徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    癌の経緯。

    おはようございます。 寒い日やそうでもない日など温度差があるので体調管理には気をつけて、今日も明るく元気に過ごせたらいいですね。 あなたが元気で笑顔でいることが周りの人を幸せにして、それがやがて自分にも返ってくるのです。

    11月10日のログで乳癌について書いたところ意外なほど反響が大きかったので、その補足をもう少し書いてみたいと思います。

    乳癌についてシコリを触診で発見すると言うのは、正確には早期発見ではないのです。 癌の組織がそれと判定できるようになっているのは、その部位が2~3年前には癌組織として発症および進行していたからなのです。

    仮に2007年11月1日にシコリが見つかったとすると、2004年11月1日から2005年11月1日にかけて癌が発症もしくは進行が始まった場合が大部分です。 現実として早期発見と言う言葉がありますが、厳密には医師の間では早期発見とは呼んでいないことが多いです。

    シコリについても自分で触って確かめるのは良いのですが、全部が全部を乳癌のシコリと思うのは早計です。

    まず、乳癌のシコリと間違えやすいのは「乳腺症」と言う病気があります。 これは乳癌などの腫瘍でも炎症でもないものにつけられる診断名です。 胸の痛みを心配して診察を受けると、なんでもないのだけれど痛みやシコリがあると言う場合にいわれる病名です。 心配で診察を受けた人の多くはこれで、乳癌でもなんでもないことが多いです。

    昔は性ホルモンのアンバランスが原因で、乳癌との識別(区別)が大事だと言われていた時代もありました。 しかし、最近では乳腺症の大部分が、正常乳腺の老化現象や退縮過程に過ぎないと言われるようになりました。

    乳腺症の対象年齢の多くは35~50歳が中心で、50歳を超えると急激に減少してきます。 これは乳腺の変化が35歳くらいから始まるので、それと一致しています。 従って乳腺症と言われて凄く心配することでもありません。 それと言うのも乳腺症になった女性の乳癌発症率は5~6%といわれていることもあり、乳腺症と乳癌はほぼ無関係です。

    唯一、乳腺症になって心配しないといけない場合は、家族に乳癌経験者がいる場合のみです。 この場合は、乳腺症にかかった後の定期健診は必要不可欠になります。

    次に間違えやすいのが、「乳腺炎」です。 乳房が赤く腫れて強い痛みがあり、発熱を伴うことがある病気です。 赤ちゃんがいる人の場合は、授乳期に母乳が乳腺に溜まったままになり起こる「うっ帯性乳腺炎」と言います。 その他にも乳頭から細菌が入り込み炎症を起こす場合の、「細菌性乳腺炎」もあります。 なお、治療方法としては、マッサージや搾乳器を使う場合と抗生物質や消炎剤を使用する場合に分かれます。 まれに切開して手術になることもありますが、ほとんどは手術の必要はありません。

    最近の医学の進歩は目覚しいのと、医師の技術レベルは昔とは比べものにならないほどなので、乳癌の手術でも癌組織の必要最小限の切除と言うのが可能になり、その後も形成技術で補うことができるようになりました。

    センチネル(センチネルリンパ節)というのが人の身体にはあり、見張りリンパ節などと呼ばれているのですが、これは「癌細胞がリンパ流に乗って最初に到達するリンパ節」のことです。

    つまり、癌のリンパ節転移はまず最初にセンチネルに起こります。 乳癌で言えば脇窩(脇の下)リンパ節のどれかがセンチネルとなります。 通常、人の身体には脇窩リンパ節は10~30個ほどあり、そのどれかに引っ掛かります。 (造影剤などを使用して、癌組織がどの辺まで転移しているのかなどを見て必要最小限の切除が可能なのは、このセンチネルのおかげでもあります。)

    ただし、その担当になった医師の治療方針にもよりますが、手術を好む医師と抗がん剤などでなるべく手術を避ける医師と、なんとなく分かれる傾向があります。 手術を好む医師の場合は、癌組織や部位をほぼゼロにするまで切除して癌の再発を防ごうとします。 手術を好まない人は自然治癒力など、人間本来の可能性を引き出すような治療方針になります。

    どちらが良いかと言われれば、ケースバイケースで一概にどちらとは言えません。 癌の進行の度合いや患者様の体力の兼ね合いにも寄るので、正解がこうだとは言えないのです。

    ただし、手術と言うのはやり直しが利かないと言うのを頭に入れておく必要があります。 部位を取ったけれど、失敗だからもう一度なんてありえません。 手術と言うのはやり直しのできない一発勝負なので、するのなら極力その一度で終わらせるようにしないといけないのです。

    それに比べて抗がん剤の場合は、AがダメならBに切り替えてみる。 BがダメならCに切り替えてと、次々にその癌に効き目があるのを試していけるので、体力のない人や手術ができない人にはこちらの方が良いかもしれません。 抗がん剤が効くかどうかは2~3日あればわかるので、そんなに時間がかかるわけではないのです。

    なお、TVドラマなどで髪の毛が抜け落ちていくシーンを大げさに取る場合がありますが、抗がん剤の投与を止めると髪の毛はまた生えてくるので心配しなくても大丈夫です。 (髪の毛より、命の方が大事です。)

    あなたがこの世に生きているのは何かの意味があり、その意味を確かめるまでは簡単に死ぬわけには行かないのです。 恋愛でも仕事でも、色々なことを経験したり体験したり、人生の充実感を味わってから出ないと、そう簡単に死を迎えることはできないのです。

    あなたのことを、待っている人がいます。
    あなたのことを、見ていたい人がいます。

    あなたは誰かに頼られて、必要とされる運命がちゃんとあるのです。

    あなたはきっと大丈夫、どんなことがあっても運命はあなたの味方をすると思いませんか?

    ☆⌒(*^∇゜)vダイジョウブ!

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    夢の道。

    誰しも生まれてきたからには幸せになる権利があり、それを邪魔する権利は誰にも無いのです。 ホンの少しのことで人の心には希望の光が灯るのですが、例えば「好きな人に好き」と言われるだけでも、あなたの気持ちはとても晴れやかになるはずです。

    熱い想いが内なる闘志でいる間はいいけれど、そのまま燻り続けていつの間にか消火してしまうのなら、それは悲しいことかもしれません。

    何故なら、あなたのやりたいことをやらないのなら、それはあなたの人生とは言えないのです。

    もしも人生が2度あるのなら、1度目は親や先生など誰かの言うことを聞く人生を送り、2度目は自分がやりたい人生を歩めばイイのです。 しかし、人生は一度きりだからこそ、夢や希望を叶える人生を送らないといけないのです。 いつまでも夢の中だけで生きるよりも、夢を現実にして~現実の中で夢を歩いている方が楽しいと思うのです。

    昨日も夢見て挑戦。
    今日も夢見て努力。
    明日も夢見て前進。

    毎日毎日夢を追いかけて、いつかはその背中に追いついて、そして追い越して行く。

    夢を追いかけるのは決して悪いことじゃないのですが、それに向かって何もせずに色々言っていると周りが傍迷惑な状況になるのです。 英語の勉強もせずに海外で暮らしたいと言っても周りは協力できませんが、英語が堪能でパスポートも資金も準備してチャンスを伺っていると協力者が出てきます。

    行動に移さない人間に、夢の実現は不可能です。

    誰でも通る道なのですが、夢を見るってことはそれを目標にして突き進むと言うことです。 目標を実現する為には事前に計画を立てて、計画を立てると自然と行動したくなるので、あぁするとこぅなるから何時までにあれをしようとなります。 行動すると言うことは、それに対して何らかの答えが出ることになり、それを成果と呼びます。

    成果=成功ではなく、成果=失敗の時もあります。 しかし、成功から学べることは少ないですが、失敗から学べることは数多くあります。

    まだダメだとか、まだ無理だとか、できない方の理由に「まだ」を続けると、いくらでも出てきます。 そうではなくて、まだ大丈夫とか、まだやれるとか、プラス思考でまだを使えば、「まだ」と言う言葉が生きてくると思うのです。

    右を選ぼうと、左を選ぼうと、それはあなたの自由です。
    夢を追うのも、夢をあきらめるのも、選択の自由です。

    でもね、人生の選択と言うのは毎日で、一回も休ませてはくれないのです。 どちらを選ぼうとあなたの自由ですが、その先には新たな選択があるのです。 本当に自分がやりたいことならあきらめないはずで、あきらめると言うことはそれだけの想いしかなかったと言うこと。

    死ぬ気でやると言うのは、本気になると言うこと。 本気になってできないことは次の道を探しなさいと言う暗示であり、決してあきらめや途中投げではないのです。 真っ直ぐに進めなくても迂回したりジャンプしたりすれば、また違う道が開けてくるのが運命なのです。

    あなたが、何かを頑張っている人の姿を見たら、素敵に見えると思います。
    あなたが、頑張っている姿を見た人は、あなたが素敵に見えていると思います。

    何かを頑張っている人の姿はカッコイイから、頑張っている姿をカッコイイと思ってもらえる自分になれたら素敵ですね。

    頑張るというのを理屈付きで解説しようとする人は、本当に頑張ったことがない人です。 自分の為にがんばろうとする人や他人の為にがんばろうとする姿は、誰がどう言おうともその人の心がきれいな証拠なのですから、余計な台詞に耳を貸さないことです。

    簡単に手に入ると言うことは、簡単に逃げていくと言うことにつながります。 その手の中にある幸せをこぼしてしまわない為には自分の器を大きくして、いくら入れてもこぼれないだけにしておく必要があるのです。

    ただし、結果が伴わないといけないのかと言うと、それはまた違うのです。

    努力に伴う結果が出れば、それが一番良いのはわかっていますが、努力しても叶わない時もあります。 しかし、色々な成功者の意見として共通するのは、「努力したからと言って叶うとは限らないが、努力しなければ叶うはずがない。」 この言葉をどう受け止めるかは人それぞれでしょうが、寝ているだけで幸せになれるというのは夢の中だけです。

    あなたが思い描く夢は、現実世界で花開く方が良いと思いませんか?

    フレー "ヾ(^O^ )ノ..( シ^O^)ノ" フレーフレー

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    いつがんばる。

    世の中には誰でも知っているということと、知っているようで知らないと言うことの二つがあります。

    「1+1=2」 これは算数として、ほぼ誰でも知っています。 算数や数学として成り立たせなくても、物の配分などで自然と身につける計算のひとつです。 生きていくうえで難しい数式などは覚えなくても生きていけますが、「1+1=2」はわかっていないと社会生活が難しくなります。

    人には学習能力があるので自然と色々なことを学ぶのですが、町で見かける風景や意識の中にはあるのだけれど自分には関係ない場合や、さほど重要ではない時は気にならないのです。

    ここでひとつの数字を出してみますが、「60%→40%→15%→5%→2%→0、7%=?」 これは何を表しているのかわかりますか?

    先ほどの数字は、以下の数字とあわせるとひとつの基準になるのですが、何を表しているのかと言えば…。

    1年後=60%
    3年後=40%
    5年後=15%
    10年後=5%
    30年後=2%
    50年後=0,7%

    これは、会社やお店が開業&開店してからの、生き残っている「存続率」です。

    開業&開店して1年後の存続率が60%と言うことは、逆に考えると会社&お店を華々しく開店&開業しても、そのうち40%が閉店&廃業しているのです。 3年後となると40%ですから、スタートして3年で60%の会社やお店がその歴史を閉じているのです。

    意識していないから気付かないだけなのですが、町並みの中でも数多くの会社やお店が開店と閉店を繰り返しています。 その理由として戦略の読み違いなど色々な事情はあるでしょうけれど、幕を下ろしてしまったと言うのは事実なのです。

    飲食店や販売店なども、「前はあったのにいつの間にか…。」 普段良く利用していれば動向が気になるものですが、たまにしか行かない場合や通りすがりの場合は消えてゆく姿に目が行かないだけなのです。

    私は色々なケースを見ているだけに、うまく行っている会社やお店に共通する理由で確信に近いものがひとつあります。 それは、「うまくいっているお店(会社)には理由が無いけれど、うまくいかないお店(会社)には理由がある。」 これは不思議な法則みたいなものだと思っています。

    うまくいかなくなっているお店や会社の雰囲気は、暗かったりぎすぎすしていたりと、まず普通の感覚なら嫌な雰囲気を感じ取ると思います。 これはひとつの歯車が狂い始めると、その次の歯車も狂い始めて修正が利かなくなっているのが一番大きな原因です。 そして働く人数が多ければ多いほど修正が利かずに、そのまま進んでしまうのです。

    しかし、周りを見渡すと1人でしているお店や会社は、意外と長続きしているのを垣間見ることができます。 美容院でも1人でしているのに20年目とか、喫茶店でも1人でしているのにもう15年しているとか、1人でしていると意外と存続率が上がります。

    お店や会社は、個人⇒有限⇒株式と大きくするだけが良いのかと言えばそうでもなく、1人でしている個人店でも毎日を楽しく活き活きと過ごせたら、自分の心を大切に出来ていると思うのです。

    1人の場合はコツコツと真面目にするだけで長続きする場合が多いのですが、それは軌道修正が必要な時に変えるのは自分の考えや行動だけで良いからです。 間違えたなら素直に軌道修正するのは、個人の場合は難しいことではなく単純明快だと思います。

    確かにどんなお店や会社でも、お客様ゼロの日が2~3日続くと凹みたくなる気持ちはわかりますが、運勢が下降している時には余計なことをしても無駄なのです。 (私の場合、予約の電話が入らなかった最高記録としては、40日間くらい1回も電話が鳴らない日が続き、もう泣きたいくらいでした。)

    私も10月と11月に関しては予約が無く霊視カウンセリングはヒマでしたが、10月と11月は新事務所探しとHPや電話など各種手続きをして、次に解体や基礎工事は大工さんに頼み~内装は全部自分でリフォームなど、新事務所移転は忙しいです。 (天井は白いクロス~床はタイル風クッションフロア~壁はしっくい風の感じで仕上げています。)

    注:私は建設現場で働いていたので電気&水道やクロス&左官など、素人程度ですが全部できます。 (現在、しっくいの壁塗りをしているので、肩こりと筋肉痛の毎日です。)

    つまり、お客様がいなくてヒマと考えずに、内装工事を自分でして経費を抑えろという暗示かなと考えています。

    自分の未来の選択肢を見て焦る気持ちを抑えることが出来たなら、心に余裕やゆとりができます。 自分の未来がわかると、がんばる時と休む時の見極めがつきます。 焦るとよくないと言うのは、いざと言う時にエネルギーを使い果たしていると、そのいざと言う時にパワーが出ないと思うのです。 ならば、そのいざと言う時のために、休む時は休み~動く時は動くのが必要となります。

    運の悪い人は、運が下がってきて調子が悪い時にがんばります。
    運の良い人は、運が上がってきて調子が良い時にがんばります。

    あなたは、どちらのタイプだと思いますか?

