徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    制約。

    おはようございます。 今日は月末なのでどんな会社やお店でも、何かと忙しいかもしれません。 これを読んでいる素敵なあなたが、今日も朝から元気で明るく過ごせると信じています。

    日々を過ごすと言うのは偶然の産物であり、物事が全て決まっていたなら人は努力できなくなります。 偶然に対して必然と言う言葉がありますが、必然とは「必ずそうなるさま」を意味します。 辞書で引くと、それ以外になりようの事とか、決まっていると言う意味合いが強い言葉です。

    その他にも必然に関しては、スピリチュアル的にはアカシックレコードと言う言葉があり、全ての事が記録してある全知全能のレコード(記録)があり、人は生まれてくる前に自分の人生の台本を決め手から生まれてくると言うお話もあります。

    しかし、物事が全て必然ならば、人はどのように生きれば良いのですか?

    努力しても人生が変わらない、勉強しても受験に不合格、結婚しても離婚する、こんな事が全て決まっているならば、人生を歩む意味がないのです。 もしも、生まれてくる時に子供が親を選んで生まれてくるのなら、虐待される事がわかっているのにその親を選ぶのですか?

    選べると言うのなら生まれてくる生命全部が、温かい愛に包まれた親を選ぶと思うのですが、これも学びや修行と言葉で片付けてしまうようでは、いい加減極まりないのです。 何かと言えばすぐに、「それはあなたの修行や学び」と言うから、私は釈然としないのです。

    私は人生においては偶然の塊で、努力する事や自分の意思で動く事により、人生のゴールは次々と変化していくと考えています。 偶然の産物が世の中で不可能と言われた事を覆した例はいくらでもあるし、偶然があるから人生は楽しいのです。

    私の所へ御相談に来る人には、自信を持って生きて欲しいと思うのですが、人生は決まっているわけではないのです。

    右の道へ行くと、Aと言う結果。
    左の道へ行くと、Bと言う結果。

    どちらへいっても同じ結果なんて、ありえないのです。

    私は人生が必然なんて、とても信じられません。 もしもそうだと言うのならば、子供を殺された親の前で、「それは必然です。」と言えますか?

    親御さんの気持ちを考えると、このような適当で出鱈目な発言はとてもできないのです。

    私は犯罪被害にあった方々のお力になれればと思いますが、それは犯人逮捕に協力と言う形でしかできません。 (霊視が出来る人は犯罪捜査の協力は、当たり前の事であり筋道なのです。)

    ※日本全国には私のようなヘタレではなく、もっと凄い先生方が大勢います。 全知全能の神様の声が聞こえる~アカシックレコードにより何でもわかる。 これらは本当に凄いのですが、それなのに犯罪捜査に協力しない&犯人を発見できない、これが矛盾した不思議な部分です。

    将軍の徳川家康公が、「人生とは、重き荷を背負い歩き続ける事。」 こういう言葉を残していますが、まさに生きる事とは「制約と重荷」なのです。

    生きていると言う事は、色々な制約の元に行動する事になります。 

    地域の制約。
    時間の制約。
    会社の制約。

    このように色々な制約の元に、人は生きていかざるを得ません。 なかでもその際たるものは「寿命」で、基本的に死を選ぶ事は誰も出来ないのです。 病気になるのを事前にわかる人はいませんし、事故に遭うのを予見できる人もいません。 死とは知らない間に忍び寄ってきて、いきなり出現して気が付いた時には寿命の期限を過ぎている場合がほとんどです。

    つまり、この世における制約に関しては、取り除いたり捨て去る事はできません。 しかし、重荷に関しては良心により取り除く事ができると思うのです。 良心の呵責と言う言葉もあるように、良心がゴーサインを出した事ならば、それを行う事で自分の気持ちが綺麗に澄み渡ると思うのです。

    人事を尽くして天命を待つという言葉のように、自分にできる事を一生懸命したなら、あとは神のみぞ知ると言うスタンスで、運命にお任せしても良いと思うのです。

    良心が気持ち良いという事をして、自分の心がふさぎこむ事はありません。

    あなたの良心は、どのようなゴーサインを出していますか?

    ☆⌒(*^∇゜)v ありがとう!

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    美しい。

    成功や幸せと言う言葉、これは誰にでも降り注ぐ公平なチャンスであり、誰かの頭上にのみ存在するものではありません。 人が成功したり幸せになったのなら、それはキチンと祝福してあげる必要があると思います。

    精神論や自己啓発論などの本には必ず無の境地に関することが書いてあり、そこには嫉妬や妬みに関することも多々書いてあります。 人の心には善と悪の両面があり、善だけで生きていこうとする場合は何か支えがないと、行けば行くほどきつくなります。

    私の場合は自堕落的な生き方をしてきたのと、自分の私利私欲だけで生きてきた過去の反省と言うのか、罪滅ぼし的な自己概念があるから、お客様が元気になって帰っていく姿が嬉しいです。 善だけで生きていこうとするのは難しくもないし、息苦しくもなく楽しいだけです。

    注:自閉症で知恵遅れと言われいじめられていたので、誰かと話をできるだけで嬉しい限りです。 誰かと話せる嬉しさは、私の中では消え去ることは一生ないのです。

    お越しくださる時には凹んでいたり~落ち込んでいたり、元気が無い状態であったとしても、帰る時に元気で生きる希望が沸いていれば、それでいいと思うのです。

    しかし、昔の私がそうだったのでよくわかるのですが、人に良い事があれば「何であの人だけ…?」とか、「自分には良いことが、何で起こらないんだろう?」 ついつい、こう考えてしまうのが人の心のスキマにある、邪念とも言うべきものなのです。

    昔の私を例にとると、愚痴が多くて人に不快な台詞ばかり聞かせていたと思います。 お恥ずかしい限りですが、あぁ言えばこぅ言うの繰り返しで、自己中心的な考えにしかならなかったのです。

    いつもきれいな言葉やプラスの意味合いの言葉を使うのならば、それはあなたの未来が明るいと言うことであり、いつかその言葉が自分に戻ってくるのです。

    「良い言葉を使えば、良い言葉に恵まれる。」 その為にも、希望とか望みを持つということを考え違いをしてはいけないのですが、なぜか希望を持つという意味を間違えて思い込んでしまうのです。

    ただ漠然と「希望を持つということ」と、「その希望を現実の物として受け入れる準備をする」のでは、根本的に違いがあります。

    ある会社の社長は、大きな取引や売り上げにばかりに目が行って、足元が見えていない為に会社が傾きかけたことがあります。 人員やネットワーク(機動力など)が揃ってもいないのに、大企業との取引を夢見て突き進んでいました。 しかし陣容が整わないのに取引してもらえるわけが無いし、取引開始してもクライアントの依頼に答えられないのでは取引中止が見えています。

    こういう時には意外と社長ではなく、社員の方が良く状況が見えているものです。 (社長の暴走に対して社員の皆様が心配をして、私に相談に来ると言うことが多いです。)

    その企業と取引しても大丈夫な陣容にして、いざと言う時には依頼に答えることができると言うのが、「願望を受け入れる準備をして待つ」と言うことなのです。 それを、「取引さえしてくれれば、ウチは大丈夫なのに…。」と他力本願では、うまく行くはずがないのに見えてない経営者が多いのです。

    私は愚痴や不平不満を言わないのかと問われれば、「最近は言う必要がないかも?」 こう答えると思います。 昔の私は愚痴や不平不満を言い続けていましたが、今は言う必要性がなくなりました。 凹んだり落ち込んだりするのは自分のせいであり、誰のせいでもなく自分の歩む道が少し違っていたと反省する方が先だからです。

    美しい唇でいたいと思うのなら、美しい言葉使いをしてください。
    美しい瞳になりたいと思うのなら、目の前にいる人の美点を探してください。
    美しい人生を送りたいと思うのなら、誰かの幸せを願って人生を歩んでください。

    運命は今と言う部分だけを切り取ると不公平感がありますが、時が流れていけば時間がその不公平感をなくして、いつの間にかプラスマイナスゼロになっているのです。

    人を妬み続けている限り幸せが自分のところに降り注がれることはありませんが、誰かの幸せを願って生きているのなら幸運はいざと言う時に助けてくれると思うのです。

    あなたの幸せとは自分だけですか? それとも誰かと一緒に幸せになりたいですか?

    ヘ( ̄ω ̄ヘ)(ノ ̄ω ̄)ノ

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    時間の正体。

    おはようございます。 今日は月曜日なのでお仕事開始の方も多いと思いますが、毎日毎日流れていく時間を前にして、「会社行きたくないなぁ~。」「時間が止まらないかなぁ~。」 こう考えたことがある人もいると思います。 しかし、正直言って時間の正体とはよくわからないもの、冷静に考えると不思議なのが時間の流れです。

    時間の正体とは、私が中学2年の時に理科系の先生にした質問ですが、当時の私は知恵遅れと言われていたので、まともに取り合ってもらえませんでした。 昔から私は友達もいなくて本ばかり読んでいたので、スティーブン・ホーキング博士(イギリスの理論物理者)の著書を読んで時間の流れを勉強しました。

    時間と言うのは時計としてや曜日として存在してはいますが、それを目で見ることは出来ません。 年の取り方ひとつとっても、老けて見える人と若く見える人がいるのですから、時間の経過を確実に確かめるすべはありません。

    時間と言うものの考え方のひとつに、分量で考えるというのがあります。 少し子供の頃をふりかえってもらいたいのですが、8~13歳などの小さい頃には時間の経過を早く感じましたか? それとも遅く感じましたか?

    普通の感覚の人ならば、幼い時ほど時間の経過を遅く感じていて、年を取るごとに時間の経過を早く感じると思います。 人は一日24時間で変わらないはずなのに、時間の経過の感じ方は人それぞれと言うのが、時間の不可思議な所です。

    1年が過ぎるのを基準に考えてみると…?

    あなたが10歳の頃の時間の流れで1年と言うのは、「10年分のうちの1年」になりますから数学で言う「10分の1」になります。

    次にあなたが現在30歳として、今の時間の流れは「30年分のうちの1年」になりますから、これも数学で言うところの「30分の1」になります。

    これにより、時間の分量は当然のことですが、「10分の1」>「30分の1」となります。

    つまり10歳の時の1年とは、生まれてきてから10年しか経っていないのだから、10年分の1年として時間の流れを感じています。 (人生の10%として感じています。)

    それに引き換え、30歳となった今では、30年分の1年として時間の流れを感じているのだから、「もう冬かぁ…。」 こう思っても不思議ではないのです。 (人生の3,3%として感じています。)

    1年を距離に置き換えて考えると、子供の時は1年と言う時間を10メートルと言う距離で走り抜けるのですが、大人になると1年と言う時間を3,3メートルで走り抜けてしまうのです。 10メートルと3,3メートルでは、走り抜ける時間の感覚の差を速く感じるのは普通なのです。

    年々、時間の経験分母(30→40→50年)が大きくなり続けるのに、経験分子(1年)は変わらない為、年を取る感覚は速度を増していくのです。

    文明が進化しても自然界を操れないのと同じで、科学がいくら発達しても時間の経過も操れないのです。 SFの世界など空想の産物ではタイムマシンが可能でも、現実世界においてはタイムパラドックスと言う言葉があるように、タイムマシンは不可能です。

    物理学では、原因~過程~結果と言う感じで、物事の因果関係そのものが重要であり、そこにファンタジーは入り込む余地がありません。 タイムマシンで時間を越えるというのは、まだ投げてもいないボールを打とうとするようなものです。

    物理学における、「質量保存の法則」により、もしも未来の人が現在にタイムスリップしてきても、その人やタイムマシンを構成する原子自体がどこから来たのかと言う、矛盾が発生します。 (未来と言うのは、現時点で発生していないという大原則です。)

    また、小難しい物理学で説明しなくても、一番重要なことがあります。

    それは、「未来からの訪問者が、現実にきたことが無い。」 この一点に尽きます。 未来からの訪問者が来たのなら、それはタイムマシンの存在を否定できないのですが、仮に未来が現在と同時に存在しえたとしても、「未来人が来たことは、一度も無い。」 つまり、人などの生命体が未来において存在し続けたとしても、タイムマシンだけは無理と言うことなのです。 (アインシュタインは、また別の理論を打ち立てていますが、別な機会に書きます。)

    これが、スティーブン・ホーキング博士の「時間順序保護仮説」です。

    話がだいぶそれたかもしれませんが、時間の経過は歳とともに早くなるのですから、今日一日を精一杯生きるのが人としての役目でもあると思います。

    あなたは時間を大切に、有効的な使い方をしていますか?

