徒然草(占い・岡山・東京・霊視)

    あなたを元気にしたい、それが私の願いです。

    おばあちゃん。

    おはようございます。 今日は日曜日ですが素敵なお客様に取って、輝かしい日となることを信じていますが、それは自分の中にある何かが開花しようとする時かもしれず、感動を味わった時に心へ力が湧き上がるのと似ています。

    人として生まれたら誰しも必ず家族がいますが、その家族により影響されることもあれば~骨肉の争いになることもあります。 その気持ちは親に抱きしめられた数だけ愛情が深まり、怒られたり貶されたの数だけ親を尊敬できなくなります。

    しかし、普通の常識で考えれば親は子供を愛するのが自然だし、自分達が望んで産んだ子どもなのに八つ当たりするのも変な話です。 子が親を選んで産まれてきたなんてメルヘンを信じていると、善悪の判断が付かなくなり人を愛する真実が見えなくなります。

    世間では核家族化が進んでいると言われますが、それは一緒に暮らす立地上の家族構成においての話であり、心の結び付きでは心温まる家族はまだまだ多いと思います。 今すぐに抱きしめることはできなくても、心の結び付きを思いとして抱きしめているなら充分に温かい家族です。

    例えば、目の前に広がる景色を美しいと感じるのは自分の意思が作り出すからで、美しい景色に囲まれたければ美しいと感じる心も必要、そして美しいと感じる場所を見ることができる位置へ行くことも必要、それらのことをしないなら醜い景色に感じてしまうのは自分の努力不足に加えて、心が醜くなっている為かもしれません。

    今日は久々に実話シリーズですが、Jさんは特に聞くことがあるから来るタイプではなく、最初もどちらかと言えば吐き出すことでストレス解消して前向きになる為、雑談も含めてお越しになるタイプ、どちらかと言えば鑑定へは来るけれどブログは読みません。

    ところが今回の鑑定は少し違う意味でお越しになられたのですが、「夢におばあちゃんが出てくる」と言う感じの御相談で、Jさんのおばあちゃんは昨年お亡くなりになられたのですが、突然だったので家族は誰も看取ることができませんでした。

    Jさんへ夢の中でおばあちゃんは何かを語りかけるようにしていたそうですが、Jさんには何を言いたいのかがよく聞き取れません。

    ニコニコしながら話しかけるので怒っているわけではなさそうで、最初は「気のせい、気のせい」と無視していたのですが度々出てきます。 妹のKさんの方にも同じように出てくるのでさすがにJさんも「何かある?」と、ほっておけなくなった為にお越しになられたのです。

    亡くなった方が出てくる夢の暗示は重要とは限りませんが、「どういう意味なのか?」が占い師さんによって受け止め方が違います。 Jさんにおばあちゃんが何を伝えたいのか、私が視たところおばあちゃんはJさんに見て欲しいものがあり、それを夢で伝えようとしていた感じです。

    ただし、何でもかんでも分かるわけではないのであやふやでしたが、Jさんに「お父さんか伯父さんか、身内の男性でデジカメを持っている人、おばあちゃんに貸した人がいるかどうか、それで何か分かるかもしれません。」とお伝えしました。

    私は残念ながらPCやデジカメの中身や書類上のことが分かるわけではなく、なんとなく形状や状態(行動)で判断するだけです。

    Jさんは家に帰り父に聞いたところ今は使わない古いデジカメを貸したそうですが、それは旅行へ行く為に借りただけとのことでした。

    しかし、Jさんは夢に出てきたおばあちゃんのことが頭から離れず、「それでもいいから、デジカメは?」と渋る父親を説得して押入れの中から引っ張り出しました。

    そして再生してみると旅行風景ではなくおばあちゃんが部屋の中を撮っているようで、何かブツブツと独り言が聞こえてきて、「おかしいねぇ~、どうすれば…?」など、使い方の練習をしているようでした。

    しばらく流れる画像を見ていると慣れてきたのか、デジカメにはおばあちゃん自身も写り始め、ブレたり違う方を映したりしながらもおばあちゃんが部屋の中や自分の顔、そして家の周りやKさんの小さい時の写真を映したりしています。

    その画像(フォルダ)には一つ写す度に、おばあちゃんの声が入っていて、色々と語りかけています。

    「ねえ、赤ちゃん。 まだ、名前が分からないけれど、私がおばあちゃんです。 これを見て喜んでくれることを、おばあちゃんは楽しみにしています。」など、次々とおばあちゃんが赤ちゃんへ向けてのメッセージを入れています。

    このデジカメにはおばあちゃんから曾孫への、そしてJさんやKさんなど家族へ最後のメッセージが映されていました。 予感がしたのかどうかは分かりませんが、使い方が分からないなりに一生懸命に残していたのだと思います。 

    Kさんは既に御結婚されて東京ではなく長野へ住んでいますが、子どもはおばあちゃんが亡くなった後で産まれてきたので、おばあちゃんに曾孫の顔を見せることはできませんでした。

    それでも妊娠していることを聞いた時におばあちゃんは喜んでくれたそうで、産まれて来ることを楽しみにしていたそうです。

    自分が生きられないと予感していたわけではなく、「ただ、曾孫に見せたい一心」で映していたデジカメ、それは会えない曾孫へのメッセージだったのかもしれません。

    あなたはおばあちゃんの想い、どのように受け取りますか?

    (π0π) ウルル…。

    予約専用電話:090-4690-4618
    予約受付日時:火・水・木の夜8~10時

    鑑定は年中無休で、365日鑑定しています。

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    パン屋さん。

    おはようございます。 今日も素敵な一日の始まりですが、青空がすぐそこで触れることができるかのように澄み渡る中、何一つ穢れなき心が一片の花びらのように舞いあがる思いがあるのは、素敵なお客様が活き活きと多くの人の思いに感動を残す、その役目が次々と湧き上がってくるからです。

    人は一人では生きていけないからこそ、誰かと共に生きること(結婚や同居など)を選びますが、それ以外でも人と人との繋がりは大きく人生を変えることがありますし、人との出会いが人生の決定的な違いを生み出してしまうかもしれません。

    桜咲く季節には多くの出会いと別れがあり、その出会いの部分では自分のレベルに応じた人との出会いが待ち、自分のレベルが上でなければ上の人とは出会えない、人は常に上昇していなければ停滞ではなく後退へ進んでしまうのです。

    そういう私自身も油断していると、いつの間にか低レベルな占い師になってしまいますが、素晴らしい人と出会いたければ自分が素晴らしい人となって、相手から会いたいと思われるのが一番の早道です。

    私は素敵なお客様にお会いできることが運命からのご褒美と考えていますが、天女のように素敵なお客様にお会いできることは、人生において大きな岐路でもあり運命の別れ道として意味を持ちます。 その素晴らしいあなたに会えるからこそ、私の人生は無駄では無いと確信できるので本当にありがとうございます。

