徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    大晦日。

    おはようございます。 今日は12月31日の大晦日なので、いよいよ年の瀬も押し詰まった感が強く、新年を迎える準備に忙しいことと思います。

    今年も一年と言う月日の流れの中で、素敵なお客様に助けていただくことの多い一年でしたが、無事に過ごすことができて本当にありがとうございました。 アヤシイ?霊視カウンセラーで至らぬ点も多々ありますが、来年も引き続きよろしくお願い申し上げます。

    さて、大晦日とは旧年と新年の区切りの日であり、その日の夜を「除夜」「おおつごもり」「年越し」などと言いいました。 これは新年の神様である年神様が来るのを、寝ないで待つ日とされていたようです。

    元々、一日の境と言うのは日没でした。 その為、昔は日没になると同時に新年と言うことになっていたので、大晦日がくれるとともに新年と言うことになっていました。 つまり、除夜の鐘と言うのは新年を迎えて最初の行事だったのです。

    基本的に大晦日の夜は神社の境内で火を焚き、夜を徹して神主が罪や汚れを清める大祓えが行われていました。 寺院では午前零時を前にして除夜の鐘を突き始めて、年をまたいで108回鳴らします。 (なお、除夜の鐘は大晦日12月31日に107回⇒新年1月1日に1回鳴らすのが正式だそうです。)

    ちなみに、除夜の鐘を108回鳴らす意味は2つの説があります。

    一つ目は、中国で宋の時代から始まったもので、1年の暦「12ヶ月+24節気+72侯=108」と言う説があります。

    二つ目は、人間が「過去~現在~未来」にわたって持つ煩悩の数と言われています。 その108の煩悩を打ち払って、罪業の消滅を祈る為に行われます。

    また、大晦日と言えば多くの家で年越しそばを食べると思いますが、この風習はいつ頃からどうして始まったのか、答えられる人は余りいないと思います。

    始まりは江戸時代で、町人の間から始まり下級武士~老中~殿様と、下の身分から上の身分に上がっていったようです。 基本の意味は、「そばのように細く長く長寿であるように。」という願いが込められていると言われます。

    「それなら、うどんでもいいのでは?」と思われる人もいるでしょうが、確かにうどんでもいいのですが、そばの方が少し縁起が良いようです。

    昔は掃除機やモップがなかった為に、色々な物を掃除用具に代用していました。 特に金銀細工の職人さんたちは、少しの材料も無駄にはできないので人一倍掃除には気を使っていました。 実はそばでダンゴを作り、細かい金粉を集めるのに使っていたのです。 落ちている金粉をダンゴにくっ付けて集め、そのダンゴを焼いて金粉を取り出したのです。

    そういった理由で、「そばは、金を集める」と言われていたのです。 縁起かつぎではありますが、庶民のひそかな楽しみだったようです。 実際の所、大晦日にはそばダンゴを食べていたのに江戸から現代へと移り変わる時代の中で、いつの間にかそばになっていたのです。

    もうひとつ縁起物として、ネギがあります。 年越しそばの薬味ネギには意味があり、ネギの語源が元々「ねぐ」と言っていたことに関係します。 昔の言葉では「ねぐ=祈る」と言う意味だったので、ネギを添えることで更なる金運や長寿運を祈願すると言うことらしいです。

    運勢と掃除に密接な関係はありませんが、なんとなくと言うレベルの関係はあります。 それは色々な所や部分で掃除に関することが出てくるので、掃除をしている人と言うのは少なくとも運が悪いとは言えないのです。

    大晦日までに大掃除と言うのも、新年を新たな気持ちで迎えると言う意味では良いと思います。 たまには自分の部屋や仕事場を大掃除してみるのも、運勢を変えるにはいいのかもしれません。

    私は毎日大掃除のつもりでしているので、いつもと同じことしかしないと思います。 普段からしていれば年末と言えど、掃除をするのに力を入れることはないのです。 トイレ掃除をタマにしたくらいで運勢が良くなることはないのですが、常日頃から少しづつ掃除をしていれば、少なくとも悪いことは余り起こらなくなります。

    今年は、どんな一年でしたか?
    来年は、どんな年になると思いますか?
    あなたは今年の反省をして、素敵な来年になると思えていますか?

    今年一年、大変お世話になりました。

    来年もアヤシイ?霊視カウンセリングを、よろしくお願い申し上げます。

    あ(^○^)り(^。^)が(^∇^)と(^O^)う(^ー^)ノ

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    生まれる前のこと。

    今日は朝から冷や汗ものでしたが、ドジな私は天然ボケのような所が多々あります。 今朝は倉敷駅についてから、1月20日の東京出張のチケットを買いに行きました。 そして発券してもらいお金を支払うのに幸運のお札で支払うつもりでした。

    お札には幸運のお札と言って持っていると幸運なお札がありますが、コレの効力は手に入れてから2~3ヶ月くらいなので、財布にいつまでも入れないようにしています。 (一万円札や千円札など、どの種類でも100枚に2~3枚程度はあります。)

    そして窓口で、いざ払おうとすると財布の中にあるのは「千円札」です。 私は幸運のお札が「一万円札」だと思っていたのですが、財布の中にあるのは「千円札」でした。 それを見た瞬間に凍り付いて、「ひえぇ~、お金がない!」 どうしよう~どうしようと凄く慌てて、お客様へのお釣りに使う千円とか小銭とか全部だしてギリギリありましたが、朝からマヌケなことをして寝ぼけた頭がしゃんとしました…。 (汗)

    さて、今日のログは生まれる前のことについてです。

    時々ですが、お客様より良い質問だなぁと感心してしまうのが、自分が生まれる前の出来事について相談を受ける時です。 この世には「生まれてきた時から避けられぬ運命」と言うのがあるのですが、それは自分だけの力ではどうにもならない部分が、生まれつき備わっている部分です。

    運が良いとか悪いとかが、100%自分だけの責任ならば物事はとても簡単なのですが、そういうわけではありません。 この世に生命として誕生したこと自体が大いなるチャンスではありますが、スタートラインが個人個人で違うのは嘆いてみても仕方がありません。

    確かにお金持ちの家に生まれたなら、スタートした時点で先行することはできるけれど、「ウサギとカメ」のように怠けるウサギとなってしまうなら、最初のハンデは一気に縮まってしまうのです。 そして、良い思いをした分だけ苦しみが倍増してしまい、人生そのものを取り返しが付かないようになってしまうこともあります。

    私の場合を例に取ると、山崎家に生まれたことで父親の借金を負わされるのは、100%の確率(確定)です。 仮に誰かに、「霊視カウンセラーのくせに、避けられないのか!」 こう言われれば、「はい、無理です。」 私は素直に、こう言います。

