(火)より再開いたしますので、御面倒をお掛けいたしますがよろしくお願い申し上げます。 鑑定の方は25日(月)午後より再開しておりますので、素敵なお客様のお越しをお待ちいたしております。 m(__)m

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    みんなの夢。

    私は才能よりもやる気のほうが大事だと思っているのですが、世間では才能などの生まれ持った方を気にしてしまう傾向があります。 しかし、生まれ付きのモノがどれほど役に立つかと言えば、そんなに役に立つわけではありません。

    確かに宿命などと言う言葉があるように生まれてきた条件や役割は違うと思いますが、それすら未来は分かれているのです。

    一番多いのは維持する人達で、親から貰った土地や会社などを維持していくだけで実質目減りしている人がかなりいます。 せっかく受け継いだ物を後生大事にして、自分達だけ利益が出ればいいと言う考えで分け与えることを知らない為に、宿命が与えてくれたモノを運命が周りに振り分けてしまうのです。

    次に多いのが、生まれつきの好条件を全て駄目にしてしまう人達で、これは土地や会社だけでなく才能と言う意味もあります。 特に遺産など先祖代々の財産を受け継いだ人などは、自分が考える力も行動する気力も必要とせずに暮らしているものだから、危機感がない上に甘えた考え方が身についてしまい、人生の後半で気が付いた時には手遅れで間に合わないのです。

    また、才能を駄目にしてしまう人と言うのは、最初から失敗をしないようにしている人がほとんどで、それ故に一度失敗してしまうと挫折から立ち直れなくなってしまうのです。 温室育ちではなく、雨風に耐えれる人が才能を潰さないのです。

    最後に受け継いだ物を大きく増やして親や先祖以上のことをする人達が居ますが、これはごく少数派です。 親から受け継いだモノ以上となると相当な努力が必要なのですが、暖かい場所から厳しい場所へ行く勇気のある人だけがそれを成し遂げます。

    ただし、ほとんどいないからこそ少数派なのですが、2代目や3代目をみれば如何に発展させるのが難しいのかよくわかります。 日本全国の2~3代目の人で親以上に会社やお店を発展させたのは、ごく少数派であり珍しい部類に入ります。 年々業績を落とすのが関の山で、歳を取れば取るほど苦労する道になっています。

    このように生まれつきの宿命には確かに差があるのですが、その後の運命により人生を変えるなんて楽勝なのです。 それは自分の人生だから自分が動けば変わると言うのが大原則で、誰かに何かをしてもらわないといけない状態の方がよっぽど難しいのです。 仕事関係を見ればわかるように、上司や同僚が自分の思い通りの行動をしてくれるなんてありえないからです。

    生まれつきのことは別としても、それ以外のことも周りを見てうらやましく思わなくても、あなたにはちゃんと誇れるものがあります。

    それは一番を目指そうと言う「志」です。 今は確かに一番ではないかもしれないけれど、一番の人にはない向上心があるのです。 これは仕方のないことですが、自分より上の人がいない状態になると緩みや甘えが出てきます。 そして最初は持っていた向上心がなくなり、いつの間にか安住の地としてたるんでくるのです。

    評価されることに感謝は必要ですが、その感謝に甘んじることなく更に上を目指すことが、評価してくれた人に対する恩返しにもなるのです。 今の状態を良しとした上で、更に勉強しなければならないと言う「誰かの為と自分の為」が一緒になった夢ならば、それは一番の人に負けないモノがたくさん出来てくるのです。

    その中でも必ず沸き起こらなければならないモノが、「未来へかける情熱」です。

    これを持つようにしないと一番上にいる人たちに追いつくことすら出来ないのですが、それは自分だけのモノを背負っていたのでは駄目なのです。 自分の夢でもあるけれど~誰かの夢でもあると言う状態こそが、あなたの未来へ突き進むパワーにもなってくるのです。

    今トップにいる人だって努力している人は大勢いるので、のほほ~んとしている人ばかりではありません。 その位置にいる人に対して追いつき追い越せと思ったなら、その人以上のことをしなければ無理なのです。

    それを理解したうえで、それでも追いつき追い越せの考えが変わらないのならば、それは成功へのパスポートを手に入れたのと同じことになります。 それは情熱が尽きることなく沸いてくる証明であり、今は一番じゃなくても問題とせずに突き進めると言うことでもあるからです。

    未来への情熱と言うのは今は実現してないけれど、未来では実現していると言う不確かではあるけれど、待ち構えてくれている夢でもあるのです。

    みんなに声をかけてもらえる夢。
    みんなに祝福してもらえる夢。
    いつかはみんなの為になる夢。

    これらは全て夢ではなく、未来で起こる情熱が起す奇跡なのです。

    あなたの前に情熱と言う名の、みんなの夢はありますか?

    (=´∇`=) ニャン♪

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    目の前の事実。

    おはようございます。 早朝に出勤していると涼しく感じるようになりましたが、日中は暑いので事務所のクーラーもスイッチを入れざるを得ません。 地球温暖化があるとはいえ、お客様をお迎えするのに暑い中で霊視カウンセリングはできません。

    人は自分が体験すると、見過ごすことは出来なくなります。 世界では飢えや貧困があるとは言っても、現実問題として体感しないとナカナカ行動できません。 しかし、目の前で起こっている現状を見てしまうと、自分に体験として蓄積されて無視できなくなります。

    例を出すと、TVや雑誌で知識としてわかっていても地球温暖化について真面目に考える人が少ないのは、自分が体験していないから仕方の無い部分もあります。 目の前でドンドンと氷河が崩れ落ちていく様子や、津波などの水害が起こる様子を実体験として見てしまうと、自分はこのままでいいのかと動き始めるのが理性を持った人の自然な行動なのです。

    目先のことで自分を見失ってはいけないのですが、つい思い込みで見えなくなる真実と言うものがあります。

    今日は占いに絡めて、パワーストーンを例にとって考えてみたいと思います。 クリスタルなどはヒマラヤ産の物が高価で取引されていて、お店に並んでいるのも「ヒマラヤ産」と書いてあるだけで価格が違ってきたりします。

    ところが、ヒマラヤ産と他の地域ではそんなに違いがあるのかと言えば、電子顕微鏡で見れば固体結晶の違いは多少はあります。 ところがそれ以外ではほとんど変わりは無く、ヒマラヤ産と言うだけで神秘的な幻想を醸し出すから高値で販売されているのが実情です。 ヒマラヤと言えばイメージするのが氷河の中にある神秘の力みたいなことを、TVや雑誌で物語として作ってあるから余計に感じるのです。

    しかし、「ヒマラヤとは何?」 こう聞かれて正確に答えられる人は、パワーストーンショップの店員さんや占い師さんやスピリチュアルカウンセラーなど、専門分野の方々でも余りいません。

    少し説明すると、ヒマラヤ山脈はアジアの山脈であり、地球上で最も標高の高い地域のことを言いますが、略して「ヒマラヤ」と言っているだけなのです。 ヒマラヤはインド亜大陸とチベット高原を隔てている、カラコルム山脈~ヒンズークシ山脈~パミール高原などから続く、無数の山脈から構成された巨大な山脈のことを言うのです。 そしてこの中で有名なのが、エベレストなのです。

    ヒマラヤ山脈は、ブータン~中国~インド~ネパール~パキスタン~アフガニスタンと、6つの国にまたがるのですが、「ヒマラヤはインドやネパールにある」とした方が神秘性が高まるからそう言っているだけなのです。

    つまりヒマラヤ産クリスタルの性能が高いとか~神秘的な力が宿っていると言うのは、あくまで営業戦略上のイメージであり、神秘的なパワーなどの違いは一切ありません。 パワーストーンを選ぶのには、その方向性&自分に合うかどうかの方が重要なのです。 高いお金を出してヒマラヤ産にこだわっても、それで運が好くなるどころか悪くなることさえあります。

    その理由としてあげられる現実とは、残念ながら今のヒマラヤの現状と言うのはゴミの山と言うのが事実です。 特に日本~○国~○国がゴミの放置をする、マナーが最低の国ベストスリーとして登山愛好家や各登山関係団体から呆れられています。 ちなみにマナーの良い方の国は、イタリア~フランス~イギリスで、ゴミの放置もせずにキチンと清掃して帰る登山隊が多いようです。

    話がそれましたが「ゴミの中にある」と言うのが、現状でのヒマラヤ産クリスタルなのです。 考え方や見方を変えるなら「人も集めるけれど、ゴミも集める」と言う状態で、特にマナーの悪い人達を集めるパワーが強いと言うのが、ヒマラヤ産の特徴とも言えるのです。 つまり、ヒマラヤ産だからと言って、必ずしも特殊な能力が備わっているわけではないのです。

    モノには目を背けてはいけない真実があり、その真実が過去の幻想を壊すことになっても、未来を構築する為には避けて通ることはできません。 世の中には表面的な部分と深い部分、それが全然違う場合があるから物事を片方だけから見てはいけないのです。

    それを自分自身が体験したなら、必ず行動したいと言う気持ちが沸き起こります。 その気持ちを大切にしていれば、明るい未来への道を踏み外すことは無いのです。

    私自身も昔を思い返してみた時に盲導犬に寄付する気持ちが強くなったのは、目の見えない人のお世話をした一日があるから、その経験も大きかったのかと思う時があります。 あの時はプータローみたいな生活だったので、あの時に目の見えない人の送迎や買い物に付き合うと言うアルバイトをしなければ、今の私はどうだったのかと考える時もあります。

    人は自分の道に迷った時に、何をどうすればイイのかがわからなくても、心に従う行動が出来るだけでも違うと思うのです。 何かをするべき時間に何もしないのは、何かができる自分に嘘をついて生きていることになります。

    恋に例えるなら、会えない時間に思いを馳せるよりも~会える時間を大切にした方が、二人の結び付きは強くなれると思うのです。

    あなたは自分がするべきことを、目を背けずにしていますか?

    ”8-( ・Θ・)ピヨピヨピヨ

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    夏のメイク。

    おはようございます。 朝晩は若干違ってきましたが日中は残暑もまだまだ厳しい中、汗によるメイク崩れも気になると思います。 やはりメイクをきちんとしていると、何故か心もきちんとしているように感じるのは偶然ではなく、運が良い状態を招いているからと言うこともあります。

    私は素人なのでメイクのことを言うのはおこがましいのですが、もしも参考になればと思うので夏のメイクについて少しお話してみたいと思います。

    メイク・マジックと言う言葉があるように、メイクにより別人になったような心の張りと言うのは実際にあり、それで自信をつけて運が上昇していくのはハリウッド女優などを見ても良くわかると思います。 売れていない時はそんなに輝いていないのに、売れてくると別人になるのは整形したからと言うわけではないのです。

    最近は平面写真から整形したかどうかわかる技術があるので、むやみやたらと整形は出来なくなってきました。 また、整形しなくてもメイク技術が昔とは比べ物にならない程の技術革新により、簡単に今までと違う自分を演出できるようになってきました。

    メイクには基本的にしておかなければならないことがいくつかあるのですが、まずはベースメイクが肝心です。 ファンデーションだけで仕上げようとすると、厚塗りになってくずれやすくなるので下地+ファンデーション+粉とミルフィーユのようにしていくのがベストです。

    下地で凸凹を無くしてファンデを薄くのばして整えてから、粉により皮脂や汗を吸収させるのが崩れにくくするポイントです。 参考までに方法として、下地は手早く均一にのばしていかないとムラになりやすく、中指と薬指で顔の中心から外側へのばしていきます。 この時に指に力を入れるとムラになるので、できるだけ指の腹でのばす感覚で行くと良いようです。

    ファンデはごく薄く塗るのがコツですが、力の入りにくい中指で塗って薬指でのばすのがベストかもしれません。 これで均一に出来るようになれば、くずれてもきれいなファンデの完成です。