    人と人との出会い、それは単純だけれど深い意味があると思えるかどうかは自分次第、深い意味を感じ取って人生に役立てることができる人もいれば、単なる出会いとして挨拶で終わり~もしくは無視して終わりと、感じない人やできない人には何も起こらないままです。

    私は自分の感性が鈍らないよう、自分の至らぬ点や足りない部分を常に向上させ、自堕落的でどうしようもない自分を、常に戒める必要があると考えています。 こんな私には素敵なお客様より頂く感動が一番の特効薬で、怠けようとする自分や手を抜こうとする自分に活を入れてくれる思いです。

    これは以前にも少しだけ書いたことの続きですが、ある素敵なお客様(仮称:Sさん)は障害をお持ちですが、それでも自分の力で働いてお金を稼いで親に迷惑を掛けたくない、そういう気持ちで昨年某パン屋さんへ就職が決まりました。

    やはり、世間の健常者からは障碍者と言う目で見られていたようですが、それでもSさんは休まず仕事へ毎日行きました。

    そして勤め始めて2ヶ月が経ったころ鑑定へお越しになり、Sさんが「先生、これは、私が、初めて、作ったパンです。」と、自分が作ったパンを持ってきてくれました。

    形は不恰好かもしれない、美味しく無いかもしれない、けれど私に取ってはどのような有名なパンよりも、極上の味がする素敵なパンとして輝いて見えて、私は涙がこぼれそうになりパンと一緒に感動も頂きました。

    そのSさんが2月下旬に前回から間を空けずに鑑定へ来て、深刻な感じで話し始めました。 どうやらパン屋さんの先輩(仮称:Wさん)からお金を貸してくれと言われて、既に3回(1月=1回、2月=2回)ほど貸して、期日が来ても返してくれないから困っていました。

    健常者と違い障害者の給料はフルに働いても1ヶ月で5~6万円なのに、その先輩は1回5万円×3回=15万円をSさんより借りています。 Sさんは誰にも言えず私のところで始めて話したのですが、私はすぐに親と上司に相談するなど色々なアドバイスをしました。

    私は「なんて言う先輩だ、後輩からお金を借りて、返しもせずに知らん顔するなんて?」と憤りを感じ、その県内で有名なパン屋さんの社長が障害者の雇用とTVなどで偉そうに言っても、そんな社員がいるようでは雇用しても虐められて自分から辞めてしまいます。

    ところが運命は真面目なSさんを見捨てることもなく、4月上旬にSさんがお越しになりことの顛末を教えてくれたところ…。

    Sさんはアドバイス通りすぐに上司や親に相談したところ、上司(仮称:Yさん)が動いてくれて先輩(仮称:Wさん)に事実確認をして、Sさんのお金を取り返してくれたそうです。

    しかし、上司Yさんの男気と器量に感心したのはここからで、SさんとWさんを喫茶店に連れて行き、他の人に分からないように配慮してことを治めました。

    まず、YさんはWさんにSさんへお金を返却&謝罪させましたが、その時にWさんは「責任を取って辞めます」と言ったら、「辞めなくてもいい、今後も先輩として後輩の面倒を見るように。」と言ったそうです。

    次にSさんも、「私は仕事が遅いし、みんなと同じようにできないから、仕事の邪魔ばかりになるので辞めます。 YさんにもWさんにも迷惑を掛けているし、人間関係でも迷惑掛けてばかりだし。」と言ったら…。

    Yさんは「Sさん、キミも辞めなくていい。 今、仕事を辞めて他所へ行っても、同じことの繰り返しだから、それならうちで一生懸命に働いて、それから次へ行ったらいい。 今まで通りに、頑張って働いてくれたらいいから。」と言ったそうです。

    SさんはYさんとWさんのやり取りを、WさんはYさんとSさんのやり取りを、お互いのやり取りを目の前で見て、打ち解けて話が弾んで仲良くなり、今ではSさんの良き先輩となっているそうです。

    私はYさんと言う上司の度量(裁量)や男気は、見事な大岡裁きで素晴らしいと思いますが、これこそTOPが間抜けでも部下が素晴らしいの見本で、このYさんは工場長など未来のTOPに相応しい方だと思います。

    このパン屋さんでSさんは一生懸命に働いて幸せになって欲しい、それができるだけの場所を運命は与えてくれたと思います。

    あなたはパン屋さんでの出来事、どう思いますか?

    ヨシヨシ( ,,´・ω・)ノ"(´っω・`。)

    お知らせ:東京出張の為、ブログの更新は14日(水)より再開します。 素敵なお客様に御支援と御愛顧頂ける、そんな奇跡に感謝の気持ちで一杯です。 いつも御予約頂き、本当にありがとうございます。 m(__)m

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    無力。

    おはようございます。 暑い日が続いておりますが、今日も素敵なお客様は元気一杯だと信じています。 今日と言う日を生きているからこそ明日があるだけであり、「生きねば」と言う重いヒトコトはジブリの風たちぬみたいな商業映画が、金儲けの為に使って良い言葉ではありません。

    私は年間で2千人を鑑定と言っても全て新規ではなく半分は常連の方で、常連の方だと視えるのも深い部分まで視えるからこそ、真摯に生きるの部分を説くことがあります。

    人が占いへ行くのは開運したい~恋愛したい~結婚したいなど色々あると思いますが、それらは全て元気で健康で生きているからこそ思えることで、ベースとなる部分がしっかりしているからこそでもあります。

    私は生きていく上で時間の大切さを説きますが、予約を受けるとは相手の命を受け取ること、人は死に向かってカウントダウンを続けているにもかかわらず、いつの間にか生きていることが当たり前で死ぬことは無いと思いがちです。

    しかし、死は突然にやってくるから、いつ死ぬか分かるのは幸運ではなく恐怖との戦いで、その恐怖に気付けば時間の無駄はできませんが、動いたからこそ開運した良い例がN市のIさんで、一時期は死について考えたこともあるけれど今は生きていて良かったはずです。

    ここから先は本人が詳しく話した訳ではなく、視ただけの部分もあるので相違点が多いかもしれませんが、大筋では合っていると思います。 この話は決して本人は自慢しませんが、N市のIさんは一時期「■■荘」へ通っていました。 この旅館は座敷童子が出ることで有名でしたが、座敷童子の出る「槐の間」は予約が3年待ちのようでした。

    Iさんは行くと言っても槐の間ではなく他の部屋へ泊まっていただけでしたが、ある時のこと宿の主人が「予約の方が来られないので、良かったら槐の間へどうぞ。」と言う感じで、予約無しなのに泊まることができたらしいです。