    いくら未来を見ていても避けられない運命と言うのはあり、避けられないなら何とか耐えるとか、ほとぼりが冷めるまで待つとか、やり過ごすことも考えないといけないのです。

    例えば、郵政民営化により公務員の身分じゃなくなるからと言っても、郵政民営化になってしまう流れは止まらなかった。 それをナントカしようと思っても、今から10年位前に手を打っていれば民営化は避けられたかもしれないのですが、「大丈夫だろう。」とタカをくくっていたら、あれよあれよと言う間に進んでしまったのです。

    このように、人には止められない&避けられない運命と言うのがあり、私の父親が借金をすると言うのは、私の祖父母の教育に原因があるので、私が生まれる前のことなどコントロールできません。 お客様より親に関する相談を受けた時に「変えるのは難しい」という前提で霊視に入るのは、誰であろうとも生まれる前のことに責任は持てないからです。

    生まれる以前の運命は避けようがないし変えようがないので、山崎家の息子として生まれた以上は、借金を負わされるのは確定事項です。 なお、夜逃げした父が生きているかどうかは霊視を使わなくても私を勝手に保証人にしてお金を借りまくっている為、年に1回(決算期)は借金の催促状が届くので自動的に生存確認ができます…。 (苦笑)

    私の人生は生まれてきてから今までは、いじめや父の借金など苦労があったかもしれないけれど、現在は幸せだからそれで良いじゃないかと思えるようになりました。

    今の私は目が見えるし耳も聞こえるし、五体満足で自由に動けるし、毎日ご飯も食べることができる。 おまけに素敵なお客様に毎日出会えるのだから、これを幸せと呼ばずして何を幸せと言うのでしょうか?

    自分が生まれてきた人生とは、外界の状態や環境により決められているのではなく、習慣的に思い込んでいる自分の考え方により決まると思うのです。

    自分が不幸だと思えば「不幸。」
    自分が幸せだと思えば「幸せ。」

    思い込みとは自分の意思でやれる範囲のことであり、何事にも一生懸命に取り組み、やり遂げると言う強い決意を持つことだと思うのです。 夢や希望が叶わないのではなく、無理だと思い込んで手を出そうとしないから、運命が叶えてくれない場合もあります。

    否定されたり馬鹿にされたりして、自分の考えを変えてしまうのもひとつの生き方です。 しかし否定されても馬鹿にされても、決して妥協せずに自分の考えを貫き通すのも、信念として立派な生き方だと思うのです。

    運勢の良い悪いの差があるにせよ、自分がこの世に生まれてきた以上は、心を込めて何かをすると言うのが、人を喜ばせたり感動させたりすることがあれば、生きていく元気の源になると思うのです。

    運の存在を信じないよりは、運の存在を信じている方が幸せです。 その上に、「努力すればするほど運がついてくる」 こう信じられると、もっと幸せです。

    あなたは自分の運の強さを、信じることができますか?

    ( ̄ ̄ロ ̄ ̄;;)

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    じつは実話です。

    おはようございます。 昨日で仕事納めの人が多いと思いますが、私は相変わらず事務所にて霊視カウンセリングをしております。 1月1~2~3日の午後は空きがありますので、暇で可哀相な霊視カウンセラーまでお越し頂ければ幸いです。 (この書き出しの意味は、後半でわかります。)

    時間の経つのは早いもので移転して3週間が過ぎましたが、ここでのスケジュールは朝7時前に事務所へ入り、まずは掃除です。 事務所前の道路を清掃したり、トイレなど事務所内の清掃をして、これが約1時間かかります。

    そしてログの更新やお客様をお迎えする準備などをしていると、8時過ぎから事務所内で光のハーモニーが始まり心を癒してくれます。 (お見せできないのが残念ですが、白い基調にして大正解でした。)

    今はお客様ゼロの日があっても内装工事の続きをしたり、清掃やワックス掛けをしているので暇をもてあますことはありません。 アレしてコレしてと忙しいことばかりに感じてしまい、他のことにまで手を出す余裕がありません。

    注:このHPを製作してくれた白石さんがお正月バージョンのフォーマットを作ってくれていたのですが、中身を考える余裕がなく断念しました。 (かわいいデザインでした。)

    また、この事務所に来てから協力者してくれる人のありがたさが身に染みるのですが、平穏無事で本来の仕事に専念できるというのは、とてもありがたいことだと感謝しております。

    商店街時代には「掃除したからと言って、偉いわけじゃない」など、店の前を掃除しただけで文句を言われ、「看板が2ミリ出ているから、すぐに引っ込めろ」など煩く言われていましたが、ここではお互いが干渉しないので平和な毎日です。

    ただし、周りの人が優しいのにはもうひとつワケがあるのですが、それは私が「暇で可哀相な人」だからです。 人の見方と言うのは凄く差がでるものですが、世間一般の人から見た私は、「暇そうだけど、大丈夫か?」と見えているようです。

    私はこの場所をお借りする時に、不動産屋さんや大家さん&その親族など関係者の方々に、「日本全国から来るので、大丈夫です。」 こう言ってお借りしたのですが実際の所、全く信じてもらえていません。

    大家さんも気を使ってくれて、「山崎さん、駅前に天○屋がきたら少しは人通りができるから、がんばってやっていってください。」と会うたびに励まされています。 先日も不動産屋さんが、「山崎さん、お客さん来る?」と心配そうに様子を見にきてくれました。

    この場所はイオンができてからずっと空いていた場所で、借り手もなく大家さんも困っていた物件です。 (駅前は寂れる一方&店舗には駐車場もないなど、不利な条件ばかりです。)

    賃借契約の時もリフォームする時も、「山崎さん、看板を出せば少しは目立つから、正面に看板を取り付けてもいいよ。」と大家さんと不動産屋さんから言ってもらいました。 先日は家賃を払いに行ったのですが「山崎さん、無理せんでもえぇよ。」と、またまた優しいお言葉をかけていただきました。 (苦笑)

    実は周りの人々の見方は、「お客様がいるように見えないけれど、大丈夫だろうか?」と心配してくれているようです。 世間的には全くの無名で「あんた、だれ?」という感じなので仕方がないと思います。 おまけに事務所内は静かで物音ひとつ立てないし、私がお客様の送り迎えをして入り口近辺に姿を現すのは10秒前後なので、隣近所のお店からするとお客様ゼロに見えるらしいです。

    人には妬みや嫉妬など煩悩があり、それを消したり避けたりすることはできません。 しかし、「暇で可哀相な人」と思われている方が周りの嫌がらせもないので、目立たないお店作りは正解でした。