    また、時間の経過とともに部分的にムラになってくるのは、肌への密着感が足りないせいで、それを防ぐ為にも気になる部分には指でファンデやコンシーラーをのばして、その後をカラスポンジで叩き込んでいくようにすると密着感が高まりムラ防止になります。

    なお、汗や皮脂による崩れは先手先手で気になり始める前に、部分的に修正していくのも必要です。 先手を打つことで薄手仕上げになるので自然観が保たれる為に、肌に優しく崩れも最小限と言う一石二鳥となります。

    次に目元くずれ防止には粉系が最適なのですが、目元のくずれは皮脂によるものが主な原因だからです。 まぶた全体に粉を乗せてから、目の際にアイラインを引けばにじみを防止できます。

    そして綿棒でラインの端をぼかして凸凹をなくして、自然なグラデにしてしまうのです。 アイラインよりも少し幅広にシャドウのダーク系を薄くのばして重ねるのもひとつの手で、上まぶただけでなく下まぶたのふくらみのところにもシャドウをプラスすれば、にじみ防止にもなって目を際立たせます。

    なお、目の下側のくすみ防止には、目の下の三角地帯に放射線状にリキッドファンデを塗っていくのが良いと思います。 (これも指でキチンとなじませるのが、ポイントです。)

    さて、目とくれば眉ですが、眉については眉尻さえきちんとしておけばくずれ自体が目立たなくなります。 眉尻は皮脂分泌が多い部分なので眉ペンシルで描いた後に眉パウダーをのせて、さらにプレストパウダーで防御しておけば完璧です。 このやり方でいけば粉の層を薄く重ねることでくずれにくくなり、メイクの持ちが格段にアップして眉尻が消えなくなります。

    最後に肝心要のスキンケアですが、保湿をしっかりとしておけば水分不足による皮脂の分泌を抑えることが出来て、潤いの幕がファンデと密着してくずれ防止になります。

    最近は携帯できるナノミスト噴射のスチームがあるので、これがお手軽かもしれません。 直接顔に噴射しても水滴にならないので肌を濡らすことなく浸透していくので、ナノミストのスチームなら保湿がやりやすいと思います。

    夏のメイクくずれで一番目立つのはファンデのムラとアイラインのにじみなので、これだけでもキチンと抑えておけば化粧くずれが起きても清潔感を損なわない程度になります。

    開運メイクと言うのも出ているようですが、基本的には自分にあったメイクが一番の開運になります。 自分のベースはどのようなモノなのかを作り上げておくのも、開運の為にはひとつの方法です。

    あなたは自分のメイクを、どのように考えていますか?

    ( ̄~ ̄;)

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    から。

    「あなたの行動は、何の為にあるのですか?」

    こう聞かれた時にすらすら答えられる人は、いつも心にやりたいことを秘めている証拠です。 この質問をされた時に未来に向けて何もない人は、何も答えることが出来ません。 いつも考えているからこそ、何かの拍子に閃いたり天啓が走ると言う現象が起きるのです。 何も考えずにダラダラと過ごしていたら、それに対して答えてくれるものはないのです。

    マザーテレサは心に愛を持って、いつも行動していました。 活動する為にどうすればいいのか、それを答えとして持っていたのはいつも体現していたからこそです。 ノーベル賞をもらった時に記者達がマザーテレサに、「マザー、私たちが世界平和の為に出来ることは何ですか?」と質問しました。

    マザーテレサは、「家に帰って家族を大切にしてください、 そして家族を愛してください。」と答えたのです。

    これはマザーテレサなりの洒落た言葉なのですが、身近な人々を幸せにしていればその輪が広がり、争いは無くなると言う比喩表現だと思うのです。 今あなたの目の前にいる人を大切にすることで、その人が愛を知り~また別な人に愛を持って優しくできると言う繰り返しが、世界平和につながっていくのです。

    心の中に答えを持っている人が強いのは、自分の行動に疑いを持たずに過ごせるからです。 自分の行動に疑問があれば、自分で自分を疑い始めるので最初の一歩が踏み出せなくなるのです。

    自分の行動を振り返るのは未来で恥をかかない為に必要なのですが、今の自分の行動を把握できていないと恥の上塗りとなってしまいます。 歴史を振り返った時に再認識できて反省すると言うのが、歴史を勉強する上で一番重要なのです。 受験の為に歴史を勉強している人はすぐに忘れてしまいますが、反省の糧に歴史を勉強した人は忘れないのです。

    歴史の重さは認識する人の知性によるモノがほとんどですが、その現場に居合わせた時や立ち会った時に、何も出来ないことやわからないことこそが本当に恥ずべきことなのです。

    一番わかりやすい例を出すと、「浮世絵」の外国への流出です。

    浮世絵の原画(本物)は現存するほとんどが諸外国の所蔵であり、日本人はほとんど持っていません。 どうして外国に本物が多く日本に偽物が多いのかと言えば、日本では浮世絵の価値を認められなかったからです。 日本における浮世絵の価値とは、外国へ陶器などを送る時に包んでいた緩衝材として使う為の紙として使う価値しかなかったのです。

    オランダの画家である「フィンセント・ファン・ゴッホ」は日本の浮世絵の影響を受けたことにより、強烈な色彩と大胆な筆触によって独自の画風を確立したとも言われているのです。 諸外国では浮世絵の素晴らしさがすぐに知れ渡り、色々な人が浮世絵を買い求めたのです。

    しかし、当時の日本人はお金になればと全部売り払い、取っておかないと文化が無くなるなんて微塵も考えなかったのです。 この価値観の差が、心に答えを持っているかどうかの差でもあるのです。

    心の中にある答えとはひとつではなく、色々なことに向けての答えがあると思います。 しかし、その答えがワクワクすることなら、更に行動範囲が広がったり動きやすくなると思うのです。

    それはまるで、空のような広がりかもしれません。

    空は青空や雨や曇りなど天候により顔を変えてしまうけれど、朝日や夕焼けや星空なども加えると更に無限の広がりを見せます。 空は「そら」以外に「から」とも読みますが、それは無限の顔を持っているからこそ「から」の状態なんです。

    何も無い「から」の状態であれば、次はどうなるのだろうと言うワクワク感が生まれます。 考えてみれば答えのわかっているクイズよりも、答えのわからないクイズの方が面白いです。 迷路だって行き先がわからずに、迷うからこそ楽しいのです。

    あなたがマンションに住んでいたとして、隣が空き部屋になったら「次はどんな人だろう?」 こう思うかもしれませんが、この時は「から」の状態なのに次はどうなるとワクワクドキドキしています。

    じゃあ~ひょっとして~もしかすると「から」の状態って、ドキドキワクワクする前兆なのかもしれません。

    あなたの行動が何の為にあるのか答えられないとしたなら、無理に答えなくてもいいから「から」の状態を楽しんでくださいね。 そうすればいつかは答えが「から」の状態を埋めてくれて、常に答えてくれるようになるはずなのです。

    あなたの行動は何の為にあるのか、キチンと説明できますか?

    (*'‐'*) ウフフフ♪

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    新たな旅立ち。

    人生には出会いと別れが付き物ですが、それを悲しいと思うのか~それとも新たな旅立ちと思うのかで、未来へ歩く道と結果がおのずと違ってきます。 私はお客様の御相談を受けている時に、岡山ではなく東京~名古屋~大阪などで活躍する未来が視えたら、動かれる人なんだなぁ~と思いながら霊視しています。

    結果はどうであれ、行動する人には感動があります。 どんな人でもはじめの一歩と言うのはものすごく勇気がいるのですが、踏み出してしまえば意外とあっけなかったり、簡単に出来たと言うことも多いです。 しかし、その一歩を踏み出したなら成功への道は半分歩いたも同然で、取り掛かればあっと言う間に終わることも多いのです。

    キャパシティや才能と言うのは無限にあるのですが、その活かし方や方向性の違いで結果が違ってくるだけなのです。 料理が得意な人もいれば~計算が得意な人もいれば~走るのが得意な人もいます。 個人には特性があり、その違いに気付けたなら自分の進むべき道は、きっと見つかると思うのです。

    人が変わり始める一番大きなキッカケは心に感動が起きた時で、人は感動したら自分の中の何かが変わり始めて何かをせずにはいられなくなります。 ただし、感動とは受け止める能力でもあるのですが、いくら言葉を聞いたり現場を見たりしても、その現状を受け止める能力がなければ素通りしてしまうのです。

    子犬が震えているシーンを見て、さらにいじめてやろうと思う人。
    アフリカの子供が死んでいくの見て、関係ないからと知らん顔をする人。
    部下には厳しいけれど、社長や役員には甘い上司。

    これらは心に感動を忘れている人達の行動であり、これを真似したなら人として大切な何かを失ってしまいます。

    出会いと別れは表裏一体なので、別れは確かに辛いことですが~その先に待つ出会いと言うのは嬉しいことだと思うのです。 今いる場所から一歩踏み出すのは勇気がいることですが、踏み出してしまえば新たな出会いが待っているのだから、そのワクワク出来る感動がなくならない限り、未来への希望が一杯あるはずなのです。

    何もしなければ未来が変わらないのは誰しもわかっているのですが、それでも何かが起これば変われる自分がいるはずなのです。

    人は気付かないだけで、いつの間にかと言う運命の後押しがあるのですが、この運命の流れに逆らうと苦しい状態が続きます。 しかし、運命の流れに乗ると驚くほどスムーズにやることなすことが上手く行き始めたりもします。

    自分の未来に満足している人は現状を守ろうとするので、さほど変化を求めません。 しかし、現状に満足できない人は変化を求めます。 ただし、その変化の内容が目先の変化なのか~それとも将来を見据えた変化なのか、それを見極めた上で変化を求めたなら楽しい未来になると思うのです。

    はじめの一歩を踏み出す勇気を持つ人の行動には、周りを巻き込むほどのオーラやパワーがあるのです。

    周りにいる身近な人が行動を始めた時に焦る気持ちが生まれたなら、それは何かをしなければ人生を充分に使いきっていないと言う証拠なのです。 自分が生まれた使命とは何かと言うほど大げさでなくてもいいから、生まれた以上は何かを成し遂げたいと思う気持ちが大切なのです。

    私はお客様がドンドンと成功していく未来を視るのは、とても嬉しいことのひとつです。 新たな旅立ちを迎えて羽ばたいていく姿はとても美しいし、可能性が開けていく未来への挑戦でもあるのです。

    最初は誰でも不安なのですが、その不安を押しのけて挑戦していくあなたに、私は感動を頂いているのです。 お客様の果敢な挑戦を視る度に「スゴイなぁ~!」とか「素晴らしいなぁ~!」など、いつも素敵なお客様と出会えた喜びを感謝しているのです。

    東京~名古屋~広島~福岡と出張先がドンドンと増えているのは、私もお客様に負けないようにしないと駄目だと思い、常に挑戦をし続けようと考えているからこそ出来ることですし、素敵なお客様がお手本だからこそ私は前に進んでいけるのです。

    新たな旅立ちは別れでもあるけれど、その行動により感動を巻き起こしているのなら、きっと運命があなたを応援してくれるはずです。 あなたの未来には素敵な出来事が一杯待っているのだから、その未来に大いに期待していいと思うのです。

    あなたを待っている人とは、巡り合えた運命自身がその一人なのです。

    あなたの旅立ちや挑戦を見て、感動する人がいるのを知っていますか?