    。。。。。。((( ^ ∀^) ♪♪♪

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    夢を買う。

    この時期になると、深刻な相談ではなく遊び感覚で聞かれるのが、宝くじについてです。 これは毎年恒例と言うか、年末ジャンボ宝くじの時期になると聞かれることが多いです。 一時の夢として、ちょっとだけ買って「当たったらどうしよう?」と楽しむ程度なら良いと思います。 脳で楽しいことを考えて、ウキウキするのは良いことだと思います。

    宝くじは必ずしも当たるのが良いとは限らないのですが、表面的に見ると1等3億円が当たった人は幸せに見えるかもしれません。 しかし、本当に当たった人が幸せかどうかは時間の経過と共にその実情が見えてくるので、私が知る限りで言うと高額当選者100人中100人全員が幸せではないかもしれません。 (もちろん、当選金を有効利用して財を増やして幸せな人生を送っている人もいます。)

    日本においては宝くじとは、古くは江戸時代などの昔々からあり、神社や寺の修繕費用などに当てることを目的として、富くじなどと呼ばれていました。 (少し長くなりますが宝くじの歴史と説明をした後、運勢別の買いに行く場所を書きたいと思います。)

    現在のような形の基盤となったのは、昭和23年に当選金付証票法(昭和23年法律第144号)に基づき施行されたものです。 (江戸時代とは違い、現代では神社仏閣の修繕ではなく地方財政資金など、主に公共事業や国や県や市などの財政を潤わす為に調達することを目的とされています。)

    現在発売されているジャンボ宝くじには、次のような種類があります。

    「ドリーム、サマー、年末」の3大ジャンボ宝くじと、グリーンやオータムなどの年に5回発売される大型宝くじがあります。 宝くじを販売できるのは、宝くじの法律である当選金付証票法に定められた全国都道府県と指定都市、つまり地方自治体のみです。 (民間の個人が勝手に発売することは、刑法で禁じられています。)

    この地方自治体が総務大臣の許可を得て発売元となり、発売等の事務を銀行等に委託して、委託を受けた銀行等は発売元である地方自治体の定めた発行計画に従って、宝くじ業務を行います。

    宝くじの販売総額のうち、賞金と経費などを除いた約40%が収益金として、発売元である地方自治体へ販売実績に応じて収められ、公共事業等のために使われているのです。 財政破綻などで知られる夕張市がある北海道の場合だと、この収益金は約90億円(平成14年度)にもなり、交通信号機や横断歩道などの交通安全施設整備に活用されています。

    さて、宝くじの買い方はあるかと言われれば、「あると言えばある」「ないと言えばない」と言うしかありません。

    宝くじが当たる人を見ていると共通点はありませんので、一概にこういう人だと言うのが見当たらないのです。 時々当たりやすい人のイニシャルだとか星座とか、出ていることがありますがあれは当てにはなりません。 その理由として「購入者の総数」と「個別の分母を出していない」と言うのが最大の理由です。 この為、当たった人のイニシャルが○○だったとか、当たった人の星座が○○だったというだけの情報でしかありえません。

    当たった時点でその当選者が、お金持ちだからとか貧乏だからとか関係ありませんし、学歴や職業などの優劣も関係ないので、当選者には共通点はなく個人の運勢のみとしか言えないのです。 ただし、運の良し悪しはあるので、運の良い方角へ買いに行くと気持ちも良く、前向きな気持ちで買いに行くので当たりやすい雰囲気や運気を作り出すというのはあります。

    では、大まかではありますが、買いに行く場所などを少し書いてみたいと思います。 (今回は九星別に分類していますが、中身は九星で見ているわけではありません。)

    一白水星⇒1981年、1972年、1963年生まれの人などが、当てはまります。
    自宅を中心にして西の方角で、銀行など金融系の場所で購入してください。 (購入時のラッキーカラーは青)

    二黒土星⇒1980年、1971年、1962年生まれの人などが、当てはまります。
    自宅を中心にして東の方角で、上司や先輩など目上の人が最近行く場所で購入してください。 (購入時のラッキーカラーは白)

    三碧木星⇒1979年、1970年、1961年生まれの人などが、当てはまります。
    自宅近所ならどの方位でもOKで、スーパーなど日用品販売の場所で購入してください。 (購入時のラッキーカラーは黄)

    四緑木星⇒1978年、1969年、1960年生まれの人などが、当てはまります。
    自宅を中心にして東南の方角で、都会のビルにある場所で購入してください。 (購入時のラッキーカラーは紫)

    五黄土星⇒1977年、1968年、1959年生まれの人などが、当てはまります。
    自宅を中心にして東&東南の方角で、人が行き来する往来の場所で購入してください。 (購入時のラッキーカラーは銀)

    六白金星⇒1976年、1967年、1958年生まれの人などが、当てはまります。
    自宅を中心にして北西の方角で、老舗など古くからあるお店や窓口で購入してください。 (購入時のラッキーカラーは黒)

    七赤金星⇒1975年、1966年、1957年生まれの人などが、当てはまります。
    自宅を中心にして東&北西の方角で、駅やバス停など交通関係の場所で購入してください。 (購入時のラッキーカラーは赤)

    八白土星⇒1974年、1965年、1956年生まれの人などが、当てはまります。
    自宅を中心にして東南&北西の方角で、事務系の会社のそばにある場所で購入してください。 (購入時のラッキーカラーは白)

    九紫火星⇒1973年、1964年、1955年生まれの人などが、当てはまります。
    自宅を中心にして南西の方角で、海や川などが近くにある場所で購入してください。 (購入時のラッキーカラーは金)

    以上は、大まかな感じなので個人別に見ると差が出るかもしれません。

    夢はあなたが見る数だけ、いくつあっても素敵だと思います。

    あなたが描く未来には、いくつの夢が存在していますか?

    ( ̄― ̄)(_―_)( ̄― ̄)(_―_)ゴロンゴロン

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    脳の働き。

    今日は月曜日ですが連休明けで調子がいまひとつで、ナカナカ調子が上がらないかもしれません。 実は連休明けと言うのは身体だけでなく、脳の動きもいまひとつの場合も多いので、脳の働きが快調なら身体の不調も取れる場合が多いのです。

    脳の働きは未知数で解明されていない部分がほとんどなので、これから色々なことが判明してくると思いますが、自分で脳の動きを活発化させるようにしていくと運勢が変わることは大いにあります。 脳と運命は無関係のようですが、脳の未知数の部分には運命を変える働きの部分があります。

    脳の働きを上手く利用できない見本としては私自身がイイ例ですが、昔から人に嫌われるばかりだったのは昔のことをしつこく言い続けたり、つまらないことにこだわりを見せたり揚げ足をとるばかりしたからです。 これは「いじめに遭う→仕返しのつもりで言い返す→またいじめられる」の悪循環に陥っていたので、この負のサイクルをどこかで止めればよかったのにブレーキが効かなかった。

    今となっては精神的に子供でお恥ずかしい限りなのですが、議論など相手と何かの話をしている時に負けるというのは、正当性が自分にない為に自分が悪者になるという、被害妄想的な疑心暗鬼があったのです。

    A,相手と議論をして勝つということは、相手が負けるということです。
    B,相手が負けるということは、当然相手にとって気分の悪いことです。
    C,気分の悪い相手と、その後も仲良くできるかと言えば無理です。

    A~B~Cと進むようなことが多ければ、当然ですが人と話ができないというよりも相手にされなくなるのです。 議論に負けて気分の良い人はいませんし、議論にならないようにするのも大人の知恵としては悪くないと思います。 「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい。」と言う教えも立派で、とてもすばらしいことだと思います。 しかし、アヤシイ?霊視カウンセラー的には、「最初から、右の頬を打たれないようにする。」のも大事だと考えるのです。

    私の昔の評価は先ほど書いたように、揚げ足を取るとか、嫌味を言うとか、難しい奴だとか、話をすること自体を周りの人から避けられるような人間でした。

    人間には「同調性バイアス」と言って、「異常な状態に遭遇した時には、思わず他人に合わせてしまう」というような心理状態が起きます。 いじめられる人を次々にいじめが襲う、いじめる人に次々と加担する人が出てきてしまう、これらは脳が「異常な状態を正常」と勘違いして、命令を下してしまうのも理由のひとつです。

    自分がやられない為には自分もいじめる側に入るというのが、自己保身のひとつなのです。 自分のプライドを守る為に嘘をついて相手を窮地に追い込むのは、人としてやることではありません。 ただし、残念なことに生きていれば人との衝突はありますし、避けられない未来と言うのも存在します。

    私はいじめられ歴が長いので、相手がどう思ってそういうことを言っているのか、それが手に取るようにわかります。 工場や建設現場で働いていた時代も周りを見ていて思っていたのが、格下の方が格上に大して嫌がらせをするという事実です。

    注:流行っているお店(格上)は周りに対して何もする必要がないし、自分の事で忙しいので構っている暇はありません。 ところがヒマなお店(格下)は時間があるので、色々と考えたり思い付いたりします。 思いつくと実行したくなり、少しでも流行っているお店にダメージを与えてやれと考えるのです。 (私は看板を隠す占い師ではなく、隠される方のタイプです。)

    脳は心と完全に分離できるわけではないので、心が凹んでいる時には脳も後ろ向きなことを考えてしまいがちになります。

    脳の働きに「スキーマ」と言うのがありますが、これは認知発達の分野において心理的描写(心象や概念)を表します。 (簡単に言えば、思い込みのことです。)

    これが働き始めると、相手を許せないという気持ちが増幅されて、関係がこじれにこじれるのです。 脳の働きとして起こる以上は、脳の動きを止めない限り無理なので、最終的に無理と言うことです。 (脳が止まるとは、死を意味します。)

    思い込みとはその人の中にだけあるもので、他の誰であろうとも理解することはできません。 その人の中だけにあるものを相手に喧嘩はできないので、いじめなどは相手にせず無視するのが一番良い方法です。 実は脳の働きでも示されるのですが、人間にとって無視される孤独感と言うのは、ものすごくダメージがあります。

    嫌がらせをされた場合、無視して一切相手にしないのは脳にわからせる為の最善策です。 相手にすると火に油を注いでしまい、次から次へと色々なことが始まってしまいます。

    これがさらに昇格すると、側頭葉(脳の横の方)にある「ゴッドスポット」という部分を働かすようになります。 ただし、この部分を使うというのは、2つの両極端な面が出てきます。 まず悪い方で言うと、「気難しい」「思い込みが激しい」「幻覚症状が出る」など、日常生活に支障が出ることもあります。

    ところが良い方にその働きが向き始めると、「感が良い」「発想が素晴らしい」「霊視ができる」など、見えないものを見るという感覚の部分が凄く良くなるのです。 霊視はこの部分が使いこなせないと、自由自在に視えるわけではありません。 この部分の説明ができないと、霊視やスピリチュアルを語るのは少し無理があります。 ゴッドスポットは誰でも全員あるのですが、それを使う必要がないと脳が判断した場合は連絡通路(回路)を遮断されます。

    脳科学の分野から霊視やスピリチュアルを説明できるようになると、お客様に対して少しは信頼していただけるのではないのかと、アヤシイ?霊視カウンセラーとしては思います。

    脳の分野はまだまだ未知数の部分が多く、これからドンドン解明されていくと思うので、脳の持つ力とは、どの領域まで可能なのか、人類の進歩に役立つことと思います。

    あなたは脳に操られずに、脳を使いこなす方になれていますか?

    ヾ(@⌒ー⌒@)ノ おはようございまぁ~す!

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    頼る。

    おはようございます。 今日は三連休の最終日ですが、休養して明日に備えるのもいいですし、勉学などにいそしむのも有効利用できていると思います。 休みの使い方の上手い下手の差は、休みじゃない時に出てきてしまうのです。

    冬にヒット曲を飛ばす歌手の人は、「冬になると出てくる」と言われます。 しかし、曲は春から夏にかけて製作して一番一生懸命な時期は夏なのです。 時間の使い方と言うのは人それぞれで、必ずこうだと言う使い方はありません。 しかし、他の人と差が出てくる人はトランクの4隅のような時間の使い方をしています。 一杯詰め込んだつもりでも、よく見れば4隅の三角スペースがまだ開いているから、もう少し詰めることができると言うような使い方をしています。

    同じように悩みや苦しみも、その時は辛くて悲しいかもしれないけれど、イイ経験にして財産にしえるかどうかでその後の人生が決まってしまいます。

    人は悩みや苦しみが大きい時ほど、行動に移せないと言う矛盾を抱えて生きていかなければなりません。 問題発生と同時に解決に向かえれば良いのですが、簡単なことならすぐ行動に移せても難しいことはやりにくいものなのです。

    今の日本で「のどが渇いた」と言う問題が発生すれば、水やジュースなど何かを飲むことで解決します。 これは当たり前と思うかもしれませんが、世界規模で言うと水を飲むことすらできない人が大勢います。

    のどが渇けば水を飲むという簡単な動作で解決する、こういう簡単なことで済むなら人間はすぐに行動できます。 ところが、すぐには解決しない場合は動けません。

    時間がかかること→病気治療など。
    お金がかかること→彼の借金や親の負債など。
    自己コントロールできないこと→恋愛における相手の気持ちや職場の人間関係など。

    悩みの問題解決と言うのは行動が必要になり、失敗したらどうしようなど重責があればあるほど決断や勇気が、後押しとして欲しくなるのです。

    人は自分ですぐに解決できないと思った時には、どうしても癒しなど今すぐ楽になれる方に向かうのですが、それは仕方がないと思います。 人は機械ではないのですから、精神的に甘えたくなったり、精神的に誰かを頼りたくなったり、これは当たり前の行動でなんら悪い事ではありません。

    確かに問題解決をしようと思えば、決断して行動すると言う切り立った岩場を歩くような緊張感が求められると思いますが、そこに立つ為の勇気や後押しとして誰かに頼るのは、決して悪いことじゃないと思うのです。

    私は自閉症でいじめられっ子の為、誰一人友達のいない生活を送ってきて、とても悲しかったです。 普通の人なら、友人ができて~彼や彼女ができて~、このように人とのかかわりを持ち心の平穏を保てる相手を見つけていくことが可能です。 誰かがそばにいてくれる~誰かに電話できる、このように人に頼るのは良いことだと思うのです。

    だからこそ「人に頼るな!」と断言するのは、相手の気持ちを考えない無神経な行動や言い分ではないのかと思うのです。 自分の行動を振り返らず相手に対して「人に頼るな!」なんてことを言う人は、自分が一番わがままで甘えていることに気が付かないといけないと思うのです。 相手のことを理解せずに上からものを言うのは、自分が裸の王様だと気が付いていないからできるのです。

    私はつらい時や悲しい時に誰かを頼るのは、心が元気になる為には良いことだと思うのです。

    お客様が精神的に辛い時には、心の支えになれる。
    お客様の心が悲しい時には、心の隙間を埋めてあげる。

    そういう霊視カウンセラーになりたいと思うのです。 (未熟者でアヤシイですが…?)

    心の悩みを癒すのは、知性や知識ではありません。 決意や行動と言う、物事(悩み)に対して何をしたのかと言うのが、本当の癒しだと思うのです。

    人間がこの世に生誕して以来、不幸な出来事や自分で引き起こした問題を抱えた時に陥る悩みを、知識や知性では解決&癒すことはできないのです。 良い大学を出たら悩みが無いかと言えばそうではないし、学歴が無いと悩みだらけかと言えばそうではありません。

    同じように理性があるなしも、マナーや礼儀と言う点ではものすごく作用しますが、悩みや問題解決と言う点では余り作用しません。 残念ながら人間性が良い人でも悩みは発生しますし、自堕落的でわがままな人でも何も考えないことにより、悩みを発生させない人がいます。

    ところが、時間の経過と言うのは誰にも公平に作用するので、時間が薬と言うのはほとんどの人に当てはまるのです。 忘れがたい悩みに思えても、5年後10年後と言う膨大な時間の中に埋もれてしまうと、大きな悩みがドンドンと小さな悩みになって行きます。 ただし、その解決の為の速度を向上させることはできるのですが、それは固い決意で自ら行動すると言うことです。

    あなたは行動することにより、自分の悩みを受け止めることができますか?

    O(≧∇≦)O ヤルゾ~☆

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    クレーム。

    最近色々と話題になっている搬送拒否について、アヤシイ?霊視カウンセラー的な見方を書いてみたいと思います。 (ただし、ログ上だと書ける限界があるので、新事務所の移転後に忘年会か新年会をしようと思うので、詳しいことはそこで…。)

    「妊婦さんが緊急事態になり救急車で運ばれたが、病院が受け入れを拒否した。」 TVなどで報道されているからご存知の方も多いと思いますが、これは病院が悪い時もあれば行政が悪い時もあればと、状況により色々なので断定はできません。 (ある搬送拒否については、内部調査が足りない…?)