    何の世界でも冷静に考えてみると、本当のトップクラスと呼ばれる人達が広告や宣伝をして、目立つ看板なんかしないと思います。 私は未熟な3流以下かも知れませんが、志は1流を保ちトップクラスを目指して行きたいのです。 広告~宣伝~看板、こんなことにお金をかけるよりも、その分を寄付して誰かの役に立ててもらえば嬉しいです。 

    ここを目指してくる人にはわかりやすいのですが、何も知らずに通った場合は何のお店かわからないので無視して行く人がほとんどです。 中を覗いたりする人は居ませんし、基本的に誰もこちらを見ないので静かです。 外観や内装などお客様には好評なのですが、知らない人からすると「だいじょうぶかぁ~?」と心配らしいです。

    せっかくなので、そういうことにしておいた方が得策です。 家賃が払えないくらい暇なので、お客様のお越しをお待ちいたしております。 (今日のログはネタではなく、実は実話です。)

    人の見方と言うのはそれぞれあり、片方だけから見ていると真実を見落としてしまいます。 表だけ見ていると、その裏に隠された真実を見落としてしまい、チャンスを逃すかもしれません。

    あなたは目の前にあるものだけを見て、その中にある真実を見落としていませんか?

    く( ̄△ ̄)ノ がんばれぇ~!  e(^。^)9 ファイト!!

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    男性、読むべからず。

    おはようございます。 私のHPは意外と男性の方も見ておられるのですが、本日は反省する気持ちのない男性は読まない方がイイ内容です。 (自省なき男性は、読むべからず。)

    未成熟と言うのは果物やワインだけを言うのではなく、人間にも当てはまることでもあると思います。 日本社会では男尊女卑と言うのが脈々と受け継がれてきてはいるけれど、時代が男尊女卑を許さなくなりつつあるのに、それを守ろうとするから結婚しない女性が増えてきたと言う自省をしないといけないのです。

    人の上に立つ人は発言に注意しないといけないのですが、公的な人になるともっと気を付けないといけないのです。 しかし、日本は古来より農耕民族なので、村社会の考えからなかなか脱出できません。

    男性側の要求は高い水準を求めるのに、女性が高い水準を要求すると「わがまま」とか「女のくせに」など、わけのわからない言葉で責められるなんて割りが合わないし、筋の通らない話だと私個人は思います。 しかし、会社に行ってもわかると思いますが、男性と女性が同期入社ならば、実力の有無に関わらず男性の方が早く出世したり、給料やボーナスが上だったりします。

    これは男性が有利な状態でないと、女性に対して威厳が保てない。 つまり、実力で勝負したら男性が女性にコロッと負けてしまう、それが現実としてあるから保護しようと言う証明なのです。

    私は以前から不思議でしょうがないことのひとつに、「共働きなのに、家事は女性がする。」と言うのが理解できません。 同じように働いているのだから、手の空いた方が家事をすればイイと言うのが私の考えなのですが、会社員時代などお勤めをしている時にこれを言ったら「オマエは変だ。」と必ず言われました。

    例えばの話ですが、ある共働きの夫婦の日常を霊視で視るとこんな感じです。

    奥様が仕事帰りに買い物をして重い袋を提げて帰ってきたら、御主人はTVを見ながらくつろいでいる。 奥様はすぐに食事の支度をして、その合間に洗濯物を取り込んでお風呂の準備をして、御主人の世話と家事に追いまくられる。

    そして一通りのことが終わって、「やれやれ、ひとやすみできる…。」 こう思って座ろうとしたら、「おい、コーヒー入れてくれ。」 奥様も疲れているから、「ごめん、自分で入れてくれる?」 つい、ヒトコト言ってしまうと「オマエって、優しさが感じられないよな!」 こういう思いやりのかけらもない男性中心の台詞が向けられるのが、日本の結婚生活なのです。

    これが相手側の家族と同居になると、更に男尊女卑の考え方が酷くなります。 仕事から帰ってきて家事をして、子育てや姑との関係に気を使いながら、自分のことにまで気が回らなくなると、「最近のオマエはおしゃれのひとつもしないから、女を感じないなぁ~。」 こんな馬鹿な台詞を吐く御主人に、悲しさと切なさを感じてしまう現実があります。

    それじゃあと、おしゃれに気を使い女の部分を磨いていると、「お袋の味も作れずに惣菜ばかり買ってきて、少しは家のことをしろよ!」 なんて言われる羽目になります。

    こうなると、もうあきらめにも似た感じで良妻賢母で御主人に従順で、常に家にいるようにして御主人の望むままにしていたらどうなるかと言えば、「俺は外で仕事をして大変だけど、オマエは家にいて世間のことを何も知らずに楽でいいよな。」 こういう感じで見下されてしまうのが、男尊女卑で村社会における結婚生活なのです。

    これは男性側の永遠に続く要求に答え続けないと、「ダメ嫁」のレッテルを貼られてしまうことになるのです。 しかし、室町時代や江戸時代じゃないので、いつまでもこんなことが続くわけがないのです。 そんなことが何世代も続いてきたから結婚に対して用心深くなり、独身でいる方が「気が楽」と言う女性が増えてきたのです。

    それなのに、「独身女性が多いから日本はダメになる」なんてことを言う輩がいるのは、男性の方に世間知らずが多いということなのです。

    現代社会で女性の見る目は厳しくなったというよりも、手抜きしている男性を許せなくなったと言うのが正しいと思うのです。 肩書きや地位は立派なのですが、言っている中身の薄っぺらさに呆れているのです。

    包装紙はいいのだけれど中身は空っぽと言う男性は、「大したことない。」と見抜かれているのです。 それに応じた内容で対応されるとプライドが傷ついて、「女のくせに生意気だ」とか「女がわがまま言うんじゃない」など、いつの時代の~どこの村の話?となります。

    男女共同参画や男女同権の話を50代以上の人にしてみれば、返ってくる言葉は決まりきっています。 「わがまま言うな」「女は結婚して子供を産め」「女は楽せず、文句を言わないのが筋だ」 こんな内容のボキャブラリーしか、存在してないのです。

    未成熟な人間と言うのは、「ありがとう」のヒトコトが言えないし理解できないのです。

    奥様が毎日家事をしてくれているのに、ありがとうと言えないのは精神が子供だからです。 「いつも一緒にいるんだから、言わなくてもわかるだろう!」 もしもこんな気持ちがあるのなら、私はそんな御主人や彼に聞きたいことがあります。

    「あなたは、エスパーですか?」

    何も言わなくても理解しろと言うのなら、会社の上司や同僚に同じことを言ってください。 会社でいつも一緒にいるんだから、何も言わなくても仕事がスムーズに行くはずです。 しかし、その割りには「あいつは何もわかっていない」とか「何で俺のやり方を認めないんだ」などと奥様に愚痴っている日常は、それこそ理解不能です。

    年の瀬が近づいているので一年の反省の意味を込めて、奥様に感謝の気持ちを表してあげてもいいと思います。

    あなたは「ありがとう」と言うヒトコトの意味を、本当に理解できていますか?