    ブンブン ヾヾ(^-^) ありがとぉ♪


    お知らせ:出張の為、ブログの更新はお休みいたします。 19日(火)より再開いたしますので、お手数をお掛けいたしますがよろしくお願い申し上げます。 m(__)m

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    成仏。

    おはようございます。 病院など今日から出勤のところもありますが、この週末も元気に笑顔で過ごせるような素敵な週末になると思います。 ここ2~3日はお盆と言うこともあって、亡くなった方のメッセージや成仏など日本の風習的な御質問が多いです。

    中でも成仏についてはお盆でなくても聞かれるのですが、亡くなった方のことを「成仏できていますか?」とお聞きになる人が多いです。 成仏~成仏と言うこと自体は悪いことではないのですが、そんなに成仏することが大事なことかと言えばそうでもないと思います。

    例えば、亡くなった方が「子供が結婚するまで、見ていたい。」 こう思っていたなら、子供が結婚する姿を見てから成仏するのが幸せだと思うのです。 (この辺のところはスピリチュアルカウンセラーの先生方とは意見が違うのですが、それはまた別な機会に書きたいと思います。)

    なお、成仏に関しては今日のブログを読んでおけば、お坊さんが相手でも大丈夫です。 それはお坊さんに成仏とは何かを聞いても、答えられない人の方が圧倒的に多い為です。 和尚さんとかお坊さんと言われる地位にいるのなら、もう少し勉強しないと尊敬の意味や価値がなくなります。

    もともと成仏(じょうぶつ)と言う言葉は仏教用語で、悟りを開いたブッダ(如来)になることを言います。 ただし日本の現代社会においては日常の生活や会話における成仏、および文学作品などでしばしば用いられている表現については、少し意味合いが違ってきているようです。

    成仏の本当の意味である「悟りを開き、ブッダになること」を言うのではなく、亡くなった後に、天国とか極楽と言われる所に行ったかどうかで使われることが多いのです。 そういう場所へ行けていないことを成仏ができないと言う表現で表しているのです。 つまり、成仏できないと言うのは死後も亡くなった人の魂が現世をさまよっていることを指している場合が多いのです。

    このような表現は昔々の日本からの死生観が、仏教内に入り込んでできあがった感じ
    です。 仏教に関わる人たちが死を迎えてから後に、仏の元に帰ると考えられたような部分を信仰にして、その背景の部分を作り上げたようです。

    仏教の開祖であるお釈迦様は、ブッダガヤーの菩提樹の下でアケの明星を見て「仏陀(ぶっだ)=つまり、「さとれる者」となりました。 意識の中にある煩悩(ぼんのう)を断ち、輪廻の苦から解き放たれることを解脱(げだつ)と言います。 煩悩を絶つことができて、悟れる者に成るというのが、本当の意味で成仏と言います。

    そして弟子たちは、お釈迦様と同様の解脱を得ようとして、お釈迦様より指導を受けました。 その後、お釈迦様が入滅した後は教えに随い、お釈迦様の説いた教義を学んで行き、教団の戒律を守り三昧や禅定とよばれる瞑想を行ないました。 (簡単に言うと、三学の修行に勤めたようです。)

    その結果、お釈迦様と同様に輪廻から解脱できる境地(涅槃)に達した人物を、阿羅漢と呼ぶようになりました。 これも広い意味では成仏になるのですが、教祖であるお釈迦様に対する尊崇の念から、普通は阿羅漢に成ることを成仏とは呼ばないようです。

    基本的にブッダは無師独悟した偉大なるお釈迦様、ただ一人であると位置づけられているからです。 原則としてオリジナルな悟りに達したのはお釈迦様だけで、阿羅漢に達した弟子はそのコピーにすぎないと言われています。

    スリランカやミャンマーやタイなどに伝わる南方の上座部仏教では、涅槃を求めて阿羅漢として解脱することを最終目標とする教えもあります。 しかし、お釈迦様の教えは仏教徒にとっては普遍的な宇宙の真理でもあるので、時代を経るにつれお釈迦様の過去にも同様の真理に到達した過去仏が存在したと考えられて、それも同じく信仰されるようになったようです。

    また、釈迦入滅の56億7000万年後には、未来仏である弥勒如来が出現すると信じられるようにもなったのです。 初期大乗仏教が成立すると現世で直接に阿羅漢果を得ることが難しい在家信者であっても、輪廻を繰り返す中でいつかはブッダと同様のオリジナルな悟りに到達できると考えられ始めました。

    ちなみに、成仏することを目指して修行する者を菩薩と呼びますが、お釈迦様が前世に菩薩であった時のように絶ゆまぬ努力をすることで、自分も必ず成仏できると信じて菩薩の修行である六波羅蜜を日々行っていくのが大乗仏教の初期の教えでした。

    ところが後期大乗仏教になると、今度はその修行の階程をふむことが批判されるようになり、もともと成仏していると考える思想などによって、本尊に加持することで煩悩に結縛された状態から、ただちに涅槃に到達できるとする密教の即身成仏の思想も生まれたようです。 楽をしたいと言うのは人間の根源であり、昔も今も同じです。 (苦笑)

    成仏の本来の意味を履き違えていると亡くなった方も困惑するかもしれないので、素敵な霊視カウンセラーを目指している私としては、おおそれながら誤解を解きたいと思います。 成仏しているからイイと言うわけではなく生きている人々が亡くなった方に対して、どのような想いでいるかの方が大切なのです。

    どっかの怪しい占い師などが「先祖の霊がぁ~!」とか「先祖に○○がいたからだぁ~!」 こんな言葉にイチイチ反応しなくても大丈夫です。 もしも「憑いてる」と言われたら「ツイテル」と言う意味だと思って、「ラッキー! ツイテルんだ!」とポジティブ思考になってくださいね。

    あなたは成仏の意味を、取り違えてはいませんか?

    (T-T)ノハァ~イ~☆

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    グランサンク。

    おはようございます。 いつも小難しいことを書いているようで申し訳ないので、今日は少し軽い話題にして見たいと思います。

    私は欲しい物の為に頑張るのは悪いことではないと思いますが、何か欲しい物があってその為にやる気が出るなら原動力になることもあるからです。 ブランド品を例に出すと、ブランド品を見た時に「欲しい~!」と思う人もいれば「欲しくない」と思う人もいます。

    人には好き嫌いがあるので、好みや感覚により自分の持ち物を決めていきます。 私自身が必要最低限とか我慢するしかないと言う状況ばかりだったので、ブランド品にはトンと縁がありませんでした。

    しかし、色々なお客様にお会いしているうちに自然と視ている為、何も持っていないのに持ち物などに対する目が肥えてきました。 また、ココに出てくる寄付の神様の家に時々お邪魔するようになってから、置いてある物について質問をしていると、それらについても自然と詳しくなってきたのです。

    ただし、その中でも一気に目が肥えたのは宝石に関してです。 私自身は宝石なんて縁がないどころか見ることもなかったのですが、寄付の神様が身につけている物や自宅に置いてある物を見ることで、「あぁ~、世の中にはこのようなものが存在するんだなぁ~?」と、驚きと同時に感心してしまいました。

    また、ブランドと言っても色々あるんだなぁ~と思ったのが、東京出張の時に寄付の神様がショーメに連れて行ってくれました。 寄付の神様がジュエリーを見に行くと言うので付いて行ったのですが、その当時の私ではショーメと言っても何のことかさっぱりわかりません。

    しかし、行くことにより知識が広がりましたし、このショーメ銀座店に行った時が、宝石やジュエリーにも詳しくなるきっかけだったと思います。 また、買えなくても見ることで豊かな気分になると言うのも幸運を招き寄せるので、時には高級な気分を味わうのも悪くはないと思います。

    その時に感じたからこそ思うのですが、どうせ行くのなら「グランサンク」と「世界5大ジュエラー」に行って世界の最高峰を見た方が、勉強にもなり目が肥えてくると思います。

    「グランサンク」とは5大ジュエラーと言われたりもしますが、正式に言うとパリのヴァンドーム広場を拠点とするお店の中で、高級宝飾協会が認めた5大ジュエラー(パリ5大宝飾店)のことを言います。 (注:現在ではグランサンクと言う呼び方は日本だけで、他の諸外国ではほとんど言われなくなりました。)

    グランサンクのメンバーは、創業年度の古い順に言いますと、「メレリオ・ディ・メレー(1613年)」~「ショーメ(1780年)」~「モーブッサン(1827年)」~「ブシュロン(1858年)」~「ヴァン クリーフ&アーペル(1906年)」の5社となります。 聞いたことがある名前もあれば、全然聞いたことがない名前もあると思います。 私も最初は説明されても、何のことやらさっぱりわかりませんでした。

    なお、ショーメの本店はショパンが最晩年を過ごした場所としても有名で、ショパンが息を引き取った部屋は現存しています。 その部屋は現在「ル・グラン・サロン」と言うVIPルームとして使用されています。

    次に世界5大ジュエラーとは、「ハリー・ウィンストン(1932年)」~「ティファニー(1837年)」~「ヴァンクリーフ&アーペル(1906年)」~「カルティエ(1874年)」~「ブルガリ(1884年)」のことを示しますが、知名度や歴史や高級感や実績と存在感を考えていくと、最終的にはこの5つが5大ジュエラーになって行くと思います。

    私は宝石やジュエリーに興味があるわけではないのですが、「何故セレブの人たちは買い求めるのか?」 それが少しは理解できてきつつありますし、お客様より結婚指輪などについて聞かれた時に躊躇なく答えることが出来るようにもなりました。

    私のブログは男性の方もよく読んでいるようなので、彼女や奥様にひとつでいいから気持ちを込めてプレゼントしてあげて欲しいと思うのです。 男性にも欲しい物があるように、女性にも欲しい物があります。

    しかし、それは値段ではなく気持ちとして形に残る「何か」であり、高級だから良いと言うわけじゃないのです。 このブログを読み終わったら彼女や奥様の手を取り、その苦労をかけた手のひらにそっと想いを届けたなら、どれだけ心に響くかを考えて欲しいのです。

    日頃の感謝の意味を込めて東京のグランサンク巡り、もしくは世界5大ジュエラー巡りをしてみるのもいいと思うのです。 いつかは「好きな彼女~もしくは奥様」の為に、気持ちを込めて届けたいと思う気持ちが大切なのです。 あなたが愛する女性の為に使うお金は金額の大小ではなく、永遠の愛の証として心に刻み込まれるのです。

    なお、私が男性よりプレゼントの御相談を受けた時にお勧めするとしたら、最近で言うと「ヴァンクリーフ&アーペル」の一粒ダイヤのリングにすると思います。 これはダイヤモンドの留め具が見えないようにしてあるし、実はヴァンクリのリングには仕掛けがしてあるのです。

    それはルーペでみるとよくわかるのですが、横から見るとダイヤモンドに蝶が止まっているように見えるのです。 あの小さな留め具には蝶のデザインが施してあるので、ダイヤモンドに止まる蝶が演出できているのです。

    今日書いたブランドは世界で誰もが認めるブランドであり、一流の人ならば必ず知っているブランドばかりです。 ある経営者の人は海外で暮らしていたとか~取引先は一流ばかりと言う割には、「ショーメ? ハリー・ウィンストン? それはどこの三流ブランド?」と知らなかったので、ミエを張っていると必ずボロが出るのです。 (苦笑)

    ダイヤモンドの輝きは永遠と言われますが、あなたが受け取る愛も永遠であって欲しいと思います。

    あなたを愛する人の愛は、永遠であって欲しいと思いませんか?

    ( -。-) スゥー ( °口°) オメデトーー!