    (∪。∪)。。。zzzZZ

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    相手の立場。

    おはようございます。 今日は日曜日でお休みの人も多いと思いますが、自分の時間の大切さを少し考えてみるのもいいかと思います。

    さて、新しいHPは携帯電話(機種にもよります)でもある程度、順序よく見えると思いますが、やはり知識のある人が作ると違うなぁと感謝しています。 また、新しいHPの感想など教えていただければ幸いです。 (携帯からでも、HPやログが見えると思います。)

    今日は人間関係について少し書いてみたいと思うのですが、「誰ともぶつからずに、スムーズに過ごしていけたら…。」 これは会社でも学校でも、人間として一度は考えると思うのですが、人間関係が得意と言う人の方が少ないと思います。 自分だけが苦手なのではなく、相手も苦手な部分があると思って、気持ちよく好印象を与えることだけに専念してみると、意外と突破口になる場合があります。

    意見の相違と言うのは誰しもあるものですが、それが自分本位の考え方になっていると、「周りが見えていない=人望がなくなる」となります。

    人の習性と言うか、DNAの産物と言うか、人はどうしても「自分の意見の方が正しい」と心の中で思いがちです。 しかし、相手の立場になってみると、今度は見方が変わるかもしれません。

    私が年中無休でしているのも、お客様の休みにできるだけ合わせようと言う思いがあるからです。 土日が休みばかりじゃなく、美容院や商店街などは月曜日の休みが多いし、医療関係なら水曜や木曜日の休みが多いとか、人により休みは違います。

    ならば、365日全部営業しておいて、予約がない時を休みにすれば良いのです。 予約が入るというのは、お客様が大切な時間を使いわざわざ足を運ぶと言う、もの凄い大変な手間暇をかけてくださっているのです。

    それだけのお手数をお掛けして、お越しくださるお客様に対して、「今日は休みです。」とか「その日は休みです。」とか、自分の都合でお客様に迷惑をかけてはいけないと思うのです。 予約が一杯の場合は仕方がないにしても、お客様が来たい時に休みだとしたらどれだけガッカリするか、自分の立場に置き換えてみればわかると思います。

    ひとりでしているお店ならば物理的に体はひとつしかないので、仕事中に電話応対などができないのは仕方がないと思います。 しかし、予約受付の時間を決めて、その時間には必ず電話に出るようにすれば、ひとりで何役もできるようになります。

    ならば、覚悟を決めて365日するとしたらやれないことは無いのです。 私は365日していますが、来年はこれに加えて出張が増えていくと思うので、さらに忙しくなるように努力したいと思います。 今の私では、まだまだ暇で時間の無駄が多いとしか言えないと、自己反省の日々です。

    以上はお店を経営している場合を例にとりましたが、それは会社や学校でも同じです。

    意見の相違とは、自分の都合で物を考えるからであり、相手の都合で物事を考えれば、そうそう意見の相違は生まれないのです。 相手が「○○しろ」と言ったとしたら、その通りにすれば相手は何も言えなくなります。 相手が一時の感情で言ったとしても、相手の指示通りにしておけば言った本人の責任なのですから、指示された側の責任ではないのです。

    理不尽なことや我慢ならないこともあるでしょうが、運命は勝手な行動をいつまでも許さないのです。 人生の波を泳いでいれば腹がたつこともあると思いますが、怒るだけ損の場合があります。

    しかし、ときたまですが、相手の望むようにしてあげても、さらなる不平不満を生み出す相手がいます。

    そういう時の対処法は、相手に対処法を考えさせるというのが正解です。 「それでは、あなたはどうすれば満足しますか?」 これにより相手に問題の本質をパスしているのだから、困るのは相手の方になります。 特に一切逆らいませんからお気の済むようにどうぞなんて言われると、とたんにどうすれば良いのかわからなくなるのが人間なのです。

    自分の事でなければ無理難題を平気で言う人がいますが、そういう人は自分が邪魔されるともの凄く怒るものなのです。 人に言うのはいいけれど、自分が言われると凄く怒る人って、年齢を重ねた人に意外と多いのが不思議です。 年齢を重ねるというのは知識や経験が増えているはずなのですから、もっと心が穏やかで平穏なはずなのですが、そうでもないのが人間社会なのかもしれません。

    人は色々経験をしますが、その経験とは自分が好まないものこそが血となり肉となり、自分を成長させてくれます。 先ほどの、自分がクレームをつけるのは良いけれど、自分がクレームをつけられると怒るというのは、自分の間違いに気付かずに生きている人なのだから、こちらが包み込むような器の大きい愛情を見せるものなのです。

    意見の相違は生きている以上避けられない試練で、その試練を財産にできるかどうかは自分の心掛け次第なのです。

    この世の中において、自分の望むとおりの事ができたなら、それはとても幸せな事です。 本来は、望むという事と生きるという事は、別々なのです。 もっとも肝心な事は、生きていく事や望みをもつ事に飽きない事です。 飽きないでいれば、自分のするべき道は見つかるし、自分の本当の未来が希望と共に理解できてくるのです。

    チャレンジャーは失敗と成功のどちらでも選択できるのですが、チャレンジャーでない人は失敗も成功も何もない、最初から選択肢自体が存在しないのです。

    あなたには挑戦者たる実力はちゃんとありますが、挑戦する心構えはありますか?

    O(≧∇≦)O ヤルゾー!

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    恋する気持ち。

    同じような恋をしてしまう時って、何度も何度もあると思いますし、そういう恋って苦しいけれどやめられない、悲しい結末に終わろうとも進んでいくしかない。

    あなたに恋してた。
    とても苦しかった。
    たくさん泣いた。

    でも、それは全部わたしだけ。

    恋を繰り返すうちに人は強くなっていくものですが、別れのたびに大切な何かを手に入れるからこそ、恋をする女性は美しく見えるのです。

    今すぐに会いたい、好きだった日が流れていくうちに、好きと言う気持ちだけが大きくなり、アナタの背中を見ているうちに何も言えなくなってしまうから、余計に会いたいと言えない。

    恋をするというのは、一杯傷つくこともあるだろうし、一杯泣くこともあると思います。 だけども、それ以上に彼のことが好きと言う気持ちが、あなたの心を支えていると思うのです。

    あなたが好きになる相手は、とても上手なことがあります。 それは、あなたを嬉しくさせたり悲しくさせたり、心を自由自在にときめかせてしまうことです。 誰かを好きになるってことは、誰かに心を奪われてしまうと言うこと。

    例えば、仕事中でも遊んでいる時でも、ひとりで部屋にいる時でも、彼のことを好きでいる時間、彼のことを考えている時間の流れは、とても早くて一日を短く感じてしまうと思います。

    しかし、彼と何かの約束をした時から、その時間は急に長く感じるのです。

    彼から電話があるなら、その電話を待つ時間はとても長く感じて、「まだ1分しか経っていない…。」 彼と会う日が決まると、それまでの間が短縮されないかなと、とても長く感じて指折り曜日を数えてしまうかもしれない。

    「恋愛は、惚れた方が負け。」 こういう言葉がありますが、好きになって電話を掛ける。 この行動ひとつとっても、ドキドキしながら電話を掛けるのですが、電話を掛けると決めてから行動に移るまで2時間かかり、いざ電話を掛けて話し終わるまで2~3分。

    しかし、ドキドキしながら勇気を持つ為の2時間を、彼は知らないのです。

    私は霊視でお客様の色々な恋愛を見るのですが、ドキドキしている姿を見ると応援したくなるのです。 一度で良いから話をしてみたいとか、一度で良いから食事に行って見たいとか、楽しい想像を何度も重ねながら実行できない。 そういう彼に思いが伝わらない時の、ため息の重さがしみじみと理解できるのです。

    恋をしている時には、待つこと自体はそんなに辛くは無いかもしれない。
    待つことしかできないと言うのが、本当につらいことなのかもしれません。

    つらいことや悲しいことが起きると言うのは、普通は悪いことした時だけのはず。 ただ、あなたのことが好きなだけ。 好きで好きで頭の中から離れないし、好きで好きで心の中から出て行かない。 ずっとずっとあなたに見つめられていたい、それだけのことなのになんでこんなに辛いんだろう?

    付き合う時でも別れる時でも、「もう少し話せたなら、本当の気持ちが言えたかもしれない。」 こう思い返しても、過ぎてしまった時間は取り戻せないのです。

    思い切って告白しても、「今はごめん。」 「今は仕事を優先したいから。」 「今はひとりでいたいから。」 今は今は今は、都合のいい言葉だけど、今はと言う言葉で未来につい期待してしまう。

    だけど、その今というのは、いつまで待てば叶う今なのですか?

    「彼にはひとつだけ悪いところがあるんだけど、それはわたしのことを好きになってくれないところ。」

    あなたの恋は辛いままではなく、嬉しい恋として目の前に現れると思いませんか?

    ♪~~((*^o^*)(o^_^o))~~♪

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    新規一転。

    おはようございます。 今日から少し模様替えとなりましたが、可愛い仕上がりのHPになったと思います。 これから少しづつ陣容を整えていきますので、今後も御愛顧と御支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

    さて、占いに興味のあるなしに関わらず、本気か遊びかも別にして、生きていれば一度くらいは御神籤(おみくじ)を引いたことがあると思います。 特に恋人や夫婦で行くと、つい引いてしまい「大吉だ」とか、「吉や」とか、一喜一憂してしまうかもしれません。

    おみくじを引くのはお正月の初詣とか、何かの祈願に言った時が多いと思いますが、10月と言うのは意外と神社に行くのに適しているのです。 簡単に言うと神様にお願いに行く月でもあるので、行ったついでにおみくじを引くのも良いかもしれません。

    普通の考えで言うと、お正月に初詣と称して祈願に行くのですが、私は以前からそれ自体に疑問を持っていました。 大勢の人が1年に1回だけお参りして、それで神様がお願いを聞いてくれるのか、とても不思議に感じていました。

    そう考えた経緯については話が長くなるので省略しますが、10月に神社仏閣にお願いに行き、1月にその結果や成果を受け取りに行くと言うのが、初詣としては良いのではないのかと思います。

    私が10月に東京出張した時に田宮神社にお布施を奉納して、お客様の幸運をお願いしてきたのは神様にお願いする期間だからです。 人により考え方は色々あるのでしょうが、私は10月にお願いに行き1月に受け取ると言うのが良いのではないかと思っています。

    簡単に書くと? 神様にとっては、10月がお願い事を受け取る月で、11月が出雲大社へ移動してお願いを叶えて良いかどうか神様同士の話し合いの月、12月は自分の神社仏閣へ戻りお願い事を渡す準備の月、そして1月はお願い事の結果を渡す月。 こう考えている人は、私以外にも結構いると思います。

    注:ただし、一般的な普通の考えで行くと1月に初詣でお願いするというのが当たり前みたいな感じがあるので、これを実践すると変わり者と取られるかも?

    話がそれましたが、おみくじを引いて何が出ても本来はその内容の方が重要で、凶だろうが吉だろうが、それよりも書いてある内容の方をよく見た方が良いと思います。

    元々、おみくじの始まりとはいくつか説があり、まず叡山の高僧が信者の悩み相談を基にその回答として作ったものを百首ほど作りランダム抽選により授与していたのが、いわゆるおみくじとして最初と言う説がひとつ。

    もうひとつは、国の祭ごとや政治に関する重要な事項や後継者などを選ぶ時に、神の意思を問うと言う意味でくじ引きをすることがあり、これがおみくじの起源と言う説もあります。 現在のように個人の参拝者が吉凶を占う為に行われる形は鎌倉時代の初期が始まりです。 ただし、当時は自分で籤自体を用意して自分で引くと言うようなこともあったようです。

    おみくじを引いた時に出る吉凶の段階は、その神社により選択が違います。 5段階~7段階~12段階とあり、凝るタイプの宮司さんならば12段階を選ぶし、シンプルイズベストと言うタイプなら5段階得を選ぶと思います。

    その順番ですが「大吉」から始まり、「中吉→小吉→吉→半吉→末吉→末小吉→凶→小凶→半凶→末凶→大凶」の順番です。 12段階分紹介しましたが、これは大まかな区分であると言う点と、その神社仏閣独自のシステムにより順位や等級を決める場合もある為、あくまで参考程度にしてくださいね。

    占いの基本は良いことを言われたら信じて、悪いことを言われたら忘れる&気にしないというので良いと思います。 おみくじを引いてウキウキできたらそれで良いし、いつかの思い出話として話せても良いと考えれば前向きになれると思うのです。

    また、おみくじには色々なタイプがありますが、筮竹などの棒を引いてそこに書いてある番号の籤を受け取るタイプや、くじ自体を自分でつかみ取るタイプ、さらには自動販売機まであるので、その神社により販売形式はかなり違います。

    注:おみくじの自動販売機が、実用新案に登録されたのは大正時代の話です。 商売に関しては、人の知恵と言うものはものすごく進むという一面でもあります。

    もしも凶がでて気になる人は、利き手と反対側の手で木に結べば修行になり、凶が吉に転ずると言われています。 あなたは元々強運なのですから、おみくじには左右されない人生だと思います。

    でも、くじを引いたら結果は気になりますから、遊び気分で軽く引く方がいいかも?

    (-^〇^-)

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    適材適所。

    おはようございます。 今日も元気で素敵な笑顔に、なれていますか?

    私はお客様にお会いできてること自体が勉強になりますし、素敵なあなたを視る度に心に感動をいただいています。 あなたが元気で心が軽くなるのが、私のとっての一番の喜びや原動力になり、さらに努力する気持ちが沸き起こるのです。

    人には歩む道の中で、必ず適材適所と言う名の方向性があります。

    自分には何ができるのだろうと、思い悩んだことは誰しもあると思います。 今のままじゃ駄目だとわかっていても、何をしたら良いのかがわからない。 私自身が何もできずに日々自堕落な生き方をしていたので、その気持ちはよく理解できるのです。

    この世に才能の無い人はいないのですが、才能の方向性を間違えている人はいます。

    例えば? カミソリがいくら切れると言っても、それによりジャングルを切り開く事はできません。 ものすごく切れ味のいいハサミがあっても、それにより切れる素材と切れない素材があります。 いくら切れ味が良くても、人間関係を断ち切ることはできないし、切る道具ひとつとっても千差万別なのです。

    これが人間となると、なおさら向き不向きがあります。

    適材適所の怖い部分は役職や地位が変わったとたんに、力や才能を発揮できなくなる事なのです。 平社員の時はバリバリ働けていたのに、役職がつき部下ができたとたんに能力を発揮できなくなる場合があります。

    有能な営業マンだった人が管理職になった時から、イライラして怒鳴るばかりになってしまった。 部長の時にはその部内をきちんと取りまとめて、人扱いが上手いと言われていた部長が、役員になった時から急に元気がなくなり、存在感がなくなってしまった。 店員として人気もあり販売実績もある人が、店長になったとたんに分からず屋になり、何を言っても受け入れないくらい人が変わってしまった。

    このような事例は、あげていくといくらでもあるのですが、どうして同じ人が~同じ職種で~同じ会社内にいるのに、人が変わったようになるのでしょうか?

    人はそういう場合に、「あいつは、その器じゃなかったんだよ。」とか、「あいつには、まだ無理だった。」などと言いますが、そんな事はありません。

    昇進したから無能になったのではなく、やり方が間違っているから能力の発揮の仕方がわからなくなっていると言うのが正しいのです。 上に昇るというのは力や才能があるからできるのですが、その力や才能があるがゆえに過去のやり方や経験が、そのままなんでもかんでも通用すると思っているのです。

    TVでトップセールスマンだった人が新人社員研修をしている番組が時々ありますが、あんな方法で会社が生き残れたら、たいしたものだと逆に感心してしまいます。 時代に沿わないやり方でいつまで過去の遺産で生きていこうと思っているのか、勘違いしていると生き残れません。

    ある新人研修を請け負っている会社の社長は、ミシンを年間に300台以上売ったと言うのが自慢ですが、昭和30年代にミシンを売るのならばできると思います。 しかし、平成の世で同じように売れと言うのは、現在の生活様式も何も考えていない証拠です。

    昔は物がなかったから手作りでないと間に合わない、内職など家でする仕事でないと働く場所が無かった。 こういう時代から、今のように修理するよりも買う方が早くて安い、女性の社会進出で家にいる時間が少ないなど、昔と今では時間の使い道が違います。

    時代に合わせると言う考え方がない人(会社)は衰退していくしかないし、不景気だとか~社会情勢が悪いとか、自分のせいではなく周りの状況が悪いからだと思い込んでしまいます。

    昨日は上手くいったから、今日も上手くいくだろう。
    去年は良かったから、今年も良かっただろう。

    これでは進歩がなくなり自己満足の世界で生きていくだけになり、気が付いたら裸の王様状態になっているかもしれません。

    今の日本には社員研修を請け負っている会社が数多くありますが、本当に成果があれば退職率(新人離職率)がこんなに高い数値は示しません。 会社に入ったは良いけれど長続きせずに辞めてしまったというのは、研修に余り意味が無いのではと考えてみる必要があるかも?