    ブンブン ヾヾ(^-^) ありがとぉ~♪

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    来年こそ。

    今年こそは恋愛したい~今年こそは結婚したい、年の初めにはこう思っていたけれども、年の瀬が近づくと「来年こそは…。」 このように目標や内容が変わってくると思います。 夢や目標は進む過程において必ず叶うものではないし、恋愛や結婚についても相手があることなので自分の思惑だけでは進みません。

    良い恋愛をしたいと思うのなら良い相手と巡り合わないとまず無理なのですが、その良い相手とは何を指して良い相手と言うのかは意見の分かれるところです。

    こればっかりは人によって分かれるのは仕方がないのですが、イケメンや高収入~家柄や跡継ぎの為の養子など、人により結婚に求める条件は違います。 また、自分の意見ではなく親や親戚などの意見を重要視して、自分が好きな人ではなく周りが好きな人と結婚する人も後を絶ちません。 ただし、こういう条件で結婚する人が良いかと言えば、その後の生活を見るとそうでもないのがわかります。

    幸せとか不幸せとか、それは自分が決めること。

    人から見て羨ましいほどに見えても内情はそうでもなく、嫁姑バトルや御主人の浮気や暴力などさまざまな要因で時を過ごしていかなければならない。 そんな耐える結婚がどれほど多いかは、私が言わなくても離婚件数が証明してくれています。 3組に1組が離婚していると言うのは、もはや正常な結婚が行われていないと言ってもおかしくないのです。

    良い相手と巡り合いたいのなら、まず自分の理想の男性を決めることです。

    ただし、理想の男性を決めるだけで出会えたなら苦労はないのですが、理想の男性と出会う為にはひとつの法則のようなものがあります。 私は色々な女性や男性、ひいては夫婦も数限りなく見ていますが、仲の良い夫婦には共通点のような相通じるものがあるようです。

    恋愛の形は人により違うものでもあり共通するものでもあり、不思議な関係のスパイスとも言うべき、多種多様なスタイルが存在しています。

    自分が好いと思っていても人が口を挟む恋愛と言うのは、周りから見て上手く行っていないか~もしくは上手く行きそうにないから、周りが止めたり口を挟んだりするのです。 本人は好いと思って付き合っているか、好くないけれど離れられないと思って付き合っているか、どちらにせよ「本人の意思で離れない」と言う原則を忘れて周りが助言しても無駄なのです。

    世間では「男運」と言う言葉がありますが、これについては良い悪いは存在しません。 そこにあるのは「選択眼」が良いか悪いかだけなのです。 自分の選択眼を駆使して良い相手を見分けないと、それはだめんずへの道をまっしぐらに進むことになります。

    一時期「独身は負け犬」と呼ばれていましたが、それはあくまでTVや雑誌などのマスメディアがおもしろおかしく名づけただけであり実際は全然違います。 いくら彼がいるとか結婚しているとか言ったところで、その生活がどういう状況なのかが重要なのです。 浮気~借金~暴力~その他諸々の状況にあるのに、「私は幸せ!」と言い切れる人はいないと思います。

    未来は選択次第なので、一概にこれが正解と言うのはありませんが、その内容について考えることはできます。 そして考えることにより、その選択肢の幅を広げて見方が変わるかもしれないのです。

    ①:結婚したはいいけれど、浮気~借金~暴力の3点セットに加えて嫁姑の関係~親戚や近所の付き合いなどがあり、その上に親の介護や子育てとボロボロになり、ついには離婚して貰った慰謝料が200~300万円だった。

    ②:独身で彼はいないし結婚の予定もないけれど、ひとりなので時間は自由に使えるし、貯金して将来に備えているのでお金の不安も余りない。

    ①と②は両極端な例ですが、「結婚=幸せ」としたいのなら「良い相手」を選ぶことが一番必要なことであり、そこにはイケメンも収入も関係ないのです。 もしも、だめんずになりたくない⇒恋愛の勝者になりたい、こう思うのならば恋愛に対するスタンスを変える必要があります。

    男性に浮気されても許す、「寛容」
    何でも言うことを聞く、「従順」
    自分を頼らせる、「依存」

    この「寛容~従順~依存」の3点セットを揃えた女性になったなら、それは「だめんず」への道に嵌まっていると考えた方がいいかもしれません。

    人は生きている以上は誰もが幸せを手に入れる権利はあるのですが、その義務を遂行しないからダメになることも多いのです。 良い恋愛における義務とは、自分が花となりミツバチのごとく相手を引き寄せる為の蜜の部分です。 甘いだけなく栄養価として自分も相手も成長できるように、中身が濃くなければならないのです。

    素敵なあなたが身に付けるべきなのは品格溢れる行いができると言う、人間としての部分だと思うのです。

    あなたは来年こそ、良い恋愛ができるようにしたいと思いませんか?

    ぴーす♪ (#^ー°)v

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    上手く負ける。

    はるか遠くに見えていても、自分が進んでいるといつのまにか近づいてくるのが目標です。 上手く行かない時には止めてしまいたくなるけれど、スポーツでも勉強でも最初から上手く行くなんてありえません。

    何度も何度も失敗を重ねながら、自分のものにしていくのが普通です。 会社経営やお店の経営も同じように最初から上手く行くわけがないのですが、上手い失敗と言うのはあります。

    傷口を広げずに最小の怪我で済ませて、完治したら大きく成功させると言う失敗を財産にするのなら、いくら失敗しても復活のチャンスはあります。 それをするのにヒトコトで簡単に言うなら「上手く負けること。」 これに尽きるのです。

    今と言う時間の中で勝った負けたと言っても、未来においてはどうなるかわからないので、現時点においての勝ち負けは意味がないのです。

    基本的に事業を起こすに当たって、才能とか~資金とか~技術とか、小手先&目先のことなど余り関係ないのです。 成功する人は成功する運命に助けてもらいながら努力しているし、失敗する人は失敗する運命におだてられながら図に乗っているだけなのです。 しかし、物事はやってみないとわからないから、失敗を活かせるならいくらでもやり直せると思って挑戦するのが、運命にとっても応援しがいがあると思うのです。

    9回負けても10回目に勝利すれば、それで充分だと考えると気が楽になります。 ただし、最後に勝つと言うのが大勝ちになるのと~トントンになったのと~赤字を最小限にできた場合など、どれくらいの勝ちで終わるかの差は歴然としたものがあります。