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    わかっている。

    おはようございます。 今朝は曇り空で暑さも緩んでいたので、早朝に事務所の玄関マットなどをコインランドリーにて洗濯してきました。 キレイにしなきゃとわかっているのに暑さを言い訳にして、しばらくマットの洗濯をしていませんでした。 キレイになったので今日は朝から、気持ちよくお客様をお迎えできると思います。 (しかし、晴れたら暑くなりそうです。)

    このように「わかっているけれど出来ない」と言うのが人の心には存在するので、知らない間に誤解を生んでしまうことがあります。 ただし、人間関係における誤解と言うのは、お互いが自分の言うことを正しいと思うから発生するだけで、少しでも「自分は間違っているかも?」と言う気持ちがあれば、意外と誤解は生まれないのです。

    人には言葉があるがゆえに、自分の意思を自由に伝えることが出来ます。 しかし、それは自分が思っている範囲内のことは、相手も理解できていると言う了解の元に話しているに過ぎないのです。

    だからこそ簡単に「わかっている。」と言って、言われた方は「わかっていないじゃないか」と言う感じで、お互い意思の疎通を欠いてしまい誤解の元となるのです。

    「わかっている。」 このヒトコトから喧嘩や決裂と言うのが始まるのですが、わかっていないことをわかるようにするのが大人です。 人は自分がわかっていることを基準にして、その現象や物事を説明してしまうのですが、それはあくまで自分がわかっていることを中心に考えているだけなのです。

    人に説明する時には自分がわかるようにではなく、相手がわかるように説明しなければ意味がないのです。 その良い例が、PCの説明書です。 PCの説明書は以前に比べるとわかりやすくなってきていますが、それでもチンプンカンプンでよくわからない説明が多いと思います。

    これは開発者や技術者が、自分達の頭の中でわかっているように説明するから、予備知識がない人にはさっぱりわからないのです。 PCを職業としているならわからなければならないことでも、専門職じゃないのだからわからなくても当たり前なのです。 それを「これくらいなら、知っているだろう?」と言う仮定の下でいるから余計にわかりづらくなるのです。

    これでは喧嘩や言い合いが絶えなくなるので、意思の疎通が図れない時や自分の考えを理解してもらえない時には、違うやり方や違う説明をする工夫がなければ、それは自分が損をしてしまうのです。

    そして本来は、プロが素人に対して工夫をするのが当たり前であり、素人の方がどうこうできるわけがないのです。 わかっている方や得意としている方が相手に対して理解を求める工夫がなければ、それは驕りや相手の軽視につながるのです。

    人は神様ではないのだから、立場や状況が変わればいつどうなるか分かりません。 自分がわかっているつもりでも、それは素人に対してだけであり~ひょっとしてプロには通用しないかもしれないのです。 そうなった時に恥をかくのは自分であり、思いやりや優しさがなければ攻撃の手が緩むことはないのです。

    わかりやすく語学に例えると、今は国際社会なので英語の勉強をしている人も多いと思います。 ところが、この英語ひとつとってもわかっていると言うレベルの差が、個人個人により問題として隠れています。

    英語がしゃべれるとか~英語が読み書きできるなど、確かに英語は役立つツールとして武器にもなりますが、それはあくまで必要とされる場所で~必要とされるだけの働きができる時だけなのです。

    英語がまったく駄目で読み書きも会話も出来ない人の前では、少し英語のことを知っているだけで「スゴイ!」となります。

    しかし、帰国子女などの英語が日常的に使えたり理解できている人の前では、少々英語が出来ても自慢になりません。 私は一流だからどこでも通用すると言っていた人が、帰国子女の前では借りてきた猫のようになっている、これではわかっていると言うレベルの低さが知れてしまいます。

    これこそが「わかっている」と言う、ヒトコトの重みなのです。 知らない人の前では説明できるけれど、知っている人の前では手も足も出ないと言うのでは、とても一流とは言えないと思うのです。

    「聞くは一時の恥」と言うことわざがあるように、わからないことを聞くのは恥でも何でもありません。 しかし、自分は何でも知っているから一流だと勘違いしてしまうと、本物に出会った時に手も足も出なくて、より大きな恥をかいてしまうのです。

    わかっていると教えを請う姿勢が無くなれば、周りに人がいなくなってしまいます。
    わからないから教えてくださいと素直に言えば、常に人に囲まれるようになります。

    どちらが良いことなのかは、考えなくてもわかることです。 プライドだけ高くても、そのプライドが通用しない時は悲しい現実と直面するしかないのです。

    あなたはこれからもドンドンと明るい未来へ向かって進んでいきますが、それには知識や経験を次々と積んで行く必要があります。

    あなたはわかっているというヒトコトで、余計な誤解を生んでいませんか?

    (°_°;)ハラハラ(; °_°)

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    モデルへの道。

    おはようございます。 お盆休みの真っ最中ですが、私は年中無休なので今日も事務所に出ております。 やはりお盆なのか県外の人がほとんどで、この時期は県内の人が少ないです。 素敵なお客様に今日も出会えるかと思うとワクワクして、休んでなんかいられないので毎日元気になれるのです。 あなたの心に希望の光が少しでも見えたなら、微力ですが貢献できたのかなと思えてきます。

    お客様より御相談を受ける時に職業の悩みと言うのは尽きることが無く、「私はどうしたらいいんだろう?」とか「私には何が向いているんだろう?」など、職業について悩むことは当たり前なので大いに悩んでもいいと思います。 自分にあったお仕事に出会えたなら、それは人生の課題と仕事を見つけたのと同じことなのです。

    その為、私は仕事の悩みについて「可能性にかける」と言うのを、優先して話すことが多いです。 周りから見れば夢みたいなことかもしれませんが、私がお客様を視た時に「夢ではなく現実」と言うことがよくあります。

    例えば、「お店を出したい」 これは努力したら必ず出来ることなのですが、その為の準備期間を遊んでいたいと言う気持ちが強いなら無理になります。 いくら才能や実力や運があっても、それに胡坐をかいて寝ていたら叶うはずがありません。 しかし、自分のやるべきことをしながら未来への道を通り抜けたら、それは自分の夢が叶うと言うゴールが待っているのです。

    お客様より御相談がある仕事の中で、世間的には夢みたいだけれどやれば出来る職業のひとつに「モデル」があります。 これは夢ではなく「なれる道」が結構あるのに「どうすればいいかがわからない?」と言う御相談が多いので、少し書いてみたいと思います。 (私が鑑定したお客様の中で、今年モデルと言う職業へチャレンジした人は片手では足りませんし、実際に東京で事務所に所属できた人もいらっしゃいます。)

    TVや雑誌で活躍している方の話では、スカウトされたと言う夢のような話をよく聞きます。 「街でショッピング中にスカウトが近づいてきて、名刺を渡される…。」 こんなことは万が一にも無いので、余程手広くやっているか~もしくは少し危険な事務所以外ではありえないのでネタとして聞き流しましょう。

    本当は自分から積極的に事務所へ売り込んだり、オーデションに参加して事務所に所属できた人の方が圧倒的に多いのです。 友達が勝手に応募したとか~家族が勝手に写真を送ったとか、そんなに甘い世界ではありません。 しかし、それでは夢がないと言う理由(面子)で、そう話しているだけなのです。

    一口にモデルと言っても、モデルの種類には色々あります。 特にファッションモデルなどは大きく分けて2種類あり、「雑誌~広告~パンフなどのスチールモデル」と「ファッションショーなど人前に出るショーモデル」です。

    ただし、諸外国に比べると日本ではファッションショーが少ないので、圧倒的にスチールモデルの需要が高く、おまけにスチールモデルはショーモデルのように身長重視ではないので日本人向けのモデルと言えます。 有名どころでは、押切もえさん~蛯原友里さん~山田優さんが、スチールモデル出身になります。

    さて、肝心のモデルになる方法ですが、まずはモデル事務所に所属して仕事を探してもらうのが基本です。 ここで所属する為には、どれだけの事務所に「履歴書と写真と手紙」を送れるかの勝負なのですが、10ヶ所以上に送るのもざらと言う世界なので、ここでくじけてはいけません。 そして書類審査に通れば面接があり、事務所への所属が検討されるようになります。

    もちろん誰でも採用されるわけではありませんが、あきらめないでやれるかどうかが分かれ目になります。 なお、スチールモデルは痩せ過ぎは駄目ですし、身長が高いのも有利ではなく、ようはバランスが取れているかどうかなのです。

    次に重要なのは、事務所に入っても仕事が待っているわけではありません。 ほとんどのモデルはアルバイトをして生活費を出していて、仕事と言えばオーディションを受けたり~キャスティングの面接に行ったりするのが最初の仕事となります。 仕事がもらえないからと言ってあきらめたりせずに、あなたに合った仕事は何なのかを把握してチャレンジすることが重要になります。

    なお、収入には幅がありすぎるので、余り期待しない方がいいと思います。 時給に換算して2~3千円なら、有名モデルと言ってもいいかもしれません。 収入がいいのはトップクラスだけで、おまけに仕事は単発で次の保障はありません。

    競争が激しいのでドロップアウトしない為に必要なのは、モデルの寿命が他の業種と比べて短いというのを理解しておくことです。 ローテーションが厳しく、次から次へと新しい人が出てくるのを、トップモデルたちも良く理解しているのです。

    本当のトップクラスは次なる一手の為に自分から色々なことを勉強して、次なるキャリアの準備をしています。 生き残れるモデルと言うのは、一線を退いたアトでも賢く生き残っているのです。 (私の知っている範囲でもモデル一本と言う人は少なく、アパレルで働いたり~デザイン会社に勤務したりと兼業の人が結構います。)

    ただし、一番大事なのは謙虚な姿勢とやる気だと思います。

    これは有名な台詞なので知っている人も多いと思いますが、あるスーパーモデルが仕事の依頼を受けた時に言った言葉があります。 「その日に100万円稼げないのなら、ベッドから出たくないわ。」 こう言って仕事を断った彼女へのオファーは激減して、世間の評価はガタ落ちとなりました。

    モデルと言う職業にかかわらず、プロとしてしなくてはならないことをきちんとするのが大切なのです。 「約束の時間を守る~常に体調を整える~体型を維持する」など、些細なことも重要なのです。 モデルへの道とは特殊な世界ではなく、自分がするべきことをきちんと出来るかどうかの世界でもあるのです。

    あなたは自分がなすべきことを、きちんとできていますか?

    \(o⌒∇⌒o)/ ヤッホ~♪♪♪

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    不運で片付けない。

    「運が悪いなぁ~。」とか「ついてないなぁ~。」と感じる時にどうするのかで、気分や心の持ちようがかなり違って来るモノです。 占いが好きか嫌いかは別として、誰しも運が良いとか悪いとかの言葉はつい使ってしまいますが、それは本当に運が悪いからなのか? 自分が行動しないからなのか?