    何の世界でも(状態でも)権利を主張する人は、「自分の権利は大切にする」けれど「相手の権利は大切にしない。」 この矛盾を抱えたまま生きているのですが、権利と義務はワンセットなので、権利を主張するのならするべきことはすると言う義務を消化してからとも言えるのです。 (卵と鶏の関係のように、卵が先か?鶏が先か?と同じです。)

    病院に限らずどんな会社(営業~販売~事務など)でも、仕事をしていればクレームがくることがあります。 デパートなどではクレーム処理の部署があるくらいですが、謂れのあるクレームと謂れのないクレームがあります。 「クレーム=権利」と考えて主張してくる人を相手にしていると疲れてきて大変だと思うのですが、中には信じられないクレームもあります。

    信じられないクレームとしての例えを少し…。

    デパート編:「10年前に買ったワンピースの背中の部分が薄くなってきたから、同じワンピースに取り替えて欲しい。」

    学校編:「校庭に石が落ちているから、ウチの息子がガラスを割ったんです。 だから、石を置いておく学校の方が悪い、石がなければウチの息子はガラスを割らなかった。」

    以上のことは例え話として書いていますが、日本全国単位で言うと氷山の一角です。

    では、本題の搬送拒否についてですが、病院や行政の責任についてはマスコミなどが追いかけてくれているので、未熟な私としては別な切り口でこれを追いかけてみたいと思います。

    病院の本来あるべき姿は、病気を治したい~怪我を治したいと言う人が来る場所です。 しかし、最近はクレームをつけてごねまくる人も居るようで、ストレス社会のひずみが出ているのかもしれません。 病院に信じられないクレームをつけてくる例として、少し取り上げてみたいと思います。

    産婦人科編:「出産の時に陣痛が起きて痛かったのは、医療ミスだから金払え!」

    この奥様の御主人曰く、「医者ならば痛みをなくすのが当たり前だから、出産の時に陣痛が起きて家内が痛がったりして苦しんだのは医者のせいだ。」と言うのですが、こんなことを言うから産婦人科が減少傾向(なりたがらない)なのです。 陣痛が起こるのは医師の腕が悪いからと言うのなら、医師は出産を取り扱えなくなります。

    ER編:「治療の時に名前を呼び間違えられたから精神的苦痛を味わった。 慰謝料を払え!」

    ER(救急救命)は大勢の患者が緊急の状態で運ばれてくるので、医師も看護師も全部の名前を正確に把握はできません。 特に生死にかかわる場合は名前よりも、容態の説明をきちんとして治療をどうするかの方が先なのです。 しかし、ここでもクレームをつける人が居て、「俺が苦しんでいる時に名前を呼び間違えた。 その為に精神的苦痛を味わったから、慰謝料を払え。」

    緊急事態の時に一生懸命に命を助けてくれた看護師や医師に対して、こんなことを言う人が人として正しいのかどうか問題外なので、運命がキチンと判断してくれると思います。 ERは遊びでしているわけではないし、1人の患者さんだけが来るわけではありません。 ERは常に人の命を左右する緊急事態の人ばかりくるのですから、余り無茶なことを言ってはいけません。

    私は搬送拒否の状況を聞いた時に、物事は片方だけから見てはいけないと言う部分を痛切に感じてしまいます。 三者三様の見方があり一概に誰が悪いとは言えない状況下でも、ERは一生懸命にしていると思うのです。 決して前世のカルマや先祖の因縁で搬送拒否が起こるわけではないので、物事の本質を見極めないといけないのです。 (なんでもかんでも、すぐに霊のせいにしないことが大切かも?)

    注:私は当たらないし有名でもないのにクレームが余りないのですが、運の良い素敵なお客様が広い心で寛容に笑って許してくれるおかげなのです。 ありがとうございます。 m(__)m

    クレーム処理は大変ですが、クレームの種類によってはクレームではなく難癖と言います。

    あなたが自分を守る為には、どう対処すればいいのかを考えたことがありますか?

    "ヽ(´▽`)ノ" ハイハイ~ ( ̄○ ̄)/ オマター

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    三連休。

    おはようございます。 今日から世の中は三連休ですが、年中無休の私は今日も事務所に出ています。 私は車を持っていないので、人力で新事務所へ荷物を少しづつ運んでいるのですが、早朝5時頃はまだ暗いので荷物を運んでいる姿はまるで不審者のようです。

    さて、気にされる人が多い相談のひとつに印鑑(印相)があります。 印鑑を作ると幸せになると思う人は作れば良いし、印鑑で運命は変わらないと思う人は作らなければ良いと言うレベルで、運勢とは何の関係もありません。 もしもあなたが神様ならば、「30万円の印鑑を購入する人」と「1万円の印鑑を購入して残りの29万円を寄付する人」と、どちらの運勢を良くしてあげようと思いますか?

    「開運の印鑑は○○な印なり」と言う言葉があるのですが、日本社会では印鑑がないと通帳も作れないので、印鑑の必要性はしかたがありません。 ただし、印鑑で運命が変わるのならば、どの印鑑屋さんも景気に左右されずに幸せになっているはずです。

    例えば、集合テナントビルで閉鎖になった場所は日本全国にたくさんありますが、印鑑屋さんが入居していたテナントビルもあると思います。 それなのに、何故?開運の印鑑パワーでテナント消滅の危機を防げなかったのか不思議です。 また、努力もせずに怠けている人が印鑑を作るだけで幸運になり、全て上手く行くようになったという例を見たことがありません。

    確かに高級な印鑑を持っている人が、お金持ちとか成功者であるという事実は否定できません。 しかし、その真実として成功してお金持ちになったから、そういう高級印鑑を手に入れることができるようになったというのも、もうひとつの見方です。

    仮に30万円出して印鑑を手に入れるというのなら、それは心の張りや元気を手に入れる為だと考えた方がいいと思います。 ただし、30万円で美味しい物を食べたり旅行したりする方がイイと思う人がいるのも事実です。

    ひとつの例として考えてみると、何の業界でもいかに利益をあげるかと言うのを考えます。 特に占い業界のような形の無い物が主体の場合は、1度行くと2度と行かないというような場合もよくあります。 その為、商売熱心な占い師さんはお金儲けの為に色々なことを考えますが、占い=商売と考える人なら物品販売は戦略として当然です。

    注:私は「占い=商売」とは考えられませんし、物品販売など占いの本筋以外のことをする気にはならないのです。

    代表的なのが「開運グッズ系」で、悪いことや不安になるようなことを最後(帰る直前)に言って心を惑わせます。 そして、「この○○を購入して、○○すると運が良くなる」 色々な言い方や方法はあるでしょうが、その不安定な心のスキマに開運と言う言葉を刷り込みます。 お客様側とすれば、将来の不安を解消しようとして意外とあっさり高額なグッズでも買ってしまいます。

    一瞬は金額が高いと思っても、不幸や不安を解消したいが為に購入してしまうのです。 その品物(グッズ)を持つことでパワーや奇跡があると思うのなら、本人にとっては良いのだから横から余計な口を出す必要はありません。

    ただし、何が何でも~どうしても~印鑑を持つことで運が良くなると断言するのなら、それを主張する占い師さんに聞いてみたいのですが、私の父&母は岡山市在住の占い師さんから、開運印鑑を30万円で購入しています。 (その当時、私は小学生で注意することができませんでした。)

    その印鑑に効果があったかどうかは一目瞭然、まったくの効果ゼロです。

    私は500円で買った量産品の印鑑を使用していますが、なんら不自由はありませんし、この印鑑で悪いこともおきません。 逆にその分が寄付に回るので、良い事が起こっています。

    私個人の意見ですが、仮にも占い師をしている者が鑑定だけで生活できず、他に職業を持つようではおかしいと思います。 自分が鑑定だけで生活できないのに、商売の相談に乗るなんて本末転倒だと思うのですが…?

    印鑑の結論として欲しい人だけ買えば良いことで、欲しくない人に無理に勧めるのはどうかと思うのです。 ただし、材質に凝りたい人には、柘植がいいとか~クリスタルがいいとか、「材質はこれがいいですよ。」と言うくらいはイイと思います。 気持ちの問題ではありますが今その人に必要な材質、つまり足りない物を補うサプリメント的な意味合いの材質はあります。

    クリスタルの印鑑なら全体運をあげてくれるとか、ローズクォーツの印鑑なら人間関係を修正してくれるとか、印鑑ではなく材質(パワーストーン)で変わることはあるかもしれません。

    注:ラッキーカラーも同じで、本来のラッキーカラーと言うのは足りない物を補う為です。 「ホワイト」が足りない人が「ホワイト」を身に付けると、それにより弱い部分(短所)が補える(防げる)為に運が良くなって行くというのが、本来のラッキカラーの意味合いなのです。 (ラッキーカラーについては、また後日書きます。)

    あなたの運命は印鑑ひとつで決まるような、軽々しいものではないと思いませんか?

    ( ̄◇ ̄;) ハゥ~ ( ̄Θ ̄;) ムゥ~ ( ̄ω ̄;) ブヒ~

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    楽な道。

    昔話や童話で、一時的には楽だけど後で苦しい⇔今は苦しいけれど後から楽になる。 このような例え話は数多くあるのですが、人は苦しい道を選ぶと言うのははナカナカ難しいです。 あなたが進む人生において自分に正直に生きるというのは、辛い道程を楽しく進める秘訣でもあります。

    人は生きていると、時には自分に対して嘘をつきながら社会生活を送る時もあります。 やりたくないことや憤りを感じることなど、本来の自分ではないことをやらざるを得ないのはとても辛いと思います。

    自分の気持ちに嘘をついて、楽な道を選ぶのはもうやめにした方がイイと思うのです。 その瞬間は楽だと感じても、後からその道は苦しい道に変化して行くのです。 自分の歩む道を楽な方へ楽な方へと選択したつもりでも、それはその時だけで未来を見据えた行動にはなりえないのです。

    何か行動を起こしたら周りは色々言うでしょうが、反対意見ばかりではなく賛成意見も耳に残して欲しいのです。 人はつい反対意見の方を強く印象付けてしまうのですが、「残り物には福がある」ということわざもあります。 少数意見の中にもきらりと光る、あなただけの悲しみや苦しみを受け止めてくれる大切な言葉があるはずなのです。

    あなたの考えるようにしていい、あなたの好きなように行動していい、あなたが決めたことは間違いではないんです。

    世の中には絶対なんてないのですが、人はついそれ以外の道は考えられなくなってしまうのです。 世の中にはあらゆる可能性が眠っているけれど、それはあなた自身にも言えることなのです。 あなたの中に眠っている可能性が目覚める道を選ぶのは、それもまた一生懸命に生きるということだと思うのです。

    どんな健康体の人でも一つくらいは病気を持っているものですが、ほとんどの人が人生において一度はかかるのが「他の誰かと自分を比べる」という病気です。 ただし、この病気は自分で治すしか治癒の道はないのです。

    自分が勉強したり~自分が行動することで、その不安を解消する。 「本当にわたしはやれるのかな?」と思うよりも、「やっていくしかない」と覚悟を決めるのも、自分に対する責任なのです。

    あなたが自分の才能を信じなければ、どうしてその才能や可能性が花開くのでしょうか?

    わたしは生まれてきてから、親~先生~同級生~先輩後輩~同僚など、生きる過程において出会う人が全て「オマエでは無理だ。」と否定される人生でした。 しかし、時間はかかりましたが自分の中にある悪い方の信念ではなく、良い方の信念を取り捨てにおいて残すことができたから素敵なお客様と出会えるのだと思います。

    何か行動を起こせば周りの人が色々と言うかもしれませんが、それはあくまでその人の評価であり、その人の人生観や経験の中で知りえた情報を元にしているだけなのです。 学校や会社では、人間関係を保つ為に自分の考えを引っ込めないと衝突してしまいます。

    しかし、内に秘めている希望や夢は持ち続けていれば、いつか自分の考えとして主張できるチャンスはめぐってくるのです。

    人生とは、予期しないことが起きるから楽しいのです。

    あらかじめわかっていることばかりがおきるのなら、それは人生が予定調和ばかりで敷かれたレールの上しか進めないという証拠なのです。 予定調和が好きな人はそれでいいし、否定することではありません。 しかし、予定調和でなく自分の人生を変えてみたいと思うのなら、たまには脱線して他の道を走ることも必要になります。

    面白いことが起きるのを待つのではなく、起きたことを面白がるのもひとつの才能や可能性です。

    人生には浮き沈みがあり、色々起こると「どうして自分だけ…?」 こう考えてしまうのも仕方がないのですが、私は浮き沈みのある方が人生らしくていいと思うのです。

    どうして苦しいんだろう?
    どうして辛い目に遭うんだろう?

    人は生きていると必ず人生について考える時がありますが、それはチャンスの来る前触れだからです。 悪い事が起きるのは良い事がおきる前兆であり、良運や強運は前払いでしかあなたの元にやってこないのです。 (後払いは通販だけ…?)

    あなたの人生はまだまだこれからであり、今が終着点ではないと思いませんか?

    ( ̄ ̄Θ ̄ ̄;;)

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    命がけ。

    自分の気持ちを理解されない苦しさって言うのは、理解されないがゆえ更に苦しくなると思うのです。

    理解してくれたら、それだけで心が軽くなると言うのは、いかに相手の気持ちを判るという行為を置き去りにして、自分本位で過ごしてきたかと言う裏返しでもあるのです。 団塊の世代は日本を成長させる為にしゃにむに仕事をして、それはそれで評価できることだと思うのですが、心の教育と言う部分で置き去りにしてしまったものがあるのを思い出して欲しいのです。

    年配の方だけとは言いませんが、特に年配の方に多いのが、「お子さんはまだ?」とか、「子供はいるの?」 こう聞く人が多いのを、どうにかならぬものかと思うのです。

    もしも、その相手(夫婦)が不妊症で苦しんでいたらどうするのか?

    世間話だとか、知らなかったと言う話しでは済まされないと思いますが、日本では聞く人が多い言葉の一つです。 これは心に思いやりが欠如しているから~自分はそれで苦労をしたことがないから、それで相手に平気で聞けるのではないのかと感じてしまいます。

    今は医学技術が進んできたので、昔は不妊と言われていた人が赤ちゃんを作れるようになりました。 人工授精~体外受精~ケンビ授精と、本人が望むならできる限りの手を尽くすことはできます。

    しかし、不妊治療に関して総じて軽く見る傾向があるのは、病気と言う感じがしないからなのかどうかわかりませんが、女性がする不妊治療と言うのは命がけでする治療方法なのです。 「不妊治療は命がけ」と言う言葉を大げさに感じる人は、少し勉強不足だと言わざるをえません。

    例えば、卵巣の動きを活発化させて良い卵子を作り、それを保存して体外受精させる治療を行ったとします。 これは文章で書くと一行ですが、女性の身体に起こる変化で言うと気が抜けないくらい大変なことなのです。

    まず、卵巣の動きを活発化させるというのは、女性ホルモンの分泌が激しくなると言うことです。 これは血液をドロドロにしてしまう危険性があり、血液がドロドロになるというのは、脳梗塞や心筋梗塞を起こす可能性もあるのです。 (血中濃度が高いと色々な病気を引き起こすから、サラサラ血液が良いと言われるのは血管が詰まったり破れたりするからです。)

    これは何歳であろうと危険性に変わりはなく、20代でも30代でも起こる可能性は同じです。 おまけに普段の生活において不健康な状態であれば、この血中濃度の高さはまた一段と上がり、更に危険な状態になりかねません。

    通常であれば卵巣は親指大の大きさですが、それが5~6センチに膨れ上がり小腸などを圧迫して激痛を伴うこともあります。 その状態がひどくなれば手術しないと命の危険もあり、卵巣の動きを人為的に活発化させるというのは、これくらい危険なことを予見して行わなければならないのです。

    不妊治療により他の病気を併発する危険が、女性には常にあるので注意しないといけないのです。 しかし、家族や御主人のプレッシャーにより、「早く子供を作らないと…。」 この焦る気持ちが、更に病気併発の危険性をあげていくのです。

    不妊治療により子供ができたとしても、今度は無事生まれるかどうかで気をもむようになります。 常に家族や御主人の目を気にしていたら、女性はどこで気を抜けばいいのでしょうか?

    御年配の方や男性陣は、特に注意して人間として正しい生き方をしてください。 お嫁さんや奥様が子供を作る為に不妊治療を決断したなら、御主人やお姑さんのするべきことは、「子供ができたらそれでいいし、できなくてもそれでいい。」 常日頃からそう思って、プレッシャーを掛けないことです。

    「もしも」の何かが起きてから、「あぁ~だ、こぅ~だ」と言う暇があるのなら、その前に出来ることをしてあげて欲しいと思うのです。

    ここから先は男性(御主人)に問いかけたいのですが、奥様の命と言うのはこの世にひとつしかありません。 そのひとつしかない命を大切にできない人が、新たなる生命をどうして大切に育てることができるのでしょう?

    不妊治療を行っている奥様の気持ちを理解出来ないご主人は、生まれてくる子供の気持ちも理解することはないと思うのです。

    あなたが選ぶ相手(御主人)とは、心優しき愛情を持っていますか?