    なお、この話を某作家さんがパクッて「俺は予約無しでも泊まれた!」と、色々な雑誌や本で自慢していましたが他人の話をパクるとは厚かましい話です。 「その作家、誰?」と思うでしょうが、N市のIさんの体験談をパクッてから2年もしない間に亡くなってしまいましたが、会ってもいない座敷童子について嘘を言うと天罰は覿面にあります。

    当時、座敷童子の話が余りにもそっくりなのでN市のIさんに、「○○□□さんと、知り合いですか?」と聞いたら、「知らない」との返事だからパクリ決定です。

    N市のIさんは誰にも自慢しないけれど、■■荘の槐の間で座敷童子に会っている数少ない人で、本田宗一郎~松下幸之助~稲盛和夫などと同じ体験をしています。 私も本人から槐の間に泊まったことがあるとは聞きましたが、座敷童子の件は聞いていません。

    注:この辺から視た部分なので大筋で合っているとは思いますが、違っていたら本当に申し訳ございません。 m(__)m

    座敷童子に会ったら出世するのは嘘ではありませんが、出世するから座敷童子が会いに来たが本当で、それは天命と言うか~運命と言うか「やるべきことをしなさい」と、自分の未来で成すべきことを教えに来ているはずです。

    Iさんは横を向いて寝ていた時に顔を覗き込まれて目が合ったと思いますが、その瞬間にはピクリとも動けなかったはず、その時の感情は恐怖だったのか~それとも温かかったのか、本人は言わないので分かりませんが実際に座敷童子に会った数少ない生き証人です。

    N市のIさんは■■荘へ通っていたからこそ会うことができた、「行っても無理」とあきらめていたら無理、行動したからこそ座敷童子に会えた事実は途轍もなく大きいけれど、座敷童子の期待に答えられない人は晩年や後世が散々になるのは松下幸之助が良い例です。

    もしも、N市のIさんが座敷童子の期待を裏切るようなことをしたなら、人生の後半に必ず痛い目&後悔するようなことが起きます。 N市のIさんなら心配ないと思いますが、座敷童子に会うと言うのは「諸刃の剣」でもあります。

    私は8月になると必ず思い出す記憶があり、あるお客様が8月に鑑定へ来て「来年の新年会、参加しますね!」と、お話をしていたのに9月に亡くなってしまいました。 (注;○ー○○○を止めないと、死んでしまいますとお伝えしていました。)

    それも前夜まで普通だったのに翌朝冷たくなっていたと、御友人が私のところへ鑑定(挨拶)に来られて伺いましたが、御友人は「もっと話をすれば良かった」と思い、彼は「結婚しておけば良かった」と思い、本当ならできていたことを先延ばしにしたことを後悔されていました。

    人は分かっているのにできないことに対して無力感が起こりますが、亡くなる方が鑑定へ来た時など言えないことがほとんどです。 手術前の鑑定なら「きっと成功します」以外に言葉はなく、亡くなる未来が確定している人に追い討ちを掛けることはできません。

    仮にハワイ行きの飛行機が落ちる未来が視えても、墜落時に助かる確率の挙がる方法を言うだけで何かができる訳ではありません。

    何故なら、人は何も起きなかった時には「何も無かったじゃないか!」と怒り、無かったことに対する感謝ではなく「何も起きなかったことへ怒りが込み上げる」だけで、助かったのに不平不満を言い始めてしまうのです。

    私は自分自身を無力だと思うのは、「未来を視ることはできても、未来を変えられるわけではない」で、未来は行いにより変わり続けるから悪い方へ進んでいても正しいと思う人がいる、それすら止めることができないのは自分が無力だと感じてしまう時です。

    「やれることはやる、後でやらずに今やる、思い立ったが吉日」と、何も無いから明日でいいかではなく、何かあるかもしれないから今日やろう、そういう考えで時間と命を最大限に有効活用して頂きたいのです。

    常連としてお越し頂いている方が亡くなる未来を止められない、そういう分かっているのに止められない死を知らない人が、大きな顔して「生きねば」なんて遊び半分の監督が使って良い言葉ではありません。

    あなたは無力だと、感じることがありますか?

    m(__)m

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    天罰の発動。

    おはようございます。 今日は日曜ですが素敵なお客様は、どのように過ごされているのか、私は多くの方々が幸せになって頂けることが願いであり、その為には試行錯誤の毎日で、昨日よりは今日~今日よりは明日と少しずつ歩んで行きたいと思いますが、まだまだ未熟者で後悔と反省の毎日です。

    その為にも自分自身が何をどのように学ぶべきか、人により学ぶべきことは100人いれば100通りなので、一概には言えませんが相手の話の正当性を相手の立場から見ると言うのも、物の見方や気持ちを分かると言う点では効果的です。

    私は知恵遅れと言われて誰にも相手にされない人生だったから、今のように素敵なお客様にお越し頂けるのは幸せ以外のナニモノでもありません。 もっと早く気付いていればと後悔ばかりですが、人は学ぶことで過去の損失を取り戻せるし、その過去の後悔を未来の希望へと変えることもできます。

    だからこそ自由な視点は必要で、イギリスの首相だったウィンストン・チャーチルの言葉に、「人生最大の教訓は、愚かな者たちでさえ、時には正しいと知ることだ」とありますが、これは相手の言い分にも耳を傾ければ学ぶことは可能だと示しています。

    人は誰しも自分を中心に動いてしまう、そして自分を中心に考えてしまう、それは人の脳としては正常な動きですが、そこを一捻りして相手の気持ちを考える~相手から見るとどうなるかを考える、それが自分自身を鍛え上げていくと思うのです。

    「じゃあ、自分が嫌なことをされた時でも、我慢するの?」と思うかもしれませんが、運命と言うのは公平だから天罰の発動は必ずあるけれど、「AならB」や「今日なら明日」と言うわけではないので、「本当に天罰なんかあるの?」と思えてしまうのです。

    これは御本人の許可を頂いて掲載に至りましたが、某月某日の予約時間にXさんが電話してきて、「N市のIさんは人間ができていない、山崎先生も人間ができていない、二人とも修行が足りないetc…。」と、約10分間ほど私とIさんを罵倒しました。

    Xさんがお酒好きだと知っていたので「酔っているなら忘れますから」と言って、その日は終わりました。 それから約1ヶ月ほどしてお昼に電話が鳴り、普段は予約時間外の電話は取らないのに何故か予感がしたので出てみるとXさんでした。

    Xさんが電話で言うには、「踏切の中で車が突然止まり西武新宿線を停めてしまった、それも朝8時15分と言う通勤時間帯、どうしたらいいですか?」と言う話で、西武鉄道へ謝罪に行くのにどうしたらいいか、それについて緊急の話でした。

    電車を通勤時間帯に停めてしまったら賠償金は凄い金額ですし、それに緊急停止ボタンで停まったからいいけれど間に合わなければXさんは今頃死んでいます。 (色々と策を授けたところ、Xさんの賠償金はかなりの小額で済みました。)