    それを認識しないままでいると、いつまで経っても「ついてない…。」 こう思うだけで前に進むことはできなくなるのです。

    私が毎日考えているのは、「どうすれば、お客様が元気になれるのだろう?」 こう考えるだけで、お金が欲しいとか~儲けたいとか、そういうことは他の占い師さんに任せておけばいくらでも「したい&やりたい」人はいます。

    しかし、誰かの心に希望の光を灯すと言うのは、もしかして~ひょっとして~万が一ですが、「私だけ」と言う場合だってあるかもしれないのです。

    世の中には人種や国や言語や風習など、多種多様なことが組み合わさったり混ざったりして、地球と言う生命体が形成されています。 その中における役割分担が必ずあり、+と-が両方存在するからこそ、自分がどちらの立場にいることを望むかで運命が変わってくると思うのです。

    例えば、無駄遣いをする男性としっかり者の女性が結婚したり、経営能力のない社長の下へ仕事のできる部下が入社したり、お互いがお互いを補うようになるものです。 ある種の自浄作用と言ってもいいのですが、右と言えば左と言うように必ず反対意見が出るのは、+と-が釣り合うようになっているからと言う見方もできます。

    世の中は良いことばかりとか、悪いことばかり続くわけではないのですが、自らそういう状況を作り出す人はいます。 運命は公平にチャンスをくれるのに、それに対して不平不満を言う人は、まず間違いなく自分を見失って急降下するようになります。

    一番わかりやすいのが、芸能人のお店を見ればよくわかります。 有名な人がお店を出せばTVや雑誌が取り上げてくれる上に、知り合いのタレントなどが店に訪れたりして宣伝してくれる。 開店してしばらくの間は繁盛しますが、いつの間にか消えてなくなっている。 これは最初に上手く行き過ぎて、自分を見失うことが原因なのです。

    素人商売でも知名度や派手な宣伝のおかげでしばらくの間は来てくれるのですが、基本的には2度と行かないと言う観光名所的なお店だから一巡してしまうと次はないのです。 これは最初にどんどん人が来て繁盛すると言う+、それに対して人がぜんぜん来なくなると言う-、これが最後にはちょうどイイように釣り合ってくると考えればいいのです。

    私が「お金儲けの為ではなく、誰かの喜ぶことをしてください」と言うのは、誰かが笑顔になることを増やしていけば、今度は運命があなたを笑顔にしてくれると思うからです。

    不運~不運と言うけれど、それは本当に不運なことなのかを考えて、次にそれを逆転するようにする為にするべきことは、幸運を待つのではなく自分が行動を起こすことなのです。 当たり前と言えば当たり前のことなのですが、5歳の子供でも知っているけれど50歳の大人でもするのは難しいと思うのです。

    私は努力する人の上には幸運が降り注いで欲しいと思いますし、成功への道を歩み始める第一歩になって欲しいとも思います。 しかし、その為に今一度考えてみていただきたいのが、自分の実力は今どの辺に位置しているのかと言う確認作業が必要なのです。

    自分は今これくらいのことができるから、一年後にはあれくらいのことができるようになっていると言う、おおよその目安が立てられるようでなければゴールにたどり着けないのです。 自分の権利ばかり主張しても、何もしていない人は発言権がないのと同じなのです。 権利ばかり主張して、実は迷惑を掛けているだけと言うのではいけないのです。

    ひとつ例を出すと、海外ボランティアがあります。

    ボランティアの意味を勘違いしている人に多いのですが、海外の人たちを救いたいと言って望まれてもいないのにノコノコ出かけて行って人質となり、逆に自分を助けてもらう為に大切な税金を1~2億円程度使うことになるようでは本末転倒です。 (日本はお金持ちと思われているので、身代金の取引相場は1人が1億円以上と言われています。)

    行くなと言われた場所に自分が勝手に行って人質となり、目の見えない人や障害者など本当に困っている人に使われるべきお金を、自分の為に湯水のように使って平気なのが残念です。 もしも、自分勝手な思い違いの行動をしなければ、その1~2億円が他へ使われることになるので、どれだけの目の見えない人や障害を持つ人が助かるのか?

    本来は困っている人の為に使われるべきお金が、自分勝手な独りよがりの考えで行動する人を助ける為に使われると言うのはどうなんでしょう…。

    まず、自分が贅沢な生活をしているのを止めて、それからもっともらしいことを言うのでなければ、誰もその言葉に重みを感じないのです。 自分の部屋にはTVやDVDやPCや携帯にブーツやコートなど贅沢品が山とある生活をしておきながら、「海外の人たちを助ける為には~。」 こんな薀蓄をたれながら自分の行動を正当化してしまうのは、オコチャマの考えです。

    私は表面的な言葉に騙されることはないので、本当に誠意からしているのか~売名行為でしているのか、TVで会見している姿を見る度に切ない気持ちになるのです。 あの勝手な勘違い行動のおかげで、真面目な人まで同じに見られる危険性があるからです。

    確かに自分勝手な行動をして反省もなく、へらへらしている偽ボランティア活動もあります。 しかし、それはホンの一部の人であり、大部分の人は真面目に活動しているのです。 海外ボランティアをするのなら、まず自分が大人の自覚を持たなければ「真摯な態度で真面目に海外ボランティアをしている人たち」が迷惑するのです。

    私のところへお越しくださるお客様は、心優しい人が多いし~ボランティア精神や思いやりなど素敵な人がほとんどです。 これからの日本を背負って立つのは、これを読んでいるあなた、つまり素敵なお客様が未来を作っていくのです。

    あなたは不運のヒトコトで、片付けないだけの行動を起こしていますか?

    ウーン /(-_-)\

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    車の未来。

    おはようございます。 今日は月曜日ですが、仕事をしている人もいればお盆休みに突入した人もいるので、お仕事の人は今日も元気よく~お休みの人はバカンスを楽しんだり身体を休めたりと、日々の過ごし方を充実させれば人生の栄養になると思います。

    ただし、車で遊びに行く人は少ないだろうなぁと思うのは、東京出張などで都市圏に行くと明らかに車の数が減っているので、お盆休みに車で遊びに行く人が少ない証拠です。 この状態を見ると車の販売に関わる人の未来は、勝ち組と負け組みがはっきりしてくると思わざるを得ません。

    今は20代の方が車にそっぽを向いているのに加えて、ガソリン価格の高騰が追い討ちを掛けてしまい都市部を中心に車の売れ行きが不振どころか大幅減です。 通勤などに使わなければならない必要性で買っている方は別として、3大都市(東京~名古屋~大阪)など公共交通機関が発達している場所などは、目を覆うばかりに売れ行きダウンが激しい地域もあります。

    車に未来はあるかと言えば、今の生活状況を維持する為にも必要性はあります。 トラックなど輸送機関がなければ食料や水なども含めて、生活自体が成り立ちません。 しかし、その他の遊びの部分においてはドンドンと必要性が薄れているのが現状です。

    例えば、ポルシェやフェラーリなどの高級スポーツカーだけでなく、日本車の手軽なライトスポーツカーにしても、「欲しい~!」と思うのは少なくとも30代後半であり~主流は40~50代になってきています。

    車のデザインの決め方にしても、実は意外なところで決まっています。

    例えば、あるバイクメーカーなどは何種類かのデザインを中学2~3年生に見せてアンケートを取り、その中で「カッコイイ!」とか「乗りたい!」と思うデザインに決めていました。 だから一時期そのメーカーから出るデザインは、プラモデルみたいなカウリングタイプばかりでした。

    また、ある自動車メーカーは女性がカッコイイと思うデザインを中心に、女性の意識を最優先してデザインを練り上げていました。 それにより男性が欲しがる&乗りたがる車を仕上げて、その車種は男性の売り上げ№1を長いこと維持していました。 その当時は女性をデートの誘うのには○○○でと言う風潮があったほどで、無理して買う男性も多かったようです。 (今からだと、約15~20年程前の話です。)

    今はエコロジー意識もあり、だんだんと燃料電池車などのような2酸化炭素を排出しない車に進んでいます。 デザインも置き去りにされているわけではないのですが、昔ほど重要視されるわけではなくなりました。

    今はどの車が売れるのかと言われても、メーカーやディーラーもわからなくなっています。 何をどうやればイイのかを教えてくれるなら聞きたいと言うのが本音ですが、私は車が売れないのは人間性の問題だと思います。 売れている時は適当に販売しておいて~売れなくなったら平身低頭しているようでは、お客様は掌を返されたようで気持ちが良いはずがないのです。

    今は車の名前だけでは売れなくなっているのですが、ベンツやBMWなどでも軒並み前年比85~90%程度の販売台数になってきているのです。 では、何をすれば良いのかと言えば車の魅力だけではなく、営業する人の魅力を身につければ良いのではないかと言う原点に戻れたら話は早いと思います。

    今は8月ですが今年の後半も車の販売は現状維持できれば良い方で、ガソリン価格の高騰もありダウンするのも避けられない状況です。 しかし、東京23区内~特に品川区を中心とした地域では、日産自動車が販売台数を現状維持から上昇へ転じる可能性を秘めています。

    実はゴーン社長はやり手だけあって、今の日産に出来ていないのはサービスに関する姿勢だとわかっていて、この7月よりテコ入れを開始しているのです。 ゴーン社長のテコ入れ策とは、6月30日より東京日産自動車販売株式会社の社長に、林文子さんが就任したのです。

    林文子さんと言っても知らない人もいると思いますが、この女性は結婚後に専業主婦をしていたのですが、生活が一段落した40歳目前にホンダオート横浜で働き始めて、まったくの素人だったのに並み居るセールスの猛者を相手に堂々のトップとなり、その余りの手腕にBMW東京に引き抜かれてBMW東京の代表取締役社長に就任しました。

    その後はダイエーの顧問や会長職などで建て直しに奔走して、今年の5月にゴーン社長の肝いりで日産自動車の役員になった女性です。 そして林文子さんの営業マジックと言うか、人に対しての思いやりのセールスが東京日産自動車販売で始まります。

    現在のところは就任して1ヵ月半ほどなので、まだ目に見える成果は出ていません。 しかし、今年後半に掛けて東京23区内の日産自動車販売は巻き返しをはじめると思います。 それと言うのも、林文子さんが行けばどの会社も門は開けてくれるので、後は中へ入ってからどうするかと言う営業の問題になるからです。

    なお、経営者とか専門職などには知っておかなければならない、必要最低限のことがあります。 前述の林文子さんのことも、一般の人は知らなくても当然ですし~知らなくても不都合なことはありません。 しかし、自動車販売に関わる人や関連企業の経営者ならば、知っておかなければならない当たり前の名前です。

    セールスの極意とは、本当はマジックでもなんでもなく思いやりなど、人としての部分が一番重要だと思います。 モノが売れないのは商品に魅力がないとか価格が高いなど、何かの理由を作ってしまいがちです。 しかし、人間社会である以上は、相手の心に何かが芽生えなければ何も始まらないのです。

    初心に帰るとは良い言葉ですが、迷った時には初心も悪くはないのです。

    あなたは自分が最初はどうだったのか、それを思い出していますか?

    ドモヽ(∇⌒ヽ)三(ノ⌒∇)ノドモ

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    追いかけるもの。

    おはようございます。 素敵なあなたには素敵な週末がよく似合うから、笑顔で過ごせる素晴らしい週末になることをお祈りしています。 人はやる気が出る時もあれば出ない時もありますが、本当の自分を追いかけることが出来たら、それは幸せにならないはずがないのです。

    仕事や恋愛など日常生活において、やる気がトーンダウンしてくると言うのは良くあることではありますが、そのままにしておくと辛い時間が長くなってしまいます。 無気力とか~無関心とか~無感動など、無が頭に付く状態でいる人が多いと言うのは俗世間的な見方であり、何に対しても一切感じない人や一切やる気のない人など存在しないのです。

    人はごまかしきれない思いを抱いている時に、それが叶わないことを防ぐ為にやれない理由を探し始めます。 「○○だから、ちょっと無理かな~?」 こう考えてしまうと、できないのだから仕方がないと言う選択肢を選んでしまうのです。

    人生で行動を起こす人ほど障害が起こるものですが、その障害はスポーツで言うルールと言うだけなのです。 いつも勝てるゲームは面白くないし、いつも結果がわかっている試合は誰も見ないのと同じです。 結果がわかってから行動するのは、努力を排除した世界でしかないのです。

    結果がわかってから準備を始めて、ようやく準備が整って「さぁ、やろう!」と思った時にはどれだけの時間が過ぎ去っているのか、その取り返せない時間は楽しめる時間に反比例するのです。

    人が夢や希望にチャレンジする時に「やりたいけれどやれない」のではなく、「やらなくても平気だからやらない」と言う部分に蓋をしてしまうと、次から次へとやらない理由ばかりを思い浮かべるようになってしまうのです。

    しかし、人生は短いのです。 人が長生きできるようになったとは言え、200年も生きるなんてことは無理です。 人生は約70~80年ほどしかないのですから、それをどう配分するかを考えると短いのが良くわかります。