    (..、)ヾ(^^*)ヨシヨシ

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    精一杯。

    おはようございます。 寒さがきつくなってきましたが、素敵なあなたは今日も活き活き元気でお仕事にいけると思います。 「働きマン」より輝いている、あなたの精一杯に生きている姿は素晴らしいと思います。

    精一杯の行動に悩みはつきもので、適当に行動していたら悩みは出てこないのです。 悩みの本質は真面目に悩むと言うことで、本来悩みというのは真面目な人しか発生しないのです。

    人間である以上、迷い~悩み~苦しみ~悲しみと言うものからは逃げることができません。 できない以上は、それらと上手く付き合っていくしかないのですが、精一杯の行動をした上での迷いや悩みであるのなら、失敗してもそれと引き換えに大きな成長を得ることが出来ると思うのです。

    「この世に生まれてきて、生きていること。」 これ自体はとても素晴らしい、生命の誕生として感動すら与えると思うのです。 そのひとりであるあなたならば、感動を呼ぶことができるし、美しい真実を奏でていると思います。

    人は生きていると言う行為自体が美しいのですが、満たされている状態に気付かない人は幸せ自体に気付かないのです。

    真実の瞬間と言うものがあるとすれば、知識や学歴ではなく、出世や支配でもなく、成功や金銭でもないと思うのです。 そういうものが真実と言うのではなく、「全力で生きる。」 与えられた生命を一生懸命に生きる、与えられた力を余す所なく発揮するというのが、生における真実の瞬間であると思うのです。

    私はお客様を拝見させていただく度に、その素晴らしい才能や人生に感動をいただいております。 人生には似たような学校や会社に所属することはありますが、全く同じ人生と言うのはありえないのです。

    その持てる力や秘めたる才能を発揮できずに燻っている姿は、もったいないと思えてきます。 自分が進むべき道や場所を得ることができたなら、人生は転機を迎えたように~水を得た魚のように、活き活きと出来るものなのです。

    マザーテレサの言葉に、「この世で最も悲しいことは、誰にも必要とされないことです。」と言う言葉があります。

    どなたの人生を拝見させていただいた時でも、未来において誰にも必要とされない運命なんかないのですが、誰にも相手にされないような人生を選択することはあります。 私自身が誰にも相手にされない人生を歩いてきたので、いじめや仲間はずれに遭う辛さや苦しさは人一倍わかるのです。

    人の為に自分の持てる力や才能を使うのは、とても良いことだと思います。 その行為における運命の利回りは、目には見えないけれど意外と高いと思います。

    「人助けやボランティアなどは、成功した人がするもの。」 こういう考えがあるのは否定できませんし、余裕がない時に他人の面倒まで見れないと言う気持ちもわかります。 しかし、1ヶ月に500円づつ貯めて1年で6,000円にして、それをどこかに寄付するのは今の日本の経済事情ならば、そんなに難しい事ではありません。

    注:寄付の神様○○さんやN市のIさんと同じレベルのボランティアや寄付は、すぐには無理かもしれませんができないことではないのです。 私の寄付のレベルは、この二人には相当負けているので、まだまだお恥ずかしい限りです。 (救急車を寄付するのは、ちょっと厳しいなぁ~?)

    「自分の力を、他人の為に使うと言うこと。」

    これ自体が、もうすでに成功できている人の生き方だと、私はある意味そう思えるのです。

    自分の持てる力と言うのを難しく考えなくても、今できることや~今持てる力を、使うことができればそれでいいんです。

    時間がある人は、その時間が許す範囲で相手の求めることをすればいい。
    お金がある人は、生活に困らない範囲で気持ちが許す範囲の寄付をすればいい。

    それ以外にも、汗を流して貢献したい人は汗を流す、話が好きなら話し相手になってあげる、個人個人のやり方で貢献できればそれでいいんです。 でも、できるのに何もやらないと言うのが、人としての生き方に一番反するのではないかと思うのです。

    わずかな行動や活動でも、毎日~毎週~毎月~毎年としていけば、もうそれはあなたの心に実力として蓄積されているのです。 人間がこの世に誕生した理由のひとつは、誰かに必要とされているからだと思うのです。

    あなたがこの世に生まれてきたのは、どういう役目があると思いますか?

    p(#^∇°)q ファイトッ

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    気まぐれ。

    運命って気まぐれなのか? 思いやりがあるのか? よくわかりませんが、酷い目や辛い目にあわせるかもしれないけれど、必ずうれしいことや楽しいことも授けてくれます。 それが交互に来るなら良いのですが、連続で悪いことや良いことが起こる為に思い悩んでしまうのかもしれません。

    しかし、運命の優しいところは何かの災難(問題)が起こるということは、それに対する救い(解決策)を差し伸べてくれているところです。

    ただ、一番問題なのは、自分自身のアンテナが錆びていて働かなくなっている時です。 こういう時はチャンスが来ていても見逃してしまうし、活かすことができずにもう一度チャンスがあればと考えてしまうのも、人の嵯峨として仕方がないのです。

    言葉にすれば簡単に思えても、行動を起こさないと壊れてしまう夢はたくさんあります。

    恋愛に例えるならば、「出会っても、進まない」 「出会っても、出会えた喜びを伝えられない」 「大事なことは、心の闇の中にしまっておくだけ」 これでは恋の一歩は始まらないのですが、恋が上手く行かないという人に質問です。

    あなたにとって「恋をするのに一番大切なもの」は、なんだと思いますか?

    人それぞれなので、一概にこうだとは言えないと思うのですが、私が思うのは…。

    それは、「想いを遂げることができた瞬間」です。

    「満足感。」 ついに彼にOKがもらえた! 好きな人に告白された!
    「充実感。」 付き合える、結婚できる、毎日会える。
    「達成感。」 これで願いが叶った、これで一緒に入れる。

    このように思いはさまざまですが、自分の行動により授かる最大の報酬とは、「やり遂げたという事実」だと思うのです。

    お越しくださるお客様の行動力は「素晴らしい」と私はいつも思うのですが、それは本人がやれる範囲で少しづつ進んでいくことが大事だからです。

    例えば、走るという事柄でも「速く走れる人」もいれば、「そうじゃない人」もいる。 しかし、それは短距離向きか、マラソン向きかの差だけで、勝ち負けは余り意味のないことなのです。

    自分にできる範囲でやり遂げて、それで結果が良ければ過ぎ去ったことはどうでもよくなります。

    友人や知人、会社の同僚や学校の同級生、このような身近な人が結婚すると焦るかもしれませんが、それはあくまでその人の人生やその人の運勢なのです。 あなたの人生にはあなたが作るシナリオがあるのだから、それについて不安を持ってはいけません。 結果をハッピーエンドにできるように、物ごとは全て上手く行くように、運命とは自分で切り開けるようになっているのですから…。

    「良い事があるかどうかわからない」と嘆き悲しむよりも、「どんな良い事があるんだろう」と期待してください。

    私は今と言う部分だけを切り取ると事務所移転の必要に迫られていて、ピンチ(危機的状況)かもしれません。 お店や事務所(もしくは家や土地)を探された事がある人はわかると思いますが、そんなに簡単に見つかるものではありません。 業種によっては半年~1年探すのもざらにあります。 (特に占い関係は敬遠されがちで、借りるのは難しいのです。)

    さて、私は無事に事務所の移転ができるのでしょうか?

    答えは、「はい、できると思います。」 これ以外にないのです。 ピンチはチャンスだと思っているので、まず大丈夫です。 霊視カウンセラーが自分の行く先を決められない&見つけられないようでは、お客様に対して申し訳ないのです。 (現在は内装もほぼ終わり、少しづつ引越しをしています。)

    これは別に自信があったわけじゃなくて、運命が私を見捨てないと思っているだけです。 私が事務所を探す場合、如何にして見つけるのか? 探し方やその経緯は11月3日のログに書いてあります。 (ただし、これは普通の占い師の先生とは探し方が違うので、余り参考にはならないかも?)

    私は事務所移転後に、どのようなインテリアにしようか? 最初に来るお客様は誰なのか? こういう感じで楽しいことしか考えていません。 もしも、正しい生き方や人生を送っているのなら運命が見捨てるわけがなく、未来で誰かに必要とされているはずだから大丈夫なのです。

    あなたは自分の未来に、どんな良い事が起こるだろうかと期待できますか?

    。。。。。。。。゛(ノ・o・)ノラッキー!

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    根本的。

    おはようございます。 今週は朝4時起きで新事務所の外回りや内装の掃除をして、西ビルに戻りログを書くという生活が続き、さすがにお昼休みには少し眠気がでてくる感じです。 何とか年内には移転できそうですが、運送屋さんを頼まず自分で少しづつ荷物を運んでいるので筋肉痛気味な毎日です。

    さて、根本的な問題解決と言うのは、その問題の本質を見ていないと見抜くことはできません。 的外れなことや違う方向で解決しようと言うのは、時間の徒労に終わり何の問題解決にもならない場合が多いのです。

    寿命を例にとり、問題の本質と言うことについて考えてみたいと思います。

    人には宿命の寿命と運命の寿命と2つあり、それの増減により寿命が決まってくると思います。 私は過去ひとりだけ寿命をお話したことがありますが、それ以外は全部お答えしていません。 当たる&外れると言う問題ではなく、与えられた寿命を精一杯生きると言う行為をきちんと考えて欲しいからです。

    過去に一度だけ寿命をお話した方は、ボランティア施設を建てる為に残り時間を知っておかないと間に合わないと言う、残り時間が少ない緊急の要件だった時だけです。

    寿命と言えば、自然にお迎えを待つ場合と自らが命を絶つ自殺があります。 1998年以降の日本では毎年3万人以上が自殺を選んでいますが、これに歯止めを掛けるにはどうすればいいかわかりますか?

    子供の自殺を止めないといけない。
    管理職の自殺を止めないといけない。
    自殺サイトがあるから閉鎖しないといけない。

    世論的にはこのような意見や回答が持ち上がると思いますが、これでは自殺はほとんど減らないのです。 人の先入観は怖いもので、TVなどのマスコミ報道があるとついそれを信じてしまいます。

    自殺者数を年代別で言うと、1位は60歳以上なのです。 2位は50代、3位は40代と続いていきますが、自殺者の3分の2以上は中高年なのです。

    次に自殺した方の半数以上が無職なのですが、「中高年+無職=…?」

    これで自殺者が何故1998年以降増えてきたのかと言う理由がお分かりになったと思いますが、1998年と言えば完全失業率が4%を越えた年なのです。

    つまり職がなく生活していけない状態で自殺している人が一番多いと言うのが、表面に出てこない部分なのです。

    これらのことはマスコミ関係者なら理解しているし、防止策を持っている人も大勢いると思います。 しかし、報道になるかと言えば、さまざまな理由によりそれはできないのです。 (簡単に言えば、珍しくないから報道対象にならないと言うことです。)

    基本的に報道と言うのは珍しいことでなければ、話題やニュースにならないのです。 視聴率とスポンサーは切っても切り離せない関係なので、人目を引くことを優先して報道しなければならないのです。 (視聴率がないと、番組は成り立ちません。)

    火事のニュースが、同日の同時刻に2件発生したとします。 その夜のニュースでどちらが報道されるかと言えば「映像がある方」で、どちらの映像もない場合は「インパクトがある方」が優先して報道されます。

    TVや報道関係の人が全部こうではなく、20~30代の人の中には、「こんなことではいけない。」 熱い思いでこう考えている方もたくさんいるのですが、上司の許可が下りず却下される場合も多いのです。 正解とか不正解とか言うのではなく、企業として仕方のない部分もあります。

    このように問題の本質を見る目を養わなければ、きちんと解決することもできないのです。

    今、困っていることは、本当に解決できないのか?
    今、起きている出来事の原因は、本当は何が原因なのか?

    あなたは悩みが発生した時に、本当の原因に気が付いていますか?

    へ(-0-;へ)~~ ツ・カ・レ・タ

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    食品。

    最近は食品の安全性が度々マスコミでも取り上げられるようになりましたが、食の裏側(生産現場)を知ってしまうと、まだまだ氷山の一角かもしれないのです。 今は賞味期限の改ざんなど日数についてばかり目が行っていますが、生産の過程で何が行われているのかにも、目を向けないと本質部分の見落としになります。

    例えば衛生上の問題でも、手を洗うかどうかは生産の現場で任されていることがほとんどで、実際細かい所まで目が行き届くかどうかは別なのです。 仮に経営者が気をつけていても、働いている人全員に目を配るなんて不可能です。 そうなると今度は個人の思想の欠如によるので、雇用する時から気を付ける必要があるという最初の部分に戻るのです。

    私は高校生の時に学費を稼ぐ為にスーパーでアルバイトをしていたのですが、その時も鮮魚部門から野菜果物など全ての部門を回っていたので、色々な知識を得ることもできました。 年末なんかは商戦真っ最中なので、猫の手も借りたいくらいと裏方だけでなく、表に借り出されることもしばしばでした。

    その当時は呼び込みの仕事が恥ずかしくて、冬はクリスマスケーキやチキンの丸焼きなどの呼び込みができずに、よく叱られていました。 そして大晦日が近づくとミカンや柿などの店頭販売で、これまた人の歩く前で声をださないといけない恥ずかしさがあり、自分でもあの時は学費を稼ぐ為に一生懸命だったと思います。

    裏方作業としても色々やりましたが、そのひとつに鮮魚があります。 私は魚をさばくのはなんとも無いのですが、それは魚をおろしてパックにつめて店頭に並べると言うのをしていたからです。 その他にもスーパーで野菜の鮮度を見分けることができるのは、自分が陳列していたのに加えて、野菜を元気に見せかける裏舞台を知っているからです。

    元気がなくなってしおれてきた野菜は捨てるわけではなく、ある液体に30~60分ほどつけておけば、水分補給できてものすごくみずみずしくなり活き活きとして見えます。 ただし、見えるだけで本当に取れたて新鮮野菜かどうかは別ですが…。 (全部のスーパーがしているわけじゃありませんので、勘違いされないように。)

    スーパーの裏側も書き始めると色々ありすぎて、どれから始めようかと迷うくらいです。 服の販売にしても、商品のある部分を見るだけで原価がわかるので、私はつい原価を見てしまいます。 これは知らない方が良いと思うのですが、店頭に並んでいる物の原価がすぐにわかると、これは間違いなく買う意欲が減ります

    注:そのお店のシステムにより、見る場所や掛け率(利益率)は違います。 ちょっとだけ種明かしすると、100円ショップは利益率が高いのでかなり儲かる業種のひとつです。 (注:最近は競合店が増えてきたので、昔ほどは儲かりません。)

    それ以外でもアルバイトをしていると、色々な経験ができるのですが、例えば某○ーナツショップの場合、持ち帰りはできませんが食べるのは良いので、廃棄処分の○ーナツをかじっては捨てかじっては捨てるができます。 ただ、毎日毎日いろんな種類を食べていると、いくら○ーナツが好きでも飽きてきます。

    注:飲食系は、飲み物の利幅が一番大きくて楽です。 次に○ーナツの定番商品の利益が大きく、パイなどは原価率が高いのでお店側としては余り注文して欲しくないのです。

    ちなみに何でこんなに捨てるほど作るかと言うと、お店のイメージとして売り切れはダメと言う規則があり、常に閉店までショーケースに品物があるように本部の指示があります。

    計算ミスやお客様の増減にも寄りますが、新品の○ーナツやパイが1店舗あたり100~200個は捨てられています。 日本全国単位だと凄い量になりますが、アフリカの子供たちやイランイラクの子供たち、難民キャンプで生活していたりストリートチルドレンにならざるを得ない子供たち、この立場にいる子供がこれを見たらどう言うと思いますか?

    他には八つ橋などのお煎餅の工場だと、当然ですが欠けや割れは不良品です。 しかし、不良品とはいえ見た目だけのことなので、欠けたり割れたりしているお煎餅が出るたびに休憩室にもって行き、働いている人のおやつになるのです。 ところが最近は機械の発達によりそんなに不良品が出ない為、おやつは自腹で買うことが多くなっています。

    しかし、不思議なことに同じ工場内でもおやつが少なくなると、何故か不良品が出てくるラインがあるようです。 上層部や設計部の人は、「何でこの機械は不良品が…?」 日夜改善に努めているのですが、原因は別な所にあるのでシステムでは改善できないかも…?

    エコフィード(廃棄食品のリサイクル)などにより無駄なことをなくそうと言う試みは素晴らしいけれど、余剰食品を出さないようにする方が先決だと思うのです。 たくさん作って余れば捨てるなんてもったいないことをして、それでリサイクルに目を向けようなんて本末転倒かもしれません。

    食の安全性が最近言われるようになり、自浄作用が働き清潔で安全な物が食べられるようになるのは良いことです。 自分が食べる物に目を凝らすのは悪いことではなく、問題意識を持つことで自らも向上できると思います。

    あなたは食における安全性やありがたみについて、考えたことはありますか?

    アイビーム!(ノ☆_☆)‥‥…☆☆☆☆ビビビィー!

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    気付く。

    自分の力を試せることを何かしたいと思うのは自分の心に渇きがあり、それを満たす為には今のままではダメだ気付いた時です。 その悩みを抱えているお客様を拝見させていただく場合は、ついつい力が入ってしまいます。

    海外でボランティアをしている人達が、物事を教えるので一番大事にしているのは、自分達でできるようにするという点です。 自分で道筋を見出すことができれば、それは自分で動き出す力を身につけることができたからです。

    仮に井戸を掘るとして、井戸を掘って水が出るようにしてあげるだけなら、今の日本人の技術力なら簡単な事ですが、それでは日本人の援助がなくなった時にどうにもなりません。 また、いつまでもそこだけにボランティアの人がずっと居るわけにもいきません。

    それよりは、井戸の掘り方やメンテナンスを教えて、故障した時や井戸が枯れた時に自分達で対処できるようにしてあげる必要があるのです。

    「いいことないかなぁ~!?」 これは誰しも思うでしょうが、いいことを起こすヒントとは日常の生活の中に一杯隠れています。 ただ、それに気付くか?気付かないか? それだけのことなのです。

    気付くと言うのはものすごく重要な事なのですが、わかりやすく説明すると…?