    立場が変わったなら、まずやり方を変えてみる。
    そうすれば、自分を変えずに済みます。

    自分を変えずに人生を生きていくのは大変ではありますが、基本的な部分は変えずにいれば理念や信念ができます。

    枝葉はいくら変えても良いけれど、幹の部分は変えてはいけないのです。

    あなたは信念や理念を変えずに、進む事ができますか?

    ○)))ヘ(^・・^=)~ ~(=^・・^)ヘ (((○

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    成し遂げること。

    最近は色々な媒体(TVや雑誌など)があるので、その影響かもしれませんが生まれてきた意味を聞かれる人が時々おられます。

    質問自体は変ではありません、自分の生きている意味を探すのも良いと思います。 ただ、生まれてきたのはなぜかと考える前に、人生を歩むうちに成し遂げることはあるのかと、自分に問いかけるのも一考だと思います。

    こう考える方が未来へ向けての意味があると、アヤシイ?霊視カウンセラーとしては思うのです。

    今の日本には1億2千万人以上の人がいますし、地球上には60億人以上の人がいます。 これらの人すべてに~個人別に~、生まれてきた意味を説明できるとすれば神様だけです。

    ヘタレの霊視カウンセラーの私としては、生まれてきた意味を尋ねる人の前世や現世におけるある共通点はお話できますが、個人別の生まれてきた意味はわからないのです。

    生まれてきてから歩んでいく過程において、「将来こういうことをする未来なので、途中で辞めるのはもったいない。」 「未来であなたに出会う人がいるので、出会わないとコレコレこういう運命に変わるので、それでも良いですか?」など、未来における意味はお話できます。

    しかし、何故この世に生まれて来たのかの解析は神様レベルでないと、私程度の実力では無理です。m(__)m

    私はいつも思うのですが、「やりたいことをやらずに死んでいく。」とか、「誰にも必要とされない人生を送る。」 これが人生においては、一番不幸なことではないのかと思います。

    せっかく生まれてきた以上は、何か自分が生きてきた証を残して誰かに喜んでもらう人生、これこそが人生の最後において一番幸せを感じれるのではないのかと思うのです。

    誰かの記憶の中に住もうとすると、その人の記憶の中に残る何かを成し遂げなければ、記憶の中に住まわせてもらうことはできません。 記憶の中に住もうとするなら一番手っ取り早いのは、相手にとってかけがえのない人になれば良いのです。

    その人にとって忘れえぬ人になり、かけがえのない人物として住むことになれば、他人と違う自分を相手の記憶の中に一生住むことになるのです。

    もしも恋をしているのなら、相手にとってその気持ちが隠せないくらい、その思いを伝えることができていますか?

    もしも恋を続けたいのなら、行く時も2人で帰る時も2人、恋に墜ちている苦しい思いを楽しい思いに変える必要があるのです。

    やりたいことをしようと思えば、誰の目も気にしないというのが必要になります。 「こうしたら、あぁ言われるかもしれない。」 この思いは人としては当たり前の感情なのですが、これに縛られてしまうとできることもできなくなります。

    こんなくだらない感情のせいで、あなたの素晴らしい才能が開花できないとすれば、どれだけの損失かわかりません。

    人の言うことは外野の意見として、「気にしない」のが一番です。

    人の言うことを一々気にしていると、前に進むことすら怖くなってしまいます。 人の意見を聞くと言うのは良いことですが、全ての意見が重要なわけではありません。

    もしも、人の言うこと(意見)が全部正しいのなら、私が小学校~中学校の9年間で言われていた「知恵遅れと言う評価」や、会社員時代に「お前は生きている価値がない。」と言われたことは、今の私を見て正しいと思いますか?

    人の評価と言うのは当てにならないけれど、人の意見も聞くのも大事という相反する両面があります。 しかし「意見の重要性」を選別するのは、他ならぬ自分自身なのです。

    ある意味「常識」と言うのは、昨日までの自分が見につけた偏見と言う名のコレクションなのかもしれません。 幸運と言うのは大胆な人や行動を起こす人に、微笑みかけることが多いのですから…。

    あなたが明日へ向かっていけるだけの説得力を持つ意見は、どれだと思いますか?

    ♪┐(・。・┐) ♪♪(┌・。・)┌ ♪

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    立地条件。

    日本全国どこでも商売をする上で、駅前と言う言葉は魅力的なものです。 テナントでもマンションでも、「駅前ですから…。」 この一言で賃料や販売価格がすぐに跳ね上がります。

    ところが日本全国単位で言うと、駅前でも空いているビルやテナントの場所は意外と多いのです。 (立地条件は良いのですが、家賃も高いため入れないことも多々あります。)

    倉敷でも駅前の東ビル(旧三越)は空いたままで、現在某デパートと交渉中ですが、報道によると仮契約まで行くようです。 東ビルにデパートが来るのなら入居させてもらおうと、あの手この手とする人もいるかもしれませんが、商売をしていく上では仕方のないことです。

    幸いなことに私はそんなことをしなくても、どうにかこうにかやっていけるのでお客様に感謝の気持ちで一杯です。そのおかげでズルイことをせずに、清く正しい生き方ができるのです。

    さて、地方における中心市街地の空洞化は、車社会の発達や生活スタイルの違いからも生まれてきて、郊外の駐車場があるお店でゆっくり買い物をしたいというライフスタイルとなりつつあります。

    駅前となるとそれなり以上の資金力や企業規模が必要になり、三越&そごうのクラスに出て行かれてすぐにすぐ、「ハイ、次が決まりました。」 なんて事はありえません。 2年~3年と月日は流れて、4~5年ほっとかれる建物も珍しくありません。 これはひとえに無計画が産んだ産物で、未来予測がさっぱり立っていないからこうなるのです。

    「誰ひとり歩かない駅前。」

    こうなってからでは遅いのですが、こうならないと気付かない人も多いのです。 大規模テナントが撤収してしまえば、アトは小規模のみで細々しないといけないけれど肝心の集客力がないのです。

    おまけに駅前の再生には色々な問題が発生するのですが、そのひとつに地元商店街との話し合いがあります。 空いているテナントビルに目玉となるようなものを呼んでくると、今度は地元商店街が閑古鳥になりかねない。 こう危惧される為に、激安スーパーや大型量販店は呼ぼうと思っても呼べないのです。

    一応建前としては「今までデパートと肩を並べて営業してきたプライドがある」とか、「激安店を入れると品格が落ちる」とか、理屈はつけるけれど本音を言えば「自分の店の売り上げが落ちるのは嫌!」 やる前から負けることを考えていたり、自分のお店に魅力が無いのをわかっていなかったり、理由は何であれ地域の発展を考えないと、自分のことしか考えていない場合は調整が難航します。

    大型テナントが出て行くことを言う前に、今まで恩恵を受けていたことも忘れないようにする必要があります。 大型テナントが居る時にしっかり儲けておきながら、少しでも損し始めると途端に文句を言うのは、人間の本質として自分だけ良ければと言う見苦しい考え方だと思いませんか?

    あぁだこぅだという前に、まずやらなければならないことは一杯あるのですが、どうしても自分が楽な方に行く為に誰かのせいにすると言う精神がていたらくを招くのです。

    私はお客様の才能や可能性にものすごく期待していますが、昔から全ての大偉業は「無理だと言われたこと」がほとんどです。

    過去の偉人の多くは、反対されたり馬鹿にされたりしました。 しかし、才能や可能性を笑う人がいても、現実の数々の功績はそういう声に耳を傾けていたらなかったから、なしえたことばかりです。

    空想~空想と言いますが、同じ空想をするのならおもいっきりデカイ空想をした方が楽しいと思います。 創造するのはタダだし、想像するのも自由です。 同じ思うのであればデカイ事や到底無理だと思うような夢を、最初は描いていけば良いと思うのです。

    常識~常識と言いますが、誰かに迷惑をかけるのならしてはいけないのですが、自分が苦労したり自分が努力することにまで常識を当てはめなくてもいいと思うのです。

    大きな目標を立てて叶うと良いなと考えるのは、建設的で素晴らしいと思うのです。

    あなたの夢は、どれくらいデカイですか?

    (○゜ε^○) ぷぷっ

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    恋愛とは。

    「人を好きになるって言う気持ち」は、どういうことだと思いますか?

    彼のことを好きになる、相手のことが気になって仕方がない、つい目で追いかけてしまう。

    これが恋の始まりとは言うけれど、恋と言うものの正体は誰にもわからないのです。 ただ、相手のことが好きと言う一言でしか表せない。 けれど心の中では、いくつもの好きが交差して、悲しかったり嬉しかったりするのです。

    アヤシイ?霊視カウンセラーとして、さまざまな恋愛を拝見させたいただくたびに思うことがあります。

    私が視る恋愛とは、「心の占有率」ではないのかと思うのです。

    人には感情と言うものがあり、当然の事ながら日常を過ごしていく上で色々なことを考えながら生きていきます。 人の思考回路と言うのは、常に何かを考えている状態が普通であり、何も考えないと言うのは「無の境地」と言われるように、天才とか神の領域と言われるほどです。

    あなたが朝起きて会社に出勤するまでにも、「顔、洗わなきゃ。」「今日も電車込んでいるかなぁ?」「う~ん、良い天気!」などなど、常に何かを考えています。

    恋愛を成功させる為には、この「心の占有率」の部分をあげていく、つまり占める割合(領域)を増やしていくしかないのです。

    例えば、あなたがAさんと言う同じ会社の同僚を好きになったとします。 このAさんと「知人&同僚」と言う立場から「友人→彼女→奥様」となっていく為には、Aさんの心の占有率を上げるしかないのです。

    Aさんの心の占有率(100)のうち、半分である50を占めることができたなら、それはAさんがあなたに夢中になって、もう離れることは無いと言う瞬間でもあります。 (心の占有率とは恋愛だけじゃないから、50を占めることができれば充分なのです。)

    例えば、Aさんの心の占有率(100)が、「仕事=50、趣味の車=25、友人や家族=20」と言う状態ならば、あなたと言う女性との恋愛に使える心の占有率=5なのです。 こうなると、あなたと言う存在(5)は「他の95」にかき消されてしまい、Aさんにとって心にはあるけれど、重要ではないということになります。

    逆にあなたの心の占有率はどうなのかと言うと…?

    あなたがAさんを気になり始めた時には、あなたの心の「25」くらいをAさんのことで占めている状態です。 次にAさんのことが寝ても覚めても何していても気になるというのは、もうあなたの心の占有率のうち「50以上」がAさんで占められているということです。

    人が恋愛に対して本気になるというのは、心の占有率が50を超えた時なのです。

    「50と言う占有率」が、相手を好きと言う意味での50ならば、寝ても覚めても彼のことしか考えられないと、相手があなたの心の中にいる50です。

    「50と言う占有率」が、魅力と言う意味での50ならば、「好きです。」と告白されること、つまり相手の心の中にあなたがいる50になるのです。

    恋愛とは、「いかにして相手の心の中の占有率を増やせるか?」と言う戦国武将並みの戦略が必要なのです。

    恋は計算してできるものではないと言いますが「恋には色々な形」があり、その中身は100人いれば100通りで、イケメンや高収入が基準の人もいれば、優しさや誠実さなど性格重視の人もいます。

    「もてる」と言う言葉の裏側には必ず「魅力」と言う言葉が隠れていて、「魅力」とは何を基準にしているかで中身と意味が変わってくるのです。

    相手に求める基準がお金なら、高収入が魅力となります。
    相手に求める基準が顔なら、ハンサム&美人が魅力となります。
    相手に求める基準が性格なら、優しい&誠実が魅力となります。

    新しい自分を探している人は常に基準が変わり、色々な経験と共に本当の基準が判明してきます。

    あなたは好きな人の心の中を、どれだけ占めることができていますか?

    LOVE★⌒ヾ( ̄〓 ̄ヾ)

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    再生。

    ふるさと再生と言う言葉を聞いたことがあると思いますが、「地方をなんとかしないと…。」 この思いや考えは良いことですが、実際問題として成果はどれだけあがっているのでしょうか?

    人間性は別にしても、知事のおかげで宮崎県が生き返ったのは事実です。 トップセールス(社長など一番上の者が営業すること)で脚光を浴びてはいますが、知事の存在が活性化のひとつのヒントです。

    東国原知事はタレントとして、売れてはいたけれど最近はどうだったかなと言う感じです。 しかし、県知事と言う新たな価値ができればTVなどのメディアが飛びつきますから、宮崎県が自然と報道されることになります。

    観光名所や名産品など紹介されない日はないくらいですから、宮崎とすれば地場産業の活性化により税収アップ+観光などで地元に落ちるお金を計算すると、今度は東国原知事に辞めてもらっては困ると言う計算になります。

    各デパートで名産品店をしても、お中元やお歳暮などの商戦をしてもお客様の行列ができるのは宮崎県のコーナーなります。

    ここでひとつの例ですが、沖縄ではゴーヤなどに加えて「沖縄そば」というのがあり、その沖縄そばのインスタントラーメンがお土産物としては好調です。 しかし、その品物の製造販売は誰がしているかと言えば、関東に本社を持つ食品会社が「沖縄そば」に目をつけて作っているのです。 つまり、地元の企業がしているわけではない、目の付け所の差により地元の収益にはなっていないのです。

    地元の企業も手をこまねいているわけではないのですが、残念ながら後発であるがゆえに戦略が遅れています。 日常的に食べていると、それ自体が土産物として通用するとは思わない、この辺が目の付け所と言うのです。

    実は日本にはちゃんと、「地方の特産品の発掘」を商売にしている人達がいます。 埋もれている美味しい物や素晴らしい物を次々と発掘して仕掛けていくのですが、この沖縄そばもそのひとつだったのです。 美容や健康に良いと沖縄料理店が都市部で流行っていると言うことは、お土産物にも最適だと考えてすぐに行動に移す人がいます。

    沖縄は基本的に地場産業と言うか、基地や観光に頼る面が大きいのは否めないのです。 ですから、県外の沖縄ブームに乗りたくても零細企業ゆえの失敗は許されないと言う面で、県外の大手企業に気持ちの面で負けているのです。 それにより全国への販路拡大ができず、忸怩たる思いで大手企業のやり方を見ていたのです。

    沖縄が全国失業率トップなんて事にならないように、地元企業を応援する団体もできてはいるのですが、気持ち的に元気でないといくら良いアイディアでも活かせないのです。

    沖縄は当然ですが暑いので、暑い中で日常的に過ごしていると、暑い日にも熱いラーメンを食べても平気となるかもしれません。 つまり日常的にしていることで、「普段している人にとっては普通でも、他から見たら変。」 こういう部分に目が行かなくなるのです。

    ならば、熱い沖縄そばだけでなく冷やして売ればいい、冷やし中華と言うのもあるくらいだから、東京&大阪のヒートアイランドに冷やし沖縄そばとして売れば、売れるかもしれない。

    熱い物があるなら冷たい物があってもいい、そういう単純な考えです。 アイスクリームの天ぷらが可能なのですから、そばの冷たいのくらいできる筈と言う発想です。 (注:以前の沖縄の話で、今は冷やし沖縄そばがあると思います?)