    仮に70年生きる人がいたとして、その人がお店を出すのを夢だったとします。 当然ですが0~20歳までは学校へ言ったりして、知識や教養を身につけて社会へ出る為に備えなくてはなりません。 次に20~30歳の間に社会の仕組みや技術やノウハウを身に付けて、自分なりの店を出す準備をしなくてはなりません。

    そして、30歳でお店を出すことができたとしても、そのお店を軌道に乗せたり~お店を増やしたり~大きく広げたりなど、現状維持ではなく次々とやりたいことが現れ始めるのです。

    そうなると、ひとつ夢が叶う度に~また次の夢が出現してしまうと言う、夢を追いかけるサイクルに突入してしまいます。 「そこまでしなくても、イイ。」 こう思ったとしても、30歳から始めたお店を自分が一生懸命にやれるのは30~40年間しかないのです。 (30歳で起業して30年間経営した場合は、すでに60歳と言う年齢になっているのです。)

    私はどちらかと言えば、独立や起業を勧める方の霊視カウンセラーですし、夢や希望を追いかけた方がイイと言うことが多いタイプでもあります。

    何故かと言えば、時間は有限であり~いつまでも待ってくれるモノではないからです。 時間の流れは自動的に進むだけであり、決して後ろに後退することはない代物です。 歳を取ると言うのは誰の身の上にも同じように降りかかるのですから、誰かとイザコザを起こしたり~誰かの陰口や悪口を言っている時間がもったいないのです。

    そんな時間があれば、自分のスキルアップの為の勉強をしたり~色々な人との交流を増やしていく方が、よほど自分の未来へ向けての準備になるのです。

    人が生まれてきた意味は神様以外には誰もわからないし~解説もできないけれど、準備期間だけで終わる人生では「成し遂げる快感」を得ることはできないと思うのです。 平凡なままでいると冒険をしたくなるし、冒険の連続だと静かな生活を望んでしまいます。 ひとりでいると大勢の人と会いたくなるし、色々な人とばかり接しているとひとりの時間が欲しくなります。

    「本当は、○○してみたかった…。」

    こうやって時間が過ぎ去った後に考えてみても仕方がないし、もう一度同じ人生を繰り返せるわけではないのです。 人生における未来の自分を変えてみたいと思うのならば、まず「行動すること」で、何もしないよりはする方がいいのです。 その一歩を踏み出すのは小さな一歩で充分であり、何も大きなことや派手なことだけが自分を変えることではないのです。

    小さい時に夕日が沈むのを見て、あなたはどう感じていたのか表現できますか?

    小さい時の記憶なんてないと言うのなら、それは記憶がないのではなく夢がないのだと言うことに気付いて欲しいのです。 小さい時は損得を考えずに、あれしたい~これしたいと次々に怒られてもしたはずだからです。

    あなたは自分の追いかけるべきことを、見失っていませんか?

    o(^^o)(o^^)o わくわく


    お知らせ:出張の為、明日のブログ更新はお休みします。 11日(月)より再開いたしますので、よろしくお願い申し上げます。 m(__)m

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    心霊スポット。

    おはようございます。 毎日暑い日が続いていますが、暑くなると出てくる話があります。 毎年のことですが夏になると出てくるのは、どこそこのトンネルには霊が出るとか、どこそこのホテルには霊が歩いているなど色々な噂が出てきます。

    私が建設現場で働いていた時は、とにかくビル建設やビルのリフォームが主体だったので、その手の話には事欠きません。 名前を出すと問題なので、名前を出さずに岡山県内のホテルと旅館をひとつづつ書いてみたいと思います。 なお、私が実際に工事に行った場所ばかりです。

    まず旅館の方ですが、これはお風呂の改修工事で全面的に湯船から何から全て改良する為に行ったのですが、ココは霊感がない人でもわかるほどです。 私は先輩と一緒にここで工事を開始したのですが、ここはどの業者が入っても工事が日程どおりに進まないのです。 それはここで仕事をしていると動作が緩慢になってきて、本人は普通に動かしているつもりでも周りから見ると凄く動きが鈍いのです。

    旅館のオーナーに話しを聞くと、この場所は昔のお墓の上に建てているそうです。 亡くなった方達が呼び込んでいるせいか、ココは宣伝も何もしないのに大繁盛しているのです。 オーナー曰く「お祓いなんてとんでもない。 お客様を呼び込んでくれるのだから大歓迎。」と言う話です。

    次に某ホテルの内装工事に行った時ですが、ココもやはり夜中に出るんです。 従業員の人が教えてくれたのですが、男性が泊まると必ず見るそうです。 ホテルの従業員の方なども宴会シーズンで泊まりになった時には、絶対にこの部屋には泊まらないそうです。 私は工事の時に「この部屋は出ますよね?」と聞いたら、従業員の方が「誰に聞いたんですか?」と言われて先ほどの説明につながったのです。

    なお、この部屋は入って左側に○○の絵が掛けてあるので、それがこの部屋は出ると言う目印だそうです。 (このフロアの絵はほとんど風景画なのですが、この部屋だけ○○の絵にしているのです。)

    さて、素敵な霊視カウンセラーを目指している私としては、いつものように物理学的な部分も含めて説明をしていきたいと思います。

    心霊スポットとは幽霊&妖怪が出るとか、超常現象が起こるなどの噂が存在する場所のことを言います。 恐怖スポットや怪奇スポットとも言いますが、病院や学校の跡地~山中のトンネルや峠、墓地や自殺の名所(橋、樹海、岬)などに多く噂がたちます。

    特に忌まわしい事件や事故が起こった場所などが心霊スポットとなる場合が多いのですが、何もないのに自然発生的で噂が広まるケースもあります。

    多くの場合は、廃墟や人里離れた場所~人気のない場所が中心のことが多いです。 人気の無いトンネルや廃病院など、昼間に行っても不気味な感じがするの外観をしている場所が多いのですが、それが夜間になると一段と不気味に感じてきます。 ただし、夜だから怖く見えるけれど昼間だとなんでもない場所も多いし、知っているから怖いだけで知らないと普通だと言う場所も多いです。

    ココからが物理学的な解明ですが、心霊スポットが出来る原因と言うのがあります。

    その発生原因として有力なのが、土地自体に磁気や磁力があると言うことです。 実は心霊スポットとなる土地自体が、強力な磁気を帯びているようなのです。 そして、人間がそこへ行くと土地が帯びている磁気が脳に干渉してきて、幻覚が発生するという説が有力視されています。

    また、心霊スポットと呼ばれる土地が磁気を帯びる原因について言われるのが、地球内部にある活断層の活動によるものらしいです。 まず、岩石が圧縮されることで圧電効果によって地電流が生じます。 それを繰り返すことにより、地中の岩石が磁気を帯びてきて強力な磁石となります。

    それが火山活動などにより岩石同士が動くことでくっつき合い、磁気異常地帯が形成されていくのです。  鉄分などを多く含んだ花崗岩がある山の山頂付近には、繰り返し落雷が落ちてくるので、その落雷による大電流が流れることによって更に岩石が磁化していくのです。 過去の例では、花崗岩で作られた山中の墓石に落雷が落ちてきて、その電流によって磁化したお墓もあるくらいです。

    これは他の物体にも言えて、落雷が頻繁に起こるような山の中の鉄橋などでは、同様の理由で磁気を帯びて強力な磁石になるのです。 人の脳は余りにも協力な磁性体を浴び続けると憑依現象やポルターガイストなどを、自分の脳の中だけで作り出してしまうことが最近の研究で証明されています。

    結論として心霊スポットは、「磁場と人の心が作り出したモノ」がほとんどです。 心霊スポットにだけいるわけではなく、日常の中にも霊はいるのです。 駅や商店街やデパートなど霊がいる場所と言うのはごろごろあるので、何とかスポットなんて大げさに言うのはTVや雑誌に任せておけばいいと思います。 (苦笑)

    あなたは目の前にある真実を、噂により勘違いしたことはありませんか?

    ( ̄ー ̄)v ブイ!

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    名古屋の夜。

    年齢における時期とかタイミングなどがハマルと、これはもうトントン拍子に行ったり~ものすごく心に感動が残ったりします。 見る時期に見る~やる時にやる、簡単に思えてもタイミングが合わなければ難しいし、ハマレばものすごく充実したりもします。

    今から25年程前のTVドラマに「ふぞろいの林檎たち」と言う山田太一さんが脚本のドラマがありましたが、今の40~50代の人はかなり見たと思います。 しかし、20~30代の人は年齢的にも「ピンッ!」と来なかったかもしれません。

    同じように「IWGP(池袋ウエストゲートパーク)」と言う、宮藤官九郎さんが脚本(原作は石田衣良さん)のドラマも高校生が見たら、いつまでも心に面白いと言う気持ちを記憶として残していると思います。 しかし、小学生が見たら全然面白くないかもしれません。 (このように対象を絞った場合には、選択肢の幅が狭くなります。)

    見るべき時に見る、このタイミング(時期)と言うのは意外と重要なことであり、タイミング(時期)を逃してしまうといくら同じことだとしても無駄になってしまうのです。 認識するべき時に記憶に焼き付けると言うのは、その人の可能性を引き出すのと同じことなのです。

    それを近年で一番よく表しているのが映画界で、日本の映画監督が世界の舞台で色々と賞を取り始めたことです。 日本人監督が色々な映画を撮って海外に出品するのは珍しくなくなりましたが、賞を取ることも多くなったのは良質な記憶をたくさん持っているからです。

    実は20~30代の人が子供の時に、日本でレンタルビデオ店の普及が始まりました。 それにより色々な作品を小さい時に大量に見たことで、良い作品と悪い作品の見分けがつくようになったのです。 今までのように名前だけで「この作品はイイ~!」なんてことは通用しなくなり、駄作は駄作と認識することで良い記憶の蓄積が強化されるのです。

    だから賞を取る人はまったくの無名でも、ほとんどがレンタルビデオ普及世代の人であり、普通の人とは違う発想や視点で撮った作品が多いのも、小さい時から色々なトリックやシーンを記憶している為なのです。

    このようにするべき時期にしておくとか、やるべき時に動いておくと言うのは、あなたの人生においてものすごく意味があります。 時間が流れてから気付いたのでは間に合わない時もありますし、チャンスが来た時に能力や技術が追いついていないばかりに、そのチャンスに手を出すことさえできない時だってあるのです。

    運命は優しいのでチャンスはくれるのですが、そのチャンスを手にする準備まではしてくれないのです。 残念ながらチャンスの期待に答えられなければ、損をするのは自分なのです。

    チャンスを手に入れると言うのは歳相応のことができるのが条件であり、何もしなくても成功するなんてありえないのです。 確かに生まれつきの宿命により、何もしなくても大きなチャンスに恵まれる人もいます。 しかし、そのチャンスを活かして~なおかつ維持していくのは、やはり歳相応のことができなければ、運命に見放されてしまうのです。

    子供ならば許されることでも、大人ならばマナーとして身につけておかなければ恥をかくのは自分なのです。 ココで運の良し悪しが出るのですが、マナーが悪い人で運の良い人は余りいません。 全然いないと言えないのは辛いところですが、マナーが悪くても一時的にラッキーな人はいるからです。 ただし、最後にはお釣りがきているので永続的なことはなく、最後には正しい人が強いと思うのです。

    偶然ですが先日の名古屋の夜に、とても良い参考例となる出来事がありました。

    鑑定終了後に食事も済ませて部屋で休んでいると、夜10時20分頃にフロントより電話がありました。 フロントの人が慌てた感じで「すみません、9月7日にしてある会議室の御予約を移動していただけませんか?」 このように言われたのですが、どうも電話口から騒がしいのが聞こえます。

    男性の方が騒いでいるのですが、どうやらホテル側が引き継ぎミスにより会議室の予約をWブッキングしたようです。 その男性はどうしても9月7日がいいとゴリ押しするので、「私は8月31日でいいので、その人に譲ってあげてください。」 こう言うとフロントの人もホッとしたようです。

    私よりはるかに御年配の男性が自分の娘みたいな歳の女性を、人が大勢いるロビーで怒鳴るなんて恥ずかしいことです。 その男性は自分の要求が通ったから勝ち誇った顔をしていましたが、これこそが「一時的にはラッキー」と言うのです。 確かに9月7日に会議室を使えるようにはなったのはラッキーですが、自分の感情のみで大勢の人に嫌な思いをさせてタダで済むはずがないのです。

    私は9月7日に会議室が使えなくなったのは不運ではなく、逆にラッキーだったと思っています。

    この出来事により、私はフロントの人に感謝されて~翌日の朝も再びお礼を言われて、気持ちよく倉敷へ帰ってくることができました。 ホテルのWブッキングと言うミスを救った良いことの方で、ホテルの人に一気に顔と名前を覚えてもらったのですから。

    次回利用の時から、この男性と私ではフロントの人の応対が違ってくるのは当たり前ですし、不思議なことに名古屋から帰ってきて何をしても調子がいいです。 出来れば、当分この調子が続いて欲しいなぁ~と思います。 (笑)

    あなたは運命が味方してくれるような、マナーの良い行動ができていますか?