    ところが半年後に今度は手術で入院となりましたが、事故に加えて手術と入院なんて踏んだり蹴ったり、Xさんも毒舌を反省しました。 運命からの天罰はN市のIさん分が「踏切事故」で、私の分が「手術と入院」かもしれません。

    なお、これは私が徳を積んでいると言いたい訳ではなく、N市のIさんのように徳を積んでいる人に喧嘩を売ったら恐ろしいと言う例え話です。 それからXさんは人が変わったようになり、今はよくお越し頂く常連となり毒舌はかなり軽減しました。

    この話のポイントは、壱に「人の悪口を言ってはいけない」で、弐に「徳を積んでいる人に喧嘩を売ってはならない」です。 言われた本人が知らなくても言った本人へ勝手に天罰が下るレベルの人が存在して、私と縁がある素敵なお客様は嫌がらせをされても、自然と言った方へ天罰が下るレベルなので意地悪をされても自然に天罰は発動されます。

    今日の話はN市のIさんは全く知らず、このブログで知ったはずですが、それでもXさんには踏切事故が起こったのですから、「人の悪口を言う・嫌がらせをする」など運命は見ているから、そのお釣りは日時が分からないだけでいつか支払うことになります。

    素敵なお客様も少し自分の周りを見ると、自分に嫌がらせをした人が「困ったことになる」と言う状況が割と起きていて、それは素敵なあなたへ嫌なことをした天罰が相手に対して発動したのかもしれません。

    そして困ったことに天罰とは「謝罪しても間に合わない」ことが往々にしてあり、AさんがBさんに嫌がらせ⇒Aさんが1年後に謝ってBさんも許した、それでも運命が天罰を発動した後では「時、既に遅し」で、N市のIさんはXさんを知らないはずなのに天罰は発動されました。

    だからと言ってなんでもかんでも天罰の発動がある訳ではなく、恋愛で告白して振られたから相手に天罰なんてことはありません。

    作り話で説明すると、BさんがAさんへ告白して振られた、だからAさんに天罰が発動、そんなことはありません。 Aさんへ天罰が発動されるのは、Bさんから告白を受けた時に二股を掛けているにも関わらず、「好きな人はいない」と嘘を吐いて相手の心を弄んだ時などです。

    そうなるとBさんの徳のレベルにもよりますが、Aさんには「お店が潰れる・友達が離れていく・病気になる」など、人生が少しずつ寂しくなる天罰が発動、2~3年後には誰にも相手にされなくなります。

    例えば、2012年12月に告白してきたBさんをAさんが弄んだ、すると2013年6月に勤めていたお店が閉店、7月に転職したお店も何故か2016年12月に閉店、その時には年齢的にも良い条件のお店が見つからず、更に告白してくれる男性もいなくなるなんてこともあります。

    なお、ブログにイニシャルを書くと「誰の話?」と聞かれますが、架空の作り話(人)なので適当なイニシャルが多く主に「Aさん・Bさん」を使います。

    あなたは天罰の発動、感じたことがありますか?

    (*´ω`)人(´ω`*)オヒサー♪

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    handicap。

    おはようございます。 今日も空を見上げると素敵な晴れ間が見えていますが、綺麗な青空を見ることが出来るのは目が見えるから、その当たり前に感謝できる人こそが幸せの意味を理解できていると思うのです。 朝起きて顔を洗って着替えをして出勤する、これを当たり前のように思うことも多いのですが、それは決して当たり前ではありません。

    地球上には60億人以上も人がいて、世の中には生まれつき目が見えないとか、病気や事故によって目が見えなくなった人もいます。 そういう方々にとっては目が見えることは、切望するほどの思いや胸が焦がれるほどの素晴らしい奇跡です。

    私は自分の目が見える幸せを感じているのですが、目だけではなく五体満足と言うのは奇跡に近い幸せで、まずはこれに感謝できなければ自分は贅沢ではないのかと自問自答します。

    車椅子の生活をしたら歩けることが幸せだと気付ける、腕を骨折したら日常生活に必要不可欠な腕の存在に気付き、当たり前にできることが当たり前では無いことに気付けたら、その瞬間から当たり前が幸せに変わります。

    私は素敵なお客様よりいつも感動を頂いているのですが、その感動とは人の心に何かを訴えかけること、その感動を発信することと受け止めることの両方が出来たら、それは人間として成長できたとことになると思うのです。

    この世の中に起こる奇跡の数々は、「奇跡がある」と言うより「奇跡が起こる」が正しいです。 人は何かを思い続けていたり、あきらめずにコツコツと続けていたならば、それに対して運命は奇跡を起こしてくれると思うのです。

    五反田で鑑定していた時代ですから2年以上も前のことですが、東京出張にお越し頂いたTさんと言う女性は、彼からプロポーズを受けているけれど「どうしよう?」と悩んで御相談にお越しになられました。

    Tさんには付き合い始めて5年になるHさんと言う彼がいますが、Hさんから「そろそろ結婚するか?」と聞かれたので、「えっ!」と言ったまま考え込んでしまったらしいのです。 HさんはOKが貰えると思っていたのに、戸惑うTさんにHさんも少し機嫌が悪くなったようでした。

    Tさんは機嫌の悪いHさんにドキドキして、ますます返事が出来なくなりました。

    ここまで読んだ方は、「迷うことなくHさんの所へ行けばいいのに?」と思うかもしれませんが、Tさんにはある「handicapがあった」ので、「私は普通の奥さんにはなれない…。」と一人で思い悩んでいたのです。

    御相談に対して「心配ありません、大丈夫ですよ」と言いたい気持ちでしたが、受け止める側のHさんが良いと言っても、肝心のTさんの気持ちが大切です。 何故ならTさんの悩みは本人だけではなく、周りから見ても反対されるかもしれないhandicapを、二人がどう乗越えて行くのかに掛かっているからです。

    ただし、Hさんの包容力や心意気ならば周りの反対を押し切ってでも、更に周りを説き伏せてでも、きっとTさんを幸せにするだけの男だと感じます。

    五反田で鑑定していた時はロビーで予約時間までお待ち頂いていたのですが、最初にTさんがお越し頂いた時に、私は不覚にもTさんのhandicapに全く気が付きませんでした。 会議室へ案内して椅子に座って頂いて、鑑定を始めようかと言う時に初めてTさんのhandicapに気付きました。

    五反田時代のことですから記憶の無い人も多いはずですが、このTさんがお越しになった時のことを誰も違和感なく見ていたはずで、これは間違いなくロビーにいる人でTさんのhandicapに気付いていた人は誰一人いないはずです。