    では、大勝ちで終わる為の入り口に立つ条件とは何かを、アヤシイ?霊視カウンセラー的な見方で感じたことを並べてみたいと思います。 ただし、これは自営業をしている人にだけ通じるものではなく、全般的に言えることだと思います。

    ①,まず注意しなければならないのが、自分で経営すると言う点です。 誰かを当てにして経営したり、人任せにしないこと。 例えば、ビルにテナントが入るのを当てにしてお店を出すようでは、「お店本来の実力は…?」と言うことになります。

    ②,お客様に必要とされる経営をすることで、私利私欲で経営していると誰にも相手にされなくなります。 自分が生活できるなら、それ以上のお金は従業員の給料を上げるとか、どこかに寄付するとか、全体を見て行動するのも大切です。

    ③,時間を守る&約束を守る。 お客様と約束したことや時間は必ず守るというのが、信用につながります。 特に時間が守れない人は経営自体をあきらめて、借金などの失敗を味わう前に止めといた方が無難です。

    ④,経営責任は全て経営者にあり、「失敗は自分のせい」で「成功はお客様のおかげ」と「従業員の働きのおかげ」など、自分の実力ではないと思うことです。 成功を自分の手柄にしたい人は、一時的にはいいのですが経営者として長続きはしないと思います。

    ⑤,失敗した原因を見ないようにして、今度がんばればイイヤと責任を置き去りにしないことです。 失敗しても原因を追究せずに「まぁ、いいや。」で済ませると、次も同じミスをしてしまいます。

    ⑥,経営理念を立てて、会社に公共性を持たせて、会社人でなく社会人としての集団になれるかを考えることです。 仕事をする上で仕事ができるのは当たり前のことですが、それに加えて人間としての魅力をもたせるようにしないと、誰にも相手にされなくなります。

    ⑦,今と言う現状に満足せずに、常に新しいアイディアを打ち出して、他との差別化を目指せるかどうかです。 自分が一番と「高いプライドを安く売りさばく」ような真似をしていると、自信過剰と言う名の嵐が不況と言う波で根こそぎ会社をさらっていきます。

    ⑧,経営とは協力者が周りにいるかどうかであり、お金だけのつながりになっていないかの確認と、自分のスタイルの正否を明確にすることです。 自分は○○で~取引先は一流ばかりで~、こんなことばかり行っていると誰にも相手にされなくなります。 プライドが高い人に、協力者はできにくいのです。

    ⑨,やる前からあきらめて、できっこないとやらずに終わることはダメです。 物事はやってみないとわからないし、1%しか可能性が無いと考えるよりも、1%でも可能性があればやり続けるというのもひとつの考え方です。

    ⑩,自分の会社やお店をよく見ること、そして人材や商品(製品や技術)に自信と誇りを持つようにすることです。 経営者が自分の会社の人材や商品を褒めることができないのに、何でお客様がひいきにしてくれることがあるでしょう?

    私は経営者と名が付く人には厳しいことを言いますが、それは会社やお店が潰れたら不幸になる人が大勢いると言うのをわかっていないとダメだからです。 自分のところで働いてもらっている社員の方々には、理屈を言う前に給料もボーナスも目一杯出してあげる方が先決です。 そして「会社の為なら自分はどうなってもいい。」と言う社員の方々に囲まれるようにならないと、経営者として胸をはれないと思います。

    見栄っ張りなプライドの高い経営者によくいるのですが、社内にスポーツジムを作ったり、おしゃれなバーを作ったり、果ては別荘まで作ったりしていますが、「うちは福利厚生にはお金をかけて、社員の為に尽くしています。」 こんなことを言う前に給料とボーナスをしっかりと出してから言いましょう。 社内の福利厚生施設は社長が社外や世間の人に対してミエをはる為であり、社員の方々がどれだけ喜んでいるか真実を知らないといけないのです。

    社内で無記名アンケートを取ってみれば理解できるはずですが、「給料&ボーナスをしっかりと出す」⇔「社長が気に入った社内施設を充実させる」 この2つのうちどちらが本当に社員の為になるのか、自分の考えを修正しないと会社の未来はないのです。

    経営を例にとりましたが、仕事以外のプライベート(恋愛や友人関係など)でも使える内容が多いと思います。

    あなたは自分なりのルールを作り、そして守ることができていますか?

    ( ̄~ ̄;)??

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    芯のある人。

    人に好かれたいか?嫌われたいか?と問えば、ほぼ全員が好かれたいと答えると思いますが、人間関係において全員に好かれることは不可能です。

    自己啓発本などによく書いてあるのが、相手を引き付ける為には「ミステリアスな人と言われたり~奥の深いつかめない人」と言われるよう行動せよと載っています。 単純に言えば、相手に尻尾をつかませないようにして興味を引くと言うことらしいのですが、このタイプでいくと一時的にはいいのですが、その後が続かないのが難点です。

    人は基本的にわかりやすい方が好みで、わかりにくいのは余り好きではないのです。 「シンプル イズ ベスト」と言う言葉があるように、わかりやすい物がヒット商品になるように、明確でない難解な物は一部のマニアにしか受けないことが多いのです。 (数学や物理学でもフィボナッチ数列などは単純明快だから、取っ掛かり易いです。)

    わかりやすい人間と言うのは人の共感を得やすく、その結果において好印象を残すのは単純明快で理解しやすいからです。 わかりやすいと言うのは芯のある人と言うことで、女性であろうと男性であろうと、自分の生き方や信念によってくる&共感してくれる人を好きにならないはずは無いのです。 (共鳴や共感というのが、一番信頼を得ることになります。)

    例え、見せ掛けのテクニックで人付き合いを作り上げたとしても、そこから先は何も無い場合が多いのは、見せ掛けで作り上げた関係などそこまでの関係と言うことです。

    はっきりとした自分の意見や個性を持っていて、どんな状況になろうともうろたえずに落ち着いて行動できる人を目の前にすると、凄いとか素敵とかのように敬意を表してしまうものです。 そして、そういう人が強がりもせず自慢もせず、かと言って卑屈になるわけでもなく自然体でいたなら、胸の奥に秘めた自信を感じてしまうと思います。

    そこにあるのはミステリアスとか尻尾をつかませない行動ではなく、簡明な美学とも呼ぶべき自分のルールを持っているのです。

    そのルールとは人により違うと思いますが、例えるならば「言い訳や弁解はしない」とか「物事を素直に受け入れる潔さ」など、ここ一番におけるすがすがしさと言うのを持っている人ではないかと思います。