    (^-^)//"" パチパチ

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    強運体質。

    あなたが未来へ光を求めて旅立とうとするのなら、「良いことしか起こらない」と言う気持ちでいて、必ず幸せになれると信じているのも必要なのです。 私は自分と縁がある人は強運の証拠と言っていますが、それは私と関わった人は幸せになるし~自分で道を切り開いていける人だと信じているからです。

    その為にも何があっても大丈夫だと動じない、強い心を持ち続けていれば強運体質に改善できると思います。 強運体質になれば少々のことはなんとも思わなくなりますから、いつでもどこでも運が良いから、悪いことなんて起こるはずがないと思い込めるようになります。

    残念ながら人は、自分が想像したり思ったりした人にしかなることができません。 運が良いと思い込めば運が良い方へ転がるし、運が悪いと思い込めば運の悪いことばかり起こるようになります。 悪いことを想像して悪いことが起こるのは、それを願っているのと同じことであり当たり前なのです。

    ただし、いくら良いことを想像しようと言っても、自分勝手な都合のイイ思い込みは逆に足を引っ張るだけであり、宝くじが当たって会社を辞めるとか~自分は一流企業としか取引しない偉い人間だと言うような、自分勝手な思い込みを応援するほど運命は寛容ではないのです。

    会社が傾いたり~お店が流行らない時は辛くて悲しいと思いますが、存在することで誰かが喜ぶ会社やお店は必ず生き残るし、お勤めをしている人も自分の周りを幸せにするように行動していたら必ず応援してくれる人が出てきます。

    私は出張の時に交通機関が動かなかったことはないし、東京で危ない目に遭ったこともありません。 私が動くことで幸せになる人や気分がすっきりする人など、本当に世の為人の為になっているのなら、運命に必要とされるはずだと信じているのです。

    ですから、私が行く場所や滞在する場所に、地震などの災害が起きる筈がないのです。

    6月13日のブログにも書いていますが、TVや雑誌の予言は適当に言っているだけでタマタマ当たれば大騒ぎするだけです。 TV局と某予言者が適当なことを言っていますが、まさに今日と言う日(8月6日)に東京が崩壊する大地震なんて起きないし~9月に名古屋でマグニチュード8.6の東海地震が発生して、600名の死者と3万人の家屋が失われるなんて馬鹿馬鹿しい予言も起こりません。

    適当な予言を信じる暇があれば、自分の未来を信じる方が先なのです。

    それ以外でも、もしも仮に私が出張に遅れたり~間に合わないとなれば、それは多大な迷惑を色々な人にかけることになるのです。 それにより寄付することも出来なくなれば、それは私の先に居るアフリカの子供や盲導犬などの、一筋の光が消えていくと言うことになるのです。

    そんなことを運命が起こすはずがないし、そういう事態になることすら頭の中にありません。 起こらないのだから考える必要はないし、そんなことを考える暇があるなら寄付を増やそうとか社会貢献をもっとしようなど、考えなければならないことは一杯あるのです。

    当たり前だと思っているから感謝できないことも、本来は運が良いのだと気が付くことができたなら強運体質に改善していけるのです。 目が見えるとか手足が動くなど、感謝すべき事柄はいくらでも見つかるので、今の自分を運が良いと思うことはいくらでも創造できるのです。

    この日本に生まれたと言うだけでも世界の中では相当強運ですし、携帯やPCが使えて水や食料があるのは奇跡に近いのです。 世界の現状では食べ物や水がなくて、子供たちが大勢死んでいるのだから、自分がどれだけ強運かを感謝しないと運命の後押しがないと思うのです。

    運命は自分がしたことが自分に戻ってくるだけであり、しないことが自分に返ってくることはないのです。 人に嫌がらせをしたり悪口を言うから、知らない間に自分も同じことをされるだけなのです。 ただ、それが当事者ではなくいつかどこかで返ってくるから、「どうして…?」 このように気付かないまま、時間の中を進んでいくことになるのです。

    Aさんをいじめたからと言ってAさんからお返しやお釣りが来るわけではなく、Bさんから悪口や嫌がらせと言う形で返ってくるかもしれないのです。 それに気付いていれば自然と人の悪口は言わなくなるし、相手に対して敬意を持って話が出来るようになると思うのです。

    楽しい時間はすぐに経つけれど、苦しい時間はナカナカ経ちません。 同じ時間を過ごすのなら楽しく感じた方が、あなたにとって幸せだと思うのです。 その為に大切なことは、誰かがあなたを必要としてくれることです。 強運体質になれば人に愛されて必要とされるのは、ごく自然な流れのひとつなのです。

    誰にも相手にされずに、そして必要ともされないでいる人生では悲しいだけです。

    あなたは未来で必要とされる、そういう人生だと信じていますか?

    ヾ(@⌒ー⌒@)ノ ステキダヨ~!

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    方向性。

    おはようございます。 昨日の午前中に帰ってきて、午後より鑑定を再開しています。 今回の名古屋は鑑定時間外で、ある出来事があったので番外編として近日中に更新したいと思います。 心が豊かでいられる人は怒ることが少ないのですが、イライラしなくてもホッとする瞬間と言うのはいくらでもあります。

    例えば、花を見たら美しいとかキレイなどと、何かを感じるのは心が健康な証拠です。 今日も素敵なお客様は美しい花のように輝いていると思いますが、心に幸せと言う名の一輪の花が咲いていると前向きになれるのです。

    道を歩いている時でも花が咲いているのを見れば、その花の美しさに目を奪われる時があります。 同じ花が並んでいるはずなのに、何故かその花だけ輝きが違うのです。 同じ湿度や温度や水など、環境自体は変わらないのにひときわ目立つ花になるのは、自分が他と違うと言うことを花が認識しているからです。

    「人と違う自分。」

    人には個性(性格)があるから全部が一緒なんてことはなく、違っているのが当たり前なのに画一的にしてしまう教育の元、人と同じであると言う護送船団方式が美徳とされてきました。

    しかし、大人になるにつれて人と違うモノが欲しくなったり、人と違うことにチャレンジしたくなります。 その時に起きる社会生活における摩擦、これに丸め込まれてしまうかどうかで、その後の人生が決まってくるのです。

    これは方向性を見失うかどうかと言ってもいいのですが、方向性の違いにより苦労してしまうことが人生にはよくあります。

    私も自分の過去を振り返ってみると反省することが多々あり、「もしも、あの時にあぁしていたなら、結果は違ったかもしれない。」 工場に勤めた時も建設現場で働いた時も、「どうして、あの時にはわからなかったんだろう?」 こう思い返すのですが、過去には戻れないので悔やんでも悔やみきれないことが多いです。

    私は自分の未来で起こることを視ていても防げない場合があるのですが、その一番の理由としては「自分の意志を貫き通さなかった時」 防げなかった時に後悔するのは、これが一番大きい部分なのです。

    私の過去の対人トラブルは、相手に自分のやりたいことをキチンと説明しないから起きたことばかりです。 自分が最初に思ったことは、後々考えてみても貫き通さないと後悔だけが残ります。 残念ながら過去の時間を買ったり~取り戻したりすることは出来ないので、今やれないのならば未来でもやれないのです。

    例えば受験勉強でも、今勉強しておかないと受験当日に実力を出そうとしても、その実力自体がないのだから引き出しは空っぽのままなのです。 空っぽなのに何が出せるかと言えば、何も出せずに終わってしまうのです。 出来なくて悔しい時と言うのを思い出してみると、本当に頑張ったり~死ぬほど努力した時と言うのは、「何故出来ないんだ!」と言う部分が大きくなります。

    「やるだけやったんだから、悔いはない。」 本当に努力をしていると、こんなことは余り思いません。

    本当に努力をして物事(夢)に当たったのなら、「これだけ努力したんだから、ここでやめるわけにはいかない。」 このように中途半端で終わることを、拒否する自分が出てくるのです。 「次はこうしたら~。」とか「今度はもっと勉強して~。」など、ここで止めるわけにはいかない理由を自動的に見つけてしまうのです。

    しかし、努力したように思えても~一生懸命したように思えても、一度失敗した時点で止めるのならば、それは叶わなくても大丈夫な物事(夢)だったと言うことになります。

    道に迷った時やゴールが遠くに見えた時、そこで止めてしまうのか~そのまま進んでいくのか、自分の心に届くような信念がない限りは決められないのです。 あなたには素敵な未来があるのに、その未来へ届くような想いがなかったのなら、それは未来とあなたの縁がなかったと決め付けてしまうことになるのです。

    自分の想いが、ワガママからなのか?
    自分の想いは、叶わないのか?

    人は出会った瞬間に目に焼きつく瞬間と言うのがあり、どうしても手に入れたいというような、思いの強さの分だけ行動できるものなのです。

    あなたが想い続ける夢と言うのは近くに見えるけれど、本当は遠回りして準備できてからでないと、手に入れることは出来ない純粋なモノなのです。 やりたくて仕方がないことをしないうちは、やれないことを悔やんだり後悔したりする自分がいます。 これはあなたが方向性をしっかりと見据えて、こうやれば夢は叶うと言う手掛かりを掴んでいるからこそ、心が騒ぎ始めるのです。

    自分を騙して生きるというのは、「やりたくないこと」をしながら終える人生を意味します。 あなたには出来ることが一杯あるし、やらなければならないことも一杯あるのです。 それは未来であなたを必要としてくれている人や、待っている人の為に裏切るわけにはいかないのです。

    あなたは自分の心に、嘘をつかない生き方ができていますか?