    今現在のあなたが年収1億円でないならば、それは実際に年収1億円の人と行動や考え方など何かが違います。 平均的年収の人は、平均的な行動や考え方をしているから、平均的年収だと思うのです。 年収1億円の人と自分では、どこが違うのかを良く見て、それと同じ真似をする事である程度は近づけます。

    最初は真似で良いから、とにかく年収1億円の人ならば、どういう行動をしているのだろうと、勉強しても良いし研究しても良いのです。

    成功のパターンはひとつではないので、億万長者の人が全員同じ行動と言うことはありませんが、まず考えると言う事に意味があるのです。 何かの問題や悩みにぶつかった時に、「もしも、年収1億円の人なら、どういう解決方法があるのだろう?」 このように自分が年収1億円の人になったと考えて、自問自答してみるのです。

    何かについて自問自答するというのは、自然と考える癖をつけることになります。 そして考えるたびに、その回答が正解でも不正解でも人生における栄養として、あなたを大きく成長させてくれると思います。

    運が良い人と言うのは、第一条件として素直と言うのが挙げられますが、「そんなことしても無駄だ。」といってやらない人が、幸せになれることはありません。 「騙されたと思ってやってみよう。」 こういう自然な思いを持つ人の方が、運命の神様も応援しがいがあると思うのです。

    頭の中で思うだけで、その思いが自動的に相手に伝わるなんていうのは、残念ながらおとぎ話でしかありえません。 しかし、自分の人生を自分の思いで変えるというのは、自分の未来だからできることなのです。

    自分の思いが日常の行動を作るので、面倒くさいと思えばやらないけれど、楽しいと思えばすぐにやる。 思いが自分の行動をどれだけ作り上げているのかと言えば、ほぼ全部の行動が自分の潜在意識の中にあると思います。

    実際問題、この世で成功することと学歴はほとんど関係ありません。 もしも、学歴がすべてと言うのなら、学校の先生や銀行員の方が商売を立ち上げたら、成功例ばかりになります。 残念ながら、学校の先生や銀行員の人が商売をしても失敗例の方が多いというのが現実です。

    学校の勉強(成績)ができる(良い)というのと、社会で成功すると言うのは別物なのです。

    注:余計な話ですが、私の学生時代(小中高)の成績は、順位は常に最下位(60人中60番など)で、通知表の評価は全て最低(5段階評価&10段階でオール1など)でした。 点数でいうなら0点とまでは言いませんが、30点とか20点とか低い点数ばかりで、60点以上取ることはありませんでした。

    もしも、あなたがどこかにたどり着きたいと思うのならば、今居る場所から移動しなければなりません。 同じ場所にとどまると言うのは、変わらない~もしくは後退を意味するだけで、決して成功とは言えないのです。

    あなたは今居る場所から、動き始めることができますか?

    ф~ \(ε ̄\)~~~~~

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    返事。

    「聞くのが怖い。」 相手に対して返事が欲しいのだけれど、その返事を聞いてしまうと何かが変わるかもしれない…。

    聞くのが怖いと言うのを一番身近に感じるのは、恋する気持ちを確かめる時かもしれません。 相手に対する恋の想いを伝えた時に、返事が欲しくてたまらないけれど、聞いてしまうと関係が終わってしまうかもしれない。 その為に友達以上~恋人未満で我慢して、できる恋かも知れないけれど、できない恋のままで終わらせてしまう。

    子供じゃないんだから~大人なんだから~、こう自分に言い聞かせて心の叫びと共に、彼の前にいつも立っている自分を、本当はどう思えばいいのかわからなくなるのが、恋の難しいところなのです。

    友達でいられるなら関係は壊れないけれど、それ以上進むことはない。
    友達でいられない関係は壊れるかもしれないけれど、恋が始まるかもしれない。

    生きている限り、誰かを好きになる気持ちと言うのは抑えられません。 自分の道を突き進むのは苦しいけれど、恋のチャンスは苦しさの中に生まれてくるから、複雑な関係はパズルを解くようなわけには行かないのです。

    会社帰りにアナタと偶然一緒になり、駅までの道程を二人で歩いていると、「このまま駅に着かなければいいのに…。」と思ってしまうかもしれない。 駅に着いたら着いたで、「彼が乗る電車が来なければ、もっともっと話していられるのに…。」と考えてしまうかもしれない。

    心が感じることを身体に伝えることができたなら、指が動いて~手が動いて~身体が動いたかもしれない。

    あのね、普段のわたしは笑顔でウキウキはしゃぐようなオンナじゃないの。 本当はね、はしゃぐ気なんかなかったけれど、アナタと歩いていると心が嬉しくて、何故だかはしゃいでしまうの。

    「好きな気持ちを伝える勇気は、まだない。」 アナタの瞳の中にわたしが写っているのなら、その存在に対して勇気が出たかもしれない。 だけど、わたしの姿はアナタにとって、まだ景色の一部でしかないんだよね。

    想いを伝えたい、叶えたい。
    出会いを偶然じゃなく、必然にしていきたい。
    現実と理想は違うし、その間にあるものは希望しかない。

    アナタのヒトコトがあれば、わたしの人生は変わるかもしれないのに、そのヒトコトはまだ言ってもらえない。 アナタに恋する気持ちは誰にも負けないのに、恋に気持ちの強さは関係ないのかな?

    駅で見送る時にね、わたしは鈍感なふりをするしかなかったの。 聞こえない~気付かない~傷つかない、自分を嘘で防御しなければ、あなたを見送るのが辛い。

    偶然出会ったのはあの日だけで、あれから前と変わらぬ日々を淡々と過ごしているだけ。 あなたがいないだけで、他は何も変わらないまま今日も一日が過ぎていく。 駅で見送る時に、「いつか、また会えたらイイね。」 あぁ言ったけれど、あれはウソ。

    本当は、「今すぐに会いたい。」

    アナタが今、何をしているのか気になるし、何を考えているのかも気になります。
    わたしは今、アナタのことを考えています、想っています。

    「あぁ~あ。 あの時にちゃんと聞いとけば良かったなぁ?」 1ヶ月たった今でも偶然の出会いの時を思い出してしまうのは、あきらめきれないから…。

    問いかけと返事は、裏と表なのです。 どちらかひとつだけでは成り立たないし、どちらが欠けてもそれは不完全燃焼になってしまうのです。 返事を聞くのが怖い気持ちはわかるけれど、聞かなければ前に進めないのは恋だけでなく人生のルールでもあるのです。

    忘れられない、いつまでも心に住み続ける思い出。 それは取り戻せない時間の中に埋もれたままで、いつまでたっても掘り出せない宝物。 開けてみないと中に何が入っているのかわからないけど、開けてしまうとタネがわかってしまう恋のマジック。

    自分の気持ちに対する返事を聞くのは、大人の恋を味わっている証拠なのです。

    あなたは恋のカクテルを、大人として味わっていますか?

    。。。ρ(-ω- ) イジイジ

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    リテラシー。

    リテラシーと言うのは現代社会においては重要なヒトコトなのですが、これは読み書き能力を表します。

    時代の流れもあり、今はネットやTVなどで情報だけなら無数に集めることができます。 しかし、それらの情報については有効なものか無効なものかと言う、正否の判断がつきづらいと言う側面も出てきました。

    人の心理として、後光効果とも言うべき「知名度の高い人の話は大丈夫」とか、「ここの会社は有名だから大丈夫」などと言う、言葉の魔力やマスメディアの力に弱い所があります。 情報や選択肢が多いということは、迷ってしまうことが多いとか、選べるがゆえにどれを選んで良いのかわからなくなると言う自己矛盾も発生します。

    しかし、いくら情報を手に入れることができても、その中には正しいものもあれば正しくないものもあり、どうして良いのか取り捨てができない場合もあります。

    例えば、カレーライスの写真や画像を見ても、体験や記憶により辛いとはわかります。 しかし、それがどのような辛さなのかまではわかりませんから、その先は想像になります。 ほんのり辛いのか、ものすごく辛いのか、どちらにせよ辛いと言う以外は、あくまで想像の域を出ないのです。

    リテラシーとは、正否の判断をより正確にしてくれるものであり、自分の意識改善や努力でできる分野なのです。

    誤解と言うのは、自分の伝えたいことを相手が受け止められなかった場合に起こると考えがちですが、自分も相手の言うことを理解せずにいることが多々あるのです。 相手の話をキチンとリテラシーできないままに受け答えをすると、当然ですが中身はチンプンカンプンと言うことにもなります。

    そうなると誤解が誤解を生み、取り返しのつかないレベルまで行ってしまいます。

    日本の書店は減る一方なのですが、店舗数は減っても大型店舗ができている為に、書店の面積で言うとそうでもないのです。 若い人は本を読まないと言う人がいるけれど、本屋に行って見ると買う買わないは別にして、やはり人はいるのです。

    本を読む習慣は小さい時に身に着けないといけないのは事実ですが、じゃあ大人になってからでは無理なのかと言うと、本人の意思でどうにでもなるのです。 ただ、その意思を呼び覚ますのが一苦労で、ナカナカ目覚めにくくなっている点は仕方がないのです。

    リテラシーを身に着けて、その上で意識が勉強に向いたなら、信じられない吸収力が身についていると思います。 筋肉を鍛えるのには限界があり、骨量との関係でこれ以上は無理と言う限界があります。 しかし、人の脳細胞はいくらでも鍛えられますから、年を取ると忘れっぽくなると言うのは嘘で、使わないから退化して忘れていくと言うのが正しいのです。

    年齢で脳の実力が決まるわけではなく、使うか使わないかと言う刺激の問題です。

    ギターの神様、エリック・クラプトンは若かりし頃から、自分が今するべき事をちゃんとできるだけの意志を持っていました。

    クラプトンがセミプロの時から心がけていたのは、今しなければならないことを認識すると言う点です。 いつものことですが、演奏終了後には「飲みに行こう」と仲間から誘われるのが常でした。 日本でも付き合いと言う言葉で、赤ちょうちんで一杯と言うのも珍しくありません。

    しかし、クラプトンはこう答えました。

    「飲みたいのは山々だけど、今日うまく引けなかった曲を今から練習するんだ。 一流のギタリストになる為に今の僕がしなければならないことは、酒を飲むことではなくギターの練習をすることなんだ。」

    いくら素晴らしい夢があっても、それが欲望に負けるようでは実現は難しいのです。

    欲望が勝てば、夢への実現は遠くなります。
    願望が勝てば、夢への距離は近くなります。

    あなたは、どちらの力が勝っていますか?

    どろん!!|ω-)  |-)  |) ※パッ

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    一番。

    「君子危うきに近寄らず。」と言う言葉がありますが、私が悪い事を基本的に言わないのは、何も悪い未来を選ばなくても良いと考えているからです。

    人生は決まっているわけではないので、悪い未来と良い未来があれば、良い方を選ぶ方が幸せになれると思います。 面白い事に自分が今ある状態の方へ、ついつい流されてしまうと言うのが「判断の誤り」となります。 自分ではそれを悪い選択だと思わずに選んでしまうのですが、周りから見るとなんでこんな選択をしてしまうのかと首をかしげる場合があります。

    人には常に選択肢がある代わりに、決定権は自分にゆだねられています。 その決定権を使えるにもかかわらず、進むべき道を間違えてしまうのは勿体無いと思うのです。

    決定したい事柄に対してきちんとした判断が、自分の心の声にかき消されてしまうのは、欲とか~情とか~感情の問題なのです。

    夢でも目標でもやりたい事は、一度しかない人生だからチャレンジするべきなのです。 このログを読んでいる人の心の中には、優しさと勇気が備わっていると思います。 今のままでは駄目だから何か自分にできることを始めたいと言う、熱い思いが眠っている素晴らしい人なのです。

    始めようと考えるあなたもいれば、もう終わりでこれ以上は無理だ考えるあなたもいます。

    やろうと決断して前に進み始めると、急に怖くなったり~大丈夫かと心配になるかもしれません。 しかし、運命はあなたのチャレンジに拍手することはあっても、足を引っ張っるなんて余りしません。

    世の中は常に変化していくものですが、その変化の中で変わらないものがあります。 それがなんなのかを見極めることが自分の理念や信条となり、周りに対して自分と言う個性を認識させた時が本当の独り立ちした瞬間なのです。

    私がここでも度々、ライバル不要論や過去の成功体験の不要論を述べているのは、自分の成長を妨げるだけだからです。

    ライバルの動向に目が行くのは、その人しか見ていない狭い視野を確立させてしまいます。 過去の成功体験を覚えているのは、いつまで経っても良い思いをした過去の時間に現実逃避をしてしまうからです。

    苦労した人の言葉に真実味があるのは、自分の辛い思いを相手にさせたくないと言う、思いやりや優しさがある為なのです。

    自分が先駆者となるのは勇気がいりますが、それは誰も踏みしめていない雪の上に自分の足跡を残すと言う、心地良さもあるものなのです。 自分の足跡以外に何もないというのは、紛れもなくあなたが一番であり~最初にやったと言う証明なのです。

    自分が残した足跡を真似されるくらいに登り詰めたなら、もうあなたがその分野では第一人者です。

    真似をされるのは余り気持ちの良いものではないのですが、オリジナルを作り上げた自信と技術と経験などは揺るぎません。 短期的には真似をした方が得をする場合があるかもしれないけれど、長期的には真似をされる方が得をするのです。 いくらきちんと模倣してみても、オリジナルでないと言うのが後々尾を引くのです。

    それよりも、むしろ真似をしたいと思わせるような自分になれば、一流の証なのです。 (誰もが真似したいと思うからこそ、魅力があると考えてくださいね。)

    例えば? HPには著作権がありどこも厳しく流用を禁じているのですが、私はそうでもありません。 このログを流用してもらうことでより多くの人々の目に触れて、読んだ誰かの心が元気になるのであれば、いくら流用されても人の役に立っているからイイと思っています。

    このHPをリンクしていただけるのならそれでいいし、HPの内容を模倣されてもうるさく言うことはないので、自由度が高い方だと思います。 ログを使用すると言う連絡くらいはあればと思いますが、それもまたその人の自由なのでいいんです。

    このログをコピーしておいて、落ち込んだ時に電車や会社で取り出して読み、少しでも心が元気になれば、その方が私は嬉しいのです。

    あなたは誰かに真似されるくらいの、魅力を発揮していますか?

    (-.-)Zzz・・・(°_°) ぱちっ \(o ̄∇ ̄o)/ふぁ~

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    心の花。

    おはようございます。 今日は月曜なので新たな気持ちで仕事に迎えたら、今日から1週間という時間を有意義に過ごせるかもしれません。 その為にも自分の心に誇りを持たせて、すがすがしい生き方をできればいいと思うのです。

    あなたの心にはきれいな花が咲くのですが、その花はあなたがいる場所にしか咲かないあなただけの花なのです。

    そしてその花の色は、あなたの人生の歩む道の通りに咲きほこるのです。 黒い考えを持っていたなら黒い色に、白い考えを持っていたなら白い色になります。

    未来に漠然とした不安が沸き起こる時がありますが、それはあなたが前進しようと決めた瞬間でもあります。 物事には行き詰まりと言うのがあるから、進歩もあるのです。 何かをしていて壁にぶつかると、もう駄目だと思ったりあきらめようかと考えたりします。

    しかし、それが上手く行かなくても他の何かが上手く行く前兆だと捉えて、Aと言う方法が駄目ならBと言う方法に切り替えろと言う暗示だと思えば良いのです。

    「したいことが~やりたいことが~、見つからない。」

    これは確かにそうだと思いますが、親に食べさせてもらっている○ートの人が言う言葉ではありません。 自分でチャレンジして壁にぶつかり、それを乗り越える為に休息している状態の人が言う言葉なのです。 休息とは何もしていない状態ではなく、新たに何かを始めようと考えている状態だと思ってくださいね。

    この世で一番強い状態と言うのは、どんな時でもあきらめずに自分の力で立っている人のことを指します。

    私はお客様の未来を見た時に立っている姿が素晴らしい輝きと共にあると考えて、明るい未来を視るようにしています。 できないことがあったり無理なように見えることが出てきたなら、それはできると言うことの裏返しです。 人は空を飛びたいと思ったけれど自力では無理だった。

    しかし、ハンググライダーや飛行機により不可能を可能にして、できないことに対する挑戦を人類は続けているのです。

    人生とは自転車を漕ぐのに似ていて、あなたがペダルを踏むのをやめない限りは、倒れることはありません。

    人の未来には個人個人の色々な選択肢があり、それの中から自分の生きるべき道を探し出して、悲しんだり喜んだりするのです。 そしてその過程においては、人の成功を妬んだり羨んだりせずに祝福してあげることが必要だと思うのです。

    運命の神様は、誰かの幸せを共に喜んで上げることができる人を、幸運にしたいと思うのです。 「おめでとう」などあらたまらなくても、「凄いね!」「素敵だね!」このようなヒトコトがあれば、相手は喜びが倍増するはずです。

    言葉は私たちが生きていく中で生活に影響を与える、とても重要なものだと思います。 言葉にはどうしても感情が移入されるので、言葉と感情は密接につながり切り離せないものなのです。 言葉を発するたびに心や身体に影響を与えて、そのうち自分自身の人生にまで影響を及ぼすことがあるのです。

    自分の発した言葉により相手を傷つけた場合は、自分の傷つく覚悟が必要なのです。 しかし、自分の発する言葉で相手の心をときめかせたり喜ばせたなら、今度は自分がトキメキを感じれる状態で言葉が戻ってくると思うのです。

    いつだって、不運な状態を逆転するのは幸運な出来事ではなく、行動する自分によって逆転するのです。 自分に実力がないと未来や夢をあきらめなくても、自分に足りない物を知ることにより、新たな自分を作り上げることができると思うのです。

    「たまたま、あれが駄目だったから今の自分はこうだけど、上手く行きさえすれば…。」 これを繰り返していると、先へ進むどころか後退してしまいます。 自分の実力の足りない所は自分の実力を教えてくれているのですから、それを基準に更なる向上を求めたならあなたの未来は違ってくると思います。

    失敗と上手に付き合っていく為には、どうにもならないことではなく、今の自分にコントロールできることに集中するしかないのです。

    あなたの心はどうコントロールすれば、何色に咲くと思いますか?