    この時に生きる奇跡を見たと思いましたが、実はTさんは目がほとんど見えていません。 Tさんはいつも会場へは誰かに付き添って来て貰っていましたが、それは東京では人混みがあるので一人で歩けないだけで、人混み以外は普通に歩けるし家の中で行う日常の動作も何不自由ありません。

    ロビーの椅子から立ち上がって会議室へ入るのも、なんら普通の人と変わりない動きだから、言われないかぎり一般の人であれば気が付かないレベルだと思います。 周りから見ると「いつも友人と来ているなぁ」と言う程度にしか見えないけれど、Tさんは目が見える健常者とは違うのです。

    Tさんがどうして人混み以外は普通に歩けるかと言えば、それは嗅覚と聴覚を利用しているらしいです。 特に風の流れと言うか空気の変化と匂いがポイントで、補助的に音で場所や位置を判断しているらしいです。 (だから人混みでは歩けない為、付き添いの方と鑑定へ来ていました。)

    私はTさんだけではなくプロポーズしたHさんの男気にも感動していますが、Hさんは周りに何かを言われても~どう思われようとTさんと結婚すると思います。

    気軽に言うことは出来ないかもしれないけれど、二人が決めたことならば~Hさんの想いをTさんが受け止めたなら、それはきっと幸せな結婚生活になるはずだと信じたいと思います。

    あなたはhandicapを乗り越える、その姿に感動がありますか?

    (ノд・。) グスン

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    自分の可能性。

    おはようございます。 人はいつでも親から生まれるのですが、その親となる人の行動や行いにより小さい時の考え方が決まってしまい、ひどい場合にはトラウマにまでなってしまうのです。 親の役目とは子供を産むだけではなく、子供を育てることも入っているのです。

    ここで間違えてはいけないのですが、子供を育てるのと子供を可愛がるのは別物で、ここを混同してしまうと友達親子のように尊敬も無く、お金を与えたら機嫌が良くなる息子が続出している今を指し示しています。

    子供を可愛がると言うのは何でも言うことを聞いて甘やかすことで、子供を育てると言うのは良いことと悪いことの区別を付けて教えて、時には厳しいことも言って社会に適応できるようにして行くのが育てることになります。

    それに子供の目線から見ると親の行いがそのまま自分の教育になるのだから、親がずるいことばかりしていると子供はずるくなるし、親が怒るばかりしていると子供は怒るばかりの子供になります。

    子供は親が思うように育つわけではありませんが、親がするように真似をして大きくなるのだから、お手本となるように行動しなければ親は注意することすらできなくなるのです。

    愛情溢れる親となって子供に愛を注いだのであれば、子供が曲がって大きくなるはずがないのです。 親の愛と言うのは海よりも深く山よりも大きいと言われますが、霊視カウンセラー的には宇宙よりも受け入れてくれる許容範囲が広いのも、できれば付け加えたいと思います。

    東京出張にて、あるお客様が父親との関係で悩んでお越しになられました。 小さい時には好きだったけれど、中学の頃から母に迷惑を掛けているのに何もしない父が許せなかったのです。 最近は母から帰って来いと言われるが、どうしても父親が許せそうにないと言う御相談でした。 (仮にAさんとします。)

    Aさんのお父さんはベーチェット病により、Aさんが幼い時に目が見えなくなりました。 (注:ベーチェット病とは何らかの要因で白血球の異常が生じる病気で、男性に多いのですが厄介なのは失明してしまうことと治療方法がない難病と言う点です。)

    最初Aさんはワケも分からない為、いつも父が家にいるから楽しい毎日だと思っていました。 しかし、中学~高校と大きくなるにつれて、働かず家にいる父親~そして母親を働かせているにも関わらず自分勝手、そう見えたAさんは父親に対して次第に反抗することが多くなり、とうとう口も利かなくなりました。

    Aさんは「お父さんなんかいなければいいのに、いるから私はいつも世話しなきゃいけない。 それに友達に見られたら恥ずかしい。」と、こう考えていたAさんは高校卒業と同時に家を飛び出したのですが、それは早く父親から離れたかったからです。

    母親一人に押し付けた後ろめたさはあったようですが、一人でノビノビ生活できるとAさんはウキウキしていました。 ところが働き出してもAさんは人間関係が上手く行かずに職を点々とする毎日で、高校を卒業して10年間と言うものアルバイト生活ばかりでまともに働けませんでした。

    「お父さんさえいなければ…。」と、Aさんはいつもいつも上手く行かないのは父があんな状態だからと、そんなことばかり考えるようになっていたのです。 私はこの御相談を受けた時に、その質問にはお答えしませんでした。

    ただ、Aさんにお話したのは「お父さんのことは憎みたければ憎めばいいし、嫌いなら嫌いでいいです。 それよりもAさんは、お仕事をきちんと始める方が先ですよ。 Aさんには介護が向いていると思いますから、介護のお仕事を探してみてくださいね。」と、こう言って、まずは仕事に付くように勧めたのです。

    Aさんは父親とのことを聞きに来られたのですが、仕事の話をするうちに時間が終了となりました。 Aさんは「また、予約を取ってもいいですか?」とお聞きになったので、「はい、次は別なことで来られると思いますよ。」とお答えしました。

    それから半年ほど経った頃でしょうか、Aさんが再び予約をお取りになられました。 前回とは別人のような明るい顔のAさんがそこにはいたのですが、私の話に半信半疑ながらも介護の仕事を探して就職したそうです。

    Aさんは父親の介護により介護が嫌いになっていたので、介護職に就くことは一切考えていませんでした。 その為、「ココでいいか~!」と適当に選んだのですが、Aさんは介護が自然とできるのです。

    誰に教わったわけではないのですが父親の世話をしていたから、目の見えない人にはこうすればいいとか~力の弱い人にはこうやればいいなど自分の体が自然に動くのです。 それと同時に体が不自由な人の苛立ちが理解できて、わがままに思える行動も許せるようになったそうです。

    実は介護はAさんの天職なのですが、父親に反発する余りに自分の才能を閉じ込めていたのです。 人に必要とされて~人からありがとうと言われる、そんな生活にAさんは毎日が楽しくて仕方がないとお礼を言いに来られたのです。

    私はAさんに「お父さんに会いに、実家へ帰ってみてはいかがですか?」 こう言ったらAさんは一瞬躊躇しましたが「そうですね、母に電話して父に会ってみようと思います。」 そう返事をされたのです。

    運命はイタズラ好きですが、粋な計らいもしてくれます。 今のAさんならば実家へ帰っても、父親の苛立ちや行動が理解できるはずです。 アレほど嫌いな介護の仕事が、実は自分の天職であり~自分の人生を変えてくれるきっかけになったのです。

    あなたは自分の可能性を、自分でさえぎっていませんか?

    (*^▽^*)アハッ!