    ふるさと再生は、アイディアが良くないからできない⇔良いアイディアならできると、きちんと自分の責任を考えれば難しくないのです。 ふるさと再生を例に出しましたが、なんでも見方や発想を変えれば生き残りはできるのです。

    私は前世のカルマや先祖が怒るとか言うことはありませんが、それで商売が成功したら世の中倒産するお店や会社はなくなります。 (お墓参りに行くだけで商売が成功したという人を、私は知りません。)

    お客様から御相談を受けた時に、その人の為になるような方法とは千差万別で、前世や先祖で物事が上手く行けば苦労はないのです。 もしも先祖が怒ると言う人がいるのなら、先祖に説教している私が寄付できたり人生を変えることが出来たのは、どうしてですかと聞きたいです。

    「あなたのアイディアは、とても素晴らしい!」 アトは実行して成果を見るだけだと思いませんか?

    (;` ´)D ・・・・・・・・・→◎

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    貧乏ネタ。

    吉本に麒麟と言う漫才コンビがいますが、この田村と言う人のビンボーネタが受けているようです。 しかし、私はこの話を聞いていると自分の実体験と重なり、笑うどころか共感してしまうことの方が多く、「そうだよなぁ~。」と思ってしまうのです。

    例を出すと? 芸人仲間と食事に行っても、みんなが不味いと言う意味がわからない。 初めて食べる物だから美味しいとしか思えないのに、いつも食べている周りの芸人仲間は「今日の○○は、不味いなぁ~。」 つまり食べたことがないから比較の仕様がないと言うことなのですが、私も具のない麺だけのパスタや肉のないカレーばかりだったので共感できます。

    双子のコンビのタッチは全然似てないし、違う別人が幽体離脱ネタをしているようにしか見えず面白くないから笑えないのですが、麒麟田村の貧乏ネタは身につまされる為に笑えないのです。

    私の先祖は元々岡山県ではなく兵庫県で、私の祖父がお寺を継ぐのを嫌がり神戸に出ていました。 そして岡山県から来ていた祖母と知り合い結婚したのですが、戦争が始まったので祖母の実家がある岡山県に疎開してきたのです。

    祖父と祖母の職業を私は言いたくありませんが、それはその職業で得た高収入により父が甘やかされて育ち、父の自堕落で我侭な人生が始まったとも言えるからです。

    私の叔父さん(父の兄)などは父の借金癖のおかげで、どれだけ迷惑をこうむったのかわかりません。 (今はほぼ絶縁状態で叔父さんも岡山県に帰ってくることはなく、父は実の兄弟はおろか親族全てに相手にされていませんが自分の選んだ道です。)

    話がそれましたが、山崎家の墓は当然兵庫県の某お寺に今もあり、祖父がお寺を継いでいれば、私はアヤシイ?霊視カウンセラーとして素敵なお客様に会うこともなく、ごく普通に僧侶として人生を終えていたかもしれません。 ただ、父は相変わらず生臭坊主として、ろくなお坊さんにはなっていないと思いますが…。

    麒麟田村の貧乏ネタを聞いていて、ふと思い出したのは晩御飯になると父が我侭を言っていたことです。 肉は○○牛でないと~豆腐は京都の○○でないと~、このように贅沢なことばかり言って、家にお金を入れないのに晩飯が悪いと怒鳴ったり、暴れたりしていました。

    麒麟の貧乏ネタをTVを見ていて、ある夜の晩御飯に関する話をふと思いだしました。

    ある日のこと、家から5キロほど離れた場所にあるAと言うスーパーで、通常は「4個で200円」するコロッケが、その日は特売の為「4個で100円」だったのです。 母は家族の為に一生懸命だったので、少しでも節約の為に片道5キロ(往復10キロ)を自転車に乗りわざわざ買いに行ったのです。

    そしてコロッケを手に入れて帰る途中で、Mと言う自宅から150メートルくらいの所にあるスーパーの前で、白菜とキャベツどちらも100円と言う看板を見た為に、自転車を店の前に止めて中へ入りました。

    キャベツを買えば、今日の晩御飯のコロッケに付けることができる。
    白菜を買えば、明日の朝ミソ汁に入れることができる。

    母はどちらにするかをお店の中で考えて、しばらく悩んだアトで白菜を購入しました。 白菜を細く切ってキャベツの代わりにして、残りはミソ汁に使うつもりだったようです。 (注:貧乏だった為、私は小さい時から秋刀魚をウナギ、青菜をほうれん草、白菜とキャベツは同じと教えられていました。)

    そして、白菜を持ってお店の外へ出て自転車に近づくと、なんとコロッケがありません。 自転車のカゴに入れたままにしていたので盗まれたのですが、母はせっかく買ってきた4個100円のコロッケを盗まれて相当ショックを受け、すぐにスーパーMの電話を借りて近所の交番の巡査さんを呼びました。

    母は、「おまわりさん、買い物カゴに入れていた、4個100円のコロッケを盗られたぁ!」 それは必死で訴えかけたようです。 家族の為に往復10キロの道程でコロッケを買いに行ったことや明日の為に白菜を買ったことなど、一生懸命に説明をしている必死な母。

    そんな母を見て巡査さんは可哀相になったのか、ヒトコト言いました。

    「山崎さん、ワシが100円出してあげるから…。」

    麒麟田村の貧乏ネタは、私にとって昔の記憶を呼び覚ますことはあっても、決して笑えないのです。

    あなたは、意外と贅沢な食生活だということに気が付いていますか?

    ((( T_T) トボトボ

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    焦らない。

    失敗は成功の母と言うように、失敗から人は色々なことを学ぶのですが、私自身も失敗の塊のような人生なので反省する日々です。

    物事は予測通りに行くものではないので、余計なことを考えてもその通りには行きません。 しかし、焦っていると良いようにしようと力が入りすぎてしまうのです。 肩の力を抜くとか、リラックスするとか、自由自在にできれば良いのですが、神様でもない限り難しいです。

    昔の私は何とか上手く行くようにしようと焦る毎日でしたが、今はなるようになるとしか考えていません。 いつしかお客様がゼロの日でも、「今日は休養日だぁ~、本でも読もうかな? それとも掃除しようかな?」 こう考えるようになりました。

    商売をしている人がつい考えてしまうのが、「今日はお客様が少ないから、どうしよう?」

    こうやって焦る気持ちはわかるのですが、焦った所で何も変わらないのです。 お客様がいない→売り上げがない→家賃&経費が払えない、こうやって悪循環の方へ進んでしまうと、もう頭の中は負のスパイラルと化して、知らない間に不運の方へ行ってしまいます。

    いつもと変わらない自分でいると言うのは意外と難しいのですが、何があろうとも平常心でいることが、自分の人間性を作り上げていくと思うのです。 人に何を言われても、その人の理論ではそうかもしれないけれど自分の理論ではこうだと、自信を持って生きれば良いと思うのです。

    運命の流れで、お客様が少ない方が良いと判断された。
    運命の流れで、仕事を変える方が良いと判断された。
    運命の流れで、恋が上手く行かない方が良いと判断された。

    このように、自分のせいではない何かが働いて決まってしまったことは、もうそれ以上は逆らわない方が良いと思うのです。

    お客様がゼロの日は休養日、看板を隠されたらお客様が増える前兆、朝嫌なことがあれば昼から良いことがある、ネガティブな状況はポジティブな未来が待つからこそ起こると考える方が幸せです。

    焦ると良いことはなく落ち着いて物を見れなくなるだけで、決して得策ではないのです。 後で考えるとどうしてあんな事をしてしまったのかと思うのは、自分が冷静になれた証拠で「気にする事=成長した自分」と考えれば良いのです。

    人の心の成長度は許せる範囲で決まると思うのですが、相手を許せる範囲の広い人は心が豊かでないと無理なのです。 相手の言葉や態度を許し自分の心に平穏を保てるのは、人間性が素晴らしいからに他なりません。

    焦らない為には許せる範囲を広げることで解消できて、許せる範囲を広げることで怒らないようになります。 怒らないようになると人が近づき始めて、焦らなくなり笑顔が増えていきます。 あなたが知らない誰かに近寄るとしたなら「怒っている人と笑顔の人」と、どちらに近寄ると思いますか?

    怒ることが少ない人の周りには、常に人の輪ができているはずですが、それは学歴や地位や収入で決まるものではないのです。 怒らないで笑顔を作ると言うのは、やろうと思えば明日からでも~誰でも~自分の心がけ次第でできることだと思います。

    今日できることは、今日すればいい。
    明日できることは、明日すればいい。

    ただし、「今できること」と「今やらなければいけないこと」の区別をきちんとして、焦りはしないけれど後退はしないように進めば良いのです。

    何がなんでもと力を入れすぎると、失敗します。
    できれば良いけどできなくても良いと力を抜けば、成功します。

    不思議なことに力を入れると失敗するのに~適当にやると成功する、これは実際の所リラックスしているかどうかの差と、力みが抜けたことによる運命のご褒美なのかも知れません。

    努力は必要ですが、力みは必要ありません。 何かを始める時は自然体でやる方が上手くいく、それが太古の昔より神様に決められた法則かもしれません。

    もしも今のあなたに困ることが起きていないのならば、起こるかどうかもわからない不幸を案じるのはもう止めにしてくださいね。 あなたの人生は現在進行形であり、この物語はまだまだ続いていくのです。

    あなたは余計な所にまで、力を入れ過ぎていませんか?

    ?? (* ̄Θ ̄*)??

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    方位。

    日本で転勤や引越しをする時に方位を気にする人がいますが、方位で人生は決まらないので気にする必要はありません。

    北の方へ行くと不幸になるとか、南の方へ行くと自動車事故に遭うとか、方角を気にする人は意外と多いのですが、狭い国土の日本でそんなことを言っていたら、どこにもいけなくなります。 方位を気にして転勤命令を拒否してクビになったら、その方が良くないと思います。

    家やマンションを買って喜んでいると、親戚や友人など含めて一人はいるものです。 「この方角は○○~etc。」 なんてあほなことを言って、せっかく良い気分でいるのを腐してしまう。 それが嘘でも本当でも、言われた方としては良い気持ちがするわけないのです。

    昔々はなぜ方位が重要だったかと言えば、昔は土葬の為に家の周りがそのままお墓になっていました。

    そしてその墓がある墓場からの方角を意味するのが、方位の始まりです。 それと言うのも現代の火葬と違い、土葬の場合は感染症などの病気で亡くなった状態で土葬すると、その周りの土が良くない土壌になります。 ですから、昔は土葬やお清めの時にお米を土に蒔いていたのです。 (なお、土に塩を蒔くと逆効果で土壌を痛めてしまいます。)

    そして、昔は移動手段も限られていたので、土葬の影響を受けない場所への引越しは容易ではなく、南の方だと暖かい為に腐敗も激しく臭いなどもありました。 今は火葬の為、家やマンションの前にお墓や火葬場があると視覚的に嫌だと言う気分の問題で、それほど重要ではなくなりました。

    何で今も方位のことが重要視されるかと言えば、人も生きているのだから「快適な環境の方が気持ち良い。」 これが最大の理由だと思います。

    植物を例に取ると、北側で影になってじめじめと育つよりも、南側で風通しがよく水もある状態の方が、すくすくと成長すると思うのです。 しかし、人間は植物ではないので、どこでも快適に住もうという努力をした結果が、電気~ガス~水道などの生活環境を整えると言う知恵です。

    ですから、「凶方位だから引越しは大丈夫かなぁ?」 こう考えている人は、生きていく姿勢や行動の方が大切なので心配ありません。

    移動する方位が良ければ、努力も何もせずに商売繁盛するかと言えば無理です。
    就職先の方位が良ければ、仕事しなくても出世するかと言えば無理です。

    同じように家相も気にしすぎると、間取りが決められなくなります。 玄関がこの位置で、トイレがこの位置で、こんなこと言うと道路や下水の位置の関係でそこにしかつけられない場合はどうするのと、私は思ってしまいます。

    家相の基本は、「住んでいる者が、心地良く住みやすい」と言うのが一番なのです。

    それに人は生きているのだから、昨日も今日も明日も、全て同じ状態なんてありえません。 方位や家相を気にするヒマがあるなら、キッチンの横にトイレをするなどの無茶苦茶な間取りはしないことです。 食事しながらトイレを見るなんて気分的に変ですし、方位を気にするよりも、地震大国日本の場合は天災など自然の猛威に立ち向かう家作りの方が大切です。

    それに方位の矛盾点として、「嫌な方へ引っ越さなければならないと判明した途端に気分が悪くなる」と言う点です。

    まだ引っ越してもいないし、まだ住んでも居ないのに、「嫌な思いをする。」と言うのはおかしな話です。 方位が悪いというなら、引越ししてから嫌な気分にならないといけないのですが、引越し前に聞いた瞬間から嫌な思いになる。 それでは気分の問題でしかありえないと、自ら証明しているのと同じです。

    悪いと考え始めて、原因を全て方位のせいにして、真実から目を背けるとさらに悪化する。 こんな悪循環に陥るよりも、悪い方位に行くのならばこう考えてください。 最低から始めるのだから、もうこれ以上悪いことは起こらず、次は良いことだけが待っているはずだと、プラス思考になってください。

    私自身は自分の意思で引越しや移転をしたことはなく、どこの場所でも店舗でも全て大家さんの都合でした。 アトから振り返ると「普通の占いで言うと○○だった。」と判明したくらいで、移転前には何も考えずに運命の流れに従っただけです。

    注:マザーテレサが最初に作った施設の経緯を知っていれば、方位なんて当てにならないとよくわかります。 外国の言葉に、「ソファに座りポテトチップスを食べながら、TVを見ている人には魔法が効かない。」 こういう言葉がありますが、これは知らないでいると悪いことは作用しない&気にならないと言う例えです。

    もし仮に方位が作用するとしても、現代社会では会社都合とか家族事情とかが関係して、自分の意思で移転しない場合が多いです。 その場合は移転しろと命令を出した方にその作用が働くので、あなた自身には何も起こらないのです。

    方位? 家相? 「でも、そんなの関係ねぇ!」 (もう、古いですか?)