    そういう人と人間関係を作り上げる時には余計な駆け引きがいらないので、言葉や表情にある裏側を読む必要もありません。 そんなつまらないことにエネルギーを使わなくてもいいから、気持ちの良い関係が築いて行けます。 極論ではありますが人間関係を突き詰めていけば、基本的には一緒に居て心地好いかどうかが全てです。

    それにわかりやすい人と言うのは裏表が無く、目の前における言動や行動を信じていいんです。 本当はどうなのかとやきもきするよりも、目の前で起こったことを信用するというシンプルさに対して、好感を持たない人は余りいないと思うのです。

    地位や収入により態度を変える人、居場所や自分の立場が変われば態度が変わる人、こういう人達といれば表向きはニコニコしていても、心の奥底では好きにはなれない自分が居るはずです。 それは仕事であろうと個人的なことであろうと、芯からの信頼感が無いからです。

    自分に対しても他人に対しても分け隔てなく明確に態度を表すと言うのは、わかりやすさのあるすっきりとした人しか生み出せないのです。 ここでそうなるにはどうすればいいのかと言う問いに対する答えは、「芯」があるかどうかだと思うのです。

    例えるならば、自分の中にあるこれだけは譲れないと言う部分を守りきれるかどうか。 それは生きぬく覚悟にも似た人生の原則なのです。

    男性上司(団塊の世代含む)によくいるのですが、調子付けばどこまでも付け上がり~小さなピンチでもうろたえてしまう。 権威をカサに来て威張りちらし、いつも自分より上の人間の顔色を伺い、状況報告により態度を変えてしまうような、裏表がありわかりにくい男性。 これを上司として敬わなければならないのが、今の日本の現状であり低迷を脱出できない原因でもあります。

    本人は世渡り上手のつもりなんでしょうが、余りにも日和見的でひ弱な生き方しかできないのだから、支えがないととたんに倒れてしまう生き方しか示せないのです。

    芯のある人と言うのは、行動そのものが美しいと言うのもあります。 マナーや礼儀と言うのはもちろんのこと、そのなにげない仕草の中にも気品溢れる穏やかさみたいなものが在り、同じ空の下にいても状況変化により差がないのです。

    仕事をしていても、冷静に判断できる上司とパニックになる上司だと、どちらがいいかといえば前者です。 行動が美しいと言うのは周囲に安心感のような雰囲気を漂わせて、何があっても何とかしてくれるというような、落ち着きが出てくるのです。

    不幸にも変な上司に当たってしまったなら部署移動や配置変換などのチャンスを待ち、しばらく我慢していることです。 まともな会社ならば変な上司に対して、キチンと対処できるはずなので、それまでの辛抱です。 そんな簡単なことすらわからないような会社なら、こちらからさっさと辞めてしまった方があなたの未来の為なのです。 

    あなたの中には、芯となるものがきちんと存在していますか?

    \( ^o)( ^ 0 ^ )(o^ )/ ありがとう♪

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    サンタさんのプレゼント。

    今日は「クリスマス・イブ」ですが、本来は「クリスマスの前夜」と言う意味があります。 なお、「イブ」とはevening(夜や晩)と同義語のevenの語末音が消失したものです。 しかし、現代では前夜ではなく12月24日全体をクリスマス・イブと呼んでいることが多いです。 23日をクリスマス・イブイブと言うのは日本独特の表現であり、他国で使用されることはありません。

    今日は気分的にハイとローに分かれる人が多い日かもしれませんが、人である以上は落ち込んだりウキウキしたりというテンションの差はあります。 それも自分にとっての願いが叶うかどうかなど夢や目標が掛かっている時は、更にその度合いが大きくなります。 そんな時には、一喜一憂しないで落ち着くことですが、目標が揺らいでも見失わないことが大切なのです。

    例えば、灯台の明かりはついたり消えたりして、遠目には不安定な状態に見えるかもしれませんが、軸はぶれずに同じ場所に立ち続けています。 風が吹こうと~波が荒かろうと、常に航海の安全を守り続けています。 しかし、いつもいつも荒い気象条件ばかりでなく、時には澄み渡る星空の下で恋人達の距離を縮めたりもしています。

    光の場所が変わらない以上、見えたり見えなかったりと表面上は変わり続けても、最後にはその場所にたどり着くことができるのです。 

    人はパンだけでは生きていけないし、夢だけでも生きていけない。 よく言われる言葉ですが、いくら一生懸命にしていても心の張りがなくなる時はあります。 自分では努力しているつもりでも、どうしても違う方向へ進んでしまう時だってあります。 そんなもどかしさは誰でも感じた事はありますが、それはイライラやヤル気の減少と言う事態を引き起こします。

    あなたが夢に向かって航海をしていて荒波に飲み込まれそうになった時に、灯台の光を見ると揺ら揺らと揺れ動いて見えます。 しかし、それは灯台の明かりが揺れ動いているのではなく、自分が揺れ動いているだけなのです。

    目標と言うのは決して揺れ動いたりはしないのですが、自分の方が揺れ動いているだけなのです。 そんな時は不安になって進路を変更しようとするかもしれませんが、その進路変更が正しいとは限りません。 目標は動いていないのに、あなたの方が動いて進路変更したら、行き先(ゴール)は違ってきて当たり前なのです。

    人は弱い生き物ですから自信が揺らいでくると、自分の進んでいる道は正しいのかどうかすらわからなくなります。 でも、肝心の目標を見失わなければ、いつかは必ずたどり着けるのです。

    イブが過ぎてクリスマスになるとサンタさんがプレゼントを運んでくるのですが、強く願うと同時に努力している人の元へは、もうひとつのプレゼントが届くのかもしれません。

    あるところに、ピアノが大好きな女の子がいます。 生まれてきてから、身近な所にオルガンがあったのも幸いして、いつも学校から帰ってきた時やお留守番の時などは弾いていました。 (そして、オルガンからピアノへと弾く対象が変わりました。)

    嫌なことがあっても辛いことがあっても、ピアノの前に向かうと苦しい気持ちは無くなって、心がウキウキと楽しくなってきていました。 少女は本当にピアノが大好きで、「いつか自分の演奏で、みんなを感動させることができたらイイなぁ~。」 自分だけでなく、人にも勇気や力を与える演奏をいつの間にか目指すようになっていました。

    そして16歳になった彼女は、アメリカで開かれたピアノ演奏会に挑みましたが、その舞台とはニューヨークにある国連本部です。 その演奏会で彼女が弾いた曲は、プロコフィエフの「ピアノソナタ第2番ニ短調第4楽章」です。 それを聞いた観客は、素晴らしい演奏だと惜しみない拍手を送りました。