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    呼び込む。

    おはようございます。 素敵なお客様は色々な人と出会い、そして自分の魂だけではなく人生を磨きあげて、それにより更に色々な人と出会うことで様々な人生を歩んで行くことになります。

    人と人との出会いと言うべき縁は偶然に起こるモノですが、その出会う場所へ行くことは本人の努力で、何もせずに出会うことは人生においてあり得ません。 出会いは偶然だけれど出会う場所へ行くのは努力、だからこそ「出会う⇔出会わない」と言う二つの異なる出来事が起こり、その先の道は更に分かれて行くのです。

    私自身の過去を振り返っても出会いと言うのは自分の努力であり、今まで出会った人をよく言えば面白い方々~悪く言えば鬼畜的非人間の方々と出会いました。 人生に無駄な時間は無いと言うけれど、あの時代は人生の大いなる無駄使いとしか思えないのですが、素敵なお客様にはそのような無駄を感じて欲しくないのです。

    本当に出会いの縁とは色々なところにあるもので、何がきっかけでどうなるかと言うのはほんの一瞬の差で分からないものなのです。

    私は男性鑑定をほとんどしていませんが、それでも男性のお客様がいて今もお越し頂いているのです。 その縁がある人は新年会などへ参加されたりしているので、素敵なお客様の中には男性のお客様と言う、激レアな状態を見ていると思います。

    今もお越し頂いている男性方とは不思議な縁と言うべきなのか、「N市のIさん、寄付の神様、H社長、Mさん、Tさん、他etc…。」と何人かいます。 他にも年間で言うとかなりの数の男性が紹介によりお越し頂くのですが、「女性の紹介がある」をクリアできない男性は鑑定に来ても無駄です。

    その説明は長くなるので控えますが、寄付の神様の辺りまでは男性鑑定OKの時代ですが、仮に紹介と言う条件付きだったとしても上記の男性は全員、その条件をクリアできます。 ある程度の年齢を重ねている男性が「肉親以外の女性に紹介して貰えない」と言うのは、これは人生を生き抜いていく上で致命的な弱点(欠点)です。

    例えば、27歳の男性だと仮定すると、小中高(大)⇒就職して5~6年は経過した時点で、彼女ではなくとも一人くらいは話が出来る女性がいないと、それはかなり問題がある人生を送っている証拠です。 (長くなるので、その理由は省きます。)

    出会いと言うのは部屋の中へ閉じこもっていると出会うはずが無いので当たり前ですが、家と仕事場の往復と言う状態だから出会いが無いと言うのは言い訳、厳しい話になりますが自己責任で出会いが無いとも言えるのです。

    ある素敵なお客様の話で仮にNさんとしますが、Nさんは日比谷線で通勤しているのですが、毎日混雑した地下鉄に揺られて通勤していました。 Nさんは水曜日が休みなので土日はゆっくりと座れることも多いのですが、ある時のこと中目黒の駅で降りると後ろから「落としましたよ。」と声を掛けられ、メモのような~手紙のような紙切れを渡されました。

    Nさんは「?」となったのですが反射的に受け取ってしまい、その男性はすたすたと歩いて行ってしまいました。 「変な人…?」と思いながら、その紙を開いて見ると…?

    名前と電話番号とメルアドが書いてあり、毎日通勤電車の中で見ていたこと、Nさんの感じ良さに一目ぼれしたこと、そんなことが書いてありました。 ホームで立ったまま読んでいたNさんがふと顔を上げると、行ってしまったはずの男性が目の前で、「読んでくれてありがとう。」とニッコリした笑顔で立っていました。

    Nさんは何故か涙が溢れてきて、ホームと言う場所で人目もあるから今度は男性の方が慌ててしまい、「ごめん、酷いことしました?」と狼狽してしまいました。 この時のNさんは仕事で行き詰って彼もいないし未来が見えない状態で、誰かに頼りたいけれど頼れない自分を情けなくて悲しくて、凄く不安に思っていたのです。

    そこへ行きなり現れた男性、その手紙の優しさとニッコリした笑顔が素敵に見えて、二人は恋へと落ちました。

    Nさんと男性は今もお付き合いをしていますが、この先の未来は未確定でまだまだ分かりません。 結婚するかもしれないし~別れるかもしれない、その先の未来は二人で作り上げるモノで、誰かに強制されて我慢して付き合い続けることでもありません。

    二人に共通していたのは同じ電車の同じ車両へ乗り合わせることが多かったことだけ、Nさんは電車の中でもマナー良くしていただけ、男性の方はメモを渡す勇気があっただけ、それらが二人を微妙に絡み合いお付き合いへと導いたのです。

    細かいことを言うとNさんが仕事や人生に不安を持っていたから、精神的に受け入れやすくなっていたのもあるかもしれません。

    けれど、普通は見ず知らずの男性とお付き合いが出来るはずもないのに、その男性のニッコリとした笑顔に涙が出た、それは男性がキチンとした生き方をしてきたからこそ滲み出るオーラや雰囲気、そういうことに他なりません。

    男性の方も度胸一発、手紙を渡す勇気があった。 Nさんに気持ちを伝えるだけの手紙を書く知識と教養があった、そのようなことが色々と絡み合い始まったのがNさんと男性の恋物語、これから先はどうなるか分からないけれど、分からない未来を二人で作り上げていくのが恋物語です。

    あなたは出会いを呼び込む、その努力をしていますか?

    ミ★(*^▽゚)v Thanks!!★彡



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    過去の恋。

    おはようございます。 人と人との出会いは様々ですが、その出会いが物語を作ってしまうのは人の心に想いがあるからです。 私は素敵なお客様の出会いをお伺いしていると、いつも微笑ましく思うのですが、その出会いがあるがゆえに恋の道は始まるけれど、始まりがあると言うことは終わりもあるのです。

    東京出張の時にお越しになったDさんは看護師さんですが、夜勤があったり勤務が忙しくて出会いがありませんでした。 日々の忙しさの中で恋も出来ないまま終わるのかと思ったDさんは、ふと夜勤の時にネットで出会い系サイトへアクセスしてみました。

    最初は興味半分で「どうせ出会い系サイトなんて遊びだから…。」と、自分の中では割り切っているつもりでした。

    割り切っているつもりで何となくやり取りを始めたBさんと言う男性は、他とは違って気が合うような感じがして、遊びだと分かっているはずなのにドンドンとのめり込んでいく自分がいました。

    「だめ。」と自分に言い聞かせているのに、気持ちが押さえきれずに会う約束をしてしまったDさんは、遊びのつもりで一度だけならと食事に行く約束をしてしまいました。 渋谷の駅前にある喫煙スペース前でドキドキしながら待っていると、そこへBさんが「Dさんですか?」と現れました。