    クルクル (・_・)(_・)()(・_)v(°∇^*)⌒☆ブイッ!

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    原点回帰。

    原点回帰とは、昔と同じ状況や最初の状態(初心や基準など)に戻ることを言います。

    物作り産業で空洞化と叫ばれる現象が起きて、昔は日本で作っていた物が今は海外の人件費の安い所で作るようになりました。 (ブラウン管式TV、下着、靴下、爪楊枝、割り箸など、etc~。)

    それにより低価格で物が売られるようになったのですが、日本国内で物を作らないのなら産業界における労働人口が不要になり、減らさざるを得ません。

    工場の生産ラインでも、今まで作っていた物を海外へ移管すると、そのラインが不要になり働く場所がなくなります。 トヨタ自動車は別として、それ以外の企業は一部上場企業ですらリストラしている時代なので、もはや安定企業と言う言葉は死語なのかもしれません。

    本当の経営者と言うのは、まずお客様の幸せ。 次に働いてくれている人達の幸せで、最後が自分でなければいけません。 せっかく会社の為に働いてくれている人達を、大切に出来ないで会社が発展するわけがないのですが、それがわからない人が多いから簡単にリストラしてしまうのです。

    これからの日本は回帰現象が起き始めるので、その時に私利私欲でしか考えられない経営者は問題外ですが、トップはどういう決断をするのか「手腕&行動力」の見せ所です。

    これはどういう意味か、わからない経営者も多いと思いますが…?

    東京の伊勢丹や大阪の阪急デパートなど大手クラスでは、最近の事務処理は日本人がしているわけではありません。 この規模の販売になると納入伝票だけでも、1日で8000~10000枚になります。 これをコンピューターに入力するのは大変ですし、必要な人数や打ち込む時間を考えると経費は莫大なものになります。 (仕入れ価格など表に出せない部分もあり、今までは日本人がしていました。)

    ところが現在では、昼までにスキャナーで伝票類を読み込み、インターネットで中国に送ります。 そして3~4時間で打ち込んでもらい、夕方には再びインターネットで送り返してもらう仕組みになっています。 今まで日本で朝から晩までかかって打ち込んでいた内容を、3~4時間で済ませるので時間が圧倒的に短くなります。

    これにより打ち込みなどの単純作業は、ドンドンと中国などの人件費が安い方へ流れていきます。 この打ち込み作業における正確さは97~99%くらいなので、ほとんどミスもなく日本の企業からすると安価で正確で速い為に使いやすいと良いこと尽くめになります。

    では、何故こんなに早くて正確なのかといえば、同じ伝票は2人1組で打ち込んで数字など何かに相違点がある場合は、目で知らせるプログラムにしてあるのです。 日本では1枚の伝票を2人で打ち込むと言う非効率な事はできませんから、中国の人件費の安さが可能にしているのです。

    日本だと3~4人でしている事務作業を、50~80人でしているのだから勝負になりませんが、いつまでもこれが続くわけではありません。 それは人件費の高騰が目の前に迫ってきているからで、今の事務関係の月給は日本円にして1万5千~2万円くらいで、この給料だから今のような事務処理が行えます。

    回帰現象が起きるというのは、今まで海外にゆだねればよかった単純作業を相手先が断り始めたら、一体誰がするのかと言う事です。

    伝票の打ち込みにしてもPC全盛の今から手書きに戻せませんし、打ち込みに人件費を掛けないといけないようになれば、会社の経費全体の見直しが迫られます。 おまけにしなくなった業務を復活させて、またやり始めるのは誰が陣頭指揮を執るのか?

    ※朝から晩まで、一日中PCの前で数字入力だけを一日8~10時間。 これを365日繰り返せと言われれば、普通はキツイと思います。

    人間と言うのは楽な方にはすぐに慣れるのですが、苦しい方にはナカナカ慣れる事ができません。 物作り産業の空洞化の次は事務の空洞化が起こり、さらに元々できていた業務内容が今更できなくなるという、技術面や人材面での空洞化が待っています。

    人は安易な予測を立てたがりますが、予測と言うのは間違う事が多いというのを念頭において、それから計画を実行しなければなりません。

    あなたは予測の立て方が、甘い方ですか? それとも辛い方ですか?

    ヤレヤレ~(・▽・~)(~・▽・)~ホレホレ

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    トンチンカンな私。

    おはようございます。 昨日の午前中に帰ってきて、午後から鑑定を再開しています。 いつも新幹線で行くので、たまには飛行機でと思ったのですが、これが今回の大失敗の元でした。

    なんと40分の大遅刻をしてしまい、最初のお客様に大変な御迷惑をおかけしてしまい、逆にお客様の方から「何かあったのか?」と問い合わせがあり、御心配をお掛けしてしまいました。

    何でこんなことになったかと言うと、私が頭の中で時間を1時間カン違いしていたのです。

    今回私が乗る便は珍しく一杯で、搭乗手続きやゲート通過だけで30分以上かかりました。 どうやら団体旅行が一緒のようで、通常は6割程度しか埋まらない岡山⇔東京間が満席でした。 まず出発の時点で約15分程度の遅れが出て、次に気流の関係でさらに5分ほど到着が遅れました。

    満席の飛行機から出るのも私は一番後ろの席だったので、ここでも約7分くらいロスしています。 新しい羽田空港内で迷いながら電車の改札まで約8分程度かかり、ここまでで約34分程度ロスが出ました。

    そして、信濃町駅まで電車で行って田宮神社(お岩稲荷)へ行きました。

    前回来たことでなんとなくお気に入りになってしまい、今回もキチンとお布施をしてきました。 (内容は、お越しくださるお客様が元気で運が良くなるようにと言うことを中心に書いてきました。)

    実はめぐり合わせと言うか、偶然と言うのか、今回はお岩さんの子孫の方が居られて、少し話してきました。 出会いがあれば行動する、せっかくお岩さんの子孫の方が目の前にいるのに話しかけないと、この機会がもったいないと思い話し込んでしまいました。

    その方は元々学校の先生で校長までして、現在は退職されて専門学校の講師をしているとのことでした。 今日もこれから会合に出かける予定なので、ちょうどそのタイミングで私が行った為に出会えたのです。

    注:ここで、「あれっ、たみや家はお家断絶じゃないの?」 こう思う人がいると思いますが、それは「東海道 四谷怪談」の中の話で、「民谷(たみや)家」の方です。 実際は「田宮(たみや)家」なので、お家断絶どころかキチンと御子孫の方がいらっしゃいます。 (今回私がお会いしたのは、田宮家の御子孫の方です。)

    気さくな方で、「中へどうぞ」と言ってくれて、中へ参拝する手順などを教えてくれました。 お賽銭箱に向かって右手に、「靴を脱いでおあがりください」と書いてありますが、これは中へ勝手に入って良いそうです。 「えっ、誰もいないのに勝手にお参りして良いんですか?」 そう聞いたら、「ここへお参りに来る人で悪い事をする人はいませんし、人を信用できないようではいけません。」 私はそれを聞いて、「凄いなぁ~」と感心してしまいました。

    ここも日本全国からお参りがあるそうで、お賽銭箱に向かって左手に小さな祠があり、その前に小さな赤鳥居があります。 実はその鳥居は寄贈された物なのですが、姫路のある方がここへ商売の祈願に来て、お店が上手く行ったのでお礼がしたいということで寄贈されたそうです。 (他にも色々と聞きましたが、また後日書きます。)

    厚かましくあがり込んで、御子孫の方と色々と話し込んでいたら、あっという間に時間が過ぎてしまいました。 ここで私が勇気を持って話しかけなければ、縁を結ぶことなど無かったことです。 「話しかけない⇔話しかける」 この二つの選択肢のうち、話しかけると言う方を選んだから、こういう御縁になったのだと思います。 (私は東京出張の時はダメモトで色々な人に話しかけているので、それにより縁ができているのはありがたいことです。)

    ※「私は岡山県倉敷市で霊視カウンセラーをしています。」と言っても、馬鹿にするわけでもなく普通に応対してくれたのは田宮家の人柄が良いのでしょう、今回も良い出会いとなりました。

    そして、信濃町駅まで歩いていると、この日はちょうど某宗教団体の集まりがある日で、人の波&車の波に遭い、駅までの道のりが通常よりも約5分程度ロスが出ました。

    なお、この時点で合計39分程度のロスが出ているにもかかわらず、私は全然余裕でした。 それと言うのも、私の中では鑑定開始が「12時」ではなく「13時開始」と言う風にカン違いしたままなので、「移動時間のロスがあっても、余裕だなぁ~。」と、とぼけたようなことを思っていたのです。 (この時、あと1時間半以上あると思っていました。)

    ところが電車で移動している最中に連絡があり、某駅で降りてから携帯を見ると12時からご予約のお客様からの電話連絡で、「先生、何か緊急事態ですか? 事故にでも遭ったんですか?」と言われ、この時点でも私はまだ「いえ、元気にしてますけど…?」 このようなトンチンカンなことを言ってしまいましたが…。

    ( ̄△ ̄;)エッ・・?

    時間の勘違いに気づいた瞬間から冷や汗もので、ホテル会議室までプーさんのごとく猛ダッシュして準備に取り掛かり、本当に焦りまくりでした。 通常ならこの40分と言う時間のロスは埋めることができませんが、一人目のお客様が寛大な方だったと言うこととドタキャンが出たことで、この時間のロスが取り戻せたので助かりました。

    今回の東京出張は、私のミスが無ければヨカッタヨカッタで終わるところですが、今後はこのようなことの無いように、さらに気をつけたいと思います。 m(__)m

    では、また今日からログを再開しますので、よろしくお願い申し上げます。

    m(。-_-。)m ゴメンナサイ

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    恋バナ。

    恋の話は数々あれど、同じ話はひとつも無いのが恋バナの不思議な所です。

    確かにシチュエーションは似てはいるけど、その中身が違ってくるのは歩んできた人生の差で、まったく同じ恋など存在しないのです。

    男のずるさかもしれないけれど、「オマエのこと、好きだったから…。」 こう言って過去形にして、物語を終わらせようとする。 好きだったと言うヒトコトで終わりになれば、もう次へ進めると思っているのが男性の恋に対するスタンスなのです。

    誰でも別れ話をするのは余り好きではないけれど、しないと次の恋は始まらないから思い切ってするしかない。

    男性が女性に向かって別れの時に、「オマエって強いよなぁ。」 こう言う言葉の裏には、「お前は強いから俺と別れても大丈夫、だからもう終わりにしよう。」 こうやって自分に免罪符を与えて、自分の心の呵責を軽くしたいから出る言葉であり、本当に相手のことを考えているのかどうかは、相手の人間性で推し量るしかないのです。

    仮に5年間付き合ったとして、今更言う言葉じゃないのです。 付き合った時間と想い出の量が、強いかどうかは教えてくれているはずなのに、言い訳するのが男のサガなのです。

    「ごめん…、ごめん…、ごめん…。」 謝るだけで本当の理由を言おうとしない。

    どうして別れたいの? わたしのどこが嫌になったの? わたしがアナタに何かした? 矢継ぎ早に問いかけても、口からこぼれ出るのは「ごめん」のヒトコトだけなんて、ずるいと思うかもしれません。 ごめんじゃなくて本音が聞きたいと思うかもしれませんが、男性の言う「ごめん」は、その時は何も言えないという本音でもあります。

    平穏無事に終わらせたい、騒がれたくない、後々何か言われたらなど、理由としての言葉はいくつもありますが、男性にとって一番困るのは「別れないと言われた瞬間」なのです。

    別れないと言われた瞬間から、どんな男性でも心は平穏ではいられません。 冷静に見えても次はどう言おうかと考えて、次々とその先を読み始めますが「まず謝っておこう。」 これに思考回路がたどり着くから、「ごめん」と言う言葉が出ることが多いのです。

    私は恋愛相談を受けた時に、相手の男性がどういうつもりで付き合おうと言ってきているのかを視て、下心満載の場合は答えられないのでオブラートに包んで言うしかない時が意外とあります。 それは選択肢により変わるので、一概に駄目とか良いとか言えません。

    しかし、好きじゃないのに付き合おうと言ってきているのが視えた場合に、どう言えば良いのかが、未熟者のわたしにはわからない時があります。

    身体を重ねたかった、あなた。
    言葉を重ねたかった、わたし。
    そしてその先にあるのは、重ならなかった想い…。

    お二人の行く末を見た時に全部が全部幸せじゃなくても、上手くいくなら応援したいと思います。 しかし目の前にいるお客様自身が不幸になるなら、今は幸せだとしても未来は違う為にお答えしづらいのです。 この世には永遠とか絶対とか、存在しないのはわかっていても、ついそちらに思いを馳せるのが人間なのです。

    会いたい時には、会えない。
    会いたくない時には、会ってしまう。

    恋愛の神様は、あなたのことを嫌いなのか? 好きなのか? わからないような運命を運んできます。

    「恋愛は素敵、恋するあなたは美しい。」 ドンドン恋をして磨かれていく姿は、きらきら輝いていると思います。

    昨日までは、辛い恋をしたかもしれない。
    今日までは、悲しい恋をしていたかもしれない。

    例えるならば、「彼は隣にいるのだけれど、彼の心は隣じゃなく違う場所にいる。」

    こんな恋とはおさらばして、明日からは素敵に輝くあなたがきっといるはずです。

    あなたの恋は、今日も新しい出会いを求めることができますか?