    アリガト♪(*'-^)‐☆パチン

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    日曜日ですね。

    今日は日曜日なので、お休みの人は英気を養ってお仕事に備えてくださいね。 ここ最近の私は現事務所と新事務所の往復で、鑑定の合間に内装工事の打ち合わせに行ったり、大工さんにコーヒーを出しに行ったりして、鑑定はヒマなのですが所用の方が忙しいです。 (新事務所は現事務所より、徒歩3分くらいです。)

    今度の事務所は出入り口が2ヶ所あるので、他のお客様と顔を合わせなくても退出が可能になりました。 新しい事務所の場所(地図)は、内装工事や電話線の工事などが完了したら載せたいと思います。 (NEW地図も、白石さんにお願いしています。)

    私の場合、移転は急展開でも場所や内装はあらかじめ視ていたのと、出ることになるとわかっていたからスムーズに行くだけです。 普通、未来と言うのは予測のつかないもので、いつどうなるかわからないから未来なのです。 しかし、だからと言って動けないのであれば、チャンスを逃してしまうかもしれません。

    霊視で未来を視た時に、その通りになる人とそうならない人の違いと言えば、あると言えばあります。 それは個人の行動によるので私がどうこうは言えないのですが、11月にお店を出す予定ですと言っても、11月の人もいれば12月の人もいます。

    運命は常に変化しているので今日は右に行く予定でも、明日になると左に行かざるを得ない状態が起きたりします。 その時の選択肢で真っ直ぐに進む人や右に行く人や左に行く人など、ここで選択が千差万別なのです。

    運命はいたずら好きでうまく行き始めると足を引っ張るし、落ち込んだりうまく行かない時は助けてくれる。 人生を歩んでいると、これを感じたことのある人は結構いると思います。

    未来予想図と言うのは、良いように書けば良い方向へ行くし、悪いように書けば悪い方へ行く。 自分が思い描かないことはそんなに起きないのですが、人はつい潜在意識の中で失敗している自分やミスをして窮地に陥っている自分をふと頭がよぎることがあります。

    私を例にとると、「父親の借金が、またいつか来るぞ?」 これを想像しないように~考えないようにとしていても、ふといつ来るだろうかとヒマな時などに考えてしまい、そして潜在意識に書き込んでしまうのです。

    潜在意識は良いことと悪いことの区別はつきませんし、現実か空想かも判別できません。 自分にとって良いことを考えて、夢や目標をドンドンと想像するのは潜在意識を動かすのに、とても良い事なのです。

    私自身も凹んだり落ち込んだりすることは山のようにありますし、うまく行かないと思うことも1年通して言うと無数にあります。 そういう時こそうまく行った自分を想像したり、うまく行っている自分を考えて、夢や希望を優先させるべきなのです。

    私は今の時期だと来年の自分はどうなっているかを時々視ていますが、来年は出張が増えたら良いなぁと思います。 365日事務所のみだと、たまには別な景色を見てみたくなります。 (霊視で色々な景色を見るのと、実際に目で見るのとでは違います。)

    東京は今までのように時々出張しますが、それ以外にも次の候補地として大阪や名古屋を考えております。 この2地区については、「ウチを使えばイイよ。」とお声掛けくださっているお客様が2人いらっしゃるので、「どうしよう?」と思案中です。

    今までは公共の場所(会議室や応接室など)をお借りしていましたが、「そういう場所でなくてもイイよ。」と霊視希望のお客様が言われるなら、来年より東海地区と近畿地区の出張はすぐに開始できます。 (また、ご意見を聞かせていただければ幸いです。)

    凹んだ時や落ち込んだ時、つまり元気の無い時には自然とうつむいてしまいます。 しかし、うつむいたとしても足元に成功が見えたなら、再び元気に歩いていけると思います。 その為にも、自分の未来においては「良いことがある!」 こう想像して楽しい気分になるだけでも、少しは心が元気になると思うのです。

    私はお客様がうつむいた時に、再び元気になれるお手伝いができればと思いながら、霊視カウンセリングをしています。

    霊視は絶対ではなく、見当違いの視え方や間違った指南をしてしまうこともあると思います。 それでも希望となる一筋の光が少しでも見えたなら、あなたにとって役立つツールになるかもしれないのです。 楽をするお手伝いはできませんが、明るい未来へ進むお手伝いはできます。

    私はお客様に目の前にある選択肢を、どう選んでいくのかまで強制はできません。 未来の選択肢をお話しすることで、あなたの可能性が広がり判断する材料になればと思うのです。 あなたの選択のお手伝いができることが、私にとって何より嬉しいことなのです。

    あなたにとって霊視カウンセリングとは、未来へのナビとなることができるでしょうか?

    キク~ (~o~ )qq(^^ ) ツボ刺激

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    病気~乳癌編。

    病気に関しては医師や病院の領域で、アヤシイ?霊視カウンセラーの出番はないと思っています。 同じくスピリチュアルもヒーリングも、患者様に対して余計な言葉や不安を与えるようなことを言ってはいけません。 医学知識&医師免許のない者が興味本位でデタラメなことを言って、もしも助かる道を踏み外したらとんでもないことです。

    注:霊視で腫瘍が悪性か良性かの判別はできますが、医師でもない人達が根拠も無しに断定するのは問題だと思うのです。

    年齢を重ねると癌検診などが増えてきますが、そのひとつに乳癌と言うのがあります。

    乳癌は女性の病気と思われがちですが、実は男性もかかります。 全体の割合で言うと2~3%くらいですが、男性も検診をする必要がある人もいます。 乳房の主な構成物質は脂肪層と乳腺と皮膚ですが、それらの部位にできる腫瘍を一般的に乳癌と言います。

    癌は英語で「キャンサー」&ドイツ語で「クレブス」と言いますが、これらを日本語に直訳するとカニになります。 どうしてがんをカニと表現するかと言うと、乳癌がその語源になっています。

    胃癌や大腸癌やすい臓癌など、内臓にできる癌は外観からは見ることが出来ません。 しかし、乳癌だけは乳腺でも脂肪層でも、がんに侵されるとその外観を乳房に見ることができます。 そしてその形態がカニに見えるところからキャンサーやクレブスと呼ばれるようになったと言われています。

    日本人の乳癌にかかる確率は増加の一途をたどり、癌の中でもベスト5に入るくらいになっています。 約30人に1人の割合でかかると言われていますが、自分で胸部や乳房をチェックしたり、マンモグラフィなどの検査を受けることで早期発見できるので、治癒の可能性が高い病気でもあります。 (乳癌にかかる人はあることをしている人に多いのですが、医学的に証明されていないので書けません。)

    ここでマンモグラフィの説明をすると、マンモは「胸や乳房」を意味して、グラフィは「画法や書法」と言う意味になります。 そしてこの2つの意味が結合することにより、日本語では「乳房レントゲン(Ⅹ線)撮影法」と訳されます。 簡単に言うと、乳房のレントゲンと言うことです。

    乳房は脂肪と乳腺でできているので、それを上下から挟んで均一の厚さにして、レントゲン撮影を行うのです。 そうすると、脂肪組織は黒く写り、乳腺は白く写ります。 若い時は乳腺が多いので、年齢の若い人の乳房は白いレントゲン写真となります。 

    そして、その乳腺よりも白く写った物が腫瘍部分となります。 歳を取るほどレントゲン写真が黒くなる為に発見しやすく、黒い中に白い物があれば40代以降なら乳癌の疑いありと思って詳しく検査をする方が安全です。 なお、悪性でも良性でも両方とも白く移りますが、その形状が違う為に判別できます。 (ただし、その医師の技術や知識にもよります。)

    そして検査により乳癌だとわかると、その腫瘍を取り除かなければならないのですが、これまでは乳房全体を切り取ると言う方法が一般的でした。 しかし、患者様の精神的負担を考えるとそれは女性として耐え難いもので、今の医学技術では乳房を温存しながら乳房の中の腫瘍部分だけを取り除く方法が考えられています。

    メスを入れる手術の場合は、乳房内の腫瘍部分だけを切除して放射線により治癒させる方法と、乳房の4分の1程度を切除して放射線を当てない方法が行われていました。 それでも乳房に傷が残ると言うことで、最近では「内視鏡手術」が適用されるようになっています。 (ただし、内視鏡でなくとも、充分な形成技術がある病院も多いです。)

    注:私は乳癌に関しては○○○○病院が良いと思うのですが、病院トップの許可が出ていないので伏せ字にしてあります。 (ドクター本人の許可は取ってありますが、アヤシイ?霊視カウンセラーのHPに載せるのは問題らしい?)

    内視鏡手術の場合、脇の下など目立たない場所から直径5ミリ程度のマジックハンドを乳房の中に入れて腫瘍部分を取り除く為、傷も目立たず痛みも少ないと言う利点があります。 しかも、メスを入れない為に乳房の見た目はほとんど以前と変わらない為、手術方法としてはお勧めです。

    最後に、現役医師&医師を目指す人に、お願いしたいことがあります。

    乳癌を治して命を救うだけなら、今の医学技術ならそう難しい事ではありません。 しかし、乳癌の場合は命を救うだけでは不完全で、乳房を取らないで治すと言うことを考えて欲しいのです。 患者様の精神的苦痛を考えたなら簡単に切除する術式を選ばずに、どうやれば「乳房を残して腫瘍を除去」できるかを考えて欲しいと思います。

    あなたは自分の身体を、どれだけ気遣うことができますか?

    (^-^ 】ゝはいはい--------ロ(^_^ )もしもし

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    ポルターガイスト。

    ポルターガイストと言う言葉を聞いたことがあると思いますが、ポルターガイストとはドイツ語で騒がしい霊と言う意味です。

    特定の建物内において、その中にいる人のうち誰も手を触れないのに、日用品や家具などが移動するものですが、住人が就寝中に移動することが多いです。 時には住人の目の前でその現象が起こることもあり、電気製品の増えている現代ではリモコンなどの遠隔操作のための機器に触れなくてもスイッチが入るなどの例が増えています。

    それ以外にも誰もいないのに音が聞こえると言う、「ラップ現象」もこの中に入るとされています。 ただし、音に関しては録音しない限りは正確さの度合いが不透明で、研究者によってはポルターガイストとは別の現象とされることもあります。

    ポルターガイストについては霊的な現象だとして小説や映画にもなっていますが、多くの現象のうちほとんどについては解明されて説明がつけられています。

    作為的な原因としては、作り話が代表的です。 世間話としてしているうちに引っ込みがつかなくなり、本当として話し続けざるを得なくなったなどがあります。 その他にも、食器などの軽い物が飛ぶ現象については、子供や第一発見者などが自ら引き起こしたものであるのが、隠しカメラなどにより確認されています。 (ただし、全部が全部ではありません。)

    また、ラップ現象については有名なのが19世紀におきたフォックス姉妹の事例がありますが、これは関節を鳴らしてラップ音に見せかけていたと言う話です。 最初はいたずら気分でも、事が大きくなり利権まで絡むと後には戻れません。

    これに付随することではありますが、ポルターガイスト現象は思春期の子供や情緒不安定な状態の人がいる場合に起こりやすいという超心理学の知見と一致しています。

    他にも振動現象などは解明できることが多いのですが、例えばアパートやマンションなので起こる振動現象については、一定のリズムで起こることが多いです。 実はそれが糸口となり解明できるのですが、あるアパートでのポルターガイスト現象は人気TV番組が引き起こしていたと言う事実があります。

    つまり、その番組は視聴率がよくアパートの住人のほとんどがその番組を見ていた為に、その番組がCMになると一斉にトイレに行きます。 そうなるとほとんどの部屋がほぼ同時刻にトイレを使う為に、水が流れる振動が共鳴して建物全体を動かすようになったと言うわけです。

    「トイレの水ぐらいで、そんな風になるの?」 こう思う人もいるでしょうが、平成の時代の節水式水洗トイレは別として、昔の水洗トイレは20~30リットルの水を1回ごとに使うのは当たり前でした。 昔は大と小に分かれていない為に、ドンドン水を使いまくっていたのです。

    地下に空洞が多い地域やマンホールが多い地域も、ポルターガイスト現象が起きやすいのは共鳴(共振)が原因なのです。 地下の下水道が多い地域の上を車がひっきりなしに走ると、その近隣の住宅にはポルターガイスト現象が起きるのですが、条件が偶然であれ満たされたなら「地の底ならうなるような声」として聞こえる場合もあります。

    それ以外だと、工場の機械や装置が発生させる低周波などもあり、人の聴覚では捉えきれない音が引き起こす場合も多いのです。 これがコップに入った水の表面を、細かく揺らしたりします。

    また、不法無線機による高出力電磁波により、ナイロン製の人形の髪や金糸でできた作品などが、小さな火花のスパークにより自然発火現象と間違えられたこともあります。 リモコンが自動的にスイッチが入ったり、チャンネルが自動的に変わるのもこれと同様のケースが多いです。

    以上、簡単にポルターガイスト現象について書きましたが、全部が全部こういうわけではなく、説明のつかない不思議なものもたくさんあります。 (ただし、大半のポルターガイスト現象は説明できてしまうのです。)

    このポルターガイスト現象のラップ音についてN市のIさんと話したことがありますが、「コンクリ内で鉄筋がしなると、ピキッと音がしてラップ音に聞こえますよね?」みたいな話になったのですが、建設現場で働いているとラップ音が良く聞こえます。(苦笑)

    今日は珍しく霊視に関係する内容でしたが、もしも知りたい事があれば、霊視的~物理学的など、色々な面から書いてみたいと思います。 (知りたい分野の事があれば、お気軽にリクエストしてくださいね。)

    あなたは惑わされずに真偽の程を、見極めることができますか?