    DさんはBさんを見た瞬間に「あっ、この人は!」と、運命を感じて結婚を予感させていました。 周りの人が見たらホストだと一発で分かったでしょうが、イケメンのBさんが優しくエスコートしてくれるから、Dさんは一度だけではなく次も会う約束をしてしまいました。

    恋に落ちてしまったDさんは、もう誰にも止められません。 Bさんのお店に通うようになったDさんはドンドンと貯金も減ってしまいましたが、それでも彼の為にならとDさんはBさん一筋で恋人気分を味わっていたのです。

    そして3ヶ月後には貯金を使い果たしたDさんはBさんのところへいけなくなり、Bさんも「俺に会いたいなら、看護師なんか止めてキャバで稼げよ。」とか、酷い言葉の連続でした。 小さい時からナースになるのが夢だったDさんは、Bさんの酷い言葉の連続でようやく目が覚めました。

    Bさんとの儚い夢も終わりを告げて再び看護師として一生懸命に働くDさんでしたが、皮肉なことに運命はそれで終わりとはしてくれませんでした。 半年ほど立った時に新しい入院患者さんが病棟へ来たのですが、それはなんとBさんでした。

    Bさんは持病の肝機能障害が悪化して入院したのですが、Dさんの忘れていた想いが甦るのに時間は掛かりませんでした。 看護師として当然のことをしようと思いましたが、ときめく想いは止められません。

    そしてBさんはホストだけあって病室でも人気者で先輩ナースや同僚からも評判がよく、BさんはDさんのことを彼女だと告げていたこともあり、Dさんも許せなかった想いはいつの間にか消えてしまい、「退院したら、また付き合おう。」と言う彼の言葉を信用していたのです。

    そしてBさんが退院したお祝いをかねてDさんはBさんのお店に行ったのですが、「おい、金はあるのか?」とホストの顔に戻っていたBさんは容赦ない言葉を浴びせたのです。 「あの優しさは嘘だったんだ…。」と、Dさんは入院の時だけ利用されていたことを悟ったのです。

    再び傷ついたDさんは部屋へ戻って泣き明かして、Bさんのような男性には近づかないと固く誓ったのです。

    そのことがあってから3年の月日が流れて、Dさんが完全にBさんのことを忘れていた頃に電話が鳴りました。 「?」と思いながら出てみると、それはBさんからの電話でした。 忘れていた想い出が忘れられない声と共に甦り、Dさんは「なに?」と努めて冷静に電話口で話しました。

    その電話の内容はBさんが再び肝機能障害で入院していること、Bさんはホストを辞めて実家に帰ったこと、周りに誰もいなくなって初めてDさんの優しさや想いが理解できたこと、Bさんは次々とDさんに色々な話をして、「今度こそは真面目になるから、もう一度付き合って欲しい。」と、弱々しい声で話すBさんの声がDさんの胸に突き刺さりました。

    Dさんの答えは「だめ…、もうだめなの。」と、迷いながらも返事はノーでした。 実はDさんは妊娠5ヶ月の身体で、来月には結婚をすることが決まっていたのです。

    Dさんは御相談の間も揺れ動く気持ちをお話になりましたが、今更も戻れないことはDさん自身が一番良く分かっていたのです。 Dさんは二度とBさんと会うことはありませんが、過去の思い出を美化しすぎると悩みが生まれてしまいます。

    Dさんは御相談と言う形ではありましたが、自分の気持ちにケジメをつける為にお越しになったのだと思います。

    人には色々な出会いがあるけれど、出会いがあると言うことは別れがあると言うこと、出会いと別れは紙一重であり、その紙一重の狭間で人は自分を成長させていくのではないかと思うのです。

    「素敵なあなたには、素晴らしい恋が待っている。」と言うのは嘘ではなく、自分自身を成長させることにより、運命の選択肢を広げて様々な出会いを生み出していく力があると信じています。

    あなたは過去の恋に、キチンとケジメをつけていますか?

    (ノ◇≦。) ビェーン!!



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    手紙。

    おはようございます。 宝くじ購入の予定についてですが、朝6時に西銀座チャンスセンターへ並んで窓口が開くのを待って購入、そしてお願いごとの叶う木がある某神社へ宝くじを持って行きお願い、最後に邪気を払ってくれる不思議な鳥居を潜り抜ける、このような感じで予定しています。

    では、今日の本題ですが素敵な人生を送れるはずの方でも、未来には悲しいことがあるかもしれないけれど、それは明るいことや楽しいことの前触れです。 未来へ進むと言うことは、運命からの手紙を読んでいることと同じかもしれません。

    運命からの手紙にはあなたが主人公の人生について色々と書いてあるはずですが、それを手紙の内容通りにするかどうかは自分次第で、運は不思議な偶然を読んでくれるけれど何もしなくてもいいわけではなく、それを見つけることや引き寄せることは自分の努力によりすることです。

    運命からの手紙以外でも誰かから頂いた手紙を読むと、嬉しかったり感動したりと様々ですが、手紙を貰った時に心へ残るモノがある時は、成長の階段を昇っていることを実感できる時だと思います。

    例えば、看護師の方が退院した方や亡くなられた方のご遺族よりお手紙を貰う、その手紙を読んだ時に心に感動があると言う場合は、看護師冥利に尽きると思うのです。

    例えば、介護士の方も利用者さんが無くなられた時に、「ありがとう」と言う手紙を残して天寿を全うされたなら、それは仕事をして行く上で大きな成長の糧となるはずだと思うのです。

    寄付の神様は手術をする系の医師なので手術の後に手紙を貰うことが多いのですが、その手紙を貰う時に病気が治ったと言うお手紙は嬉しいモノですが、そうではない時に医師として感動の部分と努力が足りないと反省する部分が、両方せめぎ合う時があるそうです。

    手術と言っても成功する時ばかりではないし、開腹したけれど手の施しようがない時もあります。

    そんな時のご遺族の方より「うちの娘は助からなかったけれど、先生のおかげで幸せだったと思います。」と、助けられなかったのにお礼の手紙を頂く時、医師としてもっと成長しなければと思うそうです。

    どんな形であれ関わった人よりお手紙を頂き、それにより感動が起こるのであれば手紙を出す方も貰う方も、お互いの心に素敵な感動が残ると思うのです。

    私は未熟なアホタレだからマダマダ素敵なお客様よりお手紙を頂くことは少ないのですが、それでも頂いたお手紙には全て目を通して自分の成長の糧としています。

    記憶に残って忘れられない手紙とかっこよく書きたいところですが、私は頂いたお手紙は全て内容を覚えているので忘れられない手紙と言うのは全てです。

    だから私にとって頂いたお手紙は全て一番であり、どれが一番と言う順序は付けられません。 それにより明確な一番と言うのは決められないのですが、自分の至らなさを痛感させられた手紙と言うのはあります。