    アノネ (/^o(・・*)フムフム


    PS:明日14日は東京出張鑑定に行きますので、14&15日のログはお休みします。 ログは16日(火)より、鑑定の方は15日(月)午後より、再開いたします。

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    隠されている真実。

    おはようございます。 今日の青空はあなたの未来を祝福しているようで、素晴らしいと思います。

    今日の青空は誰にでも同じなのですが、同じ人間でも身長~体重~家庭~環境など全てが違うので、同一視できないことが世の中にはあります。

    私はいじめられたと言っても生きている以上は、死ぬほどではなかったと言う見方もできるし、いじめに耐えることが出来たという見方もあります。 人生は1000人いたら1000通りで、似たようなことはあっても内容や状況は全然違います。

    人は目の前にあるものに目を奪われてしまった時は、道を誤りやすいのです。

    例えば、妻子ある男性を好きになったら、自分の生活か? 相手の生活か? どちらかを壊してしまう道に入り込んでしまいます。 頭ではわかっていても、目の前に衝撃的なことがあると冷静な判断ができなくなるのです。

    これは人の感情として避けられないことで、選挙などでも候補者が有名人を呼ぶのは、人の心に訴えかける作戦でもあります。 例えば、A候補の隣に浜崎あゆみがいたら、浜崎あゆみのファンの人なら、「あゆが言うんだから…。」 なんとなくA候補に対して、好印象が心に刻み込まれてしまいます。

    しかし、冷静な判断ができる人なら、「出演依頼を事務所にして、選挙の応援に来てもらっている。」 選挙ですから金銭の授受はなくても依頼はしていると、その裏にある事柄を考えられます。 そうは言っても選挙において有名人を呼ぶと言うのが繰り返されるのは、この作戦が有効であるとの証明です。

    人は目の前に有名人が来ると(今までは嫌いでも)、急にその人のファンになってしまうのです。

    これがTVなどメディアのパワーと言うか、どうしてもTVや雑誌に出ている人の方を正しいと考えてしまいがちになります。 有名人が右と言えば右の方を正しく感じてしまい、その時点でもう冷静な判断は出来なくなります。 残念ですが目の前にある「人や物など」に目を奪われると、違った道を歩いていることにも気が付かないのです。

    占いの世界でもTVや本に出ている有名な先生が言えば正しいけれど、地方のアヤシイ?霊視カウンセラーが言えば信用性がないというのが現実の壁です。 (この壁は凄く大きいので一足飛びには超えられない為、自分のできる範囲の事を誠実に努力するだけです。)

    同じように寄付の仕方にも目を向けると、その人間性がなんとなくわかります。

    例えば? お店のレジ横に募金箱が置いてありますが、あれは来店したお客様が善意で入れてくださるもので、お店の人が自分が寄付しましたとデカイ顔をするお金ではありません。 お越しくださるお客様が入れてくださったお金に、自分のお店の売り上げを加えて寄付して、初めてそう言えると思います。 (お釣りの中から寄付したお客様の善意は素晴らしいので、それはとても敬意に値することだと思います。)

    その他にも例を出すと、もしも私が今より有名になってサイン会やコンサートを開いたとします。 (あくまで過程の話で、そんな未来はないです。)

    そして、ボランティア団体の人に、「私の会場で物品販売をして、その売り上げで寄付できるなら、ドンドンしてください。」 こう言ったとしたら、表面的には凄いとか~あの人は良い人だと思うかもしれません。 しかし、冷静に考えるとサイン会やコンサートの売り上げから寄付はしないし、自分のギャラからも寄付はしないと言う部分にキチンと目を向けないといけないのです。

    注:某カウンセラーの人は寄付しないといけない場合は、その金額を自分のギャラに上乗せして請求するのでちゃっかりしていると思います。 ただし、それでも寄付するのは良いことだし、今後も言うだけじゃなく続けて欲しいと思います。

    場所を貸すというのはタダでできることに加えて、お越しくださるお客様に、「あぁ~、○○はあのボランティア団体に協力しているのかぁ~、さすがだなぁ~。」 とこんな感じで売名効果抜群と言う、そんないやらしい狙いを隠しているカウンセラーさんもいます。 (もちろん、全部じゃありません。)

    有名人は自分のイメージ回復の為にボランティアに走る場合がありますが、何か起きた時だけじゃなく継続的にして欲しいと思います。 年収1億円を超えているような人が年間5万円の寄付をして、「私は寄付しています。」 なんて言われたら嘘ではないけれど、人間性が垣間見えるかもしれません。

    世界中の誰よりも熱い思いを胸に秘めている、素晴らしいあなたと縁のある幸せを感じながら、私はお客様に恥じない生き方をする為に今後も精進を続けたいと思います。

    あなたの善意は、裏表のない心からの行為ですか?

    C= C= C=C= C= C= (((((( *≧∇)ノノノ キャー

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    トリアージ。

    何かを同時にする場合や、何かが同時に起こってしまった場合は、どちらを優先するかの順位を決めなければなりません。 両方を同時にできないのであれば、どちらかを先にしてもうひとつの方を後でする。 人生は意外とこれの繰り返しなのですが、人は常に自然と優先順位を決めています。

    「仕事の予定を入れた途端に彼からの電話があり、予定を入れた日にデートしようと言われた。」

    このような二者択一をしなければならない時に、その物事の優先順位がどうやって決まるのかと言えば、その事柄に対する重要度が決め手になることがほとんどです。

    彼とラブラブな時期であれば彼と逢うことを優先します。 仕事で新しい部署を任されて、これが決めてとなり出世がかかっていると仕事が優先になります。

    優先順位とは、その時の状況やその時の心理状態が作用する為に、必ずどちらかが正解とはなりません。 その人により愛が優先だったり、仕事が優先だったりします。

    例えば? ダイヤモンドを欲しいと思う人は、それに興味があり美しいとか鑑賞して目を楽しませて心を豊かにすると言う気持ちでいるから思えます。 しかし、食べ物がないなど生きることに必死な人の前では、ダイヤモンドの価値はないに等しいのです。 いくらダイヤモンドでも食べ物など生きると言うことが優先ならば、それを買う人がいない為に価値が存在しないのです。

    優先順位を決める時に、「あの時こうしとけば、良かった…。」 こうならない為にも、日頃から優先順位の価値基準をきちんと決める必要があります。

    病院などではこの優先順位により生命の危機が訪れるので、生半可な気持ちではできない場合が多いのです。

    この優先順位のことを、救急救命センターや救急外来などでは、「トリアージプロセス」と言います。 (略して、トリーアージとだけ言う病院が多いです。)

    トリアージとは元々野戦病院で使われていた言葉で、かすり傷の者と生死にかかわる者を受け付け順に診察していたら大変なことになります。傷病兵の負傷の程度により治療の優先順位を決めていました。 その為、危機的状況における優先順位での決定原理を意味しています。 

    野戦病院では、薬も医師も看護師も何もかも足りません。 それなのに優先順位を決められないと、助かる人まで助からなくなります。 すばやく相手の状況を見極めて、どの程度の怪我なのか? この判断によりどれだけの人が救われるのか?

    自分の行動に責任があると言うのは、プレッシャーでもあり~生きがいでもあると思います。

    私はこの優先順位をどう考えるかと言えば、昔の私は本当に恥ずかしい話ですがお金優先でした。 父がいくらでも借金を作るのでお金だけを追いかける浅ましい考えで、今から思うと恥ずかしくて仕方がないのです。 今も手元にお金が残らないのは同じなのですが、事務所経費や生活費を除いた残りは全部寄付に回しているので、誰かの役に立つお金になり活きた使い方だと思っています。 (ただし、これは自己満足ではないのかと、それはそれで悩む時もあります。)

    エジソンの言葉に、「天才とは、1%の霊感と99%の汗である。」 と言う言葉がありますが、私も同感です。 努力なしに成功がやってくるのは小説の中だけで、この世の中に代償(過去)のない成功(未来)などありえないのです。

    あなたのトリアージプロセスは、何を基準としていますか?

    バサッ~~\(-_- )Ξ( -_-)/~~ バサッ (-人-) オネガイ

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    眠り。

    夜眠れなくて困っている、夜になると明日が不安でたまらなくなる、私はこういう気持ちが嫌と言うほどわかります。

    私自身が学生時代には、「学校に行きたくない、休みたい。」
    社会人になってからは、「会社に行きたくない、休みたい。」

    毎日毎日~嫌で嫌で~仕方がなかったのですが、行かないといけないという気持ちを掘り起こして行っていました。

    人間には超えられない苦難は来ないと言いますが、いざとなれば何とかなるという気持ちは、ある程度の時間が経たなければそう簡単には思えないのです。 私も今は何とかなるの精神ですが、人間ですから「焦り」や「どうしよう?」 このような気持ちは今でも度々あります。

    そうなると、「夜が来ても眠れない。」 私は気にすると夜眠れないタイプですから、早く寝ないといけないと思い出して余計に眠れなくなるということの繰り返しでした。

    人間に限らず生きているものは全て眠りに付き、当然のことですが人間も眠りに付くのですが、その眠るということができずに脳も身体も両方疲れが取れないままと言うのは、毎日生活していくうえでとても万全とは言えません。

    人は眠らないと生きていられない生き物なのですが、人の身体の中でも睡眠不足に弱いのが大脳です。 少しくらい睡眠不足でも筋肉が衰えることはないけれど、大脳に関しては睡眠不足の影響で脳細胞が破壊されたり適正な指示が出せなくなるなど、色々な支障がすぐに出始めるのです。

    すると脳は、自己防衛の為に細胞の破壊を食い止めようとします。

    それが睡眠であり、もしも睡眠をとらなければ脳細胞の破壊は進み、脳細胞が次々と死んでいき、脳が指令を出せなくなるというのは、人として生命が尽きるということなのです。

    睡眠と言うのはこれくらい大切なのに、現代社会では夜眠れないという人が増えています。

    それは、会社における人間関係だったり、将来への不安だったり、人は生きている上で自然とトラブルバスターの性質を持っているのです。 ある意味トラブルがないと平和ボケと言う言葉があるように、危機管理能力が持ってはいるけど使わない為に退化する事態も起こります。

    実は眠りに入る前の10~15分間は、眠りに入った後の影響を与えることがあります。 寝る前に仕事のことを考えたり人間関係の事を考えると、眠りに入った後に潜在意識に嫌なことをさらに書き込ませる作用が起きます。

    これを防ぐには、遅く寝て早く起きる。 どんな人でもこれを繰り返すと自然と眠くなるので、夜眠りに入る速度が自然とあがります。 眠りにつくのが早くなるのなら、潜在意識に嫌なことを書き込む暇がなくなり、眠りの質が違ってきます。

    ここまで読んで「あっ!」と気が付いた人もいるでしょうけれど、これを良い方に使えば夢の実現も早くなるのです。

    なんでもそうですけど一度やるだけで効果があるというのは、明らかに方法が明確な場合や、明らかに正解でありそれ以外にないというような、結末がわかってはじめること以外にないのです。 潜在意識も一度思うだけでは使いこなすことはできないし、一度思うだけで正解が出るほど潜在意識は浅い物ではないのです。

    お店を出したい、看護師になりたい、美容師になりたい、漫画家になりたい、○○になりたいなど、自分が思うことを潜在意識に刻み込んで、「これだけ言うのだから、叶えてあげなきゃ?」 潜在意識がそう思うように、仕向けるのもひとつの手です。

    ※潜在意識とは、睡眠時もしくは深くリラックスした状態の意識を言い、日常的に意識されるものではありません。 人の機能として意識して動かしていたのでは間に合わない部分(呼吸、心拍、消化体温の維持など)を、常に動かして維持管理しています。 また、潜在意識は自律神経と連動しており、現実でも想像でもある状況になると、自律神経と連動して、その状況にふさわしいと潜在意識が判断した状況を作り上げます。

    叶えたい想いや願いを眠りにつく前に、毎晩潜在意識に語りかけてください。

    そうすれば、可能性の扉を少しづつ増やしてくれます。

    可能性の扉を増やすということは、正解(夢)にたどり着く道が増えるのです。

    あなたの心の中に、秘密の扉はいくつ開いていますか?

    {[(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)]} zzz...

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    徳を積む。

    悪口や陰口などを誰かに言われると、気になると思いますがどう対処すればイイと思いますか?

    私は元々自閉症で知恵遅れと言われていじめられていたので、凹みやすいけれど打たれ強かったりという、ある種の矛盾があるタイプなのです。

    相手が自分を好きになってくれるはずがないと言う敵対意識のような、相手に何か反論しないといじめられると言うような、被害妄想的な状態が続いていました。

    責任を誰かのせいにして自分は悪くないと主張すればいじめられないと考えて、ああ言えばこう言うという感じで揚げ足を取ったりして、ますます嫌われると言う自己矛盾状態で悩みまくっていました。

    「自分は悪くないのに…。」 こればかりで自分の反省をしていなかったのですから、みんなに嫌われても仕方がない人生を送っていました。

    悪口や陰口は誰でも言われたら嫌でしょうけれど、実はこれがとっても良い方に作用する場合があります。 それに気が付かない私が未熟者だっただけなので、今となっては、悪口や陰口は気になる存在と言うよりも、ありがたい事なのです。

    順を追って説明すると…?

    まず悪口を言われると言うのは、その人の事を嫌いだと言う人がいるからです。

    ところが嫌いな人に何か言われても気にする必要が無いんです。 嫌いな人に嫌いと言われても、元々嫌いなのだから、こちらが何を言ってもどう行動しても、気にいらないものは気にいらないのです。

    つまり存在していることが気に入らないのだから、悪口を言う本人に人間的余裕が無いのです。 その余裕の無い人の言葉を優しく受け止めてあげる、その余裕があれば自分の人間力の向上に役立つと思います。

    それによく考えてみると、嫌いな人に悪口を言われるよりも好きな人に悪口を言われた方が、10倍も20倍も辛いと思います。

    次に悪口を言われる人と言うのは、通常は何か人と違う才能が隠れているから、いじめられる事があります。

    通常は人間の生まれもつ生態機能として、相手とある程度合わせ抑制を掛けて目立たないようにしますが、相手が感じ取ってしまう場合は、その違いを隠せません。 ならば、その違う部分が活かせる道を進めば、「悪口から賞賛」に変わります。

    さらに悪口や陰口を言う人は、自分自身の自己矛盾に気が付いていない人なのだから、大きな心で優しく包んで上げる必要があります。 仮に「山崎は○○だ!」と、何かについて悪口を言われても大歓迎です。

    実は悪口を言っている本人は気が付いていないのですが、悪口を言う事で、気分がすっきりしていると言う、反面教師的な事実があります。

    これはその人の気分を良くしているのだから、徳を積んでいるのと同じです。 私は悪口を言われても、「その通りです。」 そう言うだけです。 私の悪口を言う事で気分が良くなっているのだから、ひとりの人間の心を救う事ができてとても喜ばしいです。

    悪口を言われる事によって、何もせずに功徳が積めるのだから、とてもラッキーなのです。

    誰かの為に何かしないと、一度にたくさんの功徳を積むと言うのは難しいのですが、「悪口を言われることで、言った人の気分がスッキリする!」 ならば、悪口を言われても一切反論せずに、「あぁ、これでひとりの人の心を救えた!」 こう思った方が良いと思うのです。

    以上の事により、悪口を言われる方としては2つの利点が発見できます。

    ①:「悪口を言われる事で、自分の行動や生き方の反省点が見つかる。」 普段自分ではわからない部分の反省材料として捉えて、ドンドンとグレードアップができるのだから大歓迎です。

    ②:「悪口を言われる事で、その言っている本人の心を和ませて徳を積める。」 目の前であろうと~カゲ口であろうと、自動的に功徳を積んでいるのだからとても楽です。 言われれば言われるほど、運が良くなってくるのだから、「悪口を言ってくれて、ありがとうございます。」 こうお礼を言わないといけないくらいです。

    こういう考えになると、悪口大歓迎になり嫌な事を言われたと言う感覚がなくなり、「悪口=指摘」として、自分が良くなるのだから本当にありがたい事です。

    嫌いな芸能人の、「ベスト10」に入っている人をみると?