    ☆ミ(ノ^^)ノ ピョン♪

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    恋の問いかけ。

    このままでいいかどうかの問いかけは、自分の心に嘘をつかずに生きていく為には、とても必要なことかもしれません。

    例えば、あなたに今好きな人がいて、思いを伝えたいけれど伝えることができない。 このままでは彼と会えなくなるかもしれない、そういう危機感の元に何か行動しようとしても動けない。

    恋をしている時には積極的な恋と消極的な恋の二つが心の中を駆け巡りながら、相手との距離を縮めていくしかないのです。

    この想いを、伝えたい。
    この想いは、胸の中にしまっておく。

    どちらにするかは、あなた自身が決めることです。

    でも、その想いを無駄にしてはいけないと思うのです。 好きだった彼に想いを伝えないままで良い想い出になるのならそれでいいけれど、伝えることで好きだった証になるのなら、それもまた素敵な恋の1ページだと思うのです。

    素敵な恋をしたいのなら、ひとつ守らないといけないルールがあります。 でも、逆に考えるなら、たった一つのルールを守るだけで素敵な恋ができる自分になれるかもしれないのです。

    「自分の気持ちを疑わない。」

    伝えたいけれど伝えられない想いの裏側には、自分の気持ちに対する疑いがあるから、伝えられないと言う真実が隠れていることに気付かないといけないのです。

    幸せになりたいのなら、その幸せの隠れている部分を掘り起こして、きれいに掃除してあげてピカピカに磨き上げることで幸せが輝き始めるのです。

    好きと言う素敵な気持ちを相手に伝えてあげることで、相手が嫌な気分になることはありません。 誰かに好きと言われて嫌な気持ちになるのなら、それは余程の変わり者で対象外だと考えてください。

    好きになった人に、彼女がいるかもしれないし、奥様がいるかもしれない。 そういう場合に告白するのは恋のマナー違反であり、して良いことと悪い事があるのは大人ならばわかるはずです。

    小さな恋の物語はいつでもどこでも発生するのですが、想いを伝えたいけれど伝えられないから、この恋は終わりだなと思う前に少し考えてみて欲しいことがあります。

    あなたが好きで好きでたまらない相手がいて、その彼があなたの方を向いてくれないと言うのは悲しくてつらいことかもしれません。 しかし、彼が誰を好きかと言うことは彼の気持ちであり、あなたの気持ちではありません。

    相手が誰を好きかと言うのは、相手の気持ち。
    あなたが彼を好きだと言うのは、あなたの気持ち。

    好きと言う言葉や想いをあげるだけでも、それは素敵な恋物語だと思います。

    仮に告白してふられたとしても、告白した自分に勇気と誇りを持てるような時は来ます。 そしてその経験を財産として活かす為にも、次の恋で再び心がトキメキはじめるのです。

    人生における未来像と言うのは、刻一刻と変わり続けて1秒たりとも同じ状態ではありません。 その未来において確実なことなどは神様以外に得ることは出来ないのですから、今を一生懸命に生きないといけないのです。

    明日、この世にいない確率は、どんな人でもゼロではありません。 極端な例ではありますが、明日確実に生きていられる保証など無いのです。

    「恋愛は惚れた方が負け」と言う言葉がありますが、アヤシイ?霊視カウンセラーとしては「恋愛はサボった方が負け。」とも思うのです。

    例えば? 電話しても留守電ばかりでつながらないなら、つながるまで掛ける。 それで離れた糸をもう一度手繰り寄せることができたのなら、彼との恋の一歩が始まるかもしれないのです。

    今あなたがしている恋は、他でもないあなた自身の恋なのです。 あなたがサボらずに努力しないのなら、どうしてその恋が叶うと言えるのでしょう。

    あなたが誰を好きになっても、その気持ちが本物ならそれでいいと思いませんか?

    おお!~~~(/ ̄▽)/\(▽ ̄\)~~~仲間じゃぁ♪

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    運命の流れ。

    人は困難にぶつかった時に、思わず後ずさりしてしまうかもしれないけれど、同じ一歩動くのなら後ずさりよりも前に進んでみるのも良いと思うのです。

    人の気力は気力で作るような部分もあり、むりやり元気を出していればやがて元気になるのもまた真実なのです。 しかし、これは裏返せばひとつのチャンスになるという、運命における試練でもあるのです。

    ある働き者の看護師さんが病気になった時に、その先生が言った言葉は、「しっかりと病気を経験しなさい。」です。 これから闘病生活に入るというのに、今まで一緒に仕事をしてきたと言うのに、「なんてことを言うんだ。」と周りにいた人は思ったそうです。

    その言葉を聞いて責任感が強く仕事に誇りを持っていた、その看護師さんは泣き出してしまいました。 患者さんのお世話がもうできなくなるかもしれない、そう思っている矢先にこのようなことを言われて、その看護師さんは涙が止まらなくなりました。

    しかし、その先生はその後に続けてこう言いました。

    「今のあなたは看護師ではなく、患者になっています。 この病院内の患者さん全員が、あなたがどのように闘病生活を送るのかを見ています。 しっかりと病気を経験して、その患者さんたちの模範になるようにしてください。」

    この言葉は、この看護師さんにとってどれだけの励ましと慰めになり、どれだけの元気を与えたか?

    自分は患者であると同時に看護師でもある、ならばその生き方を見せるのもまた看護なのであると、この先生は教えたのです。

    ピンチをチャンスに変えるのは自分であり、チャンスをピンチに変えてしまうのも自分なのです。 今目の前に起きている出来事は、過去にしてきた積み重ねが起こしていることであり、いきなり起きることは余りないのです。

    運命上で見ていても、自分が進む道とは幾重にも分かれているけれど、一度その道を進み始めるとその道の中で色々選択し始める場合が多くなります。 仮にお店を出す道を歩いていたなら、時期や場所は変わることがあるかもしれませんが、結局お店を出したとなります。

    紆余曲折あるかもしれませんが、最初に選択する道は当然ですが2本あり、まずはするかしないかの選択肢が待っています。 (つまり、イエスかノーかです。)

    次にする(イエス)を選んだ場合、そのすると言う選択肢の中で、「倉敷市か、岡山市か」と場所の選択や、「今年か、来年か」と時期など、色々な選択肢が順番は決まっていないけれど起こり始めます。

    それでもその当事者が腰を上げない場合は、運命が強制的にそういう行動をせざるを得ない状況を作るか、もしくはしない(ノー)選択肢の方へ推し戻すことがあります。 私を例にとると、工場や建設現場で働いている場合じゃありませんよと、次々とそこにいられない状況になってしまい、あれよあれよと霊視カウンセリングを始めることになりました。

    私はその人が持つ才能を開花させることができたなら、それはその後の人生を生き抜いていると実感できると思うのです。 健康でありさえすれば時間の経過と共に人生は流れて行きますが、人はそれだけではやるせない思いが募るのです。

    「今のままでイイのかな?」 これを感じるのは自分の可能性に気が付き始めた証拠で、「このままではダメなんじゃないか、何かしないといけない。」 これはもう行動しない限り抑えられない感情として身体を突き動かすと思います。

    それでもさらに動かない場合は、「無力感」としてあなたの心へ暗示が来ると思います。

    迷いながら私のところへ来るお客様で、可能性や才能が無かった人はいません。 出会う人は全て素晴らしい人だと感動をいただいているのですが、残念ながら人は見ただけではわからない為にあなたの素晴らしさに気付かないだけなのです。

    それどころか、あなた自身があなたの凄い所や素晴らしい所に気が付いていないかもしれないのです。

    恋愛で迷ったら、相手がどういう態度や言葉をあなたに投げかけるか?
    仕事で迷ったら、上司や同僚があなたの価値をどのように見ているのか?

    これが今の現状を表しているのだから、未来へ進む為にはどのようにすれば良いのか、ひとつの答えになると思うのです。

    あなたにとって運命の流れは、何を暗示していると思いますか?

    (・◇・)ゞ リョウカイッ

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    マザーの言葉。

    マザーテレサの言葉の中に、「もっと身近なことから、はじめてみたらどうかしら?」と言う言葉があります。 人は何かをはじめようとする時には、どうしても準備を整えてからと思いがちですが、まず出来ることからしてみるのも良いと思います。

    学校に通いたいなら、まず資料を取り寄せてみる~現地に行ってみるなど、受験するかどうかをあれこれ迷うよりも、行ってみる~触れてみる方が大事だと思います。 仕事にしても本当にやりたい仕事があるならば、まずその仕事に触れてみる~働きたいお店があればまずお客様となり行ってみるなど、行動してみる方が先だと思うのです。

    「やってみたいけど、わたしじゃ無理…。」 これではやる前から気持ちが負けているので、成功する道だったのに失敗へ向けて行き先を変更したのと同じです。

    誰しも夢を見ることがありますが、その夢を夢のままで終わらせる人と、その夢を叶えたいと思って行動する人がいます。 失敗を恐れずに行動すると言うのは誰でもできることなのですが、気持ちが足を前に進めないだけです。 途方もなく遠くに感じたとしても、夢は確実にあなたの目の前にあり、それをつかむかどうかの判断は自分でするしかないのです。

    夢を見ることの原動力は素晴らしいパワーがあり、「夢を見る=実現の可能性がある」からです。

    ただし、夢の実現に際してひとつだけ、忘れずに覚えておいて欲しいことがあります。

    夢を達成させようと思えば、自分の能力と夢がイコール(同格&同列など)であることを、自分自身の心に納得させる必要があります。 夢が叶うかどうかの境目は、自分自身を~夢が叶った時の素晴らしさを、信じきれるかどうかの境目でもあるのです。

    人の人生は人の人生であり、あなたがどうこう操れるわけではありません。 念じ続けようが~お祈りを続けようが、思うだけで相手の人生を変えることなどできません。 それとは違い自分の人生ならば、自分が信じて努力すれば意外と多くの夢が叶うものなのです。 10個ある夢のうち、9個の小さな夢が叶ったのに、残りひとつの大きな夢が叶わないからと言って、自分を卑下しなくてもいいと思うのです。

    できないと思えば、できない。
    できると思えば、できる。

    できないと思うのは自分ですが、できると思うのもまた自分なのです。

    人生で何か行動を起こせば当然波風が立つことになりますが、何もしない人には何も起きないのです。 チャレンジして波風が立っても充実していたと思う方がいいのか、チャレンジせずに平穏無事で安定している方がいいのか、これはその人の考え方によるので正解は存在しないのです。

    人生には、上手くやる為の簡単な解決方法などないのです。 壁があっても前に進み、その壁に対して体当たりし続けて、それでも前に進み続けた人だけが望みを手に入れることができるのです。

    ここでひとつ例を出したいと思いますが、あなたがお店を新規開店したとします。 その時に、開店初日から人が押し寄せて大繁盛するのと、人が来るのは来るけど当てが外れて先行き不安なのと、どちらが良いと思いますか?

    その人の運命にもよるので一概には言えないのですが、当てが外れてお客様に来てもらえず凹む状態の方が、その後の人生には良いと思います。 開店する前は一生懸命していても、開店当初にお客様が来ることで努力を忘れてしまう、これがお店を失敗する要因のひとつです。

    私は商店街にお店を出していた時代に、1週間の(月曜の朝から翌週の火曜日の朝まで)鑑定人数ゼロと言う週間ワースト記録があります。 月間記録で言うと1ヶ月の鑑定人数が7人と言う記録があり、さらにフリマ時代にまで遡ると1年間の鑑定人数が5~6人?という記録があります。 この時期は人通りのある場所ばかりでしたが、この悲惨な状況だったのですから、お客様が来るかどうかに人通りは関係ないのです。

    今でもお客様が多いわけではなくヒマで遊んでいる時間も多い私ですが、さすがにお客様ゼロが続くのは2~3日間までです。 3~4日目には一人~二人と少しづつですが、鑑定希望で御来店くださることが多いのです。 今年もお客様ゼロの日は3日間連続が最高で、4日目にはお客様がお越しくださりほっとしました。 「ヒマでかわいそうだから行ってあげよう。」と言う優しいお客様が多い為、何とかやっていけるのです。 本当に、ありがとうございます。

    「夢を持ち続けて、それに向かって努力し続ける。」

    私はいつでもどこでも誰かに必要とされていたいし、色々な人の役にも立てたら良いと思う夢があり、その実現の為にも途中投げしたり凹んだりするわけには行かないのです。

    あなたの夢が叶うなら、それは誰が嬉しいと喜ぶことですか?

    ( -。-) スゥー ( °口°) ガンバレェーー!

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    アイディア。

    おはようございます。 今日は月曜日なので、つい仕事に関するお話になってしまいます。 人には必ず才能があり、それを活かせる道を行くなら幸せな毎日になります。 自分にとって合う仕事とは、その中身と共に未来への計画性も重要です。

    もしもあなたが今日素敵なアイディアを思いついたなら、未来で何かの意味があるから思いつくことかも知れません。

    良いアイディアを思いついたなら空想だけで終わらすのはもったいない、アイディアとは実行した人がその恩恵に預かれると思います。 人は知らず知らずのうちに誰しもアイディアを2~3個は持っているのですが、実行するかどうかでその後の成否が決まるのです。

    商売を例にとると、「○○ができたから、そちらへお客様が流れた。」とか、「駐車場がないから、不便で来てもらえない。」 このような意見もあり、大型店がくればお客様がそちらに流れていくと考えがちです。 確かにイオンなどの大型集合店舗は勢いがあり、全国的な流れとして「イオンができたらテナントとして入れてほしい。」と考える人が多いのは否めません。

    しかし、商売人としての才能は千差万別で、イオンができようが大型スーパーができようが、「影響はありません。」と答えるお店があります。

    ただし、その人達の真似ができるかと言えば、すぐにはできないと思います。 それは第一に「楽しよう&ズルしよう」として、正直な商売をするという基本精神を忘れているからです。 正直な商売とは、お客様が気持ちよく得をするような商売をしようと言うことなのですが、自分の都合でお客様の意思を無視するお店にしてはいけないのです。

    例えば、地方の商店街が昔の活気を失い郊外の大型店舗にお客様が流れていくのは、「何故だろう?」と考えもせずに、行政が悪いとか~立地条件が悪いとか、言っているだけではどうにもなりません。

    先日行ったお店は某県のイオンの前にあるのですが、駐車場は満杯で警備の人が交通整理をしているのです。 食料品販売のスーパーなのですが、イオンの食料品売り場に負けず劣らず繁盛しています。 普通の人なら、イオンが道を挟んだ向かいにきたら撤退を考えるかもしれませんが、この社長は平気です。 ただし、お客様の為にやることはやると、イオンの方を見ずにお客様を見てスーパーを経営しているのです。

    注:このお店、本当に道を挟んだだけでイオンの前にあります。 そして、食品売り場なども含めて、イオンよりもお客様が多いかも? ヽ(・_・;)ノ ドッヒャー

    この社長の意識の中には、お客様の為にと言う言葉はインプットされているのですが、イオンと言う言葉は入っていないのです。 (このお店には日本全国から見学に訪れる経営者が多く、今年だけでも軽く500人を超えているらしく、個人店としては凄いです。)

    もうひとつ例を出すと、大手スーパーが近所に4~5店舗あり、おまけにお店のある場所は商店街の外れで人通りが余りない、そして広告も宣伝も一切していないお店があります。 畳で言うと6畳分くらいの広さしかない青果店ですが、このお店は行列と言うより人だかりといった方がよく、遠くからでも「あっ、あれだ。」とわかります。

    駐車場はない~お店は狭い~商店街に属さないから店主仲間はいない。 おまけに値段も安いわけではなく不利な条件ばかりなのですが、何故人だかりができて毎日毎日売切れ続出になるのか?

    色々な理由はあるでしょうけれど、商売繁盛の秘訣は「誠実で必要」とされているかどうか、この一点以外にはありません。

    私はこのようなお客様に愛されるお店作りを尊敬していますし、この人達のようにお客様に必要とされる状態になりたいと思います。 ヘタレで情けない私ではありますが、志は高く持ち続けているのです。

    渋谷のマルキュー内にあるショップが大人気でも、他へ行くと駄目かも知れないし上手く行くかもしれない。 商売をする人はこの怖さがわかっているから、そう簡単に移転はしないし他所へお店を出すのもしないのです。

    私は今まで周りの都合で移転を余儀なくされてきたので、今となっては北海道の夕張市だろうと静岡県の熱海市だろうと、どこへ行っても変わらないだろうと思います。

    立地条件が云々~人通りがある商店街が良いなど、自分にとって都合の良い場所ではなく、誰もが敬遠する場所を「あえて選んで流行らせる」と言うのも、自分の実力を試せるという意味ではいいと思うのです。

    あなたは「弘法、筆を選ばず」のように、日本全国どこでも通用する実力を身につけていますか?