    今もお持ちの方がいると思いますがHPの10万カウンター記念に、ハート型の携帯ストラップを応募した方には全員お配りしたことがあります。 今も昔も変わらず知名度の無い私ですが、あの時はまぐれで150通以上の応募がありました。

    ブログの感想なども書いてあったので読むのが嬉しくて、毎日毎日鑑定の合間にお返事を書いてストラップを入れて返送する、その繰り返しで忙しいけれど楽しい時間でした。

    その時に表書きと中の便箋で字が違う手紙が一通ありまして、表書きはきちんと書いてありましたが、便箋の後半の字はたどたどしいと言うかゆっくりと書いたような感じの手紙でした。

    そこに書いてあったのは全てひらがなで、「せんせい、めが、みえるように、なりたいです。」と書いてありました。

    表書きや便箋の前半部分はお母さんが書いたようですが、最後の部分は自分で書いたようでした。

    私は手紙を読んだ時に涙が止まらず、もっともっと頑張らなければならない、私は甘えているのではないのか、未熟者なのに調子に乗るんじゃない、頭の中を自分のアホさ加減がぐるぐると廻りました。

    まだまだ、霊視カウンセリングを始めて間もない時と言うか、今より更に未熟な時と言うか、私がバカタレで今よりもっと周りや世間が見えていない時のことで、辛い時や苦しい時は勿論のこと~それ以外でもふとした瞬間に思い出すことがよくある手紙の内容です。

    そうやって今でも思い出す度に心に誓うと言うほど大袈裟ではありませんが、あの手紙に恥じないようにしなければと自分に気合を入れたりします。

    ケイタイやメールで手軽に連絡がつく時代だからこそ、心に残るお手紙の重要性が魂を磨きあげるのではないかと思うのです。

    あなたは今まで貰った手紙で、感動したのはどれですか?

    (ノДT)アゥゥ



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    記憶される。

    おはようございます。 いつも素敵なお客様にお会いできるかと思えば、私は心に素敵な思い出が次々と残ることになります。 素敵な人との出会いは良い記憶となって、きっと心に感動を与えてくれるのではないかと思うのです。

    人は人と出会うことで何かが変わるのですが、人と出会っても悪い記憶と良い記憶になる境目は「また、会いたい」と言うことではないかと思います。 これはイケメンとか美人とか、社長とか金持ちとか、車や家があるなど、何かを基準にしたモノの指数ではなく、人生におけるかっこよさではないかと思うのです。

    人はかっこいいとかっこわるいを間違えているのですが、本当のかっこよさとはかっこわるいことがきちんとできるかどうかで、人として間違っていることをきちんと謝罪できるとか、人が嫌がるトイレ掃除などを嫌がらずに出来るなど、かっこわるいように見えることをきちんとできることがかっこいいだと思うのです。

    仕事の成果は部下の手柄にして仕事のミスは自分のせいにする、そういう上司がいたならかっこいいと思いますし、目立たない作業を黙々として誰にもお礼を言われないけれど、下手間をきちんとこなして行く人も凄くかっこいいと思います。

    着ているスーツが高いからかっこいい、お金を持っているからかっこいい、高級車に乗っているからかっこいい、これらは全て見せかけのかっこよさであり、本当のかっこよさではないと思うのです。

    この辺の話になると人には色々な価値観があるので否定はしませんし、高級車や豪邸こそがかっこいいと言う考え方もありだと思いますから、人それぞれの価値や基準によってかっこよさは変わってきます。

    私は心に記憶される生き方と言うのがかっこいいと思うのですが、人はいつか死んでしまうものだからこそ、死んだと言うのは「いつを死とするのか?」が生き方のかっこよさに繋がると思うのです。

    人が思い描いた夢や目標は叶わないかもしれないけれど、それは後世に受け継がれている間は死んでいません。

    マザーテレサさんは肉体的には死んでいるかもしれないけれど、その功績や考え方は後世の方々に根付いているので、その夢や目標は生き様はいつまで経っても死なないのです。 つまり、マザーテレサと言う生き方は死んでいないから、いつまで経っても記憶の中で生き続けているのです。

    自分と言う一人の人間が地球上に存在していた、その存在がいつまでも消え去ることが無いのであれば、それは記憶に残る生き方ができていることになるはずです。

    Aさんと言う素敵なお客様は介護士をしているのですが、ある時のことWさんと言うお婆さんが施設へ入所してきました。 家族がいるはずなのに誰も来ない、子供がいるはずなのに見舞いも来ない、そんなWさんの担当にAさんはなりました。

    Aさんはいつもと同じようにお世話をしているだけなのに、Wさんは「ありがとう」と凄く喜んでくれました。 Aさんは身内がいない天涯孤独の身の上でしたから、Wさんのように家族がいるのに誰も来ない気持ちは理解できませんでした。

    Wさんが入所して3ヶ月が過ぎる頃、Wさんは体調を崩してドンドンと身体が弱って行きました。 そうこうするうちに施設では手に負えなくなって、病院の介護施設へ移ることになりました。

    本来ならば移った以上は関係ないはずですが、それでもAさんはWさんが移った先へお見舞に行ったりして、人として相手が喜ぶことをするを実践していたのです。

    そしてWさんが移って半年が過ぎた頃に、Wさんが移った先の病院(介護施設)よりAさんに電話があり、Wさんが亡くなったこととAさんに通夜と葬式に来て欲しいと言う話でした。

    肉親でもないし血縁関係でもない、そして介護士と入所者と言う関係で一度だけお見舞いへ行っただけだったのに、「どうして私に?」とAさんは不思議だったそうです。 そしてAさんはすぐにWさんのところへ駆けつけると、Aさん充てにメモ書きと言うか手紙のようなものが残してありました。

    その内容は、「Aさんに会いたい、私が死んだ時にはAさんが来てくれたら、私は安心して逝ける。」と言うようなことが、メモに書いてあったそうです。 そのメモを見た時にAさんは自分の人生は相手の為にある、それを実感できたのか涙が止まらなかったそうです。

    Wさんがメモに書いた手紙は、今でもAさんの宝物です。

    人は仕事をしている時に投げやりだったり、流れ作業でさっさと終わらせたいなど、ついつい自分の効率や自分が楽な方へ走りがちですが、もう少しだけ手間をかけることで相手が喜ぶ、もうちょっとだけそばにいてあげることで相手が安心する、そういう人としての思いやりが積み重なって、人の記憶の中へ生きていく自分があるのではないかと思うのです。

    これは介護のお仕事の話ではあるけれど、看護師でも医師でも占い師でも販売でも事務で建設業でもIT関係でも、人と関わって生きていく以上は常にできることであり、そこに「手抜きは存在してはならない」と思うのです。

    あなたは誰かに記憶される、そういう人生を歩んでいますか?

    p(´⌒`。q)グスン



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