    好きな芸能人の、「ベスト10」にも入っていると思いませんか?

    悪口を言われる事により相手の気持ちをすっきりとさせてあげて、自分は何もしないのに勝手に徳が積めれて自動的に運が良くなっていくと考えれば、人生が楽しくなってきます。

    あなたは大丈夫、良い事ばかり起こるようになっているのですから~。

    (*^o^*)オ(*^O^*)ハー

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    夫婦&恋人関係。

    いつの時代も夫婦関係の難しさは、こじれればこじれるほどお互いが譲れなくなってきます。 (恋愛中の恋人同士でも、こじれれば同じです。)

    話し合いがすんなりできれば良いのですが、その話し合いが怒鳴り合いになることもしばしばです。 お互いが好きで一緒になったはずなのに、その先に見える幸せな家庭作りを放棄するような事態になってしまうのは、何故なのかをきちんと考えてみるのも良いと思うのです。

    そして、きちんと話をした結果の上で歩く道が違うとわかったなら、お別れするのもやむなしです。

    彼(御主人)と過ごしてきた過去の時間の中から、拾い出してみて考えることをいくつか当てはめてみて、それにより修正するかどうかを決めてみても良いので、まずは過去の自分と過去の彼(御主人)が、どのようにしてきたのかを思い返してみてください。

    あなたと彼が(御主人)お付き合いを始めた頃から感じていた知識やマナーを、共有できていますか?

    あなたと彼(御主人)の両方がお互いに対する愛情を持ち続けて、その愛情をきちんと相手に対して表していますか?

    あなたと彼(御主人)は責任感と共に相手の手助けをしたり、尽くすということをしていますか?

    話し合いといっても、考えがずれてきているのに話し合っても喧嘩になることが多いのですが、せめて話し合うのに最適な時期を合わせること位はしても良いと思うのです。 元々話し合いをするくらいだから、その時点でそうとう考え方がずれてきています。 考え方がずれているのだから、せめてお互いが落ち着いて話せるような時期を選ぶ努力はしないといけないのです。

    また、話し合いをする場所も日常空間だと過去の思い出がよみがえり、「あの時はこうだった。」 こういう感じで思い出さなくてもイイことまで思い出してしまいます。 それを防ぐ為にも、できればきちんと場所を設けて話し合うのもひとつの手です。

    ※なお、時期や場所に関わらず、相手の機嫌が良い時に話をするのは基本です。

    話し合いをする時期や場所が決まれば次は肝心の内容ですが、これにもしてはいけないことがいくつかあります。

    基本的に邪推な考えを持つと、相手に読み取られて話がこじれることが多々あります。 純粋な別れたいと言う気持ちで話をしないと、「お前だけよければイイのか? 俺はどうなるんだぁ!」 このようにお互いが自分の不利益なことを、相手にぶつけ合う話し合いになってしまいます。

    また、話し合いが佳境に差し掛かると相手の欠点や間違いを指摘して有利に立とうとしますが、これもやりすぎると逆効果になります。 理詰めでやんわりと指摘して自分の欠点を自分で気付かせるようにしないと、話がこじれるだけです。

    もう、今更過去の罵り合いをしても始まらないのですから、二人が話し合うと言うのは未来へ向けた準備でなければならないのです。

    恋愛中でも結婚後でもお互いの話し合いと言うのは、トラブルを未然に防ぐと言うことでもあるのです。

    お互いが普段から心の中に不平不満を溜めないように話し合いをしていれば…?

    恋愛中の2人なら、お互いを尊重して一緒に暮らすことを選ぶと思います。

    結婚後の2人なら、お互いずっと大切にして助け合う家族になります。

    お互いの気持ちがずれた時にどう話をすれば良いのか、自分の中で整理整頓できていますか?

    (/ ̄ー ̄) (/ ̄ー ̄)ハロー!

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    存在理由。

    人は時々自分の存在理由を知りたくなりますが、それはいつとか~どういう時とか、決まっている訳ではありません。 なんとなく自分は必要とされているのかと、つい考えてしまうのだと思います。

    私自身が失敗だらけの人生だったので、過去を振り返ると情けなく感じてしまいます。 昔の私は人のせいにばかりして自分の事だけ考えて、おまけに余裕がないから落ち込んだりイライラしたりと本当に恥ずかしいです。

    先日も大失敗だったのですが、私の恥ずかしい話をひとつ…。

    私は西ビルが休みの時(年末やお盆など)だけ男性を鑑定していますが、8月13日に予約した男性は6人中6人がキャンセルでした。 キャンセルするだろうと視ていても、さすがに6人全員キャンセルは凹みました。 連絡無しのドタキャンですが、連絡できないわけがあるのだろうと思うようにしています。 (元々、男性のキャンセル率は40%くらいです。)

    しかし、来ないという選択を選んだ男性を責めるわけには行きません。

    選ぶのはお客様であり、私がコントロールできるわけではないからです。 もしも私にもっと凄い魅力があれば、この日に予約を入れた男性もきっと来店されたはずです。 これを経験として活かす為には、キャンセルされない為の魅力作りと言う部分の強化が必要だと反省しています。

    上手くやりたい、良いようにしたい、こう考えるのは人間心理として普通です。 ただし、相手がコントロールする部分を、何とかしようと考えたなら無理がかかります。

    例えば、「明日は遠足だけど、雨が降ったらどうしよう?」 しかし、天候の事は個人ではどうしようもありません。

    自分でコントロールできる範囲の事は考えるけれど、自分でコントロールできない範囲においては考えないようにするのも大事です。

    仮にあなたが野球選手だったとしたら、練習や体調管理は自分でできるから限界までやれます。 しかし、ファンの意識や野球評論家の見方をコントロールする事はできません。 コントロールできない以上は、考えないで自分にできる事をするという姿勢でいいんです。

    スポーツ選手を例に取りましたが、あなたがお店を出そうとする場合も同じです。 店舗を決めて内装をきれいにして、看板を出してチラシを配り宣伝する。 これは全部自分でできる事なので、逆にやらないといけない部分でもあります。

    コントロールできる範囲において手抜きをするのは、失敗ではなく怠惰と言うのです。

    私はいつも失敗だらけですが、お客様が優しい目を持って温かく見守ってくれているから、助けられている部分が凄く大きいのです。 「山崎は大した事ないけれど、ヒマでかわいそうだから行ってあげよう。」 こうやって助けていただいているからこそ、お客様の心の温かさが身に染みるのです。

    偉大な先人でもあるエジソンは、実験においては失敗と考えませんでした。 5000種類以上の材料で実験して、フィラメントを作り上げて成功させたのですが、その時に言った言葉は、「フィラメントに適さない物を、5000種類見つけただけだ。」 こう考えていたのです。 それは、自分の意思で研究や発明をしているのに、何で失敗とか苦労とか考える必要があるのかと、根本から考え方が違っていたのです。

    夢を追いかけている人ならば、「自分のしている事が世の中に必要とされているのかどうか?」
    お勤めなど組織に属している人ならば、「自分はこの場所において必要とされているのかどうか?」

    お店でも会社でも、存在理由がないのならば消えていくしかないのです。

    自分が世の中に必要とされているかどうかの問いかけは、謙虚な人ほど出来るのです。 傲慢な人は、自分が絶対だと思っているので問いかけなどしないのです。 「自分なんか…。」と言う卑下する問いかけではなく、「必要とされよう!」こう考えて欲しいのです。

    あなたは自分の存在理由を、存在価値に昇格できますか?

    レ(゜゜レ) ガッツだぜ!

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    自動販売機。

    おはようございます。 今日も良い天気で、あなたの素晴らしい一日を表しているようです。

    話は変わり、効き目があるかどうかは別として、一応健康の為に朝の通勤途中に、駅の自動販売機で野菜ジュースを購入しているのですが、この自動販売機は日本に何台あると思いますか?

    ※日本だけとは言いませんが、世界的に見ても日本は多い方の国です。 海外で自動販売機なんて置いてあると、自販機ごと持っていかれるか? もしくは壊されて中の品物とお金を持っていかれるのがオチなので、危なくて置くことができないという理由もあります。 つまり、日本は良心的な人が多いと言う、裏返しでもあります。

    今の日本には、約250万台以上の自動販売機があります。 そして、メーカー側の意見として、「自動販売機は定価で売れる!」 これが美味しい理由のひとつで、設置場所を競い合うのも無理はありません。 (ただ、逆に価格破壊で設置場所を増やしていく戦略の企業もあり、今後はそう簡単ではないかも?)

    日本一売れる自動販売機の売り上げは、1ヶ月に25,000本を売り、金額にすると300万円以上の売り上げがあります。 置いてあるだけで何の接客サービスもせずに、1日で10万円以上の売り上げがあるのだから、メーカー側も管理する側も両方美味しいのです。

    ただ、最近は置きすぎと言うか設置も限界に来ているのも事実で、都心部など人が密集する地域では、30人に1台の割合である計算になります。 おまけに、自動販売機にとっての大敵がいるのですが、それはなんだかわかりますか?

    答えは「コンビニ」で、昔は24時間営業と言えば自動販売機だけだったのが、今はコンビニに行けば24時間空いている上に、雑誌やお菓子など飲み物以外も買うことができるし、コンビニの数も都心部では少し歩けばどこかにあるという状態です。

    それにより、今までは楽勝だったのに急に売り上げが落ちてきたという自動販売機が出てきて、場所を貸している地主さんの方もメーカー側に撤収依頼をすることが増えてきました。 (自動販売機は意外と電気代がかかるし、保守管理も結構な手間なのです。)

    そこで各メーカーは限られた設置場所の取り合いになるのですが、場所の見つけ方としては…?

    ひとつには自動販売機などの機械の設置場所を探す会社があるので、その会社(個人含む)に設置場所を見つけてもらうという方法があります。 これは依頼のあったメーカーの自動販売機の設置場所を見つけて、地主さんと交渉して設置すれば1台いくらという歩合制です。 (ちなみに都心部で1台置く場所を見つけると、歩合は10万円前後です。)

    もうひとつは既存の設置場所を地主さんに交渉して変えてもらう、つまりライバル社の機械があるのを取り除いて、自社の機械を置かせてもらうという交渉力がものを言います。 売れる場所を求めて設置場所のオーナーに攻勢を掛けて、ライバルから如何に場所を奪うかなのです。 その為、東京都内だと「一晩で100台前後」の機械が入れ替わっているのです。 (自動販売機は、深夜か早朝に入れ替えをするのですが、長くなるので理由は省きます。)

    ※なお、自動販売機の利用は男性と女性のどちらが多いかと言えば、購入データーでは男性の利用が80~90%と言う結果が出ています。

    自販機メーカーは最終的にどれだけ生き残れるのか難しい過当競争に入っていますが、シェア50%以上を誇るのが巨大帝国コカコーラです。 コカコーラは1962年に始めて自販機を設置したのですが、現在87万台以上を稼動させて1日の利用者数2000万人を誇る、トップメーカーなのです。

    基本的にコカコーラの自販機を見かけない日はないと思いますが、主要な場所は全部押さえてあるし、安売りもしないし、当たりなどの景品もつけない。 (お財布ケータイや情報の提供はしていますが、製品自体は大切にする姿勢があります。)

    自社のブランドに自信と誇りを持っている為、「置かせて欲しい」と頼まれることも多いので、他社より一歩抜きん出ているのです。

    飽和状態の中、独自のやり方でコカコーラを追いかけるのが、アサヒ飲料と伊藤園です。 実はこの2社は、都心部を中心として法人営業部隊を組んで、新宿などの眠らない町を中心にして連日企業に自社の自販機設置を売り込んでいます。 売り上げが低い機械はどこの会社も撤収したいのですが、そこにスキマを見つけて「ウチの機械を置けば有利ですよ」と売り込むのです。

    このように自販機ひとつとっても熾烈な競争があるのですが、同じような風景でも目の付け所で面白いドラマが隠れています。 ここのお店は? ここの会社は? この○○は? このように見ていけば、色々な視野の広がりがあると思います。

    あなたは街を歩いていて、どれだけ色々なものに興味を向けていますか?

    (((; ̄∇ ̄)~((((;_△_) コケッ?

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    フリマ。

    私が一番最初に占いに属する事をしたのは、フリーマーケットなのですが、そのフリマ時代には占いが中心ではなく、うどんやパスタやお菓子を製造して売っていました。

    父親が反省のない借金大魔王の為、いくらでも借金を作ってくるので通常の仕事以外に朝4時くらいからフリーマーケットにて出店していたのです。 土日だけでなく平日でも開催されればどこでも行きましたが短い期間なので、さすがにこの時に私を見ていて覚えている人は余りいないと思います。

    その当時はうどんの製造販売などをしていたのですが、手打ちうどんをパックに入れてそのまま販売するのと、その場で食べられるようにするのと両面で営業していました。 しかし、材料代や出店料などもあり儲けと言うほどではありませんが、焼け石に水程度にはなりました。

    そしてそのうち、パスタも自分で粉から作り、生パスタ&乾燥パスタも追加して必死でした。 そして、慣れてくるに従い色々な事ができるようになったおかげで、フリマ時代最後の方ではドーナツやクッキーも作って売っていました。

    今から考えると信じられないのですが、うどん~そば~パスタ、ドーナツやクッキー、何でもござれ状態でしたけれど、どれも粉から作れるので材料代がかからない為、何とかやれたのだと思います。 (フリマ時代のおかげで料理に自信がついたのもありますが、今やれと言われても無理かなぁ?)

    ひとつの例としてですが、「お菓子作りの趣味が高じて、実際にお店を出したが失敗した。」 これに準じた話は良く聞くと思いますが、何が原因でこうなると思いますか?