    (^_^)(^_^)(^_^)(^_^)( ^ _ ^ )ウフッ♪

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    事務所移転~後編。

    おはようございます。 昨日は昼から予約がなかったので、某県のあるお店に行ってきました。 これについては明日書こうと思っているのですが、ナカナカ興味深く参考になりました。

    さて昨日に引き続き新事務所の経過ですが、次はHPです。

    注:今までのHPアドレスやプロパイダーなど、何から何まで現在の大家さんにお借りしている為、移転する場合はお返しすることになります。 (本当に今まで大家さんにはお世話になりっぱなしで、ありがたい感謝の気持ちで一杯です。)

    しかし、私の幸運なところは助けてくれる人がいるという点で、HPも何とかなるさの気持ちでした。 焦ってもしょうがないので、まずHP制作会社に連絡を取って、それから考えようと思いました。

    不動産編の時と同じく、どこに依頼しているのかなと自分で自分の未来を視ていると、二つの会社と言うか人物がでてきたので、早速電話してみることにしました。

    実はその日は土曜日だったのですが、これが運命の流れと言うべき決め手になりました。 普通は休みに電話した場合は待機の人がいても、「では、月曜日にお伺いいたします。」 こういう会社が普通で、休みに電話している私の方が悪いのですが、「では、今日これからお伺いいたします。」 気持ちよくこう言ってくれた会社が、このHPを作ってくれたのです。

    こういう場合は、二つの会社が視えていても一社目で決まってしまうのです。

    早速その日の午後から担当のSさんと社長が来てくれて、すぐに話は決まりプロバイダー契約やHP制作のお願いをしました。 私の希望は、「明るい、可愛い、見やすい」 この3点だけで、他には特に要望はありませんでした。

    私が何故SさんにHP制作を依頼したのか、ひとつ~ふたつ理由があります。 ひとつ目は、技術がある人よりも一生懸命にしてくれる人の方が、心に訴えかけるものができると思いました。 ふたつ目はSさんの生きる姿勢ですが、これは御本人にお会いすれば理由がわかると思います。 (今日からリンク先に、Sさんのリンクを開始しています。)

    私にとって良いHPと言うのは、お客様が見ていて楽しくなるようなのが一番です。 グッドデザイン賞を取るようなHP作りではなく、お客様の心が元気になるようなHPであれば、それが心のグッドデザイン賞なのです。

    ただし、後日わかることなのですが、パソコン初心者でド素人の私では知らないことが山のように出てきたので、とても勉強になりました。 ドメインの説明など基礎からお勉強となり、私の知らない世界ばかりです。

    Sさんの説明によると、以前のHPは検索エンジンに登録などをしていない為、ただネット上に存在していただけらしいです。 PCを常日頃使われている人や詳しい人には当たり前の事でも、私にとっては知らないことばかりです。

    HPの更新などは正直言って知識としてわかってしていたのではなく、たぶんこうすればこうなるだろうと全て勘でやっていたので、その内容が理解できていたわけではありません。

    「なるほど、検索エンジンには登録しないといけないのか?」と、色々な話を教えていただき初めて知りました。 普通は色々な所に登録したり、相互リンクしたりして検索上位に来るように努力をしているらしいです。 (この辺のことは、私にとっては知らない世界でした。)

    私はお客様がクチコミで見てくれているだけで、知らず知らずのうちに素敵なお客様のお世話になっていたらしく、ありがとうございます。 私は無知なド素人の為、今回はプロの意見が聞けて勉強になりました。 またHPにまつわる色々なお話が聞けて、面白かったです。

    私はお金も無いヘタレなので、HPにどれくらいお金がかかるかもわからないので、ヒヤヒヤしていましたが、リーズナブルにしていただき助かりました。 ただし、通常はHP制作となるとデザイン料やその他で凝れば凝るほど、天井知らずの値段になると教えてもらいました。 (不動産に続き、これでHPも何とかクリアです。)

    あなたも未来へ向けての準備はちゃんとできるのですが、取り掛かる気になるかどうかが一番大きな部分なのです。

    私はお客様のご支援があるから行動する力が出てきますし、盲導犬への支援や世界の貧困へのお手伝いができればと言う部分で、あきらめたり投げ出したりするわけにはいかないのです。 今後もお客様の心に、感動を残せるような霊視カウンセリングをしていきたいと思います。

    新事務所では中へ入った瞬間から運気が良くなり、お帰りの時には心が晴れるような、そういう事務所にしたいと思いますし、できる(なる)と思います。 (12月中には、移転予定です。)

    いつもお世話になり、本当にありがとうございます。

    ☆(ノ゜ー゜)ノ☆パチパチ

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    事務所移転~前編。

    おはようございます。 私は何故か連休になるとヒマになり、事務所でゴロゴロしているだけですが、新事務所に移転したら少しは忙しくなるかなと密かに期待しています。

    住居の引越しやお店の移転、その他にも家を建てる場所や新たにお店をだす場所など、生活に関わる場所を探す&移転するって大変だと思います。

    霊視でお客様を拝見する場合は、初回の人と常連の人では視え方により説明の細かさが違ったりします。 しかし、自分を視るならそうではなく「記憶+霊視」だと、相当細かく言えます。

    注:小学校など子供時代に、「じゃあ、何時何分何秒に言った?」と言うようなことを言う人がいたと思いますが、私は自分のことならこれができるので、「○○さん、10月2日の午後14時12分頃、○○と私に言いましたが…?」 こんなことをするから人に嫌われていたのです。 (反省です。)

    今回も「10月2日」に移転の話が出て→「10月4日」に新事務所が見つかり→「10月9日」に決定しましたので早い方だと思います。 これはお客様に申し訳ないなぁと思うのですが、自分のことなら空き時間にいくらでも視れるので、便利と言えば便利です。

    あくまで私が自分の事務所を見つけた方法なので、余り参考にはなりませんが事務所移転の経緯を書きたいと思います。

    9月下旬頃ですが、「そろそろかな?」と感じていた私は未来において、どこに事務所を構えているのか霊視を開始していました。 (ただし、ヒマな時にちょっとだけ視ていた程度で、一生懸命視ていたわけではありません。)

    その時に視えていたのは道路に面したお店のような場所で、明るい太陽光が射してきて入り口など前面にガラスがある感じのお店でした。 お店の前には樹木らしきものもあり、両脇にお店もあり歩いていてすっと入れるような場所だと、そこまでは判明していました。

    倉敷駅周辺の徒歩でいけるくらいの場所で、路面に接したお店で太陽が当たり両脇にお店があると言えば普通は商店街です。 (商店街の人間関係や難しさには懲りているので、私が商店街に事務所やお店を構えることはありません。)

    「10月3日」より以上の条件に当てはまる景色を探していると、駅より徒歩5~6分くらいの場所にその景色と物件を発見して、すぐにそこを持っている不動産屋さんに連絡して、「10月4日」にSさんと言う担当者の方と会って決めたと言うわけです。

    ただし、順調なわけではなく「10月5日」に大家さんの親族より、「占いに貸すなんて許しません。」と○○ー○が入りました。 「あれっ、違ったのかな? 私の霊視も駄目だなぁ~。」と凹んでいた所、Sさんが交渉した結果、親族と面接して全員が良いと言えばOKと言うことになりました。

    それで「10月9日」に大家さんの親族全員とお会いして、ようやく許可が出たと言うわけです。 大家さんはとても良い人なのですが、やはり占いは信用がないので敬遠されるのです。 ここで私の大きな後押しとなったのが、お客様のご支援と私がHPに書いている内容、それに加えて私が色々な場所に寄付していること、最後にSさんの交渉力です。

    結局、私が視ていた通りになりましたが、決まると思っていたので、HPや有線や電話や内装工事など、全部の手続きを進めていましたので、「10月20日」頃には全ての手続きが完了していました。 現在は内装工事中なので、終了したら家具を取り揃えればOKです。 (実は今度の大家さんのイニシャルはIで、私はイニシャルがIと言う人に縁があります。)

    ただし、この不動産編で一番凄いのは、やはり私を担当してくれたSさんです。 「占いに貸すな!」と反対する親族を説き伏せて、OKを貰ってくれた交渉力が凄いです。 占いでも交渉してくれるぐらいですから、他の業種のお店ならすぐに探してくれると思います。

    その後も借りる保証人として「寄付の神様○○さん」になって頂いたのですが、「この人では保証人としては役不足うんぬん…?」と○○ー○がありました。 ここでもSさんが交渉してくれて本当に助かりましたが、占いで借りるのはこれくらい難しいと言う話です。

    注:今度の事務所は、倉敷駅より街路樹が植えてある通りに歩けば辿りつきます?

    私が引越しや移転に関して御相談があった時には、まず目の前にいるお客様がどこにいるかを探していきます。

    地名はわからないのですが景色はなんとなくわかるので、仮にお客様がお店を出す場合は、出したい地域(倉敷駅周辺とか、岡山駅周辺など)を決めてから、「どこにどんなお店を出していますか?」 こう聞いてもらうとお店がある場所の風景や感じを言いますので、それに似た所を探してもらえれば近未来でお店を出している場所がわかります。

    あなたは自分が未来で、どこに住むかを想像したことがありますか?

    \(=^O^=)/'`*:;。・★'`*:;。・☆

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    幸運が嫌いな人。

    おはようございます。 明日から連休ですが、私はいつもどおり事務所にて鑑定をしております。 年内に事務所を移転するのですが、それについては明日から2回に分けて、どのように新事務所を決めていくのかを書いて見たいと思います。

    今日の倉敷は良い天気ですが、素敵な青空のように晴れ晴れとなる幸運が嫌いな人っていると思いますか?

    普通は幸運を呼び込もうとしたり、良いことないかなぁと考えたり、人は幸せを求めるものです。 ところが、考え方や思い方で不幸になったり幸せになったり、自分がいまどこにいるのか、場所や感覚さえわからなくなる時があります。

    先ほどの答えですが、幸福を嫌う人はかなりいます。 それも気付かずに嫌う人と意図的に嫌う人と両方いるのですが、どちらにせよ幸運を嫌うのだから人生がスムーズに行くはずがないのです。

    ここでお金とお店を参考に、例え話をしてみたいと思います。

    人は労働の報酬として給料を貰ったり、自営業なら支払い代金を受け取ることにより、生活していくことができると思います。 そしてその時に受け取るお金として10枚もらうなら、千円札と一万円札のどちらが良いですか?

    金額を決めずに10枚と言う紙の単位として受け取る場合ならば、10人中9人は一万円札で受け取ると思います。 同じ10枚受け取るなら千円札10枚(1万円)よりも、一万円札10枚(10万円)の方が良いと思います。

    これが幸運を呼ぶ秘訣で、素直に一万円札10枚の方が良いと受け取るだけなのです。 それなのに、あぁ~だこぅ~だと理屈をつけて断る人が多いのです。

    「そんな人は、いない。」 こう考えるのが一般的ですが、町並みでお店を覗いて見てくださいね。 どこのお店も、「両替お断り」 もしくは「No exchange」 こう書いてあるお店がほとんどです。 (コンビニなんかでも、コピー以外の両替はお断りとしてあります。)

    これが幸運を嫌っている、最もわかりやすい事例です。

    理由はどうであれ、「一万円札がお店に来たがっている」のに「来るな!」と断るのですから、これで運が良くなるわけがないのです。 私はお客様が一万円札を出すのは大歓迎で、理由はどうであれ一万円札が私のところに来たがっているのに、お断りするなんてもったいなくてできません。

    お店側の都合として両替するのに手数料がかかるとか、両替だけじゃお客様じゃないとか、色々な理由はあると思いますが「一万円札が入ってくる」のを断らなくても良いと思うのです。

    あれこれ考えて行動するよりも、単純に「1万円が入ってきた。」 こう考えておく方が、お互い良いと思うのです。 お店としては一万円を呼び込むだけの運気があり、お客様の側としては千円札に崩すことができた。 両方良いことだらけなのに、両替お断りのお店の多さにびっくりします。

    そうこうするうちに、いつの間にか一万円札が来たがらないお店になってしまうと言うわけです。 そうなってから、何で売り上げが無いんだろうと考え始めても、時すでに遅しということになります。

    この見方ができない人は、損して得とれと言う言葉が理解できない為に、運もお金も全て失う場合が多いのです。

    次にお店を例に出すと、仮にあなたがチケットショップを経営していて、「年間通じて、毎週切符を買いに来てくれる人」がいたとします。 その人が、「新幹線の切符の期限が切れそうなので、交換してもらえませんか?」 こう聞いてきた時に、「はい、良いですよ。」 笑顔でこう答えたなら、そのショップは今後も大丈夫だと思います。

    しかし、「それは無理です。」 こうやってにべもなく断ったら、もうその人はお客様としてこなくなると思います。 年間通じてきてくれるお客様に対して、「一度の交換すらできないお店」というレッテルが貼られた瞬間です。 自分はしなくても他の人がしているかもしれない為に、お店の信用を失っている怖さに気が付かないといけないのです。

    お店の経営者で困っている人は、自分の得ばかり考えて儲けることばかり考えるから、運とお金の両方を失うのです。 私は自分がお客様を呼ぶと思っているので、コンビにでも本屋さんでも私がいるだけで人が一杯になるようにと幸運のおすそ分けを考えています。 来年は出張鑑定が増えると思いますが、私が行くことでそのお店や地域が活性化するなら、とても喜ばしいことなのです。

    幸運が嫌いな人はそれで良いのですが、幸運が好きだと言う人は目の前にあることを、素直に受け入れる方がいいと思います。

    あなたは一万円を嫌って、千円を手に入れようとしていませんか?

    v(^_^v)♪ありがとう♪(v^_^)v

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    危機。

    人は生きていると常に運勢の変動があり、良い時も悪い時も交互にやってきます。 良い時にはそう考えないのですが、悪い時には「どうして?」と思い悩んだり自己反省します。

    特に危機的状況(ピンチ)の時に、人はものすごく思い悩みます。

    人は常に悩みや煩悩があり、そんなにスムーズに人生が進むものではありません。 緊急事態とはいきなり起こるから緊急と言うのであり、事前にわかっていたら緊急事態とは言いません。

    人は成功を夢見て努力しますが、才能で成功するのは意外と難しいです。 才能よりも執念で成功する人の方がはるかに多く、やり続けると言うことの凄さは時間の経過と共にわかってくるのです。

    ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんは、元々凄い優秀だったけれど世に出ていなかった。 (本人の私利私欲のなさもあります。)

    しかし、ひとたびチャンスを与えられると、自分の専門分野では誰にも引けを取らない準備をしていました。 世に出た今となっては色々な学会に出ても、なんら困ることも引けをとることもありません。 それに加えて腰の低さや人間性が備わっている為、サラリーマンとして出世は望まずに自ら現場に出向くと言う生き方も、周りに好感を得ているのです。

    危機になると人はどうしようと焦るのが普通ですが、危機になった時にはもう焦っても仕方がないのです。 危機を辞書で引くと、悪い結果が予想される危険な時や状況とでていますが、アヤシイ?霊視カウンセラー的には、そんな普通には考えません。

    これは私がいかにヒマかと言う証明でもあるのですが、危機と言う字をぼんやり見つめてください。 余り真剣には見ずにぼんやり見るというのがミソですが、この2文字は色々なことを指し示していると思うのです。

    私は運勢が下がり始めたら底を打つまで下がってしまえば、アトは上がるだけと考えています。 つまり最悪を通り過ぎれば、最高が待っていると思うのです。 悪い事が起これば良い事が待っている前兆だと考えているので、ピンチはチャンスが来るから悪いことを先払いしているだけと言う見方になれるのです。

    そこで、危機と言う2文字です。 普通に見ると、危機とは確かに悪い結果が予想される、ネガティブな言葉ですが、私には人生を表している言葉だと見えているのです。

    危機と言う字を分解すると、「危」と「機」になります。

    「危」とは、危険を意味しているので、ピンチや危うい状況を示します。
    「機」とは、機会を意味しているので、チャンスや都合の良い状況を表します。

    これを見ていると、「危機」とはピンチのアトにチャンスあり。 悪い事があれば良い事が起こると言う意味じゃないのかなぁ~と、ふと考えていました。

    物事とは自分がしたことが自分に返ってくるので、仮に私が毎日ヒマな場合は自分のせいであり誰のせいでもないのです。 占い師としての実力が無いとか、お客様に対する応対が悪いとか、自らにおける何らかの原因でヒマなだけであり、それ以外に原因を求めることを「人のせい」にすると言うのです。

    何事も「裏と表」があるように、片方だけではバランスが取れません。 悩みが発生した時には答えもいくつか見つかっているものですが、その答えを見つめるのが嫌な場合は解決しないのです。

    「自分の考えは本物か?」 これを考えるだけでも、自分の行動に自信が出ます。 それは自分で考える内容が自然と磨かれる問いかけだからです。 (問いかけのないところには、進歩も無いのです。)

    田中耕一さんと同じ年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんは、ある授業の時に「摩擦が無いとどうなるか?」と言う質問を出しました。 これは小柴先生流の引っかけ問題と言うか、なぞなぞに近いと言うか、まず普通の人なら逆に正解できない問題です。

    「えっ、そんなの簡単。 摩擦がないと書くということができないので、摩擦がないと書けませんが正解。」 こう考える人が多いと思いますが、小柴先生は「摩擦が無いと書けないのだから、白紙回答が正解。」 つまり、答えを書いた人は不正解なのです。 確かにどうなるかと問いかけているのだから、書けない状態で答案を出さないといけないと言う考えもアリです。

    注:ただし、こんなことを日常的に言っていると、変人とか変わり者と見られてしまいます。

    あなたは危機と言う言葉を、ピンチのアトにチャンスアリと読めるようになれますか?

    ( ^ー゜)b

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