    ドモドモ! (= ̄  ̄=) Zzzz・・・

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    となりのトトロ。

    おはようございます。 今日は土曜日なので車や電車も少ない感じですが、本日も暑くなりそうなので紫外線対策など、体調には充分にお気をつけくださいね。 健康とはひとつの財産であり、自分の意思で自由自在と言うのは素晴らしいことなのです。

    人が生きている意味とは色々あると思いますが、人はお金の為だけに生きているのではありません。 最初はそうかもしれないのですが、衣食住が足りたなら次にくるのは礼節(マナー)であり、最後には心の豊かさなどへ目が向いて行くのです。

    となりのトントロ…、ではなく「となりのトトロ」と言うアニメ映画があります。

    1988年4月16日(土)に公開されたアニメ映画ですが、この物語は高度経済成長によって失われてしまった自然の美しさと、子供にしか見えない世界の不思議さなどを想像力豊かに描いている作品です。 この時代は2本組みや3本組みが主流だったこともあり、「となりのトトロ」が封切りの時は「火垂るの墓」との併映でした。 なお、英語版のタイトルは「My Neighbor Totoro」です。

    トトロが誕生してから、もう20年も経っているなんて不思議な感じがしますが、何度TV放映されても高視聴率をマークするのは人々の心を捉まえて離さない何かがあるからだと思うのです。

    あらすじとしては、1958年(昭和33年)の日本の埼玉県所沢市周辺を舞台にしたファンタジーで、田舎へ引っ越してきた草壁一家のサツキ&メイ(姉妹)と、「もののけ」と呼ばれる不思議な生き物「トトロ」との交流が主体です。

    TVでも度々再放送が繰り返されているので御存知の方も多い作品ですが、この映画のキャッチコピーは「このへんな生きものは まだ日本にいるのです。 たぶん…。」と言うものでした。 糸井重里氏が作ったのですが、このコピーはテレビ放映される時にも最後に挿入されるほど味わい深いヒトコトです。

    ところが、最初に作られたのは「このへんな生きものは、もう日本にはいないのです。 たぶん…。」 しかし、宮崎駿監督の意向により手直しされたのです。 よく考えてみれば「もういない」よりも「まだいる」の方が夢があって、本当に良いキャッチコピーになったと思います。

    また、サツキとメイの姉妹は名前に共通点があると言うか~実は同じ名前なのですが、「サツキは皐月」で「メイはMay」から名付けているのです。 つまり映画の公開が4月の中旬なので人々の話題に上がるとか~興行収益が上がるなど、5月になれば命運がわかっているからゲン担ぎの意味もあり、「5月」に引っ掛けて皐月とMayから「サツキとメイ」になったのです。

    では、肝心の「トトロ」はどうして「トトロ」なのか?

    トトロと言えば森の主であり、太古より住んでいる生き物です。 子供にしか見えない生き物で、色々な能力を持っていて蒔いたばかりの種を一瞬にして木に成長させたり、回転するコマの上に乗って空を飛んだりします。 また、月夜の晩になると、木の上でオカリナを吹いていたりもします。

    さて、トトロの名前についてですが、サツキちゃんは「三匹の山羊のがらがらどん」に出てくる「トロル」に由来すると思っているようです。 しかし、実際には映画でメイちゃんがトトロのお腹の上に乗って名前を聞いた時に、トトロが「ドゥオ、ドゥオ、ヴォロー(眠いよー)」と叫び声を上げたのです。 それをメイちゃんが名前だと勘違いしたところから、「トトロ」と言う名前になったのです。

    注:ちなみに「トロル」とは、北欧の国々~特にノルウェーで言い伝えられている妖精のことです。

    私は「団塊の世代に心が無い」ことを時々指摘しますが、この映画が公開された時に30代~40代と言うバリバリ働いている世代は、トトロに興味も関心も示しませんでした。 親となる世代が目を向けないのだから、あの当時の小学生や中学生が一人で見に行けるはずがありません。

    興行収入を比べてみると一目瞭然なのですが、1997年7月12日(土)公開の「もののけ姫」は193億円で、2001年7月1日(土)公開の「千と千尋の神隠し」は304億円と言う金額です。 では「となりのトトロ」はどうだったのか?

    驚くことに1988年4月16日(土)公開の「となりのトトロ」は5億8,800万円でした。 この時代は2本組みとか3本組みと言う併映が多い時代で、トトロも火垂るの墓との併映(2本組み)でようやくこの金額です。 つまり1988年当時に30~40代の人が、いかにトトロを見に行かなかったか、いかに子供を連れて行かなかったかの証明でもあります。

    注:スタジオジブリは興行収益を全て次回作の製作に回す為、トトロが余りにも当たらなかったのは当時としては大きな痛手となったようです。

    1988年当時30~40代の人は2008年現在50~60代になりますが、団塊の世代の人たちは「心の豊かさ」をどこかに置き忘れているから、相手に対する優しさがないのだと思います。

    では、何故トトロはキャラクターグッズが出回り、いまやスタジオジブリのイメージキャラクターにまでなるほどの人気者になったのかと言えば、映画公開翌年の1989年にTVで放映されたのがキッカケです。

    劇場で見ることができなかった当時の小~中~高など子供達が、はじめてTVで「トトロ」を見て支持を受けるようになったのです。 その後も度々TVで放映が繰り返されて、いつも高視聴率をマークするほどの人気者になっていったのです。

    つまり1989年当時に小~中~高だった子供たち、2008年現在20~30代の人たちが支持したからこそトトロは人気者になれたのです。 現在、20~30代の人たちはトトロを見て心に何かを感じるだけの感性があり、それがボランティアや寄付をしようと言う心の豊かさにつながっているのかもしれません。

    また、宮崎アニメには「のの法則」と言って宮崎駿監督作品の映画タイトルに「の」の字が入っているとヒットすると言われています。 それ以外がヒットしていないとは言いませんが、何故かスタジオジブリ作品の中でも宮崎アニメに関しては、「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」や「ハウルの動く城」など、「の」が入っているとヒットすると言われているのです。

    最後に、今年の夏に公開された宮崎アニメの「崖の上のポニョ」は、広島県福山市鞆の浦がモデルです。 その理由は、宮崎駿監督が鞆の浦に2ヶ月間滞在していたからです。

    あなたのとなりにいるトトロが、あなたをそっと見つめていることに気付いてますか?

    ヽ(*^。^*)ノ ワ~イ!


    お知らせ:出張の為、ブログの更新はお休みします。 ブログは5日(火)より再開しますので、よろしくお願い申し上げます。 鑑定は4日(月)の午後より再開いたしますので、素敵なお客様のお越しをドキドキしながらお待ちいたしております。 m(__)m

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    寄付とは。

    おはようございます。 今日も朝から暑い日となりそうですが、体調などには充分にお気を付けくださいね。 私は素敵なお客様にお会い出来たら、それだけでモチベーションは維持できますし、感動を頂いているのですから元気にならないはずがないのです。 感動とは力の源にもなるし、感動があれば心は動くことが多いのです。

    仮に寄付をする場合でも心に感動がなければ嫌々することになるので、それは余り良いことにはならないのです。

    また寄付~寄付と一口に言うけれど、寄付とは何かと問われて答えられる人は余りいないと思います。 私のところへお越しいただいたお客様が、寄付やボランティアをされているのは素晴らしいことなので、少し寄付について説明してみたいと思います。

    「寄付」とは金銭や財産などを、公共事業~公益~福祉~宗教施設などへ無償で提供することを言います。 経済と言う面でも、寄付は福祉に係る費用の一部を担う重要な経済活動になります。 また、法令や法律用語では「寄附」と表記されるし、宗教施設に寄付することは「寄進」と称されているようです。 (後述しますが、義捐金も寄付の一種です。)

    寄付の方法としては、寄付者が受益者へ直接寄付する方法もあるのですが、多くの場合は寄付する人と受け取る人の間に慈善団体などが介在するのが一般的です。 仲介者がいる場合は寄付する人の意志通りに支援が行われるのかという問題もありますが、日本では「信頼関係」があると考えられています。

    寄付は福祉目的で行われることが多いのですが、学校~寺院~神社~教会などの運営や建設を目的として寄付されることも結構あります。 例えば、アメリカでは卒業生からの多額の寄付で大学を運営したり、タイでは民間の寄付で小学校の設立や運営がされています。

    日本では政治家による寄付が禁止されているのですが、もうそろそろ解禁してもいいと思います。 未来においても政治に期待できる時は来ないのだから、せめて人の役に立つことを目に見える形でしてもいいと思うのです。

    なお、寄付に対する文化を世界的に見渡してみると、寄付の浸透度も国や地域によって大きく異なるようです。

    2000年頃の状況では、アメリカが年間2000億ドル(約20数兆円)を超える規模で寄付が行われているのに対して、日本では約1000億円程度にとどまっています。 日本とアメリカの両国ともに世帯ベースで見ると約70%の世帯が寄付を行っているのですが、世帯当たりの寄付金額の差が「アメリカ=約17万円で、日本=約3000円」と言う大きな格差があります。

    こうした格差が起こる理由のひとつには、宗教観や社会意識などがあります。 アメリカ~欧米諸国~イスラム諸国などの、敬虔な信徒の多い国や地域では社会活動に占める寄付の役割が非常に大きいのです。

    寄付の歴史は宗教と非常に強いつながりを持っていて、宗教活動自体は生産を伴わないので活動費用を何らかの方法で調達する必要があり、その為にほとんどの宗教では信徒から寄付が集められることとなったのです。 (それをイスラムではサダカやザカートと言いますし、仏教では喜捨と言います。)

    日本の寄付文化は奈良時代の頃からあって、利水や治水~橋や道路建設などの公共事業の為に、仏教僧が民間から奉加(ほうが)と呼ばれる寄付を集める勧進が行われていたのです。 江戸時代の大阪では、「汚く貯めて、綺麗に使う」という精神を美徳として持っていたので、大阪の八百八橋は町人の寄付のみで作られたといわれる所以です。

    会社経営者は「汚く貯めて、綺麗に使う」 この言葉をよく考えなければならないのですが、商売では汚いと言われる程に節約や倹約を重ねて資本を蓄えるのが美徳ですが、商売から離れれば世の為や人の為にできることをやるのが美徳と言うのが、社長やオーナーの真の価値観だと思うのです。

    日本における寄付意識の向上は、1995年の阪神~淡路大震災が起きた時からと言われていて前年比2倍以上のアップ率でした。 そして2000年頃からはNPOへの寄付なども注目され始めていますし、義捐金なども集まるようになってきたのです。

    なお、「義捐」(ぎえん)とは明治時代につくられた言葉で、「義」は国家や社会など公の為に力を尽くすと言う意味であり、「捐」は捨てる&捨て去ると言う意味です。 つまり、「義捐金」は公の為に捨てるお金と言う意味になります。 (注:戦後の国語改革で「捐」が当用漢字に採用されなかったので、「義捐金」→「義援金」と書き換えるようになりました。)

    私はお客様がボランティアや寄付をすると言う素晴らしい行為に対して、何か恩返しをしたいと常々考えておりました。 鑑定にお越しになった時に「寄付しました!」とか「ボランティアを始めました!」など活動開始をお伺いする度に素晴らしい感動をいただいています。

    そこで考えたのですが「御希望のお客様」については、ボランティアや寄付などの活動内容をHP上の「寄付しているところ」で発表したいと思います。 考え方としては、お寺や神社などで「寄付や奉納」をしている人を、参道や本堂で発表しているのと同じです。

    例えば、[名前~住所~活動内容~備考]としているので、[山崎かずみ~岡山県倉敷市~盲導犬その他5ヶ所~霊視カウンセリング090-4690-4618]と言う感じにしたいと思います。 ただし、お客様が乗せても良いと許可される部分だけで、名前は出したくないけれど活動内容は載せたいと言う人には、[イニシャル~住所~活動内容~備考]でもOKです。

    「寄付しているところ」をクリックすると「個人のページと法人のページ」があるので、それをクリックして内容を御覧になってくださいね。 その上で掲載を御希望のお客様は、郵送にて掲載してもイイ内容をお書き添えの上、事務所まで送付してくださいね。 (お客様の支援活動を少しでも応援できれば、私はとても嬉しいです。)

    あなたの未来は素敵で明るいし、あなたのおかげで命をつなぐ人だっているんです。 そんな素晴らしい人生を送っていらっしゃるお客様と御縁があり、さらに感動までいただけるなんて本当にありがとうございます。

    あなたは素晴らしい人生だと気付いて、現在を大切に歩んでいますか?

    あ(^○^)り(^。^)が(^∇^)と(^O^)う(^ー^)ノ

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