    これは言いづらいのですが、一番の原因はその技術レベルそのものです。 心を込めてとか、一生懸命と言うのもちゃんと出来ていると思います。 残念ながら一番重要な技術レベルが、お店を出す上でどのくらいなのかを知っていなかった為に起こる事なのです。 (エラそうなこと言って、ごめんなさい。)

    「お菓子をあげる」と言えば、「ありがとう」と受け取ってもらえるかもしれない。 けれど、「お菓子を買って」と言えば、そこには金銭の授受が発生するのだから、美味しくないとか~味がいまいちなど、相手が欲しいと思う部分を刺激しないと無理なのです。

    お菓子をあげると言って受け取ってもらえるのは、無料だからとか~知っている人だからとか、何かの利点+相関関係にあるからお菓子を受け取ってもらえるだけで、実は味や形には然程の物がなかったと言う現実が隠れているかもしれないのです。 それに気付かずにお菓子のお店を出せば、現実の壁に阻まれて自分の方向性を見失ってしまうかもしれないのです。

    私はフリマ時代にうどんやパスタなどで、何とかブース代は出せたと言うのが自信になったのもあります。 うどんやパスタやドーナツなどは、コンビ&スーパーにいくらでもあるので、お金を出してまで買っていただくと言うのは、とてもありがたかったです。

    ただし、肝心の占いの方はどうだったかと言えば、フリマ時代の1年間くらいの間に見た人は5~6人?だったのですが、これは本当の話でなんと1年間の総合計が10人に達しなかったのです。 看板を出してはいたけれどお客様はほとんど来ないと言う、事実上開店休業状態でした。

    その為、出店料は当然うどんやパスタの方で稼がないと、とてもやっていけませんでした。 まぁ、今もフリマ時代とそう変わらないので、鏡リュウジさんや○○さんに比べると予約待ちの人数や期間などでも、そうとう負けているヘタレの私です。

    こういった経験があるがゆえに、お気軽にお店を出すと失敗してダメージが大きいと言うのが骨身にしみているのです。 自己啓発本などが気軽に独立を進めていますが、あれはあくまで人口の多い都市部の話ではないのかと感じてしまいます。

    例えば、東京のような都心部なら何のお店を出しても、そう心配する事はないと思います。

    いくらでも人通りがあるし、そこそこ流行るとか~なんとか経営して行けると言うレベルが目標であれば、「真面目~正直~コツコツする。」 これだけで独立の夢は、ほぼ叶うと思います。 ラーメン屋さんでも居酒屋さんでも、信じられないくらい酷いお店があるけれど、それでも営業していけるのです。

    不味ければ逆にそれが売りとなって、「ねっ、ほんとに不味いでしょ?」 このように話のネタになるからと、違う意味での行列店になったりします。

    都会で流行るからと言って、地方でも大丈夫とは限りません。 東京で有名なお店が地方に出店しても軒並み潰れたり撤退している、この現実をどう見るかは個人個人の考え方です。 逆に地方から都会へ出たお店が、如何に検討しているのかを見ると、恵まれていない状態からのスタートの方が、自力がついて困難を乗り越えられると思うのです。

    あなたは自分の中にある追憶を、良い思い出として原動力にできていますか?

    ==((( (/* ^^)/ ハロ~~  (´・ω・`)モキュ?

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    防げない。

    感覚の差と言うのか、基準の差と言うのか、運の分かれ目と言うのもその時の判断でゴールが変わるなんて事は、人生ではよくあると思います。

    思いもよらなかったことや、想定していなかったことに対処できないのは仕方がないと思いますが、そうなるだろうとわかっていてもできないことは一杯あります。

    「あぁ~、こうなると思っていたのに、どうしてやっちゃったのかな~?」 お気持ちはよくわかりますが、もうしてしまったことは戻せないのです。

    私自身も失敗だらけで、中々いいようにできないので悩むことは多々あります。

    どうして、こうしなかったのか?
    どうして、もっと良いように言えないのか?
    どうして、もう少し良い対応ができないのか?

    「後悔、先(後)に立たず」と言いますが、人はしてしまったことを思い悩むのは仕方がないのです。 感情と言うものがある限りは、例え自分の心であろうとも自由自在に操ることはできません。

    私自身を例に取ると、「私の接客態度(お客様への応対)に問題がある。」と常に考えていなければ、今の現状で満足してしまいます。 満足してしまえば更なる成長はないので、それは自己満足の世界で終わってしまいます。 (ごめんなさい、気をつけます。)

    人間には学習能力がある為、何度もあることや何回もすることは自然と対応できるようになります。 しかし、何度もないことや1~2回しかやらないことにおいては突発事故と同じで、どうして良いかわからないと頭がパニックになってしまいます。

    1年に1~2回しかない出来事で、例えると…。 「遠くから来たんだから、予約はないけど他の人をキャンセルしてでも…。」 文章にすると一行しかありませんが、この文章を解析していくと?

    まず、「遠くから来た」 これは発信する側と受け止める側で認識のずれがあると、誤解を生んでしまいます。

    発信する側が、「備前市や福山市を倉敷市から遠い」と言っているとします。 しかし、私の方は「えっ、遠いということは北海道かな? 東京かな?」 こう考えてしまいます。 遠いという距離感でも、日常において接する状態がこの差を生み出してしまいます。

    次に、「予約はないけど他の人をキャンセルさせてでも」 これは発信する側が自分の都合しか考えていない状態なので、受け入れるわけにはいきません。

    日常における感覚の差がこのようなことを生み出しているので、発信する側と受け止める側の温度差を気をつけないと、「彼&彼女」「御主人&奥様」「上司&部下」「友人&知人」など、お互いの良好な関係にヒビが入ってしまうかもしれません。 (目の前のことしか見えないと、幸運を逃してしまいます。)

    自分の感覚が全てと考えずに相手はどう感じているのかを考えてみると、誤解を招かずに済むと思います。

    未来と言うのは変わるものですが、自分でコントロールできない部分を変えるのは難しいのです。 2年前に事前に言っていたことが今現在起きたとして、それを今言っても相手は忘れていると思います。 つまり、未来で起こる不測事態は自分のことなら防げるのですが、相手のことは防げないのです。

    私は「未来は、こうなりますよ」と事前に言っておいても、相手が「その時には、忘れている」と言う現実があります。

    これは学生時代からいつも感じていたのですが、未来において起きる自分以外のことは、いくら注意深く気をつけていても相手の行動で決まるので、自分の意思ではない為に変わらないのです。 そしてそれを言った所で火に油を注ぐ(逆切れ)だけなので、私は何も言わない姿勢が身に付いたのです。

    防げないのなら、そうなった時にはその結果を受け入れるしかない。

    私はお客様に対して、どの部分まで言えばいいのかがわからなくなる時があります。 本当に未熟者たるゆえんなのですが、未来はひとつではない為にどの未来を選ぶかが分かれ道なのですが、選び方の強制はできないのです。

    あなたはコントロールできない部分において、余計な心配をしていませんか?

    (  ̄ー ̄)ノ◇ ザブトン1マイブンダネ

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    無力感。

    人は時々どうしようもない無力感にさいなまれて、自分はどうしていたら良いんだろうと悲しい思いが止まらなくなる時もあると思います。

    そんな無力感に襲われた時は、「将来の展望」が一番のお薬かもしれません。

    「来年には、○○となっている~!」 こう思えたなら、期待があなたの心を後押ししてくれると思うのです。 幸福を待ち望んでいる気持ちはよくわかりますが、ときたま起こる幸運を待つのは時間を遠く感じるかもしれません。

    いつ起こるかわからない「素晴らしい幸運」を待つよりも、日々起こっているささいな事柄を大切にして、「普通の幸運」を呼び込む方が幸せを感じると思うのです。

    「気の持ちよう」と言う言葉がありますが、自分考え方次第で不運も幸運に変える事が出来ると思うのです。 雨が降ったら憂鬱かもしれないけれど、その雨が降る事で樹木や野菜などが一息つける事を思えば、その雨はまさに恵みの雨に思えます。

    人の心は機械のようにリセットや修理は出来ませんから、元気にする為には心の目標&やる気となる対象が必要になります。

    それさえ見つかれば、するなと言われても自分が好きな事やしたい事は、必ずやるようになっています。 もしも、「しない&やらない」とすれば、それはしなくても~やらなくても、我慢できるレベルだと思います。

    企業レベルであろうと、商店レベルであろうと、会社や組織が駄目になっていくのは、経営者や上司&従業員の方など、心(精神)の部分が荒廃するから駄目になっていくのです。 経営者のするべき事とは、働いている人の心に希望の火を灯して、常に明るくしておく事です。

    これを自分に置き換えると、経営者(自分)が従業員(心)に希望を与えてやらないと、進む事ができなくなってしまいます。

    業績が悪化した会社やお店は、必ず雰囲気が悪くなります。 業績悪化→社員の士気低下→品質やサービスの低下→経営者への不満という負のサイクルが始まります。 これを防ぐ&改善するには、「自分ができる事とできない事」を正直に明示して、できるとした事は必ずやるのです。

    できる事を次々としていけば成功体験が次々に蓄積されて、今のままでは物足りなくなってきます。 物足りなくなってもっとしたくなったなら、もうすでに心が元気になっている証拠です。

    「私と縁がある人は強運の証拠」と自信を持って言える様になったのは、実は素敵なお客様のおかげでもあるのです。

    私のところへお越しくださるお客様は、一時的に悩みを抱えているかもしれないけれど、自分で打ち破って改善していく気持ちが奥底に眠っています。

    その気持ちが目覚めた時には一気に上り調子になったり、急激に運が良くなったりします。 それは内にある才能や自信を取り戻して、何をしても上手くいくとしか思えないポジティブシンキングが働き始めて、少々の事では困難と考えなくなりチャレンジを続けるからです。

    私はとてもお客様に恵まれていて、日本全国でも素敵なお客様が多い方だと自信を持って言えます。 私の所へお越しくださるお客様は、とても素晴らしいと言っても過言ではありません。

    例えば? 鑑定料についても私は後払いですが、払わない人がほとんどいないからできるのです。 「定額制の霊視」は、どちらかと言えば前払い(振込みなど)が多いのですが、それは不払いが多いからと言う見方もできます。 何故、不払いが多いのかは御想像にお任せしますが、定額制の霊視で後払いと言うのは珍しいかも?

    注:ただし、「変動性の霊視」だと質問数や質問内容により料金が異なるので後払いになります。 そのシステムの場合、必ず受付かマネージャーがいると思います。 (私は受け付けがいませんので、一人でしています。)

    その他にも、私は未熟者ゆえヒマな時も多いのですが、「ヒマでかわいそうだから行ってあげよう」と、優しいお心使いをしてくださる素敵なお客様のおかげで、なんとかやっていけています。

    人の能力差と言うのは、どんな場合でも2~3倍以上の差が開く事はありません。 しかし、気持ちの差と言うか~心の差と言うのは、100倍にも200倍にも出来ると思うのです。

    私は、あなたの心が優しい実力を秘めていると信じていますし、素敵なお客様に「幸せあれ!」と、いつも願っています。

    ヾヾ(^-^) ありがとうございます♪

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    難病。

    健康であるというのはひとつの財産ですが、それを「恩恵」と考えられないのは当たり前に思えるからです。 朝起きて自由に動くことができるというのは素晴らしいのですが、日常的にしていると「ありがとう」と思えなくなってきます。

    私自身も以前はそこまで考えていませんでしたが、今は色々な方を拝見させていただく上で、とても恥ずかしい行いや考えだったと自己反省の日々です。 

    昔の私は、相手の事を自分に置き換えるというのができていませんでした。 相手の身になると言うのは自分がその立場にならないとわからないという側面もあり、その奥にある真実には辿りつけていませんでした。

    注:以前も書きましたが、昔の私はロクデナシそのもので人に嫌われる人生でしたが、ふとしたキッカケで目の見えない人のお手伝いを1日したことで、自分は自堕落的な生き方をしていては駄目だと感じました。

    自分がその立場になると言うのは、病気になり入院するなどの実体験がないと、頭ではわかっていても理解するのは難しいものがあります。

    私は普段事務所にいるだけですが、お越しくださるお客様により人生の感銘を受けています。 お客様の努力する姿や未来で助ける姿を見て、感動できないようでは霊視してはいけないと思うのです。

    「幸せとは何も起こらないこと。」 病気や事故などにより今までの生活が一変すれば、何も起こらない日常のありがたさがわかると思うのです。 幸せとは不孝なことが起こらない状態だと考えられるのですが、通常で幸せとはお金や物や自分の欲に走りがちです。

    私はここでも度々取り上げていますが、目が見えないけれど明るく過ごしているある女性の生きていく姿勢、車椅子で歩けないはずなのにできるだけ歩こうと努力する女性の姿勢、この2人の生き方は私の方が心に感動を受けて勉強させていただいています。

    人は生まれてくるということ自体がひとつのチャンスなのですが、そのチャンスを無駄にしている人が多いというのが現実です。 活かせない人の来世がどうなるかは、あくまで来世(未来)のことで今ではないから、実感できない為にチャンスを逃していることさえわからないのです。 (私は来世の事を考えたら恐ろしくて、怠けることなんてできません。)

    風邪や腹痛などの治ることが前提、もしくは短期間で治ることがわかっていると、病気と言っても人はそんなに不安にはなりません。 しかし、治らないことが前提の難病と呼ばれるクラスになると、ゴールの無いマラソンになってしまいます。 (ゴールはないけど走れと言われて、どれだけ走ることができますか?)

    人間のDNA解析はできているのですが、じゃあそれをどうすれば良いのかと言うのがこれからの研究課題です。 料理に例えるなら、塩が足りないのか? 砂糖が足りないのか? どんな調味料(薬)で、味(身体)を良くすればいいのかが、まだ判明していないのです。 難病と呼ばれるものも、DNAの欠如により起こるのなら、そのDNAを正常な人のDNAと同じ状態にすれば良いと言う研究も進んでいますが、実用段階ではありません。

    DNAの研究解析が進めば、FOP(進行性骨化繊維増殖症)などが治る可能性も出てきます。 この病気は200万人に1人くらいの発症率なのですが、筋肉や腱や靭帯などが骨化する非常に稀な遺伝性の病気です。 (日本にもその病気はあります。)

    早期発見をしないといけないのですが、子供の時は普通の状態で見ただけではわかりません。 行動する姿も遊んでいる姿も、見た目には同じなのでFOPと言うこと自体がわからないのです。

    ただし、FOPの遺伝子を持つ可能性がある子供は、何故か先天的に足の親指が変形していますが、その変形の仕方によりFOPであると見抜ける医師は少なく、小児科の先生でどれくらい居るのかは不明です。 (症例の少ない田舎の医師&拝金主義の医師ではまず見抜けません。)

    20歳になるまでに体中の筋肉が骨へと変化し身体を動かせなくなるのですが、医師の方も手術など治療ができないのです。 それは、手術や注射はもちろんのこと、打撲などの圧迫や衝撃でも筋肉が骨に変わるので手が出せないのです。

    「人体における骨の形成」と言う基本プロセスの解析が必要なのですが、この病気の全容が解明されると他の病気も治ります。 骨の形成プロセスは人間の根幹に関わるので、これがわかれば他の病気はもっと簡単に解明できるらしいです。

    健康であるというのは財産なのですが、それをありがたいと思える人は幸運を呼ぶ秘訣を自然と身に着けているのと同じです。 それは、愚痴や不平不満を言わないで感謝する人を、幸運は大好きだと思うからです。

    この世で価値があるのは銀や金だけではなく、運や徳もまた価値のあるものだと思います。

    あなたにとって、価値のあるものとはなんですか?

    ~(^∇^~)(~^∇^)~

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