    実は彼女は、末端低形成症により左手の2、3、4の指が無く、親指と小指しかありません。 ピアノを弾いたことがある人ならばわかると思いますが、ピアノの演奏曲は4~5ヶ所同時に鍵盤を押さえないと弾けないものも多いのですが、彼女は人並みはずれた努力によりそれを可能にしています。

    4ヶ所同時に押さえないといけない場合は、まず2ヶ所を押しておいて瞬時に次の2ヶ所に移動して、人の耳では聞き分けられない誤差の範囲内で指を動かしています。 これは人知を超えたスピードであり、人の能力では不可能に近い通常ではありえない動きです。

    彼女は自分がハンディを持っていると言うことを、ピアノ演奏が上手くできなかった時の言い訳にはしていません。 「他の誰かを見た時に、もっと頑張らなきゃなって思う。」 このヒトコトが彼女の生き様を示していると思います。 将来は音楽関係の仕事に就きたいという彼女の希望は、きっと叶うと思います。 (サンタさんも彼女のことを、応援したくなるはず…。)

    それは大好きな音楽とともに、これから先の人生にチャレンジし続けていくからです。

    注:残念ながら、ピアノ演奏者の間では障害者に対する理解が充分ではなく、ピアノ教室のイメージを気にして障害者が習いに来るのを拒否する教室や先生も多いそうです。

    揺らぐのは目標ではなく人の方だから、叶わない夢や目標が出てくるのです。

    あなたの目標は揺らいでいないのですが、あなた自身は揺らいでいませんか?

    (=^0^=)v

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    姓名判断。

    おはようございます。 岡山は水不足で第一次取水制限が出ていたのですが、昨日の雨で少しは潤ったと思います。 今回も今日気が付いたのですが、世の中は3連休でしかもクリスマスが来ると言うのをすっかり忘れていました。 年末に向けて忙しい方も多いと思いますが、体調などには気をつけて楽しい年末年始をお迎えくださいね。

    私は今年も無事に過ごせて、なおかつ新事務所へ無事に移転できたので、少し早いけれどマザーの関連施設へ寄付しようと思いました。 年末なので少し早めにしておけば、施設の方も助かるだろうと思い現状で出来るだけの金額を送ろうと用意していました。 ところが先日電話で寄付の神様とN市のIさんのお二人と話をしていて、自分の自惚れと未熟さに恥ずかしくなりました。

    今の私の現状では結構な金額だと思って満足していたら、「N市のIさんは私の約7倍、寄付の神様は私の約20倍」の金額を寄付する予定なのを聞いて、一気に凹んでしまいました。 (まだまだ私は修行が足りませんので、今後も努力してまいります。)

    ここでも度々、アヤシイ?霊視カウンセラーと名乗っているのは、世間では認められない分野なので図に乗ってはいけないと反省の意味で書いています。 最近のTVなどでヒーリング&スピリチュアルに関することで横浜の方が騒がしいようですが、名前や生年月日や住所を聞くようでは霊視ではないというのを覚えておかれると、騙されることはないと思います。

    ただし、こればっかりは実際に体験してみないと、霊視がどういうものかはわかりづらいと思います。 スピリチュアルでもヒーリングでも霊視でも、名前や生年月日や住所を聞いた時点で普通の占いだと思った方が無難かも…?

    その他にも女性誌などの占い特集で、つい姓名判断をしてしまい自分の画数が気になってしまう、そんなお客様もいらっしゃるようなので姓名判断について解説して見たいと思います。

    自分の名前を書くことは生まれてから何度となくあり、それを疑問に思う人はいません。 自分の名前はどうして付けられたのかを親に聞いている人はいるでしょうが、それも父が付けた~母が付けた、お坊さんがつけたとか占い師がつけたとか、色々なパターンがあると思います。

    ただし、名前だけで運勢が劇的に変わるなんてありえないので、自分の気にいっている名前が一番よく、親が子供に一番最初にプレゼントできるのが名前なのです。 余りに変わった名前をつけるのはお勧めできませんが、そうでないなら画数などを余り気にせずに決めて良いと思います。

    親が姓名判断を気にする余り、その名前を付けてしまって後悔するのは子供の方と言う場合もあるのです。 私が名前を頼まれた場合は霊視で視るのですが、基本的な姓名判断による解説もつけます。 それはサービスの意味合いもあるのですが、画数で解説する場合と霊視で視る場合はどれぐらいの違いがあるのか?と言う比較の意味合いもあります。

    私が赤ちゃんの名前を頼まれた場合は親にいくつか考えてもらい、その中で「この名前ならこういう未来があります。」という感じでお答えしていきます。

    子供の名前を付けるのは親の楽しみであり、それは親子の間にしかわかりえない世界でもあるからです。 3~4個考えてもらい、その名前ではどうなっているのか未来を追いかけていき、それを解説します。 そして、参考意見として「こういう名前も良いと思います。」と、一個考えてお渡ししています。 それを吟味して親が選んで付けるのが、一番いいのではないかと思います。

    注:お店や会社の名前も同じような感じで、基本的にはオーナーの意見が最優先です。

    まず、子供の名前を付ける場合は、余りにも変わった名前を付けないのが人間としての基本です。 例えば、日本人に「クロマティ」とか、「ガクト」とか、もう少し真面目に付けてくださいと思うのですが、その肝心の親が真面目に考えてこれだったりします。

    基本的に日本人なら、日本人の名前(和名)を付けるのが運命を壊さない為には良いのです。 前世がどうのとか先祖の因縁がどうのとか言うわりには、日本人なのに洋名をつける人が多いのですが、日本人なら日本のルーツにおける名前を考えてやらないと、自分の人生ではなく子供の人生なのです。

    国際社会に向けて外国の人でも読めるような名前を付けるのは、とても素敵だと思うのですが、成功している人の名前を見るとほとんどが普通の名前が多いと思います。 名前に凝っている人の方が、世に出ている率が少ないのは姓名判断の矛盾です。

    注:芸能人の「猫ひろし」は「舘ひろし」の対義語としてつけたらしいのですが、洒落が効いてはいるけれど、この意味をここで詳しく解説するのは人として問題になるので、知りたい人は個別に聞いてくださいね。

    これはあくまでひとつの例ですが、「近藤 向」と「真谷 茂」 この2つの名前は、ある占い師さんが画数を見て付けたらしいのですが、占い以前にもう少し考えないといけない部分があります。 (日本全国の占い師の先生方が付けた珍名は、意外と多いのです。)

    姓名判断も流派により画数の数え方すら違いますし、旧字体と新字体の違いによる画数のさも人により違います。 それだけ違う中でこれが正しいと言う基準はありえないので、それだけ不確かなものを確実にしようと言う方が無理なのです。

    もしも、姓名判断で何か悪いことを言われたとしても、それは気にしないでください。 姓名判断で良いと判断された人が全て成功するわけではなく、本人の努力以外に運勢が変わるなんてありえないのです。

    私の名前はあるお坊さんが付けた名前なのですが、画数などから見る普通の姓名判断ならとても良いように付けてあります。 しかし、実際にはいじめや親の借金など、さんざんでした。 しかし、姓名判断ではよくないと言われる平仮名にしても、親や同級生など過去の人生と関係を断ち切ってからはとても幸せです。

    あなたは姓名判断ではなく、努力に自信を持つことができますか?

    アリガト エヘ♪(*^・^)ノ ⌒☆(*^_^*)ポッ

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    撃退法。

    おはようございます。 新事務所に移転して2週間経ちますが、明らかに人の寄り具合が違うので嬉しい限りです。 別に鑑定だけではなくお祝いを持ってきてくれたり、ちょっと顔を見せに立ち寄ってくれたり、お客様の心遣いがとても嬉しいです。

    先日はN市のIさんより、「ラビットスタンド」がお祝いで届きました。 これは観葉植物がウサギのように見えるのですが、ドアを開けて中へ入ると正面にいるのでご覧くださいね。 (首にベルをつけている、かわいいラビットです。)

    さて、土日は軽い話題や日常的な内容も多いのですが、忘年会や新年会を迎えるこの時期に女性が悩まされるご相談のひとつについて、人間関係を壊さない(さりげない)撃退法を書いてみたいと思います。

    いつの時代も自分で勝負できない男性と言うのはいるのですが、アヤシイ?霊視カウンセラー的に言うと「地位や立場を利用せんと、自分の力で勝負せんかい。(関西風?)」と言いたくなる男性が、なんとなく増えてきているのではないのかと思えてきます。

    私のところにはセクハラ&パワハラの相談も多いのですが、それは男性が女性にするのがほとんどです。 会社内でも病院内でも地位や立場を利用して、しつこく誘ってきたりする男性がいます。 これは上司とか~取引先とか、フリーの人なら受注先とか、色々な立場が人にはあるのですが、それを利用してどうこうと言うのは、江戸時代じゃあるまいし時代錯誤もはなはだしいです。

    気の強い人ならバシッと言えるのでしょうが、優しかったり気のイイ人は中々言えないでしょうから、そういう状況での撃退法を少し書いてみたいと思います。 (忘年会や新年会の季節なので、御参考にしていただければ幸いです。)

    まず、プライベートの誘いがしつこい男性です。

    これはよくいるのですが、「今度遊びに行こう。」とか「今度食事に行こう。」とか、馴れ馴れしく言ってきて女性が迷惑しているのに、本人は気が付いていないのです。 これはわざとではなく真面目に気が付いていないので、その点は理解してあげて欲しいのですが気が付くようなら無理な誘いはしてきません。 (こういう男性は、部下や後輩など断りにくい&弱い立場にある女性に言うことが多いです。)

    これは立場を利用しないと言えない(弱い)からでもあるのですが、その他にも上司が部下を誘うとか~フリーの人に仕事を回してやるからとか、立場を利用しないと言う度胸がないから状況を見てする計算高さもあります。

    では、この手の誘いを上手く断るにはどうすればいいかと言うと?

    一番いいのは「忙しい女」と相手の脳裏に認識させて、植え付けておくのが一番です。 セクハラ&パワハラ的な誘いを一々相手にはできないのですが、今日はお腹が痛いとか、今日は親が来る日だからとか、毎回断る理由を捜すのは大変です。 だからこそ、そんな相手にはバシッと苦労しているというイメージを深く刻み込んでおくのです。

    話しやすい(例えやすい)のは、将来の為に何かの習い事に次々と通っているというのが一番いいかもしれません。 将来お店を出したいからネイルの資格を取る学校に行っているとか、将来はピアノ教室を出したいから音楽学校に通っているとか、忙しい自分を演出しておくのが一番無難です。

    更に「親に負担を掛けない為に、学費は自分で出している。」と言えば、けなげな自分を作り上げてイメージアップもできると思います。

    普通の良識ある男性ならばこれだけ言えば引き下がるのですが、しつこい男性はこんなことぐらいじゃあきらめません。 「じゃあ、休みの日は?」とか「土日ならいいだろう?」などと、今度は完全にプライベートに狙いを定めてくるくらいしつこいと思います。

    これに対しては、「ごめんなさい、平日が忙しいから家事など家のことはお休みにしかできないの。」 こういう感じで言えば、家庭的な面もアピールできるので大丈夫です。

    さすがにこれ以上しつこい人はいないと思いますが、もし万が一に家事を手伝うなんて言い始めたら、「尊敬する○○さんに、そんなことはさせられません。」 こんな感じで、尊敬する聖人君子に押し上げてしまうのです。 そうなると元々プライドが高いので、そこをくすぐられると誘いにくくなるのです。

    注:奥の手として富士山のゴミ拾いとか~海岸の大掃除とか、普通の体力では絶対できないクラスのボランティアに連れ出せば音を上げます。 「わたしにとっての家事とは、ボランティアも入っているの。」 こう言えばOKです。 (もし仮に行ったとしても、クタクタに疲れてもうコリゴリと思います。)

    次のケースは、彼やご主人がいるけれど、ヤキモチや嫉妬が激しい場合。

    ケイタイを必ずチェックしたり、どこへ行くのかいちいちスケジュールを聞くのは、あなたのことが好きだというのが基本だから、へそを曲げないように扱わないといけないのです。 この手の男性は、「あなたが一番なの…。」こういう部分を出しておけば、まず大丈夫です。

    では、どうやればいいかと言うと既婚者バージョンは? 友達と遊んで家に帰った時に御主人の前で、「ふぅ~、疲れた。 やっぱりあなたといるのが一番落ち着くわぁ~。」と言う感じを常に演出しておけば「一番」と言うのが心に響くので、後の台詞はおまけです。

    お付き合いしているなら、彼の前で「あなたが一番好きだけど、いつもそれを言っちゃわがままよね…。」と、あなたに頼りたいけど我慢するかわいい女性を演出しておけば大丈夫です。 アピールポイントは、「あなたが一番。」 これ一点のみです。 これを頭と心にわからせてあげれば、心が落ち着いてまとわり付くようなことは減ってきます。 (ただし、嫉妬心をゼロにするのは無理だと思います。)

    「男気」とか、「儀を見てせざるは勇無きなり」とか、現代では忘れられているようです。

    あなたは自分なりの撃退法を、身に付けていますか?

    Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン

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